第3回 甲府地域クラウド交流会を主催しました



2025年10月4日に山梨県立図書館イベントスペースで開かれた甲府地域クラウド交流会(甲府ちいクラ)を主催しました。
今回もオーガナイザーである役員(あづささん)が全体を仕切り、弊社の総務人事経理担当および代表の私が参加しました。本稿は代表の視点からの参加レポートです。

昨年、2024/6/29に第一回甲府ちいクラを開催し、98名の参加者を迎え、まずまずの滑り出しを見せました。その勢いに乗って、2025年3月22日に第二回を開催しましたが、集客に著しく苦戦しました。参加人数も84名にとどまりました。

今回、第三回を開催するにあたり、前回の落ち込みから挽回しなければ。
あづささんもワンオペ体制の弊害を反省し、前回プレゼンターとして登壇してくださった福原千晶さん、高松陽子さんにスタッフとして全面的に関わってもらう体制に改めました。また、私も甲府に足しげく通い、側面からバックアップするようにしました。

会社としても今回のちいクラは成功させる必要があります。三回目では最低でも参加人数100人超えを果たしたい。
となれば、役員に任せっぱなしではうまくいくはずがありません。代表の私も9月は頻繁に甲府に行きました。猛暑で生産性が落ち、本業も苦しかった中ですが。

前回も書いた通り、そもそも甲府を含む山梨は集客がとても難しい地だそうです。様々な山梨の方からそのようなお話を伺います。イベントで100人を集めるのは至難の業だと。

でも、それは決して無理な数字ではありません。山梨でもいくつか、それぐらいの人数を集めているイベントも知っています。また、二年ほど前に河野太郎氏が甲府に講演に来た際、私は講演会に参加しました。その時も300人ぐらいは集っていました。

そもそも、甲府市の人口は182,944人(10\3時点)。
甲府市ウェブサイト
甲府市、甲斐市、中央市、昭和町を含む甲府地区広域行政事務組合の範囲では2020年時点で300,294人です。
甲府地区広域行政事務組合ウェブサイト
つまり、100人集めようと思えば、可能な母数を抱えています。
後は熱意だけ。
今回、その熱意がようやく1つ叶いました。山梨県庁からの後援を獲得しました。

ただ、それでも8月の時点では、人数がまだ停滞していました。さすがにまずいと思い、私も集客に本腰を入れました。

既に7月あたりから、私もイベントで片っ端から声をかけ始めていました。しかし、今回は今までの二回に来てくださった方が来られないと連絡ももらうなど、なかなか人数が伸びません。
ちいクラは、Facebook上のイベントページの参加表明人数が一つのバロメーターです。その数字は当日の集客にも反映されるベンチマークでもあります。

そうこうしているうちに9月になりました。開催前一か月を切った9/9の時点でFacebook上のイベントページの参加表明人数は52人。8月末の地域クラウド交流会全国グランプリ大会を経ても、参加人数は予断を許さない状況でした。

そんな中、あづささんは着実に活動や発信を進め、スタッフのお二人も頑張って発信を進めています。五名のプレゼンター、大人のラジオ体操、投票所などで関わってくださる方の紹介もFacebookのイベントページで投稿されます。あづささんはFM八ヶ岳の番組にも出て、ちいクラ(地域クラウド交流会)とは何かを視聴者の方にお話しする機会もありました。甲府で開かれる様々な経済系、地域創生系のイベントにも顔を出し、司会進行の役も担ったりしながら、ことあるごとに甲府ちいクラの宣伝をしています。そうした活動のいくつかは、Facebookだけでなく、Instagramでも。私もことあるごとにXでも発信を行いました。
そうした努力が少しずつ人数の伸びとなって参加人数は増えていきます。開催の18日前(9/16)にはようやくFacebook上のイベントページの参加表明人数が80人に到達しました。

そして開催の約一週間前、9/28にFacebook上のイベントページの参加表明人数が100名を超えました。さらに、裏で打診していた樋口甲府市長の来臨が決まり、そのことも10/1の発表につながりました。

八面六臂の活動とは、まさに今回のあづささんの動きです。素晴らしかったと思います。
側から見ていても、動きに無駄がなくなりました。過去二回の開催前は、甲府になんのために来たんやったっけ?という無為な時間もあり、側から見ていても歯痒く思っていましたが、それも減り、効率的な動きになったように思います。

私はあづささんの山梨での活動に時期を合わせるように、山梨で主にIT系のコミュニティに参加・運営を始めていました。が、私の動きだけでは、ここまでの人脈は築けなかったと思います。この二年のあづささんの動きには、私も脱帽です。

何よりも甲府に二拠点目の家を構えたのが大きかったと思います。一回目は通いで。二回目は甲府の家を拠点としましたが、まだそれが十分に機能しなかった。甲府の家に拠点を構えたことで、甲府や山梨の人にもあづささんの本気は伝わり、それも今回成果となって現れたのだと思います。

前日はその甲府の家に籠もり、プレゼンターさんからの投影スライドの取りまとめを私が担当し、あづささんはシナリオのチェックなどに精を出していました。


当日の朝、代表とあづささんとで武田神社に参拝に行きました。もう、あとは人事を尽くして天命を待つ心境でした。

当日、実は山梨では他のイベントが行われていました。山梨の旬は葡萄の旬。近くの甲州市では「甲州市かつぬまぶどうまつり」が行われる予定でした。ウェブサイト
また、近くの幼稚園、小中学校では運動会が予定されていました。そのため、当日の参加人数は読めずにいました。 ところが、天気はあいにくの雨模様。本来ならちいクラ日和とは違い、少し湿っています。でも、それがかえって参加者を増やしてくれたのかもしれません。


実は、準備段階で一つ大きなミスがありました。会場の予約時間を間違えていたのです。慌てて二人で予約変更をしに行ったのは、開催二週間前の9/23。
そうした冷や冷やするミスも挽回し、当日は朝から会場設営ができました。

そして、勉強会がスタートしました。


今回の勉強会の講師は株式会社ジブラボの桐山祐輔さん。甲府駅前の目立つ場所にコワーキングスペースCROSSBEを運営されており、他にも山梨全域で多彩な活動をされております。
桐山さんからは『“思いつき”の始め方。 始めた人しか始まらないし、始めない人は始まらない。』と題してお話をしていただきました。

桐山さんの登壇内容、まさにおっしゃる通りです。全面的に賛同できる内容でした。

そこで感じた思いは、こちらのノートにも書きました。やらないと見えない世界はあります。
10月7日 始めた人しか始まらないし、始めない人は始まらない。


もちろん、失敗のリスクはあります。失敗した人には見えず、成功した人にしか見えない世界なら、結局結果論に過ぎないじゃないか、そんな理由で挑戦しない人はいるのはわかります。
でも、それらをひっくるめて受け入れ、覚悟を決めてやらないと前には進めませんし見えません。

桐山さんのタイトルが全てを物語っています。
今回の甲府ちいクラだってそうです。始めなければそもそもちいクラとは袖擦り合う程度の人生だったことでしょう。開催にあたっては苦労もしましたが、その分、得たものは大きかったと思います。

私の人生がずっと飛び込んで挑戦し続けて形作られてきたものですから。
私の人生哲学を桐山さんが代わりに語ってくれたとさえ思っています。

甲府や山梨からもっと外に出て盛り上げる人がいても良いはずです。今回の桐山さんの話が、少しでも皆さんの心に火をつけたのなら、主催側としては本望です。桐山さんありがとうございました。

さて、樋口甲府市長の臨席ですが、桐山さんの講演中から少し遅れるという情報が入っていました。その遅れ具合によっては、その後に予定されているあづささんからのちいクラの説明や、その次の大人の本気のラジオ体操にも影響があります。その調整に少しやきもきしていましたが、樋口甲府市長は、休憩時間が終わってすぐに到着されました。



