僕が本当に若かった頃


老境に入った著者が過去の自分を思い返しつつ、そこから生まれた随想を文章にしたためる。
本書を一言で言い表すとこのようになる。

本書に収められた十の短編をレビューにまとめることは、正直言ってなかなか難解だ。

なぜなら、本編には、著者自身の人生を彩った出来事が登場し、著者の親族も登場し、そして著者が今までに発表した作品の登場人物が登場するからだ。

著者の代表作である『同時代ゲーム』はよく知られている。その世界観が著者が生まれ育った四国の山奥の村をモチーフとされていることも。
そうした作品に登場する人物は、著者の人生にも登場する人物でもある。そうした人物が本書にはあちこちで登場する。だから、著者の作品を読んでいないと読者には何のことか分からなくなってしまうのだ。

「火をめぐらす鳥」
この一編は、著者の生涯を持って生まれた息子との日々を描いている。
今や作曲家として著名な光氏と過ごした時間は、著者にどのような影響を与えたのか。
その一端が描かれる本編からは、光氏の存在が著者の作家活動に大きな影響を与えたことが見て取れる。

「「涙を流す人」の楡」
華やかな外交官との交流を語る内容が一転して、著者の育った四国の山奥の谷間の村の描写へと変わる。
その二者を繋ぐイメージがニレの木だ。楡を通して結びついた二つの世界。

その二つの世界の主人公である著者は時間によって隔てられている。
百戦錬磨の外交官との談論ができるようになった、と著者が感慨をもつ今。そして、四国の谷間の村の幼い頃の経験。
著者の育った谷間の村の狭いけれど豊かな世界が授けてくれたことは、著者の今と確かにつながっている。
その谷間の村の経験は、著者の作家活動にも大きな恵みをもたらしてくれた。そう著者は振り返る。

そしてそうした自分にさらなる成熟がもたらされたのも、外交官との交流があったからだと著者は述べる。
N大使の逝去に際して書かれたと思われる本編で、著者は今の自分の心で過去を再構成する。

それにしても著者の文章の読みにくさといったら!

「宇宙大の「雨の木」」
時間と空間をつらぬいて遍在する「不死の人」。
不死の人を小説に書きたいと願う著者が、文学の影響や好みを自由自在に語る。
三島由紀夫を批判し、フォークナーの作品世界を好む著者。
著者の探し求めるイメージの断片がさまざまに現れる。

“雨の木”は著者の作品でも登場する。
著者が想起する多様なシンボルが本編のように混交して現れることで、著者の小説の基本的なイメージが形をなしてゆく様子をうかがうことができる。

「夢の師匠」
谷間の村の「夢を読む人」と「夢を見る人」を見て育った著者の子供の頃の記憶。
彼らが戦争によって境遇を変えられてしまう様子は、著者に強い印象を刻む。
そのイメージを通し、続いての「治療塔」の構想へとまとまってゆくいきさつを記した一編だ。

平田篤胤全集の「仙童寅吉」の話と、ゲルショム・ショーレムの「ユダヤ神秘主義」に書かれた中世ヨーロッパの祈禱神秘主義をめぐる引用。
それらに刺激を受けたという著者がそれらを引用しつつ、SFへとイメージを広げてゆく。

「治療塔」
著者にとって珍しいと思われるSF作品。
筒井康隆氏と著者の交流は知られているが、本編は筒井氏の影響から生まれたのだろうか。
古い地球を見捨てる人類と、古い地球に留まり続ける人類。
新しい人類にならんとする人々は、治療塔で癒やされる。
著者にとって、人類や地球は理想の姿ではないだろう。ところが治療塔の概念は、人類が自ら根本的に成長を遂げることを諦めてしまっているかのようだ。
それは著者自身の諦めの表れなのだろうか。『治療塔』はまだ読んでいないので、機会があれば読んでみたいと思う。

「ベラックワの十年」
ダンテの「神曲」をモチーフにした著者の作品『懐かしい年への手紙』に登場させなかった道化者のべラックワ。

その姿を振り返りながら、自らの中の道化の部分や放埒さを思い起こそうとする一編だ。
本書の中では読みやすい部類に入る。

ノーベル賞を受賞し、難解と言われる作風のため、著者に近づきがたい印象を受けているのなら、本編で書かれた著者の姿から印象が変わるかもしれない。

「マルゴ公妃のかくしつきスカート」
性的に放縦だったとされるマルゴ公妃の生涯を振り返るテレビ番組をきっかけに、ある人物の放縦と性的な自由さを探ってゆく一編。

著者の思索の対象はマルゴ公妃だけではない。テレビ局のスタッフである篠君の言動も著者の興味を引く。その二人を通して、著者は人の自由さとは何かについて考えを深めてゆく。

著者にとって冒険とは文学的なそれに等しいと思う。だが、著者は自由で羽目を外した行いをする人物には見えない。きっと堅実だったと思う。動くよりも見る側の人。
その証拠に以下のような文章が登場する。
「事実、小説家は志賀、井伏といった例外的な「眼の人」をのぞいて、見る瞬間にではなく、文章を書き、書きなおしつつ、かつて見たものをなぞる過程でしだいに独特なものを作ってゆくのだ。」(202p)

「僕が本当に若かった頃」
著者が20歳の頃、家庭教師をしていた繁君。ひょんなことで繁君の消息がわかったことから、著者が当時のことを思い出し、つづってゆく一編。
まさに著者が若かった頃の話だ。

かつて著者の前から消息を絶った繁君に何が起こったのか。繁君はその理由を長文の手紙で知らせてくる。
本編に載っているその手紙は果たして著者の創作なのか。それとも繁くんの実際の手紙なのか。私にはわからない。

繁君の秘密が明かされてゆく様は本編は、ミステリーを読んでいる気分になる。

「茱萸の木の教え・序」
著者の故郷の四国から、孝子ことタカチャンの残した文書やその他の事績をまとめる段ボールが送られてきたことから始まる一編。
孝子とは、著者の従妹にあたる。起伏の多い人生を送った末、亡くなった。
著者の伯父がその一生をまとめたいと、作家である著者に託す意図で送ってきた資料の数々。

著者はタカチャンの思い出を振り返る。その中で著者は故郷で繁っていた茱萸の木に着目する。タカチャンの残した文の中でもいく度か取り上げられる茱萸の木。
伐採されてしまった茱萸の木に語りかけていたタカチャンの思いは何か。それを探りながら著者はタカチャンの一生をつづってゆく。

そうすることで著者なりに同時代を生きたタカチャンの鎮魂を果たそうとするかのように。

「著者から読者へ」
これは本書に収められた「僕が本当に若かった頃」を書いた著者から読者に向けての手紙の体裁をとっている。
著者にとっては「僕が本当に若かった頃」は、旅の疲れを癒やす作品でもあったようだ。

解説の井口時男氏の文章は、大江健三郎という巨大な作家の著作群の中で、本書が占める意味を克明に記している。
その中で本書のいくつかで登場した若い頃の著者=僕の出来事は、徹底的に言語化された「僕」というテキストになっていることが示される。つまり、本書は私小説ではないし、エッセイもどきの小説でもない。
本書は著者がその小説技法を存分に生かした巧妙な短編群なのだ。

‘2018/11/20-2018/11/28


この国の空


戦争を知らない私の世代は、わが国の空が敵機に蹂躙されていたことを実感できない。

もちろん、その事実は知っている。
上空を悠然と行きすぎるB29のことは文章で読んだことも写真で見たこともある。B29の編隊が発する禍々しい音すら録音で聞いたことがある。
だが、実際にその場にいなかった以上、その刹那の差し迫った気配は想像で補うしかない。

戦中の世相についても同じだ。
戦中の暮らしをつづった日記は何冊か読んだことがある。小説も。映画でも。
ところが、そこから実際の空気感を掴むことは難しい。
全ては情報をもとに脳内で想像するしかないのだ。

空襲警報が発令された際の切迫感。非国民と糾弾されないための緊張感。日本が負けるかもしれない危機感。そして日本は神国だから負けないと信ずる陶酔感。そのどれもが当時の空気を吸っていないと、味わえない。語ることもできない。

そうした雰囲気を知るには、むしろ戦地の切迫した危機感の方が分かりやすいのかもしれない。
飛び交う銃弾や破裂する地面。四散する戦友の肉体。映像の迫力は戦場の恐怖を再現する。たとえそれが表面的な視覚だけであっても。痛みも強烈なストレスもない架空の映像であっても。
もちろん、そうした戦争の悲惨さは、実際に体験するのと映画で安全な場所で傍観するのとは根本的に違う。それはわかっているつもりだ。
『プライベート・ライアン』の描写がどれだけ真に迫っていようとも、それは聴覚と視覚だけの問題。
私は戦場のことなど何も分かっていない。

だが、視覚だけでも曲がりなり分かったような気になれる戦場よりもさらに難しいのが銃後の生活の雰囲気の実感だ。

生活の雰囲気とは、実感するのが意外と難しい。今の現実ですら、文章や映像で表現しようとすると、とたんに曖昧な霧となってつかみ所が消える。
人々が生活しながら、さまざまな思惑を醸し出す。無数のそれが重なり合って時間が流れによってさまざまに移ろいゆく。そうしたものが重なり合って雰囲気は作り上げられてゆく。それは現場を生きていなければ、後から絶対に追体験できないものだ。

当時を生きた人々の日記に目を通すと、人々が案外自由に生きていたことに気づく。
国家総動員法や治安維持法、度重なる戦意亢進の標語で窮屈だっただろうし、市民の生活は統制され、重い空気が立ち込めていたことは事実だろう。だが、人々はささやかではあるが生活の合間に息抜きを見つけていた。
要領の良い人は物資を溜め込み、ひそかなぜいたくにふけることもできたようだ。本書にも婚礼のシーンが登場し、時節に似つかわしくない献立の豪華さに登場人物が鼻白む下りがある。

雰囲気を再現することは難しい。だが、事実は細部に宿る。
小説家はそうした当時の空気感を再現するため、作品を著す際は細かい描写を連ねてゆく。
本書もそうした難しい作業の積み重ねの上に築かれた作品だ。

普段の登場人物たちが生活する上での立ち居振る舞い。交わされる会話。そうした細かい部分が当時の空気感をどれだけ再現できるか。時代に配慮された文章が連なることで、小説の世界観に現実感が備わり、迫真度が増してゆく。

軍の言うがままの機関に成り下がった政府がとなえるスローガンも、庶民の家の中まで監視することはできない。大本営発表も、この国の空を飛びすぎる敵機を欺くことはできない。
市井に生きる人々は暗く窮屈な世相の中、家庭の中では本音や苦しさを出していた。

著者はそうした市井の会話を丹念に拾い集め、歴史の流れに消えていった戦時中の世相を明らかにしてゆく。
元より、本書に登場するのは時代を同じく生きた人々のうち、ほんの一部でしかない。
だが、配給や出征、空襲や窮乏生活は、当時の人々が等しく認識していた事実。あり、そうした事実をつなぎ合わせるだけで、当時の空気感の一端は窺える。

見落としてはならないのは、日々の生活が全く失われた訳ではなく、日常は続いていることだ。
日は上り、夜を迎え。ご近所付き合いはあり、いさかいも起きる。そして男女の間に情が交わる。
戦争中、そうした余裕がなくなるのは空襲や機銃掃射や艦砲射撃、または原爆投下に遭遇した場合だろう。だが、それ以外の時間は辛うじて日常が送れていたといってもよいだろう。

ただし、その日々にはどことなく高揚感のようなものも紛れ込んでいて、
それこそが銃後の生活の特徴と呼べるものかもしれない。その高揚感は、平和な時代の住人には理解しにくい。

本書でも19歳の里子と隣人の市毛は、惹かれ合う。市毛は、たまたま妻子を疎開させているだけの中年だというのに。
それは戦時中の高揚した雰囲気がそうさせるのだろう。
赤紙一枚で容易に人が銃後から戦地へと送られる現実。そうした危ういみらいも、人を普段とは違う選択に踏み切らせる。

だからこそ、戦争が終わり、空虚な安心感の中で、里子は現実に目覚めたかのように市毛に見切りをつける。平和になれば市毛の家族は疎開から戻ってくる。高揚感の失われた現実の生活とともに。

そうした雰囲気を著者はうまく描写している。著者は終戦を15歳で迎え、最も多感な時期を戦中に過ごしたわけだ。道理で本書の描写が説得力に満ちているわけだ。

’2018/11/17-2018/11/19

978-4-10-137413-0


地方消滅 東京一極集中が招く人口急減


わが国をめぐる問題を挙げろ、と問われて答えをいくつ思い浮かべられるだろうか。私はすぐに十以上は用意できると思う。
では、その問題の中ですぐに解決策が見いだしやすく、しかも今のわが国に悪い影響を及ぼしている問題を一つ挙げろと言われればどうだろう。
その場合、私は東京への一極集中を挙げる。

本書にも書かれている通り、都心への一極集中は地方から人を一掃し、消滅の危機に追いやっている。
そして、都心の機能は3.11の時に如実に現れたとおり、飽和の極みにある。このまま問題を放置しておけば悪い事態に陥るのは確実。
だが、一極集中への解決策は他の問題(国防、少子化、移民、地震、感染症、温暖化、宇宙からの災厄、人工知能、遺伝子)に比べるとまだ対策のしようがあると思う。少子化をのぞいた他の問題は日本だけでは難しいが、一極集中は国内でどうにかできる問題だからだ。

本書は、このまま手をこまねいていると896の都市が亡くなると危機感をはっきり表明している。そして、それに対してさまざまな打つ手を提示している。
元岩手県知事で総務大臣も務めた著者が提示する現状認識と処方箋は明確だ。白い表紙がおなじみの中公新書で、赤一色の本書の装丁は目立つ。内容もあいまって本書はベストセラーになったという。

だが、こうした危機が迫っているにもかかわらず、国が一極集中へ本腰を入れて対応しているとはとても思えない。それどころかマスコミもこの問題については口を閉ざしているように思える。
おそらく出版・マスコミ業界がもっとも一極集中の恩恵を受け、また、促進してきた当人だからだろう。

だが、新聞離れ、テレビ離れが叫ばれている今、もう既存のビジネスモデルに未来はないと思う。
インターネットは情報の価値を拡散し、都市でも都会でも情報が等しく受け取れるようにしてしまった。
今や、情報に関しては都会の優位性はなくなっている。あえて言うなら、ネットワーク越しよりも対面で会った時のほうが受け取れる情報は多いぐらいだろうか。

なぜ人は都会に出てきてしまうのか。
その理由は、従来から言われていた仕事があるかどうか、に尽きるのではないか。
戦前や戦後、農村から出稼ぎと称して多勢の人々が都会へと出てきた。それが戦後の高度経済成長につながった。そうした成功の体験を今も引きずっているのが日本ではないだろうか。
ネットワークがない時代、情報は都会が独占していた。都会にはチャンスがあり、金が流れていた。だから人々は集まってきた。都会だと仕事につける。地方にはないやりがいが都会にはある。そうした幻想がわが国をいまだに縛っている。

かつての私もそうだった。
兵庫の西宮に住んでいた私は、私が求めていた編集者には大阪ではなれないと思い、東京に出てきた。
もちろん、理由はそれだけではない。
当時、付き合っていた今の妻が東京に住んでいて、しかも歯科大学の病院に勤務していたため、動けなかったという理由もある。

私の場合、東京に出た理由はそれだけだ。東京に対する憧れはなかった。
家から自転車を漕いで1時間で大阪の梅田に行けた。そもそもファッションやビジネスに興味がなかった。
もし妻が仙台に住んでいて、私が望む仕事があれば仙台にだって向かっていたかもしれない。

そういう過去をもっている私だから、今の若者が地方から都会へと向かう理由も分かる。
当時の私と同じような動機だろうと察する。漠然とした都会に対する憧れで東京に出てきて、そして消耗してゆくのだろう。
その理由や幻滅はよくわかる。なので、私は今の若者たちを非難しようとは思わない。
それどころか、そうした若者に対して地方に仕事先が就職先が用意されていれば、都会に来なくてもよいのではないか、と提案したい。

今や、私が上京した頃と違い、ネットワークが日本の全土を覆っている。
仮に地方から都会に出てきたとしても、仕事が終わればスマホとにらめっこしているのであれば、都会に住む意味はないはずだ。稼げる仕事の有り無しの違いにすぎないので。

そして今、職種にもよるが、地方で仕事は可能だ。
私の仕事は情報系だが、ネット会議で大抵のことはケリがつく。仕事の発注から受注、納品までを一度も顧客と会わずに済ませたことも何度もある。

本稿をアップする二週間前には奈良の下北山村に行き、二泊三日でワーケーション体験をした。
コワーキングスペース「Shimokitayama Biyori」のWi-Fi環境が良かったのか、AWSのオンラインカンファレンスに参加し、東京で行われた顧客との会議にもオンラインで参加できた。

また、この体験で、田舎の暮らしはお金がかからないことも知った。そもそもお金を使う場所がないのだ。
都会には刺激的なものが多すぎる。そして、その刺激が仮にネット上のコンテンツで満たせるのであれば、地方でもそれは享受できる。

個人の性格にもよるが、私の場合、二週間に一度、東京や大阪に出られればそれで十分。それであれば地方でも働けるし暮らしていけるめどはついた。

だが、その体験をもってしても、本書の内容を読むにつけ危機感が募る。
本書には今後の人口予測と消滅可能性のある896の市町村のリストも付されている。
そこには当然、下北山村も含まれている。しかもこのリストによれば2010年の下北山村の人口は1000人を超えているが、先日訪れた時点ではWikipediaの情報では800人を割っていた。
日中でもほとんど車が通らない下北山村のメインストリートを思い出すにつけ、「消滅」の二文字が切実に迫ってくる。

本書では国による国家戦略の必要も記されている。
だが、今の国会ではモリ・カケ問題や桜を見る会やその他の大臣の失言の糾弾にばかり時間が空費されている。
そのような足をすくわれるようなことをしでかす与党にも失望させられるし、そうした問題をあげつらうばかりの野党にも期待が持てない。
党利党略や利益誘導より、国家の大計に取り組み、足元をしっかり固めて喫緊の課題に注力してほしいと思う。
マスコミももっともっとこの問題には発言してほしい。旅情を誘う番組もいいが、一極集中の問題の危機感を報道しないと何が報道機関か、と思う。

少子化の問題も本書は一章を割いて取り上げている。そして、都会の生きにくさが子作りの妨げになっていることは確実だ。
保育園落ちた日本死ね!!! のブログが反響を巻き起こしたことは記憶に新しい。これもまた、都会の生きづらさの顕著な例だと思う。
子育てをしながら働ける環境を。企業においてもそうした対策が求められていることは自明のことだ。
もし自社の利益を追求するモチベーションを自社の百年後の存続にあると考えているならば、少子化を甘く見るとそもそも会社のサービスの売り先が消え去っていますよ、と忠告したい。

本書にはさまざまな処方箋が載っている。それらの一つ一つはもっとも。
だが、実際に効果を上げうるかどうかはやってみてはじめて分かる点が多い。
だから二の足を踏むのではなく、今のうちに取り組まなねば間に合わないのだ。
本書には各地に人口流出のダムとなる地を作る対策を挙げている。
たとえば下北山村を例に挙げると、村の若者が外に出るのを防ぐのは難しいかもしれない。だが、その流出先が東京ではなく、熊野市や尾鷲市であれば下北山村にはすぐ戻れる。
そうしたダムになりうる都市を各地に育てていくべき、という提言には賛成だ。
ある程度の経済規模さえ確保してもらえれば、都会の人が地方で転職する際にもハードルは少ない。

本書では、そうしたモデルケースとして北海道を取り上げている。
今、日本で最も過疎化が進んだ地域と言えば北海道だろう。
私もあの原野の雰囲気は好きだが、それが将来の日本全土の景色と言われれば、言葉を失ってしまう。
北海道の中でも札幌だけがダムになりうるのではなく、函館、帯広、旭川、釧路といった都市をダムとして、それ以上の流出を食い止める。本書にはその事例が詳しく載っている。

それでは地域がどのようにして雇用を創出していけばよいか。
この課題は当然、考えられなければならない。今までにも議論は出し尽くされてきている。
本書には地域が活きる6モデルとして、産業誘致型、ベッドタウン型、学園都市型、コンパクトシティ型、公共財主導型、産業開発型が挙げられている。
どれもが可能性があるモデルだと思うが、地域によってどれを選ぶかは、地域の特性にもよるだろう。

本書は最後に増田氏と識者による三つの対談が載っている。
最初は藻谷浩介氏との対談。藻谷氏はかつて私もブログで取り上げた『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』の編者でもある。(a href=”https://www.akvabit.jp/%E9%87%8C%E5%B1%B1%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%AF%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86%E3%80%8D%E3%81%A7%E5%8B%95%E3%81%8F/” target=”_blank”>レビュー)
二人の結論もやはり今のままでは地方ばかりか日本も破綻するというもの。
さらにお二人は提言として東京に本社を置く必要の意味を問うている。アメリカではニューヨークに本社を置く企業は四分の一だが、日本の場合、七割が東京にあるという。

二つ目の対談は、小泉進次郎氏、須田善明氏と行っている。
小泉氏は政治家として著名だが、須田氏は宮城県女川町の町長であり、東日本大震災で被害にあった町の復興を担当している。
本稿をアップする今、小泉氏の株はかなり下がってしまった。だが、小泉氏が一極集中を問題として認識していることはこの対談でも述べられている。そして今も持ってくれているはずだと期待している。
結局、一極集中の解消を国家戦略として策定し、それを確実に遂行していかなければこの問題は解決しないと思う。
その戦略とは東京オリンピックや大阪万博ではない。地方を主役にしたイベントを誘致するといったことでもない。
たとえば、本社の機能を六大都市以外の都市に移した企業に対しては税務上の優遇措置を与えるとかの策でもあるし、いつの間にか誰も言及しなくなった遷都の問題を真剣に議論することでもある。

三つ目の対談は、慶応義塾大教授の樋口美雄氏と行っている。
6モデルに即した地方の生き残り策を提言しているが、それらを推進するためのリーダーの存在が指摘されている。
まったくその通りだと思う。本当であれば、地方から選出されたはずの国会議員が担うべきことだが、国政や党政を優先させることに汲々としている。

本書を読んで思うのは、考えるよりも実行の必要性だ。
もちろんそれは私や弊社にも当てはまる。
東京に登記し、東京に住んでいる私。働き方を変えることで朝夕の通勤ラッシュを一人分だけ解消させることができた。
ここ数年、地方でも講演する機会も増えてきた。ワーケーション体験に参加し、地方で働き、暮らす可能性も確信できた。
働き方改革を掲げるサイボウズ社のkintoneを担ぐことで、地方の方とのご縁は増えてきた。
そうした実践ができる立場にある弊社と私。だが、それが実体ある生活として地方に還元できているとはとてもいえない。
下北山村へ伺う契機となった紀伊半島はたらくくらすプロジェクトはカヤックLivingさんをはじめとした複数の企業が共同している。そうした取り組みがすでになされている今、私も弊社に協力できることはあるはず。

これから私や弊社に何ができるのか。これからも動いていかねばなるまい。

‘2018/11/13-2018/11/16


戦国大名北条氏 -合戦・外交・領国支配の実像


本書は手に入れた経緯がはっきりと思い出せる一冊だ。買った場所も思い出せるし、2015/1/31の昼はどこに行き、どういう行動をとったかも思い出せる。

その日、友人に誘われて小田原で開かれた嚶鳴フォーラムに参加した。
小田原といえば二宮尊徳翁がよく知られている。だが、二宮尊徳翁と同じ江戸期に活躍し、今に名を残す賢人たちは各地にいる。例えば上杉鷹山や細井平洲など。
そうした地域が産んだ賢人を顕彰しあい、勉強しあうのが嚶鳴フォーラムだ。

嚶鳴フォーラムが始まる前、私と友人は小田原城を訪れた。
というのも、フォーラムでは城下町としての小田原が整備されるにあたり、北条氏が果たした役割を振り返る講演があったためだ。講師である作家の伊東潤氏は、北条氏の五代の当主がなした治世を振り返り、その治が善政であったことを強調しておられた。

フォーラムで刺激を受けた帰り、小田原の観光案内所に立ち寄った。
そこで出会ったのが武将の出で立ちに身を包んだ男性。その方は学生で、その合間を縫って観光ガイドを勤めてらした。そしてとても歴史に造詣が深い方だった。
小田原に住み、北条氏を熱く語るその方からは、小田原における北条氏がどのようにとらえられているかを学ぶことができた。彼の熱い思いはわたしにもたくさん伝わったし、私の思う以上に小田原には北条氏の存在が強く刻まれていることも感じられた。
その彼の熱意に打たれ、案内所で購入したのが本書だ。

兵庫の西宮で育った私にとって、地元が誇る大名への思いをストレートに語れる彼はある意味でうらやましい。というのも、西宮に武将の影は薄いからだ。
西宮戎神社を擁する門前町であったためか、江戸時代の大部分を通して西宮は幕府の天領だった。
戸田氏や青山氏が一時期、西宮を領有したこともあったらしいし、さらにその前には池田氏や瓦林氏が統治していた時期もあったようだ。
だが、西宮で育った私には故郷の武将で思い浮かぶ人物はいない。

今、私は町田に20年近く住んでいる。そして、故郷にはいなかった武将の面影を求め、ここ数年、北条氏や小山田氏にゆかりのある地を訪れている。小机城や玉縄城、滝山城、関宿城など。もちろん小田原城や山中城も。
そうした城は今もよく遺構を伝えている。それはおそらく、北条氏が滅亡した後、関東を治めた徳川家が領民を慰撫するために北条氏の遺徳を否定しなかったためだろう。

嚶鳴フォーラムをきっかけとした今回の小田原訪問により、私は北条家の統治についてより強い関心を抱いた。

ところが、本書はなかなか読む機会がなかった。
購入した二年半後には次女と二人で小田原城を登り、博物館で北条家の治世に再び触れたというのに。
本書を手に取ったのは、それからさらに一年四カ月もたってから。
結局、買ってから三年半も積んだままに放置してしまった。

さて、本書は北条氏五代の治世を概観している。
初代早雲から、氏綱、氏康、氏政、氏直と続き、秀吉の小田原攻めで滅亡するまでの百年が描かれている。百年の歴史は、過酷な戦国時代を大名が生き延び、勢力を伸ばそうとする努力そのものだ。

関東に住んでいると、関東平野の広大さが体感できる。
広大な土地に点在する城を一つ一つ切り崩してゆきながら、領内の民衆を統治するために内政にも力を注ぐ北条家。その一方で武田家、上杉家、真田家、結城家、佐竹家、里見家と小競り合いを続け、少しずつ領土を広げていった。
その百年の統治は困難で安易には捨てられない努力がなくては語れないはず。だからこそ、北条氏は容易に秀吉の足下に屈しようとしなかったのだろう。その気持ちも理解できる。

歴史が好きな向きには、北条家が関東で成した合戦がいくつか思い浮かぶだろう。
小田原城奪取、八王子城攻防戦、河越夜戦、二回にわたって繰り広げられた国分台合戦など。
「のぼうの城」で知られる忍城の水攻めも忘れてはならないし、滝山城から多摩川を見下ろしながら、攻め寄せる上杉謙信の残像に思いをはせるのも良い。信玄の旗が掛けられた松の跡から見る三増峠の戦場も趣がある。落城間近の小田原城に思いを漂わせながら、秀吉の一夜城を想像すると時間はすぐに過ぎてゆく。
だが、本書は物語ではない。なのでそうした合戦をドラマティックに書くことはない。むしろ学術的な立ち位置を失わぬようにコンパクトな著述を心がけている。

