著者の本はそれほど読みこなしておらず、円紫さんシリーズを少し読んだ程度。だが、日常の些細な謎をミステリに仕立てあげる手腕にはかねてから敬服しており、直木賞受賞作である本書も数ある著者の本の一つという程度の認識で手に取った。

様々な日常の事件をベッキーさんが解いていく小編が集まったオムニバス形式の本書でも、小編のそれぞれを構成する謎は、さして大がかりなものでもなければ誰かの人生に重大な影響を与えるものでもないのだが、それを小編として構成しつつ、なにがしかの余韻を残させるあたりはさすがといったところ。

それぞれの小編で謎として提示されるエピソード、実は昭和史で類似のエピソードが実際にあり、事実と虚構の境界をあえてぼかすような書き方になっている。それらエピソード以外の、本筋とは外れたようにみえる部分に昭和初期の世相を感じさせる出来事を挟み込んでいくのだが、その挟み方が絶妙で、それら謎や出来事の集合として、小編を跨いだ本書全体として、昭和史の一大事件の勃発に向けた一触即発の雰囲気を作り上げていくところに読み応えを感じた。

太平楽な時代に生きる我々が、昭和初期の世間に漂う何かの予兆を感じ取ることは不可能に近いと思うけれど、この本では小説という形式故にその予兆の一片を拾い上げることに可能な限り努力したと思える。

’11/12/06-’11/12/07


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