甲府市長も含めた会場の皆さんに、あづささんから地域クラウド交流会の説明をし、その次に樋口甲府市長からのご挨拶をいただきました。
はじめに甲府でちいクラを開催すると決めてから約二年。前の二回は全く来ていただく気配すらありませんでしたが、第三回にして、ようやく市長に来ていただけるまでになりました。
全国で開催されているちいクラのブランド力にも与った部分もありますが、二年前までは全く甲府に縁もゆかりもなかったアクアビットが、イベントに市長を呼べるようにまでなった。これはやはり感慨深いことです。
上にも書きましたが、ここまでの事は私の独力ではできなかったかもしれません。自信がありません。すべてはあづささんの努力でしょうし、その熱意に心打たれた周辺の方のご尽力を引き出したあづささんの人徳によるものでしょう。特に今回、甲府市長の招聘と山梨県からの後援獲得にあたっては、田中さんからの絶大なご尽力があったと聞いています。そしておそらく私ではここまでのご尽力を田中さんから引き出せなかったと思います。田中さんありがとうございました。また樋口市長を始め、甲府市役所の皆さんには本当にありがとうございました。

さて、続いては、大人の本気のラジオ体操。ちいクラ恒例のアイスブレイクです。今回も会場はイベントスペースの東西をとっていました。なので会場は広く、余裕を持ったラジオ体操ができました。


今回お手本に立っていただいたのは、地元で走る活動をされておられる三枝さん。ランナーらしくシュッとした体型で皆さんを導いてくださいました。もちろん今回も「とりもっちゃん」にも登場していただき、皆さんの前で一緒に踊っていただきました。あ、踊るじゃなくて運動でしたね。







そして、続いてはプレゼンター五名によるプレゼンテーションタイムです。
1. 渡部 拓夢さん
2. 多田 啓紀さん
3. 中島 実美さん
4. 渡邊 悠斗さん
5. 小川 拓人さん
の皆さんでした。今回またさらにプレゼンテーションのレベルが上がりました。甲府は本当に年齢が若いです。5人中3人が20代。1人は高校生。

前回も書きましたが、この若さこそは山梨と甲府の可能性だと思います。
甲府ちいクラを開催するにあたって、甲府に通い始めたあづささんが、はじめに懇意になったのが、大人が多数を占める経済界の中枢でなく、若い学生団体(トップファン)だった事は、甲府ちいクラの成功要因だと思います。


続いては懇親会と投票タイムです。 今回、投票所で投票のアシストを行ってくださるのは以下の六名です。
1. 高松 陽子さん ( 甲斐縁隊 )
2. 安井 洋雲さん ( プロ家庭教師「洋ちゃん」)
3. 田中 康弘さん ( 山梨県後期高齢者医療広域連合 )
4. 矢嶋 泉人さん (Bi-Ai)
5. 原 朋伽さん (September Lab)
6. 高村 大夢さん (NPO 法人トップファンやまなし )

私からは、皆さんに事前にkintoneの入力方法などをお伝えしました。

今回は、受付も伴野さんと花愛さんが担当しました。お二人とも、第一回から第三回に来てくださっており、特に困難もなく受付をこなしてくださいました。


前回の懇親会は、広い会場を取った反動で、まばらな感じが悪い印象に残りましたが、今回は前回に比べて多少は改善されたような気がしました。交流会らしくなったといいますか。
ただそれでもまだまだスペースの余裕はありそうなので、もう少し人数は集められそうだと思います。
私も、前回と同じく会場を巡り、新たなご縁の繋ぎ役に徹しました。

前回は懇親会の途中で投票経過をうまく映せずに課題が残りましたが、前回の経験を経て、うちのメンバー井上さんが無事にやり通してくれました。
井上さんは会の全体を通して、危なげなく投影担当の役目をやり遂げてくれました。
貴重な経験値が溜まった気がしています。


続いては、応援し隊の皆さんの紹介です。今回も新たなメンバーが加わってくださいました。ちいクラはこのつながりが次のプレゼンターや次の会へのつながりを呼びます。
今回もまたユニークな活動をされている山梨の方々が加わってくださり、次回は何とカンボジアにもちいクラの輸出がありそう!山梨からの流れが本当に楽しみです。

また、今回は千葉から新田さん、沼田から六本木さんにオーガナイザーとして参加していただきました。
少しずつ自社で運営のやりくりができるようになってきたとはいえ、こうやってオーガナイザーの方が各地から参加してくださるのはありがたい限りです。

そうした皆さんの動きや交流の一部始終は、マイセンド社の飯窪さんとステップフォワード社の小林さんとやまなし大使の零青さんも撮影してくださいました。
後日、素敵な動画にしてくださいました。
Facebook上のページの動画

そして、優勝は渡邊さん。高校生のチャンピオン誕生です。
高校生でありながらの前向きな気持ちが、皆さんの共感を集めたのでしょうか?
他の方も皆さんお見事でした。


私から渡邊さんに賞状を授与させていただきました。
また、講評ということで、私からも一言述べさせていただきました。


さらに、全体の講評を前回勉強会の講師を務めてくださったグッドウェイ社の藤野さんに締めていただきました。


今回は、なんと最終的に103名の方に来場いただきました。また満足度も95.2%の「満足」以上を獲得しました。ここで来てくださっていたオーガナイザーの新田さんから、サプライズでサイボウズの永岡さんからの言づけとして預かっていたプラチナオーガナイザー就任の授与がありました。三回ちいクラを成功すると、プラチナオーガナイザーに昇格できるのです。
授与は藤野さんから行っていただきました。


そして、集合写真。第二回目の集合写真は今見返してもやはり寂しいもの。でも今回は様になっています。来場された方本当にありがとうございます。


そして、撤収後の夜の懇親会です。

今回は、
やまなし里山商店さん
サイアムカフェさん
Four Hearts Caféさんの三か所で分かれて実施しました。





私も三か所全てを巡りました。そして最後まで残ってくださった方々、私が他の活動でもよくお会いする方々と4人で夜の街に繰り出しました。甲府の繁華街をぐるりと巡った後、「大衆酒場 けろすけ 甲府店」で夜中まで呑みました。
私と高知から来てくださった片岡さん、東京から来てくださった小林さん、最近山梨の北斗市に二拠点目を構えてらっしゃる千葉の山下さん。
この皆さんにとても感心されたのがこのお店に集まる客層の若さと女性率の高さです。若い女性グループがたくさん集まり、大いに気勢を上げている様子は、他の都市ではなかなか見られないとのことです。それは甲府の安全さと甲府のこれからの可能性として強く印象を持ってもらったようです。

今回もやり切りました。
前回、第二回の集客に苦しんだ結果を見事に成功に導けました。
前回の懇親会では、四次会と五次会まで残ってくださっていた皆さんからも、これからの甲府ちいクラについて真剣な議論をしました。ここで可能性を見出し、続けたことが今回の結果につながったと思っています。

次回第四回は、日が空きますが、来年の6/26に予定しています。
また、皆さんのお越しをお待ちしております。
今回お越しくださった全ての方、ありがとうございました!

さて、その第四回の甲府ちいクラは、合同会社アクアビットが主催します。そして、その時の合同会社アクアビットを率いるのはあづささんの予定です。
つまり、代表の座を私からあづささんに交代します。
理由はたくさんありますが、譲る先としてあづささんを選んだ理由は、この記事を読んでくださった方なら理解いただけると思います。
ただ単に現代表の妻だから、あづささんを選んだわけではありません。
今回の甲府でちいクラを開くと決めた時から、第三回の成功に至るまでの道のりと努力は代表にふさわしいと考えました。

これからのIT会社は経営環境が変動するでしょう。
AIはますます世の中を席巻し、何が最新の技術になり得るのか予測すらつきません。
技術と経営を分離する必要があると思います。
アクアビットの主な業務がシステム構築であることに変わりはありませんが、ただシステムを構築するだけでなく、別の営業分野を持っておく必要があると思います。私はそれを山梨を中心とした地域活動だと考えています。

技術面や案件対応は引き続き今の代表が担い、経営面はあづささんが管轄すると同時に、山梨での地域活動を広げていく。
今回のあづささんの活動が維持できれば、それができるはずです。その構想を進めます。

