2分間ミステリ


私は子供の頃から、ミステリーを読んでいる。
小学生の頃は、少年探偵団モノや、ルパンシリーズ、ホームズシリーズなどの他にも名作とされた世界の推理小説を読んだ。
中学生になってからは赤川次郎氏の一連の作品や、西村京太郎氏の著作にもかなりお世話になった。

子どもの頃の私は、それらの鉄板のシリーズの他にもさまざまな本に食指を延ばしていたように思う。私が覚えているのはマガーク少年探偵団などだ。
だが、当時もよく知られていたという「少年たんていブラウン」のシリーズについては読んだ記憶がない。そもそも当時はシリーズ自体を知らなかったように思う。
「少年たんていブラウン」のシリーズを知ったのは、本書のレビューを書くにあたり、著者のことを調べてからだ。著者は「少年たんていブラウン」の生みの親として知られていたようだ。

私は「少年たんていブラウン」は読まぬまま、大人になってしまった。
だが、前述のマガーク少年探偵団や、コロタン文庫シリーズなどの子供向けに書かれた推理関連の本をさまざまに読んだことは覚えている。
そうした本の中には、もっぱら、推理クイズを収めていたものがあった。
なぞなぞよりは一段高尚な雰囲気。子供の頃はそうした本も随分と楽しんだ覚えがある。

本書を読み、そうした子どもの頃の読書の思い出が蘇った。

本書に収められている2分間ミステリの数は七十一編にもなる。
その一編ごとに、ほぼ見開き二ページにわたって状況が描かれ、謎が読者に提示される。
その謎はもちろん明かされるが、ご丁寧なことに答えはすぐには分からないように工夫されている。
次の編の末尾に上下が逆さまに印字されていれば、うっかり答えを知ってしまうこともない、という配慮だ。

冒頭に「読者の皆さんへ
クイズの答えは、うっかり目に入ってしまわぬよう、
万全を期して天地逆に刷ってあります(印刷ミスで
はありませんので念のため)。
と言う注意書きがあるのが良い。

各編の内容は、二ページのほとんどで事件が描かれる。そして状況をみてとったハレジアン博士が、最後に放つセリフで、裏の秘密を見抜いていることを示す。
その直後になぜ博士がそう思ったのか、という問いが読者に対して提示される。

七十一編のほぼ全てがそのように構成されている。
だが、それだけだと単調になってしまう。
そこで著者は、二ページの短い中で単調にならぬよう、筋立てと人物と事件と謎を作り込む。
その職人芸のような技が本書の読みどころだ。

著者の技の一つは、登場人物を多様にする工夫を凝らしていることだ。
もちろん、どの編にもハレジアン博士が登場し、博学を示し、読者よりも先に謎を解く構成には変わりない。
それにも関わらず、事件が起きるタイミングや時期、場所、ハレジアン博士の関わり方に工夫を凝らすことで、各編に変化を生じさせている。

登場人物は複数回登場する人物は以下の通りだ。ウィンターズ警視や資産家のシドニー夫人、ハレジアン博士のデートのお相手であるオクタヴィア、儲け話に騙されやすいバーティ・ティルフォード、たれ込み屋ニック。
そうした人物が登場する筋書きは、よくある殺人事件の展開も多い。一方でそれ以外の趣向を凝らした話も多く収められている。
おそらく『名探偵コナン』も『金田一探偵の事件簿』も、本書で示された単調にならないための工夫の影響は大きく受けているはずだ。

本書にはイラストがない。すべて文字だけだ。
つまり、読者がやれることとは、文字に記された地の文とセリフから矛盾を見つけることだけなのだ。
これが案外と難しい。解けるようで、まんまと著者の仕込んだ謎を見落としていることがある。私も半分以上は答えを頼ってしまった。
それはすなわち、読解能力の問題だ。

読解能力とは、単に文の意味を理解するだけではない。そこに書かれた事物の背後に横たわる関係にまで想像力を膨らませる必要がある。論理的な思考力が求められる。

それは当たり前のことだが、探偵や刑事には必須の能力だ。
だが、探偵や刑事だけではない。論理的な思考とは、普通の仕事にも必要な能力ではないだろうか。

文章に記された各単語の背景に隠された関係を結びつけ、その関係の整合性を判断する。矛盾があれば、状況とセリフのどこかに間違いかウソがある。
実は私たちは、ビジネス文章を読む際、そうした作業を無意識の内に行っている。そうみるべきだ。
ビジネス文書にかぎらず、日常生活で目にする景色のすべてからそうした論理を無意識に理解し、日常生活に役立てているのが私たちだ。

いわゆるロジカル・シンキングとも言われるこの能力は、日本ではそれほど要求されない。が、仕事の中ではとても重要な要素であることは間違いない。
そしてわが国において、論理的な思考を訓練する機会が義務教育の間に与えられることはほぼない。
そのことは、以前から識者によって唱えられている通りだ。

上にも挙げた通り、子供向けには本書やその類書のような推理クイズが出されている。今もたくさんのジュニア向けの推理ものが出版されている。
それなのに、もっともそうした能力が求められる大人向けには、本書のような書物があまりない。

本書は大人になった読者にとっても論理的な思考、つまりロジカル・シンキングを養える良い本だと思う。
むしろ、惰性で文章を読む癖がついてしまっている大人こそに本書を薦めたい。

‘2019/01/30-2019/01/31


夢を売る男


著者がこれまたすごい本を出した。出版界をぶった切りまくっている。
その迫力は凄まじいの一言に尽きる。

本書は、筒井康隆氏の「大いなる助走」を思い出させる。
「大いなる助走」は、文学賞をめぐる内幕を暴露して読書人に衝撃を与えた。
選考委員を殺しまわる筋書き、殺される選考委員のモデルが誰かを想像させる描きかた。どれもが記憶に残る一冊だ。
ただし「大いなる助走」は、まだ出版業界が元気だった頃の作品だ。
その頃は、これほどまでに出版業界が衰退するとは、誰にも想像さえしなかったはず。というのも当時、インターネットとは軍や研究者によってほそぼそと使われるに過ぎない存在だったからだ。インターネットがここまで出版業界を脅かす存在になるなど、どこの誰が予想できただろう。

本書は今の不況にあえぐ出版業界に鋭くメスを入れている。
著者も出版業界には利害関係を持っているはず。だが、そこに遠慮の色は全くない。
ネット上には消費者の欲求を満たすコンテンツがあふれ、人々の中で読書の趣味は少数派になりつつある。
さしずめ、読んだ本のレビューを記す当ブログなど、絶滅危惧種の代表だろう。
再販制度に保護というぬるま湯に浸ったまま、抜本的な改革を怠り今に至った出版業界。
売り上げの減少を多種多様な出版点数で補おうとした結果、おおかたの本はすぐに売り場から撤去され、年をまたいで売れ続ける本はいまやごく一部になってしまった。

売れぬ作家の体たらくといったらどうだろう。作家専業で稼げる作家など、見渡しても今やほんの一握り。
原稿を集めるため、出版社は文芸雑誌を出し続けているが、その売れ行きは散々たるもの。赤字を積み上げるために出していると言っても過言ではない状態だ。
なにせ、私のような本好きの好事家ですら、文芸雑誌を読む暇がない。
読みたい本、読むべき本が多すぎて、とても雑誌まで手が回らないから。

本書に書かれていたが、世界に発信されるブログの中で日本語で書かれたものが最も多いそうだ。
それはつまり、日本人は誰もが発信したがり、自己表現をしたがる民族である事を意味する。なまじ豊かさがあり、発信する環境が整っている国、日本。
衣食住が満たされた民族が次に目を向けるのは、承認欲求なのだろう。
当ブログなど、まさに承認欲求の成れの果てなのかもしれない。
それを分かっていながら、読書ブログを一生懸命に書く私も、著者には自己表現をしたがる輩と同列に見られているに違いない。
著者の振りかざす刃、つまり本書の切っ先におびえるべきは私。いや、今の私ではない。著者の舌鋒に打ちのめされるべきは、若い頃の私であるに違いない。

本書の帯にはこう書かれている。「注意!作家志望者は読んではいけない!」と。
本書を読み、それでもなお印税生活への憧れを保ち続けられる人は果たしてどれほどいるだろう。
それほどまでに、本書が描く出版業界の夢や希望の底は闇に塗りつぶされている。
その闇は本屋の店頭に並ぶ平積みの本と印税生活という甘い言葉に覆われ、隠されている。
本書を出版した太田出版は、これまでも問題となる書籍を出版してきたことでよく知られている。その太田出版がこうした本を出した事こそ、切迫した危機感の表れだと思う。

本書の主人公は牛河原。元夏波書店の敏腕編集者だ。今は自費出版を請け負う丸栄社の部長として辣腕をふるっている。
丸栄者のビジネスモデルは、読者ではなく、作家志望者から出版費用を徴収することで成り立っている。自分を表現したい志望者の夢を叶えます、というわけだ。
印税生活への憧れと、自らの言説こそが認められるべき、という強烈なプライド。その自我を牛河原は絶妙にくすぐり、作家の卵に金を出させる。
その口八丁手八丁のやり口が本書にはこれでもか、と描かれる。そして牛河原が前職の夏波書店を辞めた理由こそ、作家や取次、出版者、書店がひしめき合う出版業界への絶望だ。

上に書いた出版業界の状況は、牛河原が本書の中で発するセリフの中で言い尽くしている。
文学賞の現状、文庫のビジネスモデル、出版の広告、わがままな作家たちの末路。
それほどまでに牛河原は絶望している。出版業界に。おそらくそれは著者も同じであるはずだ。
「「出版社にいる連中は、口では文化的な仕事などと偉そうなことを言っているが、所詮はその程度の世界だ。結局は─金なんだ」」(186p)

本書はしかし、一方的に出版業界をこき下ろすだけの作品ではない。
このセリフをはいた牛河原を著者はこう描写する。「牛河原は初めて少し寂しそうな顔をした。」(186p)

牛河原がここまで出版業界に冷笑的になったのには理由がある。
そこに至るまでは、多くの作家の上にあぐらをかき続けた出版業界と、それにも関わらず次々に生まれ出づる作家の群れに閉口した牛河原の絶望がある。
ただし、この絶望は、希望や理想の裏返しでもある。牛河原にも文学や出版業界への希望や理想があった事は見逃してはならない。むしろ、抱いていた希望や理想が裏切られたからこそ、牛河原はシニカルな態度を取るようになったのだといえる。
そして、牛河原の怒りとは、当然、著者の怒りでもあるはずだ。

もっとも、著者は本書の中で自らをも客観視してみせる。
「元テレビ屋の百田何某みたいに」(206p)
「まあ、直に消える作家だ」(206p)

著者は自身もだらしない出版界に身を置いている現状をわきまえつつ、なんとかしてこの業界を変えたいと願っているのだろう。
そのためには何をすべきか。
本書の後半は、牛河原の属する丸栄社のビジネスモデルをよりアコギにした商法を駆使した狼煙舎が攻勢をかける。
対する牛河原は、それを詐欺だと世に告発する。そこには牛河原なりの正義感が顔をのぞかせる。
もちろんそれは著者の思いでもあるはずだ。
そして著者は、本書のラストで出版界も捨てたものじゃないというエピソードまで登場させる。

このエピソードを読むと、著者が嫌いなのは本書で散々罵倒してきた出版業界であり、本や文芸そのものはむしろ愛しているのだと確信できる。
著者のその思いが本書の余韻を清々しくしている。そして、本好きにとっては救いのある結末となっている。

‘2019/01/29-2019/01/29


MとΣ


本書の表題作は芥川賞にノミネートされたそうだ。
私は著者のことは知らなかったが、本書のタイトルに興味を持ち、手に取った。

本書には三編が収められている。
三編のどれも、着想が面白く、なおかつ使われている文章が巧みなことに惹かれる。

私がラテンアメリカ文学を好むこと。それは今までに何度かこのブログで書いた。
時間や空間を意図的に混在させ、物語の筋を混線させる手法。そうした実験と挑戦の精神にあふれた内容は、小説とはかくあるべき、といったセオリーを痛快に蹴飛ばす。
それら小説のリズムや展開の狂った内容は、予定調和なリズムや展開に飽き足らない私に刺激を与えてくれる。

本書もまた、時間と空間を意図して混線させている。
ただし、その混線のさせ方は分かりやすい。
ラテンアメリカ文学の著名な作品を読むと、読み手が付いていくのが精一杯になる時がある。だが、本書は時間と空間の混線する境目がくっきりとしており、読者もやすやすと付いていけるはずだ。

冒頭に収められた「2とZ」は、その区切りが分かりやすく、読みやすい一編だ。
第二次大戦中のスペイン、冷戦の真っ只中のハンガリー、バブルに浮かれる東京の渋谷、そして最近の東京の某所。この四つの時間と空間が話の中で展開として交わる事は決してない。
だが、それぞれの物語は区切りとなる一文を境に自在に切り替わる。
一つの文のなかで出来事の主体が切り替わり、対象の属する時間と空間が入れ替わる。

その鮮やかな切り替わりは読者にとって分かりやすい。そして入れ替わりが鮮やかなため、それは読者にある種の爽快感を与えるはずだ。なぜなら。時間と空間が切り替わった瞬間が、文章の中で鮮やかに認識できるから。
その爽快感はどこからやってくるのだろう。少しだけ考えてみた。
それは、文章から映像が想起しやすいため、文章を読む思考の動きと映像がシンクロするからではないかと思う。そのシンクロが新鮮さをもたらすのではないだろうか。

映像の手法とは、場面の切り替わり(トランジション)のことだ。
さまざまな映像作品をみてみるといい。多様な手法を駆使して場面の転換を行っている。
例えば場面の切り替えがあったとする。その時、前後の二つの場面を共通するイメージで繋ぐことによって、時間も場所も異なる二つの場面が切れ目を感じさせずに転換される。

本編の表題作である「2とZ」は、まさにそうした手法が見て取れる。
二つの場面をつなぐオブジェクトのフォルムは似通っている。だが、それが属する時間も空間も、次元すらも異なっている。
本編はその場面を転換させる手法を多用することによって、異なる時間と空間の物語を自在に動き回っている。
異なる時間と空間が読者の脳内でつながり、変容を遂げる時、読者の認識に刺激が与えられる。その変容とはメタモルフォーゼ。つまり変態だ。
鳥の糞に見えた物体が実は蝶の幼虫の擬態であり、それもやがて葉の色と同化し、そして成長して蝶となる。
私たちの周りには、普段そうした現象が起きているのに。なのに、私たちの認識は時間と空間を小分けにしたがる。だが、本編のように時間と空間の区切りが継ぎ目もなくつなげられる時、私たちの認識は刺激を受ける。その刺激こそが新鮮さの正体ではないか。

続いての「パレード」は、主体が次々と入れ替わる物語だ。
ある日、何の前触れもなしに兵士に占拠された町。人々は理由もわからず連れ出され、理由も知らされずに殺される。そして、他人が殺される様を目撃し、自分の殺される瞬間を体験する。
目撃し、殺されてゆく主体の意志は次々と切り替わりる。そこで主体となる意思は不条理な展開に翻弄され、命を散らしてゆく。

本編は、主体の違いを超越しようとした試みだと思われる。
思い、考える自分。それはあくまでも自分の思惟の枠に閉じ込められている。
その枠を飛び越えるには、他者の思惟に突入するしかない。
その試みの一つとして本編があるのではないだろうか。

兵士が言うセリフ「私たちはおまえたちだ」は、すなわち、認識する主体とは、本来はあやふやな枠組みを超えて存在する。このセリフはそのことを端的に示しているように思える。
生まれてから育つ間に植え付けらえた認識の型や枠組み。それらは私たちの認識を閉じ込めている。

本編は、結末に差し掛かると急に兵士に襲撃される前の日々に戻る。
それは本編の物語がループしていることを示す。と同時に、あらゆる未来などしょせんは何が起こるかわからない不確かなものだ、という著者から読者への大胆な挑発でもある。

最後の表題作「MとΣ」もまた、「2とZ」のように読者の認識を軽々と飛び越える様が描かれる。

会社の先輩の死に直面する内村。そして先輩が残した日記には、内村が過去に遭遇した出来事が描かれている。
発売当日に並んで買ったドラクエをかつ上げされそうになった思い出。そして内村からドラクエを取り上げようとした連中の一人が若い頃の先輩だった事実。
そこに、マイク・タイソンがまさかのノック・アウトされた試合と、南アフリカで27年間投獄されていたネルソン・マンデラの出獄が無関係な断片として描かれる。

本編を読んで思ったのが、カール・ユングの提唱した「シンクロニシティ」の概念だ。
その概念はバタフライ効果のような分かりやすい連鎖ではない。
それは時空を超越した因果の関係を仮定した深い概念だ。共時性とも訳される。

本編に描かれた出来事には、ある一つの共通点がある。それは1990年2月11日。
その日に地球の各地で、全く関係のない出来事が無数に起こり、そして行われた。
それらの出来事がお互いに因果を重ねているはずはない。だが、同じ日付という一点において、それらの出来事は集約される。
著者はその日付という共通項に着目し、誰にも因果を立証できず、本来は同立で語るべきではない出来事を一編の物語として読者に提示する。

かつて人間は神を信じていた。そして今、科学技術がそれに置き換わった。
科学技術が進歩するにつれ、何か見えない超越者の意志が人々の無意識に現れはじめているように思える。
それは決して怪しげでスピリチュアルな存在ではない。ただ、今の科学では解明の不可能な事象となって現れる。
その意志が何か。それがわかることは近未来の将来にはないだろう。
だが、誰もが漠然と持っている畏れと疑問をシンクロニシティとして取り上げたのが本編だと思う。

‘2019/01/28-2019/01/29


中小企業の人材コストは国の助成金で払いなさい


弊社でも人を雇う。2019年の年始に決めた目標だった。
その目標を成就させるため、数冊の本を読んだ。本書もそのうちの一冊だ。

人材コストは、中小企業の経営者にとっては切実な問題だ。
純粋な人件費だけでも負担になるのに、その上に社会保険の負担までもが発生する。
そのため、採用に二の足を踏む経営者は多いはずだ。

弊社もご多分にもれず、採用には二の足を踏み続けている。そして、普段は必要な時だけ外注費を支払ってお茶を濁しつつ、業務をこなしている。
だが、いずれは採用を経験しなければなるまい。それがどれほどの難関であっても。

実は、弊社にとって助成金は、それほど縁の遠いものではない。
創業した時にも不採択になったとはいえ、助成金を申請したことがある。その後も数度、助成金の申請が採択されたお客様の予算で案件を請け負ったことがある。

だが、私の中では、助成金に頼るべきではない、との思いがずっとくすぶっている。

その理由は二点ある。

一つ目は、助成金に採択してもらうための申請書類の準備が、かなりの負担になるからだ。

例えば500,000円が支給される助成金があったとする。
当然、その助成金を得るためには、申請のための書類を準備しなければならない。
その準備だけで、500,000円の案件をこなしたのと同じ、もしくはそれ以上の労力を費やす。
確実に採択され、労力に見合った代償として助成金が受け取れるならまだいい。しかし、採択されるかどうかも不確かな申請にかける労力はバカにならない。
その労力を、実際に依頼を受けている案件に向けたいと思うのは筋違いなのだろうか。

また、助成金の募集要項は、お役所が出している。
公的資金からの支出である以上、国民に対して説明責任が求められるため、募集要項に書かれた条件には例外事項も網羅されている。
当然、内容は冗長であり、読み込むにも時間がかかる。
私はその読み込む時間がもったいないと感じてしまう。

二つ目は、助成金とは本業で稼いだお金ではない、という事だ。
本業の能力とは関係がなく収入を得られる。
これは果たして社業にとって本質なのだろうか、という疑問が消えない。
そして、心のブロックが掛かってしまう。

さらには、助成金がもらえる様になったとしても、それによって経営上の判断に狂いが出ないか、との懸念がある。
仮に、申請書類の作成に熟達し、順調に助成金を支給されるようになったとしよう。
支給された金額は、勘定科目では雑収入として計上される。
決算時に総収入で見てしまうと、助成金と通常の業務収入を区別できない。そして後日、経営判断を誤りかねない。
助成金による収入を、会社の実力と勘違いする過ちを犯す。私の脳裏からその懸念が去らない。

弊社の属するシステム業界にSESという言葉がある。System Engineering Serviceの略だ。速い話が派遣である。
技術者を上位の顧客に派遣し、月額いくらで対価を受け取る。
私はこのSESを麻薬と呼んでいる。
一度手を染めると、紹介するだけで毎月の定期収入が得られる。それは確かにありがたい。
だが一方で、SESとは自社の技術者を顧客の要望に応じて自在に派遣する形態であり、自社の真の力が養われているか、と問われると弱い。
そして、SESに依存してしまうと、上位の顧客によって経営基盤が簡単に覆されてしまう。

私は助成金もSESと同じような依存の懸念があるととらえている。

要するに、助成金とはあくまでも社業にとっては副であるべきであり、主としてはならない、という事だ。

そのような認識の一方で、本書を読む前から懇意にしている社労士の先生から、雇用の際は助成金の活用を勧められていた。
また、助成金を活用しようとしまいと、社業の拡大には、就業規則の作成などのさらなる整備の拡充が必要だ。

助成金の申請によって、そうした後回しにしていた作業を着手するきっかけが生まれる。その利点はわかっていた。

また、助成金に依存することは論外としても、スタートアップ時の社業を飛躍させるには資金が必要なことも自明の理だ。

そうした思惑の中、本書を書店で購入した。

本書には、まさに私が望んでいた情報が載っている。
中小企業の宿痾ともいえる資金の不足が、優秀な人材を雇い入れる機会を逸していること。雇用した社員の育成にも、助成金は有用であること。

本書は社労士の方が書かれている。
だからさまざまな導入のモデルケースが取り上げられている。
そこには著者が業務の中で感じたであろう生の声が盛り込まれているに違いない。
また、クライアントと著者のやりとりが多く載せられているのも本書の特色だ。

そうした会話の進み具合が、クライアントの社業の発展として描かれていることもよい。助成金が少しずつの社業の発展に貢献している様子を感じることができるからだ。

本書を読む中で、少なくとも助成金の利点はより理解することができた。

もう一つ、本書には重要な指摘がなされている。それは社労士だけでは助成金の獲得を目指すには十分ではないということだ。
本書には以下のようあこのような項のタイトルが振られている。
・社労士は助成金提案の場にいない
・税理士は助成金の情報を知らない
・士業の分断に振り回される中小企業経営者
つまり、社労士は財務・経営面ではあまり関与できず、本来、それを担うべき税理士は助成金の情報を知らない、という矛盾した現実だ。
両者が別である事によって、助成金はうまく活用されていない、と著者は言う。なお、著者はその両方の資格を持っている。

さて、先日のブログにも書いたとおり、弊社は2019年度の雇用は断念した。
断念した理由は複数ある。だが、一番の理由は家計上での問題だ。
その問題を解消しない事には、雇用も難しいだろう。

だが、本書を読んで一年がたち、コロナウィルスによるリモートワークの促進の助成金が発表された。
こうして本稿をアップする今も、お客様からは、その助成金を使いたいと案件のお引き合いをいただいている。

では、弊社自体も助成金を再び活用できないのだろうか。
今回のコロナ関連の助成金の要綱は既に調べた。
その結果、いくつかの条件が合わず、弊社では採択が見込めないようだ。残念だ。

だが、助成金を偏見をもって遠ざけるのではなく、なんとかうまく取り入れたいとの思いに変わりはない。むしろ本書で考えを改められたと思っている。もう一度調べてみたいと思う。

‘2019/01/21-2019/01/28


生きるぼくら


著者の名前は最近よく目にする。
おそらく今、乗りに乗っている作家の一人だからだろう。
私は著者の作品を今まで読んだことがなく、知識がなかったので図書館で並ぶ著者の作品の中からタイトルだけで本書を手に取った。

本書の内容は地方創生ものだ。
都会で生活を見失った若者が田舎で生きがいを見いだす。内容は一言で書くとそうなる。
2017年に読んだ「地方創生株式会社」「続地方創生株式会社」とテーマはかぶっている。

だが、上に挙げた二冊と本書の間には、違いがある。
それは上に挙げた二冊が具体的な地方創生の施策にまで踏み込んでかかれていたが、本書にはそれがないことだ。
本書はマクロの地方創生ではなく、より地に足のついた農作業そのものに焦点をあてている。だから本書には都会と田舎を対比する切り口は登場しない。そして、田舎が蘇るため実効性のある処方も書いていない。そもそも、本書はそうした視点には立っていない。