ただ、史実を時系列に描くだけでは読者が退屈してしまう。そこで本書は、全五章の中で北条氏と周辺の大名との関係を軸に進める。

第一章は「北条早雲・氏綱の相模国平定」として基礎作りの時期を描いている。
今川氏の家臣の立場から伊豆を攻めとり、そこから相模へと侵攻して行く流れ。大森氏から小田原城を奪取し、小田原を拠点に三浦氏との抗争の果て、相模を統一するまでの日々や、武蔵への勢力拡張に進むまでを。

第二章では「北条氏康と上杉謙信」として両上杉氏の抗争の中、関東管領に就いた上杉謙信が数たび関東へ来襲し、それに対抗した北条氏康の統治が描かれる。
北条氏の関東支配はいく度も危機にさらされている。が、滝山城の攻防や小田原城包囲など上杉謙信が関東を蹂躙したこの時期がもっとも危機に瀕していたといえる。

第三章では「北条氏政と武田信玄」として武田信玄が小田原城を攻めた時期を取り上げている。
上杉謙信もいくどか関東への出兵を企てていたこの時期。北条家がもっとも戦に明け暮れた時期だといえる。農民からも徴兵しなければならないほどに。その分、内政にも力を入れた時期だと思われる。そして今川家、上杉家、武田家とは何度も同盟を結んでは破棄する外交の繰り返し。

第四章では「北条氏直と徳川家康・豊臣秀吉」として天下の大勢が定まりつつあった中、関東の雄として存在感を見せていた北条家に圧迫が加えられていく様子が描かれる。
名胡桃城をめぐる真田昌幸との抗争や、佐竹・結城氏との闘い。天下をほぼ手中におさめた豊臣秀吉にとって、落ち着く様子がない関東平野は目立っていたに違いない。何らかの手段で統治せねばならないことや、そのためにはその地を治める北条家と一戦を交えなければならないことも。

終章は「小田原合戦への道」と籠城を選択した北条氏が圧倒的な豊臣連合軍の前に降伏していくさまが描かれる。
敗戦の結果、氏政は切腹、氏直は高野山へ追放されるなど、各地に散り散りとなった北条家。
北条家を滅亡に追いやった小田原合戦こそ、戦国の最後を締めくくる戦いと呼んでもいいのではないか。
もちろん、戦国時代は大坂の役をもって終焉したことに異論はない。ただ、全国統一という道にあっては、小田原の戦いが一つの大きな道程になったことは間違いないと考えている。

小田原の戦いで敗れたことで関東の盟主が徳川家に移った。それなのに小田原においては徳川の名を聞くことはない。
400年たった今も、小田原の人々は北条家の統治に懐かしさを覚えているかのようだ。よほど優れた内政が行われていたのだろう。
この度、小田原の人々から北条家についての思いを伺ったことで、私は北条家の各城を巡ってみようとの思いを強くした。
もちろん本書を携えて。

‘2018/11/10-2018/11/12


日本列島七曲り


これこそ著者の毒がそこいらにまかれたスラップ・スティックの宝の山だ。

著者にかかればタブーなどどこ吹く風。性も英雄も深刻な事件も政治も茶化してしまう著者の悪ノリが盛り込まれている。

「誘拐横丁」
複数のご近所家族が子どもを誘拐しあうぶっ飛んだ内容の短編。
ご近所同士で子を奪い合い、金をよこせとお隣さんの間で金が飛び交う。
そんな狂った関係も本当の殺戮につながらず、最後は乱交パーティーに突入するあたりが、本編のユーモラスな後味につながっている。
そこには著者の根本の人の良さが垣間見える。

「融合家族」
一つの家屋を奪い合った結果、二組の夫婦が標準的な広さの家屋に無理やり同居する話。
片方の家族の居間がもう片方の家族の使う台所で、片方の家族の玄関はもう片方の家族の夜の寝室を使う。しかもお互いを意識しつつ無視しながら。
こんなこんがらがった設定は小説ならでは。本編こそ映像化できない作品といえるのではないか。そして著者のすごさが堪能できる作品だと思う。
ちなみに本編も最後は乱交パーティーに突入する。

「陰悩録」
本書を読む一カ月前に訪れた世田谷文学館の筒井康隆展で、数作品の拡大された生原稿のすべてが壁に掲げられていた。
「関節話法」「バブリング創世紀」と並んで本編も。
ひらがなを主体に記された本編は、ユーモアを失わずにオチで読者を驚かせる。その点からも著者の名作の一つである事は言うまでもない。
おそらくは著者が入浴した際にひらめいたのだろうけど、そこから本編にまで発想をふくらませられたことがすごい。

「奇ツ怪陋劣潜望鏡」
人の心に潜む欲望が妙な幻覚として日常をむしばんでいく様子が描かれている。妙な幻覚とは、抑圧された性への渇望を抱えたまま結婚したあるカップルに起こる。
具体的には潜望鏡の形をとって日常のあらゆる場所に登場する。
今から思うと、よくありがちなネタなのだろう。だが、無意識の現れなど随所に著者の心理学の知識が現れているのが面白い。
もっとも、本編が前提としている性の抑圧は、ネット上でいくらでも性的な発散ができる現代では通用しない気もするが。

「郵性省」
これまた性のエネルギーについて。
オナニーによってテレポーテーションができる能力を身につけた益夫の物語。
男子の、しかも高校生の性のエネルギーはかなり高そう。だから、本編のような突き抜けた物語もあながち夢物語には思えない。
それにしても著者の突き抜け方はさすがと言うしかない。着想からの展開の広がりは、著者の感嘆すべき点だ。
本編はオチも秀逸。

「日本列島七曲り」
表題作。発表された当時、盛んだったハイジャックを風刺している。
こうした深刻な事件も著者の筆にかかれば、スラップ・スティックの格好の題材になる。実際、思想のために飛行機を乗っ取る行いなど、悪い冗談でしかない。9.11でワールドセンタービルに飛行機が突っ込む瞬間を中継で見ていた私は、なおさらそう思う。
本編を不謹慎というのは簡単だが、テロ行為をこうした手法で批評したっていいじゃないかと思う。

「桃太郎輪廻」
桃太郎という誰もが知る童話も著者が翻案すると、悪趣味な内容へと早変わり。
桃太郎だけでなく、グリム童話の名作も取り込んだ内容は、童話のほのぼの感とは無縁。
本能のままに突き進んだ桃太郎一行がやらかす悪事は、童話として中和され薄められた物語の元となった逸話がもっとギラギラとヤバかった事を思わせる。
本編のオチは有名な桃太郎の冒頭シーンにきっちりと輪廻させていて、そうした部分に著者の着想のすばらしさを感じる。

「わが名はイサミ」
メタキャラとして著者が顔を出しまくる本編は、新撰組局長の近藤勇を茶化しまくっている。歴史上の英雄だろうが知ったことか、とばかりに。
勝沼の戦いに赴くまでに甲陽鎮撫隊が連日宴会を繰り返しながら進軍し、新政府軍に先に甲府城を押さえられた失態は史実に残されている。その史実をモチーフに、近藤勇の人物を徹底してけなしている。
まったく、著者にはタブーなどないのか、と思いたくなる。

「公害浦島覗機関」
本編は著者の作品の中でも上位に挙げられるべき作品ではないかと思う。
ホテルの中にある謎の空間の存在に気づいた主人公。
空間からは二つの部屋がのぞける。部屋の様子から、どうも空間の中は周囲に比べて時間の進みが遅くなるらしい。
客室の一つでは首都から人を追い出すため公害を促進しようと画策する政治家が指示を出している。その政策が功を奏し、人が住めないレベルにまで大気汚染が進む。ところが人は首都圏にしがみつき続けそして。
作品のオチが見事。

「ふたりの秘書」
二人の女性の秘書に二股をかける社長のドタバタ。
著者にはフェミニストを敵に回す作品がいくつかあるが、本編もその一つ。
見えと虚栄と相手との比較に余念がない女性の一面を、二人の秘書を描くことで表現している。
ロボット秘書もチラッと登場させることで、人間の人間臭さを揶揄しつつ、人間のおかしみを出すあたり、著者の人の良さがわずかに見える気がする。

「テレビ譫妄症」
テレビ評論家が大量のテレビを見ているうちに、現実との境目が曖昧になっていく様が描かれている。
これはありがちな設定かもしれない。だが、数日間ぶっ通しでオンラインゲームをして死ぬ若者が報道される今、違う意味で現実味を持って迫ってくる。
VRやARなどが私たちの暮らしに身近になってきた最近では。

‘2018/11/08-2018/11/09


古道具 中野商店


最近、めっきり古本屋を見かけなくなった。
私にも関西や関東でいくつか思い浮かぶ古本屋がある。おそらくそうしたお店のほとんどは閉店してしまっただろうけど。最近も町田で高原書店という本好きには知られたお店が閉じてしまった。

古本屋には特有の雰囲気がある。お店に入ったとたん身を包むのは、世間とは明らかに切り離された滞った時間。その独特の時間に身を委ねつつ、本を選ぶ幸せ。
ここ20年、日本各地に出店したブックオフのような新古書店のこうこうと照らされた店内では味わえない雰囲気が古本屋にはある。並べられた本の色が時間の進み方に影響されてくすんでいる店内。
最近では街場のこぢんまりとした古本屋におもむきたければ、神保町まで足を伸ばす手間を惜しまないと。

本書に登場する中野商店は、そのような時代から切り離されたような古本屋とは違う魅力がある。
まず、時間の流れに起伏がある。少なくとも小説を構成する程度には。誰も来ない時間帯の中野商店には持て余す時間もあるだろう。ただ、持ち込まれる商品が本に比べて多種多様なので買取査定の時間は慌ただしくなる。常連客や一見客が出入りし、値段交渉や質問が飛ぶ。
ひょっとしたら、古本屋にも私の知らない時間の起伏があるのかもしれないが。

なによりも違うのが、本書で描かれる中野商店には店主のほかに二人のスタッフがいることだ。
奥座敷にちんまり店主だか店番だかが座っている古本屋のたたずまいと違うのはその点だ。
スタッフがいるとお店にも動きが出てくる。会話も生まれる。そして店主の中野さんの飾らない人柄に引き寄せられ、出入りする関係者がお店の日常にアクセントを加える。

本書は「わたし」の視点から描かれる。
スタッフのわたしから見た中野商店には店主の中野さんの他に、同じスタッフのタケオがいる。そして中野さんの姉のマサヨさんも出入りする。さらに、中野さんの交際女性であるサキ子さんも。
そうした人々がさらにつながりを呼び、人々が中野商店をハブとして集散する。モノを通して人々が思いを通わせてゆく。

古道具屋とは、ひとびとの思いのこもった品が集まる場だ。
古本にも同じことは言えるが、より生活に密着している点では、古道具の方が人の思いが通いやすいのかもしれない。
だから、「わたし」もタケオも、コミュニケーションの能力が足りなくてもモノを通して人々と交われる。働く経験を積み重ね、人間として成長できる。

そんな「わたし」はタケオに思いを寄せる。だがタケオの反応がつかめないでいる。
店番の仕事が多い私と、買い付けに出かけることの多いタケオ。二人の時間が交わることはないけれど、たまに出歩き、セックスし、かといえばささいなことでケンカする。
不器用で人付き合いの苦手な二人が中野商店での日々を通して、人との付き合い方や、世の中で生きて行く道をつかんで行く。本書はそんな話だ。

頼りなくだらしないようでいながら、店を切り盛りする中野さん。たまにしか店に来ないけど、しっかり者で「わたし」を見守り、時には導いてくれるマサヨさん。美人でやり手の同業者なのに、なぜか中野さんと付き合い、そして別れを繰り返すサキ子さん。「わたし」はこうした大人たちとの交わりを通して、少しずつコミュニケーションのコツをつかんでゆく。
こうした大人の存在って大切だと思う。なぜなら私もそうだったから。

昨今、新卒で採用された若者の離職する率が高いという。
ただあくまでもわたしの感覚だが、いきなり企業のビジネスの現場に放り込まれて、如才なくやっていける人の方が少数派ではないだろうか。
だからこそ上意下達の精神が養われた体育会系の人材の内定も決まりやすいのだろうし。

如才なくいきるための訓練を与えられずビジネスの現場に放り込まれた人は、不器用さを嘆きながらも世の中に揉まれてゆくしかない。
本書はそうした人のための一つのケースとしてオススメできる。また、読んだ人によっては勇気付けられる作品だと思う。
本書の結末は、コミュニケーション能力の欠如に苦しむ人にとって一つの回答とすらいえる。

中野商店は、ネットに特化するため、という名目で店を閉じる。
だが「わたし」は派遣社員としてあちこちを渡り歩きながらも社会に参加している。
そして数年後、ひょんな偶然で再会したタケオはウェブデザイナーとして自活の道を歩んでいる。その姿はまさに、私自身が世に出てゆく過程を見ているよう。

中野商店が「わたし」とタケオに与えてくれたものとは月々の給与ではない。スマホやタブレットなしでも人はコミュニケーションを交わしていける実感だ。そして、たどたどしくとも一生懸命に素直に生きていれば、大人になるにつれコミュニケーションに長けてゆける基礎を作ってくれたことだ。
立て板に水を流すようにトークの達人にならなくてもいい。弁舌もさわやかに商談で相手を論破しなくてもいい。社会の片隅で気の合うもの同士で顔を突き合わせて暮らす幸せはあるはず。

本書は、世の中の複雑さと恋愛の煩わしさに尻込みしているコミュ障の若者に読んでほしい一冊だと思う。
私も自分のかつてを思い出し、自分の原点でもあるそういう古本屋に訪れたくなった。

‘2018/11/08-2018/11/08


密会


著者は不条理な状況を描かせたらいまだに名前の上がる作家だと思う。
ただし、実際のところ、著者がなくなってから四半世紀が過ぎた。
その作品の多くは新潮社のサイトを見る限りではまだ絶版にはなっていないようだが、諸作品はだんだんと忘れられつつあるように思う。

それは、著者の不条理を描く舞台の設定にも関係していると思う。要するに舞台設定が古くなりつつあるのだ。
『砂の女』は単純な舞台設定であり、今でも通用する。
ところが、SF的な趣向を取り入れた作品などは、著者が活躍した当時に想定されていた未来が描かれている。ところが現代からみると古さは否めない。これは著者に限らず、他のSF作品にも当てはまることだ。

本書において、舞台は病院だ。病院自体は今でも通じる。
ただ、本書の小道具としてカセットテープが頻繁に登場する。それが古さを感じさせるのだ。

その古さは他にも病院内のいくつもの描写に表れている。そうした描写が、著者が描き出す寓意やメタファーの効果を減じさせてしまっていると思う。
とはいえ、作品にも著者にも罪はない。これも一度印刷されたら変更が効かない文庫本の宿命だと思う。

ただ、本書の肝は、著者が描いたさまざまなメタファーにある。だから道具立ての古さはいったん脇に置くべきだ。
それよりも、著者が描こうとしたメタファーの数々から著者の意図を想像したほうが本書は楽しめる。

人は普段、社会の中で己をさらけ出さずに生きている。体の不調や心の闇など。
しかし、病院はそうした隠し事を明らかにする場所だ。心に問題を抱える方は精神科であらゆる角度から分析され、心の闇を日にさらされる。体に問題があればメスがはいり、臓器は外気に触れる。レントゲンは透視という名の下、現像される。

人の生死が最もくっきりと分かたれ、もっとも混在するのが病院であることは周知のことだ。
それゆえ、患者側の感情はあらわになる。そして医療側はそうした痛みから防御するため、無関心の鎧をまとう。
片方の感情が抑圧されつつ、片方の感情は爆発する場が病院なのだ。感情の温度差が激しいほど混沌が生まれ、常識では測りがたい異形の物や不可思議な現象が呼び出される。

本書はまさにそうしたメタファーや異形のものが病院内に巣食う。
その表れが性の営みの異常な形だ。病院の殺風景な建物の中で、この世のものではないかのように性のリビドーが異様な姿に変容する。
常識を体現しているはずの病院で、整然と秩序に従うことは、いびつな圧力をリビドーに加える。

始めがまともな姿ならまだいい。だが、本書においては当初から不条理な姿をとっている。不条理に登場し、不条理に行動する。だから不気味なのだ。
その様子の裏に感じられる狂気。それが整然とした病院内で現れるからこそ、得体のしれない衝動が読者を襲う。

整然とした病院の秩序を表すため、著者はあえて急患受付台帳の様式を挿入する。唐突に文中に現れたその台帳には、署名され、印鑑が押され、整然と表現されている。
もちろん、この台帳が表しているのは病院の秩序であると同時に、世の窮屈さであり、抑圧の象徴でもある。

職場の役割分担や職階は、組織を統制し、回していくためには欠かせない。だが、それは感情に蓋をし、病院内のあらゆる物事を事務的に処理する振る舞いにつながる。
そうした秩序を守ろうとする営みは、感情を持て余す人々の狂気をますます呼び起こし、主人公をより一層不条理な状況に追いやってゆく。

つまり、著者が本書で描こうとしているのは、社会が根本的に抱えている歪みと矛盾そのものなのだ。
主人公をめぐる状況の変化は、私たちが社会の中で成長するにつれ感じるものと同じ。整然とした病院の裏にある狂気は社会の歪さの現れ。

私たちは本書の主人公のように、なんとかしてこの混沌とした現実を生き抜こうとする。
だが、社会を生きる以上、人と関わるほかはない。今の社会はオフィスで長時間、同じ時間を過ごすことが求められる。
それなのに、人の心はわからない。
長時間一緒にいると、なじみであるはずの人の心が見えなくなる瞬間がある。それは同じ職場で机を隣り合わせ、長い間、顔を合わせていても。

この事務仕事という営みがはらむ非人間的な側面は、今までの人類があまり経験してこなかったものだと思う。
他人同士が同じ空間に長いあいだ同居する。それは人がまだなじんでいない時間の過ごし方だ。
おそらく、家族とは、その時間の過ごし方で共有できるからこそ、家族として成り立つのだろう。

ところが、オフィスは別だ。近代の事務作業は、そうしたストレスに満ちた状況を人に強いてしまっている。しかも本書ではそこいら中に盗聴器が付けられ、ますます窮屈に描かれている。

何からも逃げようと病院を駆け回る主人公。そんな主人公が最後に過ごす場所が一人だけの密会。
現代の社会には自分自身にすら密会できる時間と空間がない、ということだろうか。

本書が発表されて四十年以上が過ぎ、ようやくわが国では新しい働き方が採用されつつある。
だが、本書が発表された時期はそうした矛盾がもっとも現れた時期だったように思う。
それを見事に現代の人間を追い詰める様として描いた著者の慧眼はさすがだと思う。

‘2018/11/03-2018/11/08


声の狩人 開高健ルポルタージュ選集


著者を称して「行動する作家」と呼ぶ。

二、三年前、茅ヶ崎にある開高健記念館に訪れた際、行動する作家の片鱗に触れ、著者に興味を持った。

著者は釣りやグルメの印象が強い。それはおそらく、作家として円熟期に入ったのちの著者がメディアに出る際、そうした側面が前面に出されたからだろう。
だが、行動する作家、とは旅する作家と同義ではない。

作家として活動し始めた頃、著者はより硬派な行動を実践していた。
戦場で敵に囲まれあわや全滅の憂き目をみたり、東西陣営の前線で世界の矛盾を体感したり。あるいはアイヒマン裁判を傍聴してで戦争の本質に懊悩したり。

著者は、身の危険をいとわずに、世界の現実に向き合う。
書物から得た観念をこねくり回すことはしない。
自らは安全な場所にいながら、悠々と批判する事をよしとしない。
著者の行動する作家の称号は、行動するがゆえに付けられたものなのだ。

そうした著者の姿勢に、今さらながら新鮮なものを感じた。
そして惹かれた。
安全な場所から身を守られつつ、ブログをかける身分である自分を自覚しつつ。
いくら惹かれようとも、著者と同じように戦場の前線に赴くことになり得ない事を予感しつつ。

没後30年を迎え、著者の文学的な業績は過去に遠ざかりつつある。
ましてや、著者の行動する作家としての側面はさらに忘れられつつある。
だが、冷戦後の世界が再び動き出そうとする今だからこそ、冷戦の終結を見届けるかのように逝った行動する作家としての姿勢は見直されるべきと思うのだ。

冷戦が終わったといっても、世界の矛盾はそのままに残されている。
ソ連が崩壊し、ベルリンの壁が崩され、東西ドイツや南北ベトナムが統一された以外は何も変わっていない。
朝鮮は南北に分断されたままであり、強大な国にのし上がった中国を統治するのは今もなお共産党だ。
ロシア連邦も再び強大な国家に復帰する機会を虎視眈々と狙っている。
そもそも、イスラム世界とキリスト世界の間が相互で理解し合うのがいつの日だろう。パレスチナ国家をアラブの国々が心から承認する日はくるのだろう。ドイツで息を吹き返しつつあるネオナチはナチス・ドイツの振る舞いを拒絶するのだろうか。
誰にも分からない。

それどころか、アメリカは世界の警察であることに及び腰となっている。日韓の間では関係が悪化している。EUですらイギリスの離脱騒ぎや、各国の財政悪化などで手一杯だ。
世界がまた混迷に向かっている。

冷戦後、いっときは平穏に見えたかのような世界は実は休みの時期に過ぎなかったのではないか。実は何も解決しておらず、世界の矛盾は内で力を蓄えていたのではないか。
その暗い予感は、わが国の活力が失われ、硬直している今だからこそ、切実に迫ってくる。
次に世界が混乱した時、日本は果たして立ち向かえるのだろうか、という恐れが脳裏から去らない。

本書は著者が旅先でたひりつくような東西の矛盾がぶつかり合う現場や、アイヒマン裁判を傍聴して感じたこと、などを密に描いたルポルタージュ集だ。

「一族再会」では、死海の過酷な自然から、この土地の絶望的な矛盾に思いをはせる。
古来、流浪の運命を余儀なくされたユダヤ民族は、苛烈な迫害も乗り越え、二千数百年の時をへて建国する。
生き残ることが至上命令と結束した民族は強い。
自殺者がすくないのも、そもそも自殺よりも差し迫った悩みが国民を覆っているから。
著者の筆はそうした本質に迫ってゆく。

「裁きは終わりぬ」では、アイヒマン裁判を傍聴した著者が、600万人の殺人について、官僚主義の仮面をかぶって逃避し続けるアイヒマンに、著者は深刻に悩み抜く。政治や道徳の敗北。哲学や倫理の不在。
アイヒマンを皮切りに、ナチスの戦犯のうち何人かはニュルンベルクで判決を受けた。だが、ヒトラーをはじめとした首脳は裁きの場にすら現れなかった。
一体、何が裁かれ、何が見過ごされたのか。
著者はアイヒマンを絞首刑にせず生かしておくべきだったと訴える。
顔に鉤十字の焼き印を押した生かしておけば、裁きの本質にせまれた、とでもいうかのように。

「誇りと偏見」は、ソ連へ旅の中で著者が感じ取ろうとした、核による終末の予感だ。
東西がいつでも相手を滅ぼしうる核兵器を蓄えてる現実。
その現実の火蓋を切るのは閉鎖されたソ連なのか。そんな兆しを著者は街の空気から嗅ぎ取ろうとする。
ステレオタイプな社会主義の印象に目をくらまされないためにも、著者は街を歩き、自分の目で体感する。
今になって思うと、ソ連からは核兵器の代わりの放射能が降ってきたわけだが、そうした滅びの終末観が著者のルポからは感じられる。

「ソヴェトその日その日」は、終末のソ連ではなく、より文化的な側面を見極めようとした著者の作家としての好奇心がのぞく。
共産主義の教条のくびきが解けようとしているのではないか。暗く陰惨なスターリンの時代はフルシチョフの時代をへて過去となり、新たなスラヴの文化の華が開くのではないか。
著者の願いは、アメリカが主導する文化にNOを突きつけたいこと、というのはわかる。
だが、数十年後の今、スラヴ文化が世界を席巻する兆しはまだ見えていない。

「ベルリン、東から西へ」でも、著者の文化を比較する視点は鋭さを増す。
東から西へと通過する旅路は、まさに東西文化に比較にうってつけ。今にも東側を侵そうとする西の文化。
その衝突点があからさまに国の境目の証となってあらわれる。
それでいながらドイツの文化と民族は同じであること。著者はここで国境とはなんだろうか、と問いかける。
文化を愛する著者ゆえに、不幸な断絶が目につくのだろうか。

「声の狩人」は、ソ連を横断してパリに着いた著者が、花の都とは程遠いパリに寒々しさを覚える。
アルジェリア問題は激しさを増し、米州機構反対デモが殺伐とした雰囲気をパリに与えていた。
実は自由を謳歌するはずのパリこそが、最も矛盾の渦巻く場所だったという、著者の醒めた観察が余韻を与える。
結局著者は、あらゆる幻想を拒んでいた人だったのだろう。

「核兵器 人間 文学」は、大江健三郎氏、そして著者とともに東欧を訪問した田中 良氏による文だ。
三人でフランスのジャン・ポール・サルトルに質問を投げかける様が描かれる。
ジャン・ポール・サルトルは、のちにノーベル文学賞を受賞するも、辞退した硬骨の人物として知られる。
ただ、当代一の碩学であり、時代の矛盾を人一番察していたサルトルに二人に作家が投げかける質問とその答えは、どこか食い違っている感が拭えない。
この点にこそ、東西の矛盾が最も表れているのかもしれない。

「サルトルとの四十分」は、そのサルトルとの会談を振り返った著者にる感想だ。
パリに来るまでソ連を訪れ、その中で左翼陣営の夢見た世界とは程遠い現実を見た著者と、西洋文化を体現するフランスの文化のシンボルでもあるサルトルとの会談は、著者に埋めようもない断絶を感じさせたらしい。
日本から見た共産主義と、フランスから見た共産主義の何が違うのか。
それが西洋人の文化から生まれたかどうかの差なのだろうか。
著者の戸惑いは今の私たちにもわずかに理解できる。

「あとがき」でも著者の戸惑いは続く。
本書に記された著者の見た現実が、時代の流れの速さに着いていけず、過去の出来事になってしまったこと。
その事実に著者は卒直に戸惑いを隠さない。

そうした著者の人物を、解説の重里徹也氏は描く。
「開高がしきりにのめりこんでいくのは、こういう、現実と理想の狭間に生まれる襞のようなものに対してである」(239ページ)

ルポルタージュとは、そうした営みに違いない。

‘2018/11/1-2018/11/2


日本ふーど記


著者はエッセイストとして著名だが、著作を読むのは本書が始めて。

最近はエッセイを読む機会に乏しい。
それは発表されるエッセイやそれを産み出すエッセイストの問題ではなく、ネット上に乱舞するブログやツイートのせいだろう。
エッセイもどきの文章がこれだけ多く発信されれば、いくら優れたエッセイであっても埋もれてしまう。
雑誌とウェブでは媒体が違うとはいえ、雑誌自体が読まれなくなっている今では、ますます紙媒体に発表されるエッセイの存在感は薄れる一方だ。