今後の合同会社アクアビットにもご期待ください。

繰り返しですが、今回お越しくださった方、誠にありがとうございました。


第6回地域クラウド交流会全国グランプリ大会に参加してきました。


第6回地域クラウド交流会全国グランプリ大会(ちいクラ全国大会)に参加してきました。

告知ページ
ダイジェスト動画

ちいクラ全国大会に参加するのは、一昨年の釧路、昨年の郡山に続いて3回目です。
昨年の郡山での全国大会には、今回主催される島根銀行の皆様をはじめとした島根から大勢の方がお越しになられていました。

島根の皆さんとお話しする中で、皆さんのちいクラへ賭ける思いに感銘を受けました。と同時に、これだけの大人数で来る理由が、翌年の全国大会の開催地に立候補するためだと聞き、その場で来年の全国大会には必ずお伺いします、と約束しました。
郡山の本編が終わったあとの懇親会でも、一際異彩を放っていた島根の皆さんのノリと勢いを目にするにつけ、これは来年も成功するだろうな、と思っていました。

さて今年。

ちいくら全国大会では、各地で開催されたちいクラのオーガナイザーとプレゼンターが一堂に集まって事業プレゼンを行います。そのため、本編に出場できる人数には限りがありました。

正直、3月に甲府で開催した甲府ちいクラは集客に苦戦しました。そのため、全国大会に進めるかどうかは微妙でした。
が、私は甲府ちいクラとして参加できなかったとしても、島根で行われるちいクラ全国大会には行くつもりでした。

なぜなら、私は島根が好きだからです。
もともと西日本に生まれ育った私。島根を訪れるのは今回で7、8回目位でしょうか。いうほど頻繁には行けていないのです。

が、島根は国引き神話の息づく地。日本人として行くたびに何か原点を思い出すというか、私がなぜ日本の各地を訪れるかを気づかせてくれます。
そういう魅力が島根にはあります。

それから一年、幸いなことに、甲府ちいクラとして、全国大会に出場できることが決まりました。

今回は甲府ちいクラのオーガナイザーである役員の妻と、3月に開催した第二回甲府ちいクラで見事グランプリに輝いた高松陽子さんの3人で参加しました.


島根と言えば、10月になれば神在月として全国から神々が集います。私たちも十月には少し早いですが、全国から島根に集いました。そして、それぞれの地を紹介するとともに、わが国をどう盛り上げるかについて、貴重な話ができたように思います。
このブログでも何回か書いていますが、なぜ弊社のようなIT会社がこうした地域創生活動に従事するのか。

これは、なかなか理解がいただけない点です。

IT会社はそもそもあらゆるビジネスを効率化し、最適化し、その上で新たな価値を提供し、お客様自身も新たな価値創出に目を向けるための余裕を作ることがミッションです。
ところが今のわが国は、効率化を図り、生産性をあげる名目で都会に人が集まる、または集める構造が戦後からまかり通っています。
昭和の高度成長期にそのようにして都会に集まった人々は、地方に帰ることなく都会に留まってしまいました。
ところが昭和の成功は、人口増と技術革新と生産性の向上が重なったことによる生産力の飛躍的な発展が原動力となりました。
もう人口増も見込めない今、かつての世界史上でも稀有な経済成長は今後は見込めません。再現がほぼ不可能な成功の余韻を未だに追い続け、人々は都会にとどまっています。
昨今の情報技術の進展は、都会に人が集まらなければならない必然を薄めつつあります。報告、連絡、相談などはオンラインツールの発達によって顔を合わせずに可能になりつつあります。通信手段やクラウドツールは格段の進化を遂げました。

ところが未だに人々が都会に集っているのはなぜか?
それは都会に構えた不動産の縛りによって動けなくなったこともあるでしょう。また、地方の効率化やIT化が遅れ、求人に影響が生じているからでしょう。
だからこそIT会社は地方に目を向けて行き、地方のIT化を進めていかなければならないと思っています。地方にいながら都会並みの収入が得られるのであれば、都会に出る意味はありません。かつて中央に集まった人たちが、また地方に戻る流れにすべきだと考えます。

では、私や弊社は地方を盛り上げるために何をすれば良いのでしょうか?
飲食業を営んだり、名物を創り上げたり、地域創生のマスタープランを描いたりすることはできません。でも、IT技術者の端くれとして、知見を活かした業務改善や効率化を図る手助けはできます。
さらに、ちいクラを主催し、スモールビジネスのスタートを後押しすることもできるはずです。

ちいクラのような地方創生のイベントに積極的に関与することで、地方での認知度を上げ、その地での売り上げを確保し、都市への一極集中を改善する。
弊社がちいクラに関与する理由は、そこにあります。

前日、私は島根に入りました。
そして、松江のIT会社様を訪問しました。そこでkintoneを用いたシステム開発協業に向けた打ち合わせをしました。
その場では、地域の課題と地域のIT会社の課題や、その中で私や弊社が協力できることが合致しました。良い方向に進めそうです。
東京を中心に活動する私や弊社が、松江で商談する出会いと協業は、弊社が地方に本気で関わろうとしているからこそ生まれているはず。

上に書いた通り、わが国の都市への一極集中を正すには、ITの力を用いて都会と地方の格差を縮める事から始めるのがよいと考えます。


今回のちいクラ全国大会の本編では、上定松江市長とサイボウズ社青野社長との対談がありました。
その中では、地方をまるごとDXで変革し、地方が海外への窓口を担う未来図が構想されました。
松江市も本気です。私たちも本気にならなければ。一極集中を改善するために。
オンラインでも要件を誤解なく伝えられるようになれれば、仕事を回せれば、都会に集う必要はなくなります。地方にいたままでも都会と同じ生活水準が維持できます。むしろ、豊かになれます。


前夜祭は、日本各地から集まったオーガナイザーとプレゼンターで盛り上がりました。




地元の食材を使った料理や、この秋から始まる朝の連続テレビ小説「ばけばけ」のモデルとなる小泉八雲・セツ夫妻のイラストも鮮やかなクラフトビール。メインのカレーもとてもおいしかった。
こうしたおもてなしをプロデュースしてくださったのは、島根銀行の皆さんに加え、前年の郡山でのちいクラ全国大会で島根代表として登壇された上田まり子さんによる素晴らしい献立です。
アレルギー料理研究家であり、株式会社FoodMarico代表としての本領発揮です。


とても愉快な時間でした。前夜祭では様々な方と交流が持てました。また、私たちをもてなそうとする島根の皆さんも素敵でした。
みなさんと翌日のちいクラ全国大会に向けて団結を強めた後は、3階にある地元のコワーキングスペースやアントレプレナーシップが生まれる場を見学しました。

翌朝。ホテルでゆっくりと目覚めました。
妻は一足先に会場に向かいました。オーガナイザーとしての準備作業があるとやらで。

会場がホテルのすぐ近くで、前日に松江城や堀川ビール館などは巡ったので、私は松江駅の駅ビルにある「そば庄たまき」で出雲そばを食してから会場に入りました。

会場に行くと、島根の産物を扱う様々な店が出ていました。賑やかです。
どれもが島根で活動している企業や組織によるものでしょう。地元の名物が地元で活動される方々によって披露され、他の地域から来られた方々をもてなす。その姿が好きです。

私は東京に住んでいます。東京の有楽町には日比谷しまね館があります。そこには多種多様な島根の産物が売られています。それらは見ているだけで楽しい。
ところが、あまりの品揃えの多さにたじろぎます。店員さんに根掘り葉掘り聞こうにも、他のお客様の対応もあり、時間を割いてもらうわけにはいきません。
会場では、出店の品数もそこまで多くありません。何を食べればいいか、何をがお勧めか、判断材料がそこまで大きくありません。そのかわり直に出店のスタッフと会話できるのが利点です。が 

島根の方々と会話を交わし、島根を味わう。それこそがコミュニケーションです。その姿が嬉しいです。
私は会場にいる人々や、はるばる遠くから来てくださった人々と挨拶をし、旧交を温めました。
ただし、私には若干の悔いがあります。それは、ブースを味わう時間がなかった事です。前年の郡山のちいクラ全国大会の時は、いろんなブースの方と会話したのですが、今回はその時間がなく、塩焼きそばをいただくのみにとどまりました。
よく考えたら、出雲そばを食べなくてもよかったのか、もうちょっと早く会場入りすればよかったとか。