本書は、田舎で置き去りにされる年配者の現実と、その介護の現実を描いている。そこには生きることの実感が溢れている。
生きる実感。本書の主人公である麻生人生の日常からは、それが全く失われてしまっている。
小学生の時に父が出て行ってしまい、母子家庭に。その頃からひどいいじめにさらされ、ついには不登校になってしまう。高校を中退し、働き始めても人との距離感をうまくつかめずに苦しむ日々。そしてついには引きこもってしまう。

生計を維持するため、夜も昼も働く母とは生活リズムも違う。だから顔を合わせることもない。母が買いだめたカップラーメンやおにぎりを食べ、スマホに没頭する。そんな「人生」の毎日。
だがある日、全てを投げ出した母は、置き手紙を残して失踪してしまう。

一人で放りだされた「人生」。
「人生」は、母の置き手紙に書かれていたわずかな年賀状の束から、蓼科に住む失踪した父の母、つまり真麻おばあちゃんから届いた達筆で書かれた年賀状を見つける。
マーサおばあちゃんからの年賀状には「人生」のことを案じる文章とともに、自らの余命のことが書かれていた。
蓼科で過ごした少年の頃の楽しかった思い出。それを思い出した「人生」は、なけなしの金を持って蓼科へと向かう。
蓼科で「人生」はさまざまな人に出会う。例えばつぼみ。
マーサおばあちゃんの孫だと名乗るつぼみは、「人生」よりも少し年下に見える。それなのにつぼみは、「人生」に敵意を持って接してくる。

つぼみもまた社会で生きるのに疲れた少女だ。しかもつぼみは、立て続けに両親を亡くしている。
「人生」の父が家を出て行った後、再婚した相手の実子だったつぼみは、「人生」の父が亡くなり、それに動転した母が事故で死んだことで、身寄りを失って蓼科にやってきたという。

「人生」とつぼみが蓼科で過ごす時間。それはマーサおばあちゃんの田んぼで米作りに励みながら、人々と交流する日々でもある。
その日々は、人として自立できている感触と、生きることの実感を与えてくれる。そうした毎日の中で人生の意味を掴み取ってゆく「人生」とつぼみ。

本書にはスマホが重要な小道具として登場する。
先に本書は田舎と都会を比べていない、と書いた。確かに本書に都会は描かれないが、著者がスマホに投影するのは都会の貧しさだ。
生活の実感を軸にして、蓼科の豊かな生活とスマホに象徴される都会の貧しさが比較されている。
都会が悪いのではない。スマホに没頭しさえすれば、毎日が過ごせてしまう状況こそが悪い。
一見すると人間関係の煩わしさから自由になったと錯覚できるスマホ。ところがそれこそが若者の閉塞感を加速させている事を著者はほのめかしている。

「人生」がかつて手放せなかったスマホ。それは、毎日の畑仕事の中で次第に使われなくなってゆく。
そしてある日、おばあちゃんが誤ってスマホを池に水没させてしまう。当初、「人生」は自らの生きるよすがであるスマホが失われたことに激しいショックを受ける。
だが、それをきっかけに「人生」はスマホと決別する。そして、「人生」は自らの人生と初めて向き合う。

田舎とは人が生きる意味を生の感覚で感じられる場所だ。
本書に登場する蓼科の人々はとにかく人が良い。
ただし、田舎の人はすべて好人物として登場することが多い。実際は、それほど単純ではない。実際、田舎の閉鎖性が都会からやってきた若者を拒絶する事例も耳にする。すべての田舎が本書に描かれたような温かみに満ちた場所とは考えない方がよい。
本書で描かれる例はあくまで小説としての一例でしかない。そう受け取った方がよいだろう。
結局、都会にも良い人と悪い人がいるように、田舎にだって良い人や悪い人はいるのだから。
そして、都会で疲れた若者も同じく十把一絡げで扱うべきではない。田舎に合う人、合わない人は人によってそれぞれであり、田舎に住んでいる人もそれぞれ。

「人生」とつぼみはマーサおばあちゃんという共通の係累がいた事で、受け入れられた。彼らのおかれた条件は、ある意味で恵まれており、それが全ての若者に当てはまるわけではない。その事を忘れてはならない。
そうした条件を無視していきなり田舎に向かい、そこで受け入れられようとする甘い考えは慎んだ方がよいし、受け入れられないからと言って諦めたり、不満をSNSで発信するような軽挙は戒めた方が良いだろう。

私は旅が大好きだ。
だが私は、今のところ田舎に引っ越す予定はない。
なぜなら生来の不器用さが妨げとなり、私が農業で食っていく事は難しいからだ。多分、本書で描かれたようなケースは私には当てはまらないだろう。
一方で、今の技術の進化はリモートワークやテレワークを可能にしており、田舎に住みながら都会の仕事をこなす事が可能になりつつある。私でも田舎で暮らせる状況が整っているのだ。

そうした状況を踏まえた上で、田舎であろうと都会であろうと無関係に老いて呆けた時、都会に比べて田舎は不便である事も想定しておくべきだ。
本書で描かれる田舎が理想的であればあるほど、私はそのような感想を持った。

間違いなく、これからも都会は若者を魅了し続けることだろう。そして傷ついた若者を消耗させてゆくだろう。
そんな都会で傷ついた「人生」やつぼみのような若者を受け入れ、癒やしてくれる場所でありうるのが田舎だ。
田舎の全てが楽園ではない。だが、都会にない良さがある事もまた確か。
私はそうした魅力にとらわれて田舎を旅している。おそらくこれからも旅することだろう。

都会が適正な人口密度に落ち着く日はまだ遠い先だろう。
しばらくは田舎が都会に住む人々にとって、癒やしの場所であり続けるだろう。だが、私は少しずつでもよいから都市から田舎への移動を促していきたいと思う。
そうした事を踏まえて本書は都会に疲れた人にこそお勧めしたい。

‘2019/01/20-2019/01/20


ノックス・マシン


本書のように、読み手の認識の上手を行く小説に出会うと興奮させられる。脳の使っていない領域が刺激されるからだろう。
芥川賞作家の円城塔氏の作品を読んだ時にも似た感覚。
本書は、推理小説の枠組みの中で読み手の認識を試しにかかることがなおさら興味深い。

推理小説とは、言うまでもなく小説の一ジャンルだ。その本質は謎を解く経緯を楽しむことにあると言っても間違いではあるまい。
だから推理小説にはある種のルールが存在する。そのルールの制約にのっとり、作家から読者ヘと謎が届けられ、読者は謎に導かれながらページを繰る。そして最後には謎が解かれるカタルシスを得る。それこそが推理小説の魅力だ。
謎という縛りがあるため、推理小説には純文学とは違うたががはめられている。
先に名前を挙げた円城塔氏は、純文学の世界の作家と目されている。一方、著者は推理小説の世界で著名な作家である。そのため、本書は推理小説のジャンルとして書かれている。
ところが著者は、推理小説の枠組みを生かしながら、それを逆手にとった内容に仕立て上げている。

上に推理小説のルールと書いた。ルールといってもいろいろある。
その中で、1920年代に英国の推理作家ロナルド・ノックスが発表したいわゆる「ノックスの十戒」はよく知られたルールだ。
私もかつて、推理小説の概観を紹介する本で「ノックスの十戒」は目にしたことがある。
それ以来、長い間、十戒のことは忘れていたが、本書を読んで久々に思い出した。

「探偵小説には、中国人を登場させてはならない」という第五戒の奇妙な記載。この唐突な一節は、あらためて考えてみると妙な文章だ。
多分、私が初めて「ノックスの十戒」を目にした当時も、かすかに違和感を覚えたはず。だが、もう覚えていない。
本書で取り上げられたことで、あらためて第五戒の特異さに目がいった。

本書は全部で四編から成っている。それぞれ独立した短編だが、最初の一編は最後の一編へとつながっている。
「ノックス・マシン」
「引き立て役倶楽部の陰謀」
「バベルの牢獄」
「論理蒸発-ノックス・マシン2」

「ノックス・マシン」は、まさにノックスの十戒のうち、第五戒がなぜできたのかを取り上げている。中国人を槍玉にあげた唐突にも思える一戒はなぜ生まれたのか。
その謎に着目した本編は、ミステリでありながらSFの要素を兼ね備えている。なぜなら、本編の舞台は2050年代末だから。いわゆる近未来だ。

人工知能による小説の自動生成が当たり前になり、人類が自ら小説を作り出す必要がなくなった未来。
人工知能が小説を生み出すには小説の学習が欠かせない。学習の範囲は語彙や文法、筋、表現など幅広い。
あらゆる文章を読み込み、埋もれた文章まで含めて発掘し尽くすのがパラ人文学。
ところが、あらゆる文章が発掘された事で、学問が成熟を迎え、新たな成果物が生まれにくくなっていた。

パラ人文学部でかつて隆盛を極めた数理文学解析を専攻し、二十世紀の黄金期の推理小説を研究するユアン・チンルウにとっては、そうした事態は望ましくない。自らの捧げた学問分野の衰退につながるからだ。
そこでユアンは研究にあたり、分析にノックスの十戒を用いたモデルを作ってみた。
ところがシミュレーション結果がうまくいかない。それは第五戒の中国人の部分が結果を乱しているからだ。
そんな風にパラ人文学部で研究を重ねるユアンのもとに、国家科学技術局から呼び出しが来る。
国家科学技術局では、タイムトラベル理論を検証する取り組みの中で、時間線上の特異点が発見された。
その特異点の日付とは、ノックスの十戒が書き留められた日。その謎を解き明かすため、ノックスの十戒を研究していたユアンが呼び出された。
ユアンは第五戒の生まれた謎こそが、特異点に関係していると突き止め、その謎を解くため一方向しか行けない時間旅行に志願し、ノックスに会いにいく。

本編はSF的な趣向に満ちているが、その中でノックスの十戒の謎となるくだりがなぜ生まれたかを鮮やかに解釈してみせている。
かつて、歴史ミステリが一ジャンルを築き上げたが、本書もまた、その系譜に載せるべき一編かもしれない。

本書の末に載っている「論理蒸発」は、そこから15年後の世界を描く。あらゆるテキストがデータに置き換えられた世界。紙の書物はほぼ絶滅し、あらゆる文脈がデータの中で密接に絡み合う世界。ところが、その保存されたデータが小説から順に蒸発してゆく事件が起きた。
どうもそれは紙原理主義ともいうべき過激派による犯行の節がある。
小説が人工知能に握られ、人類からテキストの創造が喪われた現状を破壊し、過去の紙による文芸の世界に戻ろうとする。それこそが紙原理主義の掲げる主張だ。

主人公のプラティバは、原典の文章の正統性を管理する部署にいる。そして父は数理解析の分野の泰斗と目される人物である。
世界から小説のデータが失われつつある現状。それを調査するよう命じられたプラティバは、調査の中でユアン・チンルウのことを知る。
そこで二人は協力し、世界からテキストが喪われる事態を防ごうと奔走する。

本編もまた、SF的なギミックに満ちている。
それでいて、小説の中のコンテキストの意味を考えさせられるように書かれている。このメタな発想はとても面白い。

メタと言えば、二番目に収められた「引き立て役倶楽部の陰謀」も面白い。
引き立て役といえば、シャーロック・ホームズを支えるワトソン博士の名前が真っ先に挙げられるだろう。
黄金期の推理小説にはこうした探偵役と助手の組み合わせが多く生み出された。
今般出版される推理小説のシリーズにも同様の引き立て役は存在する。
本書はその引き立て役が集まった会合の存在を仮定する。そして、彼らが巡らせる原理主義の色の濃い策謀を描いている。その発想がとても面白い。

アガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」は名作中の名作として知られる一品だ。その犯人の正体をめぐる真相は、発表された当時、大変な反響を呼んだという。
そして、引き立て役の面々にとっては「アクロイド殺しの謎」の革命的な内容が自らが属する古典の推理小説の世界を壊しかねないと危惧する。
そして作者であるアガサ・クリスティーをかどわかし、作品を亡き者にしようと大それた陰謀を実行する。
実際、アガサ・クリスティーは史実でも謎の失踪を遂げた時期がある。それはミステリが好きな向きにはよく知られた話だ。失踪の真相は今もって謎だという。
本編はその謎を引き立て役の陰謀にからめている。その着想の見事さは、うなるしかない。

本書全体から感じられるのは、著者の推理小説全体に対する深い知見だ。ただただ見事。
私自身、かつて読んだはずの「アクロイド殺し」の筋書きをだいぶ忘れてしまっている。本編を読んで、再読してみなければ、という思いを新たにした。

残りの一つ「バベルの牢獄」は、SF的な趣向に溢れている。
推理小説のような要素は一読すると皆無だ。
鏡文字に印刷された文字が、主人公の思惟の対ではなく、わずかな差異=キラリティであるとの設定で進められる。その鏡文字を発する思惟と主人公がどうやって会話を成り立たせるか。本編もまたテキストの本質を高次の視点から描いた一編だ。

こうした物理的な概念を持ち込んで小説を表わす著者の異能には驚くほかない。推理小説の大家である著者だが、まだまだアイデアには枯渇していないようだ。
私も著者の他の作品を読まなければ、と思った。

‘2019/01/19-2019/01/19


労働基準法と就業規則


平成三十一年を迎えた新年、令和の時代を間近に控え、私は自分の経営する会社に社員を雇う事を真剣に検討していた。

人を雇うといっても簡単なことではない。ましてや、十数年の間を一人でやっていく事に慣れてしまった私にとって、雇用にまつわる諸々の責任を引き受ける決断を下す事は、とても大きなハードルとなっていた。

ただ単に人に仕事を教え、ともに案件をこなしていく。それだけなら話は簡単だ。
だがそうはいかない。
人を雇う事によってさまざまに組織としての縛りが発生する。給与の定期的な支払いも欠かせない。だから営業上の努力も一層必要となる。そして会社として法律を全体で守っていかねばならない。そのために社員を統括し、不正が起きないよう管理する責任もある。
そうした会社として活動の基準として、就業規則の策定が求められる。

雇用とそれにまつわる諸作業の準備が必要なことは分かっていた。
そのため、前年の秋ごろから税理士の先生や社労士の先生に相談し、少しずつ雇用に向けた準備を始めていた。

本書は、その作業の一環として書店で購入した。

先に十数年にわたって一人での作業に慣れていた、と書いた。
一人で作業するのは楽だ。
何しろ、就業ルールについては自分が守っていればいいのだから。だから長きにわたって一人の楽な作業から抜け出す決断もくださずにいた。

もちろん、就業ルールは自分の勝手なルールで良いはずがない。
私の場合、常駐の現場で働く期間が比較的長かった。そのため、参画した現場に応じたルールは守るようにしていた。
例えば、労働時間は定められていた。遅刻や早退があっても、そこには契約上の勤務時間が定められていた。休日や休暇についても同じ。

ところが、私は二年半まえに常駐先から独立した。
完全に自由な立場になってからは、労働時間や休日ルールからは完全に自由な身となった。好きなときに働き、好きなときに休む。
その自由はもちろん心地よく、その自由を求めて独立したような私にとっては願ったものだった。それ以来、私はその特権を大いに享受している。

ところが人を雇用する立場になると、完全に自由と言うわけにはいかない。私がようやく手に入れた働き方の自由を再び手放さなければならないのだ。
なぜなら、仕事を確実にこなすためには完全な放任はあり得ないからだ。
私は自分自身が統制や管理を好まないため、人に働いてもらうにあたっても自由にやってもらいたいと思っている。もちろんリモートワークで。

業務を回すため、かなりの管理を省けるはずだ。だが、たとえわずかでも統制や管理は発生する。
だが、それだけではない。
就業規則の策定は企業として必要になってくる。
もし弊社が自由な働き方を標榜する場合も、その旨を就業規則に明記しなければならない。
リモートワークやフレックスタイムを採用するのなら、その枠組みを設けている事を就業規則として宣言しなければならない。

たとえ私と雇用した従業員の間に完璧な信頼関係が成り立っていたとしても。紳士協定に甘えた暗黙の雇用関係は許されない。ましてや自由な放任主義などは。

仮に社員の数が少ない間、すべての社員を管理できていたとする。でも、将来はそんなわけにはいかなくなるはずだ。もし人を雇用し、会社を成長させていくのであれば、一人で全ての社員の勤務を管理することなど不可能になってくるに違いない。
将来、弊社が多くの社員を雇用できたとする。その時、私がすべての社員の勤務状況を把握できているだろうか。多分無理だろう。
つまり、いつかは人に管理を任せなければならない。その時、私の考えを口頭だけでその管理者に伝えられると考えるのは論外だと思う。
だからこそ、管理者の人がきちんと部下を統括できるよう、就業規則は必要となるのだ。

だからこそ、本書に書かれた内容は把握しておかねば。多様な労働と、それを支える法律をきちんと押さえた本は。それは経営者としての務めだ。

本書は8つの章からなっている。

第1章 労働基準法の基礎知識
第2章 雇用のルール
第3章 賃金のルール
第4章 労働時間のルール
第5章 休日・休暇のルール
第6章 安全衛生と災害補償のルール
第7章 解雇・退職のルール
第8章 就業規則の作成

本書がありがたいのは、CD-ROMもついており、書類のテンプレートも豊富に使えることだ。

もう一つ、本書を読んでいくと感じるのは、労働者の権利擁護がなされている事だ。
労働者の権利とは、会社という形態が生まれた17世紀から、長い時間をかけて整備されてきた
年端もいかない子供を遅くまで劣悪な環境で働かせていた産業革命の勃興期。
だが、劣悪な状況は17世紀に限った話ではない。つい最近の日本でもまかり通っていた。

私自身、若い頃にブラック企業で過酷な状況に置かれていた。

働く現場は、労働者側が声を上げないかぎり、働かせる側にとってはしたいようにできる空間だ。
容易に上下関係は成立し、ノルマや規則という名の統制も、経営側の意志一つで労働者側は奴隷状態におかれてしまう。

私はそういう目にあってきたからこそ、雇う人にはきちんとした待遇を与えたいと思っている。
だからこそ、今のような脆弱な財務状況は早く脱しないと。

結局、弊社が人を雇う話は一年以上たった今もまとまっていない。業務委託や外注先を使い、これからもやっていく選択肢もあるだろう。だが、雇用することで一つ大きな成長が見込めることも確かだ。そのことは忘れないでおきたい。

本書を読んだことが無駄にならぬよう、引き続きご縁を求めたいと思う。

‘2019/01/13-2019/01/17


水晶 他三篇


アーダルベルト・シュティフターという著者のことを、私は本書を読むまで知らずにいた。
著者は詩人や小説家としても名を残しているが、画家としてもよく知られているようだ。
19世紀の前半、1805-1868年を生きたこの作家は、当時オーストリアに属していたボヘミア地方に生を享けたという。

訳を担当した藤村宏氏が解説で記した内容によれば、当時のドイツ語圏の文学状況は過渡期にあったという。
ロマン派の芸術家たちが次々と世を去り、人々は現実に対して風刺をもって立ち向かう風潮が優勢になっていたという。
そうした中、ロマン主義の理想を守り続けようとした人々もいた。著者もまたその一人。
彼らの共通するのは、現実を素直に受け入れ、現実の中で与えられた人生をまっとうしようとする姿勢である。与えられた自然を賛美し、人生をあるがままに謳歌しようとする思いが作品にあふれ出ている。

そうした理想主義の色合いは、本書に収められた四編にも共通している。

私は四編のそれぞれから、古くからある教養主義の香りを嗅ぎ取った。
教養主義とは、人は学問によって導くことができるという立場を指す。要するに、人格は学問によって形成できるという考えだ。
その背景には人は本来、善の存在であるという性善説がある。本来、善である本性が学問によって開花するという前提だ。

私はもともと楽観的な考えの持ち主だと思う。
もちろん人は弱く流れやすい存在だ。
だが、それでも環境によって歪められない限り、大半の人間は善に違いないという考えで日々を過ごしている。

だから、私にとって本書の内容はとても心地よかった。
どれもが素朴であり、教訓を含みつつも、その根本には人の善が賛美されている。

本書は『石さまざま』という短編集に収めたられた六編の物語のうち、四編を収めているという。

原題が『石さまざま』というだけあり、各編は石をモチーフとしている。

「水晶」
山を越えた向こうの祖母のもとでクリスマス・イブを過ごした後、帰り道を歩んでいたはずの二人は、雪に降られてしまう。そして、雪に覆い隠された道を外れ、雪山に迷い込んでしまう。

二人が迷う山の姿はとても厳しい。けれども、厳しさの中に美しさがある。
水晶が露頭にその姿をのぞかせ、それが星明かりと雪に照らされた姿は、神々しくさえある。

幼い兄妹は雪明りに照らされ、持っていたコーヒーを啜り合いながら雪の中を眠らずに過ごす。
兄が妹を励ましながら、二人は冬の過酷な雪山を生き抜こうとする。
そのけなげな姿は、読みながら二人を応援したくなるほどだ。

そんな二人を支えるのは、今日がクリスマスイブであること。
普段、ふもとから見上げている冬の山が、一変して厳しい姿を見せる。その姿は本書では明らかに示されていないものの、父なる神の存在を思わせる。
自然に抱かれているはずの人は、自然を甘く見るとしっぺ返しを食う。

二人は頑張って朝まで眠らずに過ごし、ふもとから来た村の人々に救われる。

とても簡潔でありながら、山の描写の美しさと、けなげな二人の会話がとても深い余韻を誘う一編だ。

「みかげ石」
父の生家の前に置かれたサイコロのような四角い石。
本編は、この四角い石の来歴を語る。そして、人々の歴史がどのようにして伝えられていくかを教えてくれる。

車の差し油売りのいたずらにより、足に油を塗られてしまった若き日の主人公。母に足の油を見せたところ、家が汚れるからと叱られ、邪険に扱われてしまう。

そんな傷心の主人公のところに現れたおじいさんは、主人公を家に入れ、油を洗い落してくれる。
それをきっかけとして、おじいさんにかわいがってもらうようになった主人公は、おじいさんからこの地方に伝わる物語を教えてもらう。

おじいさんから教わったのは山の名前や生活の知恵だけではない。ペストがこの村や付近にたくさんの災厄を運んできた時の人々の工夫もそうだ。倒れているところを少年たちに救われ、ペストの災いから逃れることができた少女の物語もおじいさんによって語られた。

ペストといえば、一般的には14世紀にヨーロッパで猛威を奮ったパンデミックを連想する。だが、本書の時代はそれよりも大分下っているはずだ。

だが、14世紀の大流行の後も、数度にわたって局地的な発生があったというから、本書で伝わるペストもその一つなのだろう。

そして、ペストのような災厄を後世に伝えることができる人はもういない。
当時の事を後世に伝えられるのは、碑や書物や柵や施設だが、そうした物も長い年月のうちに忘れられ
、崩れてしまう。何も残らないのだ。こうしておじいさんが次の世代に語り伝えない限りは。

その象徴こそが、父の家の前のみかげ石なのだろう。
世の中には、本編のみかげ石のように路傍にありながら誰にも由来が知られていないものがどれだけあるだろう。

私が本編を読んですぐに思ったのが、東日本大震災の時に津波が到達した地点に古くから立てられていた石碑の存在だ。それらは過去の災害に遭った人々が、後世のために教訓として残しておいたものだったに違いない。他にも水害、土砂災害を後世に伝えるための地名が、近代化の名のもとに消えて行っているという。そうした現状が本編によって思い出された。

「石灰石」
本編は、測量士をやっている主人公と、主人公が仕事で訪れたある村で知り合った牧師の話だ。

牧師のつましい生活と禁欲的な生活に惹かれた主人公は、その地方での測量が長期にわたったため、牧師と親しくなる。ついには牧師に信頼されるようになった主人公は牧師から生い立ちを聞かされる。

牧師が語った生い立ちは、数奇なものであった。
曽祖父が起ち上げた革工業の家業を継いだ父が、牧師とその兄の二人を育てるにあたり、兄には跡継ぎとしての教育を施したこと。ところが、そうした実業には興味を示さなかった牧師には強制せず、牧師は興味の赴くままに学問に打ち込んだこと。
家業を継いだ兄は、商売の中で失敗し、家業を手放すことになった。そして兄は失意の中で亡くなり、自分は牧師としての仕事に進み、今ではつつましく暮らしていることなど。

本編は残念ながら、描写が冗長ですっきりまとまっているとはいえない。

だが、本書が言いたい教訓は明らかだ。
それは、自分の素質が向いている方向を見極め、その方向へと学んでいれば、何者にかは成れることだろう。そう、まさに教養小説のように。
そして牧師が残した遺言と遺産は、人々の善意を呼び起こす。

