上巻でマイクはマッティとカイラ親子に出会う。その出会いからほどなく、マイクとマッティは男と女として惹かれ合い、カイラはマイクに実の父のように懐いてくる。しかしそんな三人に、IT業界の立志伝中の人物、老いぼれたマックス・デヴォアの魔の手が迫る。マックスは死んだ息子が残した一粒種のカイラをわが手に得るためならどんな手を使うことも厭わない。マックスの莫大な財産がカイラの親権を奪うためだけに使われる。権力と資金に物を言わせたマックスの妨害はマッティの生活を脅かす。それだけではなく、マッティとの絆を深めるマイクにも妨害として牙を剥く。

一方でセーラ・ラフスに住むマイクにも怪異がつきまとう。それは正体の分からぬ幽霊の仕業。マイクの夢の中を跳梁し、現実の世界にも侵食してマイクにメッセージを知らせようとする幽霊。それは果たして、あの世からジョアンナが伝えるメッセージなのか。そのメッセージはマッティ親子を助けようとする。それによってマイクはマッティとカイラ親子とますます離れがたくなってゆく。義理の父娘として、そして男と女として。

下巻ではカイラの監護権をめぐってマイクとマックス・デヴォアの間に起こる争いが書かれる。本書に法廷場面はあまり登場しないが、法的な話がたくさんでてくる。法律だけでない。歴史までもが登場する。マイクの知らぬうちにジョアンナが何度も一人でセーラ・ラフスにやってきては何事かを調べていた。果たしてジョアンナは何を調べていたのか。

本書は、過去の出来事の謎が作中の鍵となる。謎を探ってゆく過程で置かれてきた布石や伏線。それらが謎の解明に大きな貢献を果たす。著者が布石や伏線の使い方に長けていることはいうまでもない。著者の作品には、こうした伏線が後々効いてくることがとても多い。本書の謎とは「TR-90」で20世紀初めに起こったとされる悲劇に端を発している。かつてジョアンナが探ったという謎を、今マイクが探る。時間を超えた謎解きの過程は、ある種のミステリーを読んでいる気分にさせられる。本書を発表した後、著者は「ミスター・メルセデス」でミステリーの最高賞となるエドガー賞を受賞し、ミステリーの分野でも評価を得ている。著者が培ったミステリーを書く上でのノウハウは、ひょっとすると本書をものにしたことで会得したのではないか。そう思える。

ただでさえ、ホラー作品において他の作家の追随を許さない著者がミステリーの手法を身につければ鬼に金棒だ。その上、本書は、ゴーストラブストーリーと帯に書かれている。つまり、ホラーにミステリー、さらには恋愛まで盛り込まれているのが本書なのだ。付け加えればそこに歴史探訪と法律、文学史が味付けされている。なんとぜいたくな作品だろう。

もう一つ下巻で加わるのは音楽史だ。アメリカがロックを生んだ地であることは今さら言うまでもない。著者の今までの作品には、さまざまなロックの有名な曲が効果的に使われる。本書でもそれは同じだ。特にマッティがドン・ヘンリーの「All she wants to do is dance」に乗って踊るシーンは、本書の中でも一つのクライマックスとなっている。ドン・ヘンリーの同曲が収められているアルバム「Building The Perfect Beast」は私の愛聴盤の一つなので、本書で同曲が出てきたときは驚きながらもうれしさがこみあげてきた。

そしてロックといえば、そのルーツに黒人によるゴスペルやブルースが大きく寄与していることは有名だ。ロックに影響を与えた頃のそれらの音楽の音源はいまや残っていない。音源が残っていない分、野卑でありながらエネルギーに満ち溢れていたはずだ。本書で著者はその猥雑な音楽の魅力を存分に描き出す。

抑圧された黒人のエネルギー。それがロックを産み出し、さらに本書の物語を産んだ。著者は黒人が差別されてきた歴史も臆せずに書く。それはこの「TR-90」の地に暗さを投げ掛ける。マイクは夢と現実の両方でジョアンナと思われる幽霊に導かれ、過去を幻視させられる。果たしてジョアンナの幽霊は何からマイクを護ろうとするのか。そもそもマイクやマッティやカイラを襲おうとするのはマックスだけでなく他にもいるのか。

その過去からの抑圧されたエネルギーが解き放たれた時、何がおこるのか。本書のクライマックスの凄まじさは著者の多くの作品の中でも有数ではないか。たとえば「ニードフル・シングス」のがキャッスル・ロックの町を壊滅させたように。

上巻のレビューで、本書を読んでいると著者の他の作品を読んだ気になったと書いた。とんでもない。私が間違っていた。やはり本書も傑作だった。

基本的なプロットは似通っているかもしれない。だが、その上に物語を肉づけることにおいて、著者の筆力はもはや神業にも思える。本書でも今までの著者の作品にはそれほど出てこなかった文学や歴史、法律といった要素で肉付けをしつつ、起伏に富んだ物語を編んでいるのだから。

‘2017/02/27-2017/02/27


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