しばらくして、会場に入りました。



舞台が暗転し、雅楽の演者が上手に並びます。楽器は詳しくは分かりませんが。調べたところ、大太鼓、小太鼓、手打鉦、笛だと思われます。
中央にヤマタノオロチをモチーフにしたと思われる長い胴体の蛇の迫力ある演舞が繰り広げられます。蛇腹で長大なヤマタノオロチの長さを表現し、その蛇腹を生かした複雑な動きが、他の地域の民俗芸能とは一線を画した迫力を生み出しています。

石見神楽の演目「大蛇(おろち)」です。


古事記、日本書紀における出雲の存在感は誰もが知るところです。
私たちがどこかで聞いたことのある日本書紀の神話を語る上で出雲は欠かせません。

ヤマタノオロチを退治した素盞嗚尊(スサノヲノミコト)の勇壮な姿。素盞嗚尊の乱暴狼藉によって高天原を追放される話。
私たち日本人は、心のどこかに日本神話の影響を受けています。日本人とは何で、私たちはどこから来たのか。日本人の心は何で、どういう風になって生きれば良いのか。
石見神楽の勇壮な大蛇の動きと、躍動する素盞嗚尊の演武を見ていると、私たちの心性に島根の影響が染みている事を感じます。
日本神話や素盞嗚尊の神話が史実を反映しているかを問うよりも、私たちは何か複雑な、顔も知らない神々の歴史の果てに生きている事だけわかれば良いのです。
日本中から人々が集まるでちいクラ全国大会にふさわしい演目だと思います。
東京に人を集めて繁栄した次は、もう一度地方に戻ってこの国を復活させなければ。そのためにも私たちのルーツが島根をはじめとした各地にある事を実感する上で、この演目は象徴的でした。素晴らしい演出だったと思います。


その興奮もさめやらぬ中、司会を務める島根銀行の米原さんと地元の山陰中央テレビのアナウンサーさん(お名前を失念してしまいました。失礼しました。)によって開幕です。
なお、客席にはろうあ者の方もおられ、同時進行で手話による通訳もされていました。


最初に島根銀行の長岡頭取から、挨拶がありました。観光地として知られる松江市ですが、実はシャッター商店街がいくつも生まれているそうです。地方を襲う衰退の波は、観光資源を持つこの地にも確実に及んでいます。
このまま衰退を座して待つのではなく、打てる手は打っていかなければ。地方銀行は地方とともに生きる宿命にあり、地方が衰えたら共に沈むしかない。それを避けなければとの切実な危機感を感じました。
地方銀行にとって地方支援とは他人事ではありません。自分ごとなのだと改めて感じます。
ちいクラに各地の金融機関が積極的に関わっておられる理由も分かります。

続いては上定松江市長とサイボウズ社の青野社長の対談です。モデレーターはワークアット社の林さん。


IT業界に住まうものにとって、松江とはRubyで有名な街です。世界的に使われているプログラム言語Rubyを作ったまつもとゆきひろ氏は、今も松江に住んでらっしゃると聞いています。

松江市は、その利点が活かせます。それもあって、積極的にITを用いた街づくりを行なっているようです。
東京を経由しなければシリコンバレーに行けないのではなく、松江から直接シリコンバレーへのゲートウェイを担う。まさにその気概や良しです。

そうはいうものの、日本のIT企業の多くは東京に本社を置いています。サイボウズさんもそうですし、うちの会社も銀座に移しました。
うちの会社の場合、銀座に移したのは社労士さんからのお勧めです。それに従ったのですが、実際に名刺に銀座と書いてあるのをみ書くと、ほお!と言われます。ブランド力は強いのです。
私も銀座に頼らなくても良い会社にしなければと思っています。

サイボウズさんは、地域まるごとDXを提唱しておられます。一つの企業だけがDXを進めても地方は変わりません。社会の全体そのものの仕組み変えなければ効果は限定的なものとなり、地域は本当の意味で活性化できない。まさにその通りだと思います。
様々な活動をしている松江市のこれからに注目です。

そういえば昨日も訪れたコワーキングスペースでは、夜も遅いのに打ち合わせをされていました。
今や東京にいなければ、案件が取れない事はありません。うちの会社ですら、東京にいながら地方の案件を複数抱えています。

松江の現状を憂う危機感と、松江のこれからに希望を持ったところで、大人の本気のラジオ体操です。

そして、12組のオーガナイザー×プレゼンターによる各地域のプレゼンタイムです。

私は甲府ちいクラに関しては、ほぼオーガナイザーである役員の妻に任せています。なので、どういう内容で発表するつもりか、どういう格好で臨むのかについても知りませんでした。まさか、桃の被り物を被って現れるとは。
二人の登壇の様子を動画で撮り、写真もXにアップするつもりでした。
ただ他の地域の皆さんも写真に撮り、Xに投稿することを目指しました。そのため、慌ただしくしていました。

12組は北から順に南へと繋がります。












・北海道釧路市代表 private nurseかなえーる946 川嶋 真希子さん(オーガナイザー:小渡さん)
・北海道南幌町代表 一般社団法人エイチプラスラボ 小野島 香織さん(オーガナイザー:外間さん)
・北海道札幌市代表 株式会社コトリドリ 田中 恭子さん(オーガナイザー:濱内さん)
・北海道千歳市代表 ごえんらぼ 宮内 大さん(オーガナイザー:根本さん)
・宮城県仙台市代表 会いに来る七夕飾り 高橋 さやかさん(オーガナイザー:冨田さん)
・福島県郡山市代表 Axel Posse 赤澤 遼太さん(オーガナイザー:三部さん)
・群馬県沼田市代表 心音☆音楽教室 柳 由美子さん(オーガナイザー:六本木さん)
・千葉県船橋市代表 アリコフード株式会社 金子 あきこさん(オーガナイザー:千葉さん)
・千葉県千葉市代表 株式会社カムカム 小林 由美さん(オーガナイザー:新田さん)
・山梨県甲府市代表 山梨大学4年 高松 陽子さん(オーガナイザー:あづささん)
・三重県鳥羽市代表 齋藤 勇太さん(オーガナイザー:山本さん)
・島根県松江市代表 株式会社ストラテジーAI 中尾 香達さん(オーガナイザー:三島さん)

最後、地元島根の三島さん×中尾さんまで12組。甲府は10番目でした。12組で10番目が甲府。つまり、明らかにちいクラの開催地は東高西低なのです。もっともっと西日本でちいクラの波を広げていかねば。

ここでは、一組ずつの発表内容について書くことは割愛します。皆さん素晴らしかった。ただし、甲府と開催地の松江だけは書かせてください。
甲府のプレゼンター高松陽子さんは、フードロスの取り組みで第二回甲府ちいクラでグランプリに輝きました。そんな高松さんは、今回のちいクラ全国大会のプレゼンターの中で最年少だったそうです。甲府は若い力がとても盛んで、甲府や山梨が誇る点です。
今回も若さの勢いに加え、実現性のあるプランで会場の参加者に印象を残してくれたのではないかと思います。実際、投票でも全国で3位に食い込みました。立派です。
高松さんは今、山梨大学でワインを学んでおられます。その該博な知識は、翌日の遠足で訪れた島根ワイナリーでも遺憾なく発揮されました。今回のご縁をきっかけに、島根でも何かで貢献してもらうことを期待します。

後はグランプリに輝いた島根の中尾さんが見事というしかありません。地元票の利点に関係なく、その立ち居振る舞いは熟達のプレゼンターのそれでした。もう納得のグランプリでした。
ご自身がグランプリ受賞の挨拶で「胡散臭いと言われた」と自分で笑いをとっていましたが、客席のどこかにインフルエンサーのメンターがいたのではないかと思えるほど、完成されたプレゼンテーションでした。私と比べるのがおこがましいぐらい、何倍もうまい。
中尾さんは、今回登壇したプレゼンターの中でも高松さんの次に若かったそうです。本当にすごいと思います。AIを用いた業務改善がITの地である松江から生まれる必然性もあります。期待出来ます。島根発のAIサービスが全国に広がってほしいですね。
余談ですが、翌日の遠足で中尾さんと行動を共にしました。出雲大社のすぐ近くにご実家があるそうですが、出雲大社には数えるほどしか参拝したことがないそうです。それでもマッチングアプリの開発をしたり、AIのサービスを始めるなど、神の住まう地から素養を受け取っていたのでしょうか。