もう一つ、本編が語っているのは、人は生前でも、そして死後でさえも、社会のために何がしかの貢献が行うことで、必ず報われることだと思う。

「石乳」
本編は、オーストリアを舞台に戦われた戦闘が題材となっている。
その戦闘とは、ナポレオンが率いるフランスがヨーロッパ諸国を相手に仕掛けた一連の戦いの一つだろう。

フランス軍の斥候として村にやってきた兵士が村を接収する。
そして斥候の都合で村の人々に制限を掛ける。それに抵抗し、兵士を監禁しようとする大人たちに対し、子供たちが助けようとする姿が描かれる。

戦争が終わって数年し、兵士が村へとやってくる。そして、当時の非礼を村人に謝ろうとする。
その心根は人々の間を宥和の心で満たす。その結果、人々は幸せになる。そんな物語だ。

本編が説いているのは戦争の愚かさであることは言うまでもない。
もう一つは、戦争の現実は兵士を服従させ、その本性とは違う行動を強いてしまうことだろう。
だが本来、戦争中は服従の義務から戦争に手を染めるけれど、戦争がなくなれば人間性を取り戻し、幸せになれることだと思う。

‘2019/01/04-2019/01/12


イノック・アーデン


本書は見慣れない形式で記されている。
小説のような散文形式でもなく、詩のような断片的な断章でもない。
詩のようでありながら、物語としての展開を備えている。
つまり、物語性を備えた長編の詩。つまりは叙事詩とでも言うべきなのが本書である。

よく、詩を朗読すると言う。ここでいう詩とは、カラオケのディスプレイに流れる歌詞のことではない。
詩人が書き連ねる詩を指している。

詩人によって研ぎ澄まされ、選ばれた言葉の連なり。
その美しく、時には韻を踏む言葉をいつくしみ、声に出して朗読する。
黙読して本を読む私には、なじみのない習慣だ。

少し前に、「声に出して読みたい日本語」と言う本がベストセラーになった。声に出して読むことで、内容が頭に入る。なおかつ、日本語の語感に対する感性が養われる。
今もYouTubeには詩の朗読の様子がアップロードされている。
実は私が知らないだけで、朗読の習慣はまだ廃れていないのだろう。

実は、一昔前の人々は、朗読や朗誦の習慣を普段の暮らしで持っていたのではないか。
今や私たちが詩を朗読する機会など、学校の国語の授業ぐらいだというのに。
ところが、人々は本書のような詩を朗読することで、読解力を鍛えた節がある。俳句や短歌もその一つだろう。

本書のような形をとる文学は、まさに朗読にふさわしい。本書を実際に読んでみると、格調も高くつづられた日本語が頭にしみ込むような気がする。

もちろん、本書はもともとイギリスの詩人テニスンによって生み出された。つまり、原文は言うまでもなく英語で書かれている。

それを美しい日本語に翻訳してくれたのが、訳者の入江直祐氏だ。
入江氏の訳した文も格調が高く、もともとの作品を思い描かせてくれる。
だが、翻訳の見事さを差し置いても、本書は本来は英語で読むべきなのだろう。その方が味わいが深まる気がする。

なぜなら、本書は過去を舞台としているからだ。そして、遠い国へと向かう船乗りの物語だからだ。
日本語で読むと、どうしても読み手の心の奥底に、日本の情景が浮かんできてしまう。

昔の日本では、ここまで長期間、故郷へ帰って来られない航海はなされていなかったはずだ。遣唐使や遣隋使ならまだしも。せいぜいが近海に漁に出てそのまま流されたような中濱万次郎か大黒屋光太夫の事例がある程度。
つまり、最初から困難が予想される遠洋への航海は、日本の歴史ではあまりイメージしにくい。

だから、本書には長期にわたる航海が行われていた19世紀イギリスの感覚が深く根を下ろしており、その感覚を描写するには英語が似つかわしいと思える。

19世紀のイギリスといえば、世界の七つの海を支配すると言われた大国である。世界中に植民地を持ち、イギリス人にとっては航海がそれほど珍しい営みではなかったはずだ。

だからこそ、本書でイノック・アーデンが、妻アニイや子供を置いて、家族のために航海で一稼ぎしようとする動機は理解できる。
また、難破し、はての島で長年を過ごした事も、苦労して故国に戻ろうとした執念にも、空想やおとぎ話の世界と片付けられない現実味がある。

本書は叙事詩とはいえ、荒唐無稽ではなく現実に即した物語なのだ。
さらに、地に足がついていながら、当日の人々がかろうじて想像ができる長大な旅路が描かれており、それがある種のロマンをかき立ててくれる。

本書で描かれているのは、愛にもさまざまな種類があることだ。
本書は三人の幼なじみ、イノック・アーデンとアニイ、そしてフィリップの物語だ。

アニイは二人から思いを寄せられる。だが、ストレートに思いを打ち明けるイノック・アーデンを好ましく思っており、イノック・アーデンの思いを受け入れて二人は結婚する。
だが、生活に苦しみ、イノック・アーデンは家族を養うため、一か八かを目指して航海に出る。そして遭難し、家族のもとへ戻れなくなる。
悲しみに暮れるアニイ。
フィリップは、アニイを慰め、そして秘めていたアニイへの思いを打ち明ける。数年ののち、二人は結婚する。
ここでは、若気のストレートな愛と、じっくりと見守る愛が描かれる。ともに美しい。

一方で、遭難の凄絶な苦労によってすっかり面貌が変わってしまったイノック・アーデンは、苦労して故国へと戻ってくる。そして彼が目にしたのは、幸せに暮らすアニイとフィリップと子供たち。
彼はそれを見て、自ら名乗り出ることをやめ、孤独のうちに生涯を終える。
彼の凛とした姿勢もまた美しい。

もう一つ、本書がテーマとしているのは、人にとって普遍的な問題である、冒険か安定かの選択が描かれていることだ。
イノック・アーデンのとった行動は冒険的な生き方の典型であり、安定の幸せを求めたアニイとフィリップとの生き方が対比されている。
どちらに優劣があるというのではない。それはどちらも人生のありうる姿であり、どちらも可能性として受け入れてこそ、人生を謳歌する姿勢であると思う。
本書を浅く読み、冒険を否定してはならないし、安定の家庭を築いた2人を非難してもならない。

本書のそうしたテーマから学びとれるのは、19世紀のイギリス社会が、人間に多様な生き方を許容できるように変わりつつあったことだ。
縛られ、固定された一生ではなく、冒険もできるし、安定もえらべる。そのどちらも人としての一生であり、どちらを選択するかを個人の意思に委ねられるようになったこと。

この時代の変化をテニスンは敏感に感じ取り、本書にしたためたのに違いない。

そうした自由な生き方をえらべるようになったとはいえ、冒険の果てにはイノック・アーデンが被ったような悲劇の可能性もある。
その時、イノック・アーデンのように自らの選択にきちんとけじめをつけ、見苦しいまねはしないでいられるだろうか。
本書からはそのような覚悟のあり方が示されていると思う。

その覚悟こそは、世界に冠たる国家になるつつある、イギリスの男子のあり方なのだ、とテニスンはほのめかしているように思える。

そんなテニスンの思いが伝わったからこそ、一旗をあげようと決めた人々が自らを鼓舞し、奮い立たせるために本書を朗唱したのではないだろうか。

‘2019/01/03-2019/01/03


セヴィラの理髪師


毎年、年始は正月休みを利用して海外の名作を読むようにしている。
2019年の最初に手に取ったのは本書だ。

本書のタイトルは有名な喜歌劇と同一である。その喜歌劇の元となった戯曲が本書だ。
戯曲である以上、内容はセリフとト書きだけで成り立っている。ほかは何もない。
念のために書くと、ト書きとは、舞台の美術の概要や、役者の位置、動きなどの演出上の指示のことだ。各場面の冒頭に簡潔に記される。
つまり、登場人物の感情や言動はセリフから読み解くしかない。

これが小説なら、セリフと地の文が程よく混ざり合っているから問題ない。情景や人物の関係も説明され、読者に理解しやすいように描かれている。登場人物の感情や言動、著者の意図なども理解しながら読み進められるように配慮されている。

戯曲にはそれがない。
戯曲の場合、セリフだけで登場人物の思惑や物語の進行を読み取らねばならず、慣れない読者にとっては少し敷居が高い形式だ。
もちろん、セリフを読んでいく事で、おおかたの舞台の進行は理解できるはずだ。
今でも舞台を見に行くと、演目によってはパンフレットにセリフとト書きが全て掲載されているものもある。ただしそれは舞台を実際に見たコアなファンのためであり、本質は舞台上にあることは間違いないだろう。

私は本書の舞台を見たことはまだない。
なので、本書を読んでも舞台の動きや状況は今ひとつ理解できていない。

もちろん、セリフの言葉を追っている分には、笑いの要素がちりばめられていることが分かるし、舞台を実際に観た時に笑うだろうな、と予想できる。
一方で、戯曲として読んでいるだけでは笑いにつながりにくいことも事実だ。

結局、舞台とは場の空気が重要であり、その空気を役者と観客が一体となって作り上げる事に尽きるのだと思う。
役者の動きがセリフと連動する事で観客に伝わり、それが観客からの反応となって観客席と舞台に及ぶことで、劇場全体の場の空気として醸成される。
それが重要だからこそ、演出家という職業が成り立つのだろう。

では仮に、舞台の完成形を、舞台の上で演技された時点だとする。すると、戯曲とは未完成の芸術形式ではないか、という疑問が生じる。
果たして、戯曲には文学としての価値はないのだろうか。
もちろん、そんなことはない。

舞台の上での演技や演出の可能性は、底本となった戯曲に力があってこそ発揮できるはずだと思う。
そして戯曲に記された筋書きが基になってこそ、役者の動きや舞台美術は効果を発揮する。
目に見える視覚とは、観客にとって重要な要素だ。
小説が映画やアニメの一次創作物となる例が多いのも同じ理由に違いない。
文字だけで書かれた小説だと、読者の想像力によって内容の理解や受け取り方に差が生じる。そうした読み手によって千差万別の受け取り方を補完する芸術形式がそれらのメディアだと思う。

では、小説と戯曲の違いはなんだろう。それは、視点が一定である事ではないだろうか。
ト書きとセリフだけでなる戯曲は、内側からの視点がない。全ては外からの視点で成り立っている。
ト書きには作者の思いが説明されているが、その記述は断片的であり、演出の裁量の多くは演出家に委ねられている。
そしてセリフには演者の内面の心が描かれていない。

小説は視点が自在なので、場面に応じて自在に展開ができる。戯曲が不自由な点はその展開にあると思う。
むしろ、不自由であるからこそ、戯曲の外に出た場合の表現の幅はひろがる。

よく舞台はいきものだという。
初日から千秋楽まで、同じ舞台はない。日々、細かな演出が加えられ、削られる。アドリブは入り、役者の体調による動作の違いがあり、セリフをとちることだってある。
そうしたライブ感こそが演劇の面白さだと惹かれ、劇場に通い詰めるファンもいるはずだ。

そうした底本から外に広がる可能性は、映画やアニメにはとぼしい。
なぜなら映画やアニメはスクリーン上で上映されている時点でほぼ完成しているからだ。
そのため、アニメや映画の元となった作品と、そこから派生したメディア作品は別のものとして扱われているのが実情ではないだろうか。
当然、そうしたメディア作品にも脚本はあるだろう。だが、脚本を読んだところでドラフト版にすぎない、との印象は拭えないと思われる。
だからこそ、それらの台本が戯曲となり、出版されている事例は少ないのではないだろうか。

ところが、本書のような戯曲から舞台への流れは違う。
舞台自体が日々、未完成であることが前提だ。
たとえロング・ランであっても、年月をへる間に役者は年老い、演者は入れ替わる。そして常に舞台は新陳代謝される。

だからこそ、その基準となる戯曲は必要であり、出版されるに値するのだ。

そういう風に戯曲を前向きに捉え、その上であらためて本書を読み直してみると理解もしやすい。

ある人物が正体を隠し、それが登場人物の間に勘違いを生み出し、物語をすすめてゆく。
打算と恋が入り混じり、そこに勘違いが登場人物の思惑を狂わせてゆく。
それこそが本書の面白さである事はいうまでもない。

そうした喜劇のエッセンスを映像の情報がなく味わえることも、戯曲の魅力だと思う。

‘2019/01/01-2019/01/03


運営からトラブル解決まで-自治会・町内会お役立ちハンドブック


2018年の初夏にサイボウズ社で「サイボウズのチーム応援ライセンス開始記念セミナー」に登壇する機会をいただいた。そのブログ記事がこちらだ。https://npo.cybozu.co.jp/blog/post/73/
セミナーの中では、自治会の総務部長を務めた私自身の経験を語った。
そのためだろうか、セミナ―に対し、結構な反響があった旨をご担当者様より教えていただいた。
今もなお「自治会 IT」で検索するとこの記事はトップに出てくる。

この検索ワードはビッグワードであり、私自身の武器になるはず。そう思い、2019年は自治会に対して情報技術を用いた業務改善を弊社の武器の一つにしてみようと考えた。本書はそうした意図も踏まえ、2018年を締めくくる一冊として読んだ。

総務部長を経験した身からすると、本書の前半に紹介される自治会のさまざまな機能は知っていることが多く、目新しい点はない。総務部長として経験したところがほとんどだからだ。
だが、詳しく見てみると参考になる点も多い。なぜなら、各地の自治体が発表する数値データが記載されているからだ。
著者は地方創生コンサルタントだそうだ。つまり、各地の自治体とつきあいがある。そのため、さまざまな自治会の情報を比較できる立場にある。
私は自らが属した自治会のデータ以外は、あまり詳しくなかった。だから他の自治会のデータは参考になった。おそらく、こうした情報は自治体のホームページや冊子で閲覧することもできるのだろう。だが、その検索に労力を割くよりも本書で手軽に閲覧できたことは良かった。

また、本書には私の知らない情報も何点か載っていた。たとえば、自治会の源流は太平洋戦争の時期に結成された隣組にあるという。言われてみれば納得できる話だ。
そうした記述からは、そもそも自治会が歴史のある組織でもなければ制度ではないことがわかる。

つまり、自治会によっては戦時中から脈々と続いているということだ。古い時期に結成された自治会は地方に多いが、都市部では平成以降に結成された自治会も多いという。
それなのに、自治会の業務をシステムで運営している自治会の割合は驚くほど低いという。
それは、地縁団体であり、非営利団体である自治会の性格もあるだろう。年配の方が仕切っているため、情報技術を活用した業務改善の取り組みが遅れている。
そのためもあってか、自治会の活動を告知し、発信する仕組みも整っていない。
それが退会率や未加入率の上昇にもつながっているはずだ。
そうした課題は全国のどこの自治会にも共通のようだ。そうした傾向は本書のデータとしても現れている。

全国には298,700にものぼる自治会・町内会があるらしい(平成25年4/1時点)。
それだけ数があれば、組織の在り方や活動の内容も多種多様だ。そしてその中には似通った運営を行っている組織もあり、参考になる。会費の金額の分布、会費以外の収入手段、行う事業や組織体系、そして活動場所や自治体との連携の取り組みなど。そうした他の自治会の情報が本書には載っている。
また、役員の選出方法や役員のポストも自治会によってはそれぞれであることがわかる。

本書はハンドブックと銘打っているため、実務を考慮した具体的な内容も書いてくれている。
規約のテンプレートや年一回開かれることが多い総会の案内や出欠状や委任状の文例も載っている。これから新規に自治会を立ち上げる場合、本書はとても役に立つことだろう。

また、役員同士の引き継ぎにも紙数を割いているのが実践的だ。
引継ぎは実際にやってみないと不安になるからだ。
特に会計の担当は、引継ぎが大変な仕事だ。そうした点も本書はきちんとフォローしてくれている。
帳簿のつけ方や新旧役員間での引き継ぎ方。総会に出す収支予算、収支決算の資料の書き方。さらに、小口現金の管理や仕訳の方法、複式簿記に至るまで。まさにハンドブックにふさわしく、至れり尽くせりの内容だ。備品台帳や財産目録、貸借対照表まで載っているから大したものだ。

また、本書にはファシリテーターとしての気構えや振る舞い方まで載っている。私にとって参考になった。会議の進行や意見の取りまとめなど、総務部長を務めていた頃は試行錯誤と工夫が絶えなかった。
そうした作業にはコミュニケーション力が必要であり、私にとって総務部長の一年は、私にそうした能力を授けてくれた。そして、その後に成した法人設立に向けて、とても糧となった。
自治会の経験は、私に仕事の上で数多くのノウハウを授けてくれたと言っても言い過ぎではない。
だからそれらの作業を教えてくれる本書は、一般的な企業に勤める方にも参考となるヒントが豊富に拾えるはずだ。

もう一つ、本書で大切なのは自治会の業務のPRの仕方も指南してくれていることだ。
会員との接点を増やすこと。会報には過去の出来事をのせるのではなく、未来のこと、つまり読む人が読みたいと思える内容を載せること。実践的で参考になる。

ただし、本書はシステムを使った自治会の運営については全くと言って良いほど触れていない。
最近ではホームページを設置している自治会もある、ぐらいの触れ方しかしていない。
それは著者の考えでもあるだろう。また、本書の編集方針として、年配の方が役員であるため、情報技術に触れることは逆効果だと判断したのだろうか。

だが、じわじわと自治会も世代交代が進んでいる。あと10年もすれば、職場で毎日パソコンを使う方が自治会を切り回していくはずだ。
私はその時、弊社にチャンスがあると考えている。
自治会には予算が少ない。また、一律に集める会費は、等しくに使われるべきとの建前から、一部の方しか使えない恐れがある情報技術の導入には二の足を踏むことだろう。
だから大手も参入をためらう。そこに弊社の入り込む隙間があるはずだ。

本書の最後には、自治会を運営する上で直面するでだろう、課題に対するQ&Aが載っている。その回答は、法的な知識を踏まえている。そのため、とても参考になる。これらのQ&Aで出された問題は、幸いなことに私が総務部長の時には直面せずに済んだ。だからこそ、とても参考になった。

そういえば本書を読む一カ月ほど前、自治会の情報技術についてサイボウズ社で行われたランチミーティングにも呼んでいただいた。
その際、観光地の自治会では海外からの観光客にどう対処するかという課題が出た。
そうした課題など、とても参考になった。
多分、これからの社会の発展は、地域社会にもさまざまな影響を与えることだろう。
そうした時、自治体では対応が難しいこともでてくるはずだ。
だからこそ、自治会にはまだまだ存在意義があるはずだ。そして必要であり続けるに違いない。
弊社はそうした意識を持ち、今後も自治会に視点を置こうと思う。

‘2018/12/31-2018/12/31


ライフログのすすめ―人生の「すべて」デジタルに記録する!


本書を読む少し前、「SNSとはライフログツールである」(リンク)というブログを書いた。
また、その記事とは別に、kintone Advent Calenderで「ライフログのkintone盛り alasql仕込みのGoogle Chart添え」(リンク)
というブログも書いた。
記事を二つに分けたのは、ライフログとは何かを考えるにあたり、別稿にしたほうが良いと判断したためだ。
後者の中で、ライフログツールとしてのFourSquareを扱った。そして、論を構築するにあたり、ITジャーナリストの佐々木俊尚氏が著した「キュレーションの時代」(ブログ)で得た知見を援用した。

二つのブログをアップするにあたっては、ライフログに対する根源的な理解をもう少し深めてからにしたかった。
ところが、kintone Advent Calenderには投稿をアップする日が割り当てられており、私には時間がなかった。実はその時、本書はすでに手元にあったというのに。
そしてその時、私は「坂の上の雲」を読むことに夢中だった。私の性分として、何かの本を読んでいるさなかに他の本は読めない。
というわけで、本書を読んだのは、上記ブログを書き上げたあとだった。

本書は当初の目的を逸した後に読んだ。だが、それでも本書は読んで良かったと思う。なぜか。
それは、ライフログの本質について私の考えを補強してくれたからだ。
本書で著者が主張する内容は、私が理解したライフログの本質にほぼ等しい。

ただ、私と著者のアプローチには大きな違いがある。私の場合、ライフログに至った経路はSNSからだった。
ところが著者のアプローチはより根源的な欲求からだ。1998年。著者は、今までに書いた本をデジタル化したいという欲求を抱いた。著者のライフログへの取り組みは、そんな要望から始まった。
雑多な身の回りの書類を次々とスキャンする中で、著者のプロジェクトは着想されたのだという。
その思いつきにひとたび夢中になれば、そこからはありとあらゆるものをスキャニングすればいい。公共機関からの書類。過去の成績表や証書など。著者はありとあらゆるものをスキャンし、デジタルデータに変えてゆく。

デジタルで記録すると同時に元の紙は惜しげもなく捨てる。それは徹底しており、三次元の物体や絵画作品も著者のプロジェクトにとっては例外でない。著者は徹底的に身の回りからものを減らしてゆく。
やがて、著者のそうした活動に賛同するマイクロソフトのエンジニアたちの間で一つのプロジェクトが立ち上がる。その名はマイライフビッツ。
目標は次の二つだったという。

1 ライフログ用のソフトウエアと、記録後の電子記憶を検索して使えるようにするソフトウエアを開発すること。その人の人生や行動に関するさまざまな系列の情報を、さまざまな情報源やデバイスから記録できるソフトウエアにしようと考え、処理をできるだけ簡単で目立たないように、しかも自動的に行えるようにすることを目指した。このソフトウエアは、最終的には膨大な量となる電子記憶を検索したり、整理したり、注釈をつけたり、そこからパターンを抽出したりできるような強力なツールにしなければならない。

2 実際に利用するうえでのライフログの長所、短所、技術的な問題、障害、使い勝手を明らかにすること。僕らはできるだけたくさん試して、どんな感じか確かめてみようと考えた。

この二つの目的を見るだけで、当時のデジタルの未来が見えるようだ。本書によると基礎実験は2001年頃からスタートしたという。
WindowsやOffice、Internet Explorer以外に、そんなプロジェクトがマイクロソフトで立ち上がっていたとは知らなかった。
著者は科学者としての立場から、記憶とは何かという概念から考え始める。手続記憶や意味記憶、エピソード記憶の違い。記憶に頼ったエピソード記憶がいかに当てにならないかの考察。エピソード記憶を補完し、確実な思い出とするためにもデジタルデータは有効であるはず。そうした著者の考察の流れは、私がライフログに求める意義にまさに合致している。

著者はまた、語り継がれるべきその人の物語のためにもライフログを重視する。
そのツールとして著者が推奨するのがスクリーンセーバーだ。私は最近、スクリーンセーバーを使わない。だが、過去の輝かしい写真が次々と表示されることは、ディスプレイの前の人の活力に寄与するのかもしれない。

特にそれが、今はなき親友との思い出の写真であればなおさらだ。
なぜなら、彼と過ごすはずの未来は永久にこないから。
過去を見るな、未来だけ見ろ、と言われても、そこにはともに歩むはずだった親友はいない。親友を忘れろなど、無茶な話だ。

だが、それはあくまで個人的な領域の話だ。
未来を見すえるべきなのは、公的な活動においてのみ。だからライフログは個人的な趣味に過ぎない、と反論を喰らうかもしれない。
でも、そこがライフログにまつわる最大の誤解だ。そもそも、人の活動を公的な部分と私的な部分で切り分けなさいという主張自体が非現実的だと思う。
その矛盾は、ライフログをビジネスログとして読み替えた場合によく理解できる。
ビジネスの場合、ログを取るのは必須だ。顧客への販売履歴。顧客への訪問履歴。顧客との対応履歴。社員の職歴、業務の引き継ぎ。どれもビジネスログだ。それらが抜け落ちていた場合の弊害は、仕事をしている方ならすぐに理解できるはずだ。

ところが、ビジネスログを取る必然は認めるのに、ライフログを取ることについては、人は途端に消極的になる。
経営に管理や決算が欠かせなくて、総括や計画にもログが必要であるなら、人の人生にも計画があり、管理があり、総括や計画があるべきなのだ。
本書はビジネスログとライフログが表裏一体である事を事例を挙げて証明する。そのすべてに同意する。そして私が冒頭に書いた二つのブログで触れられなかった観点こそ、ビジネスログとライフログが不可分の関係にあることだ。

著者は続いて、健康や学習、現世から来世へ、という視点から実用的なライフログの長所を述べる。
そうした全ては、私の以前からの考えにも合致する。

なお、著者はそうしたライフログは原則として公開すべきではないと考える。公開するしないは、あくまでも人の自由とした上で。
では、私が上記ブログで書いた「SNSはライフログツール」という考えに著者は同意するのだろうか。
私はきっとしてもらえるはずだと考える。
なぜなら私がSNSでアップする日々の内容など、私のライフログにとってはほんのわずかでしかないからだ。
その都度のつぶやき、今日の写真付き日記、考えている意見の表明など、私にとっては知られても全く差し障りのないことだ。
本書はソフトウエアのバグやハッキングによるデータ漏洩のリスクについては深く考察しない。
そして、本当にバレるとやばいような個人情報は、スイス銀行の貸金庫のようなサービスを推奨している。

