本書には7編の短編が収められており、そのうち5編が太平洋戦争中の激戦に題材を採っている。いずれも当時の国際情勢や政治に無関係の、前線で任務を全うするために挺身する人々の姿を様々な角度から描くことで、戦争の意味を問うている。

太平洋戦争の戦記文学というと飢餓に苦しみつつ、ジャングルをさまよう陰惨な印象が漂うが、本書は前線の、スポーツ選手の、特攻隊員の、予科練生のそれぞれの戦中や戦後の人生を通して、多様な軸から戦争を描いているのが印象を残す。

中でも表題作の「硫黄島に死す」は主人公に西大佐を据え、馬術競技での栄光と挫折、生まれ育ちからくる軍の中での孤立など、重層的な人物造形が物語に深みを与えている。たとえば、ロス五輪での金メダル獲得から一転、ベルリン五輪で惨敗した理由についても、ドイツ側の妨害工作があったにも関わらず敗因について一言も弁明しない姿。硫黄島への移動航海中に起きた二人の死者に対する限りない哀惜の念。

軍内で軽薄、気障と言われた主人公が、最期まで誇りと気概に満ちた人物として、硫黄島の過酷な戦場でも死を従容として受け入れる姿には、読者に戦争のやるせなさを否応なしに突き付けるも
のがある。

’12/03/25-12/03/26


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