さて、この後は投票タイム。その際、完全に観客の一人になりきって油断していた私にも、少し関わる場面が生じました。

参加者の人数が予想より上回ったためか、kintoneとFormBridgeの制限値の上限をを変える必要が出たのです。そこで急遽、永岡さんから私の名前が呼ばれました。妻ではなく私?と自分で指をさすと、私が呼ばれています。その場で設定値を修正し、事なきをえました。私も何かで貢献できてよかったです。


続いては立候補した各地のオーガナイザーによるお国自慢です。
・北海道釧路市 小渡さん
・北海道千歳市 根本さん
・宮城県仙台市 齊さん森田さん
・千葉県千葉市 新田さん
・山梨県甲府市 あづささん
・兵庫県豊岡市 川上さん
・島根県松江市 三島さん
・総括 琴絵さん









さすがは百戦錬磨のオーガナイザーの皆さん。それぞれ個性にあふれ、それでいて十分に地元をアピールされておられました。素晴らしい。

もちろん甲府も負けてられません。あづささんが登壇し、甲府は若さを打ち出しました。

実際、甲府ちいクラは本当に若いと思います。第二回までのプレゼンでも、高校生や大学生が何人も登壇しています。

10/4に予定されている第三回甲府ちいクラでも、5人中3人が高校生か大学生です。楽しみですね。
第三回甲府地域クラウド交流会告知・申し込みぺージ




さて、その後はいよいよ発表です。
島根銀行頭取賞は、釧路の川嶋さんに!登壇が一つのドラマとしてストーリーになっていて、私に印象を残しました。
松江市長賞は、船橋の金子さんに!言葉がしっかりとしていて元気がありました。かならず実行するという強さを感じました。
そしてグランプリは、松江の中尾さんに!もう納得のグランプリでした。

その後の得票数では、甲府の高松さんも3位に食い込んでいて、高評価がうれしかったです。



まずは閉幕も余韻を残し、会場で皆さんとお話しし、連れだって会場の外へ。
続いては懇親会です。私たちは事前に懇親会を申し込んでいたため、懇親会は島根県立美術館でした。

一緒に連れ立って会場までの道をご一緒したのは斉藤さん。石見銀山地方経営研究所にお勤めです。

実は斉藤さんとは、この9日前に知りあったばかり。糸魚川で開催されたMOVEDさんのビジネス共創拠点「Catalo」のオープニングイベントで知り合いました。島根の方だからとお誘いしたら、実はお住まいは神奈川だったと言うオチがつきました。が、それでもわざわざ松江まで足を運んでくださいました。

Cataloでは話しきれなかったことなど、散々話しながら、連れ立って会場まで歩きました。


さて、島根県立美術館です。こちら、訪れるまで知らなかったのですが、2398点にも上る葛飾北斎の作品を中心とした永田コレクションが県外不出の展示として収蔵されています。今回、その特別展の期間に合致したため、学芸員の方にご説明いただきました。そして、私たちは葛飾北斎の残した絵画の数々を堪能しました。 https://dl.dropboxusercontent.com/scl/fi/fqrj380ac8iolk3x0e7u0/2025-08-30-18-01-40.jpg?rlkey=7404pyre74ql9h9mfkxa0lm2u 葛飾北斎は、わが国が誇る偉人です。日本のサブカルチャーの源流は葛飾北斎といわれるほどの画家で、漫画やアニメなどあらゆる画業に影響を与えました。わが国だけではなく、世界各国の名だたる画家にも影響を及ぼしたことでも知られています。
その偉人が描いた膨大な画業の成果の一部が島根県でしか見られない。これは素晴らしいことです。なんでもかんでも東京に行かねば、東京に行けばではなく、島根にそうした財産を留め置き、皆さんに島根に来てもらう。

島根と言えば足立美術館も有名です。世界に誇る日本庭園が有名で、島根に来なければ実物が見られません。私もまだ訪れられていません。まさにこういう取り組みこそ、これからの地方に必要だと思います。もう何でもかんでも東京に集中させるのはやめましょう。


じっくり展示を堪能した後は、懇親会の会場に移動しました。
贅沢なことに、島根県立美術館は宍道湖に面しています。広大な庭には彫刻が点在し、その背景には宍道湖に沈みゆく夕日が楽しめます。この日の私たちは、幸運なことに宍道湖に沈む美しい夕日を目撃することができました。

そして、刻一刻と変化する光景を目にしながら懇親会に臨みました。宍道湖の夕日といえば、日本でも有数の夕日の名所として知られています。もう、目に移るすべてが偉大な自然の織りなす絵画であり、しかも少し目を離すと、その絵画はさらに艶やかさを増すのです。これぞ美術館。感動しました。



その中で私たちは皆さんと会話を楽しみ、おいしいお酒や料理を食べながら、それぞれの地域の取り組みや自己紹介やちいクラの感想などに花を咲かせました。
余興も吉本興業の住みます芸人の奥村さんと島根銀行の皆さんが司会進行をつとめ、島根銀行で今回メインで企画をされた原田さん、米原さん、三島さん、佐藤さん、高橋さんを始めとした皆さんからの挨拶も感動的でした。

島根銀行頭取の長岡さん、上定松江市長、サイボウズ青野さん、その他のそうそうたる方々がこの懇親会におられ、思い思いに懇親を深めておられました。素晴らしい。

余興には松江やちいクラに関するクイズもありました。私は仙台の冨田さんと沼田の井上さんとチームを組みました。

私たちも惜しいところまで行きました。7問中、5問正解。難しい問題もありました。


ところが、全問正解が。なんとうちのあづささんのグループです。また、時点の一問間違いのグループもいて、その中でじゃんけんで勝ち残ったのは高松さんがいるグループ。なんと、甲府でワンツーフィニッシュ。
クイズも楽しみ、お酒もいただき、料理も食べて、かなり堪能しました。

あたりはすでに真っ暗となり、対岸の松江市街の明かりがきらめいています。

会場はお開きになり、続いては次の会場へ。ここでバスで送ってもらえました。こうしたバスの手配も含め、本当に運営の皆さんの気配りがきちんとされているなと思いました。島根銀行の皆さん、本当にお疲れ様です。


続いて伺ったのは、駅前近くの繁華街にある「Mario」さんです。店内には立派なステージがあり、客席も広めにとられています。ここでは、多くの席がちいクラ関係者で占められていました。
そこで行われたのはカラオケ大会。カラオケ大会については、私も月の初旬あたりから話を聞いていました。そこで、妻と2、3回は練習に付き合いました。共に私は1曲も歌わず、妻が曲を決めるのに付き合い、妻が決めた曲を練習するのに付き合いました。

妻がここで歌ったのは竹内まりやさんの「真夜中のナイチンゲール」。この曲、実は私から提案しました。島根なら竹内まりやさんの故郷。あづささんも昔からこの曲を歌っていたし。これでいいじゃない、と。


全国各地のオーガナイザーやプレゼンターの皆さんも思い思いに歌を歌いあげています。皆さんお上手。 あづささんも負けずに歌い上げました。ただ、練習では90点を超えていたのに、本番では緊張したらしく、90点に届かなかったのは残念。

一方の高松さんも見事に歌い上げました。彼女の歌のうまさは、甲府でもすでに体験済み。見事にセリーヌ・ディオンの「My Heart Will Go On」で最高得点をいただきました。お見事。
最後、時間が少しお店のご厚意で延長してもらったそうなので、各自で歌わせてもらうことになりました。私たち甲府の3人も「Top Of The World」を歌いました。楽しかったですね。

さて、時間も迫ってきたので、お店を出て、三々五々に各自のねぐらに帰りました。私も誰とだったかは思い出せないですが、ホテルまで帰りました。まずは皆さん、本当にお疲れ様でした。

