太平洋戦争を戦った軍人。その数は尉官以上の階級に限っても相当の数になるはずだ。軍人もまた人である。人である以上、それぞれに違う人格と人生がある。しかし敗戦は将官も尉官も関係なく、軍人を十把一絡げにして責任を負わせた。

もちろん負けた以上は軍人が責任をとらねばならない。だが、個人で取り得る責任範囲には限度があるはずだ。あれだけの戦争である以上、一人の軍人が戦争の帰趨を決めたはずはない。責任を負わせるに値するとすれば、大本営参謀とそこから上がった情報を基に判断を下した大将や元帥だろうか。しかし山本五十六海軍元帥自身が、日独伊三国同盟には大反対の立場だったことは有名だ。反対の立場でありながら、山本元帥はいったん国の方針が開戦に決まった後は腹をくくり、早期終戦を企図して真珠湾攻撃を成功に導いた。単に真珠湾攻撃がアメリカの反攻と日本の破滅を招いたという浅い見方をするならば、山本元帥などさしずめ国賊に値する。山本元帥がもともと開戦に反対していたにもかかわらず。

元帥ですらそういう複雑な思いを抱えていたのだから、中将以下の軍人を一括りとするのはなおさら雑に過ぎる。軍人のすべてを等しく断罪するのはいかがなものかと思う。将官によっては個人の思惑の中では平和を希求していたのかもしれないのだ。ただ、自らが秘めた思いに反した道を日本が歩んだとしても、彼らは自らの職務に忠実に励み、目の前に起こる戦争を戦っていったに違いない。

だが敗戦から70年をへて見直し作業が進んでいるとはいえ、今も中将以下の軍人の全員が等しく軍人としてまとめて扱われ、敗戦の責任を負わされているように思う。繰り返すが軍人である以上、日本の敗戦に全く責任のない軍人はいるはずがない。だが、人としての人格を無視して、全ての軍人を同格に日本を破滅へと追いやった悪人と決めつけることには抵抗がある。

太平洋戦争期の軍人の中で、一個人として生涯が知られている人物といえば、せいぜいが山本元帥、米内大将、井上大将の三人と東条元首相、最近では阿南陸軍大臣ぐらいではないだろうか。だが、本来ならば軍人たちにもそれぞれの人生があったはず。もっと生涯が紹介されてもよいのではないか。

著者は言うまでもなく「日本のいちばん長い日」を著した方である。阿南陸軍大臣の綱渡りともいえるポツダム宣言受諾前の数日間を詳細に描き、阿南大臣が愚直なだけの戦争継続者ではなかったことを後世に伝えている。著者が日本のいちばん長い日を詳細に描いたことで、阿南大臣の評価は、命を懸けた腹芸によって陸軍の暴発を防ぎ、日本を救った人物として定まろうとしている。阿南大臣と同様に、軍人の一人と扱わず、死にざまや生い立ちを詳しく描くことで、人間として評価すべき人物は多数いるはずだ。となると、著者が他の軍人を取り上げるのは当然ともいえる。

本書は総勢28名の軍人が取り上げられている。陸軍が15名、海軍が13名。将官が17名、尉官が4名、佐官が7名。バランスの取れた取り上げられ方だ。本書にはA級戦犯に問われた人物は一人も登場しないが、山下奉文陸軍大将や本間雅晴陸軍中将のように現地の裁判で死刑を宣告・執行された軍人も混じっている。本間中将は、マニラ戦後のバターン死の行進の責任者として死刑となった。が、本間中将はバターン死の行進の実情を知らず、行進自体も現地の事情からやむを得なかったという評価もあるため、本間中将の評価はいまだに定まっていない。あと、大西瀧治郎海軍中将も本書に収められている。大西中将はいわゆる特攻の生みの親とされている人物だ。しかし、本書でも紹介されているとおり、大西中将が本当に特攻作戦を発案したのかについてはまだ検証の余地がある。むしろ大西中将の遺書を読む限りでは限りなく人間としての情に溢れた人物ではないかとすら思えるのだ。

他にも「沖縄県民カク戦ヘリ」の電文で知られた太田海軍中将や、クリント・イーストウッド監督によって取り上げられた硫黄島の戦いを指揮した栗林陸軍中将もいる。全ての責任を負って戦後処理を終えてから自死を果たした杉山陸軍元帥や田中陸軍大将、安達陸軍中将も取り上げられている。開明的で人道的な人物だけでなく、あくまでも戦争続行を唱え、ポツダム宣言受諾後に自決した宇垣海軍中将や国定海軍少佐もいる。

本書に出てくる28人のほとんどに共通なのが、畳で死んだ人物がいないことだ。唯一の例外が井上海軍大将だ。だが、井上大将にしても、戦後は横須賀の長井に隠棲し、自らを語ることをよしとしなかった。やはり戦争責任を自分なりに取った人物の一人に違いない。そう、本書に登場するのは、何らかの形であれ、戦争の責任をきちんと受け止め、死んでいった人たちなのだ。

戦後、長きにわたって余命を永らえた軍人はたくさんいる。中には小沢治三郎海軍中将のようにアメリカの提督や戦史家からも認められた軍人もいた。だが、いわゆる責任を取っていないと著者は判断したのだろうか、小沢中将は本書に取り上げられていない。井上大将を除いて、戦後を生きた軍人で本書に取り上げられた人物はいない。ユダヤ人を逃がしたことでイスラエルのゴールデン・ブックに載っている樋口陸軍中将や、軍事と軍政の名将として知られる今村陸軍大将ですら本書には取り上げられていない。

本稿を書くにあたり、一年ぶりに本書をざっと読み返してみた。すると解説で阿川弘之氏が本書で取り上げられた軍人に共通する点を指摘されておられる。さらに、阿川氏はマッカーサー米国元帥の言葉をモジって文章を記している。それが印象に残ったのでここに引用したい。

「自国の軍隊と自軍の戦死者とをこれほど完膚なきまでに忘れ去った国は、史上その例をみない」

なんのことはない。阿川氏が私の言いたいことを先取りしていたのだ。でも、私はそのことにとても満足している。

‘2016/08/10-2016/08/11


カテゴリ: 読ん読く.
最終更新日: 7月 26, 2017

コメントを残して頂けると嬉しいです

読ん読くの全投稿一覧