哄う合戦屋で、鮮烈にデビューを果たした著者と主人公の石堂一徹。中信濃の豪族遠藤家に召し抱えられるや知略と武勇を発揮し、わずか三千八百石の遠藤家の当主吉弘をして、国持ち大名の夢を見させ得るまでにした漢。そのストイックで筋の通った欲のない様は、新たな戦国武将像を我々に提示した。

哄う合戦屋では遠藤吉弘の娘若菜と、相愛の仲となる。が、作中では度々、一徹が心を閉ざす原因になった出来事が仄めかされる。果たして一徹に何が起こったのか。何が一徹の心を閉ざしたのか。本書は石堂一徹が遠藤家に召し抱えられるまでの歩みを描いている。

時は天文二年(1533年)、信濃の北半分を手中に納める村上義清の陣。村上義清は、後年、川中島の戦いでも活躍した史実上の人物。その陣中に、19才の一徹はいた。序章の有坂城の城攻めで存在感を出す一徹。のっけから、前作の余韻にひたる一徹ファンの心を掴む出だしだ。

その功もあって、主君の村上義清からは、一徹を石堂の当主に、という命が下る。石堂家は、代々村上家にあって次席家老として勘定奉行を努めている。長男輝久はその任に耐得る実直な性格なのに、一徹を当主にという下知に戸惑う当主龍紀と息子兄弟。一徹の案を元に、本家は一徹が継ぎ、輝久は分家を起こし当主となり、本家と分家は同じ知行とすることで決着を見る。最初に武辺と計略の才を見せておき、返す刀で欲の無さや知略を見せるあたりは、実に鮮やか。ここでもまた、読者は一徹に魅了される。

ここで、一徹に嫁取りの話が持ち込まれる。朝日である。武士の娘で大柄、かつ、明るく素直な朝日は、一徹と仲睦まじい夫婦となる。それからは、朝日が石堂家の嫁として、一目置かれるまでが描かれる。と同時に、我々読者は石堂家の家風、一徹の心根の優しさ、一徹配下の郎党達の異能を知ることとなる。ここらの著者の筆運びは、実に滑らか。突飛な挿話を交えることなく読者に物語の背景を覚えさせる手腕は実に見事。

石堂家の風習を語る中では、郎党達と女中達の夜這いの風習と、共同体の慣習をもさらりと創造してみせる。村上家の中で譜代ではない石堂家が村上家でいかに重用されるようになったか。石堂家の財源が豊かな理由としての石堂膏という膏薬をも創造する。著者の想像力はとにかく冴えている。その一方で、一徹は朝日に中国の古典を紐解く。その中で、張良と諸葛孔明を一徹が自分に通ずる人物として挙げる。

続いて郎党である。一徹配下の郎党達の異能を引き立てる場として、著者は戦を用意する。郎党の活躍あって、城は落ちる。その中で、一徹の語るいくさ観は、本シリーズの全てに通ずる魅力でもある。

また、郎党達のそれぞれの個性を描き分け、一徹の単なる駒としてではなく、血を通わせた人物に彫りあげる著者の語りの巧みさも見逃せない。

最終章で、朝日が懐妊するとともに、花が石堂家の一員として加わる。花は貧しい農家の娘として女衒に売られ、そこから逃げるところを一徹一行に助けられた少女。着の身着のままで、飢えが当たり前だった花を相応しく躾ける下りは、朝日の持つ徳が存分に描かれる場面である。

全てが満たされ、一片の曇りもない上巻。これら全てが下巻への伏線となる。一徹を放浪に到らせた悲劇は、悲劇を知らぬ日々が幸せに満ちているほど、一層悲劇となる。

上巻の締めは、一徹の才能の一つである彫り物。産まれたばかりの青葉の玩具用にと作った蛙に朝日が吹き出す一文で終わる。

‘2015/01/22-2015/01/24


6 thoughts on “奔る合戦屋 上

  1. 水谷 学

    この作品は、合戦屋シリーズの中でもあまりにも評価が低い。恐らく村上義清という小笠原長時にも匹敵するほどマイナーな信濃の豪族が一徹の主君だったからではないだろうか?遠藤吉弘という架空の主君の方が物語性が高い。(モデルが青柳頼長だと勝手に想像しています)一徹は長身のイケメンとして登場。(山本勘助の裏返しだということがすぐに分かります)無理矢理に歴史上の有名人物を多用せず、地味に石堂家の生い立ちや生業を想像力豊かに描くところは参考になりました。

     

