常々、人間たかが生物であり自然に対して思い上がることなかれ、との思いを肝に銘じているのだが、ITという仕事柄もさることながら、日々の忙しさにかまけた生活を続けていると、自然への畏敬の念を忘れがちになる。

そんな時は本書を読むとよい。明治から昭和にかけての一人のマタギの生の営みがあますところなく書かれており、山の人外の過酷さと静寂の中の美しさは、自然に対する畏敬を再び呼び覚まされるに違いない。

本書は山形秋田の奥深き山村を舞台に、自然の中で抗い、時には戦い、恵みに生を授けられるマタギの過酷な生活が書かれている。

自然描写の美しさもさることながら、写真を通じてや安全な麓から眺めていたのでは決して体験することのない、容赦ない山の厳しさについての緊迫した筆致の連続は、今の都会の暮らしに対して飽き足らぬ思いを頂き、淡い自然への憧れだけで自然保護を訴えることに対する警鐘ともとれる。

山の自然の荒々しさの中で抗う人としての生きる姿と対比して、里でのヒトの性の営みについても生々しく描かれているが、生物としてのヒトをこれほど思い起こさせることもなかろう。だが、生き物としての人を突き付けられても不快な気持ちにはならず、むしろすがすがしくさえ思えるのは、たかが生き物として蔑むのではなく、むしろ逆であり、本書が日々の暮らしを懸命に生きることへ大いなる賛歌であり、人が素朴に生き、人を愛し、敬虔に山、ひいては自然を体現する神に感謝を捧げることの素晴らしさを歌い上げているからではないかと思う。

明治から昭和に至るまでにマタギの世界に押し寄せる文化的な生活や工業的な実情についても克明に頁が割かれており、徐々に前近代的な自然と一体となったマタギが、文明の波に流されていく様子は、昔の暮らしに比べて失いそして得たものについて考えさせられる。

’12/03/09-12/03/16


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