先日記したマルドゥック・スクランブルでも統計や情報についての著者の博識ぶりに触れたのだが、本書を読んでさらに著者が科学に対して底知れぬ興味と喜びを抱いていることが感じられた。

渋川春海という江戸時代に改暦を成し遂げた人物に焦点を当てた本書は、歴史小説・時代小説という範疇に分けることが無意味に思えるほど、汎時代的・汎人間的な小説であり、人が生きていく意味について深い共感と自信が湧いてくる一作である。

伝記小説は往々にして時代や社会環境に制限され、その中で苦悩する人間の生活が描かれるが、本書では時代や社会環境を超越した信念や思想、つまり科学の真理探究に一生を賭ける人間が書かれていることで、現代に生きる我々にも深い感動と理解を与えるのである。

星の運行を始めとした天文の奥義に対し、主人公の家業でもある囲碁の世界が採り上げられ、幕府の中で御城碁に甘んじなければならない囲碁の升目の世界と星々の宏大な宇宙をあえて対比させているのも非常に分かり易い。関孝和を始めとした脇役の配置も絶妙であり、人の偉業は独りだけではなく周りの助けを得てという、単純なヒーローものに堕していないのもよい。

ウィキペディアにはない著者の演出と作為が随所にみられるが、それがまた小説の醍醐味でもあり、本書の主題である人生のついての賛歌に繋がっている思う。

’12/03/24-12/03/25


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