著者の名前はミステリ関係のランキング本や新古書店などで目にしていたけれど、手に取るのは初めて。

浅い見方をすればプロットは集団就職での裸一貫での状況からバブルに踊るまでの日本昭和史を背景に絡めたサクセスストーリーで、有りがちといえば有りがちな内容である。が、それだけで切って捨ててしまうには惜しいほどのディテールが込められている。特に前半部、主人公が東北で貧富の差をかみしめつつ、とある出来事にまきこまれるまでの展開において、実に骨太で気合の入った描写が続く。東北弁が縦横に駆使されていて、ほとんど意味がつかめないほどである。私は東北出身者ではないので東北弁が妥当な使われ方をしているのかどうかわからないが、上京後の主人公の運命の変遷によって主人公の言葉が徐々に標準語に置き変わっていく様など、丁寧な描写がなされていることに好感が持てた。

凡百の成功譚や、見せかけの成功を戒める教訓譚からこの本が一線を画しているのも、この丁寧な描写に尽きると思う。

主人公が運をつかみ始めるところから話の展開が速くなるのは、よくある偉人伝と同様な流れであり、成功者の孤独やむなしさ、それを覆う上流社会の暗さの描写もきっちりと押さえた筋の展開は安心して読み進められる。だからといって単調な筋展開に陥らないのは、冒頭に仕掛けられた伏線がかなり印象に残るものであるからであり、どのように主人公が自らの人生の落とし前をつけるか、についての興味は持続し、ページを繰る手は休まらない。

戦後日本が国際経済で覇を唱えるまでの道行と、主人公のそれを重ねて読むことで、戦後日本の光と闇を、集団就職という視点から追体験することも可能な小説である。

’11/12/03-’11/12/05


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