最初に断っておくと、私には東日本大震災について語れる何物もない。知識も資格も。あれから4年の歳月が経とうとしているが、発生後、東北には一度も行けていない。いや、一度だけ行ったことがある。それは一昨年の夏、地震発生から二年半後のこと。家族でいわき市のスパリゾートハワイアンズに行ったのだが、気楽な観光客としての訪問であり被災地の皆様に貢献した訳ではない。

阪神・淡路大震災の被災者として何も出来なかった。そんな自分に未だに収まりの悪い想いを抱いている。仕事の忙しさや恩人である先輩の逝去による精神状態の悪化などはもちろん言い訳にならない。

私が貢献したことがあったとしても微々たるものである。幾ばくかのチャリティー品を買うのが精々。本書も実は、チャリティー品として売られていたものである。

著者は、東日本大震災発生当時の陸前高田市長である。そして、今もその任務を遂行されておられる。加えて、私の娘が通う中学の大先輩にも当たる。そのご縁から、毎年行われる学校見学会に陸前高田市の応援ブースが設けられている。ブースには被害状況や、復興状況のパネルが展示されており、私も見学させて頂いた。また、ブースでは陸前高田市の物産も販売されている。前年に訪問した際は食品しかなく、昆布やサイダーを購入したのだが、今回の学校見学会で訪れてみると、物産の横に本書が並んでいた。迷うことなく購入した。

私の本購入の流儀は積ん読である。購入してしばらく経ってから読み始めることが多い。しかし、本書は別である。積ん読扱いを私の中の何かが許さなかった。

本書は、地震に遭遇した著者の綴った記録である。被災自治体の長として、夫として、父として、家長としての行動が率直に綴られている。己に与えられたこれらの役割のどれも疎かにせず全霊で災害に当り、奮闘にも関わらず想像を絶する津波の猛威になすすべもなく呑み込まれて行く様が記されている。奥様が津波に呑まれ行方不明になる中、自治体の長としての職務を放棄せず、母を亡くした我が子に対する父としての接し方に自己矛盾と葛藤を抱える。本書の記述は、現場の惨状を見、それに率先して立ち向かわなければならない著者にしか書けない血の通った内容である。

涙が出た。著者の直面した重い日々に。それを堪え平静に綴られる文章に。そして何も出来なかった自分に。

本書を前にすると、数多のブログ、数ある新聞や雑誌、何度も行われた永田町での記者会見が霞んで消える。ジャーナリズムすら無力に思える。

家族とは、仕事とは、責任とは。頭で理解した振りをすれば、そう振る舞えるのが大人。東京電力や当時の首相の対応に苦言を発信するのも簡単なIT社会。しかし、そのどれもが本書の前ではカゲロウのように薄い。ほとんどの意見は紙のように軽い。本書のレビューを書いている私も同様で、著者の痛みや苦しみを理解したとはとても言えない。

しかし、この本が私に与えた影響は小さくはない。それは、地域のコミュニティについての気付きを与えてくれたから。法人化という目標を立てた私にとって、本書が与えてくれた何かは確かに伝わった。そしてそれは、私の中で着実に育ち始めている。

本書を読み終えて、数ヶ月経った今、私が被災地に行ける目処は立っていない。しかし、社会起業としての生き方に向け、舵を切りつつある自分がいる。いつか、何かのご縁で、被災地の力になれれば本望である。

著者は業務多忙の中、娘の中学に大先輩として、話しに来て頂いたと聞く。先ほど娘に聞いたところ、「よく、『被災地に何が必要ですか』と支援者から聞かれる。でもそれは実際に被災地に来て、その目で被災地の状況を見た上で、御自身で考えて頂きたい」という部分が印象に残ったようである。どういう話をされたのか、我が娘に何が託されたのか、それは知らない。しかし、著者の言葉は私の娘へ確かに伝わったようである。私が本書から受け取った想いのように。

2014/9/6-2014-9/6


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