本書の出版社は山川出版社だ。
こ存じの方も多いと思うが、高校の世界史と日本史の副読本でお馴染みだ。

そんな本書が取り上げるのは、タイトルの通り鎌倉の街についてだ。
イイクニツクロウ鎌倉幕府。
誰でも知っている1192年の鎌倉幕府成立の年号を語呂合わせで覚えるための言葉だ。

1192年に鎌倉幕府が開かれたことで、東国の一寒村に過ぎなかった鎌倉は日本史にその名を刻むこととなった。

では鎌倉幕府が瓦解し、室町幕府に幕府の機能を奪われた後の鎌倉は、どのように衰微していったのだろうか。
それを本書は取り上げている。

何度かブログに書いてきたが、私の住んでいる家のすぐ近くを鎌倉街道が通っている。新田義貞公・足利尊氏公といった大平記の世を彩った武将がその道を何度も駆け、鎌倉に攻め込み鎌倉を守ろうと行き来した。

鎌倉幕府が滅びた後も、しばらくは鎌倉が歴史の中心であり続けた。
中先代の乱で北条時行は諏訪から鎌倉を目指して進軍し、政治の中心が京都の室町御所に移った後も、東国の中心は依然として鎌倉であり続けた。
鎌倉府や鎌倉公方が設置され、東国の武将たちが東国に睨みを利かせるためには鎌倉に拠るのが普通だった。南北朝の抗争においても鎌倉は島国の中心であり続けた。

なぜ私は鎌倉の街並みについて本書を通して学ぼうと思ったのか。それは鎌倉に仕事上でご縁が生じたためだ。「カマコン」という街を活性化させるための参加型のイベントにも参加した。また、鎌倉に本拠を構える面白法人カヤックさんとのご縁もできた。その他、鎌倉にて活動する会社の方とのご縁もできた。私自身も鎌倉市商工会議所で登壇した。

こうしたご縁の数々を通し、鎌倉の街並みの魅力が現代でもなお保たれていることを知った。

一度は歴史の表舞台から消え去ったはずの鎌倉は、なぜいまだに存在感を保ち続けているのだろうか。寺社仏閣が多く残されているからだろうか。それとも小町通りの風情が観光客を惹きつけるからだろうか。
それだけでなく、何か鎌倉時代からの歴史の風が脈々と吹き続けているからではないか。
鎌倉には何か進取の気性のような風土があるのではないか。

それを知るために本書を通して鎌倉を知りたかった。
そもそも、鎌倉幕府が瓦解した後もどのように鎌倉の街が命脈を保ち続けたのかを知りたかった。

室町時代に入っても上杉禅秀の乱の舞台となり、さらに永享の乱などの諍いもあった。上杉家や関東公方、堀越、古河公方などが関東の覇権を求めて乱立した。その時に関東でもっとも騒乱が絶えなかったのが鎌倉の街だ。室町幕府が置かれた京と比べてもその不安定さは同じだった。そうした流れの中、鎌倉は徐々にその中心を失っていく。
決定的なのは、戦国の騒乱によって室町幕府や関東管領から権威が失われたからだろう。そうなってからの鎌倉にかつての勢威は失われてしまった。

本書は続いて、場の記憶と称して、街のあちこちに残された歴史の遺構を紹介している。七つの切通で外界から閉じられた鎌倉。外からの攻めには強いが、一度攻めこまれると脆かった鎌倉。そのため、街が兵火で灰塵に帰すこともなく、街の外観は保たれた。
鎌倉幕府が去ってのちは、日本の中心から徐々に外れていった鎌倉ことで、当時を偲ばせる遺跡が今も残されている。

鎌倉の街並みに残された遺跡を紹介しながら、それぞれの出来事が鎌倉に残した遺構を紹介する本書は、場から鎌倉の歴史と記憶を掘り起こしていく。

特筆すべき事は、鎌倉は何か特定の勢力の拠点ではなかったと言うことだ。元弘の乱で鎌倉幕府が滅ぼされて以降は特に。
それ以降は鎌倉を本拠とする勢力が入れ代わり立ち代わり鎌倉でかりそめの政務をとった。そして短い間に次のあるじに勢力を明け渡した。
中世を通じて政治の中心としての性格が弱く、それが、鎌倉を決定的に破壊の対象となる事態から無縁だった理由だ。
そして、鎌倉を現代に生きながらえさせたと言える。

本書は、応仁の乱以降の鎌倉を全く描いていない。
江戸時代に水戸光圀のような人物が鎌倉にやってきてその衰えを慨歎する姿が紹介されているのみだ。

だが実はその時期の鎌倉こそ、私たちにとって知りたい鎌倉の情報が詰まっているのではないか。

特に鎌倉は仏教の本場だ。そうした仏教の大寺院が江戸幕府の宗教統制の中をどのように生き延びたのか。
その観点からの鎌倉の歴史はぜひとも知りたかったように思う。

また、明治になって鉄道が通った。その際に街の人々は鉄道が通ることについてどのような反応を示したのか。伝統のある都市が進取の陸蒸気を受け入れる際には何の葛藤もなかったのだろうか。
また、今の若宮小路を軸とした鶴岡八幡宮の門前町である街並みの再構築はどのようになされたのか。
そうした観点でも実は鎌倉はまだまだ興味深い。
本書がそれに触れていなかったのは残念でならない。

おそらく、上に書いた現代の鎌倉が備える進取の風土を考えるには、江戸と明治の鎌倉も知らなければなるまい。
著者かまたは別の著者による鎌倉の歴史を当たってみたいと思う。

‘2020/03/24-2020/03/26


コメントを残して頂けると嬉しいです

読ん読くの全投稿一覧