だが、紙媒体のエッセイとウェブの情報には違いがある。それは稿料の発生だ。
ウェブ媒体にも稿料は発生する場合はある。ただ、その対象はより専門分野に偏っている。
そうした中、著者の日々のよしなし事をつづるエッセイに稿料をはらう例は知らない。ましてや有料サイトでは皆無ではないだろうか。

もちろん、そこには文化の違いがある。ウェブ日常の情報収集の手段とする世代と、昔ながらの紙の媒体を信奉する世代の違いが。
ただ、エッセイとして稿料が支払われるには、それだけの面白さがあるはず。ましてや、本書のようにエッセイとして出版されるとなると、理由もあるはずだ。
もちろん、ブログがあふれる今と本書が発行された昭和の終わりではビジネス環境も違う。
だが、著者はエッセイストとして、エッセイで生計を立てている。そこに何かのヒントはないか、と思った。

本書を町田の高原書店の入り口の特価本コーナーで見つけた時、私は会津で農業体験をして間もない頃だった。日本の食にとても関心が高く、何かできないかと思っていた。
だからこそ、本書が私の目にひときわ大きく映った。

本書は著者が日本各地の食を巡った食べ歩記だ。だからうまそうな描写が満載だ。
だが、うまそうな描写が嫌みに感じない。それが本書の良いところだ。
本書を読んでいると、食い物に関するウンチクもチラホラ出て来る。ところが、それが知識のひけらかしにも、自由に旅ができる境遇の自慢にも聞こえないのがよい。
著者は美味を語り、ウンチクも語る。そして、それと同じぐらい失敗談も載せる。その失敗談についクスリとさせられる。結果として、著者にもエッセイにも良い読後感をもたらす。

実はエッセイもブログもツイートも、自分の失敗や弱みをほど良く混ぜるのがコツだ。これは簡単なようで案外難しい。
ツイートやウォールやブログなどを見ていると、だいたいいいねやコメントがつくのは、自分を高めず、他を上げるものが多い。
だが、往々にして成長するにつれ、失敗をしでかすこと自体が減ってくる。プライドが邪魔して自分の失敗をさらけ出したくない、という意識もあるだろう。そこにはむしろ、仕事で失敗できない、という身を守る意識が四六時中、働いているように思える。

だからこそ、中高年の書くものには、リア充の臭いが鼻に付くのだ。
私もイタイ中年の書き手の一人だと自覚しているし、若者とってみれば、私の書く内容は、オヤジのリア充自慢が鼻に付くだろうな、と自分でも思う。
私の場合、ツイートでもウォールでもブログでも、自分を飾るつもりや繕うつもりは全くない。にも関わらず、ある程度生きるコツをつかんでくると、失敗の頻度が自然と減ってくるのだ。
大人になるとはこういう事か、と最近とみに思う。

そこに来て著者のエッセイだ。
絶妙に失敗談を織り込んでいる。
そして著者は、各地の料理や人を決してくさす事がない。それでいて、不自然に自分をおとしめることもしない。
ここで語られる失敗談は旅人につきものの無知。つまり著者の旅は謙虚なのだ。謙虚であり博識。博識であっても全能でないために失敗する。

「薩摩鹿児島」では地元の女将のモチ肌に勘違いする。勘違いしながら、居酒屋では薩摩の偉人たちの名が付けられた料理を飲み食いする。
「群馬下仁田」では、コンニャクを食い過ぎた夜に異常な空腹に苦しむ。
「瀬戸内讃岐」では、うどんとたこ焼きまでは良かったが、広島のお好み焼き屋で間髪入れさせないおばさんに気押され、うどんと答えた著者の前に焼かれるお好み焼きとその中のうどんに閉口する。
「若狭近江」ではサバずしを食したまでは良かったが、フナずしのあまりの旨さになぜ二尾を買わなかったかを悔やむ。
「北海道」では各地の海や山の産物を語る合間に、寝坊して特急に乗り損ねたために悲惨な目にあった思い出を語る。
「土佐高知」では魚文化から皿鉢料理に話題を移し、器に乗せればなんでもいい自由な土佐の精神をたたえる。かと思えば、最後に訪れた喫茶店でコーヒーと番茶で胃をガボガボにする。
「岩手三陸」ではホヤから話を始めたはずが、わんこそばを食わらされてダウンする。
「木曾信濃」は佐久の鯉料理からはじまり、ソバ、そして馬肉料理と巡って、最後はハチの子料理を著者の望む以上に食わされる。
「秋田金沢日本海」ではキリタンポやショッツルが登場する。そして日本の、裏側の土地の文化を考えあぐねて胸焼けする。
「博多長崎」に来てようやく、失敗談は出てこない。だが、ヒリョーズや卓袱料理、ちゃんぽんを語った後に長崎人はエライ!と無邪気に持ち上げてみせる。
「松坂熊野」は海の幸に松坂牛が並ぶ前半と、高野山の宿坊で精進料理にひもじい思いをさせられる後半とのギャップがよい。
「エピローグ/東京」では、江戸前鮨の成り立ちと歴史を語り、ファストフードの元祖が寿司である以上、今のファストフードもどうなるかわからないと一席ぶっておきながら、おかんじょう、と小声で遠慮がちに言う著者が書かれる。

そうしたバランスが本書の心地よい点だ。
かつてのエッセイストとは、こうした嫌味にならず、読者の心の機微をよく心得ていたのだろう。
私もそれにならい、そうしたイベントをほどよく織り交ぜたい。私の場合、ビジネスモードを忘れさえすれば、普通に間の抜けた毎日を送れているようなので。

‘2018/10/31-2018/10/31


鉄道と国家 「我田引鉄」の近現代史


旅が好きな私。だが、鉄道で日本を網羅するまでには至っていない。日本全国に張り巡らされた鉄道のうち、私が乗ったのはせいぜい5分の1程度ではないだろうか。

今、鉄道が岐路に立っている。私が子供の頃、鉄道の網の目はさらに細かく張り巡らされていた。それが、日本国有鉄道(国鉄)の末期に多くの赤字路線が廃止されたことによって、今のような鉄道網に落ち着いてきたいきさつががある。

それほど細かく長大な路線網を日本国中に敷き詰めた原動力とは何だったのか。その理由を考えるとき、国の軍事上の要請があったことに思い至る。わが国は道路の整備に消極的だ。それは群雄割拠の時期が長かったことに遠因がある。だから明治維新後、道路よりも鉄道の整備が優先された。

鉄道に限らず、さまざまなインフラ整備の背後には、軍事の影がちらつく。鉄道の場合、軍の果たした役割はより明らかだ。軍部の要望によって優先的に日本国中に鉄道網が敷き詰められていったからだ。明治維新の後、急速に開国し、国力を充実させる必要に迫られた明治政府は、全国に鉄道を敷設することで軍事用の鉄道を急いで充実させた。本書にはそうしたいきさつが改軌(狭軌から広軌)の問題も含めて提示される。

当時、部隊を大量に戦地に送るには、船または鉄道に頼るほかなかった。その中でも、より早く迅速に輸送する手段として鉄道は欠かせない。日清・日露の戦いの中で日本中の兵隊が迅速かつ大量に広島や呉、下関から出征し、戦勝に寄与したことでもそれは明らかだ。

経済の要請よりも、政治が優先された時代。それは鉄道と国家を考える上で興味深い。だが、そうした国家の意志があったからこそ、鉄道は迅速に日本中に敷き詰められたのだろう。

そして、軍事的に重んじられなくなり、なおかつ日常の生活の移動にも鉄道が利用されなくなったことで、鉄道の廃止の流れが加速している。結局、住民の移動だけが目的であれば、車で事足りてしまう。鉄道は時代の流れに取り残されてしまったのだ。

鉄道とは国の要請や政策の変動に翻弄されてきた。それは新幹線計画ですら同じ。戦時中に弾丸列車として構想された新幹線は、戦後復興のシンボルとして、オリンピックと並び称される存在になった。そこには佐藤首相が鉄道院出身だったことも関係しているだろう。国によって復興のシンボルと祭り上げられる新幹線。ここでも鉄道は国に利用されている。

鉄道とは移動の道具。そして移動とは庶民にとって手の届かないぜいたくだった。明治維新より前、自由に移動ができたのは国民のうちでもわずか。いわば封建からの解放の象徴が移動だ。その手段が国によって整備されて、短期間で長距離の移動が可能になった事は、政府の威信を国民に示す絶好の機会となったはずだ。

また、それは政治家にとっても有効な武器となったに違いない。本書にも駅の誘致や停車駅の設置などの事例が登場する。例えば岐阜羽島駅、深谷駅などがそうだ。また、そもそも路線自体を政治の力で誘致する例もある。例を挙げれば岩手の大船渡線は奇妙に路線が迂回している。諏訪から松本までの路線が辰野廻りになっているのもそうだ。また、上越新幹線の開通に田中角栄の力が大きく発揮されたことは周知の事実。そうした「我田引鉄」の事例は、駅が街の発展の中心であった時代を如実に表している。

だが今や、駅周辺はシャッター通りと化している。車で行ける大きなショッピングモールが栄え、さらにショッピングモールすらネット社会の到来によって変化を余儀なくされている。本書には新幹線の南びわこ駅が知事の一存で中止にされた事例も登場しているが、それも鉄道の重要性が低下したことの一つの表れなのだろう。

明らかに鉄道が国家にとって重要でなくなりつつある。少なくとも、主要な都市間を輸送するのではない用途では。本書にはそうした地方自治体の長たちが廃止を回避しようと努力する姿も紹介する。北海道の美幸線に対する地元町長の涙ぐましい努力もむなしく廃止され、近年の災害で不通になった路線も次々と廃止されている。これもまた、時代の流れなのだろう。ただ、田中角栄が

旅が好きな私。だが、鉄道で日本を網羅するまでには至っていない。日本全国に張り巡らされた鉄道のうち、私が乗ったのはせいぜい5分の1程度ではないだろうか。

今、鉄道が岐路に立っている。私が子供の頃、鉄道の網の目はさらに細かく張り巡らされていた。それが、日本国有鉄道(国鉄)の末期に多くの赤字路線が廃止されたことによって、今のような鉄道網に落ち着いてきたいきさつががある。

それほど細かく長大な路線網を日本国中に敷き詰めた原動力とは何だったのか。その理由を考えるとき、国の軍事上の要請があったことに思い至る。わが国は道路の整備に消極的だ。それは群雄割拠の時期が長かったことに遠因がある。だから明治維新後、道路よりも鉄道の整備が優先された。

鉄道に限らず、さまざまなインフラ整備の背後には、軍事の影がちらつく。鉄道の場合、軍の果たした役割はより明らかだ。軍部の要望によって優先的に日本国中に鉄道網が敷き詰められていったからだ。明治維新の後、急速に開国し、国力を充実させる必要に迫られた明治政府は、全国に鉄道を敷設することで軍事用の鉄道を急いで充実させた。本書にはそうしたいきさつが改軌(狭軌から広軌)の問題も含めて提示される。

当時、部隊を大量に戦地に送るには、船または鉄道に頼るほかなかった。その中でも、より早く迅速に輸送する手段として鉄道は欠かせない。日清・日露の戦いの中で日本中の兵隊が迅速かつ大量に広島や呉、下関から出征し、戦勝に寄与したことでもそれは明らかだ。

経済の要請よりも、政治が優先された時代。それは鉄道と国家を考える上で興味深い。だが、そうした国家の意志があったからこそ、鉄道は迅速に日本中に敷き詰められたのだろう。

そして、軍事的に重んじられなくなり、なおかつ日常の生活の移動にも鉄道が利用されなくなったことで、鉄道の廃止の流れが加速している。結局、住民の移動だけが目的であれば、車で事足りてしまう。鉄道は時代の流れに取り残されてしまったのだ。

鉄道とは国の要請や政策の変動に翻弄されてきた。それは新幹線計画ですら同じ。戦時中に弾丸列車として構想された新幹線は、戦後復興のシンボルとして、オリンピックと並び称される存在になった。そこには佐藤首相が鉄道院出身だったことも関係しているだろう。国によって復興のシンボルと祭り上げられる新幹線。ここでも鉄道は国に利用されている。

鉄道とは移動の道具。そして移動とは庶民にとって手の届かないぜいたくだった。明治維新より前、自由に移動ができたのは国民のうちでもわずか。いわば封建からの解放の象徴が移動だ。その手段が国によって整備されて、短期間で長距離の移動が可能になった事は、政府の威信を国民に示す絶好の機会となったはずだ。

また、それは政治家にとっても有効な武器となったに違いない。本書にも駅の誘致や停車駅の設置などの事例が登場する。例えば岐阜羽島駅、深谷駅などがそうだ。また、そもそも路線自体を政治の力で誘致する例もある。例を挙げれば岩手の大船渡線は奇妙に路線が迂回している。諏訪から松本までの路線が辰野廻りになっているのもそうだ。また、上越新幹線の開通に田中角栄の力が大きく発揮されたことは周知の事実。そうした「我田引鉄」の事例は、駅が街の発展の中心であった時代を如実に表している。

だが今や、駅周辺はシャッター通りと化している。車で行ける大きなショッピングモールが栄え、さらにショッピングモールすらネット社会の到来によって変化を余儀なくされている。本書には新幹線の南びわこ駅が知事の一存で中止にされた事例も登場しているが、それも鉄道の重要性が低下したことの一つの表れなのだろう。

明らかに鉄道が国家にとって重要でなくなりつつある。少なくとも、主要な都市間を輸送するのではない用途では。本書にはそうした地方自治体の長たちが廃止を回避しようと努力する姿も紹介する。北海道の美幸線に対する地元町長の涙ぐましい努力もむなしく廃止され、近年の災害で不通になった路線も次々と廃止されている。これもまた、時代の流れなのだろう。ただ、田中角栄が『日本列島改造論』の中で赤字であっても地方ローカル線の存続を訴えていたことは本書で初めて知った。地方創生の流れが出てきている最近だからこそ、なおもう一度光が当たってもよいかもしれない、と思った。

だが、都市間輸送に限れば日本の路線が廃止されることは当分なさそうだ。それどころか海外に鉄道システムを輸出する動きも盛んだ。本書の終章ではそうした国を挙げての日本の鉄道システム輸出の取り組みが描かれている。今や日本の鉄道が時間に正確であることは世界でも知れ渡っているからだ。

鉄道によって発展してきたわが国は、自らが育てそして養われてきた鉄道システムを輸出するまでになった。ただ、その鉄道が結局は地域のインフラになりえなかったこともまた事実。その事に私は残念さを覚える。その一方で今、抜本的な鉄道システムの研究が進んでいると聞く。それは例えば、自動運転を含めて交通のあり方を概念から変えることだろう。

だからせめて、軌道だけは廃止せずに残しておいてもらえると、今後の鉄道網が復活する希望が持てるのだが。少なくとも私が乗りつぶしを達成するまででもよいから。

‘2018/10/30-2018/10/30


イマドキ古事記 スサノオはヤンキー、アマテラスは引きこもり


旅が好きな私。日本各地の神社にもよく訪れる。
神社を訪れた際、そこに掲げられた由緒書は必ず読むようにしている。
ところが、その内容が全く覚えられない。特に御祭神となるとさっぱりだ。

神代文字に当てた漢字の連なりも、神の名前も、神社を出るとすぐに忘れてしまう。
翌日になるとほとんど覚えていない。
そんな調子だから、いまだに古事記の内容を語れない。
何度も入門書や岩波文庫にチャレンジをしているのだが、内容が覚えられないのだ。

結局、私が覚えている事は、子供向けの本に出るような有名な挿話をなぞるだけになってしまう。
いつも、旅に出て神社を訪れる度に、何とかして古事記を覚え、理解しなければ、と思っていた。

そんなところに、妻がこのような本を買ってきた。タイトルからしてクダけている。
クダけ過ぎている。
スサノオはマザコンのヤンキーだし、アマテラスは引きこもりでしかもロリ巫女。因幡の白ウサギはバニーガールで、海幸山幸はねらー(5ちゃんねるの住人)だ。

文体もそう。砕けている。
私はあまりライトノベルを読んでいないが、ライトノベルの読後感は、多分こんな感じなのだろう。
折り目正しく端正な日本語とは無縁の文体。
ネット・スラングを操り、SNSを使いこなす神々。
かなりはっちゃけている。今の若者風に。
それがイマドキ。

でも、イマドキだからいいのだ。

暴れ狂うスサノオも、古事記に書かれる姿は何やらしかつめらしく武張っている。威厳ある神の姿。
だが、暴れ狂う姿は、成人式で傍若無人の所業に狂うヤンキーと変わらない。しかも母のアマテラスへの甘えを持っているからたちが悪い。
スサノオにサジを投げ、天の岩戸に隠れたアマテラスも、見方を変えれば、ドアを閉め切った引きこもりと変わらない。

文化、文明、言葉。そうしたものが古めかしいと、権威を帯びてしまう。
そして、古典としてある種の侵しがたい対象へと化ける。

だが、同じ時代を生きた神々が見た身内とは、案外、今の私たちがSNSに一喜一憂し、仕事にレジャーに家庭に勤しむ姿とそう変わらないように思える。
「いまどきの若いものは」と愚痴る文句が古代の遺跡から見つかった、と言う話はよく聞く。
このエピソードは、今も昔もそう変わらない事実を私たちに教えてくれる。
結局昔も同じなら、日本人の祖先を描いた古事記も同じではないか。

神々の行いを全て神聖なものと見なし、全てに深淵なる意味を結びつける場合ではない。
そうした行いは、見る神から見れば、単なる甘えた駄々っ子の振る舞いと変わらない。そう気づいた著者は偉い。
神々とはいえ、今の人間とそう変わらないのでは。そう見直して書き直すと本書が生まれ変わるのだろう。

古事記と名がついていても、やっている事は、今の私たちの行いとそう変わらない。
なら、いっそのこと今風の文体や言葉に変えてしまえ。

そうして、全編が今風な文体と言葉で置き換えられた古事記が本書だ。

本書の内容は古事記の内容とそう変わらない。
ただし、その内容やセリフが大幅にデフォルメされ、脚色されている。
そのため、圧倒的に読み進められる。

まず、あの古めかしい言葉だけで古事記を遠ざけていた向きには、本書はとっつきやすいはずだ。
上に書いた通り、古事記といっても難しいことはなく、ただ神々の日々を少し大げさに描いただけのこと。
それが本書のようにイマドキに変えられると、より親しみが湧くだろう。

ただ、古事記の内容は簡潔だ。
そして登場する神の心象も詳しく描かれることはない。
著者はそれを埋めようと、イマドキのガジェットで埋め尽くす。
それによって現代の若者には親しみが湧くだろう。

だが、ガジェットも行きすぎると、肝心のシナリオを邪魔してしまう。
ライトノベルを読み慣れていないからだろうか。
イマドキの表現に目移りして、肝心の筋書きが頭に入って来にくかった。
それは著者のせいでなく、そうしたイマドキの表現に印象付けられた私のせいなのだが。

これはライトノベルを読み慣れた読者にとって、どうなんだろう。
慣れ親しんだ表現なので、帰って筋書きは頭に入ったのだろうか。
若者が古事記に関心を持ってもらえるなら、私一人が惑わされても大したことではないのだが。

古事記とは、日本創世神話だ。
ナショナリズムを今さら称揚するつもりはないが、古事記に込められている物語の豊かさは、注目しても良いはずだ。
ましてやそれが1700ー2000年の昔から語り継がれて来た。
これだけ豊穣な物語。大陸やユダヤの影響があったとしても荒唐無稽とはいいきれないが、それが昔の日本で編まれたことは事実だから。

だから日本はすごい、とかは考えなくても良い。
けれど、日本人であることを卑下する必要もないと思う。
そうした物語の伝統が今もなお息づいていることを、本書を読んだイマドキの方が感じ取ってくれればと思う。

本書は著者が東北芸術工科大学文芸学部に在籍している間、授業の課題から産まれたそうだ。自由で良いと思う。
温故知新というが、若い人たちが古い書物に新しい光を与えてくれることはよいことだ。

‘2018/10/28-2018/10/29


平の将門


なぜ本書を読もうと思ったか。その答えは、単に時代小説が読みたくなったからにすぎない。

だが、私と平将門の間に何の縁もきっかけもなかった、といえばウソになる。平将門の首塚に数回訪れたことがあるからだ。
千代田区の丸の内にある首塚は有名だ。
乱に敗れ、京でさらされた将門の首が飛んで戻り、落ちたのがこの首塚の地、と伝えられている。

私は東京に住んで二十年になる。
そしてここ最近になって、ようやく都会や首都の東京ではなく、昔からの坂東に興味を抱くようになってきた。
実際、本書を読む少し前には鹿島神宮にも訪れ、坂東の広さや可能性を学んだばかり。

広い坂東において、千年も前の平将門の説が受け継がれている事実。それは、平将門という人物のカリスマ性を感じさせる。
それだけ当時の坂東(今の関東地方)の民衆に強い印象を与えていたのだろう。
それほどまでに都の人々を恐れさせ、坂東の人々に慕われた将門。果たして平将門とはどのような人物なのだろうか。

坂東の広大な地を一時とはいえ手中に収め、都を恐れさせた平将門。
この人物はどういう人物で、どういう生い立ちをへて青年になり、新王と名乗るまでになったのか。一度知ってみたいと思った。

もちろん本書が歴史小説であり、史実をそのまま反映していない事はよくわかっているつもり。
多分、著者による脚色もかなり含まれていることだろう。
だが、それでもいい。
著者が平安時代の坂東をどう解釈し、その時代の中で平将門をどう走らせたのか。そうした本書の全ては、著者による史実の解釈として楽したい。

まず、おじの平国香、平貞盛に東国の平氏の棟梁の座を良いように操られていた相馬小次郎の日々を描く。相馬小次郎とは平将門の幼名だ。
貞盛は将門を亡き者にしようと、豊田郡から横山まではるばる馬の種付けに遣わせる。
だが、豊田郡とは茨城県の下妻辺り。横山とは東京の八王子辺りだ。今の私たちの土地勘から考えると、茨城の真ん中から八王子までの距離を歩かされたわけだ。しかも当時、道が整備されているはずはない。

それを若干15歳ほどの元服したばかりの将門にやらせるあたり、かなりむちゃな話だ。ところが将門はそれをさも当たり前のことのように承り、出かけていく。それを実際にやり遂げようとした将門もすごい。
今の私たちにとってみると、相当の荒行にも思えるが、案外、見渡す限りが草原であり、道らしき道もないただの平野だと、当時の人々にとって距離感と言うものはないに等しいものだったのかもしれない。
著者はこのエピソードによって、現代の読者に距離感の違いを伝えようとしていると受け取った。

また、この当時の坂東の広さを考えてみるべきだ。
広さに加えて人口の少なさ。それはつまり、人に会う確率が少ないことを意味する。
広い坂東の大地で抗争をしたところで、お互いの勢力がどのように勢力を集め、どういう戦略で戦おうとしているのかすら分からない。
今より格段に情報の少ない時代であり、戦国の世のような状態ですらない。平将門の乱とは、実は素朴で小規模の抗争に過ぎなかったのではないか。

この時、東国の平将門にとって運命を握るべき人物がいた。藤原秀郷である。
この人物が、どの勢力につくかによって平将門の運命はがらりと変わる。
また、藤原秀郷が隠棲し、坂東の情勢を見定めていた地は、今で言う古河の辺りだ。
本書で描かれるのは、古河、筑西、府中、八王子。当時の海岸線が今よりもかなり北に寄っていたことも併せて考えると、こうした地名が登場するのにも納得がいく。人は少なく、争いも起きにくいが、それだけにかえって勢力が明確だったのだろう。

もう一つ、本書には将門が遠ざけられるように都に遣いにだされる下りがある。つまり、将門は都を知らない田舎者ではなかったのだ。これは私たちに新たな将門像を提示してくれる。
将門は都での日々で藤原純友と出会う。
後に二人は平安の世を大きく騒がせた藤原純友の乱と平将門の乱を起こした事で歴史に名を残す。
将門が藤原純友と京都で交わした約束。それは、時期を合わせて東西で同時に乱を起こし、朝廷を慌てさせるものだ。
将門が東国で乱を起こす際は、西国の藤原住友と連携する時期を合わせなければならない。
当時の連絡手段は早馬が使われる。だから、今の私たちの感覚ではとうてい想像できないほど、やりとりに時間が掛かっていた。今の情報社会に生きる私たちの感覚からは相当悠長に思えるほどの。

本書を読んでいて勉強になるのは、距離や時間の感覚の違いだ。
現代の私たちの感覚からは、大きくかけ離れている。それを踏まえなければならない。
それを無視したまま本書を読むと、本書で描かれる将門や住友の行動か意思決定の遅さにイライラする事だろう。
本書を読むには、そうした感覚の違いも味わいながら読むとよい。かつての関東平野は、もっと雄大で、もっとゆったりとし、もっとゆとりがあったのだ。

藤原純友とのタイミングは合わなかったとはいえ、一度は東国に覇を唱え、朝廷に対し新皇を名乗るまでに成長した将門。
果たして、平将門が敗れる事なく政権を維持できていたら、東国の歴史はどうなっただろうか。
都が東京に来るのタイミングはもっと早かったかもしれない。
ところが平将門が敗れた後、坂東の地に中央政府が根付くことは、鎌倉幕府を除けば徳川家康が都を構えるまで、800年ほど空白の期間がある。
なぜその間、何も起きなかったのだろうか。

それには、将門の乱が起きる前から頻発していた富士山の噴火や地震など、関東を舞台に起きた天変地異を考える必要がある。
そもそも平将門の乱であれほど将門が縦横無尽に動けたのは、それまでの天変地異で人口が激減していたからとは言えないだろうか。
そのことは、本書では触れていなかったにせよ、当時の平安朝が各地の天変地異に慌てふためいていたことを考えると、考慮すべき要因だと思う。
天変地異や疫病など、災いは全て怨霊のせいにされていた時期だったことも含め。

都の人には、平将門の乱も、坂東で続いた天変地異の最後の締めとして起こったととらえられていた節がある。

そう考えると平将門の首が関東に飛んで帰り、関東で祀られたことと、そしてその後、関東では天変地異の発生が止んだ事が、神田明神をはじめとした平将門の霊が関東の守護神として次第に祀られるようになった理由ではないだろうか。
そうした坂東の当時の地理に加え、天候や地政学を考えてみるとよい。

本書の背後には、そうした時代の流れや天災の不利にも負けず、精一杯駆け抜けようとした板東武士の心意気が見えないだろうか。

‘2018/10/25-2018/10/28


劇団四季と浅利慶太


本書を読む数カ月前に浅利慶太氏が亡くなった。
演劇に一時代を築いた方の逝去とあって、盛大なお別れ会が帝国ホテルで催され、大勢の参列者が来場した。私も友人に誘われて参列した。

すべての参列者に配られた浅利慶太氏の年譜には、演劇を愛する一人の気持ちが込められていた。
その年譜には劇団四季の創立時に浅利慶太氏が書いた文章が収められていて、既存の劇団にケンカを売るような若い勢いのある文章からは、演劇への理想が強くにじみ出ていた。
また、豪華に飾られた棺の両脇には演出家として俳優に指導する姿や演劇論を語る在りし日の浅利氏の映像が流されており、棺の前で黙祷する列に並びながら、参列者が浅利氏について思いを致せるように配慮されていた。

