昨年の大河ドラマは軍師官兵衛であった。私も放映開始直前の秋、姫路城を訪問し、大修理中の天守閣を見学できる「天空の白鷺」から間近で天守を眺めることができた。街中に官兵衛の幟がはためき、姫路の街は官兵衛景気に沸いていた。

しかし、昨年一年間、とうとう一度も放映を見ることがなかった。興味がなかったわけではない。今でも総集編でもよいから機会があれば観てみたいと思う。あれだけの姫路の街の盛り上がりを目にしながら、放映を見逃したことに忸怩たる思いである。なにせ、私はテレビをほとんど観ない。日曜の放映時間に家にいることがなく、再放映のタイミングにもテレビの前に居合わせることがほとんどない。番組を録画するための機器も持ち合わせておらず、これでは放映を観ようがない。

放映開始から半年以上優にすぎてしまった時期になり、大河ドラマに追い付くのは諦めた。せめて書物からおさらいしようと思い、手に取ったのが本書である。

黒田官兵衛と云えば秀吉旗下の軍師として余りにも高名である。頭脳の切れもさることながら、野心家としてのエピソードが多数、巷間に伝わっている。

果たしてそれは講談や歴史小説の中で膨らまされた虚像なのか、それとも実像の黒田官兵衛、またの名を如水、または孝高は、天下を狙って爪を研ぐもののふだったのか。

本書は、本能寺の変後から関ヶ原合戦までの期間を通し、黒田官兵衛と子の長政の行動を史実から概観し、父子の実像を浮き彫りにせんとした作品である。

実像を描き出すため、本書は書状や由来の確かな史書を引用する。黒田父子の発給した書状はかなりの数が今に伝わっている。本書でもかなりの数が紹介されている。それらを丹念に追っていくことで、戦国の世を知略武略で生き延びた黒田父子の生きざまが浮かび上がる。

三木城攻めや、有岡城幽閉、備中高松城の水攻め、朝鮮出兵など、黒田官兵衛に纏わるエピソードは幾つもある。が、本書で一番印象に残ったのは、関ヶ原合戦直前まで繰り広げられた情報戦である。

関ヶ原の合戦で、吉川広家が陣から動かず、そのため後続に着陣していた毛利秀元や安国寺恵瓊軍が戦端に加われなかったのは有名な話だが、その陰には、徳川家康とよしみを通じ、その意を体して、吉川広家抱き込み工作を遂行した黒田親子の貢献があった。このことは本書を読むことではっきりと意識した事実である。本書でも多数の書状が黒田父子から吉川広家に届けられたことが示されている。その書状の筆跡からは、当時の情報戦の鍔競り合う様子が伝わってくるかのようである。そのことから、野心家としてのイメージはともかく、策略家としては間違いなく当代一級の人物であったことが理解できる。

後世、野心家のイメージを持たれる端緒となった、九州での関ヶ原合戦の数々。その際の書状も紹介されていたが、そこからは、千載一遇の機会があれば、天下取りへ名乗りを挙げていたかも知れぬ、黒田父子の意志が感じられるようである。とはいえ、明らかな野心を示す書状は示されていなかった。

むしろ黒田官兵衛の生涯を読み込むと、行間から立ち上ってくるのは信心が豊かで、折り目正しい人格者としての姿である。本書はそこまでのエピソードは紹介せず、あくまで書状からわかる実像の推測でしかない。少々煽るようなタイトルがついているが、それは発行者の営業戦略であり、著者の想いはそこには無かったのだろう。しかし、それでよい。挿話や伝説・伝承だけが独り歩きする歴史上の人物に対し、本書のようなアプローチをとる書籍が、いかに貴重か。歴史ロマンはロマンとして面白いものだ。だが、それは確かな史実の裏打ちがあってのロマンであってほしい。

大河ドラマで見直されたことをきっかけに、本書もまた読まれ続けていくことを望みたい。

‘2014/9/3-2014/9/4


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