本来、私たちにとってバレると問題がある情報とは未来に影響する情報だ。
病歴、収入、性癖、個人を特定する情報は未来の生活に影響を与える。そして、そうした情報は公開されるべきではない。
だが、過去に行った行動や履歴などの情報は、たとえバレたところで未来に影響さえしなければよいはずだ。
多分、私のその考えに著者は同意してくれるはずだと思う。

実際、私はSNSをそのように書いている。過去の履歴は書くが、未来のことはあまり書かない。せいぜい、自らが主宰するイベントの告知ぐらいだろう。だから、私にとってFacebookの嫌いなところは、イベント参加予定が公開されることだ。当然、自分の未来の予定もできるだけSNSには書かないことにしている。

だが、そうしたことに注意さえすれば、ライフログの有用性に疑いはないと思う。
未来を有益に変えるための行動を取るには、過去をひきずってはならない。当然のことだ。そして、未来を有益に変えるためには、過去を思い出すための時間を取る暇はない。もったいないからだ。過去を思い出すのが大変ならば、記憶をデジタルに委ねてしまえばいい。理路は整然としている。

著者はライフログを実践するためのウエアラブル機器(センスカムなど)も含め、さまざまなツールを提案する。パソコンやスマホのタブレットの利用法やソフトウエアも提案する。本書が出版されてから10年後の今なら、著者はGoProやドローンやApple Watchも推奨することだろう。

さらに著者は起業家のためのサービスまで提案する。
本書に提案されている10のサービスのうち、どこまでがサービスとして提供されているのかわからない。だが、その中でも来世をデジタルで表す試みは興味深い。
オンラインストレージサービスでどこまでこれらのライフログのためのサービスが提供されているのかも分からない。だが、いずれは出てくるはずだ。

最後に著者は、千年後の未来まであらゆる人がライフログを残し続けた場合、記憶容量に限界が来るかもしれないとの懸念は表明している。それはもっともだ。
だからこそ、ライフログの概念が広まっていない今、未来の人類に二十一世紀初頭の時代精神をライフログとして残すという、私がブログで書いたことは有効なのだと思う。

‘2018/12/26-2018/12/30


坂の上の雲(八)


前巻は、日本海海戦を前日に控えた5/26日の夜で幕を閉じた。本書は5/27で幕を開ける。
日本海海戦。それは日露戦争の掉尾を飾る戦いであり、奉天会戦の勝利によって、日本の勝利がほぼ明らかとなった戦局に最後の一押しとなる戦いでもある。そして、著者が今までの七冊を費やしてつむいできた明治の精神を締めくくる最終巻は、日本海海戦の描写で占められる。

5/27は日露両国が対馬沖で戦った歴史的な日。
前巻にも出てきたが、最初にバルチック艦隊をみた民間人は宮古島の漁民だ。
そして、信濃丸の哨戒担当者はバルチック艦隊を目撃した最初の軍人となった。
哨戒に夢中になるあまり、敵艦の群れの真っただ中に入り込んでしまった信濃丸。その事実に気づき、緊迫する艦の様子。
信濃丸は、哨戒する任を帯び、戦艦に仮装した汽船だ。汽船の装備しか備えておらず、バルチック艦隊の真ん中に入り込めば、即座に集中砲火を浴び、撃沈されるだけ。
現場を速やかに離脱した信濃丸は現場を脱出し、打電する。ついで、巡洋艦和泉がバルチック艦隊を認め、その事実を打電した。それらの情報はただちに連合艦隊の旗艦である三笠に伝えられた。

バルチック艦隊が犯した致命的なミスは、航海中に数えきれないほどあったという。そしてこの時、和泉が発した打電は、バルチック艦隊に備わっていた無線機によって簡単に妨害できたはずだという。ところがロジェストウェンスキーは妨害を禁じた。そして、事前にバルチック艦隊を構成する全ての艦の煙突を黄色く塗った処置は、日本に敵艦隊の全容をたやすく把握する効果を及ぼした。

やがて朝日があたりを照らすころ、三笠より大本営に打った電報が、後世まで語り継がれる一文として永く刻まれることになった。
「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス
本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
実はこの文章は秋山参謀の手によるものではないという。
私はこの文章は秋山参謀の手によるものだとすっかり思っていた。ところが、最初の一行の文は他の参謀がすでに起草しており、秋山参謀は二行目の文を付け加えたに過ぎないという。しかもこの二行目の文章も、その日の朝、東京の気象官が現場付近の天候を記した文を引用したというから驚きだ。

この中にある「撃滅」という言葉も、本来は電報の語彙としてふさわしくない語句だという。撃滅という言葉は本来、敵の艦隊を全て撃沈することを指し示す。だが、海戦において、そこまで完全に敵をやっつけられない。
そして撃滅という言葉は、東郷司令長官が明治天皇に拝謁した前で語った決意の言葉でもある。普段、ゆったり構えた東郷元帥が、このような極端な言葉を用いたことに、この言葉の重みがあるのだという。

そして、流用とはいえ「天気晴朗ナレドモ浪高シ」をとっさに付け加えた秋山参謀のセンスもまた称賛されるべきであり、この文章だけで、わが軍が有利な天候であるのみならず、艦艇の運用に制限がある事までも味方に知らしめたという。
そして、砲を撃つ際に練度が高い側、つまり日本が有利であることまでも示したという。

敵と対峙する三笠の艦橋にあって微動だにせぬまま、風や飛沫をあびて立ち尽くす東郷司令長官。そして背後に控え、戦局を注視する参謀たち。
その姿はまさに先頭に立つ将たる威厳のあるべき姿だ。

本書の第一巻のレビューの冒頭で、横須賀に静置保存されている三笠に登ったことを書いた。
そこで思ったことは、三笠の艦橋は、思ったよりも高くないということだ。それは私が戦艦の姿を日露戦争の時期よりも四十年後の姿として思い描いていた勘違いだろう。
だが、艦橋が低かったとしても、敵の砲弾を食らえば一撃で死ぬことには変わらない。死の危険を厭わず、将の将たるゆえんを全身で示していた東郷司令長官の威厳にはいささかの変化もないはずだ。

今も原宿の東郷神社にはZ旗が掲げられている。当日もZ旗が掲げられ、バルチック艦隊へと接近したという。
徐々に両艦隊同士の距離が縮まる中、東郷司令長官は微動だにしない。周りの参謀たちが焦りにみちてもなお。
そしてこの時、伝説となった丁字戦法、つまり敵前での回頭せよとの指令が東郷司令長官より出される。

敵を目前にしての回頭とは、つまり向きをその場で変えることだ。だから敵からしてみれば動きを変えている間、動きが止まっているように見える。つまり、これほど標的としてふさわしい存在はないのだ。
世界の海戦史に永遠に残されるであろう丁字戦法は、まさに型破りで常識に外れた戦法だった。
著者の筆はこの一連の流れを緊迫感を失うこともなく書き尽くしてゆく。
敵の砲弾が三笠に集中する中、艦橋でどっしり構える東郷司令長官。
この時、まさに東郷司令長官は歴史の中の名優であり、将のあるべき姿を体現する存在だったはず。

一方で当初、秋山参謀が考えていた戦法とは、両艦隊があい見えてから、バルチック艦隊がウラジオストックへと向かう間に七段構えで徐々に敵の艦隊を削ってゆくというものだった。
ところが、丁字戦法によって回頭を終えたことで、日本の連合艦隊はバルチック艦隊に砲弾を集中させやすい風上の位置についた。あとはひたすら砲弾を叩き込むのみ。
そこでは東郷司令長官が繰り返し行わせた砲術訓練が効果をあげた。しかも、敵艦隊のどの煙突もがわかりやすく黄色に塗られている。
しかも丁字戦法に対応するロジェストヴェンスキーの取った判断は、好機と見て砲弾を集中させるのではなく、その隙に乗じて全艦をウラジオストックに急行させる消極的なもの。

そうした要因が重なった結果、バルチック艦隊は徹底的に日本の連合艦隊の砲弾の雨にさらされた。その破壊力は、日本側の艦隊がほぼ無傷なのに比べ、バルチック艦隊はそのほとんどが使用不能になったことでもわかる。

ただし、東郷司令長官とて万能ではない。
この時、敵の動きを誤解し、あらぬ方向に艦を操舵させるミスもやらかしている。そして、その失策を救ったのが上村大将の率いる第三艦隊。右往左往する敵艦隊を独断で補足し続け、撃滅することに成功する。

翌日、鬱陵島に集まった日本艦隊は、引き続き残敵を掃討する作業にあたる。ロジェストウェンスキーはわずかに残った艦に移ったが、艦ごと捕捉され捕虜となる。第三艦隊のネボガトフ大将も同じく捕虜となる。
世界の海戦史でも例を見ない大勝利。
撃滅すると宣言した東郷大将の志は果たされ、歴史の偉人の仲間入りをした。

特に東郷大将が名声を上げたのは、敵将のロジェストウェンスキーを病院に見舞った時の態度にあるとか。
敵の健闘を讃え、負けた不運を悼む。その武人にふさわしい振る舞いは敵将に感銘を与えたという。
東郷大将は晩節こそ名を落としてしまったかもしれないが、この時期の大将はまさに名将であったと思う。

本書は、日露戦争の戦後交渉であるポーツマスでの折衝には触れていない。
そのため、折衝の結果である日露講和条約(ポーツマス条約)の結果が日本国民の期待を裏切り、それが小村寿太郎全権大使に対する批難につながったことや、日比谷で焼き討ち事件があったことも本書では触れていない。

代わりに著者は、秋山兄弟のその後を描く。
根岸の正岡子規邸を訪れた真之。無言で門前にたたずみ、きびすを返して墓へと参り、無言で正岡子規に別れを告げる。
そこには、日本の海軍の作戦を一人で担った高ぶりは微塵もない。
それどころか、戦争の惨禍は真之を精神的に追い詰めてしまう。
真之は自らの子に僧侶になってくれるように頼む。そして50歳の若さで世を去る。
兄の秋山好古は長生きしたが、晩年は軍からは離れ、愛媛で学校の校長となった。そして教育に腕をふるう余生を過ごした。

著者が本書の中で明治の精神を託した三人の姿。
それは、明治が欠落を急速に埋める時代だったことを表しているのではないだろうか。
それまでの幕藩体制と鎖国による遅れを急速に取り戻そうとする動き。その中で日本人は欧米に学び、または既存の文化や体制を否定することにエネルギーを費やした。
その先取の努力は、ついには当時の大国と目された清国・ロシアと戦う運命に日本を追いやった。

清との戦いはまだしも、ロシアとの戦いは日本を甚だしく疲労させた。
二つの戦いに日本は辛くも勝利した。
が、その勝利は日露戦争後の日本が四十年近くを慢心できるほど絶対的なものではなかった。
勝利の要因には、将や兵隊の根性や努力が貢献した部分もあるだろう。
だが、ほとんどは官僚主義に硬直し、情報の不足によるロシアの自滅であり、主戦場が日本に近い有利もあったはず。

そうした一連の明治の月日を正岡子規と秋山兄弟は懸命に生き、時代をつむいだ。だが、その代償として三人のうち二人は若くして死に、残る一人にも晩年は違う道で余生を過ごさせた。
日本にとって得るところも多かったが、失ったものも見逃せないほどあった。そんな時代を象徴するのが三人の生きざまだったと言える。

本書の巻末には、本書が単行本で六巻シリーズだった時に著者が残したあとがきが六巻分収められている。
どれもが本書から省かれた挿話に満ちており、とても興味深い。

さらにシリーズ全体を著者が取材した際に生まれたよもやま話も書かれている。
本書の全体の内容については、ウィキペディアによると否定的な面もあるらしい。だが、著者の取材上の苦労話を読むと、それも仕方ないと思える。
準備に五年、執筆に四年三カ月を掛けただけのことはある。

本書の全体をもって明治を把握したと早合点する愚は避けたい。
だが、明治を知る端緒として坂の上の雲が不朽であることは間違いないだろう。

‘2018/12/25-2018/12/26


坂の上の雲(七)


ついに本書は日露戦争の、そして世界史上でも最大の会戦である奉天会戦にたどり着いた。

黒溝台付近の海戦では、臨時に編成された立見尚文中将が率いる鴨緑江軍の活躍とロシアの満州軍の二人の将軍が反目しあった事によって、かろうじて陸軍は戦線を維持できた。
それに対してクロパトキン将軍は奉天で全ての決着を付けようとする。広い満州の野にあって、奉天こそは、陸軍同士が雌雄を決するのにうってつけの場所だ。

東京の大本営が戦後の領土交渉を見据えて送り込んだ遊軍として組織された鴨緑江軍。そうした由来からか、鴨緑江軍は老兵がかなりの割合を占めていたという。奉天会戦の口火はそんな鴨緑江軍によって切られる。
クロパトキン将軍はこの鴨緑江軍を乃木軍と見誤ってしまう。なぜなら、乃木軍は旅順を攻略した後、奉天会戦に合流することが容易に予想できたから。そしてクロパトキン将軍は、乃木軍がどう合流するかを見極めようと必死になって情報を集めていた。

著者は本書の今までの巻を通じ、ロシアの官僚のような思考が日本を有利に導いてきたと指摘してきた。そして、奉天会戦においても、軍人でありながら官僚のような思考にとらわれていたクロパトキン将軍の思考の迷いと、防御に入ろうとする性向が戦局を有利に導いたという。

児玉源太郎の戦略の要諦は、ロシア軍を右に左に揺さぶる事であった。だが、その揺さぶりを行う部隊として想定していたのは鴨緑江軍ではなかった。
大山・児玉の両首脳が想定していたその舞台とは、乃木将軍が率いる第三軍だった。第三軍を日本軍の左翼から回り込ませ、クロパトキン将軍の軍を背後から衝かせる戦術を想定していた。
ところが鴨緑江軍は、日本軍の右翼から第一撃を与えることとなる。

それに激しく動揺したクロパトキンは、ロシア軍の陣形を崩してまで鴨緑江軍に主力を振り向けてしまう。ところがその後に乃木軍が戦場に現れた。そうした偶然が幸いし、ロシア軍はもう一度逆の陣営に注意を向けてしまう。
つまり、大山・児玉の思惑よりもさらに余分にロシア軍は動いてしまう。クロパトキンは結果としてロシア軍をもう半往復も多く動かしてしまう。それは、日本にとってとても有利に働いた。

なぜそれほどまでにクロパトキンは動揺し、日本の術中にはまったのか。それは秋山好古の率いる騎兵部隊が敵陣の深い場所で撹乱を行ったからだ。
騎兵部隊の機動力をフルに活かしたかく乱は、クロパトキンの心に疑念を生じさせた。ところが、当時のロシア軍の置かれた状況は、後世の戦史家が読み解いたところ、ロシア軍に有利な戦況であったという。
日本軍の装備と弾薬と兵員の資源はすでに限界にきており、悠々と構えていさえすれば、ロシア軍は勝てたはずなのだという。
だが、クロパトキンの脳裏の片隅に生まれた恐れは徐々にその割合を大きくした。その結果、日本軍に背後をつかれたり、本国へ帰還するための鉄橋が落とされたりしたら、ロシア軍の受けるダメージは計り知れないとの判断をくださせた。

ロシア軍は奉天会戦で壊滅的な打撃を受けたわけではない。だが、結果として撤退させたことで、日本が勝利したように思わせるチャンスとなった。日本の外交にとっても、諸外国の目からみても。
そして児玉源太郎は、この機を逃さずして、戦争を終わらせられないと決心した。
急いで東京へと舞い戻る児玉源太郎。そして積極的に政府の要人のもとを訪ねては、終戦へと国の総意を導くよう強く具申した。なぜなら諸外国も、仲裁できる立場にあったアメリカも、何より当のロシアですら、戦争が終わったという判断をつけかねていたからだ。

そんな状態だったから、いつになれば終わるのか、誰にもわからない日本への航海を続けるバルチック艦隊を止める要素はなかった。誰もそれを止める者はおらず、ただ、長い航海で士気の緩んだ艦隊が海原を進み続けた。
狭いシンガポール海峡を悠々と行き過ぎたバルチック艦隊は、無防備にも思える航海を続け、後続の第三艦隊を待ちぼうけて仏領インドシナで少しの休みを取る。

インドシナを抜けると、そこから先は日本の近海だ。そこからバルチック艦隊はどういうルートをとるのか。対馬海峡から来るのか、それとも津軽海峡から回り込むのか。それによって艦隊の運用や作戦、待機位置などが大きく変わりうる。
バルチック艦隊が対馬に向かう兆候はいつになっても見えない。作戦を一身に背負う立場にあった秋山真之は、ここにきて憔悴の極みに至る。
そんな参謀をよそに、東郷元帥は対馬経由でしかバルチック艦隊の進路はありえないとの構えを保ち続ける。あくまでも悠揚に構えていた。
そこが東郷平八郎が名将と言われるゆえんだろう。

著者はそんな東郷の器の大きさを描く一方で、その影としての秋山参謀の焦りと苦悩を描く。
その一方で、日露戦争の中で欠かせないエピソードとして、宮古島でバルチック艦隊を見かけた漁民が目撃したとの一報を打つためだけに決死の思いでくり舟を操り、はるかな石垣島へ漕ぎ出した挿話を紹介する。

本書の全体に通じるのは、情報の重要さだ。情報を制するものが世界を制する。
その教訓を壮大な反面教師として後世に残したのが日露戦争の当時のロシアの陸海軍だ。
だが、日本にしても決して情報で有利だったわけではない。日本にしてもバルチック艦隊がどう来るか予想できずにいる中、情報に飢えて渇望した中でつかみ取った勝利だった。

著者は何度も書いている。
日露戦争で得たはずの教訓が四十年の後に活かされず、精神論だけが受け継がれてしまったことが、太平洋戦争の破滅につながったということを。
全く同意する。
その事実から学び取るべきは、今の情報に溺れそうな社会を生き抜くためにも情報は重要だということだ。

‘2018/12/22-2018/12/25


坂の上の雲(六)


本書を通して著者は、日露戦争で陸海軍の末路が太平洋戦争の敗戦にあることを指摘する。
さらに著者は、このころの陸軍にすでに予断だけで敵を甘く見る機運があったことも指摘する。
例えばロシアの満州軍は、厳冬のさなかには矛を収めるはずという予断。その予断からは児玉源太郎ですら逃れられなかった。いわんや陸軍の全体は言うまでもなく。
ただし、秋山好古が率いる騎兵団を除いて。

騎兵団から敵情視察の結果、幾たびもロシア軍に動きがあるとの報告をあげても、参謀本部はたかをくくったまま。
好古はここにきて腹を決める。敵軍の動きをわずかな手勢で食い止めるしかないと。
秋山好古が幾たびもの軍の壊滅の危機をどうやって防いだか。それはただ耐えることに尽きる。動じない。愛用の酒の入った水筒を携え、ただ呑み、ただ耐える。
その忍耐こそが好古の名を後世に残したといってもよい。

陸軍首脳が完全にロシア軍の意図を読み違えていた「黒溝台付近の会戦」は、軍の動員の状況からロシア軍の攻勢までのすべてにおいて日本に不利だった。そう著者はいう。
その結果、一方的に押し込まれる日本軍。しかもロシア軍の攻勢は好古のいる翼の側面に集中する。
そんな攻勢をやり過ごすため、好古は騎兵の長所である馬をあきらめる。そして秋山支隊に支給された機関銃を携え、壕にこもって防戦する。守戦に徹しつつ、将の風格である豪胆さを示す。そこに秋山好古の真骨頂はある。

そんな風に危機に瀕していた日本軍を救ったのはロシア軍の分裂だ。
グリッペンベルク将軍が率いる第二軍の攻勢に乗じ、クロパトキン将軍の第一軍の攻勢が合流すれば戦局は決したはず。
だが、グリッペンベルク将軍の策が的中し、功を挙げることで自らの立場が喪われることを懸念したクロパトキン将軍は、攻めるのをやめ、そればかりか退却を指示する。
9割以上の兵が無傷に残されていたというのに。官僚の打算が日本を救ったのだ。まさに僥倖という他はない。

さて、バルチック艦隊は、マダガスカルの北辺にあるノシベという小さな港で二カ月待機している。それはロシア政府からの指示を待っていたため。
ロシア外務省の外交力はまったく効果を上げていない。そして旅順艦隊が消え去った今、新たな艦隊をこれ以上派遣することに意味があるのか。そんな意見の分裂があったかどうかは資料に残っていない。
ただ言えるのは、そうした時間の浪費が日本の連合艦隊の傷を完全に癒やしたことだ。そればかりか日々の厳しい砲撃訓練によって、連合艦隊の精度は上がってゆく。

そして著者の筆は、長期の停泊によってバルチック艦隊を覆った士気の低下と、長期にわたる航海が露わにした石炭の補給の問題に進む。それは、バルチック艦隊が最初からはらんでいた宿命だ。
ロシア皇帝はそんなバルチック艦隊のために、第三艦隊を追加で編成させる。そして極東に向けて出航させる。

そこにはロシア政府の思惑もあった。ロシアの国内で起こる革命の機運を鎮めるためにも、バルチック艦隊には勝ってもらわねばならないという。
それほどまでにロシアの国内には不穏な空気が充ちていた。
その空気の醸成に一枚も二枚も噛んでいたのが、明石元二郎大佐だ。
本書では明石大佐の八面六臂の活躍がつぶさに描かれる。その活躍はロシアの屋台骨を揺るがし、ロシア革命へとつながる道を帝政ロシアに敷いた。
その活躍によるかく乱の戦果は、一説には日本軍の二十万に匹敵したというほどだ。

帝政ロシアの害悪とは、ただ専制体制だったからではない。
極東に侵略の手を伸ばしたように、東欧やバルト海沿岸でもロシアの侵略の手はフィンランドやポーランドに苦しみを与えていた。
明石大佐はそうした国際風潮を即座に読み取る。そして明石大佐は謀略の全てを実名で行った。そうすることで信頼を得、ロシアの周辺国とロシアの内部から反帝政の機運を煽ったのだ。

およびスパイが持つ暗いイメージとは反対のあけすけで飾りを知らない人物。そんな人物だからこそ明石は信頼されたのだろう。
また、その行動を助けるように、反ロシアの空気が充満していたからこそ、彼の行動は広い範囲に影響を与え、絶大な効果をあげたのだと思う。

本書とは関係がないが、明石元二郎は日露戦争後、台湾総督をつとめた。
その縁からか、元二郎の子の元長が、国共内戦で苦境に陥った臺灣の国民党軍を助けるため、日本の根本博中将を台湾に送り届ける役割を果たしたという。
その事実を扱った本を読んだのは、本書を読む二週間ほど前の話。
それを知っていたから、本書で八面六臂の活躍を見せる明石元二郎の姿には、単なるスパイではなく別の印象を受けた。

明石元二郎がどれほど変人だったかは、本書にも描写されている。たとえば生涯、歯を磨かなかったとか。
そういえば、本書に登場する秋山好古も生涯、風呂を嫌っていたという。
そうした人物が活躍できるほど、当時の社会は匂いに鈍麻していたのだろうか。現代の私たちが何かあればすぐ臭いを言いつのる事を考えると隔世の感がある。

そして本書はいよいよ、奉天会戦と日本海海戦へ向けて時間を進める。
まずは、士気の低下したままのバルチック艦隊の様子を描く。
後世ではあまり芳しくない評価を与えられているバルチック艦隊。そして、司令長官のロジェストウェンスキーへの評価も辛辣だ。
著者は辛辣に描きつつ、彼を若干だが擁護する。それはロシアの官僚主義が司令長官の力だけではどうにもならなかったという指摘からだ。

ロシアの満州軍は、黒溝台付近の会戦の結果、辞表を叩きつけたグリッペンベルク将軍が本国に帰ってしまう。
残されたクロパトキン将軍は奉天を最終決戦の場にするべく準備を進める。
準備を行うのは日本側も同じ。
遊軍に近い扱いの鴨緑江軍を満州に送り込んだ大本営の意図は、奉天会戦を見込んだのではなく、日露戦争の戦後を見据えたものだ。少しでも有利な条件を勝ち取れるよう、敵の占領地を確保することが鴨緑江軍の目的だった。が、現地の参謀本部は少しでも軍勢を増やすため、鴨緑江軍を戦場の遊軍として組み入れる。