「なぜ宝塚歌劇に客は押し寄せるのか」でも書いた通り、宝塚歌劇の運営体制の裏側を知ってしまってからというもの、私は演劇の理想を見失いかけていた。
そんな私は、浅利氏の説く演劇論に救いを感じた。
劇団四季を宝塚と並び称される劇団にまで育て上げた浅利氏は、劇団の運営をどう考えているのだろうか。
私は浅利氏のお別れ会に参列したのを機会に、浅利慶太氏と劇団四季についてきちんと本をよまねば、と決めた。タイトルそのものの本書を。

著者は政治について語る評論家だ。
そんな方がなぜ演劇を?と思う。だが、劇団四季の躍進を支えた一つの要因に浅利氏と政治家との関係があったことは言うまでもない。
そうした関係が劇団四季の経営を支えたことは、ネットで少し検索すればゴシップ記事として出てくる。
また、著者と劇団四季や浅利慶太氏の縁は、本書の「あとがき」で著者が語っている。血縁も地縁もなく、パーティーで浅利氏の知己を得たことで、著者は劇団四季や浅利慶太氏に物書きとしての興味を抱いたそうだ。
ゴシップ趣味ではなく、劇団四季や浅利慶太氏は本来、興行経営の観点から論じられるべきではないか、という著者の意志。それが本書を生んだ。
もちろん浅利氏と知己である以上、本書は劇団四季と浅利慶太氏の立場に立って論を進める。だから良い面しかみていない。それは前もって頭に入れておいても良いと思う。だが、それでも本書の分析は深いと思う。

まえがきに相当する「オーバーチュア」では、劇団四季の概要と本書がどういう方針で劇団四季と浅利氏を描くかを示す。
劇団四季に対する批判は昔から演劇界にあったらしい。その批判とは、セリフが明朗で聞き取りやすいがゆえに、かえって実生活とは乖離しているというもの。
え?と私は耳を疑う。私はあまり耳が良くない。なので、セリフがよく聞き取れない演目は評価しない。なので、セリフが聞き取れないことがなぜ批判の対象になるのか理解できない。
そもそも観客は舞台の全てを感じ取ろうとするはずではないのか。
私にとってはセリフも重要な舞台の要素だと思う。だが、昔の新劇にはそうした演劇論がまかり通っていたらしい。いわゆる「高尚」な芸術論というやつだろうか。
芸術は高尚であっても良いはず。だが、さすがにセリフが聞き取りずらい事を高尚とは認めたくない。浅利氏でなくても憤激するはずだ。そうした演劇論が「オーバーチュア」では紹介されている。かなり興味深い。

「第1章 ロングランかレパートリーか」
劇団四季は日本で唯一のロングラン・システムを演ずる劇団。それでありながらレパートリー・システムも手掛けている。
他の劇団、例えば宝塚歌劇団は五組がそれぞれに1~2カ月の公演期間の演目を切り替えるレパートリー・システムを採用している。
劇団四季は「キャッツ」や「オペラ座の怪人」「ライオン・キング」など、ロングランが多い印象がある。
それが実現できた背景には劇団四季の創意工夫があったことを著者は解き明かしてゆく。
例えば専用劇場。それによって常に劇団四季の演目が上演できるようになった。
また、地方の都市にある劇場でも演目が上演できるよう、シアター・イン・シアターという舞台装置のパッケージ化を進めるなど、効率化に工夫を重ねてきた。
そうした工夫の数々がロングランを可能にしたといえる。

「第2章 俳優」
この章は、私にとって関心が深い。もちろん宝塚歌劇団との対比において。
宝塚歌劇の場合、ジェンヌさんは生徒の扱いでありながら、実際は舞台の上ではプロとして演じている。そして生徒の扱いでありながら、公演以外のさまざまなイベントに駆り出される。
そのため、ジェンヌさんは舞台だけに集中できない。

それを補完するのが宝塚に独自のファンクラブシステムだ。
私設ファンクラブであるため宝塚歌劇団からは公認されない。当然、宝塚歌劇団からファンクラブの代表に対する手当は出ない。
ところが、実際はジェンヌさんのさまざまな雑事はファンクラブの代表が代行している。チケットの手配や席次までも。むろん、無償奉仕で。

一方の劇団四季には、そもそもそうした私設ファンクラブがない。属する俳優に序列は付けないのだ。
宝塚歌劇団は一度トップスターにになると、原則としてどの公演も主演が約束される。ところが劇団四季は各公演の配役をオーディションによって決める。毎回、公演ごとに出演が約束されていないため、出演機会も限られる。
それでありながら、団員には劇団から固定給と言う形で支払われている。
生活の基盤がきちんと保障されており、なおかつ課外活動のようにファンと触れ合う必要もない。お客様とのお食事に同席する必要もない。だから劇団四季の俳優は舞台だけに集中できる。
俳優が舞台だけに集中することが演目の質に良い影響すを与えることは言うまでもない。
本書には俳優の名簿も出ているし、給与システムや額までも掲載されている。

それでいながら、演目ごとのオーディションによって団員の中に慣れも甘えも許さない。
そうした四季の運営を窮屈だと独立し、離れた人もいる。その中には著名な俳優もいる。著者のそうした人に対する目は厳しい。
劇団四季に独自のセリフ回しや、稽古などは、他の劇団ではなかなかまねができないようだ。どちらが優れているというより、それこそが宝塚歌劇団との一番の違いではないだろうか。

「第3章 全国展開と劇場」
第1章でシアター・イン・シアターが登場した。
パッケージングされた劇場設営の仕組みは、ある程度限られた劇場にしか使えない。
だが、それ以外の地方都市までカバーし、劇団四季の公演は行われている。
劇場ごとに装置も大きさも形も違う中、演目によっては上演できる劇場との組み合わせがある。
本章には地方巡業の都市と演目のマトリクスが掲載されている。
それだけの巡業を可能とするノウハウが、劇団四季には備わっているということだ。

このノウハウはまさに劇団四季に独自かもしれない。
東京や大阪、名古屋、札幌、福岡といった大都市でなければ演劇が見られない。
そうした状態を解消し、演劇に関心を集める意味でも、劇団四季が全国を巡る意義は大きいと思う。

「第4章 経営&四季の会」
この章も私にとって関心が深い。
劇団四季は、ファンクラブによる無償の奉仕(宝塚歌劇団)のような方法を取らずに、いったいどうやって経営を成り立たせているのか。おそらく、経営の手法にも長年のノウハウが蓄積されていることだろう。
余計な人や空き時間が出ないような勤務体系が成されているに違いない。
一人の社員が複数のタスクでをこなしつつ、流動する柔軟な作業体制がつくられているのではないだろうか。その分、社員は大変かもしれないが。

また、ファンクラブを公認のみに一本化していることも特筆すべきだ。
一本化するかわりにサポートやサービスを手厚くしているのではないか。
さらに私設ファンクラブの場合、どうしてもファンクラブごとに方法やサービスやサポートに差が生じる。また、その活動が奉仕に頼っている以上、ファンクラブごとの資力の差がサービスの差となる。それはファンにとって不公平を生みかねない。
ファンクラブが一本化されていることでサービスは均質になる。密接な関係を持ちたいファンには不満だろうが、不公平さを覚えるファンも減る。

本書には、観客目線と言う言葉が頻出する。
この言葉が劇団四季と浅利氏の哲学の根底にあるのだろう。
もちろん本書が劇団四季にとってよいことを書く本であることは承知。それを踏まえると、経営の中には見えない闇もあることだろう。書けない内容もあるだろう。
それでも劇団四季がここまでの規模まで成長した事実は、政治家との関係が有利に働いただけでは説明できないと思う。
今までの歴史には経営や運営の数知れぬ試行錯誤があったに違いない。
本書には浅利氏が生涯の七割を経営に割いてきた、という言葉がある。おそらくその努力を軽く見てはならないはず。

「第5章 上演作品」
ロングラン・ミュージカル(海外)。オリジナル・ミュージカル。中型ミュージカル(海外)。ファミリーミュージカル。ストリートプレイ(海外)。現代日本創作劇。その他。
著者は劇団四季の上演する演目をこの七種類に分けている。
海外のミュージカルだけに限っても、劇団四季はかなり豊富なレパートリーを持っている。
そしてそれらの中には、劇団四季が独自に翻案し、その成果が本場からも評価されている演目があるという。もちろんそうした翻案には浅利慶太氏の手腕によるところが大きいはずだ。

結局、難解な芸術だけによっているだけでは、劇団の経営は立ちいかない。
だから、芸術を追求するストリートプレイも挟みつつ、有名なミュージカルでお客様を呼ぶ。そうした理想と現実を併用しながら劇団四季は経営されてきたのだろう。
ただ、本省に出ている現代日本創作劇の演出家がいないという浅利氏の嘆きが、少し気になる。
私もそれほど演劇には詳しくないが、日本にもよいシナリオがあるように思うのだが。

「第6章 半世紀の歴史」
この章では浅利慶太氏の生い立ちから、劇団四季の旗揚げとその後の発展を描いていく。
学生劇団として旗揚げしてから、さまざまな挫折をへて、今の劇団四季がある。本章では挫折の数々も描かれている。もちろん政治家との出会いについても描かれている。
もともと浅利氏の一族は政財界に顔が広かった。そうした持って生まれた環境が劇団四季の成長に寄与していることは間違いないだろう。
それでも、本書で描かれる歴史からは、日本の演劇を育ててきた浅利氏の執念を感じる。

本章で大事なのは、そうした挫折の中でどういう手を打ってきたか、だ。
劇団四季が日本屈指の劇団に成長したいきさからは経営の要諦を学べるはずだ。

「第7章 劇団四季の未来」
本書は浅利氏が存命のうちに書かれた。今から十六年前だ。
だが浅利氏はすでに社長と会長の座を降り、取締役芸術総監督の立場に降りていた。つまり経営を他の人間に任せていた。
任せるにあたっては、劇団四季は浅利慶太氏がいなくなっても独り立ちできると判断したのだろう。実際、そのような意味の言葉を浅利氏はたびたび発しているようだ。

その後、浅利氏がいなくなってからの劇団四季はどう成長するのか。著者は大丈夫だろうと書いている。
浅利氏も自らがいなくなった後の事には何度も言及しているようだ。
それらを引用しながら、舞台、経営、大道具、意匠、営業、人事、教育に至るまでの多彩な要素で劇団四季が盤石になっていることが書かれている。

私も本書を読んだ後、浅利慶太追悼公演の「エビータ」を見に行った。素晴らしい舞台であり、感動した。
あとは十数年たってどうなるか、だ。
宝塚歌劇団も小林一三翁がなくなって十数年後、ベルばらブームの成功によって当初の理想から変質していった。それは経営の正常化のためである。ただ、同じ轍を劇団四季が踏み、営利の海外ミュージカルのみを上演する劇団になってしまうのか。
それとも今のらしさを維持しつつ、世界でも通用する劇団に成長するのか。楽しみだ。

本書はそれを占うためにも有益な一冊だと思う。

‘2018/10/24-2018/10/25


時をかける少女


筒井康隆展に行き、感銘を受けた事は『宇宙衛生博覧会』のレビューで書いた。
筒井康隆展はファンにとってうれしい内容に満ちていた。会場には、今まで著者が発表してきた名作たちがさまざまな形で紹介されていた。その中でも一つの空間を占めていたのが本書だ。
著者の名を広め、一つの作品として幅広い層から支持を得た作品だから当然だろう。本書と本書からマルチメディア展開したグッズの展示は圧巻だった。

その展示を見てからというもの、私の脳裏から『時をかける少女』のテーマソングが鳴り止まなくなった。
原田知世さんと松任谷由実さんのどちらもGoogle Musicで何度も聞いたが鳴り止まなかった。鳴り止ませるには映画をみるか、原作を読むほかない。

そう思っていた時、トランクルームに本を預けに行ったら、以前しまっておいた本の山の一番上に本書が覗かせていた。これは何かの啓示に違いない。
前回、本書を読んだのがいつだろう。全く思い出せない。おそらく私が著者の本を集中的に読んでいた1995年から1997年の頃に読んだはず。

正直、本書の内容はほとんど覚えていなかった。
なので、とても新鮮だった。また、なぜ本書、いや、本書の表題作がこれほど支持されているのか、今も支持されているのかが分かった気がする。

どこかで読んだ気がする説明がある。
それによると、本編が発表されてから50年以上がたつが、いまだにタイム・リープは実現されていない。
そのため、私たちにとって本編で描かれたタイム・リープの考えは今もなお、うらやましさの対象なのだ。
だから技術がこれだけ進歩しても、読者の心をときめかせ、古さを感じさせない。
それが、映画化は4回、テレビドラマ化は5回と繰り返しメディア化されてきた理由なのだろう。

そして新しいながらも、本編からは懐かしき少年・少女小説の折り目の正しさを感じる。
読者に著者が語りかけ、同意を求めるような語り口。ポプラ社の少年探偵団・シリーズや、ルパン・シリーズを読んだ時のような懐かしさ。そうした小説に親しんだ私のような層には、本編はたまらない思い出を蘇らせてくれる。

しかも本編は、少年・少女小説でありながら恋を描いている。
その恋も、子供っぽい初恋ではなく、未来の感性を予想した率直な告白なのがよい。
本書が発表されてから50年がたつが、このような形の告白はまだ一般的になっていない。だから今も本編が新鮮なのだろう。

もう一つ。本編には未来の技術がほとんど描かれない。本編には未来が関係するのだが、それにも関わらず、著者は書いた当時の技術しか登場させていない。
昔のSF小説を読むと、現代より遥か先の未来を書いていながら、すでに私たちにとって古く寂れた技術が登場し、私たちの興を殺ぐことがままある。本編にはそれがない。唯一「磁気テープ」が出てくる場面があり、その部分は著者自身の手によって書き換えてほしいと思う。
だが、それ以外に私たちがレトロだと感じる未来の道具は登場しない。それがよい。

そうした部分は著者が執筆した当時に考慮したのかどうかはわからない。
だが、結果として本書は今でも古びずに読み継がれている。そして幾度となく複数のメディアで作られ続けている。
著者が冗談で本編を称して「金を稼ぐ少女」というが、まさにそのような存在なのだろう。

続いての二編も、少年・少女の小説の伝統をよく受け継いだ語り口だ。

「悪夢の真相」
著者が心理学に造詣が深いことはよく知られている。
本編は、日常の出来事を深層心理の面から描いていく。大人にとってみると、何気ない日常は、子供にとっては重大であり新鮮だ。

そして、自分の考えがどれだけ以前の記憶によって左右されているか。どれだけ夢が過去の経験と結びついているか。
その記憶や経験は覚えていないものも多い。例えば胎児の頃、乳児の頃の記憶も含めて。

そうした子供の視点から日々の出来事を描いていくことで、本編は少年・少女にも心の不思議さを伝えている。
当時ではいまよりも新鮮な作品として存在感があったことだろう。残念なことに私は本編のことをほとんど覚えていなかった。それは多分、本編の筋書きに印象がなかったからだろう。
もちろん本編にはドラマチックな出来事が登場する。だが、細かくエピソードを積み上げ、背後に隠されていた過去の出来事に秘められた謎を明かす本編では、それはかえって印象に残らなかったのだろう。

「果てしなき多元宇宙」
これこそSF、と呼べるような一編だ。
多元宇宙とは、複数の異なる時空で時間軸が存在し、その中では地球や日本があったり、別々の意志を持った存在が生活を行っている。お互いは行き来できることもなく、存在すら知らない。
多元宇宙は設定上では自由に理論を設定できるので、SF作家には便利な存在だ。
おそらく昔から数えきれないほど類似の設定で物語が描かれてきたはずだ。

著者もその設定を借り、とある次元で起こった大事故によって複数の時空に影響を与えるまでになったと設定する。
それによって日本の平凡な女の子が全く違う時空に移動したり、日本で夢見ていた生活が実現できる、という物語だ。

こうやって三編を読むと、ライト・ノベルの創始者こそが著者である、という理由もわかる気がする。
いつまでも作品を発表し続けてほしいと願う。ちなみに私の脳内でヘビーローテーションしたテーマ曲は、本書を読んだことで終息した。

‘2018/10/24-2018/10/24


我、六道を懼れず[立国篇] 真田昌幸 連戦記


本作は「華、散りゆけど 真田幸村 連戦記」から始まった三部作の掉尾を飾る一作だ。「華、散りゆけど 真田幸村 連戦記」で華々しい活躍を見せる真田幸村。著者はその次に幸村の父である昌幸にスポットを当てた。「我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記」は、幼少時から信玄の薫陶を受け、成長していく昌幸の姿を描く。ところが父を失った後、長篠の合戦で二人の兄者を失う悲劇に遭う。昌幸の悲嘆と絶望で幕を閉じる幕切れが印象に残る。

本書はぜひ前作と続けて読んでいただきたい。なぜなら、戦国時代きっての智謀の将と知られ、表裏比興の者と呼ばれた昌幸が培われた基は、幼少期の昌幸にあるからだ。七歳で真田の里から甲斐の武田家に半ば人質としてやってきた昌幸。泣きべそを兄たちからからかわれるほどの少年だった。それが典厩信繁や信玄から目を掛けられ、百足衆の一員として鍛えられ、さらに川中島のすさまじい戦いを目の当たりにして成長する。成長した昌幸は長篠の合戦に敗れ、二人の兄を一挙に喪ったことで世の現実に覚醒する。

本書は真田昌幸という一人の男が、家名と家族、そして領民や部下たちのために奮闘する様子が描かれる。それは子どもから大人へと苦しみを潜り抜け、たくましくなった男の姿だ。苦難とは、かくも人を強くするものか、というテーマ。それはあらゆる人生に欠かせない物語だ。本書はそのテーマを基に、戦国の仮借なき世を生き延びようとあがく男の気迫が全編に満ちている。

本書には前の二冊のように華々しい戦場のシーンはあまり出てこない。だが、川中島の合戦や大坂の陣ほどではないにせよ、上田城を巡って徳川軍と戦った第一次、第二次上田合戦が克明に描かれる。それぞれの戦いで昌幸の息子、信幸、信繁に戦いを教えながら、領民をうまく指導し、徳川軍を鮮やかに撃退する。そうした戦を描かせれば著者の筆は魔法を帯びる。実に素晴らしい。それ以外にも、調略で名胡桃城や沼田城を奪取した知略にも光るものがある。本書は昌幸の智謀を前面に出して描いている。

それほどまでに昌幸が守りたかったものは何か。それが本書の随所に登場する。それは長篠の合戦で兄二人を相次いで失い、兄を差し置いて真田家の棟梁となった昌幸の気負いであり、心の空洞を埋めるための奮起だ。もちろん、真田家を安泰に導かねば父や兄にあの世で顔向けできないと覚悟を持っていたこともあるだろう。

その覚悟のままに、昌幸は沼田領を巡っての北条氏との争いに忙殺される。その一方では、武田氏の遺領を巡って徳川軍、上杉軍、北条軍が争いが勃発する。昌幸は真田氏を守るため、上杉家に次男信繁を人質として送り、徳川家と和睦すると見せかけ、その条件として上田城をせしめる。それでも真田家の維持は厳しくなってきたため、豊臣家に臣従することで、家名と領地を守り抜く。

そうした目まぐるしい移り変わりを、著者は丁寧に描いてゆく。戦闘シーンはあまり登場しない本書だが、智謀だけで戦国時代という戦場を戦い抜く昌幸の気迫が生き生きと描かれている。

昌幸にとっては、上杉家に預けた次男信繁を無断で豊臣家に送り出すという義理を欠く振る舞いも辞さない。一方で、信義を一方的に破り、沼田城を断りもなしに北条家との条件のかたにした徳川家康には怒りを示す。

そのあたりの昌幸の心の動きは読み手の解釈に委ねられる。どっちもどっちじゃね?と思う人もいれば、沼田城の場合と、切羽詰まった状況を打破するために上杉家への義理を欠いた行いは同義ではないと擁護する人もいるだろう。ただ、昌幸は上杉家へ後ろめたさを感じなかったわけではない。本書でも、後ろめたさを感じる昌幸の心の動きが何度か書かれる。表裏比興の者とそしられた昌幸であっても、道を外れた恥知らずとは書きたくない作者の思いが透けて見える。

実際、本書で描かれる昌幸のふるまいのうち、失敗だと思うのは上杉家から信繁を引き抜き、豊臣家に送り出した一件だけに思える。それだけ、その時の真田家が危機に瀕していた証だったのだろう。

では犬伏の別れで、真田を二つに分け、あえて息子とともに西軍に付いた判断はどうだろう? もちろん、それは結果論に過ぎない。本書では、犬伏の別れを描くにあたり、二人の息子に自分の思う判断を述べさせている。長男は家康の四天王本田忠勝の娘小松姫をめとっているので、徳川方にくみすると述べた。次男は西軍についた大谷吉継の娘を妻にしている以上、石田方に参戦するという。二人の思いを確かめた上で、昌幸は真田を二つに割った責任を取り、隠居すると述べる。もし、昌幸がそれを実行していたら、昌幸の生涯は筋を通したままで終わったはず。

ところが、徳川方が上田城を見逃してくれず、攻め寄せる意図を見せる。それによって昌幸の堪忍袋が破れる。沼田城に続いてまた、真田を愚弄するか、という怒り。犬伏の別れで決めたのは徳川に恭順の意志を示すこと。ところが昌幸はそこで徳川に弓を引いてしまう。そうした解釈を著者は取っているようだ。それはそれで納得ができる。昌幸は見事に秀忠軍を撃退したばかりか、結果的に秀忠軍を関ケ原に参陣できなくした。

最終章で、昌幸が信繁あらため幸村に詫びを入れるシーンが描かれる。上田城の戦いは自らのわがままで起こした戦だったと。めっきり弱った昌幸は、幸村への形見として信玄から譲り受けた碁盤と碁石を渡す。これは前作でも印象深い場面で登場した小道具だ。そしてこのシーンは幸村が大坂で名をあげるシリーズの第一作につながっている。

「家康を敵にしたことが、間違いであったのか?」このセリフを独白するのが昌幸ではなく幸村であること。それは三部作の冒頭を飾る「華、散りゆけど 真田幸村 連戦記」につながっており、三部作が全体で円環の構造になっている。つまり、見事な大団円を成しているのだ。

なお、本書では信繁が幸村に名乗りを変えたことを次のように解釈している。兄信幸が徳川家に帰順した証として通字である「幸」を「之」に変えたこと。兄者にそのような処置をとらせてしまったことで、自分が、せめて信繁から「幸」の字を受け継ごうとした、という筋立てだ。それで好白斎幸村と道号を名乗ったと解釈している。それが書簡の形では後世に伝わっておらず、それが史実なのか著者の解釈なのかはわからない。だが、その解釈も受け入れられる。なぜなら本書は小説だから。

戦国の世を精一杯生きたある親子の生きざま。それが劇的であればあるほど、そうした情のこもった解釈が読者の心にすっと染み込む。

‘2018/10/23-2018/10/23


ベーシック・インカム入門 無条件給付の基本所得を考える


若い時には理想主義にふけっていた私。利潤の追求は間違っている、とかたくなに信じていた。人々が利潤を独占せず、広く人々に共有できれば、世の名はもっと良くなる。半ば本気でそんなことを考えていた。

経営者になった今、さすがに利潤を無視するわけにはいかない。それは利潤が利潤を呼び、いつまでも成長することが経済のあり方だから、と無邪気に信じているからではない。有限の資源しかない地球でそんなことは不可能だ。利潤を追い求める営みを認めるのは、私の中に飢えへの恐怖があるからでもない。

今、私は経営者として順調に売り上げを上げ続けている。だが、それは私が健康だからできること。何かの理由で仕事ができなくなったとたん、収入は途絶える。そうなったら飢えの恐怖が私の心身をむしばむに違いない。その恐れは常に心のどこかに居座っている。私の心身に異常が生じた時、どこからともなく助けが得られる。などと虫のいいことは考えていない。よしんば助けが得られたとしても、それは最低限の生活を送るための資金がせいぜいだろう。だから私は、利潤を追い求めるだけが人生ではない、という理想は捨てていないが、経済の論理は無視できないと思っている。

そこで、ベーシック・インカムだ。生きていくのに必要な金額が国から支給される。しかも無条件に。助成金や補助金のような複雑な申請はいらない。ただ、もらえる。魅力でしかない制度だ。

だが、経営者になった今、私はこの制度に無条件に賛成できないでいる。それは、私が経営者になった事で、勤しんだ努力だけ見返りがあるやりがいを知ってしまったからだ。勤め人だった頃のように失敗や逆境を周囲のせいにする必要はない。失敗は全て己のせい。逆に努力や頑張りが見返りとして帰ってくる。全ての因果が明確なのだ。見返りがあるということは人を前向きにする。それは人間に備わった本能からの欲求だ。楽になりたいとか、利潤が欲しいという理由ではなく、自分の生き方を自分で管理できる喜び。

だから、私はベーシック・インカムの思想にある「無条件に」という言葉には引っかかりを感じる。「無条件に」という言葉には、努力や責任が一切無視されている。もちろん、弱い立場の方に対してベーシック・インカムが適用されることは否定しない。私がもし、体を壊して仕事ができなくなった時、ベーシック・インカムから無条件に給付を受けられればどれだけ助かるか。それを考えた時、弱い方へのセーフティとしてのベーシック・インカムは必要だと思う。だが、それでは今の福祉制度と変わらなくなってしまう。

私が抱えるベーシック・インカムへの矛盾した思い。その疑問を解決するには勉強しなければ。本書はそうした動機で手に取った。

本書は全6章からなっている。ベーシック・インカムの理念や仕組みだけでなく、古くから検討されてきたベーシック・インカムの歴史が紹介されている。民主主義の勃興に時期を合わせるようにベーシック・インカムは提唱されてきた。その歴史は意外と古い。今までの人類の歴史で、幾人もの哲学者や経済学者、また、マーティン・ルーサー・キングの様な著名な運動家がベーシック・インカムの考えを提唱してきた。ベーシック・インカムはにわかに現れた概念ではないのだ。私は本書を読むまでベーシック・インカムの長い歴史を全く知らなかった。

第1章 働かざる者、食うべからずー福祉国家の理念と現実

この章ではベーシック・インカムの要諦が語られる。著者はその定義をアイルランド政府がベーシック・インカム白書の中で示した定義から引用する。
・個人に対して、どのような状況におかれているかに関わりなく無条件に給付される。
・ベーシック・インカム給付は課税されず、それ以外の所得は全て課税される。
・給付水準は、尊厳をもって生きること、生活上の真の選択を行使することを保障するものであることが望ましい。その水準は貧困線と同じかそれ以上として表すことができるかもしれないし、「適切な」生活保護基準と同等、あるいは平均賃金の何割、といった表現となるかもしれない。

より詳しい特徴として、本書はさらに同白書の内容から引用する。
(1)現物(サービスやクーポン)ではなく金銭で給付される。それゆえ、いつどのように使うかに制約はない。
(2)人生のある時点で一括で給付されるのではなく、毎月ないし毎週といった定期的な支払いの形をとる。
(3)公的に管理される資源のなかから、国家または他の政治的共同体(地方自治体など)によって支払われる。
(4)世帯や世帯主にではなく、個々人に支払われる。
(5)資力調査なしに支払われる。それゆえ一連の行政管理やそれに掛かる費用、現存する労働へのインセンティブを阻害する要因がなくなる。
(6)稼働能力調査なしに支払われる。それゆえ雇用の柔軟性や個人の選択を最大化し、また社会的に有益でありながら低賃金の仕事に人々がつくインセンティブを高める。

