宇宙とは広大な未知の世界だ。

その広さの尺度は人類の認識の範囲をゆうに超えている。
宇宙科学や天文学が日進月歩で成果を挙げている今でさえ、すべては観測のデータから推測したものに過ぎない。

ビックバンや、ブラックホール。それらはいまだに理論上の推測でしかない。また、宇宙のかなりの部分を占めると言われるダークマターについても、その素性や作用、物理法則についても全く未知のままだ。

未知であるからロマンがある。未知であるから想像力を働かせる余地がある。
とは言え、科学がある程度進歩し、情報が行き渡った世界において、ロマンも想像力も既存の科学の知見に基づいていなければ売り物にならない。それは当たり前のことだ。

SF作家は想像力だけで物語を作れる職業。そんな訳はない。
物語を作るには、裏付けとなる科学知識が求められる。単純にホラ話だけ書いていればいい、という時代はとうの昔に終わっている。

そこで本書だ。
本書はハードSFとして区分けされている。ハードSFを定義するなら、高質な科学的記事をちりばめ、世界観をきっちり構築した上で、読者に科学的な知見を求めるSFとすればよいだろうか。

本書において著者が構築した世界観とはこうだ。

地球から数十天文単位の距離、つまり太陽系の傍に小さいながらブラックホールが発見された。
そのカーリーと名付けられたブラックホールが太陽に迫ると太陽系や地球は危機に陥る。そのため、ブラックホールをエネルギー源として使い、なおかつ太陽に近づけさせまいとするための人工降着円盤が発明された。人工降着円盤を管理する組織として人工降着円盤開発事業団(AADD)が設立された。
カーリーが発見されたのが西暦2100年。すでに人類は火星へ入植し、人類は宇宙へ飛び出していた。
ところが、AADDは地球の社会システムとは一線を画したシステムを考案し、実践に移していた。それによって、地球とAADDとの間で考え方の違いや感性の違いが顕わになり始め、人類に不穏な分裂が見られ始めていた。

そうした世界観の下、人々の思惑はさまざまな事件を起こす。
ガンダム・サーガを思わせる設定だが、本書の方は単なる二番煎じではない。科学的な裏付けを随所にちりばめている。
本書はそうした人々の思惑や未知の宇宙が起こす事件の数々を、連作短編の形で描く。本書に収められた各編を総じると、70年にわたる時間軸がある。

それぞれの短編にはテーマがある。また、各編の冒頭には短い前書きが載せられており、読者が各編の前提を理解しやすくなるための配慮がされている。

「ウロボロスの波動」
「偶然とは、認知されない必然である」という前書きで始まる本編。
ウロボロスとは、カーリーの周りを円状に囲んだ巨大な構造物。人が居住できるスペースも複数用意されている。それらの間を移動するにはトロッコを使う必要がある。
ある日、グレアム博士が乗ったトロッコが暴走し、グレアム博士の命を奪った。それはグレアム博士のミスか、それともAIの暴走か。または別の理由があるのか。
その謎を追求する一編だ。
AIの認識の限界と、人類がAIを制御できるのか、をテーマとしている。

「小惑星ラプシヌプルクルの謎」
小惑星ラプシヌプルクルが謎の電波を受信し、さらに異常な回転を始めた。それは何が原因か。
過去の宇宙開発の、または未知の何かが原因なのか。クルーたちは追求する。
人類が宇宙に旅立つには無限の障害と謎を乗り越えていく必要がある。その苦闘の跡を描こうとした一編だ。

「ヒドラ氷穴」
人間の意識は集合したとき、カオスな振る舞いをする。前書きにも書かれたその仮説から書かれた本編は、AADDを巡る暗殺や戦いが描かれている。本書の中では最も読みやすいかもしれない。
AADDの目指す新たな社会と、既存の人類の間で差異が生じつつあるのはなぜなのか。それは環境によるものなのか。それとも意識のレベルが環境の違いによってたやすく変わったためなのか。

「エウロパの龍」
異なる生命体の間に意思の疎通は可能か。これが本編のテーマだ。
いわゆるファースト・コンタクトの際に、人類は未知の生命体の生態や意思を理解し、相手に適した振る舞いができるのか。
それには、人類自身が己の行動を根源から理解していることが前提だ。果たして今の人類はそこまで己の肉体や意識を生命体のレベルで感知できているのか。
そうした問いも含めて考えさせられる一編だ。

「エインガナの声」
エインガナとは矮小銀河のこと。
それを観測するシャンタク二世号の通信が突然途絶し、乗組員がAADDと地球の二派にわかれ、それぞれに疑念と反目が生じる。
通信が途絶した理由は何かの干渉があったためか。果たして両者の反目は解決するのか。
文明の進展が人類の意識を根本から変えることは難しい。本編はそのテーマに沿っている。

「キャリバンの翼」
恒星間有人航行。今の人類にはまだ不可能なミッションだ。だが、SFの世界ではなんでも実現が可能だ。
ただし、そこに至るまでには人類の中の反目や意識の違いを解消する必要がある。
さらに、未知のミッションを達成するためには、技術と知能をより高めていかねばならない。

本書を読んでいると、今の人類がこの後の80年強の年月でそこまで到達できるのか不安に思う。
だが、希望を持ちたいと思う。
SFは絵空事の世界。とはいえ、今の人類に希望がなければ、100年先の人類など書けないはずだから。

‘2019/12/22-2019/12/30


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