奉天会戦が迫る中、日本の連合艦隊は砲術の猛特訓を行い、バルチック艦隊がいつ日本近海に現れてもよいように万端の準備を進める。

‘2018/12/17-2018/12/22


坂の上の雲(五)


前巻から続く旅順攻略の大苦戦。朝日を拝んでまで人を超えた力を望んだ児玉源太郎の苦悩は晴れない。
悩んだ挙げ句に、児玉源太郎はついに大山元帥に申し出る。第三軍の指揮権を児玉参謀に委任する一筆をもらうことを。そして委任状を懐に忍ばせ、旅順へと向かう。

旅順を攻める第三軍の責任者は乃木大将。ところがこのままの戦況が続けば、日本にとっては国の存続に関わる問題になる。乃木大将と伊知地参謀に任せておいては日本はロシアに負け、そして滅ぶ。
追い詰められた思いを抱き、児玉源太郎は乃木大将に指揮権の一時預かりを申し出る。幸いにも両者の思惑と相手を思いやる思いが通じ、乃木将軍の面目は保たれたまま、児玉源太郎は一時的に第三軍の作戦をひきうけることで落ち着く。

実権を握った児玉源太郎がさっそく取りかかったのが、28サンチ榴弾砲の移設や二〇三高地を重点的に攻める戦略だ。また軍紀を一新するため、戦線を見ずに後方で図面だけで作戦を立てる参謀たちを叱責し、参謀が自ら最前線を視察させるよう指導する。迅速に立て直しを図った児玉策が的中し、第三軍は極めて短時間で二〇三高地を落とすことに成功する。乃木将軍と伊知地参謀の面目は対外的には保たれた。だが、内心はいかばかりだったか。

ところが、この二〇三高地を巡る下りは、今に至るまで賛否両論なのだという。
本書では、著者は伊地知参謀をこれでもかとこき下ろす。一方で乃木大将のことは人格者として、全軍を統括する大将であり、実際の作戦の立案には関わっていないとして否定しない。だが、著者が振るう伊地知参謀への批判の刃は、間違いなく乃木将軍をずたずたにしている。

その事を許せないと思う人がいるのか、著者と全く違う見解を持つ人もいる。
その説によれば、実は伊地知参謀の立てた策は戦場の現実を考えると真っ当で、著者の批判こそが戦場を見ずに書いた空想だという。
その説は詳しくはWikipediaに書かれている。が、私にはどちらの説が正しいのかわからない。
本書の記述が誤っているのか、それとも史実は全く違うのか。別の説によると、児玉源太郎が旅順で計画を立て直したことすら事実ではないという。もしそれが正しければ、本書の記述は根底から覆ってしまうのだが。

二〇三高地の陥落によって、高地から旅順港の旅順艦隊にやすやすと砲弾を降らせることが可能になった。そして旅順要塞そのものの攻撃も容易になった。ここに戦局は一つの転換を迎える。

印象的なのは、旅順が落ちた後、児玉源太郎が乃木大将に詩会をしようと声をかけるシーンだ。ここで著者は、児玉の漢詩と乃木大将の詩を比べる。そして、詩才においては乃木のそれが児玉を遥かに凌駕していたことを指摘して乃木の株を上げる。その時に乃木が吟じたのが爾霊山の詩だ。

爾霊山嶮豈難攀
男子功名期克艱
鉄血覆山山形改
万人斉仰爾霊山

爾霊山という言葉は二〇三高地にかけた乃木大将の造語であり、「この言葉を選び出した乃木の詩才はもはや神韻を帯びているといってもよかった」(148P)と著者は最大の賛辞を寄せている。
著者がここで言いたいのは、人の才とは適所を得てこそ、という事に尽きる。
乃木大将の才能は戦にはない。けれども、人格や詩才にこそ、将軍の才として後世に伝えられるべきだといいたいかのようだ。
著者は旅順戦については第三軍をこっぴどく非難している。だが、それは直ちに乃木大将の人格を否定するものではない、という事を強調したかったのだろう。

旅順艦隊はほぼ撃滅され、残討処理は第三軍に任された。そして、連合艦隊も旅順艦隊の監視をせずに良くなり、佐世保で修理に入る。
旅順要塞は、旅順艦隊が掃討された後も激烈な抵抗を繰り返す。だが、ついにステッセル将軍の戦意は萎え、日本に降伏を申し出る。
二〇三高地は落ちても、それがすぐ旅順戦の終結にならなかったことは覚えておきたい。

一方、バルチック艦隊はバルト海を出航した。だが、その航海は前代未聞の長大なものであり、苦難に満ちていた。
北海では日本の艦船と勘違いしてイギリス漁船を砲撃し、英露間に戦争を起こす寸前の事態を招いている。
つまり、航海のはじめからバルチック艦隊の士気は低く、あまり意気揚々とした航海ではなかった。司令長官のロジェストウェンスキーは水兵や将官に厳しくあたり、人を容易に信じない人物として描かれる。
四巻から描かれた航海の描写ではアフリカ沿岸を南下し、マダガスカルに行くところまでが描かれる。

本書では、日本と同盟を結ぶイギリスの妨害が日本に有利に働く。露仏同盟を結んでいるはずのフランスも、イギリスからの圧力でバルチック艦隊に港を提供することを渋る。
折しも、極東でロシアが敗北を繰り返す報が入り、バルチック艦隊の前途を危うくする。
そんな中で航海を続けたことの方が大変なこと。むしろ今では、バルチック艦隊は日本海海戦で全滅したことを嘲られるより、無事に航海を成し遂げた偉業が讃えられているぐらいだ。

ステッセル将軍は降伏時の会見で乃木将軍の態度に感銘を受ける。
そうした場での所作の一つ一つが絵になり、また感銘を与える。それが乃木将軍の良い点だ。
乃木将軍に限らず、本書に主に登場する人物の多くは、戊辰戦争の時代を知る人々だ。
乃木、大山、山本、東郷、小村。
本書の主人公は秋山兄弟と正岡子規であるが、彼らではなく、維新の風を知る人物が脇を固めることで、本書で描かれる明治の様相は層が厚く、説得力も増す。

一方のロシアは、相変わらず官僚的な発想が幅を利かせ、軍に弊害をもたらす。
クロパトキンとグリッペンベルクの争いもその一つだ。
日本は秋山騎兵団が背後を撹乱し、戦線を維持している。が、ロシアの全軍が乱れず総力をあげられれば突破されてしまう薄さしかない。ところがロシアの軍を率いる二人の意見が衝突し、さらに官僚の保身が邪魔して、意思の統一が図れない。この点も日本にとっての僥倖だった。

‘2018/12/14-2018/12/17


坂の上の雲(四)


本書では日露戦争の最初の山場が描かれる。それは黄海海戦と沙河会戦、そして遼陽会戦だ。

黄海海戦は、ロシアの旅順艦隊にとって惨々たる結果となった。もちろん日本にとっても。
それまでは旅順港外での小規模な戦いや機雷の敷設の応酬があったとはいえ、戦いというよりも小競り合いと呼んだ方がよいぐらい。小手調べのような争いに終始していた。

それは旅順艦隊がロシア本国の皇帝の命令に縛られていたからである。その命令とは、ウラジオストクへ向かえという意図のはっきりしないもの。そこに極東総督のアレクセーエフが抱く、やがてやって来るはずのバルチック艦隊が極東に来るまでは艦隊を温存しておきたいとの思惑が絡み、旅順艦隊司令長官のウィトゲフトから決断力を奪っていた。

三巻ではそうした帝政ロシアにはびこっていた官僚主義の弊害に触れている。
ヴィッテがロシア満州軍総司令官のクロパトキンに進言していたのは、アクレセーエフを早めに追放すること。指揮と命令の系統が硬直した官僚主義は、ロシアにとっては不幸な結末の原因となったが、日本にとっては幾たびも幸運な結果をもたらす。

しかし、機が熟したと判断したウィトゲフトは、ついにウラジオストクへ艦隊を出航させる。そしてそれを防ごうとした日本の艦隊との間で砲火を交える。黄海海戦だ。
著者の筆は、この海戦の一部始終を語る。本書の巻末にも黄海海戦の動きが図解されている。
この海戦で威力を発揮したのは、日本の砲弾に詰められた下瀬火薬だ。下瀬火薬は貫通力には乏しい。だが、当たると高熱の火災を生じさせる。その火災は、甲板の非金属部分や乗員に甚大な被害を与える。
下瀬火薬によって旅順艦隊は指揮系統が乱された上に、三笠の放った十二インチ砲弾が旅順艦隊旗艦のツェザレウィッチの司令塔に命中し、ウィトゲフトや操舵員を消し去る。著者はこの砲弾を「運命の一弾」と名付けている。また、後年になっても黄海海戦で勝てる見込みはわずかしか持っていなかったという秋山真之も「怪弾」と呼んでいる。この一弾が戦局に決定的な役割を果たす。黄海海戦のみならず日露戦争にも影響を与えた一撃だった
といえよう。

沈没はしなかったものの、コントロールが効かず漂い始めたツェザレウィッチは、かえって他の旅順艦隊の動きを乱す。旅順艦隊のそれぞれの戦艦は、下瀬火薬によって甲板上をさんざんに痛めつけられながら、あちこちの港に逃げ込む。逃げこんだ先が中立国の港であった場合は武装解除され、別の港に逃げ込めたとしても戦艦として二度と使えなくなる。ウラジオストクから出撃してきたウラジオ艦隊も日本の連合艦隊から戦艦として使えなくなるほどの打撃を受ける。
そうして黄海海戦は日本の勝利が確定した。旅順艦隊の一部は旅順に逃げ帰り、再び旅順港に籠ってしまう。

続いては陸軍の戦いだ。遼陽の会戦。それは、近代日本が戦った初の大会戦。
ロシア軍はシベリア鉄道を活用して物資も要員も潤沢に供給できる。対する日本は弾薬の使用量の見込みが信じられないほど甘く、常に戦闘員と砲弾と物資の残りを心配しながらの戦う羽目に陥る。

この戦いで運命を分けたのは、秋山好古の率いる騎兵だ。敵の後方で躍動し、それがクロパトキンの判断を散乱させたことが、戦局の流れを変えた。そして第一軍の黒木大将が敵将のクロパトキンの目をかすめ、太子河の渡河に成功したことも結果に大きな影響を与えた。

本書の全体に通じるのは、情報が不便だった時代だからこそ、情報を得られなかった側が負ける教訓だ。
通常であればどの戦いもロシアが圧倒的に有利であるはず。なのに、一瞬の判断が勝敗を分けている。ロシアは情報が不足することで疑心暗鬼となる。対する日本は遮二無二の攻めダルマを貫いてロシアを押し切ってしまう。

それは沙河会戦でも同じ。もはや砲弾の不足は異常な状態。本書の記述を読んでいると、日本は砲弾がないのにどうやって勝ったのか疑問に思えるほどだ。
実は日本の勝利とは、薄氷を踏むような奇跡が繰り返し起こり、その積み重ねで勝ったことを著者は繰り消し語る。

遼陽会戦と沙河会戦は、まだ児玉源太郎の立てた入念な計画があったからまだ勝てる見込みが少しはあった。
だが、旅順攻略戦を担当する第三軍の場合、作戦も何もなく、ただ人海戦術で押すしかない稚拙なものであった。
乃木大将は後世、神に祀られた人だ。人物の魅力を高く備え、その魅力によって人々を惹きつけ、将たる威厳を持っていたという。そのカリスマ性は兵を死ぬための突撃に向かわせる力となった。
ところが、乃木大将は戦が上手ではない。そして乃木将軍を補佐すべき参謀がこれまた頑固な人海戦術しか知らない伊知地孝介だったことが第三軍の不幸だった。一度決めた方針に固執し、客観的になれず、人に意見を聞く謙虚さもない日本人の悪い点を体現したような人物。著者はとにかくこの伊知地参謀をけなしにけなす。その描写は全ての日本の悪徳を一身に背負ったかのようだ。

いく度も要塞に突撃を敢行しては、掘に日本兵の死体を埋めてゆく。そして何の工夫もなく、大本営に人員と弾薬の補給をひたすら要請する。

旅順要塞を攻略しないことには港内に閉じこもった旅順艦隊は動かせない。そして旅順艦隊を生き延びさせていると、やがてやって来るバルチック艦隊と合流し、日本の連合艦隊が勝てないほどの戦力となる。旅順要塞を落とし、そこに守られている旅順艦隊を一掃しなければ日本の勝利はない。第三軍に日本の運命が託されているのだ。

焦る児玉源太郎。
彼が朝日を毎朝拝むようになったのもゆえなきことではない。
江ノ島には児玉源太郎を祀る神社がある。後世、神になった彼にして、祈るしかなかったのが日露戦争の現実だった。

戦争の結末を知っているのに、スリルに満ちた物語に引き込まれてゆく。

‘2018/12/13-2018/12/14


坂の上の雲(三)


ロシアの南下の圧力は、日本の政府や軍に改革を促す。
そんな海軍の中で異彩を放ちつつあったのが秋山真之だ。彼は一心不乱に戦術の研究に励んだ。米西戦争の観戦でアメリカに行っていた間もたゆまずに。つちかった見識の一端は米西戦争のレポートという形で上層部の目にとまり、彼は海軍大学校の戦術教官に抜擢される。

そんな真之が子規に会ったのは子規の死の一カ月前のこと。
子規は死を受け入れ、苦痛に呻きながらもなお俳句と短歌革新の意志を捨てずにいた。
その激烈な意志は、たとえ寝たままであっても戦う男のそれだ。

本書はこの後、日露戦争に入ってゆく。そこで秋山兄弟は、文字通り日本を救う活躍を示して行く。
日露戦争は本書の中で大きな割合を占めており、秋山兄弟もそこで存在感を発揮する。では、三巻で退場してしまう子規とは、本書にとって何だったのか。

まず言えるのは、秋山兄弟と同じ時代の同郷であったことだろう。
賊軍の汚名を着た松山藩から、明治を代表する人物として飛躍したのがこの三人だったこと。
それは、薩長土肥だけが幅を利かせたと思われがちな明治の日本にも骨のある人物がいた表れだ。
著者はこの三人に焦点を当てることで、不利な立場を努力で有利に変えた明治の意志を体現させたのだろう。

次に言えるのは、秋山真之という日本史上でも屈指の戦術家の若き日の友人が子規だったことだ。
秋山真之が神がかった作戦を示し、日本海軍を世界でも例を見ない大勝へと導く。
そのような人物がどうやって育ったかを描くにあたり、正岡子規の存在を抜きにしては語れない。
正岡子規に感化され、文学を志した秋山真之が、軍人としての道を選ぶ。その生き方の変化は正岡子規との交流を描いてこそ、より幅が出てくるはずだ。

最後に言えるのは、本書が書き出したいのが明治という時代の精神ということだ。
果たして明治とは何だったのか。それを表すのに子規の革新を志し続けた精神が欠かせない。そうとらえても間違いではないと思う。
今の世の私たちは、結果でしか明治をみない。だから封建の風潮に固まっていた江戸幕府が、どうやって近代化できたかという努力を軽く見てしまう。実はそこには旧弊を排する勇気と、逆境を顧みず、新しい風を吹かせようとする覚悟があったはずだ。
正岡子規の起こした俳諧と短歌の変革にはそれだけのインパクトがあり、明治が革新の自体であったことを示すのにふさわしい人物だった。

著者は子規が死んだ後、稿をあらためるにあたってこのような一文から書き出している。
「この小説をどう書こうかということを、まだ悩んでいる。」(39P)
つまり、三人を軸に書き始めた小説の鼎が欠けた。だから主人公以外の人物をも取り上げねばならない、という著者から読者への宣言だ。
ここで登場するのが山本権兵衛である。日本の海軍史を語る際、絶対に欠かせない人物だ。

山本権兵衛が西郷従道海軍大臣のもとで行った改革こそ、日本の海軍力を飛躍的に高めた。それに異論を唱える人はそういないだろう。
その結果、日清戦争では清の北洋艦隊をやすやすと破り、日露戦争にもその伝統が生かされ、世界を驚かせる大勝に結びついた。
本書は太平洋戦争で日本が破滅したことにも幾度も触れる。そして陸海両軍の精神の風土がどれほど違うかにも触れる。その差が生じた理由にはさまざまに挙げられるだろう。そして、山本権兵衛が戊辰戦争から軍にいた能力の足りない海軍軍人を大量に放逐した改革が、海軍の組織の質に大きく影響を与えたことは間違いない。

その結果、海軍からは旧い知識しか持たない軍人が一掃された。
それは操艦の練度につながり、最新の艦船の導入を可能にした。
日露戦争の直前には、舞鶴鎮守府長官の閑職に追いやられていた東郷平八郎を連合艦隊司令長官に抜擢したのも山本権兵衛だ。

山本権兵衛こそは海軍の建設者。それも世界でも類をみないほどの、と著者は賛美を惜しまない。
そして、それをなし得たのは西郷従道という大人物の後ろ盾があったからこそだ。
陸軍の大山巌も本書では何度も登場するが、維新当時を知る人物が重しになっていたことも日本にとって幸いだったことを著者は指摘する。

この時期、軍に対して発言力を持つ政治家は多くいた。元老である。
彼らは軍の視点だけでなく国際政治の視野も持ち、日本を導いていった。

その彼らが制御できなかったのが、ロシアの極東への野心だ。
野心はたぎらせているが、戦争の意志はないとうそぶくロシアと繰り広げる外交戦。年々きな臭くなってゆくシベリアと満州のロシア軍基地を視察の名目で堂々と巡回する秋山好古。本書では明石元二郎も登場し、諜報戦をロシアに仕掛けて行く。
ロシアが高をくくるのはもっともで、日本は日清戦争で戦費も底ををつき、軍隊も軍備もロシアのそれには到底届いていない。

戦時予算を国庫から出させるため、西郷従道と山本権兵衛は財界の大物澁澤栄一に訴える。どれだけロシアの脅威が迫っているか。日本の存亡がどれだけ危ういかを。その熱意は澁澤栄一や高橋是清を動かす。さらにユダヤ人を迫害する帝政ロシアへの脅威を感じたユダヤ人財閥からの寄付を受けることにも成功する。その後ろ盾を得て、法外な戦時予算を確保する。

明治三十七年二月十日。日本がロシアに宣戦布告した日だ。
ここから著者は日露戦争の描写に専念する。 旅順港を封鎖し、ロシアが誇る旅順艦隊を港に釘付けにする。その間、陸軍は遼東半島や朝鮮半島経由で悠々と大陸に首尾よく渡る。
そして封鎖されたことに業を煮やした旅順艦隊に対し、さらに機雷を敷設し、輸送艦を沈めることで牽制を怠らない。
そそうした必死の工作の中、秋山真之の友人である広瀬中佐は海に消え、ロシア軍の司令官は機雷の爆発で命をおとす。連合艦隊もロシアに設置しか返された機雷によって二隻が沈没の憂き目にあう。

そうした駆け引きの間、決して喜怒哀楽を表さず平静かつ沈着であり続けたのが東郷司令長官だ。
最初は無名の軍人として軍の中でもその就任を危ぶむ者が多かった。だが、その将としての才を徐々に発揮して行く。

撃沈された二隻の戦艦が、軍費の乏しい日本にとってどれほど致命的だったか。
そうした苦境にもかかわらず、平静であり続けることのすごみ。
日本海海戦は東郷平八郎を生ける軍神に祭り上げたが、すでに戦いの前から東郷平八郎がカリスマを発揮していたことを著者は描写する。

‘2018/12/11-2018/12/12


坂の上の雲(二)


本書では日清戦争から米西戦争にかけての時期を描いている。その時期、日本と世界の国際関係は大いに揺れていた。
子規は喀血した身を癒やすため愛媛で静養したのち、小康状態になったので東京に戻った。だが、松山藩の奨学金給付機関である常盤会を追放されてしまう。
それは、短歌・俳句にうつつをぬかす子規への風当たりが限界を超えたから。

そんな子規の境遇を救ったのが、子規が生涯、恩人として感謝し続けた陸羯南だ。
羯南は子規を自分の新聞社「日本」の社員として雇い入れ、生活の道を用意する。それだけではなく、自らの家の隣に家まで用意してやる。
その恩を得て、子規は俳諧の革新に邁進する。
本書には随所で子規の主張が出てくる。そこではどのように子規が俳諧と短歌の問題を認識し、どう変えようとしたのかがとても分かりやすく紹介されている。

著者は日清戦争がなぜ起きたのかについて分析を重ねる。
日清戦争の勃発に至るまでにはさまざまな理由はある。だが、結局は朝鮮の地政が原因で日中の勢力の奪い合いが起こったというのが著者の見る原因だ。
そこに日本も清国も朝鮮も悪い国はない。ただ時代の流れがそういう対立を産んだとしかいえない。その歴史を著者はさまざまな視点から分析する。

本書には一人の外交官が登場する。小村寿太郎。
日露戦争の幕引きとなるポーツマス条約の全権として、本書の全編に何度か登場する人物だ。
彼の向こう気の強さと努力の跡が本書では描かれる。
そして日本の中国駐在公使代理として着任した小村寿太郎の立場と、朝鮮をめぐる日本と清の綱引きを描く。さらには虎視眈々と朝鮮を狙うロシアの野望を絡めつつ、著者は歴史を進めて行く。

そうした人々の思惑を載せた歴史の必然は、ある時点で一つの方向へと集約され、戦いの火蓋は切られる。
秋山兄弟はそれぞれ陸と海で任務を遂行する。そして本書を通して重要な役割を果たす東郷平八郎は浪速艦長として役割を果たす。

そうした軍人たちに比べ、伊藤博文の消極的な様子はどうだろう。
伊藤博文は、初代の朝鮮統監であり、後年ハルビンで暗殺されたことから、国外からは日本の対外進出を先導した人物のように思われている。だが、実は国際関係には相当に慎重な人物だったことが本書で分かる。
日清戦争の直接のきっかけとなった朝鮮への出兵も、伊藤博文が反対するだろうから、と川上操六参謀次長が独断で人数を増員して進めたのが実際だという。

日清戦争の戦局は、終始、日本の有利に進む。
清国の誇る北洋艦隊は軍隊の訓練度が足りず、操艦一つをとっても日本とは歴然とした差がある。
また、全ての指図が現場の指揮官では判断できず、その都度、北京に伺いを立ててからではないと実行できない。
両国の士気の差は戦う前から明らかであり、そんな中で行われた黄海海戦では日本は圧勝する。そして陸軍は朝鮮半島を進む。さらに旅順要塞はわずか一日で陥ちる。

こうした描写からは、戦争の悲壮さが見えてこない。それは清国の兵に何が何でも国を守るとの気概が見えないからだと著者は喝破する。同時に著者は、満州族を頭にいただく漢民族の愛国意識の欠如を指摘する。だからこそ、日清戦争の期間中、日本と清国の間には膨大な惨禍もおきなければ、激闘も起こらなかったのだろう。

そうした呑気な戦局を遊山気分で見にいこうとしたのが、当時、結核の予後で鬱々とした子規だ。彼はなんとか外の世界を見ようと、特派員の名目で清国の戦場へと向かおうとする。
彼が向かおうとしたタイミングは幸いと言うべきか、ほぼ戦争の帰趨が定まり、戦火も治まりつつある時期だ。
ところが彼は、陸羯南をはじめとした人々が体調を理由に反対したにも関わらず、渡航を強行したことでついに倒れる。それ以降、子規が病床から出ることはなかった。脊椎カリエスという宿痾に侵されたことによって。

そうした子規の行動は、見方によっては呑気に映る。だが、その行動は別の視点からみれば、明治の世にあって激しく自分の生を生きようとした子規の心意気と積極的にとらえることも可能だ。

威海衛の戦いでは海軍が圧勝し、日清戦争は幕を閉じる。それを見届けて真之はアメリカにゆき、米西戦争を観戦する。
そこで彼が得た知見は後年の日露戦争で存分に生かされる。
その知見とは、例えば、港に敵艦隊を閉じ込めるため、わざと船を港の入り口に沈める作戦を見たことだ。
また、米西戦争の観戦レポートの出来栄えがあまりに見事で、それが真之を上層部に取り立てられるきっかけになる。

そうしているうちに、事態は独仏露による三国干渉へと至る。
三国干渉とは、日本が清国から賠償で受け取った遼東半島を清国へと返却するよう求めた事件だ。そこには当然、ロシアの満州・朝鮮への野心がむき出しになっている。そのシーンで著者は、ロシアのヴィッテの嘆きを紹介する。
ヴィッテ曰く、ロシアの没落は三国干渉によって始まったとのことだ。ヴィッテ自身の持論によれば、ロシアはそこまで極東への野心を持ってはならないとのこと。だが、その思いはロシア皇帝ニコライ二世やその取り巻きには理解されず、それが嘆きとして残ったという。