この章では他にもベーシック・インカムのメリットが紹介される。その中で、社会保険や公的扶助の現状もおおまかに紹介される。そうした制度が対象とする貧困層に対し、国家はどう認識し、どう対処してきたのか。それは国が行うべき機能の一つと挙げられている。だが、かつて貧困層とは国から完全に見捨てられた層だった。

貧困層とは、雇用されず、生計が成り立たない人々をさす。国としてみれば完全雇用が達成されれば社会保障は不要。だが、現実にはそうはいかない。しかも日本の場合、生活保護対象世帯のうち、実際に保護を受けているのは二割程度だという。これは捕捉率というそうだが、先進国の中でも日本の捕捉率は際立って低いそうだ。

そもそも生活保護とは、貧困者を選別する制度につながる。他にも公的な社会システムはある。そのうち、生活保護制度だけが対象を選別するそうだ。選別という行為は、為政者にとって避けたい。ならば、誰に対しても等しく適用されるベーシック・インカムの制度のほうが政策にも取り入れやすい。そうした観点を著者は説く。

日本ではそのため、完全雇用に近づけるようなワーク・フェアの施策がとられていると著者は指摘する。完全雇用が達成できれば、民間に福祉を完全に委ねられる。そのような発想だろう。だが、諸外国のワーク・フェアと比べ、日本のワーク・フェアには公の補助が欠けているという。

第2章 家事労働に賃金を!ー女たちのベーシック・インカム

本章では、アメリカやイタリア、イギリスで繰り広げられたここ数十年のベーシック・インカムの運動をおさらいする。女性がベーシック・インカムを主張する場合、通常の値上げ運動とは性格が異なる。というのも、通常の値上げ運動は失業時や低所得者の救済を主な目的とする。だが、そうした運動には女性の家事労働に視点が向いていない。そもそも女性が家事労働に従事する場合、それ自体に報酬が支払われることはない。一般的な家庭では、夫たる男性が外で稼ぎ、収入を持ち帰る。妻たる女性は、それを受け取り、家庭のために使う。つまり、夫から受け取る金額の中に、家事労働の報酬も暗黙のうちに含まれている。そのような解釈だ。

だが、報酬を暗黙でなく、家事労働それ自体に報酬を与えよ、というのが彼女たちの主張だ。だが、家事労働の労力など測れるはずもない。なので、女性に対するベーシック・インカムを要求するのが、本章で取り上げる運動の趣旨だ。

アメリカでの運動にはマーティン・ルーサー・キング牧師が関わっていた。そこには公民権運動の一環としての性格もあったのだろう。当時、黒人の女性は弱い立場にあった。それを救済するための手段の一つとして検討されたのがベーシック・インカムだった。イタリアではその運動がもう少し趣を変え、家事労働自体が他の賃金労働と等しく労働だ、という主張がなされた。ただ、ここで誤解してはならないのが、主婦業への賃金を求める運動ではなかったということだ。

イギリスでは要求者組合という形をとり、弱者への福祉も含めた運動に広がってゆく。その中で、受給資格をめぐる議論もより深まっていったという。例えばベーシック・インカムを受ける資格がある女性は、一人暮らしなのか、男性と同居しているか、結婚しているか、など。要は生計を男性に援助してもらっているかどうかによって、ベーシック・インカムの受給資格は変動する。

第3章 生きていることは労働だー現代思想のなかのベーシック・インカム

本章では、アメリカやイギリスでは女性によるベーシック・インカムの運動が衰退したが、イタリアでは発展して長く続いた理由を考察する。そこには賃労働の拒否、そして家事労働の拒否、という二重の拒否があった。ベーシック・インカムはその主張の解決策でもあった。それは、労働の価値化をどう捉えるか、という次の考察につながってゆく。労働とは通常、何か基となるものから付加価値を生み出す営みを指す。生み出された付加価値のうち、労賃が労働者に支払われるというのが古典的な経済の考えだ。そして、今までは家事労働には付加価値が発生しないと考えられていた。発生したとしてもそれは家庭内で消費されてしまうと。もし家事労働に付加価値が発生するとすれば、それは夫である労働者が外で付加価値を生み出すための労働であり、子供という次代の労働力を社会に生み出すための労働であり、それ自体に価値を見いだす考えがなかった。

本章では、行きていること自体が労働という観念が紹介される。生きているだけで労働と認められるなら、その労働には賃金が支払わねばならない。それこそがベーシック・インカムという論法だ。その考えは斬新にも思えるし、突飛にも思える。もちろん、その考えが認められれば、ベーシック・インカムの論理はこれ以上なく確かなものだろう。なにしろ、仕事内容や性別、資産に応じた額の増減を考えずに済むからだ。

日本でも青い芝の会という障害者の権利向上を求める集まりがあるそうだ。青い芝の会では、障害者は生きている、すなわち労働だとの考えに基づいているという。著者はそれもベーシック・インカムに近いと考えているようだ。

後に触れるように原資をどうするか、という問題を脇に置くとすれば、私もこうした考えをベーシック・インカムの一つとみなすことに賛成したい。

間奏 「全ての人に本当の自由を」ー哲学者たちのベーシック・インカム

ここでは哲学者たちがベーシック・インカムをどう考えてきたかについて触れられる。ベーシック・インカムは社会主義や無政府主義に比べ、人類にとって適正な制度であるというバートランド・ラッセルの説や、真の自由を人類が得るためには、必要だとするフィリップ・ヴァン=パレイスの考えが紹介される。苦痛からの逃れる意味での自由ではなく、より真の意味での自由。ベーシック・インカムが給付された場合、生存のために働く必要はなくなる。だが、それでも働きたい人が働く自由も保証されるべき。そうした選択の幅が拡充されるのがベーシック・インカムの根本思想だという。

第4章 土地や過去の遺産は誰のものか?ー歴史のなかのベーシック・インカム

ベーシック・インカムの考え方は、社会制度が封建主義から次の民主主義に移ってしばらくしてから生まれた。それは同時に経済制度が資本主義に変わったとみなしても良い。要するに近代の社会制度が生まれ、ベーシック・インカムの考え方も芽生えた。本書はそれらの紹介を順に進めてゆく。現代の資本主義国家では、土地の私有が認められている。だが、資本主義が勃興した当初、土地は共有という考えがまだ支配的だった。つまり誰にでも土地の権利があり、その土地から収入を得られる権利があったということだ。その考えを敷延すると、まさにベーシック・インカムの考え方そのものとなる。無条件で収入を得る権利というベーシック・インカムの考え方が、土地の扱いという観点で資本主義の発生時からあったことを著者は指摘する。

その考えは、経済学の中でも代々受け継がれてきたという。弱者を救済するための社会制度という性格は同じだが、保険や保護を社会が担うのではなく、無条件に給付するベーシック・インカムのほうが、制度として有効だとの考えも一定数で唱えられていたそうだ。それは、社会主義が見事に失敗した今でも変わらない。

著者はここで、経済制度の分析にまで踏み込んでいない。だが、現行の資本主義の制度の中でも、土地が共有である考えは受け継がれていて、ベーシック・インカムの根拠となる考えは有効であるとの立場のようだ。それはもちろん、人は生きているだけで労働だからベーシック・インカムの権利がある、という考えにも照応する。

第5章 人は働かなくなるか?ー経済学のなかのベーシック・インカム

ここが今の私には関心の高い点だ。

今の社会福祉は、労働を前提としている。だが、社会からは明らかに人間が必要な労働量が減ってきている。それは、技術革新の恩恵にあずかるところが大きい。つまり、労働がないのに報酬を払わねばならない未来が近づいている。もしそうなったら、労働を基に付加価値をつける営利組織はたちまち立ちいかなくなる。だからこそ国や団体による報酬の支給が必要というわけだ。こうした課題を経済学者は今までさんざん議論してきた。

本書に紹介されるのは、どちらかというとベーシック・インカムに賛成の立場の論考だ。だから反対の意見はあまり登場しない。それを差し置いても、今の社会制度で福祉を継続するためには、保険や保護に頼るのは困難になりつつある。そのような意見が優勢になりつつあると著者は指摘する。

ただ、本書の全体を通し、説得力のあるベーシック・インカムの財源が登場しない。これは考えものだ。たぶん現実問題として、財源の不足こそがベーシック・インカムが普及しない最大の理由だと思うからだ。私としては、ベーシック・インカムの普及には技術の力が欠かせないと思っている。資本からではなく、技術の力で全く違う資源からベーシック・インカムとして支給する何かを生み出す。それが実現するまで、私はベーシック・インカムの実現は難しいと思う。

もう一つ、日本においてそれほどベーシック・インカムの議論が熱中しないのは、わが国には自治体による道路、水道、ガス、電気といったインフラが整備されているからだ。現時点で民営化されているとはいえ、こうしたインフラはもともと国家による国民へのサービスだった。だから現状で十分なサービスを享受できているわが国民にさらにベーシック・インカムの恩恵を施す必要はあるのか、という疑問が生じる。

インフラも整っておらず、実際に生活を送るには収入が欠かせない国の場合、ベーシック・インカムの必要性はある。ただ、生活必需品をそれほど労せずに享受できるわが国では、ベーシック・インカムの普及についての議論が深まらない。もちろん、より多様性のあるサービスを受けられる選択の幅があっても良いと思う。だからこそサービスではなく財で等しく受給できるベーシック・インカムは、国民がサービスを自由に選ぶために必要なのかもしれない。原資の安定供給を技術の進化に頼らねばならない現状は変わらないにせよ。

今、年金制度の崩壊が叫ばれている。年金は、その支給の資金を原資をもとに投資した利子でまかない、支給額を安定確保するために努力していると聞く。つまり、既存の旧来の拡大成長を前提とした経済論理に年金制度は完全に組み込まれている。有限の地球に無限の拡大成長は考えにくいとすれば、それをベースに考えられた福祉にどれほどの期待が持てるのだろう。

もちろん、福祉サービスとベーシック・インカムは別ということは理解している。ただ、本章でも提示されているように、何らかの社会的な貢献活動の代償は制度として設けられているべきだと思う。つまり、働いてこそ代償は受け取れる、という考えだ。

第6章 〈南〉・〈緑〉・プレカリティーベーシック・インカム運動の現在

だからこそ、本章で取り上げられる現在のベーシック・インカムを分析する視野が必要だと思う。章のタイトルにある<南>とは既存の資本主義の熟練国ではなく、新興の国々を指す。要はいまだ発展途上にある国々の事だ。<緑>というのは緑の党のような、持続が可能な社会を目指す人々を言う。

ここで著者はエーリッヒ・フロムを登場させる。フロムもまたベーシック・インカムの提唱者だったそうだ。彼は著書『自由からの逃走』で著名だ。その中で彼が唱えたのは自由を持て余した人々がナチスを生んだという理論だ。だが、それとは別に、ベーシック・インカムこそが人々をより自由にするとの考えも持っていたらしい。そして、彼は財ではなく生活必需品の提供でならばベーシック・インカムが成り立つのではないか、と考えていたそうだ。上にも書いたとおり、私はすでに物資が充実している日本では、生活必需品の提供というベーシック・インカムは成り立たないと思う。著者も同じ考えをもっているようだ。

プレカリティという言葉の意味は本章には出てこない。調べたところ、不安定とか予測できないという意味のようだ。第二章で登場した各国のベーシック・インカム運動のその後が本章では紹介される。どうすれば人々がひとしく恩恵を受けられるのか。それはかつての私がまさに目指そうとした社会でもある。そのような社会の実現が経営者としての立場では難しいことも理解している。まさに今の経済制度では現実は不安定で将来は予測できない。だが、これからも理想の実現に向けた努力は注視していきたいと思っている。

本書は各章ごとにまとめが設けられたり、巻末でもあらためてベーシック・インカムのQ&Aの場が設けられたり、各章のあとにはコラムが設けられたり、なるべく読者への理解を進めるような工夫がちりばめられている。何が人類にとって最適な福祉なのか、本書は一つの参考資料となるはずだ。私も自分の理想がどこにあるのか、さらなる勉強を重ねたいと思う。

‘2018/10/17-2018/10/23


宇宙衞生博覽會


本作は、著者が発表してきた著作の中でも、屈指の短編集だと思う。著者が生み出した短編は膨大にあるが、ファンによってその中から人気投票を行ったとする。多分、その中には本書に納められた短編がいくつも入るに違いない。

例えば「関節話法」。著者の短編の中でも大好きな一編だ。本書に収められている。「関節話法」が著者の短編の中で傑作に数えられていることは、本書を読む少し前に世田谷文学館で開催された筒井康隆展において、パネル上に著者直筆の原稿を拡大した「関節話法」の全編が展示されたことからも確信できる。今まで「関節話法」には何度も笑わされてきたが、この時も巨大な原稿を読みながら、笑いが堪えられなかった。

本書にレビューは不要。ただ読んでください、とお勧めすればいい。あとはハマってもらうだけ。ところが、こういう世界にハマるであろう長女に貸したところ、読んだ様子がない。著者が原作を書いた「パプリカ」は好きなはずのに。情報があふれている今、私がキュレーターとなって本書を紹介する必要を感じた。ほとんどの人にとって、ドラマ化や映画化されていなければ、読むきっかけにならないのだ。著者で言うと、「時をかける少女」「家族八景」「富豪刑事」のような。

本レビューを書くために本書をいったん長女から返してもらい、各編を紹介してみる。

「蟹甲癬」
これも私の好きな一編だ。小林多喜二の「蟹工船」といえば、プロレタリア文学の金字塔でありながら、虐殺事件のイメージもあって陰惨なイメージが強い。著者はそのタイトルから、これだけ全く違う傑作を作り上げてしまった。人の顔に疥癬ができ、それがカニの甲羅っぽくなる、という着想。さらにその内側にカニミソに似たうまいものが付着し、人々はこぞってそれを食べるように。ところが、、、、。

もう、着想の天才としか言いようがない。今はあまりみないが、ハナクソを食べる子供は人々の嫌悪の対象となっている。本編はその発想を延長し、極上の一編にしている。短編の理想にも思えてしまう。

「こぶ天才」
コブといえば、奇型の象徴にみられがち。それを、子供の教育に奔走する教育ママのヒステリーと掛け合わせている。付着させ、寄生させることで、天才になれるという寄生生物。コブをつければ容姿は醜くなるが、そのかわりに天才になれる。嫌がる我が子につけようとする教育ママの醜さが描かれる。ところが、、、、

その結果、どうなったか、という結末が著者の風刺精神を全開にしていて、面白い。本編はオチが秀逸ことでも印象に残る。

「急流」
著者が江戸川乱歩に認められたのが「お助け」であることはファンには有名な話だ。自分以外、時間の進み方が遅くなった世界を描いた作品だ。本作は逆に全世界の時間が加速度的に速くなる様子を描いている。ドラえもんのエピソードでも似たような話があった気もするし、本編のアイデアは古典的にすら思える。国外には似たような話がないのだろうか。もし本作が同様のネタの嚆矢だとすれば、すごいことだと思う。

著者の多彩な作風を支えるのはSFであり、スラップ・スティックだ。その典型が本編で読める。

「顔面崩壊」
本編もまた、著者の悪趣味な毒が全開の快作だ。普段、誰もが見慣れている顔面。ただでさえ整っているのに、ご丁寧に化粧までする。だが、そんな顔も河を一枚はがすと、恐ろしい形相へと。そんな見た目にだまされず、著者の観察眼は本質をさらけだす。そこに笑いは生まれ、それが私たちの普段の認識から遠ざかるほど、笑いは増してゆく。

本編も、語り方や落ちにいたるまで、著者が短編の巧者であることを味わえる一編だ。

「問題外科」
本編は既存の倫理を笑い飛ばす著者の真骨頂だ。倫理もへったくれもない、とある病院の外科。医術とは倫理があってこそもの。倫理や職業意識が失われた外科は、なまじ道具も技術もあるだけ始末が悪い。ヨーゼフ・メンゲレや七三一部隊の手術室にアルコールを充満させたらこんな風になるだろうか。本編に描かれたような振り切った毒々しさこそが著者の素晴らしさだと思う。

笑いとは、既存の価値観を崩した先にある。医は仁術。そんな価値観が跡形もなく壊されたあと、本編のような笑いが残る。

「関節話法」
冒頭に書いた通り、私にとって本編は笑い袋に等しい。言葉とは意味がつながってこそ。それが乱された時、本人が真剣であればあるほど、笑いは増大する。不謹慎なほどに。そういう笑いのエッセンスが全て本編には詰まっている。

間接を関節と読み替えるだけでここまでの物語を作り上げる著者には、本当に脱帽だ。尊敬する。

「最悪の接触」
これまたコミュニケーションの不条理を描いている。そしてそのシチュエーションは、SFという便利な道具を用いれば、自由自在に設定できる。SFの可能性を感じさせる一編だ。異星人とのコンタクトは、SFでは必須のプロット。これをここまでの笑いに変えられる著者の才能に、いつもながら尊敬する。もはや嫉妬できるレベルからははるかに超越している。

同じ人類でも、コミュニケーションの難しさを感じさせることがある。本編には、そうした絶望や達観もあるだろう。そこで諦めるず、鮮やかに笑いに変えられることに、著者の文学的な才能があるのだと思う。

「ポルノ惑星のサルモネラ人間」
著者の父上は、天王寺動物園の園長も務めた著名な動物学者だったという。その博物学の素養は著者にも受け継がれているはずで、著者の他の作品には博物誌と名がついたものもある。そうしたが医学な知識をSFに適用したらどうなるか、という見本のような一編だ。ここにもSFの装置を使うことで、無限の可能性が生まれる実例がある。

本稿をアップする数日前、同じ世田谷文学館で開催された小松左京展を訪れた。著者の肉声を聞くこともできた。そこで感じたのは、SFの限りない可能性だ。本書はSFの可能性が存分に感じられる。40年以上前に書かれたというのに。技術を追うことがSFではない。既存の価値観を取っ払えるからこそSFなのだ。

‘2018/10/16-2018/10/16


真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実


先年の大河ドラマ「真田丸」は高視聴率を維持し、大河ドラマの存在感を見せつけてくれた。大河ドラマが放映される前々年あたりから、私は「真田丸」の主役である真田信繁(幸村)に興味を抱いていた。というのも、わが家は十数年前から何度も山梨を訪れており、甲州の地で武田信玄がどれほど尊崇を受けているかも知っていたからだ。武田二十四将に名を連ねる真田信綱、昌幸兄弟のことや、昌幸が大坂の陣で活躍した真田信繁の父であることも知っていた。

ところが私が真田の里に訪れられる機会はそうそうなかった。本書を読む数カ月前、ようやく砥石城跡に登ることができた。そこから見下ろす真田の里は、戦国の風などまったく感じさせないのどかな山里の姿を私に見せてくれた。だが、私が真田の里を目にしたのはその時だけ。この時は結局、真田の里に足を踏み入れられなかった。また、大学時代には真田山や大阪城にも訪れた。ところが私はまだ、真田丸が築かれていたとされる場所には訪れていない。一方で、私が戦国時代の合戦場でもっともよく訪れたのは関ヶ原だ。ここは三回訪れ、かなりの陣地跡を巡った。だが、周知のとおり、関ヶ原の戦いに信繁は参陣していない。このように、私はなにかと信繁と縁がないまま生きてきた。

なので「真田丸」はきちんと見るつもりだった。ところが、第一次上田合戦あたりまでみたところで断念。その後は見逃してしまった。

本書は私にとって数冊目となる真田信繁関連の書だ。その中で確実な資料を典拠に書かれた学術的な書に絞れば二冊目。まだまだ私が読むべき本は多数あるだろう。だが、本書こそは現時点において真田信繁関連の書として決定版となるに違いない。著者は「真田丸」の時代考証を担当したそうだが、その肩書はダテではない。現時点で発見された古文書を渉猟し、その中で真田信繁に関係のあるものはことごとく網羅していると思われる。古文書を読み解き、その中に書かれた一つ一つの言葉から、信繁にまつわる伝承と事実、幸村として広まった伝承と脚色を慎重に見極め、その生涯から事実を選り分けている。

私はある程度、信繁の事績は知ってはいた。とはいうものの、本書で著者が披露した厳密な考証と知識には到底及ばない。本書は無知なる私に新たな信繁像を授けてくれた。例えば信繁と幸村の使い分け。幸村はもっぱら江戸時代に講談の主人公として世に広まった。では当時信繁が幸村の名を実際に名乗っていたかどうか。この課題を著者は、十数種類の信繁が発給したとされる文書を考証し、幸村の名で発給された事実がなかったことや、そもそも幸村と名乗った事実もないことを立証する。つまり、幸村とは最後まで徳川家を苦しめた信繁を賞賛することを憚った当時の講談師たちによって変えられた名前なのだ。ちょうど、大石内蔵助が忠臣蔵では大星由良之助と名を変えられたように。

あと、犬伏の別れについても著者は私の認識を覆してくれる。犬伏の別れとは、関ヶ原の合戦を前にして、真田信幸と信繁が西軍の石田三成方に、信之が東軍の徳川家康方につき、どちらが負けても真田家を残そうとした密談を指す。私は今まで、真田昌幸の決断は三人で集まったその場で行われたとばかり思っていた。だが、実際にはその数カ月前からその準備をしていた節があることが本書には紹介されている。一族の運命を定めるには、一夜だけでは発想と決断がなされるほど戦国の世は生易しくはない、ということか。私は犬伏の別れの回は「真田丸」では見ていない。その描写には、考証担当の著者の意見が生かされていたのだろうか。気になるところだ。

その直後に行われた第二次上田合戦にも著者の検証はさえ渡る。徳川秀忠が上田城で真田昌幸・信繁親子に足止めされたため、秀忠軍は関ヶ原の戦場に間に合わなかった。私は今までこの戦いを単純にそうとらえて来た。ところが本書は少し違う解釈をとる。著者によると当初から秀忠軍の目標は上田城と真田信幸・信繁親子にあったという。ところが上方における西軍の攻勢が家康の予想を超えていたため、急ぎ秀忠軍に関ヶ原への参陣を命じた。ところが上田城で足止めされたため、秀忠軍は関ヶ原間に合わなかった。そういう解釈だ。著者はおびただしい書簡を丹念に調べることにより、これを説得力のある説として読者に提示する。この説も「真田丸」では取り入れられていたのだろうか。気になる。

さて、関ヶ原の結果、父昌幸と九度山に蟄居を余儀なくされた信繁。大坂の陣での活躍を除けば、信繁の生涯に費やすページはなさそうだ。と思うのは間違い。ここまでで本書は140ページ弱を費やしているが、本書はここからそれ以上続く。つまり、九度山での日々と大坂の陣の描写が本書の半分以上を占めているのだ。それは後半生の劇的な活躍がどれだけ真田信繁の名を本邦の歴史に刻んだかの証でもあるし、前半生の信繁の事績が後の世に伝わっていないかを示している。

九度山の日々で気になるのは、信繁がどうやって後年の大坂の陣で活躍したような兵法を身につけたのか、ということだ。”真田日本一の兵”と敵軍から賞賛されたほどの活躍は、戦況の移り変わりが生んだまぐれなのか。いや、そんなはずはない。そもそも真田丸を普請するにあたっては、並ならぬ知識がなくては不可能だ。信繁がそれなりに覚悟と知識をわきまえて大坂に赴いたことは間違いない。では、信繁はどこで兵法を学んだのか。それについては著者もかなり疑問を抱いたようだ。しかし、九度山から信繁が発した書状にはその辺りのことは書かれていない。本書には、蟄居した父から受け継いであろうとの推測のほかは、信繁が地元の寺によく通っていたことが紹介されている。おそらくその寺でも兵法については学んだのだろうか。

あとは、兄信幸改め信之の存在も忘れてはならない。蟄居する父と弟を助けるため、かなりの頻度で援助した記録が残されている。そうした書状が確認できていることからも、信繁と昌幸が九度山で過ごした日々はかなり窮まっていたようだ。その鬱屈があったからこそ、信繁は大坂の陣であれだけの活躍を成し遂げたのだろう。

続いて本書は大坂に入って以降の信繁の行動に移る。まず真田丸。ここで著者が解明した真田丸の実像こそ、今までの先行研究に一石を投じたどころか、今までの先行する研究を総括する画期的な業績と言える。そもそも一般の歴史ファンは真田幸村を祭り上げるあまり、真田丸を全て幸村の独創であるかのように考えてしまう。だが、生前の関白秀吉も大阪城の死角がここにあることを任じていた、という逸話が伝わっている。真田丸は決して信繁の独創ではなく、大坂方は元からこの位置に出城を設ける意向があったという。もちろん、その意向を受けた信繁が細かい整備を加えた事は事実だろう。著者はさまざまの資料を駆使して、真田丸の大きさや形、そして現在のどこに位置するかについて綿密な検証を加えてゆく。三日月状の馬出の形は、父昌幸が学んだ薫陶を受けた武田信玄から伝わる甲州流に影響を受けていることも確実だろうという。

あと、真田日本一の兵と徳川軍の将から絶賛された猛攻が、どのように行われたかについても著者の分析は及んでいる。これについては、大阪に土地勘を持つ私は前々から疑問に思っていた。大坂夏の陣では真田軍は茶臼山に本陣を構え、家康本陣に総攻撃を掛けたという。そこから家康本陣があったとされる平野まではかなりの距離がある。騎馬が駆ければ遠くない距離とはいえ、茶臼山から家康本陣までの間には名だたる大名の軍が控えていたはず。果たして家康の馬印が倒され、家康が何里も逃げ惑ったほどの壊滅的な打撃を真田軍は与えられたのだろうか、と。

著者はここで、幕府方の軍勢に意思の統一が取れていなかったこと、「味方崩れ」という士気の低下による自滅で隊形が崩れたことが多々あったことを示し、一気に徳川本隊まで味方崩れが波及したのではないか、という。

本書は小説ではないので、伝説の類には口を挟まない。なので、徳川家康がここで討ち死にしたという俗説には全く触れていない。ただ、秀頼を守って信繁が薩摩に落ち延びたという伝説については、著者は一行だけ触れている。もちろん俗説として。

伝説は伝説として、真田信繁がここで家康の心胆を寒からしめた事実は著者も裏付けている。本書は豊臣方の動きも詳細に描いている。その中で、再三の信繁から秀頼の出馬要求があったことや、その要求が結局実現できなかったこと。肝心な戦局で大野治房が秀頼を呼び戻そうとして大坂城に戻ったのを退却と勘違いされ、豊臣方の陣が崩れたことなど、豊臣秀頼の動き次第では、戦局が一変した可能性を含ませている。そうした事情なども含めて、著者は大坂夏の陣の実態を古文書から読み解き、かなりの確度で再現している。

本書は真田信繁を取り上げている。だが、それ以上に大坂の陣を詳細に紹介している一冊と言えそうだ。それだけでも本書は読むに値することは間違いない。本書は真田信繁の研究と、大坂の陣を真田信繁の側から分析したことで後の世に残ると確信する。

