本書を読んだきっかけは、山登りだ。
本書を読む前日に訪れたのは、奥多摩の御前山。

三人で登ったこの日、数日前に降った猛烈な雨の影響があちこちに残っていた。そのため、奥多摩のあちこちに急造の滝が流れていた。そのことは強く思い出に残っている。
さまざまな話をしながらの帰り道、ウイスキーが話題となった。また、その後に通りがかった氷川漁養魚池で遭ったのが人懐っこい猫。
その流れで本書についても話題に挙がった。
その時、私は気づいた。本書を読んだことがないと。
これはまずい。山登りの翌日、さっそく本書を手に取った。

作家であり、環境保護家としてよく知られた著者。
だが、私は著者の著作はあまり読んでいない。
大学の頃に野尻湖で合宿したことがある。その帰路、黒姫駅で著者らしき人物を見かけたことがある。それにもかかわらず、著者の本はあまり読んでこなかった。

もう一つ。私はウイスキーが好きだ。ウイスキーの知識を学ぶ上でウイスキー・キャットは欠かせない。
ウイスキー・キャットとは、ウイスキーの原料として欠かせない大麦を狙ってくるネズミを駆除するために飼われていた猫を指す。つまり、蒸留に携わる人にとってはウイスキー・キャットは重要な働き手だった。グレンタレット蒸留所の「タウザー」は、24年間の生涯で28,899匹のネズミを駆除したことでギネスブックにも載っている。

そんな私が本書を読んでいなかったことは恥ずかしいと思う。
だが、このきっかけに本書を読めた。それは良かった。そして本書はとても面白かった。

本書の扉の献辞には各蒸留所の猫がずらりと載っている。ウイスキーの造り手にとって欠かせないウイスキー・キャット。本書は、ウイスキー・キャットへの感謝の物語だ。
だが、かつては蒸留所に欠かせない存在だったウイスキー・キャットはすでに失われてしまった。
というのも、衛生面の問題と貯蔵技術の進展によって、ネズミの害が激減したからだ。それは、ウイスキーキャットからネズミを駆除する仕事を取り上げた。
今、各蒸留所にいるウイスキー・キャットは、ネズミを駆除するためではなく、蒸留所の従業員や訪れる観光客を癒やすマスコットになっているのだとか。

本書の語り手は猫の「ヌース」が務めている。「ヌース」が語るのは、自らの若き日からのウイスキー・キャットとしての日々だ。その中で「ヌース」は伝説の存在となったアザー・キャットを語る。アザー・キャットは「ヌース」のウイスキー・キャットとしての師匠だ。
「ヌース」がウイスキー・キャットとしてのスキルを身につけ、徐々にネズミを狩ることに熟達していく姿。
ウイスキー・キャットにもプライドがある。仕事のつらさがある。そして、仕事の喜びがある。
執拗に大麦を狙い、蒸留所のどこかで繁殖するネズミたち。ネズミたちを根絶するまでは終わりのない争いの日々。
メス猫のアザー・キャットは、ウイスキー・キャットの誇りを持ち、それにふさわしい能力の持ち主だ。決して諦めず、責任感を持ってネズミに立ち向かっている。
ネズミを仕留めると人間から褒められ、褒美を与えられる。それによってプライドは満たされ、エサも豊富に与えられる。
ウイスキー・キャットの姿を見ていると、私たちが仕事に慣れていく様子や、そもそもの仕事の原点が何だったかを思わせてくれる。

本書の末尾には、ウイスキーの製造工程がイラストとともに紹介されている。
長年の間、ウイスキーを造る工程にはかなりの人の手が必要であり、蒸留職人による勘が欠かせなかった。
しかし、文明の進展は、ウイスキーの製造工程に多くの機械を送り込んだ。洗練され、清潔を求められる蒸留所にとって機械は最適。だが、機械はウイスキー・キャットの役目を変えてしまった。
文明の恩恵は誰にも否定できない。機械の良し悪しは誰にも判断できない。だが、人の手が機械に置き換えられたことは、ウイスキーの製造工程から物語が奪ってしまった。それは確かだろう。

私たちの仕事もそう。デジタルの進歩は単純作業を駆逐しつつある。
言うまでもなく、単純な作業を機械に任せることは、生産性の面でも私たちの仕事のやりがいにとっても望ましい。それは間違いない。
だが、仕事が高度になったことによって、人は一定以上の能力を求められるようになった。そして、それについていけない人は徐々に振り落とされていく。
そのことに寂しさとやりきれなさを感じる人は多いはずだ。

本書におけるウイスキー・キャットたちの姿は、狩りだけで成り立っている。それはとても単純だ。だからこそ、ウイスキー・キャットの姿は私たちに古き良き時代を思い出させてくれる。単純な仕事だけで成り立ち、それが銘酒として世界中で評価された幸せ。
単純な仕事は、単純なだけに仕事の喜びが分かりやすい。大人になるにつれ、複雑になっていくばかりの人生。子どもの頃は単純で日々が幸せだったはずなのに、どこで私たちの人生は間違ったのか。
それに比べてウイスキー・キャットの世界は単純。それは私たちに子どもの頃の気持ちを思い出させてくれる。
つまり、本書は大人にとっての童話でもあるのだ。

本書には著者の他に写真家の森山徹氏も重要な役割を果たしている。
本書には森山氏が撮影したカラー写真が30点以上載っている。それらの写真の被写体は蒸留所やスコットランドの豊かな自然、そして蒸留所で眼光も鋭く辺りににらみを利かせ、蒸留所の職人とくつろぐ猫の姿だ。

童話には挿絵がつきもの。そして大人の童話である本書には森山氏の写真が合っている。これらの写真は本書にふさわしい。現地への憧れをかき立ててくれるのだから。
私もまだスコットランドに入ったことがない。だが、本書からスコットランドへの憧れが再燃した。なんとしても行かなければ。かつて蒸留所に履歴書を送った時の思いをもう一度。

‘2019/10/28-2019/10/29


カテゴリ: 読ん読く.
最終更新日: 4月 24, 2021

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