本稿を書き始めてから、個人的に驚いたことがある。それは著者の作品を今まで読んだことがなかったということだ。本書の面白さに触れ、著者の実力を知り、それなのに今まで著者の作品を逃していたことはちょっとしたショックだった。

著者の名前は当然知っていた。毎年年末に宝島社が出す「このミステリーがすごい」は欠かさず買っている。著者の名前はその中で何度も登場している。なぜ、今まで著者の作品を読まずに来たのか、さっぱりわからない。

本書は倒叙ミステリーである。つまり、犯人側の視点を通して話は進む。明確な殺意と動機も最初から読者に提示される。やがて始まる連続殺人。殺害手口の一部始終をDVDに録画し関係者宅に電話した上で投函する。それはまるで劇場型犯罪のよう。派手派手しく、遺留品も大量に残したままの杜撰にも思える連続殺人を重ねる犯人。

一方で、各連続殺人の合間には、警察側の視点で物語は書かれる。やがて、城田理会警視の慧眼によって、着々と犯人像は絞られるが・・・・

本書は実に素晴らしい。私も想像していなかった結末で締めくくられる。しかもそれらの伏線は読者の前に早い段階で提示されている。実にお見事な犯罪計画であり、それを見破った警視の推理も半端ではない。

だが、惜しいと思ったのは、本書の冒頭ですぐに明かされる殺意の説得力が今ひとつだったことだ。犯人である文彦の憎悪がどこから湧くのか、殺意の源泉が述べられているのだが、ここの説得力が少し欠けるように感じた。もっというと犯罪へと至る直接の引き金になった出来事が、如何にして殺意へと昇華されたのか、という描写がピンと来なかった。

本書を解く鍵はとあるキーワードにある。本書の半ば過ぎでそのキーワードは登場する。そのキーワードは、文彦の殺意には直接は関係しない。なので、なおさら冒頭で殺意が湧きおこる瞬間の動機を練って欲しかったと思う。惜しい。同じことは、繰り返し本書で歌詞が引用されるスティーヴィー・ワンダーの「Isn’t She Lovely」からも言える。言わずとしれた名曲である。そして、その歌詞は、おそらくは冒頭で描かれる文彦の殺意に直結している。しかし、それが先に上げたキーワードとは直結してない。ここでもう少し違う曲が採り上げられ、文彦の殺意の動機と、キーワードを橋渡すものになってくれたらと思った。つまり、文彦の殺意の理由と謎を解くキーワードが今一つ連結されておらず、唐突なのだ。

あえて言えば、その役を担っているのは、Isn’t She Lovelyではなく、本書の題名になるのではないか。この題はうまくダブルミーニングになっていると思う。文彦の殺意の唐突さが、とっぴであればあるほど、文彦の犯す犯罪が大仰であればあるほど、このタイトルがもつ意味が理解できる仕掛けだ。

その点を除けば、本書の謎の提示の仕方と推理の経緯には実に読み応えがあった。著者の他の作品をこれから読んで行かねば。

‘2015/10/9-2015/10/11


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