「真田丸」は歴代の大河ドラマの中では視聴率ランキングの上位には食い込めなかったようだ。だが、一定に評価は得られたのではないだろうか。私も機会があれば見てみたいと思っている。本書という頼りになる援軍を得たことだし。

‘2018/10/05-2018/10/16


なぜ宝塚歌劇に客は押し寄せるのか 不景気も吹き飛ばすタカラヅカの魅力


私の実家の近くを流れる武庫川にそって自転車で一時間も走れば、宝塚市に着く。宝塚大橋を過ぎると右手に見えるのが宝塚大劇場。今や世界に打って出ようとするタカラヅカの本拠地だ。そのあたりは幼い私にとってとてもなじみがある。宝塚ファミリーランドや宝塚南口のサンビオラにあった大八車という中華料理屋さん。このあたりは私にとってふるさとと言える場所だ。

ところが本書を読み始めた時、私の心はタカラヅカとは最も離れていた。それどころか、車内でタカラヅカのCDが流れるだけで耐えがたい苦痛を感じていた。

なぜタカラヅカにそれほどストレスを感じるようになったのか。それは、妻が代表をやっていることへのストレスが私の閾値を超えたからだ。代表というのはわかりやすくいうと、タカラジェンヌの付き人のことだ。タカラジェンヌの私設ファンクラブの代表であり、マネジャーのようによろずの雑事を請け負う。その仕事の大変さや、理不尽なことはここには書かない。また、いずれ書くこともあるだろうから、そちらを読んでもらえればと思う。

私は、妻や妻がお世話をしているジェンヌさんに含むところは何もない。だが、それでも私が宝塚歌劇に抱いたストレスは、CDを聞くだけで耐えがたいレベルに達していた。

本書は、タカラヅカの世界に偏見を持つ方へ、タカラヅカの魅力を紹介する本だ。だから、わたしには少しお門違いの内容だった。

断っておくと、私は観劇は好きだ。今までにもいくつもの観劇レビューをブログにアップしてきた。舞台と客席が共有するあのライブ感は、映画やテレビや小説などの他メディアでは決して味わえない。コンサートの真価を感情を発散させることにあるとすれば、観劇の真価は感情に余韻を残すことにあると思う。

だから著者が一生懸命に熱く語るタカラヅカの魅力についても分かる。観客としてみるならば、タカラヅカの観劇は上質の娯楽だ。もし内容がはまれば、S席の金額を払っても惜しくないと思える。私が今まで見たタカラヅカの舞台も感動を与えてくれた。だが、本書を読むにあたって、私の心はタカラヅカの裏方の苦労や現実も知ってしまっていた。

心に深い傷を負った私がなぜ本書を手に取ったか。それは本書を読む10日ほど前、友人に誘われ、劇団四季の浅利慶太氏のお別れ会に参列したためだ。

浅利慶太氏は劇団四季の創始者だ。晩年は演出家としてよりも経営者として携わることの方が多かったようだ。つまり、理想では運営できない劇団の現実も嫌という程知っている。そんな浅利氏だが、すべての参列者に配られた浅利慶太の年譜からは、演劇を愛する一人の気持ちがにじみ出ていた。劇団四季の創立時に浅利慶太氏が書いた文章が収められていたが、既存の劇団にケンカを売るような若い勢いのある文章からは、創立者が抱く演劇への理想が強くにじみ出ていた。

ひるがえってタカラヅカだ。すでに創立から105年。創立者の小林一三翁が亡くなってからも60年がたつ。きっと小林翁が望んだ理想をはるかに超え、今のタカラヅカは発展を遂げたのだろう。だが、小林一三翁が理想として掲げた国民劇としての少女歌劇団と今の宝塚歌劇のありように矛盾はないだろうか。私には矛盾が見えてしまった。上にも書いた代表という制度の深い闇として。

もう一度ファンの望むタカラヅカのあり方とはどのようなものか知りたい。それが本書を読んだ理由だ。代表が嫌だからと駄々をこねて、すねていても仕方がない。タカラヅカから目を背けるのではなく、もう一度向き合って見ようではないか。

本書は私の気づいていなかった視点をいくつも与えてくれる。とても優れた本だと思う。

ヅカファンに限らず、あらゆるオタクは自らがはまっているものを熱烈に宣伝し、広めたがる。いわばエバンジェリスト。著者も例外にもれず、一生懸命ファンを増やそうとしている。中でも著者のターゲットは男性だ。

第一章では「男がタカラヅカを観る10のメリット」と題し、読者の男性をファンにしようともくろむ。たしかにここに書かれていることは分かる。モテる? まあ、私はタカラヅカに理解があるからといってモテた記憶はないが。ただ、タカラヅカを観ると意外に教養が身につくことは確かだ。もっとも、私が妻子に言いたいのは、タカラヅカが取り上げたから食いつくのではなく、元から自分の知らない世界には好奇心は持っておいてほしいこと。もっとも、極東の私たちが西洋の歴史など、タカラヅカがやってくれなければ興味が持てないのもわかる。そうやって受け身でみるからこそ、新たな知識が授かるのもまた事実。

第2章でも著者のタカラヅカ愛は止まらない。ここで書かれている内容も、妻からはたまに聞く。絶妙としか言いようのない世界。勧進元にしてみれば、完璧なビジネスモデルだと思う。ある程度放っておいても、ファンがコミュニティを勝手に運営し、盛り上げてくれるのだから。著者が挙げるハマる理由は次の五つだ。

(1)じつは健全に楽しめる。
(2)「育てゲー」的に楽しめる。
(3)財布の中身に応じて楽しめる
(4)年代に応じて楽しめる。
(5)「死と再生のプロセス」を追体験できる。

結局のところあらゆるビジネスはファンを獲得できるかどうかにかかっている。そして実際にタカラヅカはこれだけの支持を受けている。これはタカラヅカのコンテンツが消費者を魅了したからに他ならない。代表制度には矛盾を感じる私も、このことは一ビジネスマンとして認めるにやぶさかではない。

第3章では組織論に話が行く。ここは私にとっても気になった章だ。だが、ここの章では裏方には話が及ばない。代表の「だ」の字も出ない。あくまで表向きのスターシステムや組ごとにジェンヌ=生徒を切磋琢磨させる運営システムのことを紹介している。外向けには「成果主義」、組織内では「年功序列」、この徹底した使い分けがタカラヅカの強さの源泉である。と109ページで著者は説く。徹底したトップスター中心主義を支える年功序列と成果主義。さらに著者はそれの元が宝塚音楽学校の厳しいしつけから来ているという。

ここで私は引っかかった。最近は宝塚音楽学校もかつての厳しさがなくなり、生徒の親の圧力もあってかなり変質しつつある、と聞く。その割には、厳しい上下関係が代表の間でも守られる圧力があることも聞く。生徒間の軋轢の逃げ場が代表に行っているとなれば、ちょっと待てと思ってしまうのだ。たしかにタカラヅカはベルばらブームで復活した。それ以降は安定の運営が続いている。代表の制度などのファンクラブの組織もベルばらブームの頃に生まれたという。だから代表がタカラヅカの隆盛に大きな役割を担っているのは確かだろう。

そりゃそうだ。ジェンヌさんのこまごました身の回りのフォローも代表やスタッフがこなしているのだから。そしてその労賃はタカラヅカ歌劇団から支出されることはないのだから。代表制度は、ファンたちが勝手に作りあげた制度。宝塚歌劇としては表向きは全く知らぬ存ぜぬなのだ。

もちろん、今のジェンヌさんの活動が代表に支えられているのはわかる。メディア出演や舞台、練習。今のジェンヌさんの負担はかつてのジェンヌさんをかなり上回っているはず。今の状態で代表制度を無くせばジェンヌさんはつぶれてしまうだろう。それも分かる。日本社会のあり方は変わっている。昔は大手を振りかざして精神論をぶっても通じたが、今やパワハラと弾劾されるのがオチだ。

だが、それにしても代表に頼る風潮が生徒さんの間で濃くなってはしまいか。タカラヅカの文化を受け継ぐにあたってついて回る歪みやきしみや負担が代表にかかっている場合、代表制度が崩壊すれば、それはタカラヅカ崩壊につながる。

私が危惧するのは、宝塚の厳しい伝統やしつけとして受け継がれてきた文化が、じつは形骸化しつつあるのでは、ということ。しかもそれが代表制度への甘えとして出て来てはしまいか、ということだ。できればこの章ではそのあたりにも触れてほしかった。

本書で描かれるようなタカラヅカの魅力は確かにある。一観客としてみると、これほど素晴らしい世界が体験できることはそうそうない。そりゃ、皆さんだって劇場に足を運ぶだろう。だが、先にも書いた劇団四季も同じぐらい人々を魅了している。そして劇団四季にはそうした半ば公認され、非公認の私設ファンクラブなる矛盾した存在はない。劇団員がお茶会に駆り出されることもなく、舞台に集中できる仕組みが整っている。四季にできていることがタカラヅカにできない? そんなはずはない、と思うのだが。

裏方を知ってしまった私は、タカラヅカの今後を深く憂う。私が平静な心でヅカのCDを聞けるのがいつになるのかはともかく。著者の熱烈な布教にも関わらず、私の心は揺るがなかった。

‘2018/10/4-2018/10/4


社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲーム


最近の私は社会学にも関心を持っている。人はどのように社会と接して行くべきか。その知見は人として、夫として、親として、経営者として欠かせない。

もう一つ私が関心を持っていることがある。それこそが本書のテーマだ。技術が生み出したメディアは人にどう影響を与えるのか。そしてメディアと人はどう付き合って行くべきか。私は技術者として世間に名乗りを上げ、糧を得ている。人並みに発信したい思いも、自己顕示の思いも持っており、このテーマは私にとって興味の的となっている。私の世代が社会に出たのは、インターネットが世間へ浸透した同じ時期だ。どうやってインターネットが社会に広まり、技術の進展がメディアを変えてきたか。それを肌で感じてきた世代だ。だからこそ興味がある。

本書の第一章は「有害メディア論の歴史と社会的身体の構築」と題されている。内容は題名の通りだ。

メディアとは何か。今までの人類の歴史でいくつものメディアが現れてきた。文字、本、小説、紙芝居、テレビ、ラジオ、新聞、野球、スポーツ、ポケベル、たまごっち、インターネット。要するに複数の人々に何らかの情報を同時に届けられるもの、それがメディア。そしてメディアとは、新たなメディアが古いメディアを侵食していく運命にある。いくつかのメディアは既存のメディアの中に既得権を得ていた人々から批判を浴びてきた。本章にもその歴史が紹介されている。

既存のメディアしか知らない人にとっては、新たなメディアは教育に悪く、若者を堕落させ、社会を不安に陥れるものだ。いつだってそうだった。

だが実際は違う。新たなメディアが発明されるたび、人々はそれを己の身体の一部としてきた。著者はその過程を人間が外部に新たな身体を手に入れた、と形容する。それが本書のタイトルの由来でもある。

つまりは比喩的に言えば私たちの身体は、メディアを通して新しい「身体能力」を獲得してきているのだ。それは言うまでもなく、私たちの「生物的身体」が「進化」(あるいは「退化」)していくということを意味しない。自分が可能な振る舞いを変容させ、他人の振る舞いに対する予期を変容させ、社会制度を変容させるといった形で、メディアは「社会的身体」のあり方を解体/構築していくのだ。(39-40ページ)

携帯電話もスマートフォンも、私たちの記憶や脳の一部を外部に具現化する。文字もそう。メディアという形で私たちの体の一部が外部に拡張される現象を指して、著者は社会的身体と言い表す。

私の娘たちにスマホを持たせて何年も過ぎた。でも、私は今でも、子どもが新たなメディアを手にする時期は慎重であるべきと思っている。それは、子供のたちの成長の過程では、旧メディアを含めた人間社会のルールを覚えなければならない。そう思うからだ。新たに生まれたメディアは、まず社会がそれとの付き合い方を覚える。子が覚えるのはそれからでも遅くないはずだ。旧メディアの習得もままならないのに、新たなメディアの習得に走ることは、人類が旧メディアを使いこなしてきた知恵をおろそかにし、歴史で培われてきたスキルを無視することになる。

第二章は「社会的身体の現在-大きなメディアと小さなメディア」と題されている。大きなメディアとはマス・メディアであり、小さなメディアとはインターネットやスマートフォンなどの個人メディアを指す。ここで重要なのは、メディアは入れ替わらず、前のメディアの上に新たなメディアが乗っていくという著者の指摘だ。今の情報化は大きなメディアが小さなメディアに置き換えられて行く過程にある。だが、その中で大きなメディアが小さなメディアによって完全に駆逐されることはない、と著者は説く。ここで言われているのは、インターネットがどれだけ社会に幅を効かせようとも、テレビや新聞は消えないということだ。

その理由とは何か。それこそが著者が唱える社会的身体なのだと思う。人々に一たび受け入れられ広まったメディアを切り捨てることはできない。簡単に着て脱げる衣服とは違うのだ。メディアとは今や、身体の一部となっている。だからこそ、新たなメディアが勃興しても、旧メディアを簡単に捨て去るわけにはいかないのだろう。

第2章と3章の間に挟まれる「ノート 「情報思想」の更新のために」では、より抽象的なモデルを用い、個人とメディア、コミュニティとメディアの関係が語られる。この章では、抽象的なモデルが語られる。読み解くのに頭を使わねばならないが、示唆に富んでいる。

形式か内容か、との対立軸はすでに無効。そもそも既存の社会を前提に考えられたモデルに従ったコミュニケーションのあり方ではなく、常に新たなコミュニケーションのモデルを模索し、刷新され続けているのが今までのメディアの歴史。つまり、現状の個人とメディアとコミュニティの関係を図示したモデルとは、新たな社会を予期するためモデルでもあり、今の社会を説明するためにも有効なモデルだということだ。そこに形式や内容を対立させ、議論することに意味はない。新たなメディアが生まれる度、そのメディアが生み出す思想がモデルを内側から更新し続ける。それが今のメディアを巡る現状ということなのだろう。

本書が説く社会的身体にとって、核となる部分は第2章までで語りつくされる。第3章は「お笑い文化と「振る舞いモデル」」。よくテレビで見かけるお笑い芸人。ここではその系譜と、テレビへの露出の方法の変遷を見る。

まず、その前に本書は「役割モデル(ロールモデル)」と「振る舞いモデル(アティテュードモデル)」の違いから説き起こす。その二つを分けるのは、思想的、社会的役割、そして行為的、個人的模倣だ。お笑い芸人が後者に属することは言うまでもない。本章で描かれるお笑い芸人の系譜は、芸能史の観点からみても興味深い。テレビが象徴するメディアの興隆とともに、お笑い芸人がメディア内メディアとして次々入れ替わる歴史。著者の狙いは芸人一人一人をメディアに見立て、メディアの移り変わりがこれほどまでに頻繁であることを読者にわかりやすい例として示すことだろう。

また、お笑い芸人がテレビで示す笑いが、翌朝、私たちの学校で話題のネタになったように、振る舞いモデルとしての手法の移り変わりも本書は示す。ワイプ画面や、テロップ、そしてニコニコ動画の右から左に流れるコメント。それらは振る舞われる芸人、つまりメディアがわれわれをどうやって「同期の欲望」を満たさせるかの手本にもなっている。同期の欲望とは他者への欲望と同義。著者に言わせれば、テレビもウェブも同期の欲望を満たすためのメディアとしては同じ地平にあり、断絶している訳ではない。

第4章は「ゲーム性と身体化の快楽」と題されている。ここでいうメディアの役割は快楽だ。メディアを身体の延長として受け入れてきた歴史が本書の主題ならば、身体の延長として、自分の振る舞いが即座に反映されるメディアは触れなければならない。それこそがゲームの役割。私の世代はインターネットの勃興が社会人としてのデビューの時期と重なっている。そして、ゲームの興隆にも関わっている。スペースインベーダーは幼稚園。ゲームウォッチは小学校一年、ファミコンは小学校三年。以降、ゲームの進化とともに成長してきた年代だ。自分の操作によってマリオが飛んだり走ったりする操作が快楽をもたらす事を実感してきた。

今はオンラインで複数人がリアルタイムで参加するゲームが主流だ。ところが今の私には、そうしたゲームをする時間がない。だが、娘がやっているのを見せてもらいながら、今のゲームの趨勢はおさえているつもりだ。かつて、スペースインベーダーやゲームウォッチはゲームとプレイヤーが一対一だった。ファミコンではコントローラーが二つあったことで二人プレイができた。目の前のテレビ画面と、その前のプレーヤーたちの関係。それが今はその場にとどまらず、オンラインで世界中のプレーヤーとつながっている。自分のプレイがオンラインのゲーム世界で他のプレーヤーに影響を与えられるのだ。

著者はその現象をウェブ上での「祭り」にも適用させる。祭りとはミスをしでかした個人または組織に対し、不特定多数が誹謗中傷の攻撃を行う現象を指す。ウェブというメディアを用いることで、自分の書き込みが相手にダメージを与える快感。これもまた、社会的身体化の一つの例だろう。

かつてはこうした運動は、自分の体をその場に動かさねばできなかった。例えば国会議事堂前。SEALD’sがいなくなった今、国会議事堂の前でプラカードを持ってシュプレヒコールを上げているのは年配の方がほとんどという現象も、まさに旧メディアの特徴だろう。それに比べてウェブ上での意見表明は、メディアの発展の方向としては正しいのかもしれない。それは匿名での発信も含まれるというのが著者の立場だし、私も広義のメディアという意味では同意だ。

その上でいえば、自らの体に拡張して備わったメディアを匿名で扱うのか、それとも実名で扱うのかは、メディア論としては本質ではない。それはむしろ、社会学でも違う分野の研究に委ねられるのかもしれない。たとえば自己実現や自立、成長を扱うような。ただ、私の立場としては、個人で生きる力がこれからさらに求められる以上、メディアのあり方に関わらず、実名発信に慣れておくべきだ。社会的身体を標榜するには、まず個人がメディアの主役にならなければ。反論や違う意見を、実名の責任で受け止める。そこに痛みが伴ってこそ、社会的身体といえるのだから。

‘2018/09/27-2018/10/04


戦国姫物語 城を支えた女たち


ここ数年、城を攻める趣味が復活している。若い頃はよく各地の城を訪れていた私。だが、上京してからは家庭や仕事のことで手一杯。城巡りを含め、個人的な趣味に使う時間はとれなかった。ここにきて、そうした趣味が復活しつつある。それも誘ってくれた友人たちのおかげだ。

20代の前半に城を訪れていた頃は、有名な城や古戦場を訪れることが多かった。だが、最近は比較的マイナーな城を訪れている。なぜかといえば、名城の多くは明治に取り壊され、江戸時代の姿をとどめていないことが多いからだ。そうした城の多くは復元されたもので、残念ながらどこかに人工的な印象を受ける。私は今、そうした再建された広壮な城よりも、当時の姿を朽ちるがままに見せてくれる城に惹かれている。中でも山城は、山登りを好むようになった最近の私にとって、城と山の両方をいっぺんに達成できる魅力がある。

城を訪れる時、ただ城を眺めるだけではもったいない。城の歴史や、城を舞台に生きた人々の営みを知るとさらに楽しみは増す。特に人々が残した挿話は、人が活動した場所である以上、何かが残されている。もちろん、今に伝わる挿話の多くは有名な城にまつわるものだ。有名な城は規模も大きく、大勢の人が生活の場としていた。そこにはそれぞれの人生や葛藤が数知れずあるはず。だが、挿話が多いため、一つ一つに集中しにくい。印象も残りにくい。だが、埋もれつつある古城や、こぢんまりとした古城には人もあまりいなかったため、そうした地に残された挿話には濃密な情念が宿っているように思えるのだ。

その事を感じたのは、諏訪にある上原城を訪れた時のことだ。先に挙げた友人たちと訪れたこの城は、諏訪氏と武田氏の戦いにおいて重要な役割を担った。また、ここは諏訪御料人にゆかりのある城だ。諏訪御料人は、滅ぼされた諏訪氏の出で、一族の仇敵であるはずの武田信玄の側室となり、のちに武田家を継ぐ勝頼を生んだ女性だ。自らの父を破った信玄に身を任せたその心境はいかばかりか。戦国の世の定めとして、悲憐の運命をたどった諏訪御料人の運命に思いをはせながら、諏訪盆地を見下ろす。そんな感慨にふけられるのも、古城を訪れた者の特権だ。

戦国時代とは武士たちの駆け抜けた時代であり、主役の多くは男だ。だが、女性たちも男たちに劣らず重要な役割を担っている。諏訪御料人のような薄幸の運命を歩んだ女性もいれば、強く人生を全うした女性もいる。本書はそうした女性たちと彼女たちにゆかりの強い60の城を取り上げている。

本書は全七章からなっている。それぞれにテーマを分けているため、読者にとっては読みやすいはずだ。

第一章 信玄と姫
 躑躅ヶ崎館と大井婦人 / 小田原城と黄梅院 / 高遠城と松姫 / 伏見城と菊姫 / 上原城と諏訪御料人 / 新府城と勝頼夫人
第二章 信長と姫
 稲葉山城【岐阜城】と濃姫 / 小牧山城と生駒吉乃 / 近江山上城とお鍋の方 / 安土城と徳姫 / 金沢城と永姫 / 北庄城とお市の方 / 大坂城と淀殿 / 大津城とお初 / 江戸城とお江 / 岩村城とおつやの方 / 坂本城と熙子
第三章 秀吉と姫
 長浜城とおね / 山形城と駒姫 / 小谷城と京極龍子 / 美作勝山城とおふくの方 / 忍城と甲斐姫
第四章 家康と姫
 勝浦城とお万の方 / 岡崎城と築山殿 / 浜松城と阿茶局 / 鳥取城と督姫 / 松本城と松姫 / 姫路城と千姫 / 京都御所と東福門院和子 / 宇土城とおたあジュリア / 江戸城紅葉山御殿と春日局 / 徳島城と氏姫
第五章 九州の姫
 首里城・勝連城と百十踏揚 / 鹿児島城と常盤 / 平戸城と松東院メンシア / 佐賀城と慶誾尼 / 熊本城と伊都 / 鶴崎城と吉岡妙林尼 / 岡城と虎姫 / 柳川城と立花誾千代
第六章 西日本の姫
 松江城と大方殿 / 吉田郡山城と杉の大方 / 三島城と鶴姫 / 岡山城と豪姫 / 常山城と鶴姫 / 三木城と別所長治夫人照子 / 勝龍寺城と細川ガラシャ / 大垣城とおあむ / 彦根城と井伊直虎 / 津城と藤堂高虎夫人久芳院 / 掛川城と千代 / 駿府城【今川館】と寿桂尼
第七章 東日本の姫
 上田城と小松殿 / 越前府中城とまつ / 金山城と由良輝子【妙印尼】 / 黒川城【会津若松城】と愛姫 / 仙台城と義姫 / 米沢城と仙洞院 / 浦城と花御前 / 弘前城と阿保良・辰子・満天姫

これらの組み合わせの中で私が知らなかった城や女性はいくつかある。なにしろ、本書に登場する人物は多い。城主となった女性もいれば、合戦に参じて敵に大打撃を与えた女性もいる。戦国の世を生きるため、夫を支えた女性もいれば、長年にわたり国の柱であり続けた女性もいる。本書を読むと、戦国とは決して男だけの時代ではなかったことがわかる。女性もまた、戦国の世に生まれた運命を懸命に生きたはずだ。ただ、文献や石碑、物語として伝えられなかっただけで。全国をまんべんなく紹介された城と女性の物語からは、歴史の本流だけを追うことが戦国時代ではないとの著者の訴えが聞こえてくる。

おそらく全国に残る城が、単なる戦の拠点だけの存在であれば、人々はこうも城に惹かれなかったのではと思う。城には戦の場としてだけの役目以外にも、日々の暮らしを支える場としての役割があった。日々の暮らしには起伏のある情念や思いが繰り返されたことだろう。そして、女性の残した悲しみや幸せもあったはずだ。そうした日々の暮らしを含め、触れれば切れるような緊張感のある日々が、城を舞台に幾重にも重なっているに違いない。だからこそ、人々は戦国時代にロマンや物語を見いだすのだろう。

むしろ、本書から読み取れることは、戦国時代の女性とは、男性よりもはるかにまちまちで多様な生き方をしていたのではないか、ということだ。男が戦や政治や学問や農商業のどれかに従事していた以上に、女はそれらに加えて育児や夫の手助けや世継ぎの教育も担っていた。結局のところ、いつの世も女性が強いということか。

私が個人的に訪れたことのある城は、この中で25城しかない。だが、最近訪れ、しかも強い印象を受けた城が本書には取り上げられている。例えば勝連城や忍城など。まだ訪れていない城も、本書から受けた印象以上に、感銘をうけることだろう。本書をきっかけに、さらに城巡りに拍車がかかればよいと思っている。まだまだ訪れるべき世界の城は多いのだから。

‘2018/09/25-2018/09/25


小栗上野介 忘れられた悲劇の幕臣


歴史が好きな私だが、小栗上野介はあまりマークしていなかった。幕末の日本を動かしたキーマンの一人であるはずなのに。勝てば官軍の逆を行き、負けた幕軍の中で歴史に埋もれてしまった人物。

小栗上野介が世間で脚光をあびる事はなく、せいぜい、赤城山に徳川の埋葬金を埋めた張本人では、と伝説の中で取り上げられるぐらい。あれほどの幕末の激動の中で、幕府側の人物はほとんどが明治になって語られることがなくなった。今も取り沙汰される幕府側の人物といえば、最後の将軍徳川慶喜は別格としても、西郷隆盛と会見し、江戸を無血開城に導いた勝海舟や、五稜郭まで新政府に抵抗したのち、明治政府でも大臣まで歴任した榎本氏ぐらいだろうか。だが、彼らに比べて、幕府のために粉骨砕身した小栗上野介は、今もなおあまりにも過小評価されている人物だといえる。

なぜ私が急に小栗上野介の本書を読もうと思ったか。それは、ある日、家族でこんにゃくパークへ向かう道中で、小栗上野介の隠棲した場所を訪れたからだ。それはまさに偶然のたまものだった。そもそも草津に行くつもりで向かっていたのに、急に草津行を中止し、こんにゃくパークへ行き先を変えたのも偶然ならば、道の駅くらぶちに訪れたのも偶然。道の駅に小栗上野介を顕彰する展示があり、じっくり見られたのも偶然。極めつけはその近辺の地名だ。「長井石器時代住居跡」や「長井の道祖神」、「長井川」。ここまで偶然が続くと、これも何かの縁だと思うしかない。そういうわけで、今まで全く縁のなかったはずの小栗上野介について調べてみようと思い、本書を手に取ってみた。

先に挙げた明治以降も名が伝えられた幕府側の人々。彼らの名前が残ったのは、明治まで生きのびたためだろう。そのため、優れた能力を明治以降でも発揮することができた。ところが、明治維新の前に非業の死に倒れた人物はその事績が正当に伝えられていない。かろうじて安政の大獄で迫害された人々は、弟子たちが明治新政府の要職についたためその人物や事績が後世に伝えられた。だが、幕府側の人物は、正当な立場で論じられていない。安政の大獄の当事者である井伊直弼もそうだし、開国時の老中だった阿部正弘もそう。そして、本書が取り上げる小栗上野介もその一人だ。