その翌日。皆さんと一緒に遠足に参加しました。

私、この遠足にあたっては失敗をしでかしました。前夜のカラオケまで一緒にいた斉藤さんに、朝の集合時間と場所を伝えてなかったのです。

そのため、斉藤さんだけぐるっと松江堀川めぐりの乗船場まで直接来てもらうことになりました。私たちバスは、そこまで向かい、そこで船の時間を待ちます。幸いにも斉藤さんは船の時間に間に合い、四隻の船に分かれ、松江城の掘をぐるりと船で巡る旅に出航しました。


全国でも掘めぐりができ、かつ、江戸以前の天守閣が揃っている場所はここ松江だけだと思います。
そもそも、天守閣が残っている城すら珍しいのです。現存12天守と呼ばれるように、全国でも12城しかありません。さらに、堀は埋め立てや近代化によってかなりの城の掘がその姿を失いました。ところが松江城はその両方ともが残されています。全国でも稀有な土地んあのです。

特に、堀がほぼ往時のままの姿を残しているのは素晴らしい。緑が青々と茂り、鴨が優雅に泳いでいます。船頭さんの案内によると、堀ではヌートリアなども見かけることがあるとか。


天守閣や武家屋敷が松江の往時の姿を彷彿とさせます。また、この船巡りは橋や暗渠をくぐる箇所があります。これがまた楽しい。暗渠や橋に近づくたびに、船頭さんの合図で私たち乗客は一斉に身をかがめます。限界まで。
そうすることで近代の橋と江戸以前からある掘を共存させ、観光客にとっても興趣を掻き立てられます。これもまた松江でしか味わえない体験です。随所にある蔵や灯篭を構成する石の豆知識や花々など、とてもゆとりのあった1時間弱でした。

私もこうした堀の船巡りは30年ほど前に柳川で経験して以来だったので、とても良い経験となりました。

バスに戻った私たちは、宍道湖の北岸と一畑電鉄の路線に沿って出雲大社に向かいます。道中も「仁多観光」のガイドさん(お名前を失念してしまいました)がとても愉快なトークを繰り広げてくださいました。また、島根銀行の原田さんからも、地元の百年煤竹箸の紹介があるなど、全く飽きる時間がありませんでした。

バスは出雲大社の駐車場に着きました。

ここからバスに降りた方々で適当にグループを作り、そのグループごとに一人のボランティアのガイドさんについてもらいます。



私たちのグループは、ガイドさんの案内に沿って境内を歩いて回りました。


私が出雲大社に来るのはおそらく4回目か5回目のはず。前回は妻と2人で来ました。4、5年前のことです。
私は古事記や日本書紀に描かれる古代日本についても関心があります。出雲、高千穂、熊野、糸魚川から諏訪に至るぬながわひめの伝説。鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の関係。

出雲大社は何度参拝しても興味深いところです。

拝殿、そして御本殿、さらには宝物殿。巡りました。



その後、またべつの皆さんと、勢瑠の大鳥居の前にある「そば庄たまき」さんで出雲そばをいただき、さらに「Izumo Brewing Co. TAISHA」のビールを。
美味しかった!


バスに戻り、次の目的地へ。
次は島根ワイナリー。私はこちらには多分4回目の訪問。毎回来るたびに試飲コーナーに捕まってしまいます。

しかも今回は甲府のワイン姫こと高松さんもご一緒なので、デラウェアを使ったオレンジワインの珍しさなど、いろいろと魅力が増しまして。

ここは、来るたびに様々な誘惑があります。

そうした後ろ髪を引かれるあれこれを残しつつ、私たちは出雲縁結び空港へ。そして私たちだけ遅い便だったので、数時間ほど空港で過ごした後羽田へ。

今回ご縁のあったすべての皆さんに感謝です!


第2回 甲府地域クラウド交流会を主催しました



2025年3月22日に山梨県立図書館イベントスペースで開かれた甲府地域クラウド交流会(甲府ちいクラ)を主催しました。
今回もオーガナイザーである役員(あづささん)が全体を仕切り、弊社の総務人事経理担当および代表の私が参加しました。本稿は代表の視点からの参加レポートです。

昨年、2024/6/29に第一回 甲府ちいクラを開催しました。98名の参加者を迎え、成功裏に終わったため、その勢いに乗っての第二回でした。
しかし、集客に著しく苦戦しました。

3/22は土曜日です。そして卒業式などのイベントが重なる日。それは予約した時から分かっていたことでした。
にもかかわらず、会場の広さを倍にしました。つまり、第一回は山梨県立図書館のイベントスペースの東で行ったのを、第二回はイベントスペースの東西で予約しました。
その日しか山梨県立図書館のイベントスペースが空いていなかったとはいえ、それはこちらの選択。日付もこちらの選択。言い訳の余地はありません。

言い訳は不要です。
ただ、苦戦した原因は書いておかねばなりません。教訓として以下に挙げておきます。

・卒業シーズンの土曜日の予約が無茶だった。
・一回目は多くの方のサポートがあったため、第二回で実力が露呈した。
・山梨県の県民性としてリピーターがつきにくい。
・第一回の参加者を元にした参加者数想定の不足。
・運営組織である弊社が年度末で本業が疲弊し、フォローができなかった。
・集客の努力不足。

おそらく、こんなところだろうと思います。


結果、84名と言う人数に終わってしまいました。前回より14人も少ない人数。また、途中で帰った方なども含めて、集合写真は明らかに80名を割っています。それにもかかわらず、前回よりも倍の広さのスペースだったため、閑散感は否めません。


反省を書くのはこれくらいにしておきます。
前を向いて、10月4日に予定している第三回に向けて準備を進めるべきでしょう。

むしろ、今後に向けて好材料が揃いつつあることは書いておかねばなりません。

例えば、第一回では取材が甲府経済新聞さんだけだったのが、今回は山梨日日新聞の記者さんも取材に来てくださいました。また、第二回の開催報告を甲府市に話したところ、第二回を行ったことで見直され始めたそうです。
さらに、第一回に来なかった方で、甲府のコミュニティーに深くコミットされている方が第二回に参加して、甲府ちいクラに興味を持ってくれました。

山梨県はイベントの集客が難しいとされています。その甲府において、第二回で80人を超えた人数をほぼ山梨の方だけで集めたのは凄いことだそうです。何人かにそう言われたことで、自信になりました。
ほぼ弊社で大部分をやり切ったことで、ノウハウが溜まったこと。
また、第二回でプレゼンターを担ってくださったお二人が、次回以降、運営メンバーとして入ってくれるそうです。

そうした好材料が今回、揃いました。反省点だけでなく、第二回で良かったこともたくさんあったのです。

もし第二回の人数が前回を凌駕していたら、私たちは教訓から学ばぬまま、第三回で失敗していたかもしれません。
つまり、今回は苦戦して良かったとさえ思っています。
その意味でも今後に向けてより良い手ごたえが掴めた開催だったと思っています。

ここからは、当日の様子について書きます。
第二回において、私は、事前準備にはほぼ関わっていません。第一回の際は私からもかなりの数のDMを送りましたが、今回はそれもしていません。

ただ、私は当日になり、あまりの集客の悪さに、図書館の外に立って集客を試みました。
そのため、私は今回の講師を務めてくださった藤野さんの講演をほぼ聞けていません。


とはいえ、皆さんが藤野さんのお話をきちんと聞いておられる様子はガラス越しに確認しました。


藤野さんは、山梨県の経済・金融系の様々なコミュニティーを主催し、今の山梨県を語る上でも要となる方です。藤野さんをお迎えしたことで、第二回のちいクラが締まったように思います。
今後のちいクラにとってもより良い影響があることでしょう。


また藤野さんの話の中では若い力の台頭を取り上げてくださっていました。

第一回の準備段階から今回に至るまで、私や弊社は山梨県の若い人たちのコミュニティーのいくつかに関与しています。そして、山梨の若い力を存分に感じています。
そこで感じたのは、山梨県の若い人たちの動きは、他の県に決して劣らないことです。劣らないどころか、より活発なのではと思います。

中堅どころの層に甲府ちいクラを訴求するよりも、山梨の若い層にもっとアピールし、参加を呼びかければ、第三回以降の甲府ちいクラに対して悲観する要素はないとさえ思っています。

