第三巻では、優秀な弁護団の奔走によって弓成記者に無罪の判決が下る。

弓成記者の無罪判決の一方、三木秘書は情報を漏洩させた罪が認定され、執行猶予つきの有罪判決がくだされる。表面的には報道側の勝利。ペンは権力には決して屈しないように読める。

だが、著者の筆致に浮かれ気分は微塵もない。弓成記者は無罪を勝ち取った法廷で辞職を上司に申し出る。肉体関係と引き換えに弓成記者が得られたのは社会的制裁。家族にも妻側の親族にも深い傷だけが残った。記者生命と引き換えにスクープした密約の事実は、政権にも首相にもダメージを与えることがない。佐橋首相にはノーベル平和賞が授与される。弓成記者に残ったのは職と家庭と生きがいを喪った空洞。家庭からは居場所も失われ、彼は単身故郷に戻って家業を継ぐ。

その家業とは青果の仲卸し業。弓成元記者の父の才覚で九州では仲卸業の大手として磐石だった。が、ライバル社の追い上げもあって業績は傾いて行く。弓成元記者は跡取りとして奮闘はするものの、結果として身売りを余儀なくされてしまう。

本書は西山事件をベースに小説化した作品。それは一巻のレビューにもかいた。また、四巻の巻末には取材協力者として西山記者の奥さまの名が載っていることも二巻のレビューに書いた。そこには西山記者の名も載っている。つまり、毎朝新聞を退職して後の弓成記者の日々については、西山記者からの取材内容に沿っているはずだ。

だが、西山記者は本書の内容を嘘っぱちと述べたそうだ。そのインタビュー記事を私は読んでいない。なので、西山記者の発言について拙速に推測を披露することは控えたい。だが、西山記者が家業を退職したのは1990年のことだという。本書の設定より数年あとのこと。しかも本書では退職でなく、ライバル社への事業譲渡という設定。要は廃業だ。

本書や四巻で弓成元記者が送る放浪の日々には作家的としての想像も盛り込まれていることだろう。西山記者の実人生には、本書には書かれていない真摯な日々があったはずだ。それを描かれなかった反発が、上に挙げたような言葉を言わせたのではないか。

だが、本書で著者は弓成元記者、つまりは西山元記者の人生を否定しているわけでない。一巻のレビューにも書いたが、戦後日本でニュースソース秘匿を巡って争われた二つの事件がある。売春防止法にまつわる疑獄スクープを出した読売新聞の立松記者は記者生命を奪われ、自暴自棄の生活の果てに自殺に等しい死を迎えている。

一方、弓成記者は生きがいを失いつつも死は選ばない。そして家庭すらも。三木元秘書による赤裸々な情事が週刊誌に暴露され、その内容に衝撃を受けた弓成元記者の妻由美子は離婚を決意し、命すら投げようと放浪しかける。しかし由美子はそのどちらも選ばなかった。そればかりか音信不通になった夫と離婚せず、自活の道を探り、英会話教室の経営者の道を歩み出す。

本書の執筆に西山元記者の奥さまが果たした役割は決して小さくないはず。著者は、取材を重ねる中で奥さまの強さに感じ入ったのではないか。それは、内助の功に止まらず心の持ちようの強さだ。本書で、妻由美子の出番はあまり多くない。それでも、本書に限っては主人公は妻由美子ではないかと思う。著者は奥さまにお会いした上で、その強さを妻由美子に投影させたのだと思う。私には芯の強い女性としてとても印象に残った。

報道と権力の対立軸が影をひそめる本書で、替わって焦点があてられるのは女性の強さだ。女性の強さを象徴するかのように、本書の終わりは尾羽打ち枯らした弓成元記者が自暴自棄になろうとする姿が描かれる。

‘2016/10/05-2016/10/05


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