宝島社の「このミステリがすごい」は私が毎年必ず買い求めるガイド本だ。本書は「このミステリがすごい」2012年版の海外部門で一位になっている。

主人公は売れない作家。そのため、ポルノやミステリ、SFなどジャンルごとに筆名を使い分けている。糊口をしのぐためSM雑誌で相談者に扮して読者からの相談を受けていた時期もある。

そんな彼のもとに著名なシリアルキラー、ダリアン・クレイから手紙が届く。

クレイは12年前に死刑判決を受け服役中の身だ。彼の犯罪は殺人だけにとどまらない。人体を愚弄しきった、残虐かつ凄惨な処置を四人の被害者の死体に加えたのだ。その全貌は明るみになっておらず、遺体の頭部はいまだに見つかっていない。

手紙の中で、クレイは相談者ハリーの回答文に注目していたと述べる。さらに全ての事実を告白するからその告白本の著者にならないか、と申し出る。

黙殺するにはあまりにも魅力的な話。興味を惹かれ、ハリーは刑務所に面会に行く。面会の結果はハリーよりも、むしろクレアの興味を激しく沸き立たせる。クレアはハリーがアルバイトでやっている家庭教師の教え子で女子高生。今では教え子の立場を超えてハリーの作家業のエージェントまで買って出てくれている。ハリーの名が一気に有名になる千載一遇のチャンスにクレアが舞い上がってしまう。

しかし、ハリーが面会の場でクレイから出された執筆条件はとても奇妙なものだった。クレイのようなシリアルキラーに憧れ、歪んだ妄想に浸る人物は多い。クレイのもとにはそういう情欲をもつ女性から、常軌を逸したレターが届く。

ハリーがクレイから頼まれたのは、それらの女性に逢うこと。そして、彼女達とクレイの濡れ場を描いたポルノ小説を執筆すること。その執筆と引き換えに少しずつ告白をしようというのがクレイの出した条件だ。

気が進まないながらもしぶしぶ女性たちに会うハリー。ひと通り話を聞き終わったハリーは、再び最初に話を聞いた女性のもとを訪れる。そこでハリーが目にしたのは、クレイによる犯罪を思わせるグロテスクな死体。危険を感じたハリーは同様に逢って話を聞いた残りの二人の家に駆けつける。だが、すでにその場は殺戮と凄惨な処置を加えられた慘死体で彩られていた。これが本書の序盤の筋書きだ。

エロとグロにまみれた本書の語り手はハリー本人。ハリーは自らを二流の作家として自嘲している。家庭教師のバイトをこなさねばならない低収入。クレイの誘いに乗ってしまうほど名声に飢えている現状。

それでいながら、本書はハリーの語りに読み応えがある。読者に語りかけるようなハリーの語り口は当事者でありながら他人事のようだ。その客観的な語りと視点は、エロとグロにまみれ低俗な読み物となってしまいがちな本書を引き締める。エロとグロをここまで描きながら客観的な視点を保ち続けられるのは、著者が実際にポルノ業界に身をおいていたからかもしれない。本書には相当に踏み込んだ描写も出てくるが、品を失わない著者の筆さばきは見事というほかない。

それには訳者の功も大きいだろう。本書には女性にとっては口にするのも憚られるような描写が幾度も出てくる。しかし訳者は女性でありながら、怯むことなく訳しきっている。訳者のプロ意識に対して失礼を承知で、評価させて頂きたい。

実際、本書は筋書きや謎解きも一級品だ。それだけでも優れたミステリとして読める。だがそれ以上にハリーの語り口が本書の優れた点だ。ハリーの語りはともすればミステリに慣れた読者の先手を行く。読者に語りかけながら読者を導く筆致。それは、絶妙に読者を幻惑させる。

エロとグロに加え、登場人物達も脇役に至るまできっちり書かれている。となれば、本書にけちをつける余地はないだろう。

強いていえば一つだけ引っかかる点がある。それは犯人の素性について。果たして日本では、この犯人でここまでの犯罪は可能なのだろうか。きっと成り立たないはずだ。もしくはアメリカの制度だから許されるのだろうか。そこが私には分からなかった。この点は本書の謎に直結する部分なのでこれ以上書かない。だが、私の中で少しの引っ掛かりとして残った。

もちろん、本書の完成度にとっては些細なことでしかないのは勿論だが。

‘2016/04/21-2016/04/26


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