なぜ歴史に惹かれるのだろう。どうして人類の歴史は私を惹きつけて止まないのだろうか。

人類が今まで営んできた人類の歴史。それは実に興味深い。成功。失敗。栄光。没落。残酷。希望。それらの全て。英雄がいて傾城の美女がいて宗教家がいて実直な市民がいる。あらゆる人々が作り上げてきたのが人類の歴史だ。それら全てを踏まえた上で未来につなげて行く。それはとても面白い。

特に戦乱の日々はエピソードに事欠かず、興味のタネは尽きない。わが国でいえば戦国時代だろう。戦国時代に惹かれる人の多いことといったら。無論私もその一人。乏しい知識をこねくりまわしつつ、旅に出てはその地の浪漫に想いを馳せる。

今までにもずいぶんと各地の史跡を訪れたし、何冊もの書籍を読んできた。書籍の中に登場するマイナーな人物や、史跡をかつて往来した古き先達にも想像をたくましくした。

だが、私の知らない歴史上の人物は多い。本書を読むとことさらにそう思う。

たとえば「おあむ様」とは?
たとえば「沙也可」とは?
たとえば「戸波又兵衛」とは?
たとえば「鈴木日向守」とは?
たとえば「平子主膳」とは?
たとえば「根来のコミッチャ」とは?

たとえば「おあむ様」とは、石田三成の家臣山田去歴の娘である。関ヶ原の戦いの60-70年後に亡くなったと伝わっている。関ヶ原の戦いの様子を当時戦場にいた某から聞き取った「おあむ様」は、それを書き遺した。それにより、関ヶ原の戦場の生の様子が後世に伝わった。本書で初めて知った。

たとえば「沙也可」とは、秀吉の時代の日本人とされている。日本が朝鮮に攻め込んだ文禄・慶長の役で真っ先に朝鮮側に降伏し、その後に朝鮮側の一員として日本軍と戦ったとされる人物である。本書で初めて知った。雑賀衆の誰かではないかという説があるらしい。その説も著者によって一蹴されている。

たとえば「戸波又兵衛」とは、荒木又右衛門を批難した剣客だという。荒木又右衛門といえば、伊賀上野の鍵屋之辻での仇討が有名だ。その際に荒木又右衛門が新刀を佩いて臨んだのが武士のたしなみに欠けると批判したそうだ。本書で初めて知った。

たとえば「鈴木日向守」とは、山本勘助の師匠と目される人物である。山本勘助といえば、史上に名高い川中島合戦の第四次合戦で上杉軍を挟み撃ちにするキツツキ戦法を提案したことで知られている。だがその戦法は上杉軍に見破られ、山本勘助も戦いのさなかに戦死したと伝えられている。そもそも山本勘助自身が実在を疑われている。では、その師匠と目される鈴木日向守とは?が本書で紹介されている。本書で初めて知った。

たとえば「平子主膳」とは、大坂冬の陣で討ち死にした武将だ。当時の武将たちには武辺者として良く知られていたらしい。名だたる武将の書状にも「平子主膳」のことに言及している。しかし実はどういう人物なのか良く素性が分かっていないらしい。本書で初めて知った。

たとえば「根来のコミッチャ」とは、信長と本願寺の間で戦われた石山合戦で活躍した人物だという。もしくは秀吉による紀州根来寺攻めにおいて大いに秀吉軍を苦しめた人物だという。本書で初めて知った。

いずれの人物も、本書を読むまでは全く聞いたことがなかった人物だ。そして本書で紹介される人物は上に挙げた人々以外にも大勢いる。私の知らない歴史のエピソードの豊富さに圧倒される思いだ。そして読むべき本や訪れる場所の多いことに焦りを感じる。

驚くのは、著者がいわゆる在野の歴史家であることだ。定年までは省庁や県庁勤務を全うして、そのかたわら余暇にこつこつと歴史研究を続けていたという。そして定年後に本書のような研究成果を世に問い始めたということだ。

在野の研究者といって軽んずるなかれ。著者の歴史に対する見方はかなり厳格。資料を優先し、伝聞や孫引きには信を置かないことにしている。本書からは歴史に対する著者の自らを律する姿勢を感じられる。

かといって、著者が文献以外を認めない堅物かといえばそうではない。本書には、講談師によって語り継がれてきた講談や昭和初期に流行った立川文庫に登場する人物が取り上げられている章がある。

むしろ歴史上の怪しい人物を取り上げる主旨からすれば、それは正しいと言える。なぜなら怪しい人こそは、講談や小説で脚色されることでますます怪しさをまとうのだから。

何が史実で何が創作なのか。もはやわれわれ素人には判別が付きにくくなっている。蘇我蝦夷と蘇我入鹿の本名は何なのか。源頼朝と義経兄弟の言い分のどちらが正しいのか。想像は想像とし、史実は史実として楽しむのがよいのかもしれない。

私も本書を読んだことを機に、人物を語るときには気をつけたいと思う。エピソードは伝聞が紛れ込んでいる可能性や虚実混じった内容であることを意識しようと思う。そうでないと、嘘を語ることになってしまう。本書を読むと、史実として世に流布された虚構があまりに多いことに気付かされる。

‘2016/03/03-2016/03/04


カテゴリ: 読ん読く.
最終更新日: 2月 20, 2017

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