著者の本は第二次大戦下のエピソードを重厚に取り上げた諸作や、警官シリーズなど、比較的よく読んでいる。

エンターテインメントの骨法が分かっている人だけに、下巻は江戸開城から官軍に反旗を翻すまでの逡巡、函館への航行と圧倒的な劣勢の中の苦闘と、時代に翻弄される主人公の姿を一気に読ませてくれる。

勝海舟や徳川慶喜の出番はがくんと減り、代わりに函館まで転戦した人々の群像劇が中心となっている。中でも土方歳三がクローズアップされている。

土方歳三はじめ徳川家に恩を奉ずる人々は、死場所を求めてあるいは新勢力への本能的な反感など、総じて革新を拒否する保守の人といった位置づけにされ、主人公は過去を守るために奮戦する人物としての描写が多い。上巻が西洋文明を進取する未来に向けて戦う人であったのに、下巻では逆の立場となっているのが面白い。

榎本武揚という大人物ですら翻弄される歴史の荒波。その荒波も隠れたテーマとなっている。オランダへの航海では難破させられながらも乗り越えられた荒波に、江戸から函館、そして松前への航海ではついに屈服してしまうところに、歴史の波に抗うことの厳しさを感じた。

榎本武揚の生涯を概観するに、逆賊の汚名を着つつも明治政府に重用された部分が取り上げられがちなのだが、この小説では終わりの2、3ページに一夜の夢として、さらにはエピローグとして簡潔に明治政府での功績を2ページだけ取り上げただけで、あえて描くのを避けている。小説の終わらせ方としてはいさぎよいし、読後感も良かったのだけれども、一方ではその見えない葛藤を書ききるのも小説の役割ではないかとも思った。

’11/11/06-’11/11/07


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