著者の凄味とは、案外こういった短編集にあるのかもしれない。そう思わされた一冊である。

本作には全部で6編の短編が収められている。いずれも交通事故や車社会に題材を採ったものである。車を日常的に運転している人にはわかるが、免許を取ってからの期間が長ければ長いほど、つい惰性に陥ってしまいがちである。体に沁みこんだ運転技術で、直線やカーブもやすやすと通り抜け、信号や渋滞もなんなくやり過ごす。免許取りたての頃の初心は忘れ去り、全ての集中力を運転につぎ込むまでもなく、到着地まで円滑に走り抜ける。それが大抵のドライバーではないだろうか。しかし、免許更新時の教習ビデオを思い返せば分かるとおり、少しのハンドルの誤りが通行人の、そして自分の人生を狂わせる。理性では分かっていても、惰性に流されてしまう怖さ。交通事故の結果がもたらす破滅への想像力すら衰えてしまうほどの惰性に。

本書の6編に収められている出来事は、車社会で日々起きていてもおかしくないと思える出来事である。車。それ自身が凶器でもあり、そこから投げられるものが凶器にもなり、道端に停めているだけでも凶器たりえる。教習ビデオで観させられる映像では、事故を起こし、悔恨に苛まれる主人公が登場する。そのありきたりな教習ビデオの世界が、作家の手に掛かると見事な短編に生まれ変わる。日常をほんの少しそれた狭間に潜む闇。その闇を著者は短編として浮かび上がらせる。小説で描かれる日常が小説家の描く日常ではなく、読者の周りを普通に取り巻く日常であれば、その小説はリアリティを持って読者の感情に迫る。著者が本作で描く日常のリアルさと闇。その鮮やかな対比には唸るばかりである。

そんなことがもし可能であればだが、悪質ドライバーや惰性で運転する悪質ドライバー予備軍には講習時に本書を読ませ、感想文を書かせても良いかもしれない。そんなことまで思わされるのが本作である。少なくとも私にとって、本書は教習ビデオよりも考えさせられるところがあった。

’14/06/20-‘14/06/21


コメントを残して頂けると嬉しいです

読ん読くの全投稿一覧