本書は小栗上野介の生涯を紹介している。事績の割には、後世にその偉大さが忘れられている小栗上野介。

本書の帯には、小栗上野介の事績の一端を紹介するため、明治の大物である二人が語った言葉が記されている。
「明治の近代化は
  ほとんど小栗上野介の構想の
  模倣に過ぎない」大隈重信

「日本海海戦の勝利は、
  小栗さんが横須賀造船所を
  造っておいてくれたおかげ」東郷平八郎

また、同じ帯には小栗上野介を「明治の父」と評した司馬遼太郎の文章も紹介されている。つまり、小栗上野介とはそれだけのことを成し遂げた人物なのだ。

一八六〇年、日米修好通商条約批准のためアメリカへ旅立った遣米使節団。八十人弱と伝わる一行の中で、正使、副使に次ぐ地位にあったのが目付役の小栗上野介だった。その旅は太平洋からアメリカに向かい、パナマ運河を超えて東海岸に渡りワシントンへ。帰りは船のトラブルがあり、大西洋から喜望峰、香港と巡った一行は世界一周を果たした。その一行の中でもさまざまな文物を吸収し、それを幕政に積極的に取り入れようとしたのが小栗上野介だ。その過程の一部始終が本書には紹介されている。

後年、明治の元勲たちも欧米を視察した。榎本武揚も小栗上野介に遅れること2年でオランダ留学を果たした。だが、彼らと小栗上野介が違うのは、小栗上野介は江戸幕府にあって改革を推進できる立場だったことだ。

当時の幕府には黒船来航から巻き起こった動乱を乗り切るための人材が底をついていた。なので、積極的に小栗上野介を登用し、小栗上野介もそれに応える仕事をする。だが残念ながら、めまぐるしい情勢の変化は、小栗上野介に腰を据えて改革するための時間を与えなかった。

薩長がイギリスと結んだことへ対抗するため、幕府がフランスと結び、軍制改革に当たったことはよく知られている。その推進を担ったのが小栗上野介だ。小栗上野介がなした最大の業績が横須賀造船所の建造であることは先にも東郷平八郎の言葉として出ている。それも小栗上野介が持っていたフランス人とのつながりから生まれたもののようだ。他にも大砲製造所や反射炉の建設など、幕府の改革に取り組んだ小栗上野介。時流に遅れた幕府のため、必死になって幕府を再建しようと努力した跡が感じあっれる。フランス語学校も設立したというから、まさに孤軍奮闘にも似た働きだったのだろう。もし幕末の情勢がどこかで少しでも変わっていたら、日本にはフランスを由来とする文物がもっとあふれていたかもしれない。

また、経済にも明るかった小栗上野介は、日米修好通商条約の際に為替比率を見直そうと旅先で交渉に励んだという。アメリカとの間に結んだ為替比率が、日本の貨幣に含まれる金銀の含有量からして不公平だと、フィラデルフィアの造幣局で貨幣の分析試験を求め、不均衡を証明したという記録も残っている。また、日本最初の株式会社を設立したのも小栗上野介だという。よく坂本龍馬が作った亀山社中こそが株式会社の元祖というが、亀山社中が設立された二年後に小栗上野介の作った兵庫商社のほうが、先に株式会社を名乗っていたらしい。

ところがそれほどの逸材も、交戦派として将軍慶喜からは罷免される。そして上州に引っ込んでしまう。そして薩長軍が上州にやってくる。従容と捕縛された小栗上野介だが、無駄なあがきはせずに潔く斬首されたという。それらの地こそ、私が訪れた倉渕。今もなお小栗上野介が顕彰されていることからも、穏やかに隠棲していたことが伺える。

能力のある官吏であり、新政府でも相当の働きをしたはずの小栗上野介。だが、要領よく立ち回って延命しようとの野心はなかった様子からも、私利私欲の目立つ人物ではなかったようだ。小栗上野介を捕縛した人物の愚かなふるまいがなければ、小栗上野介の名前が忘れられることなかったはずなのが惜しい(捕縛した人物は後に大臣や各県知事を歴任し、昭和十一年まで生きたという)。

この時、立ち寄った倉渕は、のんびりとした感じが良い印象を残している。にもかかわらず、この時はこんにゃくパークへ急ぐため、小栗上野介の墓所や斬首の場をきちんと見ていない。私の名が付くあちこちの史跡も。なるべく早く再訪したいと思っている。

‘2018/09/22-2018/09/23


珠玉


本書は著者にとって絶筆となった作品だ。すでに病に体を蝕まれていた著者。本書は大手術の後、病み上がりの時期に書かれたという。そして本書を脱稿してすぐ、再度の発作で亡くなったという。そんな時期に発表された本書には回想の趣が強い。著者の人生を彩った出来事や体験の数々が、エッセイにも似た不思議な文章のあちこちで顔を出す。

著者の人生をさまざまに彩った出来事や体験。私たちは著者が著した膨大なエッセイから著者の体験を想像し、追っかける。だが、私たちには、著者が経験した体験は文章を通してしか伝わらない。体験とは、本人の記憶にしか残らないからだ。私たちはただ、文章からイメージを膨らませ、著者の体験を推測することしかできない。

著者の体験で有名なものは、釣り師としての冒険だろう。また、ベトナム戦争の前線に飛び込み、死を紙一重で逃れた経験もよく知られている。壽屋の社員として酒と食への造詣を養い、それを数々のエッセイとして発表したことも著者の名を高めた。そうした著者が過ごしてきた多方面の経験が本書には断片的に挟まれる。エッセイなのか、小説なのか判然としない、著者自身が主人公と思われる本書の中で。

著者は作家として名を成した。名を成したばかりか、己の生きた証しをエッセイや小説に刻み、後世に残すことができた。

ところが、本書からはそうした積み上げた名声や実績への誇らしさは微塵もない。むしろ、諦念やむなしさを感じるのは私だけだろうか。それは著者がすでに重い病を患っていたから、という状況にもよるのかもしれない。

本書に満ちているのは、人生そのものへの巨大な悲しみだ。著者ほどの体験を成した方であっても、死を目前にすると悲しみと絶望にくれる。なぜなら未来が残されていないから。全ては過去に属する。現在、病んでいる自分の肉体でさえも。本書からは未来が感じられない。全編に過去を追憶するしかない悲しみが漂っている。

死ぬ瞬間に走馬灯が、という月並みな言葉がある。未来がわずかしか残されていない時、人の心はそうした動きを示す。実際、未来が閉ざされたことを悟ると、人は何をして過ごすのだろう。多分、未来に楽しみがない場合、過去の記憶から楽しみを見いだすのではないか。それがストレスをためないために人の心が本能的に振舞う作用のような気がする。

著者は作家としての名声を持っている。だから、過去の記憶から楽しみを拾い上げる作業が文章に著す作業として置き換えることができた。おそらくは依頼されていた執筆の責任を果たしながら。

輝いていた過去の記憶を原稿に書きつけながら、著者は何を思っていたのだろうか。それを聞き出すことはもはやかなわぬ願いだが、これから死ぬ私としては、そのことが知りたい。かつて茅ケ崎市にある開高健記念館を訪れ、著者が使っていたままの状態で残された書斎を見たことがある。そこでみた空っぽの空間と本書に漂う悲しみのトーンは似通っている。私が死んだ後、絶対的な空虚が続くのだろうか。誰も知らない死後の無に恐れを抱くしかない。

本書は三編から成っている。それらに共通するのは、宝石がモチーフとなっていることだ。言うまでもなく、宝石は未来に残り続ける。人は有限だが、宝石は永遠。著者が宝石をモチーフとしたのもわかる気がする。まさに本書のタイトル「珠玉」である。病の悲しみに沈み、過去の思い出にすがるしかないからこそ、そうした日々を思い出しながら原稿に刻んでゆく営みは著者に救いをもたらしたのではないか。著者は自らの過去の体験が何物にも代えがたい珠玉だったのだ、と深く感じたに違いない。三編に登場する宝石のように。

「掌のなかの海」は、主人公が訪れたバーで知り合った船医との交流を描いた一編だ。世界の海や港の話に花を咲かせる。そこでは著者が培った旅の知識が縦横に披露される。そこで主人公が船医から託されたのがアクアマリン。船乗りにふさわしく青く光るその貴石には”文房清玩”という一人で楽しむための対象として紹介される。息子を亡くしたという船医が感情もあらわに寂しいと泣く姿は、著者の不安の表れに思える。

「玩物喪志」は、主人公が良く訪れる渋谷の裏道にある中華料理店の店主との物語だ。世界の珍味をあれこれと肴にして、食の奥深さを語り合う二人。その店主から受け取ったのがガーネット。深い赤が長方形のシェイプに閉じ込められた貴石だ。主人公の追想は今までの人生で見つめて紅や緋色に関するイメージであふれかえる。サイゴンでみた処刑の血の色、ワインのブドウから絞られた透き通る紅、はるばる海外のまで出かけてみた川を埋めるキング・サーモンの群れの紅。

追憶に満ちたこの一編は、著者の人生のエッセンスが詰め込まれているといえよう。ここに登場する店主の友人が無類のギャンブラーであることも、著者の思想の一端の表れに違いない。

「一滴の光」は、主人公が鉱物の店で手に入れたムーンストーンの白さから始まる。本編では新聞社に勤める記者の阿佐緒とのエロティックな性愛が描かれる。温泉につかり、山々を散策し、温泉宿で抱き合う。ムーンストーンの白さとは、エロスの象徴。著者の人生を通り過ぎて行った女性がどれだけいたのかは知らない。著者は家庭的にはあまり円満でなかったという。だからこうした関係にわが身の癒やしを得ていたのかもしれない。

三編のどこにも家庭の団欒を思わせる記述はない。そんな著者だが、本編には著者が生涯でたどり着いた女性についての感想を思わせる文が記されている。
(・・・女だったのか)(192P)
(女だった・・・)(193P)

後者は本書の締めの一文でもある。この一文を書き記した時、著者の胸中にはどのような思いが沸き上がっていたのだろうか。この一文が著者の絶筆であるとするならば、なおさら気になる。

‘2018/09/20-2018/09/22


時が滲む朝


日本語を母語としない著者が芥川賞を受賞するのは初めてのことらしい。そのためか、本書には「ん?」と感じる表現が散見される。そうした表現は日本語の文章ではあまり見られない。それは中国で生まれ育った著者が、生まれながらにして日本語を使いこなしていないからだろう。でも、それもまた著者の文体だ。そう思えば気にならないし、むしろ独特の色合い、個性だと思えばよい。

それよりも本書で浮いているのは馬先輩が挟む英語だ。著者は馬先輩の凡人ぶりを際立たせるために、このような英語表言を挟み込んだのだろうか。明らかに本書の中では浮いてしまっている。

そうした点を除けば、本書はとても読みやすい。特に、私のような第二次ベビーブーム世代には、尾崎豊の登場だけで共感できると思う。

本書は、理想に燃えた若者が成長し、世間の流れに飲み込まれて行く様子が描かれる。舞台は中国。本書でいう燃える理想とは、中国の民主化だ。理想に燃えた青年たちが、親となって生活に追われ、本書の主人公のように中国を出て、異国で過ごす日々で、世間の中に紛れてゆく姿。そうした姿を著者は同じ時代を生きた人として見つめ、小説に著した。

一方でわが国だ。すでに時代や世代の精神なる言葉は聞かれなくなって久しい。私たちの世代に戦争はすでに遠い。学生運動すら、生まれる前後には下火になっていた。つまり、理想として掲げる対象がなかった。そんな中で青年の前半生を送ったのが私たちだ。

例えば私が第二次ベビーブーム世代を代表する何かを書こうとしたとする。ところが見事なまでに空っぽだ。無理もない。オイルショックがあったとはいえ、日本の経済成長はすでに十分な繁栄を私たちに与えてくれた。泡が弾けるまで好景気を満喫する日々。電化製品が色と音を弾けさせる街中。ゲームはよりどりみどり。いくつもあるテレビチャンネルが、好きなだけただで番組を見せてくれる。食い物や飲み物にも事欠かない。そんな日々のどこに若者が不満を抱えるというのか。せいぜい、オウム真理教で心の充足をうたう組織のおぞましさや、阪神・淡路大震災で世界の不安定さにおののくぐらいが関の山だろう。

ところが著者の世代には、書かねばならないテーマ(国の民主化)と事件(天安門事件)があった。それはある意味ではうらやましい。

少なくとも文学の材料として、日本の若者には共通の理想は掲げにくい。ところが、隣の中国には描くべき現実、掲げるべき理想が山のようにあった。共産党の一党独裁、地方の貧しさ、文化大革命の余韻。キリがない。そんな若者たちが民主化を求める声は、天安門事件において頂点にに達した。

私は当時、高校生になったばかり。どういうきっかけかは忘れたが、天安門事件に強烈な興味を持った。日々の新聞で天安門事件に関する記事を全て切りぬき、スクラップブックに貼り付けた。多分、スクラップブックは今でも実家の部屋に置いてあるはず。私にとって、天安門事件こそが、リアルタイムで最初に興味を持った国際的な事件だった。毎日飛び込んでくる衝撃のニュースに興奮し、新聞を隅から隅まで読み込む。リアルタイムで日々のニュースを熟読したのは、天安門事件が最初で最後だろう。だからこそ、本書で描かれた天安門事件は、私にとって共感の対象となった。

本書でもう一つ、第二次ベビーブーム世代にとって心惹かれる要素がある。それは尾崎豊だ。代表曲「I Love You」が本書ではキーとなる。テレサ・テンの歌声に陶酔し、成長した主人公だが、本書の後半では尾崎豊の「I Love You」に心を鷲掴みにされる。

中国の若者が掲げた理想への思いが、尾崎豊を通して日本で暮らす若者に届く。それは日本からの視点では生まれにくい発想だ。著者ならでは、といえよう。だが、著者が本書で描いたことによって、あらためて尾崎豊の存在とはなんだったのか、という疑問に考えが及ぶ。そこで思うのが、尾崎豊こそは、上にも書いた世代の精神を歌い上げた人ではなかっただろうか。衣食住が満たされ、あり余るモノに囲まれた日本の若者は何に理想を求めたか。それは管理からの脱出だ。退屈な授業と受験勉強。やっとの事でそれを突破したら、待っているのは定年まで続く組織での日々。しかももれなく通勤ラッシュがついてくる。尾崎豊は高度成長期の日本の若者ならではの現実のつまらなさと目指すべき理想を歌に乗せ、カリスマとなった。

主人公とその親友は本書の中で二狼とあだ名をつけられる。つまりオオカミだ。本書にはオオカミと豚の比喩も現れる。豚にはなるな、オオカミであれ、と。そのフレーズは明らかに尾崎豊の『Bow!』からの引用だろう。私が好きな尾崎豊の曲の一つだ。その曲の中で尾崎豊はこう叫んでいる。

鉄を喰え 飢えた狼よ
死んでもブタには 喰いつくな

私は二十三才のある日、一日中、尾崎豊の「シェリー」を聴いて過ごしたことがある。青年が襲われる理想と現実のギャップに、心の底から悩みながら。その時にも、その後にも尾崎豊の詩には何度も奮い立たされてきた。上に引用した「Bow!」もその一つ。どう生きたいのか、どう生きねばならないのか。中年になった今でもその理想は忘れられない。

本書に登場する尾崎豊の歌詞は「I Love  You」だけだ。でも、オオカミと豚のくだりは、私にとっては完全に「Bow!」を連想させる。だからこそ私は本書は本書に共感が持てた。そして、中国の若者が理想を求めた気持ちもわずかながらでも理解できる。天安門事件の当時、私はまだ真面目に授業を受けていた。そして尾崎豊にはそれほど惹かれていなかった。だが、天安門事件に特に興味を惹かれた私には、理想を求める気持ちが少しずつ芽吹きはじめたのだろう。後年、私を助けてくれることになる尾崎豊の掲げた理想。そして中国の若者が抱く理想。それらが本書において時代の精神として結晶し、尾崎豊の歌として提示されている。その結晶の成長は、私自身の精神の成長にリンクしている。だからこそ、三十年近くたった今でも、本書に共感できるのだと思う。当時を思い返しながら。

もちろん、理想とは実現できないからこそ理想だ。本書の登場人物たちもそのことを理解しつつ年を重ねる。主人公は、自分を慕ってくれていた中国残留孤児で日本に戻った女性と結婚する。そして日本で苦労しながらパソコンを覚え、生活の糧を得る。二狼と称されたもう片方は、中国に残ってデザイン会社を立ち上げる。彼も理想や革命を語るよりも、いまや経営のためにはカワイイデザインを手がけることも辞さない。二人の師はフランスに亡命し、理想をともに掲げていた同志もアメリカやフランスに亡命し、それぞれが生きてゆくための糧を稼ぐことに必死だ。私もそう。ようやく40歳を過ぎて独立は果たしたものの、営んでいることは資本主義の一つの歯車に過ぎない。

理想と現実のギャップに苦しんだ今だからこそ言えるが、数年前に若者が立ち上げたSEALDsも、たしかに主張の空虚さはあったにせよ、世の中を変えたいとの熱意は理解できる。むしろ、若者とは理想を求めて当然の存在なのだ。そして現実の手ごわさに悩み、挫折する。だが、現実の高い壁に跳ね返されたのなら、より穏健な方法で少しずつ世の中を変えていけばよいだけのこと。いまの保守系の重鎮たちの昔を見てみるがいい。かつて左向きの主張にのめり込んでいた人間のどれだけ多いことか。

世の中の流れに乗るふりをして、心の中のオオカミを忘れなければいい。私はそうやって中年の今も人生に折り合いをつけている。本書の主人公たちもそう。国が異なろうとも、理想は持ち続ける。それが青年の美しさなのだから。

‘2018/09/17-2018/09/19


水の女


本書の著者である中上健次氏。その中上健次氏を取り上げたのが高山文彦氏の『エレクトラ』だ。中上健次氏の生い立ちから作家としてのデビュー、そして死ぬまでを濃密に描き切った傑作評伝だ。かつて私は、中上健次氏の『枯木灘』を読んだ。だが、それから20年以上、中上健次氏の作品を読むことはなかった。そんな私に『エレクトラ』は著者のすごさと深みをもう一度教えてくれた。(レビュー)

『エレクトラ』に触発され、久々に中上健次氏の作品を読んでみようと思った。だが、どれから手に取ればいいか全くわからない。古本屋に行っても中上健次氏の本は書棚で見かけない。『エレクトラ』の中で高山氏は、初期の重要な作品として『十九歳の地図』『火宅』『蛇淫』『岬』などを取り上げていた。私も本来、その順に読んでいきたかった。だが手に入らず、たまたまブックオフにあった本書を手に取った。

熊野。本州の南端にある交通の不便な地。そして著者が生まれ育った地。著者はそこを舞台に濃密な血縁と暴力、そして性を描いた。本書には全部で5編の物語が収録されている。5編とも熊野地方が舞台となっている。熊野は交通が不便であるため、開かれていない。閉じている。人と人の関係も。

5編に登場する男女も、閉じた熊野の地で限られた関係にからめ取られている。むしろ自ら進んでからめとられようとするかのようだ。男といることを当たり前のように考える女。女を常にそばにおきたがる男。そしてお互いが性で結びつきあい、依存しあっている。出口のない世界の中、愛欲と性の世界に浸っている男女。本書に流れているのはそうした世界観だ。

仕事がなければ、家に二人がいれば、四六時中、乳繰り合い、まぐあって性交にふける。他にやることがないのだろうか、と思いたくもなるほど2人の男女は始終セックスをしている。まるでそれが、2人を結びつける唯一の絆であるかのように。そこには、男が女に、女が男に対する優劣はない。むしろ、依存し、依存しあう男女の平等な関係が見えてくる。

相手に依存するためには、何かを差し出さなければならない。女にとってはそれが自分の体であり、男は自分の体で女を悦ばせる。相手を体で喜ばせることで、依存させてもらっている相手へ無意識に償っている。お互いが性を介して依存しあう。そんな関係が濃密にあらゆる角度で描かれる。

これが都会であればそうはならない。人と人との関係には違う何かが入り込んでくる。例えばビジネス。文化や享楽もある。それらが身の回りにあふれているので、誰かに依存しなくても生きてゆける。それが都会であり、現代の情報の氾濫だ。だが、本書が書かれた当時の熊野には文化や享楽は乏しく、ビジネスも規模が小さい。なので、人が依存する対象は男と女に絞られてゆく。そんな間柄にあって、何を媒介にするか。それは相手を喜ばせることだ。そのような暗黙の了解が男と女にできあがる。それがすなわち性。愛欲。

そんな閉じた関係が濃密に息づいているのが熊野。そして『エレクトラ』にも書かれていたとおり、著者は被差別部落の出身である。そういう土地柄であるため、そうした持ちつ持たれつの関係はさらに濃縮され、しがらみをさらに強固に縛ってゆく。

本書に出てくる5編はその関係性において大きく二つに分けられる。最初の「赫髪」「水の女」「かげろう」の男女はいずれも似たような関係だ。女には名がなく「女」として登場する。一方、男には名前が付けられている。これは男女の関係の重心が男性側にあることを示しているのだろう。男が支配し、女が支配される関係。

ところが「鷹を飼う家」「鬼」の女性にはそれぞれ「シノ」と「キヨ」という名前が付けられている。実際、「シノ」と「キヨ」は、男をあしらい、うまく利用するしたたかさを持つ女として描かれている。男に支配されるどころか、逆に利用するだけの強さをもつ女として。

だが、女たちのあり方に変化があるのに比べると、5編に出てくる男はどれも似たような武骨で不器用な性格の持ち主だ。ところが、あまり変わりばえしない男と違い、女は「女」であっても、登場人物によって個性が描き分けられている。例えば、自らの未来を考えず、ただ、男といる今を生きる女がいる。意思を放棄したようにただ男について行く主体性のない女がいる。自分の行き先に迷い、今の状態をいとう女がいる。かと思えば、男と夫婦となって子をなし、したたかにお互いを抜き差しならない関係に持ちこみながら、他の男にも母性を任せる「シノ」もいる。かと思えば、独立心を持ち、性にすら理由をつけ、自分の性に頼る理由に意味を持たせようとする「キヨ」もいる。

個性を持った女性がいる一方で、本書に出てくる男性がどれも似たように描かれているのは、著者が自分自身を投影したからだろうか。執拗に同じような男を描く。それは、著者が熊野を憎む度合いの強さであり、もしくは地縁に縛られたしがらみの重さの表れなのかもしれない。そして、女に依存しなければならなかった過去から逃れ、東京で小説家になった著者は、あえて過去の自分を投影させた男を執拗に描き、それによって、故郷から決別を図りたいかに思える。

そう考えてみると、著者が各編の女性に個性を与え、男性をステレオタイプに描いたのにも理由があるように思える。

また、著者は5編で男女の違いを際立たせる試みに挑んだのかもしれない。性とは、男女によって受け取り方が違う心理をつかみ取るために。

ただ単に相手を孕ませるため、子孫を作るための本能につき動かされている男性と、それを、生きるための手段であり、自分の中に生命を宿らせる母性から生まれた本能で性をとらえる女性。つまり女性の方がより確信を持ち、しかも性がもたらす結果を本能の奥底で予期しつつ性を受け止めているのかもしれない。

著者がそういう試みをしているのでは、と思うのは、本書の5編には血縁のややこしさがあまり出てこないからだ。あくまでも5編で描かれるのは縁あった男女が性という営みで結びあった姿だ。それは、血縁やしがらみと性を完全に分けようとした著者の意図から出ているのではないだろうか。都会では、男女は性で結びつく。だが、血縁と言う面では結びつきは弱い。それが、逆に有機的で多様な男女の関係を作り出している。都会での作家生活を通してそのことに気づいた著者が、短編として著したのが本書ではないだろうか。

ただ『エレクトラ』でも高山氏が歩いて感じた通り、著者が育った新宮の街は、かつてとは違っている。もう本書に描かれたような閉じた関係はそれほど見られないはずだ。著者は後年、再び熊野の地縁をもとめ、熊野を歩いてルポを著している。それもまた、このような濃密な男女の関係を探し求めていたのかもしれない。

本書の解説は映画「赫い髪の女」を監督した神代辰巳氏が担当している。この映画は本書の第一編「赫髪」を基にしているそうだ。そこで神代氏は「赫髪」では「女」と呼ばれた女性をモチーフに映画を撮ったが、第五編の「鬼」のキヨのしたたかで複雑な描かれ方も踏まえて、映画の脚本に取り入れたかったと言う意味のことを書いている。

本書の内容を基に神代氏はどのような映画に表現したのだろう。とても興味がある。全編がからみ合う日活ロマンポルノとはいえ、お互いを頼るしか生きていけない男女の性の機微を繊細に描いたとすれば、それは立派な映画だ。だが、神代氏が、女性の個性を他の編も踏まえて描くべきだったと反省しているとはいえ、「赫髪」から生まれた作品であるとの基準に考えれば傑作であるはず。機会があれば観てみよう。

‘2018/09/10-2018/09/16


ふくわらい


『サラバ!』が余りにも面白かったので、著者の本をすぐに借りてきた。サラバ! 上 レビューサラバ! 下 レビュー。本書は『サラバ!』で直木賞を受賞する前に、直木賞候補になった作品だ。

『サラバ!』が私とほぼ同じ世代の大阪を描いていたため、本書も同じようなアプローチを期待した。だが違った。当然だ。そもそも作家であるからには同じテーマで書くわけがないのだ。そのかわり、本書には著者の新たな魅力が詰まっていた。それは赤裸々であり、小説から逃げない姿勢だ。

小説から逃げないとは、どういうことか。つまり、耳当たりのよい小説は書かないということだ。小説の表現から逃げない、と言い換えてもいい。あえて、本書では逃げずにさまざまな問題にぶつかっている。それはたとえば、容姿。たとえば、性に関する放送禁止用語。たとえば障がい者。たとえば人肉食。本書はこの四つのタブーを巧みに取り上げている。

そもそも「ふくわらい」というタイトルが、容姿を対象とした言葉だ。、幼少より異常なまでにふくわらいにはまった主人公は、あるべき位置に顔のパーツがないことに喜びを感じる。そして著名な冒険作家である父とともに世界中を巡り、さまざまな価値観を身につける。父が亡くなった後は、有能な編集者として一癖も二癖もある作家を相手に生計を立てている。鳴木戸定という名前もマルキ・ド・サドから拝借したとの設定だ。マルキ・ド・サドといえば、あらゆるタブーを含めたポルノを描き、晩年は精神病院で生涯を終えたとされる。SMのSの語源だ。サドの名前を体で現すかのように、鳴木戸定は少しずれた感覚の持ち主だ。

ふくわらいに並々ならぬ関心を示した幼少期からして、すでに変わっている。その感性は、父と一緒に世界中を旅行したことによりますます強固になった。現地の風習に従い、亡くなった人の肉を食べたこともある。父を目の前でワニにくわれ、葬儀では父の肉を飲み込んだ経歴も持っている。そんな人生を送ってきた彼女には、あらゆる忖度やタブーに対する観念が抜けている。

だからこそ担当する老作家の懇願により、目の前で一糸もまとわぬ姿になれる。放送禁止用語や尾籠な話を平然と人前でしゃべるエッセイストでありボクサーの守口廃尊の話を全く臆すことなく聞ける。ちなみに放送禁止用語は本書の中では伏字にせず、どうどうと文字にしている。(このブログではその言葉を書いて検索エンジンから葬られるのが嫌なので書かない)。盲目の青年、武智次郎の手助けを行い、彼の度重なる懇願にまけ、処女を捧げる。

