今の私の常駐先は麹町にある。大分面影は薄れたとはいえ、今でもマンションの立ち並ぶ中、大使館や大邸宅が点在する。江戸城に有事あれば、真っ先に駆け付けられる場所、いわゆる番町街である。東京都心の住宅街として、今も昔も人にとって住みよい一帯である。私も昼の合間をみては、散歩を楽しんでいる。

昨春に常駐してからすぐに見つけたお気に入りの場所が、東郷元帥記念公園。桜から始まり、四季の時々によって色んな顔を見せてくれるこの公園は、仕事に疲れた心を癒すのに最適な場所である。

今でこそ、近辺に勤務する勤め人や近隣の児童の憩いの場となっているが、かつては東郷平八郎元帥の邸宅があった。その住居跡を偲ぶものは、古びた給水塔や獅子像のみ。今ではのどかな都会の公園となっている。

公園のすぐ近くには、千代田区立四番町図書館があり、ここも私の散歩スポットの一つ。本書は、この図書館で借りた一冊である。場所柄、東郷元帥に関する蔵書はある程度揃っていたが、比較的入門編かな、と思い本作を選んだ。

そして、その選択は間違っていなかったと思わせる内容であった。私の読みたい伝記とは、尊敬されるような、神に擬せられるような人物であればあるほど、神性ではなく、人性に焦点を当てたものである。それは天皇であれ、聖将であっても同じ。

本書では、東郷元帥の一生を追いながらも、冒頭から、かかる聖人化が成されていった理由についての考察が続く。東郷元帥の身近な部下であった小笠原長生中将の著した「東郷元帥詳伝」が、東郷元帥の聖将化に決定的な役割を担ったことが、明治から平成に至るまでの東郷元帥伝の刊行歴を掲示することで立証されている。

その上で、本書では東郷元帥の史実と聖将化にあたって付け加えられた伝説の虚構を暴いていく。東郷元帥自身が日本海海戦の勝利に対し「薄氷を踏むが如し」の心境だったこと。有名な訓示「勝って兜の緒をしめよ」や「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の文章にどの程度東郷元帥が関わっていたかの考察。そもそも丁字戦法すら。東郷元帥の果断なる決断によるものではなく、元帥自身がかなり逡巡していたことなど。私にとっても興味深い事実が次々と並べられていく。

昭和期の東郷元帥についても、若手将校に担がれて晩節を汚したという印象を持っていた。だが、本書ではそれとは違う見方が提示されている。むしろ、ロンドン軍縮会議後の軍縮傾向に対し、率先してリーダーシップを発揮し、昭和初期の軍部の政治介入のきっかけを作った国家主義者として断じている。

ただ、虚構を暴こうとするあまり、本書が反東郷元帥といった狭量的な視点から描かれているかといったら、そんなことはない。むしろ聖将化にあたっての虚飾を取っ払い、残った素の部分で評価すべき点は評価している。特に、戦いの反省点を踏まえて、次に活かすといった軍人としての努力は評価しているし、国家主義的な人物という評価を下してはいるものの、それが私利私欲の結果ではなく、国を思う心から出たものとして評価している。

結局のところ、東郷元帥は懸命に人生を生き、全うして死んでいた一人の人間として尊敬すべき方。そんな認識を新たにした。

もともと東郷元帥自身が、自身の神格化には生前強く反対していたと聞く。死後、自身が祭神として祀られると知ったら深く嘆いたに違いない。それよりも、自身の邸宅跡が市井の人々の憩いの場として親しまれていることを寡黙に喜んでいる。あくまで私の想像でしかないが、そんな気がした。

’14/2/15-’14/2/20


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