人生。儚く、危なっかしく、そして愛すべきもの。出会い、別れ、喜びと苦しみ。人の数だけそれぞれの生が営まれ、生き様が刻まれる。それは、死に際しても同じ。生の数だけ死が、生き様に応じた死に様がある。

有史以来書かれたあらゆる小説は、人生を描く芸術であり、表現といっても言い過ぎでない。あらゆる作家によって、あらゆる登場人物の人生が記され、描き出されてきた。

本書もまた、その系譜に連なる一書である。

本書の登場人物は主に五人である。生者が四人、死者が一人。死者が遺言として残した、自分が死んだら遺灰をマーゲイトの海に撒いてくれ、という願い。この願いを叶えるために集まった三人の親友と血のつながらない息子の四人の旅路。端役も含めた七人の語り手によって紡がれる、人生の物語が本書の粗筋である。

もっとも、本書の要約だけ書くと、いかにも使い古された構成である。小説や映画で似たような構成の話は、掃いて捨てるほどある。

本書は英国の著名な文学賞であるブッカー賞を受賞した作品である。本書は何故ブッカー賞を獲得できたのか。単なる旅行譚ではそこまでの評価など与えられはしない。本書が本書である所以は何か。それは、人生の追体験である。

死者の願いを叶える旅の中で、それぞれの登場人物は、それぞれの生を生き直す。死者が生前に手配した導きに引かれるようにして。三人の老い先短い人生を精算する時期に、死者の分身ともいうべき息子が、父の遺志を遂行すべく、三人の人生が浄化されていく。楽しかったことも後ろめたいこともひっくるめて。その過程が、実に入念に練られた本書の語りや構成によって、われわれ読者の前に提示される。そして読者は本書を読みながら、読者自身の人生も思い起こすことになる。

数奇な人生でなくてもよい、人の生の営みとは単調に見えても、ドラマに満ちている。平穏の積み重ねであるようでも、波乱に翻弄された歴史である。本書の登場人物たちの一生がまさにそうである。英雄譚はなくとも、人生とは積み重ねた年の数だけ挿話に満ちているもの。今がつらくても、過去が面白くなくても、未来に希望が持てなくても、精算の時期になれば皆平等なのが人生。生きてきた全てが儚く、危なっかしく、そして愛すべきものとなる。

自分の人生の回顧録を書いてみたくなるような、そんな小説が本書である。

’14/05/07-’14/05/16


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