誘拐ものには印象的な作品が多い。こうやって書いている今も私の脳裏には何冊か浮かんでくる。それらはいずれも秀作だ。そして本書もまたその系譜に連なる一作である。なにせ本書は題名からしてストレートに”誘拐”なのだから。

誘拐ものは私の読書経験ではハズレがない。大体が面白い。著者にとってもとっておきのアイデアを注ぎ込む、いわば挑戦作といってもよい。これは面白いから存分に堪能しな、と読者を挑発するような。私にとって著者の作品は初めて読むこともあり、面白さは未知数だった。だが、”誘拐”という一点に惹かれて著者の挑戦に乗って手に取った。

誘拐ものは倒叙形式で書かれる事が多い。倒叙形式とは事件発生時から犯人側の視点で描く手法だ。本書もまた倒叙形式を踏襲している。

犯人側から犯罪を描くということは、即ち手の内を明かすこと。誘拐犯が警察に挑み、どう手玉にとるのか。そして読者は犯人の視点で誘拐の進捗を追っているつもりが、まんまと著者の仕掛けた罠にはめられる。そこに誘拐ものを読む醍醐味はある。

その際、読者が誘拐犯の立場にたてば立つほど、感情移入をすればするほど、著者の仕掛けた読者への罠は効果を発揮する。では本書はどうやって読者を誘拐犯の見方になってもらうか。著者はそのために誘拐犯、つまり主人公の境遇を落とすだけ落とす。

プロローグで主人公が落魄させられてゆく経緯はあくまで自然。自然でいてなおかつ本書の誘拐のプロットに直接繋がっている。ここら辺りは見事なものだ。

また、誘拐犯が警察に接触する手法もなるほどと思える。確かに地味で労力もかかるが秀逸な方法である。

また、誘拐によって一番衝撃を受ける現職首相の焦燥具合の描写も悪くないと思った。ここらあたり登場人物の描写はきっちりしたものだ。著者の作品は初めて読んだがなかなか良い。

だが、一点だけ不満な点もあった。これは全体のどんでん返しのタネなのでここには書かない。だがこれはプロローグをもう一工夫しておけば防げたのではないか。おかげで本書を読む途中でタネに思い至ってしまった。普段の私は推理小説を読んでいても著者の罠にまんまとはまるタイプなのに。本書は珍しく途中で真相の一部を悟ってしまった。

‘2016/03/17-2016/03/18


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