    1. 長井祥和 Post author

      水谷さん、あけましておめでとうございます。

      本書は下巻で一徹の妻子に起こる悲劇を描くための状況の下積みと、哄う合戦屋で描き切れなかった石堂一徹の人間性の起源に筆を割いたため、どうしてもドラマティックな描写に欠け、人気も少ないのでしょうね。(とはいえ冒頭の合戦で一徹が齢19にして見せた働きは、出だしとしては上々ではないかと思っています)

      ただ、あの石堂家の様子を描くところは、長編にあってはあってしかるべきで、水谷さんのおっしゃる通り歴史小説を描くうえでは、参考になると思います。しかも本書のように架空の家を創造するのであればなおさらでしょうね。

  2. 水谷 学

    小説の構想としていろんなものを考えています。

    文献資料のほとんどない仁科一族(仁科盛明(森城主)、青柳清長(青柳城主)、仁科盛親(小岩嶽城主)、飯森盛春(平倉城主)、渋田見盛家(渋田見城主))を描こうとすれば、突破口は青柳清長の息子頼長、諏訪御料人(武田勝頼母)を生んだ小見の方が武田家滅亡に際し高遠城から落ちのび、頼長の息子清庵が真田幸村の家老として大坂の陣に至るまで描くという構想です。ここでは善政を敷いた中信濃の遠藤吉弘や石堂家の描写が参考になります。真田幸村公資料館、安居神社、九度山の真田庵なども訪れなければ。青柳父子の敵役の小笠原貞慶に関してはこれまた手掛かりが少ないのですが、貞慶の父長時の一生を描いた仁志耕一郎の「とんぼさま」を参考にしていきます。

    禰津政直(松鷗軒常安)が鷹匠として一世を風靡する話は、松鷗軒記という古文書しかなく、山本兼一氏の著作にわずかに記載されているのが手掛かりです。鷹匠に関する書物をたまに読んだりしていますが、やはり物語性のある山本氏の著作を読み込んで勉強していくつもりです。

    武田信玄に信濃・甲斐二国巫女頭領を任じられた望月千代女と後継の巫女が、ミシャグチ神の霊威が最も高まる諏訪神社の御柱祭の年に大事件を巻き起こしていくという、伝奇小説です。1542年の上原城・桑原城攻めによる諏訪家滅亡、1548年の上田原の戦い、塩尻峠の戦い、1560年の桶狭間の戦い、1566年の箕輪城攻めによる長野氏滅亡、1572年比叡山焼き討ち、三方ケ原の戦い。基本的に信玄の部下だが、時折村上義清や織田信長の味方をするという自由奔放な働きをします。武田信玄の通史を巫女の立場で語っていくという試みです。

    武田勝頼が天目山で死なず禰津潜龍斎昌月と変名し、岩櫃城下の潜龍院で諜報活動を行い、神川の戦いで功を焦り討死したとも大阪夏の陣を経て土佐に流れて大崎玄蕃と変名するというトンデモ話を構想しています。これは池波正太郎の真田太平記と軌を一にした構想で、真田信政の真田忍軍が活躍する岩櫃城下は是非とも訪れておきたいものです。このあたりは緻密な計算と物語性が必要なので海道龍一郎氏をお手本にしていくつもりです。

    もともと真田信繁好きが高じて武田信繁、武田信玄、武田勝頼と興味が広がっていますが、海道龍一郎氏の作品で武田信繁と真田昌幸の心温まる交流に感動し、登場人物の心理や背景まで知り尽くす為に現場を訪れることの重要性を痛感させられています。小説にしたい舞台以外では、松代の典厩寺、皆神山、松代大本営跡、加賀井温泉一陽館などYKG活動で行きたいものです。

  3. 長井祥和 Post author

    水谷さん、こんばんは。

    ぜひ今年中に一作上梓とまではいかなくても、書き上げてもらえれば。
    私も今年は何かしら形にして世に問うてみようと思っています。

    仁科や青柳はぜひ行きたいですね。あと、さっきテレビでブラタモリやってて上田城址を重点的にみていました。

    松代やあのあたりはほんとにほとんど行っていないに等しいので、早めに行きたいですね。3月までには行こうと
    思っています。それと今年は20年ぶりぐらいに大河ドラマを全部見ようかというのを目標にしようかと。

    是非とも挙げていただいたところは訪れましょう。今年は二か月に一度ぐらいの活動が目標かな。

  4. 水谷 学

    二か月に一度の活動は理想的ですね。車を使って相模、武蔵、甲斐あたりの土の城を攻城していくというのが基本線かと思われます。時々上野、信濃あたりも行ければと思っております。

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