何よりも、山梨は、東京に近い地の利があります。
交通の便が良くなった事によって、簡単に東京に出られるようになりました。その結果、都会への人口流出が起きているのが、ここ数十年の我が国です。その結果、今の首都圏は人口が飽和し、住みにくくなっています。
山梨は東京や神奈川に隣接し、近い地の利があります。普段は山梨で暮らし、刺激が欲しくなった時だけ、都会の風を浴びる選択も可能です。甲府から新宿まで一時間半で出られるのですから。

そうした点を踏まえ、私は依然として山梨にポテンシャルがあると感じています。若い方の台頭が著しいことも含めて。
藤野さんの話は、そうした背景もあっての話ではないかと推察しています。藤野さん、ありがとうございました。

さて、オーガナイザーのあづささんの司会進行や場の切り回しは私は関与していません。心配せずともやり切ってくれるでしょう。
今回はあづささんの関与する山梨の他のイベントが多数重なりました。それを全部一人で引き受け、やり切ろうとする悪い癖が出てしまいました。そのため、疲弊と息切れが生じていました。
つまり、あづささんの手足となってサポートできるメンバーが絶対に必要です。
そのためにも今回で何名かの方が今後のスタッフとして手を挙げてくださった事は、次回に向けて大きな改善点となりそうです。

続いては、ちいクラ本編です。

あづささんから、ちいクラについての説明があった後、大人の本気のラジオ体操が始まりました。今回は第一回で応援し隊として携わってくださった、伴野嶺さんにお手本を示してもらいました。


日本百名山だけにとどまらず、海外の山、各大陸の最高峰も視野に入れている嶺さんは、山梨だけでなく、おそらく日本国内でも有名になっていくことでしょう。そういう方ががっちりと協力してもらえる体制ができたのは、第一回と第二回の成果だと思います。
全く山梨に知己がいなかった二年前から、ここまで人のつながりを作ってこれたのはあづささんの努力の賜物。素晴らしいと思います。

大人の本気のラジオ体操の際は、私も部屋の中に入って一緒に運動しました。
今回は会場が広いため、体操をしていて自在に手を動かすことができました。






そして、続いてはプレゼンター五組六名によるプレゼンテーションタイム。
福原千晶さん
藤原ちはるさん
高村大夢さん
渡辺慶奈さん
深田莉央さん
高松陽子さん
の皆さんでした。今回はプレゼンのレベルが全体的に底上げされたような気もしています。それでいて、個性豊かな内容でした。
また、年齢層もぐっと下がりました。高校生二人に、二十代が三人。
この若さも山梨の可能性を表しています。おそらく、次回以降の甲府ちいクラも、若い層が続々と登場することでしょう。これからの甲府ちいクラが楽しみな理由の一つがここにあります。


続いては懇親会と投票タイムです。
今回、投票所で投票のアシストを行ってくださるのは、
斉藤 修さん
田名網 俊宏さん
小森 直斗さん
中嶋 雄士さん
田中 康弘さん
河西 和奈さん

私からは、皆さんに事前にkintoneの入力方法などをお伝えしました。

今回は、受付としても頼りになるメンバーが揃いました。第一回で投票所を受け持ってくださった武内あかねさん。弊社メンバーの花愛さん。そしてオーガナイザーのあづささんの同期として千葉から駆けつけてくださった新田さん。皆さんが受付を固めてくださいました。



正直、今回は会場が広かったため、懇親会もまばらな印象を受けました。それも反省点です。ですが、皆さんがそれぞれの方々と挨拶し、交流が順調に育まれる様子を見ているのは良いものです。
私も、お越しくださった方々に新たなご縁をつなぐべく繋ぎ役に徹しました。例えば、ジョイゾーの四宮さんご夫妻には、山梨中央銀行の方や富士吉田市から来られた小俣さんを繋いだり。小俣さんや、あかねさんにも、山梨中央銀行やその他の方々を繋いだり。

一方で、反省点としては、懇親会の途中から、投票の途中経過を映さず、別画面にすべきところ、中継機がうまく動かず、人体でプロジェクターからの投影を塞ぎ、切り替えを待つことを余儀なくされました。
ただ、弊社メンバーも投影に当たってやり遂げてくれたことで、貴重な経験値が溜まった気がしています。
第一回では失敗した、優勝者の発表時のドラムロールは今回は無事に成功しました。


続いては、応援し隊の皆さんの紹介です。今回も新たなメンバーが加わってくださいました。茅ヶ崎からお越しくださった縁造さんは、会場設営の時点から手伝ってくださっていたので、私が応援し隊にスカウトし、茅ヶ崎での活動もアピールしてくださいとお願いしました。夜も遅くまでいてくださいましたし。
また、今回も四宮琴絵さんや新田瞳さんにオーガナイザーとして参加していただきました。まだ独り立ちできていない弊社主催ですが、今回も皆さんがいてくださったことがどれほど励みになったか。琴絵さんに至っては、ご家族までも連れてきていただきまして感謝です。

そうした皆さんの動きや交流の一部始終は、飯窪さんが撮影してくださいました。後日、素敵な動画にしてくださいました。
Facebook上のページの動画


そして、優勝は高松さん。
フードロスを憂い、その改善を訴えたことが皆さんの支持を集めたのでしょうか。まずはおめでとうございます。
他の方も皆さんお見事でした。

私から高松さんに賞状を授与させていただきました。私はその時、たまたま会場にいたお子さんと遊んでいて、その子を抱っこしたままの授与になりました。ご容赦を。
また、講評ということで、私からも一言述べさせていただきました。

また、後日、プレゼンターの一組である高校生二人がカフェの実店舗で実践した際には、私とあづささんで訪問したことも申し添えておきます。


そして、撤収後の夜の懇親会です。





今回は、
やまなし里山商店さん
サイアムカフェさん
フォーハーツさんの三箇所で分かれて実施しました。

私も参加者全てを巡り、そして最後まで残ってくださった方々とは、「ぎり舎」「すぐ呂」さんにて計五次会まで。

やり切りました。
上にも書いた通り、今回が苦しんだ末にやり切ったことで、第三回は行けそうな気がします。
四次会の後半と五次会では、その場にいた皆さんもこれから甲府ちいクラを続けるためにどうするかを考えてくださいました。
その結果、まずは続けるべし、と再認識ができました。

つまり、10/4に同じ山梨県立図書館のイベントスペースにて、第三回は行わせていただきます。
また、皆さんのお越しをお待ちしております。

今回お越しくださった全ての方、ありがとうございました!


第14回 釧路地域クラウド交流会に応援し隊として参加しました



2月11日に946BANYAで行われた釧路地域クラウド交流会(釧路ちいクラ)に参加しました。

今回は代表の私が参加しました。本稿は代表の視点からの参加レポートです。

私は今まで、各地のちいクラには何度も参加してきました。甲府ちいクラには主催者として、運営側の立場で携わりました。釧路ちいクラでは、応援し隊という形で関わりました。

そもそも、地域クラウド交流会は何か。応援し隊とは何か。そこから説明したほうがよいでしょうか。
誤解を避けるため、公式サイトの記載をそのまま引用します。

地域クラウド交流会とは

地域クラウド交流会は、地域住民が起業家の応援を通して、地域活性化を目指す交流会形式のイベントです。起業家だけでなく、地域の人たちが参加することで、地域全体のビジネスの活性化につながることを目的としています。

プレゼンターだけでなく、地域の人たちが「投票所」や「応援し隊」といった役割を持ち運営に参加することができます。

つまり、応援し隊とは、いわゆる有志のボランティアを指します。当日、早めに集まって、チラシ封入や会場設営に従事します。さらにちいクラの開催中は円滑な進行のためのタイムキーパーや投票所での入力作業など、様々な役割を担います。

朝、雪道を歩いて、東釧路駅でSL撮影と泉屋さんでスパカツを楽しんだ私。
会場である946banyaには早めに着きました。先に机の運搬などを手伝っていたら、やがてスタッフの方々が集まりました。
しばらくしてスタッフ打ち合わせが始まりました。そこで私に割り振られた役割は懇親会の呼び出し係でした。