なぜ、ロシアが極東に目を向け始めたのか。
そうした地理の条件からの説明を含め、著者は近世以降のロシアの歴史を説き起こしてゆく。そして、今に至るまでのロシアの状況を的確に彫りだしてゆく。
それによれば、西洋の進歩に乗り遅れた劣等感がロシアにはあった。当時のロシアは、社会に制度が整っていないこと。官僚主義が強いこと。そして、政府の専制の度合いが他国に比べて厳しいこと。さらに、不凍港を求めるあまり、極東へ進出したいというあからさまな野心が見えていること。最後に、ニコライ二世が、訪日時に津田三蔵巡査によって殺されかけたことから、日本を野蛮な猿として軽んじていたこと、などを語っていく。

そうして、日本とロシアの間に戦いの予感が漂っていく。そんな緊迫した中、意外なことにロシアは日本との戦いを予想していなかったという。それはロシアにとってみれば、日本の国力があまりにも小さいため、どれだけロシアが極東に圧力をかけようとも、日本がロシアに戦争を挑むはずがない、と高をくくっていたからだ。もちろん、歴史が語るとおり、日本は世界中の予想を跳ね返してロシアに戦いを挑むわけだが。

当時の日本がどれだけ世界の中で認識されていなかったか。そしてどれだけ侮られていたか。それなのに、日本にとってはどれだけロシアの圧力が国の存亡をかけたものととらえられていたか。風雲は急を告げる中、著者は次の巻へと読者をいざなう。

‘2018/12/7-2018/12/11


坂の上の雲(一)


海上自衛隊の横須賀地方総監部の見学に訪れたのは2017年の秋のこと。
その時、護衛艦「たかなみ」に乗船させていただいたが、たかなみに乗るまでの時間が空いてしまい、先に「三笠」見学に訪れた。

三笠公園は、横須賀地方総監部から30分ほど歩いた場所にある。海に面した風光明媚な公園は海に面し、岸壁には「三笠」が停泊している。
岸壁には平らかな広場が設えられている。丸く形どられた池には噴水が吹き出し、その池の中央には三笠を背後にした東郷平八郎元帥の銅像が遠くを見据えている。

私にとって初めての三笠。
艦内は思ったより広く、そして現役当時を思わせる雰囲気が保たれていた。
甲板には巨大な鎖が無造作にさらされ、その先は海へと消えている。

その時、ご一緒した方より聞かれたのが「「坂の上の雲」読みました?」だった。私は恥じらう気持ちと共に「まだ読んだことがないんですよ~」と返した。
そして、三笠の甲板や操舵輪や艦長室を存分に堪能する間、私の心にわだかまっていたのは、自分がまだ明治を描いた本書を読んでいないことだった。
読者家を称していながら、まだ本書を読んでいない事実に気づかされたのが、この時の会話だった。

もう一つ、私に本書を読まねばと思わせたのは、東郷元帥記念公園の存在だ。
当時、私が半常駐していた職場の近所の東郷元帥記念公園によく散歩に訪れていた。
公園に残されたライオン像と給水塔の遺物だけがかつての旧宅の広壮さの名残を今に伝えている。
この公園には本当に何度も訪れており、私は東郷元帥には何かとご縁があったのだろう。

私が「坂の上の雲」を読み始めるのも時間の問題だったに違いない。
2018年も後半になり、意を決して読みはじめた。

もっとも、読む前から本書の内容はおぼろげには知っていた。
秋山兄弟と正岡子規を軸に据え、勃興する明治日本の時代の空気を描く。そんな認識だった。

その第一巻である本書では、三人の生い立ちを語る。
伊予松山での日々。それは、戊辰戦争で新政府軍に抗した賊軍としての汚名との戦いだった。
その汚名は、伊予の若者から栄達の道を奪う。
未来の希望が喪われた有為の若者にとって、政府高官の道は選択肢にない。軍隊に入るか、学問で生きるしか、身を立てる術はなかった。

秋山兄弟は、そうしたタガを破ろうと、迷える青年期を送る。そして正岡子規も身を立てる道を文学に求める。
一巻である本書は、彼らの若さと野心が充満している。

彼らの心を支えていたのは、時代の空気もあった。
封建の時代が去り、次なる未来へ駆け上がろうとする明治日本の勃興。
それは賊軍とされた伊予松山でも同じだ。
人々は枠にはまらず、自由でありながら、日本人としての矜持を持っていた。

明治とは、日本人の一人一人が自身の生き方を真剣に悩み、日本のこれからを真摯に考えていた時代でもある。
そして、封建の時代から新時代に切り替わるにあたり、仕組みが整っていないため、なろうと思えば、身を立てられる時代でもあった。

正岡子規は、秋山真之とともに、松山中学を首尾良く中退する。そして上京して一高に入学し、栄達への足掛かりを掴む。
しかし、一高に入学したはよいが、文学に熱中してしまう。
哲学を論じ、人はどう生きるかに頭を悩ませる子規。
その姿は、国家建設の理想に燃えていた一部の学生にとっては看過できない振る舞い。一高の学生でありながら文学にうつつを抜かすとは何事か、と糾弾される。

さらに秋山兄弟の兄、好古は一足先に陸軍に入る。
一高での肩身の狭さや、兄に学費を負担してもらっている引け目もあり、真之も海軍へと進路を変更する。それは、一緒に文学を極めようと誓った仲の正岡子規を裏切ることでもある。
真之はここで自らの資質を要領が良すぎることと見極めている。試験にも勉強せずにヤマを張って臨み、そのヤマを見事に当てて高得点を取る。
文学に惹かれながらも、自らの容量の良さを生かす場を違う世界に求める。この点は重要だ。

本書で描かれる真之は要領も良いが、向こう気の強い人間だ。
そんな真之が唯一頭が上がらない人物。それが、兄の好古だ。その兄が陸軍に入ったため、同じ軍でも兄とは違って海軍に目を向けたことも見逃せない。

もちろん、真之のその選択は、将来の日本を救うことになる。日本海海戦の勝利として。そのことを読者の私たちは知っている。そして、著者も読者がそれを承知していることを前提の上で本書をつむいでゆく。

本書で見逃してはならないのは、好古の欧行のエピソードだ。
好古の留学先は、明治の陸軍が模範としたドイツではなくフランス。
それは陸軍の教育方針では見えない視点を好古に与え、後年、黒溝台や奉天で好古が騎兵を率いて活躍する素地となる。
本書ではドイツから招いたメッケルがどれだけ日本陸軍に影響を与えたかについても触れている。
その事実とあわせて読むと、好古の後年の日露戦争での活躍がより深みをともなって理解できる。

また、子規が喀血する場面も本書に登場する。野球に熱中した少年が味わった初めての蹉跌。
真之たちと歩いて江ノ島まで行ったほどの男が、旅に疲れた結果、喀血を友とする悲哀。
海軍兵学校に入った真之は学校が江田島に移ったこともあり、松山に帰り、病床の子規を見舞う。
軍人としての道を進む真之と病床に臥す子規の対比。これが本書に複雑な味わいを与えている。

もちろん、病床で諦めなかったことが、子規の名前を不朽にした。そして秋山兄弟もそれぞれの経験を積み、後年の名声の基礎を培っている。
彼らの名が後世に輝かしく伝わっているのはなぜか。そうした彼らの青年期のエピソードこそ、本書のかなめだ。

読者は、本書で描かれる日本の歴史を知っている。結果を知った上で、なおかつわくわくしながら読める。
それこそが、本書の魅力でもある。

‘2018/12/5-2018/12/7


この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡


恥ずかしながら、私は本書を読む半年前まで根本博中将のことを知らなかった。
根本博中将とは、本書の主人公である。
しかも私は、根本博中将が晩年、私の家の近くに住んでいたことも知らずにいた。
私が根本博中将のことを初めて知ったのは、町田市が発行している「まちびと」というグラフ誌だ。2018年7月号の「まちびと」では、根本博中将が見開きで特集されていた。
https://www.city.machida.tokyo.jp/community/shimin/katsudou/machibito/machibito201807.html

「まちびと」では、根本中将の業績として終戦時の駐蒙軍司令官としてソ連の侵攻を退け、開拓民の多くを無事日本に帰還させたことが紹介されている。
だが、根本中将が国共内戦で台湾に追い詰められた国民党のために単身駆けつけたことや、台湾を共産党の支配から逃れるきっかけとなった古寧頭戦役の勝利が、根本中将の指揮にあることはほとんど触れていない。
ただ、本書の画像がキャプションとともに載せられ、根本中将が台湾の今にとって重要な役割を果たしたことが少しだけ紹介されるのみ。

本書が大きく取り上げるのは、その台湾での事績だ。
根本中将は台湾にとって何をした人物なのか。そしてなぜ、そのことが後世に伝わっていないのか。

本書の扉には、一対の花瓶の写真が載っている。一つは台北の中正紀念堂に展示されているもの。もう一つは蒋介石から根本中将にお礼として送られたという。その花瓶は日本のどこかにあるはずだ。だがそれが今、どこにあるかは著者は明かさない。
「根本に贈られたその花瓶は、六十年近くを経た現在も、ある場所に大事に保管されている。」(220p)。
この花瓶は全部で三対あったという。一対はイギリスに、もう一対は日本の皇室に、残りの一対の片方は蒋介石が持ち、もう片方は根本中将に贈ったという。
そこからも台湾がどれほどの感謝を根本中将に感じたのかが伺える。

そこまでの感謝を受けた理由。それこそ、根本中将が台湾に対して貢献した行いである。
今、台湾の地図を見ると、台湾の国土は中国大陸からすぐそばの金門島も含んでいる。そのため、台湾海峡のほとんど全ては台湾の内海にあたる。
国共内戦の最後の戦いはここ金門島で行われた。それまで連戦連敗で押されっぱなしだった国民党軍がようやく一矢をむくい、共産党軍を押し返した。それによって今に至るまで台湾には共産党の統治は及んでいない。
その記念すべき古寧頭戦役と呼ばれる戦いで、根本中将は中国人に名を変え、個人として顧問として戦いを指導したのだという。

その戦いは国共内戦の決着をつけたもので、それ以来、現代に至るまで台湾は独立を維持し続けている。
根本中将の働きがなければ、金門島どころか台湾すら共産党に飲み込まれていた可能性が高い。
それを知っていたからこそ、蒋介石は根本中将に最高の友人にしか送らない花瓶を送ったのだ。
一方、国民党としては台湾統治の正統性を主張するため、対外的には根本中将の存在を明かさずにいた。そのため、今も公的には根本中将が台湾を救った業績は掲げられていない。

本書を読む前後に私は二回、台湾へと行った。読む前に行った際は時間の都合で中正紀念堂の地下の展示室にはいかれずじまいだった。
なので、本書を読んでから八カ月ほどして、中正紀念堂の展示室に行き、その花瓶を見てきた。その花瓶の説明にもその他の蒋介石の業績をたたえる展示のどこにも根本中将の名前は出てこない。

それは、根本中将が台湾に渡る際、私人の資格で、しかも密航して行ったことにも関係している。国と国の間の契約や公的な要請もなく、全くの個人の意思で向かった台湾。だからこそ、記録にも残っていないし、台湾政府としても日本人に力を借りたことを大っぴらにしたくない。
根本中将もあまり自らの業績を吹聴せずにいたため、本書で明かされるまではほぼ歴史から忘れられかかっていた。

本書ではそうした根本中将の業績が著者によって再現される。
構成には工夫が施されており、各章ではそれぞれ違う時代、違う場所を描いているが、著者はきっちり書き分けており、読者が混乱する心配はないはずだ。

本書は以下のような構成となっている。
はじめに
プロローグ
第一章 密航船
第二章 内蒙古「奇跡の脱出」
第三章 わが屍を野に曝さん
第四章 辿り着いた台湾
第五章 蒋介石との対面
第六章 緊迫する金門島
第七章 古寧頭の戦い
第八章 貶められる名誉
第九章 釣竿を担いだ帰国
第十章 武人の死
第十一章 かき消された歴史
第十二章 浮かび上がる真実
第十三章 日本人伝説
エピローグ
おわりに

第十一章では、湯恩伯の功績が台湾の歴史から消された理由が書かれる。湯恩伯が日中戦争や国共内戦でいく度も惨敗を喫し、蒋介石から冷遇されたことも、根本中将の業績が忘れ去られた理由でもあるはずだ。

だが、それからかなりの年月がたち、根本中将の業績がにわかに脚光を浴びる機会があった。
エピローグでは、二〇〇九年春に金門島で催された「古寧頭戦役六十周年記念式典」が描かれる。そこで根本中将を台湾に呼び寄せるために多大な貢献をした人物の遺族が招待され、正式に古寧頭戦役で日本人が果たした役割に謝辞があったという。

「古寧頭戦役六十周年記念式典」の折、金門空港で国防部常務次長から記者のいる中で根本中将を台湾に連れて行くのに多大な貢献を果たした明石元紹氏と吉村勝行氏に対してこのような言葉を掛けたという。
「一九四九年、わが国が一番苦しかった時に、日本の友人である根本様と吉村様二人にしていただいたことを永遠に忘れることはできません。わが国には“雪中に炭を送る”という言葉があります。一番困った時に、お二人は、それをやってくれたのです。中華民国国防部を代表して心より御礼を申し上げ、敬意を表します」

さらに著者はおわりにで、もう一度根本中将を総括する。六十一名の情報提供者へのお礼を含めて。その氏名をみると、中国人と日本人が半分ほどだ。かなりの取材をされたことが理解できる。

今、私は日常的に鶴川駅を使っている。だが、すでに根本邸はない。そもそも駅の周囲には商業ビルが多く、民家自体が少ない。いまやマンションと商業ビルにとって変わられてしまった。
「父は、この家に帰ってくるのは初めてだったので、場所を駅員に聞いたそうです。当時の鶴川駅は木造で改札口も木で出来ていました。電車は二両で、四十分に一本しかありません。うちは駅から六軒目の家で、藁ぶきの屋根が終わって、初めての瓦の家がそうでした。駅員はうちを知っていますから、すぐに教えてくれたそうです。」(75p)
根本氏の家が果たしてどこにあったのか、気になるところだ。

おそらく、根本氏が蒋介石より贈られた花瓶の片方も、鶴川ではないどこかに大切に仕舞われていることだろう。
だが、たとえ鶴川から根本中将をしのぶよすがが失われたとしても、私のような台湾が好きな鶴川の住民として、根本氏のことは忘れずにいたいと思う。つい最近まで根本氏のことを知らなかった不明を詫びつつ。

‘2018/12/5-2018/12/5


ビジネスモデルの教科書 経営戦略を見る目と考える力を養う


独立してから13年半。法人化してから五期目を迎えるというのに、私はビジネスが不得手だ。少なくとも自分ではそう思っている。

多分それは、私自身がなんでも独りで学んできたからだろう。特定の師匠や先生、メンターを持たず、本を頼りに自分の力で学んできた。言い方を変えれば、ビジネスの中で出会ってきたあらゆる人から学び、教わり、盗み取ってきた。
いくら私が大学で商学部に所属し、マーケティングや経営を学んだとはいえ、それはあくまでも机上の理屈。実学ではない。
私がそうしたビジネスの知識や仕組みを学んだのは、自ら個人の事業に乗り出していく中で試行錯誤しながらだ。
その生き方はかっこいいのかもしれないが、正統に学んだ方に比べるとかなりの遠回りをしているはずだ。
未熟であるがゆえに、今までにたくさんの失敗をしてきたし、この人には足を向けて寝られないという人も何人かいる。

そういう失敗を振りかえる時、私の中の悔いが頭をもたげる。
弟子としてきちんと学んでおきたかったと思うこともある。

それは私の中でビジネスプロセスについての知識が弱いリスクとして影を落としている。
ビジネスの中で試行錯誤しながらつかんだ知識は固いが、未経験のビジネスモデルとなるとはなはだ弱い。
今までにしでかした数多くの失敗は、私にとって糧となっているとはいえ、失敗したことでご迷惑をかけてきたこともまた事実。

一方で、今まで自分の力だけでやってきた自負もある。
失敗を反省し、ビジネスの現場で犯した失敗は、反省し、学びに変えることで私の中に活きた知識として身についているはずだ。

だがここら辺で一度ビジネスモデルについてきちんと学んでおきたい、そろそろ実学の知識を身につけておきたい。そこで本書を手に取った。

弊社の場合、情報処理業界をベースに活動している。
情報処理業界もビジネスモデルに沿って営まれている。そこに慣習もある。だが、それは他の業界では通用しない。情報処理業界に特化したビジネスモデルに過ぎないはずだ。
だから本書に挙げられているようなさまざまなビジネスモデルについて、私の知識は薄い。
そしておそらく今後も弊社がITを主戦場にしている限り、その他のビジネスモデルを自在に操ることはないはずだ。

ただ、弊社はシステム構築を武器にして、あらゆる業界の顧客に対してシステムの提案をする事がミッションだ。という事は顧客が採用するビジネスモデルについても知っておかねばならない。

そこに結論が行き着いた以上、他のビジネスモデルについて無知である事は許されない。だから、本書のような入門書は読んでおかねばなるまい。

実際、紹介されているビジネスモデルは私の知っているあらゆるビジネスモデルを網羅していると思う。

結局、経済活動とはある物品や見えないけれど人のためになるサービスを扱う商いだ。原材料から加工し、次のお客様に商品やサービスとして提供する。
原材料から次の加工へのプロセスは、携わる人が身に付けたスキルによってどうにでも変わる。
消費者側は、加工された商品や物件やサービスを評価し購入する。
それは、その主体者が個人であろうと法人であろうと変わらない。

しかもそのプロセスにおいては、生産者と加工者と消費者と言うプレイヤーの構造であることも多い。そこが定まっている限り、ビジネスモデルの種類がそうそう増えることはないはずだ。

その流通経路は、時代の移り変わりによって左右される。
かつては行商人が足を使って商品を流通させていた。それが馬車になり、帆船になり、鉄道となり、トラックになり。今やインターネットの中で商談が完結し、ドローンが発送する時代になっている。
間に商品を集積する市場があったり、中間に関与する企業があったり、そうした中間物を省こうとネットワークに頼ろうとするビジネスがあったり。

それらが網羅されているのが本書だ。以下に引用した目次の通り、あらゆるビジネスが網羅されている。
各ビジネスモデルは整理され、それぞれの特徴が簡潔にまとめられている。

第二部では、実際のセブン-イレブンやYKKといった有名企業のビジネスモデルが紹介され、とてもイメージしやすくなっている。

こうしたモデルをよく理解することで、よりビジネスが進展することだろう。私の場合はとてもよく理解ができた。末尾に目次を引用しておく。
全体的に見てもよくまとまっており、お勧めの一冊だ。

序章
ビジネスモデル概論と本書の読み方

第一部 事業レベル編
第1章 顧客セグメント・顧客関係のビジネスモデル
  地域ドミナント
  クリームスキミング
  特定市場の支配
  グローバル化
  顧客ライフサイクルマネジメント
  顧客の購買代理
  プラットフォーム

第2章 提供価値のビジネスモデル
  ソリューション
  同質化
  アンバンドリング
  デファクトスタンダード
  ブルーオーシャン

第3章 価格/収入構造のビジネスモデル
  レーザーブレード
  フリー
  敵の収益源の破壊

第4章 ビジネスシステムのビジネスモデル
  チャネル関係性の利用
  ダイレクト
  サプライチェーン種別の変更
  機能外販
  リソース先制
  マクドナルド化
  提携先のレバレッジ
  強者連合

第5章 事業レベルのビジネスモデルのまとめ

第1部 コーポレートレベル編
第6章 コーポレートレベルのビジネスモデル集

‘2018/11/29-2018/12/4


僕が本当に若かった頃


老境に入った著者が過去の自分を思い返しつつ、そこから生まれた随想を文章にしたためる。
本書を一言で言い表すとこのようになる。

本書に収められた十の短編をレビューにまとめることは、正直言ってなかなか難解だ。

なぜなら、本編には、著者自身の人生を彩った出来事が登場し、著者の親族も登場し、そして著者が今までに発表した作品の登場人物が登場するからだ。

著者の代表作である『同時代ゲーム』はよく知られている。その世界観が著者が生まれ育った四国の山奥の村をモチーフとされていることも。
そうした作品に登場する人物は、著者の人生にも登場する人物でもある。そうした人物が本書にはあちこちで登場する。だから、著者の作品を読んでいないと読者には何のことか分からなくなってしまうのだ。

「火をめぐらす鳥」
この一編は、著者の生涯を持って生まれた息子との日々を描いている。
今や作曲家として著名な光氏と過ごした時間は、著者にどのような影響を与えたのか。
その一端が描かれる本編からは、光氏の存在が著者の作家活動に大きな影響を与えたことが見て取れる。

「「涙を流す人」の楡」
華やかな外交官との交流を語る内容が一転して、著者の育った四国の山奥の谷間の村の描写へと変わる。
その二者を繋ぐイメージがニレの木だ。楡を通して結びついた二つの世界。

その二つの世界の主人公である著者は時間によって隔てられている。
百戦錬磨の外交官との談論ができるようになった、と著者が感慨をもつ今。そして、四国の谷間の村の幼い頃の経験。
著者の育った谷間の村の狭いけれど豊かな世界が授けてくれたことは、著者の今と確かにつながっている。
その谷間の村の経験は、著者の作家活動にも大きな恵みをもたらしてくれた。そう著者は振り返る。

そしてそうした自分にさらなる成熟がもたらされたのも、外交官との交流があったからだと著者は述べる。
N大使の逝去に際して書かれたと思われる本編で、著者は今の自分の心で過去を再構成する。

それにしても著者の文章の読みにくさといったら!

