本作もまた、優れた短編が収められている。

本書には、著者からの序文が附されている。序文というにはいささか長めの分量の。そこでは著者が自らが創作した作品だけでなく、様々な試みを行っていることが紹介されている。ラジオ局を二つ所有し、そこで昔ながらのラジオドラマを放映する-もちろん著者オリジナル脚本で-ことや、電子出版の刊行にあたって人々の注目が一気に増したことなどが挙げられている。

そうした新しい試みの一方で、著者はラジオドラマや紙出版の本といった芸術様式が消えていきつつあることも憂慮する。消えてゆく芸術様式には短編という文学形態も含まれる。短編が省みられなくなっている状況を憂い、短編作家の作品集をお勧めする。この中ではマシュー・クラム「サム・ザ・キャット」とロン・カールスン「ホテル・エデン」が挙げられている。

著者は自身に一年に最低一、二作は短編を書くということを課しているらしい。それは金のためでも愛のためでもないという。書かないと衰えてしまう短編を書く技術を維持するためのジムのワークアウトのようなものらしい。だが、比喩を承知で言うならば、本書に収められているどの短編も、ジムの余技に書かれたレベルを遥かに超えていることは言うまでもない。

「第四解剖室」
生きながらにして解剖されようとする男の内面の恐怖が描かれている。解剖の諸手続きがきっちり調べられていることはもちろんだ。そしてそれ以上に医師たちの会話も魅力的だ。軽口を叩き合う医師たちはどこまでも朗らかで、口が利けず全身麻痺で微動だにできない主人公の恐怖を増幅させる。物語を不自然に感じさせない設定や語りは流石といったところ。

短編小説の見本のような一作だ。

「黒いスーツの男」
悪魔との邂逅の刹那を、少年の目から描いた一編。著者の短編には、他にも黒いスーツを着た悪魔が登場する一編がある。確か「公正な取引」だったように思う。大人が悪魔に出会う話。こちらは少年が悪魔に出会う話となる。

おそらく著者の好む題材なのだろう。悪魔の描写も「公正な取引」と同じだ。しかし、本作はより趣向が凝らされている。悪魔は少年の絶望を好む。そのため、少年の母が死んだことを少年に信じこませる。少年は隙をついて逃げ、悪魔の魔手から逃れる。魔手から逃げおおせると、父と母に出会う。その喜び、そして安堵。父母への愛が爆発する。家族が子供にとって何よりも替えがたい存在であること。それこそが本編で書きたかった主題に違いない。

なお、各編の末尾に著者による解説が附されている。黒いスーツの男は、ナサニエル・ホーソーンの「若いグッドマン・ブラウン」を下敷きにしているそうだ。

「愛するものはぜんぶさらいとられる」
旅するセールスマンの話だ。彼は全米各地の下卑た落書きを収集しながらモノを売り歩いている。彼のノートにはそれらの収集した落書きがびっしり。収集の成果を自分の命とともにどう処分するか、についてセールスマンは考える。死後に残すにはあまりにも下卑ている落書きを、どうやって処分するかに頭を悩ませる男の物語ともいえる。本編は怖くもなければ饒舌な語りに酔わせられる訳でもない。が、著者の着想には目を開かされる。

「ジャック・ハミルトンの死」
ギャングたちの逃避行の話である。饒舌で愉快なギャング達のどこかで踏み外してしまった人生の悲喜を描いている。FBIの追跡から逃れつつ、銃創が壊疽で腐り行くジャック・ハミルトンを見捨てずに連れてゆく。ギャングたちは情に篤い。ジャック・ハミルトンを見捨てない。医者は見つからず、ジャック・ハミルトンの壊疽の臭いは耐え難いレベルになってゆく。ジャック・ハミルトンはしきりにハエの生け捕りを見せろとせがむ。語り手が少年院で覚えた技だ。それを見届け、ジャック・ハミルトンは死ぬ。著者の解説によると、本編に出てきた登場人物の多くは実在し、ジャック・ハミルトンが逃避行の末に死んだこともまた、事実らしい。気のいい男たちなのに、このような破滅へと追い立てられていく人生の哀しみが尾を引く。彼らの運命に同情を覚えざるを得ない。

「死の部屋にて」
拷問室に閉じ込められた男の話だ。電気ショック。三人の拷問者たちに迫られるここは中米の某国。電気ショックの威力は強烈だが、男は間一髪で逆襲し、三人を倒す。そして動けない最後の一人には最大出力の電気を流し、復讐を成し遂げる。電気を流す下りは、グリーン・マイルのあの電気椅子の描写を彷彿とさせる。著者が解説で言うところでは、大体の被拷問者は洗いざらいぶちまけたあとに、死ぬか発狂する。しかし、本編は生きていることの喜びを存分に満喫する主人公の姿を書きたかったようだ。しかし、私は本編からアクション・スパイ映画の不死身の主人公がちらついて仕方なかった。

「エルーリアの修道女<暗黒の塔>外伝」
実は私は暗黒の塔は未読である。本編は、著者の解説によると、暗黒の塔シリーズのプロローグに当たる物語らしい。私の流儀として、本編よりも先に外伝を読むのは好まない。なので本編は駆け足で読み、内容も覚えないようにした。実際に暗黒の塔本編を読み終えた後、本編を再度手に取るつもりだ。

2014年中に読み終えることが出来ず、2015年に足が掛かってしまったが、2014年の読書を締める一冊と言ってよいと思う。

‘2014/12/29-2015/01/01


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