先日紹介した1922のレビューで、本書は、4つの中編を編んだ「Full Dark, No Stars」のうち、「1922」と「公正な取引」の2編を文庫化したものである、と書いた。残りの2編が納められているのが本書である。

1922のレビューにも書いたが、著者がその類い希なる力量を注いだ表題作「1922」は、間違いなく傑作である。「Full Dark, No Stars」と題した原題からは光を拒絶した、暗く塗り潰された物語を想像する。確かにダークではあるし、表題作こそその様な作風だが、もう一編の「公正な取引」はギャグ的なブラックユーモアに満ちた一品である。では、本書に収められた残りの二編はどのような内容だろうか。

表題作でもある「ビック・ドライバー」は復讐譚である。作家である主人公は、講演の帰り道、車がパンクするというトラブルに見舞われる。さらには、通りがかりに助けを求めた巨漢に廃屋でレイプされ、あわや殺されそうになる。彼女の味わった恐怖と絶望、そして命からがら逃げ帰った後の激烈な怒り。キング一流の心理描写が主人公の感情の流れを鮮やかに写しだす。自分の名声を擲ってまでも主人公は復讐を遂げるのだが、復讐過程にも一捻り加える。つまりは鬱憤を晴らし、溜飲を下げるような筋書きには持って行かない。あえて謎解きの要素も若干散りばめ、通りのよい復讐劇に不可解な謎を散りばめ、混乱の色を加える。そうすることで物語から救いを消し去る。そして残るのは重苦しい読後感だけ。

もう一編の「素晴らしき結婚生活」は、長年の幸福な結婚生活を楽しむ主婦が、夫の連続殺人犯としての素顔に気付き、戦慄する話。

夫の正体に気付いた後、どのような筋運びがよいか。私のような素人でも何通りかの筋は考え付くことができる。しかし、著者が選んだ筋は意表を突いたもの。ありきたりな結末に終わらせることなくまとめるあたり、さすが巨匠である。明るく平穏な親しい人の裡に潜む、他人にはうかがい知れぬ闇。一読すると明るい彩りで物語は進むが、ガレージのわずかな隙間から、闇は夫婦の間に忍び込む。闇の射し込み加減を効果的に活写する技巧には、ほれぼれする他はない。

「ビッグ・ドライバー」が、ある日突然襲い来る暴力の不条理をギラギラと攻撃的に尖った漆黒の暗色だとすれば、「素晴らしき結婚生活」の暗さとは、光の眩しさの対極にある影の作り出す陰影の色だろうか。「1922」は、あらゆる光を吸収し、底しれぬ闇の色で塗り潰し、「公正な取引」は読者の心をくすぐり、賑やかで楽しげな構図を、グレイと黒の二色で塗り分ける。

4編のダークな中編を、単一で平板な黒ではなく、多彩な濃淡で書き分けるところに、著者の巨匠たる所以がある。

‘2014/9/13-‘2014/9/16


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