人に作れないものはない、と言いたげに人工物が身の回りにあふれている昨今。もはや、何が人工物で何が自然の造形物かの区別がつかなくなりつつある。そこにきて、人工知能の進展がその懸念に拍車をかけている。

私が数年前から滝や山登りに魅せられているのは、その現実からの逃避だ。人工物の少ない場所へと。自然が与えてくれる安らぎへと。私はそうした風景に魅せられ、山へ分け入る。

とはいえ、人跡未踏の自然など、もはや望みようもないのは先刻承知だ。だが、滝は違う。滝にはまだ自然の姿が保たれているのではないだろうか。たとえ、滝の近くに観瀑台が設置されたとしても、滝の上流にダムが水をふさぎ水量が減ったとしても、滝そのものに人工の改変が及ぶことは余りない。自然が作り上げた造形が今も保たれている。

そんな滝の無垢なあり方。それが私が滝に興味を持った理由の一つだ。そして、滝をみるということは、自然の地層や地質を眺める事に等しい。なぜなら、川の流れが自然の段差によって分断されたのが滝だから。

ある日生まれた段差に水が浸食を加える。水の力によって岩が転がり、岩がせり出し、岩が崩落し、岩が滑らかになる。滝の前に立つと、自然の摂理と時間の尺度を感じる。そこにはこざかしい人間の営みを超越した厳かな大地の力が息づいている。人のなんと小さなことか。

本書で紹介されている各地の地層や地質は、自然の摂理のあり方そのものを今に伝える。どの地層も人工のせせこまさなど皆無。人の手を借りず、ありのままの自らをさらけ出している。その大きさに惹かれるのだ。

本書は日本各地に顕れている地形や地質を網羅的に紹介している。日本各地に残された大地の大きな力の痕跡。地球の歴史の悠久な流れが刻まれた印。本書は、私のまだ見ぬ地質の魅力に満ちている。

それだけでなく本書が良い点。それは滝に偏っていないことだ。むしろ滝は少ない。本書に紹介される116カ所の地形・地質の中で、滝は10カ所ほど。挙げてみると、知床半島の一部としてカムイワッカ湯の滝、袋田の滝、華厳の滝、吹割の滝、常布の滝、称名滝、赤目四十八滝、神庭の滝、関之尾滝、高千穂峡の一部として真名井の滝、曾木の滝、屋久島の一部として千尋の滝だ。

むしろ本書は、滝以外の地形、それも私が知らなかった魅力的な地形がたくさん出てくるのがうれしい。山や渓谷、奇岩や砂丘。油田やガス田、島や海岸など。

本書で採り上げられた116の地で私が訪れたことがあるのは、本稿をアップした2018年10月末時点で、知床半島、十二湖・日本キャニオン、きのこ岩、袋田の滝、華厳の滝、瀬林の漣痕と恐竜の足跡、吹割の滝、山の手崖線地形・武蔵野台地、三浦半島、東尋坊海岸、木曽駒ヶ岳千畳敷、二見浦の夫婦岩、熊野鬼ヶ城と獅子岩、橋杭岩、六甲山、天橋立、琴引浜、玄武洞、山陰海岸、鳥取砂丘、神庭の滝、秋吉台、屋島、阿波の土柱、大歩危・小歩危、室戸岬の二十六カ所だけだ。そう、私が訪れるべき場所は多い。また、本書には日本の地質百選に選ばれた地もいくつか出てくる。しかし、全ては網羅されていない。日本の地質百選に選ばれ、私が2017年のはじめに訪れた秩父の「ようばけ」も、本書には登場していない。

つまり、私が訪れるべき場所はまだまだあるということなのだ。

それと同時に私が知らねばならないことも多い。例えば地形や地質を構成する岩石の種類。岩石の種類はとても多い。そして、岩石の種類の違いによって、風化や浸食の速度に差が出る。それが壮大かつ多彩な地形を産み出してきたのだ。本書には地形に応じた成り立ちの説明が載っている。

私が行ったことのある場所でいえば、郡山の近郊で連れて行っていただいたきのこ岩がまさにそれだ。岩の上と下で岩石の種類が違うため、下だけ風化が進行し、きのこ形の岩が林立している。まさにわかりやすい例だ。

岩石の種類を見分けられれば、より一層地形の妙味が楽しめる。ところがなかなか岩石を覚えられない。私がすぐにわかるのは花崗岩ぐらいだ。というのも、私の故郷西宮は背後に六甲山地を擁しており、至る所で脆い花崗岩が露呈しているからだ。ところが花崗岩だけが岩石ではなく、他にも種類がたくさんある。本書は岩石の種類を覚える良い機会となった。

火成岩、堆積岩、変成岩。火成岩は冷え方や化学成分、密度や色で、粒度で分かれる。玄武岩、安山岩、流紋岩、デイサイト、斑れい岩、閃緑岩、花崗閃緑岩、花崗岩。堆積岩は、粒度によって変わる。れきがん、砂岩、泥岩、シルト、火砕岩、石灰岩、チャートなど。変成岩は熱や圧力によって分かれる。ホルンフェルス、結晶片岩、片麻岩、マイロナイト。うむ、なかなか覚えられない。

他にも覚えておくとよいのは、地球の歴史だ。デボン紀とかジュラ紀とかいうあれ。本書に登場する116カ所の地形の中には、五億年前のカンブリア紀にできたという小滝ヒスイ峡、立神峡が含まれている。そこから現代の地質学的な区分である新生代の第四紀まで、時代によってさまざまな地形が生まれた。今、進行中の新生代の第四紀で顕著な地質現象もいくつか取り上げられている。例えば富士山とか。

覚えるべきこと、行くべき場所は多い。本書は本来ならば折々に開くべき本なのだろう。ぜひ手元に持っておきたいと思う。

‘2017/12/27-2017/12/29


コメントを残して頂けると嬉しいです

読ん読くの全投稿一覧