ノーベル賞を受賞してからというもの、翻訳される機会がふえたのだろうか、この本も翻訳されありがたい限りだ。ドミニカ共和国の独裁者として一時代を築いたトルヒーリョを描いたこの作品、以前、ガルシア=マルケスが『迷宮の将軍』でも取り上げたのだけれど、その小説ではマルケス流のマジックリアリズムに満ち溢れた描写がされていて、その主人公や登場人物の内面描写がぼやけてしまったように記憶している。

ところが本書ではトルヒーリョ本人や周りの人物描写に前半部のかなりの枚数を費やしていて、実に丁寧。トルヒーリョ本人の視点、暗殺犯の視点、そして閣僚の娘の数十年後の視点、トルヒーリョ暗殺後に大統領になったバラゲールの視点。この4つの視点を時制を変えて堅実に描いていく前半部の展開では読者の理解を促すためか、筆者お得意の時制や視点の故意の混在が控えめで分かり易く読み進むことができた。

中盤以降、徐々に時制や視点が交錯し始めるのだけれど、最後まで一定の節度を保ったまま、巧みに独裁者の孤独、暗殺者の憤り、追随者への嘲り、後継者ゆえの冷静を通してドミニカに一時代を築いた人物と独裁という政治制度それ自体を小説化していく手腕は見事というほかない。

もちろん、単に事実そのものを時間や視点を変えて追っていくだけでは読者の興も削がれるところだが、そこはきちんと配慮が行き届いており、冒頭からとある人物の身に起こった出来事が何なのか、という謎を提示することで、ぐいぐいと読者を最後のページまで誘ってゆく。

ずっと生き続けて小説を読ませて欲しいという作家は多数いるけれど、この方もその一人。『迷宮の将軍』も読んでから10数年はたっており、当時の私の読み方が浅かったと思えるので、再読してみたいと思う。

’11/11/26-’11/12/02


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