本書を読んだ時、NHK大河ドラマ真田丸によって真田幸村の関心は世間に満ちていた。もちろんわたしの関心も。そんな折、本書を目にし手に取った。

編者は長野県史編纂委員などを務めた歴史学の専門家。真田氏関連の著書も出しており、真田家の研究家としては著名な方のようだ。本書は編者自身も含め、9名の著者によって書かれた真田幸村研究の稿を編者がまとめたものだ。

9人の著者が多彩な角度から真田幸村を取り上げた本書は、あらゆる角度で真田幸村を網羅しており、入門編といってもよいのではないか。以下に本書の目次を抜粋してみる。

真田幸村とその時代・・・編者
真田幸村の出自・・・・・寺島隆史氏
真田幸村の戦略・・・・・編者
真田幸村と真田昌幸・・・田中誠三郎氏
真田幸村の最期・・・・・籔景三氏
真田家の治政・・・・・・横山十四男氏
「真田十勇士」考・・・・近藤精一郎氏
九度山の濡れ草鞋・・・・神坂次郎氏
真田幸村さまざま・・・・編者
真田幸村関係人名事典・・田中誠三郎氏
真田幸村関係史跡事典・・石田多加幸氏
真田幸村関係年譜・・・・編者
真田家系図・・・・・・・編者
真田幸村関係参考文献・・編者/寺島隆史氏

ここに掲げた目次をみても考えられる限りの真田幸村に関する情報が網羅されているのではないだろうか。もちろん、他にも書くべきところはあるだろう。例えば真田丸のことや、第一次第二次上田合戦のことをもっと精緻に調べてもよかったかもしれない。また、豊臣家や上杉家で過ごした幸村の人質時代にいたっては本書ではほとんど触れておらず、そういう観点が足りないかもしれない。

あと、本書は小説的な脚色がとても少ない。わずかに九度山での蟄居暮らしを書いた「九度山の濡れ草鞋」が小説家の神坂氏によって脚色されているくらいだ。そのため本書には大河ドラマ真田丸や真田十勇士などの小説にみられる演出色が薄い。劇的な高揚感が欠けていると言ってもよい。だが、そのため本書には史実としての真田幸村が私情を交えずに紹介されている。史実を大切にするとはいえ、伝承の一切を排除するわけではない。人々に伝えられてきた伝承は、伝わってきた歴史それ自体が史実だ。伝承そのものが人々の伝わってきた文化という意味で。また、十勇士を含めた真田幸村の逸話が講談や立川文庫を通して世に広まっていった経緯が史実であることを忘れるわけにはいかない。だからこそ本書は、史実の名である真田信繁ではなく講談で広まった真田幸村という名前をタイトルにしているのだと思う。

それが顕著に出ているのが、講談に登場する十勇士が史実ではどうだったかを分析した箇所だ。実は本書で一番興味深いのはこの分析かもしれない。どこまでが史実でどこまでが虚構の部分なのか。幸村と信繁を分かつ分水嶺はどこにあるのか。それが分析されている。真田幸村ほど虚実取り混ぜて描かれてきた人物もいないだろう。だから、本書のような虚実の境目を明らかにしてくれる書物はとてもありがたい。さらに僅か数ページではあるが、先日読んだ「秀頼脱出」の伝説を検証するかのように、大坂落城後の真田幸村生存説にまつわる挿話がいくつか紹介される。

本書はどちらかというと網羅的に真田幸村を紹介する本だ。一方で編者はなるべく史実に忠実に沿うことを旨としている。虚像の真田幸村を史実として扱うことはできないが、虚像の真田幸村が講談その他で広まったことは紛れも無い史実だ。その釣り合いをどう取るか。それが編者に求められる部分だ。そして本書はその点を満たしているのではないだろうか。

かつて大阪の真田山公園を訪れたことがある。本書にも多数の幸村関係の史跡が紹介されているが、私が未訪の場所も多数ある。上田、九度山、犬伏、大阪近辺の史跡も。そろそろ真田丸ブームもひと段落してきたと思う。時機を見てこれらの場所を訪れ、より深く幸村の生涯を追想してみるつもりだ。

‘2016/03/31-2016/04/01


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