「宇宙大の「雨の木」」
時間と空間をつらぬいて遍在する「不死の人」。
不死の人を小説に書きたいと願う著者が、文学の影響や好みを自由自在に語る。
三島由紀夫を批判し、フォークナーの作品世界を好む著者。
著者の探し求めるイメージの断片がさまざまに現れる。

“雨の木”は著者の作品でも登場する。
著者が想起する多様なシンボルが本編のように混交して現れることで、著者の小説の基本的なイメージが形をなしてゆく様子をうかがうことができる。

「夢の師匠」
谷間の村の「夢を読む人」と「夢を見る人」を見て育った著者の子供の頃の記憶。
彼らが戦争によって境遇を変えられてしまう様子は、著者に強い印象を刻む。
そのイメージを通し、続いての「治療塔」の構想へとまとまってゆくいきさつを記した一編だ。

平田篤胤全集の「仙童寅吉」の話と、ゲルショム・ショーレムの「ユダヤ神秘主義」に書かれた中世ヨーロッパの祈禱神秘主義をめぐる引用。
それらに刺激を受けたという著者がそれらを引用しつつ、SFへとイメージを広げてゆく。

「治療塔」
著者にとって珍しいと思われるSF作品。
筒井康隆氏と著者の交流は知られているが、本編は筒井氏の影響から生まれたのだろうか。
古い地球を見捨てる人類と、古い地球に留まり続ける人類。
新しい人類にならんとする人々は、治療塔で癒やされる。
著者にとって、人類や地球は理想の姿ではないだろう。ところが治療塔の概念は、人類が自ら根本的に成長を遂げることを諦めてしまっているかのようだ。
それは著者自身の諦めの表れなのだろうか。『治療塔』はまだ読んでいないので、機会があれば読んでみたいと思う。

「ベラックワの十年」
ダンテの「神曲」をモチーフにした著者の作品『懐かしい年への手紙』に登場させなかった道化者のべラックワ。

その姿を振り返りながら、自らの中の道化の部分や放埒さを思い起こそうとする一編だ。
本書の中では読みやすい部類に入る。

ノーベル賞を受賞し、難解と言われる作風のため、著者に近づきがたい印象を受けているのなら、本編で書かれた著者の姿から印象が変わるかもしれない。

「マルゴ公妃のかくしつきスカート」
性的に放縦だったとされるマルゴ公妃の生涯を振り返るテレビ番組をきっかけに、ある人物の放縦と性的な自由さを探ってゆく一編。

著者の思索の対象はマルゴ公妃だけではない。テレビ局のスタッフである篠君の言動も著者の興味を引く。その二人を通して、著者は人の自由さとは何かについて考えを深めてゆく。

著者にとって冒険とは文学的なそれに等しいと思う。だが、著者は自由で羽目を外した行いをする人物には見えない。きっと堅実だったと思う。動くよりも見る側の人。
その証拠に以下のような文章が登場する。
「事実、小説家は志賀、井伏といった例外的な「眼の人」をのぞいて、見る瞬間にではなく、文章を書き、書きなおしつつ、かつて見たものをなぞる過程でしだいに独特なものを作ってゆくのだ。」(202p)

「僕が本当に若かった頃」
著者が20歳の頃、家庭教師をしていた繁君。ひょんなことで繁君の消息がわかったことから、著者が当時のことを思い出し、つづってゆく一編。
まさに著者が若かった頃の話だ。

かつて著者の前から消息を絶った繁君に何が起こったのか。繁君はその理由を長文の手紙で知らせてくる。
本編に載っているその手紙は果たして著者の創作なのか。それとも繁くんの実際の手紙なのか。私にはわからない。

繁君の秘密が明かされてゆく様は本編は、ミステリーを読んでいる気分になる。

「茱萸の木の教え・序」
著者の故郷の四国から、孝子ことタカチャンの残した文書やその他の事績をまとめる段ボールが送られてきたことから始まる一編。
孝子とは、著者の従妹にあたる。起伏の多い人生を送った末、亡くなった。
著者の伯父がその一生をまとめたいと、作家である著者に託す意図で送ってきた資料の数々。

著者はタカチャンの思い出を振り返る。その中で著者は故郷で繁っていた茱萸の木に着目する。タカチャンの残した文の中でもいく度か取り上げられる茱萸の木。
伐採されてしまった茱萸の木に語りかけていたタカチャンの思いは何か。それを探りながら著者はタカチャンの一生をつづってゆく。

そうすることで著者なりに同時代を生きたタカチャンの鎮魂を果たそうとするかのように。

「著者から読者へ」
これは本書に収められた「僕が本当に若かった頃」を書いた著者から読者に向けての手紙の体裁をとっている。
著者にとっては「僕が本当に若かった頃」は、旅の疲れを癒やす作品でもあったようだ。

解説の井口時男氏の文章は、大江健三郎という巨大な作家の著作群の中で、本書が占める意味を克明に記している。
その中で本書のいくつかで登場した若い頃の著者=僕の出来事は、徹底的に言語化された「僕」というテキストになっていることが示される。つまり、本書は私小説ではないし、エッセイもどきの小説でもない。
本書は著者がその小説技法を存分に生かした巧妙な短編群なのだ。

‘2018/11/20-2018/11/28


この国の空


戦争を知らない私の世代は、わが国の空が敵機に蹂躙されていたことを実感できない。

もちろん、その事実は知っている。
上空を悠然と行きすぎるB29のことは文章で読んだことも写真で見たこともある。B29の編隊が発する禍々しい音すら録音で聞いたことがある。
だが、実際にその場にいなかった以上、その刹那の差し迫った気配は想像で補うしかない。

戦中の世相についても同じだ。
戦中の暮らしをつづった日記は何冊か読んだことがある。小説も。映画でも。
ところが、そこから実際の空気感を掴むことは難しい。
全ては情報をもとに脳内で想像するしかないのだ。

空襲警報が発令された際の切迫感。非国民と糾弾されないための緊張感。日本が負けるかもしれない危機感。そして日本は神国だから負けないと信ずる陶酔感。そのどれもが当時の空気を吸っていないと、味わえない。語ることもできない。

そうした雰囲気を知るには、むしろ戦地の切迫した危機感の方が分かりやすいのかもしれない。
飛び交う銃弾や破裂する地面。四散する戦友の肉体。映像の迫力は戦場の恐怖を再現する。たとえそれが表面的な視覚だけであっても。痛みも強烈なストレスもない架空の映像であっても。
もちろん、そうした戦争の悲惨さは、実際に体験するのと映画で安全な場所で傍観するのとは根本的に違う。それはわかっているつもりだ。
『プライベート・ライアン』の描写がどれだけ真に迫っていようとも、それは聴覚と視覚だけの問題。
私は戦場のことなど何も分かっていない。

だが、視覚だけでも曲がりなり分かったような気になれる戦場よりもさらに難しいのが銃後の生活の雰囲気の実感だ。

生活の雰囲気とは、実感するのが意外と難しい。今の現実ですら、文章や映像で表現しようとすると、とたんに曖昧な霧となってつかみ所が消える。
人々が生活しながら、さまざまな思惑を醸し出す。無数のそれが重なり合って時間が流れによってさまざまに移ろいゆく。そうしたものが重なり合って雰囲気は作り上げられてゆく。それは現場を生きていなければ、後から絶対に追体験できないものだ。

当時を生きた人々の日記に目を通すと、人々が案外自由に生きていたことに気づく。
国家総動員法や治安維持法、度重なる戦意亢進の標語で窮屈だっただろうし、市民の生活は統制され、重い空気が立ち込めていたことは事実だろう。だが、人々はささやかではあるが生活の合間に息抜きを見つけていた。
要領の良い人は物資を溜め込み、ひそかなぜいたくにふけることもできたようだ。本書にも婚礼のシーンが登場し、時節に似つかわしくない献立の豪華さに登場人物が鼻白む下りがある。

雰囲気を再現することは難しい。だが、事実は細部に宿る。
小説家はそうした当時の空気感を再現するため、作品を著す際は細かい描写を連ねてゆく。
本書もそうした難しい作業の積み重ねの上に築かれた作品だ。

普段の登場人物たちが生活する上での立ち居振る舞い。交わされる会話。そうした細かい部分が当時の空気感をどれだけ再現できるか。時代に配慮された文章が連なることで、小説の世界観に現実感が備わり、迫真度が増してゆく。

軍の言うがままの機関に成り下がった政府がとなえるスローガンも、庶民の家の中まで監視することはできない。大本営発表も、この国の空を飛びすぎる敵機を欺くことはできない。
市井に生きる人々は暗く窮屈な世相の中、家庭の中では本音や苦しさを出していた。

著者はそうした市井の会話を丹念に拾い集め、歴史の流れに消えていった戦時中の世相を明らかにしてゆく。
元より、本書に登場するのは時代を同じく生きた人々のうち、ほんの一部でしかない。
だが、配給や出征、空襲や窮乏生活は、当時の人々が等しく認識していた事実。あり、そうした事実をつなぎ合わせるだけで、当時の空気感の一端は窺える。

見落としてはならないのは、日々の生活が全く失われた訳ではなく、日常は続いていることだ。
日は上り、夜を迎え。ご近所付き合いはあり、いさかいも起きる。そして男女の間に情が交わる。
戦争中、そうした余裕がなくなるのは空襲や機銃掃射や艦砲射撃、または原爆投下に遭遇した場合だろう。だが、それ以外の時間は辛うじて日常が送れていたといってもよいだろう。

ただし、その日々にはどことなく高揚感のようなものも紛れ込んでいて、
それこそが銃後の生活の特徴と呼べるものかもしれない。その高揚感は、平和な時代の住人には理解しにくい。

本書でも19歳の里子と隣人の市毛は、惹かれ合う。市毛は、たまたま妻子を疎開させているだけの中年だというのに。
それは戦時中の高揚した雰囲気がそうさせるのだろう。
赤紙一枚で容易に人が銃後から戦地へと送られる現実。そうした危ういみらいも、人を普段とは違う選択に踏み切らせる。

だからこそ、戦争が終わり、空虚な安心感の中で、里子は現実に目覚めたかのように市毛に見切りをつける。平和になれば市毛の家族は疎開から戻ってくる。高揚感の失われた現実の生活とともに。

そうした雰囲気を著者はうまく描写している。著者は終戦を15歳で迎え、最も多感な時期を戦中に過ごしたわけだ。道理で本書の描写が説得力に満ちているわけだ。

’2018/11/17-2018/11/19

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地方消滅 東京一極集中が招く人口急減


わが国をめぐる問題を挙げろ、と問われて答えをいくつ思い浮かべられるだろうか。私はすぐに十以上は用意できると思う。
では、その問題の中ですぐに解決策が見いだしやすく、しかも今のわが国に悪い影響を及ぼしている問題を一つ挙げろと言われればどうだろう。
その場合、私は東京への一極集中を挙げる。

本書にも書かれている通り、都心への一極集中は地方から人を一掃し、消滅の危機に追いやっている。
そして、都心の機能は3.11の時に如実に現れたとおり、飽和の極みにある。このまま問題を放置しておけば悪い事態に陥るのは確実。
だが、一極集中への解決策は他の問題(国防、少子化、移民、地震、感染症、温暖化、宇宙からの災厄、人工知能、遺伝子)に比べるとまだ対策のしようがあると思う。少子化をのぞいた他の問題は日本だけでは難しいが、一極集中は国内でどうにかできる問題だからだ。

本書は、このまま手をこまねいていると896の都市が亡くなると危機感をはっきり表明している。そして、それに対してさまざまな打つ手を提示している。
元岩手県知事で総務大臣も務めた著者が提示する現状認識と処方箋は明確だ。白い表紙がおなじみの中公新書で、赤一色の本書の装丁は目立つ。内容もあいまって本書はベストセラーになったという。

だが、こうした危機が迫っているにもかかわらず、国が一極集中へ本腰を入れて対応しているとはとても思えない。それどころかマスコミもこの問題については口を閉ざしているように思える。
おそらく出版・マスコミ業界がもっとも一極集中の恩恵を受け、また、促進してきた当人だからだろう。

だが、新聞離れ、テレビ離れが叫ばれている今、もう既存のビジネスモデルに未来はないと思う。
インターネットは情報の価値を拡散し、都市でも都会でも情報が等しく受け取れるようにしてしまった。
今や、情報に関しては都会の優位性はなくなっている。あえて言うなら、ネットワーク越しよりも対面で会った時のほうが受け取れる情報は多いぐらいだろうか。

なぜ人は都会に出てきてしまうのか。
その理由は、従来から言われていた仕事があるかどうか、に尽きるのではないか。
戦前や戦後、農村から出稼ぎと称して多勢の人々が都会へと出てきた。それが戦後の高度経済成長につながった。そうした成功の体験を今も引きずっているのが日本ではないだろうか。
ネットワークがない時代、情報は都会が独占していた。都会にはチャンスがあり、金が流れていた。だから人々は集まってきた。都会だと仕事につける。地方にはないやりがいが都会にはある。そうした幻想がわが国をいまだに縛っている。

かつての私もそうだった。
兵庫の西宮に住んでいた私は、私が求めていた編集者には大阪ではなれないと思い、東京に出てきた。
もちろん、理由はそれだけではない。
当時、付き合っていた今の妻が東京に住んでいて、しかも歯科大学の病院に勤務していたため、動けなかったという理由もある。

私の場合、東京に出た理由はそれだけだ。東京に対する憧れはなかった。
家から自転車を漕いで1時間で大阪の梅田に行けた。そもそもファッションやビジネスに興味がなかった。
もし妻が仙台に住んでいて、私が望む仕事があれば仙台にだって向かっていたかもしれない。

そういう過去をもっている私だから、今の若者が地方から都会へと向かう理由も分かる。
当時の私と同じような動機だろうと察する。漠然とした都会に対する憧れで東京に出てきて、そして消耗してゆくのだろう。
その理由や幻滅はよくわかる。なので、私は今の若者たちを非難しようとは思わない。
それどころか、そうした若者に対して地方に仕事先が就職先が用意されていれば、都会に来なくてもよいのではないか、と提案したい。

今や、私が上京した頃と違い、ネットワークが日本の全土を覆っている。
仮に地方から都会に出てきたとしても、仕事が終わればスマホとにらめっこしているのであれば、都会に住む意味はないはずだ。稼げる仕事の有り無しの違いにすぎないので。

そして今、職種にもよるが、地方で仕事は可能だ。
私の仕事は情報系だが、ネット会議で大抵のことはケリがつく。仕事の発注から受注、納品までを一度も顧客と会わずに済ませたことも何度もある。

本稿をアップする二週間前には奈良の下北山村に行き、二泊三日でワーケーション体験をした。
コワーキングスペース「Shimokitayama Biyori」のWi-Fi環境が良かったのか、AWSのオンラインカンファレンスに参加し、東京で行われた顧客との会議にもオンラインで参加できた。

また、この体験で、田舎の暮らしはお金がかからないことも知った。そもそもお金を使う場所がないのだ。
都会には刺激的なものが多すぎる。そして、その刺激が仮にネット上のコンテンツで満たせるのであれば、地方でもそれは享受できる。

個人の性格にもよるが、私の場合、二週間に一度、東京や大阪に出られればそれで十分。それであれば地方でも働けるし暮らしていけるめどはついた。

だが、その体験をもってしても、本書の内容を読むにつけ危機感が募る。
本書には今後の人口予測と消滅可能性のある896の市町村のリストも付されている。
そこには当然、下北山村も含まれている。しかもこのリストによれば2010年の下北山村の人口は1000人を超えているが、先日訪れた時点ではWikipediaの情報では800人を割っていた。
日中でもほとんど車が通らない下北山村のメインストリートを思い出すにつけ、「消滅」の二文字が切実に迫ってくる。

本書では国による国家戦略の必要も記されている。
だが、今の国会ではモリ・カケ問題や桜を見る会やその他の大臣の失言の糾弾にばかり時間が空費されている。
そのような足をすくわれるようなことをしでかす与党にも失望させられるし、そうした問題をあげつらうばかりの野党にも期待が持てない。
党利党略や利益誘導より、国家の大計に取り組み、足元をしっかり固めて喫緊の課題に注力してほしいと思う。
マスコミももっともっとこの問題には発言してほしい。旅情を誘う番組もいいが、一極集中の問題の危機感を報道しないと何が報道機関か、と思う。

少子化の問題も本書は一章を割いて取り上げている。そして、都会の生きにくさが子作りの妨げになっていることは確実だ。
保育園落ちた日本死ね!!! のブログが反響を巻き起こしたことは記憶に新しい。これもまた、都会の生きづらさの顕著な例だと思う。
子育てをしながら働ける環境を。企業においてもそうした対策が求められていることは自明のことだ。
もし自社の利益を追求するモチベーションを自社の百年後の存続にあると考えているならば、少子化を甘く見るとそもそも会社のサービスの売り先が消え去っていますよ、と忠告したい。

本書にはさまざまな処方箋が載っている。それらの一つ一つはもっとも。
だが、実際に効果を上げうるかどうかはやってみてはじめて分かる点が多い。
だから二の足を踏むのではなく、今のうちに取り組まなねば間に合わないのだ。
本書には各地に人口流出のダムとなる地を作る対策を挙げている。
たとえば下北山村を例に挙げると、村の若者が外に出るのを防ぐのは難しいかもしれない。だが、その流出先が東京ではなく、熊野市や尾鷲市であれば下北山村にはすぐ戻れる。
そうしたダムになりうる都市を各地に育てていくべき、という提言には賛成だ。
ある程度の経済規模さえ確保してもらえれば、都会の人が地方で転職する際にもハードルは少ない。

本書では、そうしたモデルケースとして北海道を取り上げている。
今、日本で最も過疎化が進んだ地域と言えば北海道だろう。
私もあの原野の雰囲気は好きだが、それが将来の日本全土の景色と言われれば、言葉を失ってしまう。
北海道の中でも札幌だけがダムになりうるのではなく、函館、帯広、旭川、釧路といった都市をダムとして、それ以上の流出を食い止める。本書にはその事例が詳しく載っている。

それでは地域がどのようにして雇用を創出していけばよいか。
この課題は当然、考えられなければならない。今までにも議論は出し尽くされてきている。
本書には地域が活きる6モデルとして、産業誘致型、ベッドタウン型、学園都市型、コンパクトシティ型、公共財主導型、産業開発型が挙げられている。
どれもが可能性があるモデルだと思うが、地域によってどれを選ぶかは、地域の特性にもよるだろう。

本書は最後に増田氏と識者による三つの対談が載っている。
最初は藻谷浩介氏との対談。藻谷氏はかつて私もブログで取り上げた『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』の編者でもある。(a href=”https://www.akvabit.jp/%E9%87%8C%E5%B1%B1%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%AF%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86%E3%80%8D%E3%81%A7%E5%8B%95%E3%81%8F/” target=”_blank”>レビュー)
二人の結論もやはり今のままでは地方ばかりか日本も破綻するというもの。
さらにお二人は提言として東京に本社を置く必要の意味を問うている。アメリカではニューヨークに本社を置く企業は四分の一だが、日本の場合、七割が東京にあるという。

二つ目の対談は、小泉進次郎氏、須田善明氏と行っている。
小泉氏は政治家として著名だが、須田氏は宮城県女川町の町長であり、東日本大震災で被害にあった町の復興を担当している。
本稿をアップする今、小泉氏の株はかなり下がってしまった。だが、小泉氏が一極集中を問題として認識していることはこの対談でも述べられている。そして今も持ってくれているはずだと期待している。
結局、一極集中の解消を国家戦略として策定し、それを確実に遂行していかなければこの問題は解決しないと思う。
その戦略とは東京オリンピックや大阪万博ではない。地方を主役にしたイベントを誘致するといったことでもない。
たとえば、本社の機能を六大都市以外の都市に移した企業に対しては税務上の優遇措置を与えるとかの策でもあるし、いつの間にか誰も言及しなくなった遷都の問題を真剣に議論することでもある。

三つ目の対談は、慶応義塾大教授の樋口美雄氏と行っている。
6モデルに即した地方の生き残り策を提言しているが、それらを推進するためのリーダーの存在が指摘されている。
まったくその通りだと思う。本当であれば、地方から選出されたはずの国会議員が担うべきことだが、国政や党政を優先させることに汲々としている。

本書を読んで思うのは、考えるよりも実行の必要性だ。
もちろんそれは私や弊社にも当てはまる。
東京に登記し、東京に住んでいる私。働き方を変えることで朝夕の通勤ラッシュを一人分だけ解消させることができた。
ここ数年、地方でも講演する機会も増えてきた。ワーケーション体験に参加し、地方で働き、暮らす可能性も確信できた。
働き方改革を掲げるサイボウズ社のkintoneを担ぐことで、地方の方とのご縁は増えてきた。
そうした実践ができる立場にある弊社と私。だが、それが実体ある生活として地方に還元できているとはとてもいえない。
下北山村へ伺う契機となった紀伊半島はたらくくらすプロジェクトはカヤックLivingさんをはじめとした複数の企業が共同している。そうした取り組みがすでになされている今、私も弊社に協力できることはあるはず。

これから私や弊社に何ができるのか。これからも動いていかねばなるまい。

‘2018/11/13-2018/11/16


戦国大名北条氏 -合戦・外交・領国支配の実像


本書は手に入れた経緯がはっきりと思い出せる一冊だ。買った場所も思い出せるし、2015/1/31の昼はどこに行き、どういう行動をとったかも思い出せる。

その日、友人に誘われて小田原で開かれた嚶鳴フォーラムに参加した。
小田原といえば二宮尊徳翁がよく知られている。だが、二宮尊徳翁と同じ江戸期に活躍し、今に名を残す賢人たちは各地にいる。例えば上杉鷹山や細井平洲など。
そうした地域が産んだ賢人を顕彰しあい、勉強しあうのが嚶鳴フォーラムだ。

嚶鳴フォーラムが始まる前、私と友人は小田原城を訪れた。
というのも、フォーラムでは城下町としての小田原が整備されるにあたり、北条氏が果たした役割を振り返る講演があったためだ。講師である作家の伊東潤氏は、北条氏の五代の当主がなした治世を振り返り、その治が善政であったことを強調しておられた。

フォーラムで刺激を受けた帰り、小田原の観光案内所に立ち寄った。
そこで出会ったのが武将の出で立ちに身を包んだ男性。その方は学生で、その合間を縫って観光ガイドを勤めてらした。そしてとても歴史に造詣が深い方だった。
小田原に住み、北条氏を熱く語るその方からは、小田原における北条氏がどのようにとらえられているかを学ぶことができた。彼の熱い思いはわたしにもたくさん伝わったし、私の思う以上に小田原には北条氏の存在が強く刻まれていることも感じられた。
その彼の熱意に打たれ、案内所で購入したのが本書だ。

兵庫の西宮で育った私にとって、地元が誇る大名への思いをストレートに語れる彼はある意味でうらやましい。というのも、西宮に武将の影は薄いからだ。
西宮戎神社を擁する門前町であったためか、江戸時代の大部分を通して西宮は幕府の天領だった。
戸田氏や青山氏が一時期、西宮を領有したこともあったらしいし、さらにその前には池田氏や瓦林氏が統治していた時期もあったようだ。
だが、西宮で育った私には故郷の武将で思い浮かぶ人物はいない。

今、私は町田に20年近く住んでいる。そして、故郷にはいなかった武将の面影を求め、ここ数年、北条氏や小山田氏にゆかりのある地を訪れている。小机城や玉縄城、滝山城、関宿城など。もちろん小田原城や山中城も。
そうした城は今もよく遺構を伝えている。それはおそらく、北条氏が滅亡した後、関東を治めた徳川家が領民を慰撫するために北条氏の遺徳を否定しなかったためだろう。

嚶鳴フォーラムをきっかけとした今回の小田原訪問により、私は北条家の統治についてより強い関心を抱いた。

ところが、本書はなかなか読む機会がなかった。
購入した二年半後には次女と二人で小田原城を登り、博物館で北条家の治世に再び触れたというのに。
本書を手に取ったのは、それからさらに一年四カ月もたってから。
結局、買ってから三年半も積んだままに放置してしまった。

さて、本書は北条氏五代の治世を概観している。
初代早雲から、氏綱、氏康、氏政、氏直と続き、秀吉の小田原攻めで滅亡するまでの百年が描かれている。百年の歴史は、過酷な戦国時代を大名が生き延び、勢力を伸ばそうとする努力そのものだ。

関東に住んでいると、関東平野の広大さが体感できる。
広大な土地に点在する城を一つ一つ切り崩してゆきながら、領内の民衆を統治するために内政にも力を注ぐ北条家。その一方で武田家、上杉家、真田家、結城家、佐竹家、里見家と小競り合いを続け、少しずつ領土を広げていった。
その百年の統治は困難で安易には捨てられない努力がなくては語れないはず。だからこそ、北条氏は容易に秀吉の足下に屈しようとしなかったのだろう。その気持ちも理解できる。

歴史が好きな向きには、北条家が関東で成した合戦がいくつか思い浮かぶだろう。
小田原城奪取、八王子城攻防戦、河越夜戦、二回にわたって繰り広げられた国分台合戦など。
「のぼうの城」で知られる忍城の水攻めも忘れてはならないし、滝山城から多摩川を見下ろしながら、攻め寄せる上杉謙信の残像に思いをはせるのも良い。信玄の旗が掛けられた松の跡から見る三増峠の戦場も趣がある。落城間近の小田原城に思いを漂わせながら、秀吉の一夜城を想像すると時間はすぐに過ぎてゆく。
だが、本書は物語ではない。なのでそうした合戦をドラマティックに書くことはない。むしろ学術的な立ち位置を失わぬようにコンパクトな著述を心がけている。

ただ、史実を時系列に描くだけでは読者が退屈してしまう。そこで本書は、全五章の中で北条氏と周辺の大名との関係を軸に進める。

第一章は「北条早雲・氏綱の相模国平定」として基礎作りの時期を描いている。
今川氏の家臣の立場から伊豆を攻めとり、そこから相模へと侵攻して行く流れ。大森氏から小田原城を奪取し、小田原を拠点に三浦氏との抗争の果て、相模を統一するまでの日々や、武蔵への勢力拡張に進むまでを。

第二章では「北条氏康と上杉謙信」として両上杉氏の抗争の中、関東管領に就いた上杉謙信が数たび関東へ来襲し、それに対抗した北条氏康の統治が描かれる。
北条氏の関東支配はいく度も危機にさらされている。が、滝山城の攻防や小田原城包囲など上杉謙信が関東を蹂躙したこの時期がもっとも危機に瀕していたといえる。

第三章では「北条氏政と武田信玄」として武田信玄が小田原城を攻めた時期を取り上げている。
上杉謙信もいくどか関東への出兵を企てていたこの時期。北条家がもっとも戦に明け暮れた時期だといえる。農民からも徴兵しなければならないほどに。その分、内政にも力を入れた時期だと思われる。そして今川家、上杉家、武田家とは何度も同盟を結んでは破棄する外交の繰り返し。

第四章では「北条氏直と徳川家康・豊臣秀吉」として天下の大勢が定まりつつあった中、関東の雄として存在感を見せていた北条家に圧迫が加えられていく様子が描かれる。
名胡桃城をめぐる真田昌幸との抗争や、佐竹・結城氏との闘い。天下をほぼ手中におさめた豊臣秀吉にとって、落ち着く様子がない関東平野は目立っていたに違いない。何らかの手段で統治せねばならないことや、そのためにはその地を治める北条家と一戦を交えなければならないことも。

