あらためまして、合同会社アクアビットの長井です。
弊社の起業までの航海記を書いていきます。以下の文は2018/1/18にアップした当時の文章が喪われたので、一部を修正しています。

暗雲が立ち込める


前回の連載で、私が親から自立した瞬間を書きました。
ところが、人生とはうまくゆかないもの。私の自立への願いは、思わぬ方向からストップを掛けられました。
それは妻からです。

前回の連載では、妻と結婚に向けて準備にまい進していた、と書きました。
その日々は希望と楽しみもありましたが、その中では私の意思だけではどうにもならないこともありました。
結婚とは私一人でするものでなく、妻と一緒にするもの。つまり、妻の意思にも影響されます。
ここで妻の意思が入ることによって、私の自立への願いは危うくなりました。

新婚生活をどの家で迎えるか。
それは私にとって、結婚式の段取りや新婚旅行先などよりもはるかに大切なことでした。
もちろん、妻には妻の価値観があったのでしょう。それはわかります。そして、自立したい私には私なりの切実な理由がありました。
少なくとも私は、妻の実家や実家の財産に寄り掛かった新婚生活を送るつもりは全くありませんでした。ミジンコのヒゲほどにも。

せっかく東京に出てきたからには全てを独力で作り上げたい。家を買えないのは当たり前なので、賃貸で二人だけの部屋を借りて。
それが私にとってあるべき新婚生活だったのです。

ところが、新居という肝心なことで、私と妻の間で意見の相違が発生しました。早くも結婚前から暗雲が。
ちなみにここで出てくる妻とは、本稿を書いている今も、私の妻で居続けてくれていますので念のため。

結婚への障害


さて、その暗雲は、私と妻が結婚への準備を進めるにつれ、晴れ渡っていたはずの私の頭上を覆っていきます。
連載の第二十回でも書いたとおり、妻は歯医者です。妻の祖父母も歯医者なら、妻の父母も歯医者。妻の弟君までも歯医者。どこに出しても恥ずかしくない歯医者一家です。
世間からは資産家と思われても不思議ではない家族。それが妻の実家です。無職の私が情熱のままにアタックした妻の実家はそんな家でした。
ところが、私が妻と出会う数年前に妻の祖父母、そして妻の母は相次いで世を去ってしまいました。
残されたのは祖父母が住んでいた広大な家です。

町田の官公庁が立ち並ぶ一等地。そこにある180坪の敷地。そこは二軒の家が建っていました。
一軒は木造の二階建て民家です。本連載の第十九回で私がH君と町田に旅し、そこで妻と初めて出会ったいきさつは書きました。そのときに泊めてもらった家です。
もう一軒は見るからに堅牢な鉄筋三階建て屋上付の家。歯科診療所も併設されており、歯科医を営んでいた当時の看板もまだ残っていました。
当時、この二軒ともに妻の祖父母がなくなった後、空き家になっていました。
妻の父は、そこから徒歩数分の場所に歯医者兼住居を営んでいました。

妻と妻の父の意見は、新婚生活は広大な空き家で過ごせばいいじゃないか、というものでした。
ところが私にはそれが嫌でした。めちゃくちゃ嫌でした。

多分、何も事情を知らない人にとってみれば、私なんぞ幸運な若造に過ぎないのでしょう。ギャクタマを地で行くような。
実情など、しょせんは当事者にしかわからないものです。
結婚までの半年の間、私はストレスにさらされていました。
いまさら言っても仕方ないことですが。

重荷への予感


たとえば、妻の親族とは法事などで集まる機会がありました。そして、まだ婚約者である私もそこに出席します。すると、私への視線をいやおうなしに感じるわけです。
いろいろと陰で言われていました。籍も入れていないのにどういうつもりかなど。
そうした空気はいかに鈍感な私でも気付くほどでした。
はっきり言ってしまえば、私など、ギャクタマどころか、金目当てで妻をモノにしたどこの馬の骨とも知らぬ関西からの流れ者。そんな程度の人間としてしか思われていなかったと思います。
私が拒否されていたのは、私の人間性に関係なく、私が関西人ということが大きかったようです。それには、私と直接関係のないある理由が関わっています。が、それは私もよく知らないことだし、本連載の本筋からは外れるので割愛します。

ただ、そうした理由に関係なく、私は周りの方からそう思われても無理がなかったのもわかります。
当時の私は歯医者でもなければ、どこかの正社員ですらなかったのですから。東京に出てくるまでは無職の、ようやく派遣社員で働き始めて数カ月の人間。生活基盤などもちろんありません。実力もなければ名声もない。コネも何もない状態。多分、私が妻の父であっても反対するでしょう。妻の親族の皆さんが反対して当然。
逆に考えると、よく妻の父が結婚を許してくれたと思います。

私にはその状況がとてもつらかったです。そして、反発もしました。
私の当時のプライドなどないも同然。実力も伴っていなかったです。でも、妻の実家の財産にはお世話になりたくないという、ちょっぴりの矜持ぐらいは持っていました。

もう一つ、その二軒に住むことが、私にとってゆくゆくの重荷になるのではないかという予感を持っていました。
その二軒の家が建つ180坪の土地に住むこと。その土地の管理人となり責任を背負うこと。それらは私にとって、とてもやばい重荷になるという予感。
その予感こそ、私がこの場所に新居を構えたくないとの拒否感の原因でした。
その予感はやがて的中し、私を数年間、いや十年以上にわたって苦しめます。
ただ、その経験は私を苦しめると同時に私を段違いに鍛えてもくれました。そのあたりはいずれ連載でも触れたいと思います。

次回は結婚のことと、スカパーカスタマーセンターの運用サポートへの異動を描きます。ゆるく永くお願いします。


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