今年の初夏頃より韓流排撃のデモが行われるようになった。私自身は、韓流ドラマもほとんどみないし、韓流音楽も聞かず、接点といえば娘たちのチアで使われるkaraや少女時代の曲ぐらいしかしらず、それほど席巻されているようにも思えないのにデモ?という感じの認識だった。ところが私の周りでもデモ参加やら排撃意見を述べる人も出てくるのをみて、排撃自体に疑問を持たざるをえなくなってきた。

そもそも戦後のアメリカ文化流入と違い、韓流ドラマや音楽に、日本のそれが一方的に負けるほどの質の違いが感じられず、政治的な思惑による流入があったとしても市場論理で自然と淘汰されていくはずなのに、なぜデモなんだろうと考えていた。

ただ、私自身もそれらについて筋の通った反論ができるほどの知識はなかったところ、こちらの本の存在を知り、読んでみようと思った次第。

基本的には私の考えの基幹となる部分に間違いはなかったと思ったし、それ以上に当時の朝鮮半島からの影響が濃く日本の歴史を彩ったことも改めて学んだ思いだ。政治的な歴史観に右往左往させられるのではなく、確固たる知識をもって初めて冷静に世論操作について流されず自分の立場を持てるというもの。

天皇家そもそもの由来にも触れられていたことや、渡来人が朝鮮半島動乱の亡命者として庇護されるべき存在という認識が誤っているということも学んだ。秦氏というのは秦帝国の末裔と私は思い込んでいたけれど実際は朝鮮半島の種族だった可能など、知らなかったことも知識として蓄積できた。飛鳥以前の日本と飛鳥・奈良の日本の外交関係を知るにも良い本ではないかと思う。

’11/11/19-’11/11/21


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