下巻では、冒頭からチャールズが関わっていた秘密の一端が解かれる。それは合衆国連邦憲法の修正第十四条の成立にまで遡る。

修正第十四条とは、合衆国連邦憲法が、各州の定める州法を制限できなかった反省から産まれたという。南北戦争の際、南部諸州は、黒人の人権を制約する州法を成立させ、それに対して合衆国連邦憲法の最初の修正十箇条である権利章典は、なんの制限もかけられなかった。その反省を活かし、現在に至るまで修正第二十七条までが制定されている。悪名高い修正第十八条(禁酒法)以外は、今この瞬間も有効な条文だという。

私はこの条文の存在を、本書を読むまで知らなかった。アメリカの公民権運動にとって、これほどまでに重要な条文を。自分の無知さ加減は相当なものと思わざるを得ない。

本書55頁に、このような台詞がある。「もし修正第十四条が無効だとしたら、このチャールズ・シングルトンが知ってしまった何かのために無効なのだとしたら、私たちが謳歌しているこの自由に終焉が訪れるでしょう」この台詞が本書で扱われている過去の謎の中心となる。このため、チャールズの知る真実は闇に葬られなければならなかった。

本書は時空を超える、と上巻のレビューに書いた。すなわち、ライムの科学調査の網は、百数十年前へと遡る。歴史を辿り、当時の遺物から獲物をさがす。それが何かは読んでご確認頂きたいが、なるほどという形で百数十年前の事実は暴かれていく。本シリーズの面目躍如といえる。

暴かれるのは、それだけではない。ジェニーヴァの境遇に関する秘密や、ボイドとライムの頭脳戦の結果も同じく。そして、世界屈指の大都会である、ニューヨークの混沌とした黎明期の闇すらも。

ライムの判断は本書でも的確で、ジェニーヴァを狙う相手との頭脳戦にことごとく勝利する。本書で唯一難をつけるとすれば、勝ちすぎることだろうか。もちろん、それはリンカーン・ライム一人の手柄ではない。著者の別シリーズで主役を張る筆跡鑑定のプロ、パーカー・キンケイドも登場する。本シリーズお馴染みのロン・セリットーは、本書の中で臆病風に吹かれ、刑事としての自信を失いかけるが復活し、敵を追い詰める。リンカーン・ライムの恋人のアメリア・サックスのグリッド探索は本書でも健在で、その調査能力だけでなく勇敢な行動に味方は救われる。そういったシリーズキャラクター達の力によって、ジェニーヴァを狙う敵の攻撃はことごとく間一髪で防がれてしまう。その展開に、ほんの少し単調さを感じてしまったのは、どんでん返しの名手たる著者への期待が勝ちすぎたからか。

とはいえ、本書のテーマはライムの頭脳を称賛するところにはない。本書のテーマはアメリカの国史において常に虐げられてきた黒人を描くことにある。本書は最後まで黒人としての悲しみに筆を割くことを忘れない。黒人の若者が陥りがちな転落。巻末近くで、ジェニーヴァの親友ラキーシャは、この転落へと自ら陥ろうとする。不用意に黒人の置かれた境遇に同情はしないが、そのような転落が黒人社会で往々に見られることを、著者は隠さない。しかし、その中にも著者は救いを描き出す。ジェニーヴァは将来の進路を法律に定め、弱者への救済を図ろうとする。そして、その努力の最中も親友ラキーシャの救出を諦めない。黒人の陥りがちな落とし穴、それに対して闘うことの気高さが表れている場面といえる。

弱者への眼差しを常に忘れない本書は、弱者への救いの手を差し伸べることもしない。本シリーズを通じて幾度も描かれるのは、重度障害者としてのライムの苦しみ、そしてその絶望に落ち込まない強さである。本書は、黒人という弱者にあって、希望を持ち続ける気高さを称える。上巻の序盤でチャールズの手紙の一節に書かれた「五分の三の人間」という言葉がある。これは、一人という単位で数えられなかった黒人奴隷を言い表した言葉だが、裏を返せば不完全な人間のことと読める。それは自分では移動もままならないライムのことを暗に言い表している。だが、五分の三の人間であっても、努力次第で完全な人間として成り得るのだ。そのことは、つい数十年前まで公民権運動を勝ち取るため、苦しい戦いをしてきたアメリカの黒人の歴史に顕著に出ている。

最終ページで、著者はライムの独白の形を借りて、以下の文章を綴る。その文章こそが、本書のテーマであり、今の政財界、芸能・スポーツ界に活躍の場を広げる黒人達の努力の象徴ともいえる。

「人を五分の三の人間にするのは、政治家でも、ほかの市民でも、故障した体でもない。自分を完全な人間と見てそのように生きるか、不完全な人間と見てそのように生きるか、それを決めるのは、自分自身だ。」

‘2014/10/08-‘2014/10/10


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