著者は一度テレビ出演から引退する意向を示したはず。にもかかわらず、いまだに節目のイベントにはメディアに登場している。
テレビ界から引っ張りだこなのも、多くの支持を得ている表れだ。素晴らしいことだと思う。

著者が支持されている理由は、いろいろと考えられる。
真っ先に考えつく理由は、伝え方や聞き方に誠実さが感じられるからだと思う。
テレビ画面で見かける限り、著者はあくまでもジャーナリストであろうとしている。伝えること、調べることに徹している。それが私や世間の共感を呼んでいるのだろう。
専門家のようなオーラを押し出さず、自らの考えを押し付ける雰囲気も感じない。客観的な立場を堅持し、役割をわきまえている。そして、自らの役割をテレビ越しに視聴者に伝える術にも秀でている。

そうした術の全ては、著者が今までのキャリアで身につけてきたスキルだ。スキルを身につける上では、著者自身の数多くの努力があったことだろう。

著者は、今までのキャリアの何が自分を助けてきたのかを振り返る。
キャリアで成し遂げてきた何か。それを著者は越境するという言葉で言い表す。
越境する。それはつまり、専門分野を作らず多様な分野に軸足を移し、異なる立場に身を置く姿勢を示す。
越境するキャリアとは、言葉で表すならジェネラリストがふさわしい。いわゆるエキスパートの対義語としてのジェネラリスト。
ジェネラリストとは、日本の会社人間を育てる上で便利な言葉であった。OJTの名のもとにあらゆる部署を経験させし、幹部候補として育てる。
そのため、ジェネラリストとはわが国の組織にとって都合の良い言葉としての印象が強い。個人主義に傾きつつある今の世の中にはあまり歓迎されないようだ。

著者は今の自らの活躍を客観的にとらえている。その上で今の状況は、越境し続けてきたキャリアとそこで培ったスキルによるものだと言い切っている。
確かにそれはうなづける。著者が本書で越境という言葉に込めているのは、単にいろんな仕事を渡り歩いてきた歴史を振り返っているだけではないはずだ。
おそらく著者は、キャリアの中で越境する度、ある目的を意識し続けてきたに違いない。ジェネラリストであっても、漫然としたジェネラリストではなかった、と言い換えても良いだろう。
つまり、その時々の立場に全力で向き合い、その時々でエキスパートたらんとしたこと。それが結果としてジェネラリストを極めることになったとはいえ、同時にジェネラリストを極めるという意味において無二のエキスパートとして鍛えあがったのだろう。

越境のきっかけは、会社からの業務命令であったり異動命令であったりしたのだろう。
だが著者はそれらを悪い方向にとらず、良くなるきっかけと考え、その度に多彩なスキルを身につけるよう努力してきた。
そのモチベーションの高さと、その全ての仕事を報道や発信といった著者の仕事につなげた努力が、著者を今の立場に引き上げたのだと思う。
そしてその時に役立った実践とは、積極的に質問する姿勢ということだ。越境者ゆえに、無知は当たり前。無知を恥じず、無知を自覚して質問を重ねる。もちろんなにも事前に調べずに質問しても無意味だ。事前に調べた上で的確な質問を発する。それが信頼へとつながる。

本書はこうした著者の考えに則り、六章からなっている。
第一章 「越境する人間」の時代
第二章 私はこうして越境してきた
第三章 リベラルアーツは越境を誘う
第四章 異境へ、未知の人へ
第五章 「越境」の醍醐味
第六章 越境のための質問力を磨く
終章 越境=左遷論

本書から得られる教訓はとても大きい。その教訓とは、組織に属してキャリアを積むとしても、そこから得られる果実の大小は個人の意識の力によって変わることだ。
組織によって括られた見えない枠を受け入れ、その枠をはみ出さないように生きているだけでは越境したことにならないし、力もつかない。
枠を認識した上で、その枠を越える意思を持つ。それこそが越境の力であり妙味ということだ。
つまり組織によって与えられた枠を逆手にとり、それを越境することに面白さと意欲を見いだす。これを言っているのだと思う。

これは独立していようが、勤め人であろうが関係がない。社会に生きている以上、あらゆる組織や立場の枠が個人を枠に囲おうとするのは同じだ。
その時、その枠があるからと萎縮するのではなく、むしろ枠があるが故にそれを越えることに意欲を燃やす。
その意識があるとないのとでは、その仕事から得られるインプットの量に格段の違いが生ずる。

今まで私もいろんな仕事をしてきた。それらはかけがえのないインプットになっている。
だが、それだけでは未来はひらけない。自分をどうひらいていくか。それは、自分の仕事や能力をどう発信するかにかかっている。
自分が人に対してどう力になれるのか。どう相手にとって役立てるのか。それを社会に対して示す。それこそが発信の重要性なのだと思う。
それは組織の枠の中で発信するだけではだめだ。枠の外に越境して発信しなければ、発信にはならない。

どれほどキャリアからさまざまな影響を受け、それを糧にしていようとも、発信しなければそれは外部には認められない。
そして、その発信先を同じ会社内や個人のつながりだけに限定していては、その枠の中にしか効果を及ぼさない。
著者はその時々のキャリアの中で、不特定多数の人に発信するスキルを越境してまで身につけようとしてきた。

それこそが越境の力だ。今の世にはいくらでも越境するためのツールがある。SNSやブログや登壇といった。その機会を逃さないように心がけたい。

‘2019/9/29-2019/9/30


カテゴリ: 読ん読く.
最終更新日: 1月 18, 2021

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