終章は「小田原合戦への道」と籠城を選択した北条氏が圧倒的な豊臣連合軍の前に降伏していくさまが描かれる。
敗戦の結果、氏政は切腹、氏直は高野山へ追放されるなど、各地に散り散りとなった北条家。
北条家を滅亡に追いやった小田原合戦こそ、戦国の最後を締めくくる戦いと呼んでもいいのではないか。
もちろん、戦国時代は大坂の役をもって終焉したことに異論はない。ただ、全国統一という道にあっては、小田原の戦いが一つの大きな道程になったことは間違いないと考えている。

小田原の戦いで敗れたことで関東の盟主が徳川家に移った。それなのに小田原においては徳川の名を聞くことはない。
400年たった今も、小田原の人々は北条家の統治に懐かしさを覚えているかのようだ。よほど優れた内政が行われていたのだろう。
この度、小田原の人々から北条家についての思いを伺ったことで、私は北条家の各城を巡ってみようとの思いを強くした。
もちろん本書を携えて。

‘2018/11/10-2018/11/12


日本列島七曲り


これこそ著者の毒がそこいらにまかれたスラップ・スティックの宝の山だ。

著者にかかればタブーなどどこ吹く風。性も英雄も深刻な事件も政治も茶化してしまう著者の悪ノリが盛り込まれている。

「誘拐横丁」
複数のご近所家族が子どもを誘拐しあうぶっ飛んだ内容の短編。
ご近所同士で子を奪い合い、金をよこせとお隣さんの間で金が飛び交う。
そんな狂った関係も本当の殺戮につながらず、最後は乱交パーティーに突入するあたりが、本編のユーモラスな後味につながっている。
そこには著者の根本の人の良さが垣間見える。

「融合家族」
一つの家屋を奪い合った結果、二組の夫婦が標準的な広さの家屋に無理やり同居する話。
片方の家族の居間がもう片方の家族の使う台所で、片方の家族の玄関はもう片方の家族の夜の寝室を使う。しかもお互いを意識しつつ無視しながら。
こんなこんがらがった設定は小説ならでは。本編こそ映像化できない作品といえるのではないか。そして著者のすごさが堪能できる作品だと思う。
ちなみに本編も最後は乱交パーティーに突入する。

「陰悩録」
本書を読む一カ月前に訪れた世田谷文学館の筒井康隆展で、数作品の拡大された生原稿のすべてが壁に掲げられていた。
「関節話法」「バブリング創世紀」と並んで本編も。
ひらがなを主体に記された本編は、ユーモアを失わずにオチで読者を驚かせる。その点からも著者の名作の一つである事は言うまでもない。
おそらくは著者が入浴した際にひらめいたのだろうけど、そこから本編にまで発想をふくらませられたことがすごい。

「奇ツ怪陋劣潜望鏡」
人の心に潜む欲望が妙な幻覚として日常をむしばんでいく様子が描かれている。妙な幻覚とは、抑圧された性への渇望を抱えたまま結婚したあるカップルに起こる。
具体的には潜望鏡の形をとって日常のあらゆる場所に登場する。
今から思うと、よくありがちなネタなのだろう。だが、無意識の現れなど随所に著者の心理学の知識が現れているのが面白い。
もっとも、本編が前提としている性の抑圧は、ネット上でいくらでも性的な発散ができる現代では通用しない気もするが。

「郵性省」
これまた性のエネルギーについて。
オナニーによってテレポーテーションができる能力を身につけた益夫の物語。
男子の、しかも高校生の性のエネルギーはかなり高そう。だから、本編のような突き抜けた物語もあながち夢物語には思えない。
それにしても著者の突き抜け方はさすがと言うしかない。着想からの展開の広がりは、著者の感嘆すべき点だ。
本編はオチも秀逸。

「日本列島七曲り」
表題作。発表された当時、盛んだったハイジャックを風刺している。
こうした深刻な事件も著者の筆にかかれば、スラップ・スティックの格好の題材になる。実際、思想のために飛行機を乗っ取る行いなど、悪い冗談でしかない。9.11でワールドセンタービルに飛行機が突っ込む瞬間を中継で見ていた私は、なおさらそう思う。
本編を不謹慎というのは簡単だが、テロ行為をこうした手法で批評したっていいじゃないかと思う。

「桃太郎輪廻」
桃太郎という誰もが知る童話も著者が翻案すると、悪趣味な内容へと早変わり。
桃太郎だけでなく、グリム童話の名作も取り込んだ内容は、童話のほのぼの感とは無縁。
本能のままに突き進んだ桃太郎一行がやらかす悪事は、童話として中和され薄められた物語の元となった逸話がもっとギラギラとヤバかった事を思わせる。
本編のオチは有名な桃太郎の冒頭シーンにきっちりと輪廻させていて、そうした部分に著者の着想のすばらしさを感じる。

「わが名はイサミ」
メタキャラとして著者が顔を出しまくる本編は、新撰組局長の近藤勇を茶化しまくっている。歴史上の英雄だろうが知ったことか、とばかりに。
勝沼の戦いに赴くまでに甲陽鎮撫隊が連日宴会を繰り返しながら進軍し、新政府軍に先に甲府城を押さえられた失態は史実に残されている。その史実をモチーフに、近藤勇の人物を徹底してけなしている。
まったく、著者にはタブーなどないのか、と思いたくなる。

「公害浦島覗機関」
本編は著者の作品の中でも上位に挙げられるべき作品ではないかと思う。
ホテルの中にある謎の空間の存在に気づいた主人公。
空間からは二つの部屋がのぞける。部屋の様子から、どうも空間の中は周囲に比べて時間の進みが遅くなるらしい。
客室の一つでは首都から人を追い出すため公害を促進しようと画策する政治家が指示を出している。その政策が功を奏し、人が住めないレベルにまで大気汚染が進む。ところが人は首都圏にしがみつき続けそして。
作品のオチが見事。

「ふたりの秘書」
二人の女性の秘書に二股をかける社長のドタバタ。
著者にはフェミニストを敵に回す作品がいくつかあるが、本編もその一つ。
見えと虚栄と相手との比較に余念がない女性の一面を、二人の秘書を描くことで表現している。
ロボット秘書もチラッと登場させることで、人間の人間臭さを揶揄しつつ、人間のおかしみを出すあたり、著者の人の良さがわずかに見える気がする。

「テレビ譫妄症」
テレビ評論家が大量のテレビを見ているうちに、現実との境目が曖昧になっていく様が描かれている。
これはありがちな設定かもしれない。だが、数日間ぶっ通しでオンラインゲームをして死ぬ若者が報道される今、違う意味で現実味を持って迫ってくる。
VRやARなどが私たちの暮らしに身近になってきた最近では。

‘2018/11/08-2018/11/09


古道具 中野商店


最近、めっきり古本屋を見かけなくなった。
私にも関西や関東でいくつか思い浮かぶ古本屋がある。おそらくそうしたお店のほとんどは閉店してしまっただろうけど。最近も町田で高原書店という本好きには知られたお店が閉じてしまった。

古本屋には特有の雰囲気がある。お店に入ったとたん身を包むのは、世間とは明らかに切り離された滞った時間。その独特の時間に身を委ねつつ、本を選ぶ幸せ。
ここ20年、日本各地に出店したブックオフのような新古書店のこうこうと照らされた店内では味わえない雰囲気が古本屋にはある。並べられた本の色が時間の進み方に影響されてくすんでいる店内。
最近では街場のこぢんまりとした古本屋におもむきたければ、神保町まで足を伸ばす手間を惜しまないと。

本書に登場する中野商店は、そのような時代から切り離されたような古本屋とは違う魅力がある。
まず、時間の流れに起伏がある。少なくとも小説を構成する程度には。誰も来ない時間帯の中野商店には持て余す時間もあるだろう。ただ、持ち込まれる商品が本に比べて多種多様なので買取査定の時間は慌ただしくなる。常連客や一見客が出入りし、値段交渉や質問が飛ぶ。
ひょっとしたら、古本屋にも私の知らない時間の起伏があるのかもしれないが。

なによりも違うのが、本書で描かれる中野商店には店主のほかに二人のスタッフがいることだ。
奥座敷にちんまり店主だか店番だかが座っている古本屋のたたずまいと違うのはその点だ。
スタッフがいるとお店にも動きが出てくる。会話も生まれる。そして店主の中野さんの飾らない人柄に引き寄せられ、出入りする関係者がお店の日常にアクセントを加える。

本書は「わたし」の視点から描かれる。
スタッフのわたしから見た中野商店には店主の中野さんの他に、同じスタッフのタケオがいる。そして中野さんの姉のマサヨさんも出入りする。さらに、中野さんの交際女性であるサキ子さんも。
そうした人々がさらにつながりを呼び、人々が中野商店をハブとして集散する。モノを通して人々が思いを通わせてゆく。

古道具屋とは、ひとびとの思いのこもった品が集まる場だ。
古本にも同じことは言えるが、より生活に密着している点では、古道具の方が人の思いが通いやすいのかもしれない。
だから、「わたし」もタケオも、コミュニケーションの能力が足りなくてもモノを通して人々と交われる。働く経験を積み重ね、人間として成長できる。

そんな「わたし」はタケオに思いを寄せる。だがタケオの反応がつかめないでいる。
店番の仕事が多い私と、買い付けに出かけることの多いタケオ。二人の時間が交わることはないけれど、たまに出歩き、セックスし、かといえばささいなことでケンカする。
不器用で人付き合いの苦手な二人が中野商店での日々を通して、人との付き合い方や、世の中で生きて行く道をつかんで行く。本書はそんな話だ。

頼りなくだらしないようでいながら、店を切り盛りする中野さん。たまにしか店に来ないけど、しっかり者で「わたし」を見守り、時には導いてくれるマサヨさん。美人でやり手の同業者なのに、なぜか中野さんと付き合い、そして別れを繰り返すサキ子さん。「わたし」はこうした大人たちとの交わりを通して、少しずつコミュニケーションのコツをつかんでゆく。
こうした大人の存在って大切だと思う。なぜなら私もそうだったから。

昨今、新卒で採用された若者の離職する率が高いという。
ただあくまでもわたしの感覚だが、いきなり企業のビジネスの現場に放り込まれて、如才なくやっていける人の方が少数派ではないだろうか。
だからこそ上意下達の精神が養われた体育会系の人材の内定も決まりやすいのだろうし。

如才なくいきるための訓練を与えられずビジネスの現場に放り込まれた人は、不器用さを嘆きながらも世の中に揉まれてゆくしかない。
本書はそうした人のための一つのケースとしてオススメできる。また、読んだ人によっては勇気付けられる作品だと思う。
本書の結末は、コミュニケーション能力の欠如に苦しむ人にとって一つの回答とすらいえる。

中野商店は、ネットに特化するため、という名目で店を閉じる。
だが「わたし」は派遣社員としてあちこちを渡り歩きながらも社会に参加している。
そして数年後、ひょんな偶然で再会したタケオはウェブデザイナーとして自活の道を歩んでいる。その姿はまさに、私自身が世に出てゆく過程を見ているよう。

中野商店が「わたし」とタケオに与えてくれたものとは月々の給与ではない。スマホやタブレットなしでも人はコミュニケーションを交わしていける実感だ。そして、たどたどしくとも一生懸命に素直に生きていれば、大人になるにつれコミュニケーションに長けてゆける基礎を作ってくれたことだ。
立て板に水を流すようにトークの達人にならなくてもいい。弁舌もさわやかに商談で相手を論破しなくてもいい。社会の片隅で気の合うもの同士で顔を突き合わせて暮らす幸せはあるはず。

本書は、世の中の複雑さと恋愛の煩わしさに尻込みしているコミュ障の若者に読んでほしい一冊だと思う。
私も自分のかつてを思い出し、自分の原点でもあるそういう古本屋に訪れたくなった。

‘2018/11/08-2018/11/08


密会


著者は不条理な状況を描かせたらいまだに名前の上がる作家だと思う。
ただし、実際のところ、著者がなくなってから四半世紀が過ぎた。
その作品の多くは新潮社のサイトを見る限りではまだ絶版にはなっていないようだが、諸作品はだんだんと忘れられつつあるように思う。

それは、著者の不条理を描く舞台の設定にも関係していると思う。要するに舞台設定が古くなりつつあるのだ。
『砂の女』は単純な舞台設定であり、今でも通用する。
ところが、SF的な趣向を取り入れた作品などは、著者が活躍した当時に想定されていた未来が描かれている。ところが現代からみると古さは否めない。これは著者に限らず、他のSF作品にも当てはまることだ。

本書において、舞台は病院だ。病院自体は今でも通じる。
ただ、本書の小道具としてカセットテープが頻繁に登場する。それが古さを感じさせるのだ。

その古さは他にも病院内のいくつもの描写に表れている。そうした描写が、著者が描き出す寓意やメタファーの効果を減じさせてしまっていると思う。
とはいえ、作品にも著者にも罪はない。これも一度印刷されたら変更が効かない文庫本の宿命だと思う。

ただ、本書の肝は、著者が描いたさまざまなメタファーにある。だから道具立ての古さはいったん脇に置くべきだ。
それよりも、著者が描こうとしたメタファーの数々から著者の意図を想像したほうが本書は楽しめる。

人は普段、社会の中で己をさらけ出さずに生きている。体の不調や心の闇など。
しかし、病院はそうした隠し事を明らかにする場所だ。心に問題を抱える方は精神科であらゆる角度から分析され、心の闇を日にさらされる。体に問題があればメスがはいり、臓器は外気に触れる。レントゲンは透視という名の下、現像される。

人の生死が最もくっきりと分かたれ、もっとも混在するのが病院であることは周知のことだ。
それゆえ、患者側の感情はあらわになる。そして医療側はそうした痛みから防御するため、無関心の鎧をまとう。
片方の感情が抑圧されつつ、片方の感情は爆発する場が病院なのだ。感情の温度差が激しいほど混沌が生まれ、常識では測りがたい異形の物や不可思議な現象が呼び出される。

本書はまさにそうしたメタファーや異形のものが病院内に巣食う。
その表れが性の営みの異常な形だ。病院の殺風景な建物の中で、この世のものではないかのように性のリビドーが異様な姿に変容する。
常識を体現しているはずの病院で、整然と秩序に従うことは、いびつな圧力をリビドーに加える。

始めがまともな姿ならまだいい。だが、本書においては当初から不条理な姿をとっている。不条理に登場し、不条理に行動する。だから不気味なのだ。
その様子の裏に感じられる狂気。それが整然とした病院内で現れるからこそ、得体のしれない衝動が読者を襲う。

整然とした病院の秩序を表すため、著者はあえて急患受付台帳の様式を挿入する。唐突に文中に現れたその台帳には、署名され、印鑑が押され、整然と表現されている。
もちろん、この台帳が表しているのは病院の秩序であると同時に、世の窮屈さであり、抑圧の象徴でもある。

職場の役割分担や職階は、組織を統制し、回していくためには欠かせない。だが、それは感情に蓋をし、病院内のあらゆる物事を事務的に処理する振る舞いにつながる。
そうした秩序を守ろうとする営みは、感情を持て余す人々の狂気をますます呼び起こし、主人公をより一層不条理な状況に追いやってゆく。

つまり、著者が本書で描こうとしているのは、社会が根本的に抱えている歪みと矛盾そのものなのだ。
主人公をめぐる状況の変化は、私たちが社会の中で成長するにつれ感じるものと同じ。整然とした病院の裏にある狂気は社会の歪さの現れ。

私たちは本書の主人公のように、なんとかしてこの混沌とした現実を生き抜こうとする。
だが、社会を生きる以上、人と関わるほかはない。今の社会はオフィスで長時間、同じ時間を過ごすことが求められる。
それなのに、人の心はわからない。
長時間一緒にいると、なじみであるはずの人の心が見えなくなる瞬間がある。それは同じ職場で机を隣り合わせ、長い間、顔を合わせていても。

この事務仕事という営みがはらむ非人間的な側面は、今までの人類があまり経験してこなかったものだと思う。
他人同士が同じ空間に長いあいだ同居する。それは人がまだなじんでいない時間の過ごし方だ。
おそらく、家族とは、その時間の過ごし方で共有できるからこそ、家族として成り立つのだろう。

ところが、オフィスは別だ。近代の事務作業は、そうしたストレスに満ちた状況を人に強いてしまっている。しかも本書ではそこいら中に盗聴器が付けられ、ますます窮屈に描かれている。

何からも逃げようと病院を駆け回る主人公。そんな主人公が最後に過ごす場所が一人だけの密会。
現代の社会には自分自身にすら密会できる時間と空間がない、ということだろうか。

本書が発表されて四十年以上が過ぎ、ようやくわが国では新しい働き方が採用されつつある。
だが、本書が発表された時期はそうした矛盾がもっとも現れた時期だったように思う。
それを見事に現代の人間を追い詰める様として描いた著者の慧眼はさすがだと思う。

‘2018/11/03-2018/11/08


声の狩人 開高健ルポルタージュ選集


著者を称して「行動する作家」と呼ぶ。

二、三年前、茅ヶ崎にある開高健記念館に訪れた際、行動する作家の片鱗に触れ、著者に興味を持った。

著者は釣りやグルメの印象が強い。それはおそらく、作家として円熟期に入ったのちの著者がメディアに出る際、そうした側面が前面に出されたからだろう。
だが、行動する作家、とは旅する作家と同義ではない。

作家として活動し始めた頃、著者はより硬派な行動を実践していた。
戦場で敵に囲まれあわや全滅の憂き目をみたり、東西陣営の前線で世界の矛盾を体感したり。あるいはアイヒマン裁判を傍聴してで戦争の本質に懊悩したり。

著者は、身の危険をいとわずに、世界の現実に向き合う。
書物から得た観念をこねくり回すことはしない。
自らは安全な場所にいながら、悠々と批判する事をよしとしない。
著者の行動する作家の称号は、行動するがゆえに付けられたものなのだ。

そうした著者の姿勢に、今さらながら新鮮なものを感じた。
そして惹かれた。
安全な場所から身を守られつつ、ブログをかける身分である自分を自覚しつつ。
いくら惹かれようとも、著者と同じように戦場の前線に赴くことになり得ない事を予感しつつ。

没後30年を迎え、著者の文学的な業績は過去に遠ざかりつつある。
ましてや、著者の行動する作家としての側面はさらに忘れられつつある。
だが、冷戦後の世界が再び動き出そうとする今だからこそ、冷戦の終結を見届けるかのように逝った行動する作家としての姿勢は見直されるべきと思うのだ。

冷戦が終わったといっても、世界の矛盾はそのままに残されている。
ソ連が崩壊し、ベルリンの壁が崩され、東西ドイツや南北ベトナムが統一された以外は何も変わっていない。
朝鮮は南北に分断されたままであり、強大な国にのし上がった中国を統治するのは今もなお共産党だ。
ロシア連邦も再び強大な国家に復帰する機会を虎視眈々と狙っている。
そもそも、イスラム世界とキリスト世界の間が相互で理解し合うのがいつの日だろう。パレスチナ国家をアラブの国々が心から承認する日はくるのだろう。ドイツで息を吹き返しつつあるネオナチはナチス・ドイツの振る舞いを拒絶するのだろうか。
誰にも分からない。

それどころか、アメリカは世界の警察であることに及び腰となっている。日韓の間では関係が悪化している。EUですらイギリスの離脱騒ぎや、各国の財政悪化などで手一杯だ。
世界がまた混迷に向かっている。

冷戦後、いっときは平穏に見えたかのような世界は実は休みの時期に過ぎなかったのではないか。実は何も解決しておらず、世界の矛盾は内で力を蓄えていたのではないか。
その暗い予感は、わが国の活力が失われ、硬直している今だからこそ、切実に迫ってくる。
次に世界が混乱した時、日本は果たして立ち向かえるのだろうか、という恐れが脳裏から去らない。

本書は著者が旅先でたひりつくような東西の矛盾がぶつかり合う現場や、アイヒマン裁判を傍聴して感じたこと、などを密に描いたルポルタージュ集だ。

「一族再会」では、死海の過酷な自然から、この土地の絶望的な矛盾に思いをはせる。
古来、流浪の運命を余儀なくされたユダヤ民族は、苛烈な迫害も乗り越え、二千数百年の時をへて建国する。
生き残ることが至上命令と結束した民族は強い。
自殺者がすくないのも、そもそも自殺よりも差し迫った悩みが国民を覆っているから。
著者の筆はそうした本質に迫ってゆく。

「裁きは終わりぬ」では、アイヒマン裁判を傍聴した著者が、600万人の殺人について、官僚主義の仮面をかぶって逃避し続けるアイヒマンに、著者は深刻に悩み抜く。政治や道徳の敗北。哲学や倫理の不在。
アイヒマンを皮切りに、ナチスの戦犯のうち何人かはニュルンベルクで判決を受けた。だが、ヒトラーをはじめとした首脳は裁きの場にすら現れなかった。
一体、何が裁かれ、何が見過ごされたのか。
著者はアイヒマンを絞首刑にせず生かしておくべきだったと訴える。
顔に鉤十字の焼き印を押した生かしておけば、裁きの本質にせまれた、とでもいうかのように。

「誇りと偏見」は、ソ連へ旅の中で著者が感じ取ろうとした、核による終末の予感だ。
東西がいつでも相手を滅ぼしうる核兵器を蓄えてる現実。
その現実の火蓋を切るのは閉鎖されたソ連なのか。そんな兆しを著者は街の空気から嗅ぎ取ろうとする。
ステレオタイプな社会主義の印象に目をくらまされないためにも、著者は街を歩き、自分の目で体感する。
今になって思うと、ソ連からは核兵器の代わりの放射能が降ってきたわけだが、そうした滅びの終末観が著者のルポからは感じられる。

「ソヴェトその日その日」は、終末のソ連ではなく、より文化的な側面を見極めようとした著者の作家としての好奇心がのぞく。
共産主義の教条のくびきが解けようとしているのではないか。暗く陰惨なスターリンの時代はフルシチョフの時代をへて過去となり、新たなスラヴの文化の華が開くのではないか。
著者の願いは、アメリカが主導する文化にNOを突きつけたいこと、というのはわかる。
だが、数十年後の今、スラヴ文化が世界を席巻する兆しはまだ見えていない。

「ベルリン、東から西へ」でも、著者の文化を比較する視点は鋭さを増す。
東から西へと通過する旅路は、まさに東西文化に比較にうってつけ。今にも東側を侵そうとする西の文化。
その衝突点があからさまに国の境目の証となってあらわれる。
それでいながらドイツの文化と民族は同じであること。著者はここで国境とはなんだろうか、と問いかける。
文化を愛する著者ゆえに、不幸な断絶が目につくのだろうか。

「声の狩人」は、ソ連を横断してパリに着いた著者が、花の都とは程遠いパリに寒々しさを覚える。
アルジェリア問題は激しさを増し、米州機構反対デモが殺伐とした雰囲気をパリに与えていた。
実は自由を謳歌するはずのパリこそが、最も矛盾の渦巻く場所だったという、著者の醒めた観察が余韻を与える。
結局著者は、あらゆる幻想を拒んでいた人だったのだろう。

「核兵器 人間 文学」は、大江健三郎氏、そして著者とともに東欧を訪問した田中 良氏による文だ。
三人でフランスのジャン・ポール・サルトルに質問を投げかける様が描かれる。
ジャン・ポール・サルトルは、のちにノーベル文学賞を受賞するも、辞退した硬骨の人物として知られる。
ただ、当代一の碩学であり、時代の矛盾を人一番察していたサルトルに二人に作家が投げかける質問とその答えは、どこか食い違っている感が拭えない。
この点にこそ、東西の矛盾が最も表れているのかもしれない。

「サルトルとの四十分」は、そのサルトルとの会談を振り返った著者にる感想だ。
パリに来るまでソ連を訪れ、その中で左翼陣営の夢見た世界とは程遠い現実を見た著者と、西洋文化を体現するフランスの文化のシンボルでもあるサルトルとの会談は、著者に埋めようもない断絶を感じさせたらしい。
日本から見た共産主義と、フランスから見た共産主義の何が違うのか。
それが西洋人の文化から生まれたかどうかの差なのだろうか。
著者の戸惑いは今の私たちにもわずかに理解できる。

「あとがき」でも著者の戸惑いは続く。
本書に記された著者の見た現実が、時代の流れの速さに着いていけず、過去の出来事になってしまったこと。
その事実に著者は卒直に戸惑いを隠さない。

そうした著者の人物を、解説の重里徹也氏は描く。
「開高がしきりにのめりこんでいくのは、こういう、現実と理想の狭間に生まれる襞のようなものに対してである」(239ページ)

ルポルタージュとは、そうした営みに違いない。

‘2018/11/1-2018/11/2