私の実家は甲子園であり、幼少のころから大和球士氏の書く大人向けの野球史書などを読む子供であったため、未だに本書のような秀作に出会うたびに、心が高鳴る。

本書は戦前最後の中等野球大会として開催されながら、主催者が朝日新聞社ではなく文部省とされたため、幻の中等野球大会として球史からもほとんど抹消されかかった大会の経過と、その大会に出場した選手たちの人生模様を丹念に描いた作品である。

一回戦から決勝までの全試合について、対戦相手2校の存命選手から話を聞き取り、彼らの野球にかける思いと、その思いをぶつけた試合の様子が克明に記録されていく様は、一級のスポーツノンフィクションである。

ナンバーによくあるような選手の克明な心の動きを追うというよりは、すでに老境に入った元球児達の回想を元に構成されているため描写が客観的に抑えられており、それが却って当時の状況を鮮明に伝えてくれる。

また、聞き取った相手の方の戦争への関わりや、戦後についてのエピソードも載っており、青春盛んな時期に野球を思いっきりしたかったという無念さが簡潔な文体の行間からにじみ出てくる。談話を録った方々の名前は敬称略ではなく、さん付けで記されている律義さにも好感が持てた。

それにしても国威発揚の名の元に球場という名の戦場に出された選手たちの悲愴なこと。

戦場ゆえに選手交代は認めないという、今のルールではありえない運営が行われ、タイガース史で名が残る富樫選手が、剛球投手として、一回戦から決勝戦まで進みながらも、途中で肩を壊し、ほとんど投げられる状態でないのに決勝戦も完投させられ、投手生命を絶たれたエピソードは、この大会の奇形ぶりを表す点として印象に残った。

元選手が著者に語った言葉が印象的であった。平和な時代に思いっきり野球がやりたかったです。僕らの時代の球児は皆、そう思っているんじゃないですかね」

’12/02/14-’12/02/16


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