本書の最後でも、定は日本のタブーに挑戦する。だが、その結末はここでは書かない。ぜひ読んでほしいと思う。

本書を読むと、私が著者に関心を持つきっかけとなった『サラバ!』とはテイストが全く違うことがわかる。だが、両者に通じるのは、日本社会の閉塞を打ち破るべく、違う価値観を持ち込もうとする意思だ。それがあざといなら逆効果だが、本書にまで吹っ切れると、あざといという批判も無くなることだろう。

日本にはたくさんのタブーがある。もはや身の回りにありふれすぎていて、私たちがタブーと気づかないほどのタブー。そして、そのタブーとは、日本が幕末の開国の後に身につけた西洋の文明に由来するものではない。むしろ、日本が明治以降に学ばなかったその他の文化の視点から眺めた時、日本に残る明確なタブーとして映るのだろう。とくに、著者の目には。

私たちは普段、どれだけ定型的な考えに縛られているのだろう。人間の顔には目が二つ、鼻と口がある。だいたい決まった位置に。男女の性器は口に出してもいけないし、その名を人前でいうのもNGだ。ほとんどの人は目が見えるし、何不自由なく歩いている。親の体を食べるなどもってのほかで、汚らわしい。

だが、目鼻口の位置が違う人だっている。男女は必ず性器を持っている。私たちはそこから生まれたのだから。本来は隠すべきではなく、どうどうと口に出してもいいはず。また、目の見えない人は、実際に生活に困難を抱えながら生きている。地球上には、死んだ親の体を食べることではじめて見送ったことにされる風習を持つ部族がいる。そのどれもが日本人として育った固定観念からは生まれない発想だ。それがつまりタブー。

著者はイランやエジプトでの生活経験もあるようだ。そういう幼少期を過ごした著者には、日本社会を覆うタブーの狭苦しさを余計に感じるのだろう。それを少しでも打ち破ろうとしたのが本書だと思う。本書のような野心に満ちた作品が、純文学を指向して書かれるのなら少しは理解できる。だが、そういうアプローチだと、余計に暑苦しくなってしまっていたはずだ。だが、本書からはそうした息苦しさや気負いは感じられない。なぜなら登場する人物たちが饒舌だからだ。鳴木戸定の発する言葉が簡潔でぶっきらぼうに思えるほど短いのに比べ、彼らはとても多弁だ。そのノリが本書から暗さを一掃していると思う。そして、そのことが、本書のテーマが野心的であるにもかかわらず、芥川賞ではなく直木賞候補になった理由ではないかと思う。

そもそも鳴木戸定の職業を編集者としたこと自体も、なにやら今の文壇を覆う閉塞感へのアンチテーゼではないかと思うのはうがった見方だろうか。本来、編集者とは、作家の想像力を最大限にはばたかせ、世に媚びず、へつらわず、顔色を見ない作品を書かせるべきだ。ところがスポンサーやタブーという言葉に負けると、そういう言葉を排除しにかかる。今のテレビのように。そうしたヤバい言葉を作家に軌道修正させるのも編集者なら、あえてタブーに挑戦させることで新しい文化を創造するのも編集者だと思う。それが今の日本を閉鎖的にしたのだとすれば、著者は鳴木戸定の存在を通して、編集者としての在り方すら問題として問うたのだと思う。

‘2018/09/09-2018/09/09


バベル九朔


著者の作品の魅力とは、異世界をうまく日常に溶け込ませることにある。しかも異世界と現実をつなぐ扉を奇想天外で、かつ映像に映えるような形で設定するのがうまい。

関西の三都、そして奈良や滋賀を舞台とした一連の著者の作品は、どこも私の良く知る場所なだけに著者の発想を面白くとらえられた。

本書はそうした場所の縛りがない。おそらく、関東のどこかと思われる。どこかは分からないが、鉄道の駅のすぐそばに建つ古びた雑居ビルが本書の舞台だ。主人公は親族の残した遺産であるこのビルの管理人をしている。20台半ばでサラリーマンを辞め、作家を志望しつつ、日々小説を書く。時間に自由が利くこの仕事にうまい具合にありつき、日々を満喫している。

5階建ての雑居ビルは、祖父が建てたもの。歴史のあるこのビルの歴代のテナントは野心的なコンセプトの店が多い。なぜかは知らないが、祖父はそういうお店を積極的に入れるようにしていたのだとか。なので店子の入れ替わりが激しい。今の店は以下のテナントで構成されている。
地下一階「SNACK ハンター」
一階「レコ一」
二階「清酒会議」・・双見
三階「ギャラリー蜜」・・蜜村
四階「ホーク・アイ・エージェンシー」・・四条

本書の冒頭にはカラスが登場する。カラスといえば雑居ビルにはふさわしい存在だ。そして、カラスが本書の肝となって物語を動かしてゆく。カラスのような面相の女と、謎の男たちがバベル九朔に侵入し、狼藉を働く。やがて管理人である主人公の周りにも、そしてビルのあちこちにも怪しげなきざしが満ち始める。主人公の管理の範囲をはみ出し、ビルに歪みが生じ始める。そして異世界への扉が開く。

本書が描く異世界は、今までの著者の作品の中でも異質だ。今までの著者の作品は、現実の大阪や京都、奈良や滋賀に異質な世界が密かに浸してゆく構成だった。その時、登場人物たちはあくまでも現実側の人間でありつづけた。しかし本書は違う。本書は主人公が異世界の中に入り込む。だから、本書の現実の舞台は、どこかが曖昧に描かれる。どこかの鉄道駅のそばの雑居ビル、という事しかわからぬバベル九朔。現実の世界はそのビルの中に限定される。関西の特徴的な都市に頼っていた今までの作品とは違う。

現実が曖昧に描かれている分、異世界の描写は非現実的な描写が色濃く描かれている。こちらの現実世界の法則や風景は望めない。どうやって異世界の風景や法則を描き出すか。おそらくは著者にとっても難しい挑戦だったと思う。だが、著者は本書において、現実との差異を見事に描いている。メビウスの輪のように堂々巡りする世界。坂を上った先に坂の下の景色がひらけ、坂を下ると坂の上の景色が見える世界。時間と空間が歪み、堂々巡りする光景。

その異世界は、作家を志望する主人公の妄想と願望を結び付けさらには祖父の残した秘密にも関わってくる。そのあたりの描写がうまいと感じる。なお、本作の奥付けで初めて知ったが、著者は作家としてデビューする前、実際に管理人の仕事をしていたという。どうりで管理人のリアルな業務が描けるわけだ。

上にも書いた通り、本書が特徴的なのは、日常の暮らしと奇想の世界の書き分けだ。現実の世界に住む主人公は、リアルな現実感覚の持ち主として描かれる。作家を志望しているが、実直な管理人。だからこそ、主人公の目から見た異世界は異常に映る。そのギャップがいい。

本書の各章のタイトルは、管理人の定例作業からつけられている。
第一章 水道・電気メーター検針、殺鼠剤配置、明細配付
第二章 給水タンク点検、消防点検、蛍光灯取り替え
第三章 階段掃き掃除、水道メーター再検針
第四章 巡回、屋上点検、巡回
第五章 階段点検
第六章 テナント巡回
第七章 避難器具チェック、店内イベント開催
第八章 大きな揺れや停電等、緊急時における救助方法の確認
第九章 バベル退去にともなう清算、その他雑務
終章  バベル管理人
これだけを読むと、本書は何やらつまらなそうな内容に思えてしまう。だが、逆で面白く仕上がっていることは言うまでもない。

むしろ、ここに挙げた管理人の仕事が、異世界が現実を侵食する様子に一致しており、ここでも現実と異世界の描写がうまく書き分けられている事を感じる。どうやって描いているかは、本書を読んでいただくとして、その一致を楽しむと良いだろう。現実の世界の裏側には、常に幻想の世界が控えている。

今までの関西の諸都市を舞台に小説を発表してきた著者が、本書において新たな道を切り開いたことをうれしく思う。それは読書人の特権である、新たな世界への期待であるからだ。

著者はこれからどういう方向に進んでいくのだろう。幻想作家の道を選ぶのだろうか。それとも伝奇小説の分野に新境地を見いだすのだろうか。私にはわからない。だが、本書は著者にとって新たなきっかけとなるように思える。引き続き、新刊が出たら読みたいと思える作家の一人だ。


星籠の海 下


上巻で広げるだけ広げた風呂敷。そもそも本書が追っている謎は何なのか。読者は謎を抱えたまま、下巻へ手を伸ばす。果たして下巻では謎が明かされるカタルシスを得られるのだろうか。下巻ではさすがにこれ以上謎は広がらないはず。と、思いきや、事件はますますよくわからない方向に向かう。

石岡と御手洗のふたりは、星籠が何かという歴史の謎を追いながら、福山で起こる謎の事件にも巻き込まれてゆく。その中で、福山に勢力を伸ばし始めた宗教団体コンフューシャスの存在を知る。しかも、コンフューシャスを裏で操る黒幕は、御手洗が内閣調査室から捜査を依頼されていた国際的なテロリストのネルソン・パク本人である事実をつかむ。どうも福山を舞台とした謎めいた事件の数々は、宗教団体コンフューシャスの暗躍にからんでいるらしい。

ここが唐突なのだ。上巻でたくさん描かれてきた謎とは、御手洗潔とネルソン・パクの宿命の対決に過ぎないのか、という肩透かし。そもそも、宿命の対決、と書いたが、私はネルソン・パクをここで初めて知った。御手洗潔に宿命のライバルがいたなんて!これは『御手洗』シリーズの全て順番に忠実に読んでこなかった私の怠慢なのだろうか。シリーズを読んできた方にはネルソン・パクとは周知の人物なのだろうか。シャーロック・ホームズに対するモリアーティ教授のように。私の混乱は増すばかり。多分、おおかたの読者にとってもそうではないか。

御手洗潔の思わせぶりな秘密主義は毎回のことなのでまあいい。でも、急にネルソン・パクという人物が登場したことで、読者の混乱はますはずだ。それでいながら、辰見洋子が瀕死でテーブルに両手両足を縛り付けられている事件や、赤ん坊が誘拐され、その両親は柱に縛り付けられるという新たな謎が下巻になってから提示される。どこまで謎は提示され続けるのだろうか。それらの謎は、どれも福山を舞台にしていることから、コンフューシャスの暗躍になんらかの繋がりはあるのだろう。でも、読者にはそのつながりは全く読めない。小坂井茂と田丸千早は演劇を諦めて福山に戻ってきた後、どう本筋に絡んでくるのか。鞆で暮らすヒロ少年と忽那青年は本筋で何の役割を果たすのか。そこにタイトルでもある星籠は謎をとく鍵となるのだろうか。

無関係のはずの複数の事件を結びつける予想外のつながり。その意外性は確かに推理小説の醍醐味だ。だが、本書の場合、そのつながりがあまりにも唐突なので少々面食らってしまう。辻褄を無理矢理合わせたような感触すらうける。コンフューシャスという宗教団体に黒幕を登場させ、実は御手洗はその黒幕をずっと追っかけていた、という設定もいかにも唐突だ。

本書が、星籠とは何かと言う謎をひたすらに追っかけていくのであればまだ良かった気がする。それならば純然たる歴史ミステリーとして成立したからだ。ところが、他の複数のエピソードが冗長なあまり、それらが本筋にどう繋がるのかが一向に見えてこない。このところ、著者は伝承や伝説をベースに物語を着想することが多いように思うが、あまりにも付け足しすぎではないだろうか。むしろ、上下で二分冊にする必要はなく、冗長なエピソードは省き、冒険活劇めいた要素もなくしても良かったと思う。

星籠が何を指すのかという謎を追うだけでも、十分に意欲的な内容になったと思う。星籠が何かということについては、本稿では触れない。ただ、それは歴史が好きな向きには魅力的な謎であり、意外な正体に驚くはず。そして、星籠の正体を知ると、なぜ本書が福山を舞台としたのか、という理由に納得するはずだ。また、上巻の冒頭で提示された、瀬戸内海という場を使った壮大な謎が、物語にとって露払いの役割にしかなっていない事を知るはずだ。それは瀬戸内海という海洋文化を語るための導入の役割であり、大きな意味では無駄にはなっていない。

だが、その謎を軸にした物語を展開するため、エピソードを盛り込みすぎたことと、冒険活劇めいた要素を盛り込みすぎたことが、本書をいささか冗長にしてしまったようだ。もちろん、下巻で、上巻から展開してきた多くの謎は収束し、とかれてゆく。だが、謎の畳まれ方がいく分、乱雑に思えてしまうのは私だけだろうか。その豪腕ともいうべき物語のまとめ方はすごいと思うが。

本書を映画化するにあたり、雑誌「ダ・ヴィンチ」で特集があった。著者のインタビューも載っているし、今までの著者の名作の紹介も載っている。その特集をあらためて読むと、著者の偉大さをあらためて思う。上巻のレビューにも書いた通り、私の人生で最もなんども読み返したのは『占星術殺人事件』。私にとって、永遠の名作でもある。その一冊だけでも著者の評価はゆるぐことはないだろう。

本書を『占星術殺人事件』と比べると、私にとってはいささか冗長で、カタルシスを得るには至らなかった。ただし、本書を読んで数カ月後、思いもよらない形で私は本書とご縁ができた。kintoneのユーザー会で訪れた福山、そして鞆。どちらも、本書で描かれたようなおどろおどろしさとは無縁。本書でヒロ少年と忽那青年が暮らす鞆は、豊穣に広がる海が、かつての水軍の栄華を思い起こさせてくれた。街並みもかつての繁栄を今に残しており、歴史を愛する私にとって、素晴らしい体験を与えてくれた。美しく、また、楽しい思い出。

その旅を思い出し、初めて本書の真価が理解できた気がした。本書はいわばトラベルミステリーの一つなのだと。著者は福山の出身であり、本書は映画化されている。つまり、本書は、映画化を前提として描かれたに違いない。そこに著者の得意とする壮大な謎解きと、福山の歴史ロマンをくわえたのが本書なのだ。福山や鞆を訪れた経験の後、本稿を書き始めて、私はそのことに思い至った。

トラベルミステリーと聞くと、手軽なミステリーとの印象がついて回る。だが、本書を仮にトラベルミステリーととらえ直してみると、印象は一変する。福山とその周辺を魅力的に描き、歴史のロマンを取り上げ、さらには大胆なトリックがいくつも。さらには冒険活劇の要素まで加わっているのだ。つまり、本書は上質のトラベルミステリーといえるのではないだろうか。もちろん、そこに悪い意味はない。

本稿を書きながら、また、福山と鞆の浦に行きたくなったのだから。

‘2018/09/05-2018/09/05


星籠の海 上


本書は映画化されるまで存在に気付かなかった。映画の番宣で存在をしったので。かつてのように推理小説の状況をリアルタイムでウォッチする暇もない最近の私。推理小説の状況を知るのは年末恒例の「このミステリがすごい」を待ってからという状態だ。本書が『御手洗』シリーズの一冊だというのに。

御手洗潔といえば、名探偵。私が今までの人生で最も読み返した本は『成吉思汗の秘密』と『占星術殺人事件』。御手洗潔は後者で鮮烈なデビューを果たした主人公だ。御手洗と言えば相棒役の石岡を外すわけにはいかない。御手洗と関わった事件を石岡が小説に著す、というのが今までの『御手洗』シリーズのパターンだ。

本書の中で石岡が述懐した記録によれば、本書は『ロシア幽霊軍艦事件』の後に起こった事件を小説化しているという設定だ。そして本書の後、御手洗潔はスウェーデンに旅立ってゆく。本書は、御手洗潔が最後に国内で活躍した事件という体をとっている。

ではなぜ、著者は御手洗潔を海外に飛び出させてしまったのだろう。それは著者が御手洗潔を持て余してしまったためだと思う。本書の冒頭で描かれるエピソードからもその理由は推察できる。

かのシャーロック・ホームズばりに、相手を一瞥しただけでその素性を見抜いてしまう観察力。『占星術殺人事件』の時に描かれたようなエキセントリックな姿は影を潜め、その代わりに快活で多趣味な御手洗潔が描かれている。つまり、パーフェクト。超人的な観察能力は『占星術殺人事件』の時の御手洗潔には描かれておらず、もっと奇天烈なキャラクターとして登場していた。ところが今の御手洗潔はパーフェクトなスーパーマンになってしまっていた。そのような人間に主人公を勤めさせ続けると、著者としては推理小説が書けなくなってしまう。なぜなら、事件が起こった瞬間に、いや、事件が起こる前に超人的な洞察力で防ぐのがパーフェクトな名探偵だからだ。神がかった人間が秘密をすぐに見破ってしまうとすれば、著者はどうやって一冊の本に仕立て上げられるというのか?

作者としても扱いに困る存在になってしまったのだ。御手洗潔は。だからこのところの『御手洗』シリーズは、御手洗潔の子供時代を描いたり、日本で苦労しながら探偵役を務める石岡からの助けに、簡潔なヒントをスウェーデンからヒントをよこす役になってしまった。

本書はその意味で御手洗潔が日本で最後に手掛けた事件だという。今後御手洗潔が日本で活躍する姿は見られない気がする。本書は石岡のメモによると1993年の夏の終わりに起こった設定となっている。

著者の作品は、壮大な科学的事実を基に着想されていることが多い。死海の水がアトピー治療に効くとか、南半球と北半球では自然現象で渦の向きが逆転するとか。本書もそう。ところが著者は、もはやそうした謎をもとに物語を構築することをやめてしまったようだ。本書はどこからともなく死体が湧いて打ちあがる瀬戸内海の興居島の謎から始まる。ところがそのような魅力的な謎を提示しておきながら、その謎はあっけなく御手洗が解いてしまう。

ただし、そのことによって、著者は瀬戸内海に読者の目を向けさせることに成功する。紀伊水道、豊後水道、関門海峡のみが外海の出入り口であり、潮の満ち引きに応じて同じ動きをする海。それを御手洗潔は時計仕掛けの海と言い表す。

それだけ癖のある海だからこそ、この海は幾多の海戦の舞台にもなってきたのだろう。そして今までの歴史上、たくさんの武将たちがこの海を統べようとしてきた。平清盛、源義経、足利尊氏。そのもっとも成功した集団こそ、村上水軍。本書はもう一つ、村上水軍に関する謎が登場する。戦国の世で織田信長の軍勢に敗れた村上水軍は、信長の鉄甲船に一矢報いた。ところが、本能寺の変のどさくさに紛れ、その時に攻撃した船は歴史の闇に消えたという。

ところが、幕末になり、ペリー率いる四隻の黒船が浦賀沖に姿をあらわす。黒船に対応する危急に迫られた幕府から出船の依頼がひそかに村上水軍の末裔に届いたという。それこそが本書のタイトルでもある星籠。いったい星籠とは何なのか、という謎。つまり本書は歴史ミステリーの趣を濃厚に漂わせた一冊なのだ。

ところが、上巻のかなりの部分で星籠の謎が語られてしまう。しかも本書は、本筋とは違う挿話に多くの紙数が割かれる。これは著者の他の作品でもみられるが、読者は初めのうち、それらの複数のエピソードが本筋にどう絡むのか理解できないはずだ。

本筋は御手洗や石岡が関わる興居島の謎だったはずなのに、そのほかに全く関わりのない三つの話が展開し始める。一つ目は、小坂井茂と田丸千早の挿話だ。福山から東京に出て演劇に打ち込む青春を送る二人。その栄光と挫折の日々が語られてゆく。さらに、福山の街に徐々に不気味な勢力を伸ばし始めるコンフューシャスという宗教が登場し、その謎めいた様子が描かれる。さらに、福山にほど近い鞆を舞台に忽那青年とヒロ少年の交流が挟まれる。ヒロ少年は福島の原発事故の近くの海で育ち、福山に引っ越してきたという設定だ。共通するのは、どの話も福山を共通としていること。そこだけが読者の理性をつなぎとめる。

四つのストーリーが並行してばらばらに物語られ、そこに戦国時代と幕末の歴史までが関わってくる。どこに話が収束していくのか、途方にくれることだろう。そもそも本書でとかれるべき謎が何か。それすらわからなくなってくる。興居島に流れ着く死体の謎は御手洗が解いてしまった。それを流したのは誰か、という謎なのか。それともコンフューシャスの正体は誰か、という謎なのか。それとも星籠の正体は何か、という謎なのか。それとも四つの話はどうつながるのか、という謎なのか。

そもそも本書が追っている謎は何なのか。それこそが本書の謎かもしれない。目的が不明な小説。それを狙って書いたとすれば、著者のミステリー作家としての腕はここに極まったといえよう。

下巻になると、それらの謎が少しずつ明かされてゆくはず。そんな期待を持ちながら上巻を閉じる。そんな読者は多いはずだ。

‘2018/09/04-2018/09/04


手術がわかる本


本書は、紹介してもらわなければ一生読まずに終わったかもしれない。人体に施す代表的な73の手術をイラスト付きで紹介した本。貸してくださったのはマニュアル作りのプロフェッショナル、情報親方ことPolaris Infotech社の東野さんだ。

なぜマニュアル作りのプロがこの本を勧めてくださったのか。それはマニュアル作りの要諦が本書にこめられているからに違いない。手術とは理論と実践が高度に求められる作業だ。症例を理論と経験から判断し、患部に対して的確に術を施す。どちらかが欠ければ手術は成功しないはずだ。そして、手術が成功するためには、医療を施す側の力だけでなく、手術を受ける側の努力も求められる。患者が自らに施される手術を理解し、事前の準備に最大限の協力を行う。それが手術の効果を高めることは素人の私でもわかる。つまり、患者が手術を理解するためのマニュアルが求められているのだ。本書こそは、そのための一冊だ。

本書が想定する読者は医療に携わる人ではない。私のように医学に縁のない者でもわかるように書かれている。医療の初歩的な知識を持っていない、つまり、専門家だから知っているはず、という暗黙の了解が通用しない。また、私のような一般の読者は体の組織を知らない。名前も知らなければ、位置の関係にも無知だ。手術器具もそう。本書に載っている器具のほとんどは、名称どころか機能や形についても本書を読むまで知らなかったものばかり。各病気の症状についての知識はもちろんだ。

手術をきちんと語ろうと思えばどこまでも専門の記述を盛り込める。だが、本書は医療関係者向けではなく、一般向けに書かれた本だ。そのバランスが難しい。だからこそ、本書は手術を受ける患者にとって有益な1冊なのだ。そしてマニュアルとしても手本となる。なぜなら、マニュアルとは本来、お客様のためにあるべきだからだ。

これは、ソフトウエアのマニュアルを考えてみるとわかりやすい。システムソフトウエアを使うのは一般的にユーザー。ところがそのシステムを作るのはシステムエンジニアやプログラマーといった技術者だ。システムの使用マニュアルは普通、ユーザー向けに提供される。もちろん、技術者向けのマニュアルもある。もっとも内部向けには仕様書と呼ばれるが。家電製品も同じ。製品に同梱されるマニュアルは、それを使う購入者のためのものであり、工場の従業員や設計者が見る仕様書は別にある。

そう考えると、本書の持つ特質がよく理解できる。医師や看護師向けのマニュアルとは一線を画し、本書はこれから不安を抱え、手術を受けるための患者のためのもの、と。

だから本書にはイラストがふんだんに使われる。イラストがなければ患者には全く意味が伝わらない。そして、使われるイラストも患者がシンプルに理解できるべき。厳密さも精細さも不要。患者にとって必要なのは、自分の体のどこが切り刻まれ、どこが切り取られ、どこが貼り直され、どこが縫い合わされるかをわかりやすく教えてくれるイラスト。位置と形状と名称。これらが患者の脳にすんなりと飛び込めば、イラストとしては十分なのだ。本書にふんだんに使われているイラストがその目的に沿って描かれていることは明らかだ。体の線が単純な線で表されている。そして平面的だ。

一方で、実際に施術する側にとってみれば、本書のイラストは全く情報量が足りない。手術前に検討すべきことは複雑だ。レントゲンの画像からどこに病巣があるかを読み取らなければならない
。手術前の事前のブリーフィングではどこを切り取り、どうつなぎ合わせるかの施術内容を打ちあわせる。より詳しいCT/MRI画像を解読するスキルや、実際に切開した患部から即座に判断するスキルを磨くには、本書のイラストでは簡潔すぎることは言うまでもない。

イラストだけではない。記述もそうだ。一概に手術を語ることがどれだけ難しいかは、私のような素人でもわかる。病気と言っても人によって症状も違えば、処方される薬も違う。施術の方法も医師によって変わるだろう。

そして、本書に描かれる疾患の要素や、処置の内容、処方される薬などは、さらに詳しい経験や仕様書をもとに判断されるはず。そのような細かく専門的な記述は本書には不要なのだ。本書には代表的な処置と代表的な処方薬だけが描かれる。それで良いのだ。詳しく描くことで、患者は安心するどころか、逆に混乱し不安となるはずだから。

ただ、本書はいわゆるマニュアルではない。一般的な製品のマニュアルには製造物責任法(PL法)の対応が必要だ。裁判で不利な証拠とされないように、やりすぎとも思えるぐらいの冗長で詳細な記載が求められる。本書はあくまでも手術を解説した本なので、そうした冗長な記述はない。

あくまでも本書は患者の不安を取り除くための本であり、わかりやすく記すことに主眼が置かれている。だからこそ、マニュアルのプロがお勧めする本なのだろう。

本書を読むことで読者は代表的な73の手術を詳細に理解できる。私たちの体はどうなっていて、お互いの器官はどう機能しあっているのか。どのような疾患にはどう対処すべきなのか、体の不調はどう処置すれば適切なのか。それらは人類の叡智の結晶だ。本書はマニュアルの見本としても素晴らしいが、人体を理解するためのエッセンスとしても読める。私たちは普段、生き物であるとの忘れがちな事実。本書はそれを思い出すきっかけにもなる。

本書に載っている施術の多さは、人体がそれだ多くのリスクを負っている事の証だ。73種類の中には、副鼻腔の洗浄や抜歯、骨折や虫垂炎、出産に関する手術といったよくある手術も含まれている。かと思えば、堕胎手術や包茎手術、心臓へのペースメーカー埋め込みや四肢切断、性転換手術といったあまり出会う確率が少ないと思われるものもある。ところが、性別の差を除けばどれもが、私たちの身に起こりうる事態だ。

実際、読者のうちの誰が自分の四肢が切断されることを想定しながら生きているだろう。出産という人間にとって欠かせない営みの詳しい処置を、どれだけの男性が詳しく知っているだろう。普段、私たちが目や耳や口や鼻や皮膚を通して頼っている五感もそう。そうした感覚器官を移植したり取り換えたりする施術がどれだけ微妙でセンシティブなのか、実感している人はどれだけいるだろうか。

私たちが実に微妙な身体のバランスで出来上がっているということを、本書ほど思い知らせてくれる書物はないと思う。

人体図鑑は世にたくさんある。私の実家にも家庭の医学があった。ところが本書に載っているような手術の一連の流れを、網羅的に、かつ、簡潔にわかりやすく伝えてくれる本書はなかなかみない。実は本書は、家庭の医学のように一家に一冊、必ず備えるべき書物なのかもしれない。教えてくださった情報親方に感謝しなければ。

‘2018/08/22-2018/09/03