あとがきで知ったのだが、本書は、著者の作品のなかで三番目に長いそうだ。著者のライフワークともいうべきダーク・タワーシリーズは別格として、『ザ・スタンド』、そして『IT』、続いて本書の順なのだとか。

小説はただ長ければいいというものじゃない。長さに比例して内容も間延びし、スカスカになっならそれこそお話にならない。しかし、そんなうがった見方は著者の作品に限っては無用だ。『ザ・スタンド』と『IT』は長さと面白さを兼ね備えていた。それらと同じく、本書も文句なしの傑作だった。

メイン州キャッスルロックといえば、世界で一番有名な架空の町。そういっても許されてしまうぐらい、著者の作品ではお馴染みの町だ。本書の舞台となるチェスターズ・ミルは、キャッスルロックの北隣に位置している。

そんな素朴な町がなんの前触れもなく、透明なドームに全方位を囲まれる。そんな出来事から本書ははじまる。

急に現れた見えない壁に衝突する飛行機やトラック、手首から先を壁に切り落とされ失血死する農婦。わずかな空気と電波以外は完全に外部から遮断された町。理由もわからないうちに閉鎖されたチェスターズ・ミル。閉鎖された空間では人間の本性もあらわになる。本性に応じて、階級や上下の序列の争いがあらわになる。人々の醸し出す空気がドームの中に不穏な圧力を高める。

著者の創造した閉じた空間の中で、著者の筆はいつにも増して快調だ。細かな人間感情の機微を丁寧に描きつつ、エピソードをちりばめていくなど著者にとってはお手のもの。人物の配置にも抜かりはない。ごく自然に、閉鎖された町にトラブルの着火役を用意している。彼の名はジュニア・レニー。痴話げんかの余韻と脳内で芽を吹きはじめた腫瘍の影響で二人の若い女性を殺してしまう。そんな彼の父は第二町政委員として陰でこの街を牛耳るビッグ・ジム・レニー。ビッグ・レニーは狡猾に二番手の役割に甘んじ、その間に着々と街の財政に食い込む。そして甘い汁を吸う。さらには後ろ暗い事業に邁進する。表の顔である中古車屋の経営者を演じつつ。

不慮の事態を収拾するために動いた警察署長パーキンスは、不用意にドームに触れてしまったために体内のペースメーカーが爆発して死ぬ。そして副署長ランドルフはといえば、レニーに頭を押さえつけられている暗愚な男。治安維持のため警察力強化をもくろむレニーは、新署長ランドルフに街の愚連隊を臨時警官として雇う事を認めさせ、着実に独裁体制の地場を固めてゆく。

レニー親子に対するは、バーバラという女性のような姓をもつバービー。ジュニアとの痴話げんかを通して、憎悪を一身に集める彼は、流れ者のコック。もともとは、イラク戦争で米軍の特殊任務についていた経歴を持つ。そんな経歴から、バービーは町政委員を差し置いてアメリカ大統領直々にチェスターズ・ミルの最高責任者に任命される。ミサイルや化学薬品の塗布など、米軍によるドーム破壊に向けた努力は全て徒労に終わり、レニーは自らの後ろ暗い事業の清算と、ドーム内での己の絶対権力の確立を一挙に実現するため、バービー包囲網を着々と狭めていく。

果たしてバービーはレニー親子に陥れられてしまうのか、というスリルの構築は著者はならではの熟練の技。著者が巡らせる構図も、単なる善悪の二元でに終わるはずはない。レニー親子とバービーの周りには多彩な人物が登場する。本書の冒頭には登場人物の一覧が附されている。その数総勢59人。

あまりにも人数が多いので、いくつかのカテゴリーに分けられている。
【町政委員】
【食堂〈スイートブライアー・ローズ〉スタッフ】
【チェスターズミル警察】
【聖職者】
【医療関係者】
【町の子どもたち】
【主要な町の人々】
【よそ者たち】
【主要な犬たち】
【〈ドーム〉外側】

ここに出てくる59名の多くは物語に欠かせない。ほんの一瞬だけ登場するちょい役ではないのだ。物語の主要なキャストだけでも数えれば30人は下らないだろう。【主要な町の人々】カテゴリーに括られている人々だけでも、重要な人物は片手では足りない。地元新聞の発行者、百貨店店主、葬祭場経営者などなど。

著者の作品は毎回大勢の人物が登場するが、本作はいつにも増して一人一人の役割をきっちりと割り振り、特定の人物だけに描写が偏らないように入念に配慮されている。これだけの人数を操って、物語の序盤をだれることなく書き進められる著者の筆力には、今更ながら驚くばかりだ。

町の住人たちが織りなす複雑な運命の綾は、ビッグ・レニーの策謀によって一層複雑な模様を描いてゆく。スーパーマーケットへの閉鎖通告とそこで起こった暴動。ビッグ・レニーの周りには謀り事が渦巻く。それを隠蔽しようとしたビッグ・レニーも息子と同じく殺人に手を染めてしまう。ジュニアが隠し続ける二体の死体に加えて、親のレニーの作り出した死体もまとめてバービーのせいにしようと画策する親子。

そうして彼らの策謀の網は、ついにバービーをからめ捕ろうとする。盛り上がったところで上巻は幕を閉じる。かつて週刊少年ジャンプを読んで、次週号を待ち遠しく思った記憶。本書もまた、瞬時に下巻を手に取らせた。ストーリーテリングの神技である。著者と訳者が共同で紡ぎだす文章に迷いはない。

‘2016/12/03-2016/12/07


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