本書もまた、曰く付きの一冊だ。妻から勧められ、次に読もうと鞄に入れていた。そしてすぐ、出来事は起きた。仕事をしていた私の机の横で雪崩が起きたのだ。机の脇に積み上げられ、立派なタワーとして成長を続ける観光パンフレットの倒壊。

それらは決して無価値なパンフではない。思い入れもある。しかし、目前に起きた惨事を前に、意を決して処分を始める。その後、妻と庭園美術館に出かけた私は、本書を携えていた。

大量のパンフを処分する決意に燃える私には、著者の言う意味がよく沁みた。タイミングと読書がぴったりはまった好例だ。

本書は、南カリフォルニアガールだった著者が半年のフランス留学で得た暮らしの極意が書かれている。極意とはフランス流のシンプルライフの勧め。本書の原題はLessons from Madame Chic。訳すとマダムシックから学んだこと、の意味か。

マダムシックとは、著者が半年間の留学でホストマザーとしてお世話になった方のことだ。実名は憚られるので、仮名でシックと呼んでいるのだろう。

シックとはフランス語だが、日本語に訳しにくい言葉だ。侘び寂びとでもいえばよいか。英語ではクレバーでクールといえばしっくりくるか。

要はつつましく、シンプルに、ということだ。それは、アメリカ式の大量生産、大量消費の思想とは対極にある。邦題となっている「服を10着しか持たない」とは本書のある章の題である。ある章のタイトルを本全体のタイトルとした訳である。充分インパクトのある邦題だと思う。お洒落なイメージの強いフランス人があまり服を持たない、という逆説は読者の目を惹く。だが、目を惹くだけではない。この邦題は、本書で著者が言いたいことの本質を言い表している。大量消費、大量購入とは反対に、服を持たないことを推奨するのだから。

南カリフォルニアといえば、明るく開放的な印象を受ける。何の疑いも持たずに消費文化を受け入れ、謳歌する。倹約や節約など一瞬たりとも考えないライフスタイル。著者は南カリフォルニア出身者であり、大量消費のライフスタイルにはまっていた一人。それゆえに、フランスでマダムシックのライフスタイルに触れて衝撃を受けたのだろう。

たとえば、リビングで食事をしない。それだけでなくそもそも食事時間以外に間食をしない。カウチポテトの文化とは正反対だ。服もみだりに持たず、少ない持ち服をパリエーションで着こなす。クローゼットにぶら下がる様子とは無縁の。テレビをめったにみない、という習慣も大量購入、大量消費に毒されないためにはかかせない。

実は私はこういった思想には全く抵抗がない。抵抗がないばかりか、20代前半には実践していたからだ。

ただ、私ができなかったのがものを持たないことだ。買い物には興味がなかったが、自分の興味分野については収集癖が昔から強いのだ。冒頭に書いたパンフレット雪崩はまさにその一例。わかっちゃいるのに止められない、と歌わずにはいられない程に。

本書でハリウッド大作主義を嫌い、フランス映画のもつ深みとゆとりを勧める。私もミニシアターにはまりたかった時期があるが、そもそもそのようなゆとりからは遠かったこの十数年だ。

パンフ雪崩と本書の読書をきっかけに、私もライフスタイルを見直してみようと思う。

‘2017/06/27-2016/06/28


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