いつの間に筒井御大の最新作が出ていたのを見逃していた。不定期的にWeb連載されているblog「偽文士日録」1、2ヶ月に一度はチェックしているのに。不覚。

本書は短編集である。題名を見ただけでは高度成長期の日本を舞台にした内容と思う向きもあろう。高度成長期といえば、著者がスラップスティックの傑作を連発していた時期。繁栄とは著者自身の脂の乗り切った作家生活のそれを
指しているのではないかと。しかし、そうではない。

繁栄の昭和
大盗庶幾
科学探偵帆村
リア王
一族散らし語り
役割演技
メタノワール
つばくろ会からまいりました
横領
コント二題
附・高清子とその時代

「繁栄の昭和」
時代設定や文体など、本書に収められたそれぞれの短編は旧かな遣いこそ使っていないが昭和初期を意識している。名探偵や魔術師といった登場人物の肩書きは江戸川乱歩のそれ。主人公は緑川英龍なる架空の探偵小説作家の愛読者という設定。その主人公がとある事件の探偵を頼まれ捜査に乗り出す。ご丁寧に事件の犯行現場見取り図まで載せられている。

主人公は自らを緑川英龍の小説世界の登場人物になぞらえる。そして主人公の生きるのが昭和40年代なのに昭和初期を思わせる描写になっていること。そしてそれが緑川英龍の昭和の繁栄をとどめたいとする意図であることを看破する。言わば本編は小説のメタ世界を描いた一編である。著者にとってはメタ小説はお手の物だろうが、それを敢えて作り物っぽい昭和初期の時代設定でやってみせたのが本編。

「大盗庶幾」
少年の頃、ポプラ社の少年探偵団シリーズに熱中した人は本編に喜ぶに違いない。華族に生まれ、好奇心や運命の導きで軽業や変装を覚えた男の成長譚が本編だ。少年探偵団シリーズを読み込んだ方には、早い段階でこの物語が誰を描いた物語かピンと来るはず。そういえば江戸川乱歩の著作でも、他の方の著作でも彼の成り立ちを読んだことがないことに気付いた。しかし、彼の前半生は、少年探偵団シリーズの愛読者にとって大いに気になるはずだ。何故執拗に明智小五郎に挑戦状を叩きつけ続けるのか、彼の財力や組織力はどこから湧いてくるのか。本編末尾に明かされる正体は、もはや蛇足といってよいだろう。怪人二十面相。

「科学探偵帆村」
著者の元々の得意分野であるSFに昭和初期の荒唐無稽な空想科学小説の赴きを加えた小品。とはいえ、本編の舞台は昭和から平成の現代へと移る。処女懐胎をテーマに御大の放つ毒がちらちらと漂う一編。特に最後の文などは著者の作品ではおなじみの締め方だ。

「リア王」
著者のもう一つの顔が舞台役者であることは有名だ。本編では舞台役者としての自身に焦点を当てている。短編の場を借り、著者が望む演劇の姿を披瀝する。とかく堅苦しく考え勝ちな演劇論に一石を投じた一編といえよう。

「一族散らし語り」
著者が一頃影響を受けていたマジックリアリズム。私も著者のエッセイなどからマジックリアリズムを知り愛好するようになった。そのマジックリアリズムを日本古来の怪談風味で味付けた一編。願わくば、この路線で凄まじい長編を上梓して頂ければ。御大なら出来うると思うのだが。ま、これは単なる一ファンの世迷い言である。

「役割演技」
著者の風刺がピリッと効いている。社交界の華やかな舞台に現れては消える主人公。実は社交界の華という役割を担う、下層階層の雇われ人。ブランドや女優のカタカナ語の乱舞する前半から、マイナスイメージのカタカナがまばらな後半まで。著者の風刺精神は今なお健在で嬉しくなる。

「メタノワール」
テレビ界でも未だに顔の利く著者の多彩な交流が垣間見える一編。実名で俳優達がズバズバ登場。俳優としての著者の、舞台裏と舞台上の姿が交わりあい、役割の境目が溶けて行く。俳優としての己を表から引き下げ、メタ世界から見つめた世界観は流石。

「つばくろ会からまいりました」
短い掌編。入院した妻に変わって家政婦としてやって来た若い女性との交流を描いている。家で夕食を誘ったところ、呑みすぎて泊まってしまった彼女。モヤモヤとしながら男は手を出さない。翌朝、彼女は行方不明となり、妻は昏睡状態となる。妻が彼女の姿を借りて、最後に交流するという筋。愛妻家として知られる著者の今を思わせる好編。

「横領」
小心ものであるが業務上背任の罪を犯した男女の寸劇がハードボイルドタッチに描かれる。著者のペダンチックな思想が登場人物の部分として登場し、著者の考えの断片を短編化しようとした一編。本書に収められた諸編の中ではいまいち消化できなかった一編である。

「コント二題」については、ノーコメント。

「附高清子とその時代」
本編はかつて著者の上梓したベティ・ブーブ伝を彷彿とさせる。トーキー時代の女優高清子をについてエッセイ風に論じている。私にとって高清子とは全く初耳の女優だが、著者の筆にかかると興味が湧いてくるから面白い。トーキー時代の日本映画は全く見たことがないのだが、引き込ませる。私のように興味ない人をも引き込ませるほど語ることのできる著者の文才を羨ましく思う。

著者の創作意欲はまだまだ衰えそうもない。それは冒頭に紹介した「偽文士日録」を読んでいる

‘2015/8/28-2015/8/30


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