ちいクラには1時間弱の懇親会があります。懇親会の場には、事前に皆さんから集めた名刺や皆さんが記載した交流会カードがホワイトボードに貼られ、設置されます。
懇親会に参加した皆さんは、貼られた名刺や交流会カードの中につながりたい方がいれば、呼び出し係にその旨を伝えます。
呼び出し係は、マイクでその方を呼び出し、その場でご縁をお繋ぎします。
つまり、呼び出し係は、応援し隊としてちいクラを盛り上げる重要な仕事の一つです。積極的に参加者に声をかけたり、場を盛り上げたり、一人で手持ち無沙汰にしている人がいたら積極的に誰かと繋ぎ、皆さんに何らかのご縁を持ち帰ってもらうのが呼び出し係の役目です。

私に割り振られたのは呼び出し係だったので、それ以外のことをする必要はないはずです。ですが、私はたまたま入り口に立っていたことで、受付を済ませた参加者の方々にコートのハンガーへの誘導や、交流会カードの書き机への誘導をしていました。
こういう時、手持ち無沙汰感が苦手でつい動いてしまいます。

そうしている間に、勉強会の椅子は埋まっていきます。机を移動したり、椅子を運んだり。さすがと言うべきか、本当にたくさんの参加者が集まってきます。
1ヵ月半後には弊社が主催する甲府ちいクラも控えています。そして、参加表明の数が芳しくありません。集客に苦労するのではと考えていた私にとって、釧路ちいクラの集客力は本当に感服します。


今回の勉強会の講師は佐久間さん。佐久間さんは、釧路で観光船「シークレイン」を運行する有限会社アイコムを経営しておられます。
挫折と失敗続きの経験を乗り越え、シークレインの事業でようやく軌道に乗りかかっているとか。谷谷谷の人生行路はまさに笑いあり学びあり。でも、苦労してきたからこその山登りの妙味を感じられた講演でした。
世界三大夕陽に数えられる釧路の夕日を見るコンテンツ。それに頼らないプラスアルファを考えていらっしゃる姿勢は経営者としてとても学びになりました。

そんな佐久間さんの講演を聞いていた私のところに、ススッと近づいてきたのはオーガナイザーの小渡さん。
「タイムキーパーもやってもらえませんか?」
講演中だったため、よく話が聞き取れなかったのですが、私としては断る理由はありません。はい、Yes、喜んで!の精神で引き受けました。

ただ、私が応援し隊の作業自体をあまりよく把握していないのが正直なところです。

もちろん、昨年6月に弊社主催で甲府ちいクラで行った際は、その事前に千葉ちいクラの動きを逐一確認し、甲府ちいクラでも全体の動きを見ていました.そのため、大体何をすることかはわかっていましたが、ただ単に眺めているのと、実際にやるのでは違います。

そもそもタイムキーパーとは言え、何を持ってタイムキーパーするのかが明確でなく、その場で即、持っていたiPadを充電し始めました。

そして、ちいクラのメインイベントである一人3分間のプレゼンテーションタイムが始まるのに合わせ、ステージの前あたりに陣取りました。と、実は大人の本気のラジオ体操があるのを忘れていて、私も慌てて脇に退きました。
そして、本気のラジオ体操で体を温めた後は、タイムキーパーとしての活動開始です。

iPadのストップウォッチ機能を使い、プレゼンターの皆さんにiPadを提示しつつ、2分になったら「チん」3分たったら「チンチンチンチン」とコングを鳴らす。まぁこれは言ってみれば簡単な作業です。
ただ、今までの人生で私はタイムキーパーの作業をほとんどした記憶がありません。実はこの日に実績解除を果たしたのではと思いつつ。

それにしても、一番前のかぶりつき席で、皆さんのセッションを聞けるのは応援し隊の役得と言うべきでしょう。
プレゼンターの熱気がより感じられますから。

ちいクラのプレゼンターになれるのは、創業5年以内と言う制限があります。つまり、起業にあたっての熱と興奮が冷めない時期。
これ、なかなか貴重な機会なんです。
弊社の場合、kintoneを用いまたシステム構築が主な業務です.そして、スタートアップ企業様からのご依頼もあります。
ただ、ご依頼のほとんどは、ある程度年数のたった企業様によるものです。つまり、私自身にとってちいクラとは、こうした起業し立ての熱と興奮を聞ける良い機会なのです。

今回の6名の方は多彩な業種にわたり、バラエティーに富んでいました。
そして、優勝して釧路からの代表に選ばれたのは稲沢さんです。
仕掛け箱を用いたプレゼンテーションはお見事でした。釧路代表として、また全国大会でお会いする日を楽しみにしたいと思います。

続いて投票所の説明がありました。懇親会に参加した皆さんは共感したプレゼンターに対し投票します。その投票にはkintoneが用いられます。kintoneへの入力は、投票所の方、つまり応援し隊の方々が入力します。
それに先立ち、投票所の方々も応援し隊として、一分間のPRタイムが与えられます。そのタイムキーパーも私の仕事でした。
私はその時、バックヤードで咳止めの薬を飲み、うまく鳴らなくなったベルを直していました。
慌てて呼び出されて投票所の前に飛び出した私。

皆さんの一分間のPRも鳴らないベルに苦戦しながらなんとかやり切りました。

続いては懇親会です。私は上に書いた通り呼び出し係の役目を担っていました。
呼び出し係の役割とは上に書いた通りです。前に出たどこかのちいクラではDJみたいに喋りまくる方がいて印象に残っています。が、私にはそこまでの才覚はありません。なるべく多くの方に話しかけ、縁をつなぐように努めました。七、八組くらいは媒酌したでしょうか?

私が見たところ、ここで縁ができるかどうかで、参加者によるアンケート評価に影響を与える気がします.
こういう場で誰かに自分の話を聞いてもらい、縁ができれば人は満足します。が、もしずっと一人ぼっちで会場をさまよっているだけだと、必然的に不満の原因になります。アンケート結果にもそれが反映します。
皆さん、こういう場にはあまり慣れていらっしゃらないのでしょう。人に話をかけるのが苦手な方を各地のちいクラでお見かけします。私も苦手なので、同類としてよく理解できます。
甲府ちいクラでも、一人ぼっちになる方をなるべくなくすため、ご縁繋ぎに徹してもらうことを前もって呼び出し係に伝えておきます。


さて、一時間弱の懇親会も終わり、優勝者の発表までの間、応援し隊の方による一分間のスピーチがありました。
私もここで1分間の時間をいただきました。私が話したのは、一ヵ月半後に迫った甲府ちいクラの宣伝です。仕事については一切触れません。
前もって釧路から甲府までの乗り換えルートを調べてみました。すると「おおぞら」「北斗」「はやぶさ」そして「あずさ」。南千歳、新函館北斗、東京で乗り換えるだけ。空にちなんだ、縁起の良い特急を乗り継げば、なんと三回の乗り換えで甲府に来られます。この後、「あづさに乗ってあづさに会いにきてください」のオチを言う前に三回の乗り換えの部分がなぜか会場で笑いをとりました。


発表があり、優勝者は前述した通り稲沢さんです。仕掛け箱を使ったプレゼンは素晴らしい印象を皆さんに与えたようです。


その後、会場で集合写真の撮影を行い、そしてお開きとなりました。皆さんはそれぞれの仲間と夜の釧路へ繰り出していきました。


私は事前にお誘いをいただいていて、スタッフや応援し隊の皆さんとの懇親会に参加しました。会場は釧路ちいクラに続いて946BANYAで。

皆さんとはたくさんのお話をしました。さらに、好意的な反応をいただきました。
この釧路ちいクラの数日前に同じ会場でCLS道東にも参加しました。これまで六回行われてきたCLS道東に私は皆勤で参加しました。懇親会でしゃべったり、遠足に参加したりと、皆さんから認知されている実感は持っていたものの、仲間として受け入れられた印象はまだ得られていませんでした。

ところが、今回は皆さんからの反応が違ったように思えたのです。
その理由を考えてみました。それは釧路ちいクラで短い時間であったものの、初めて人前で話したからではないかと推測しました。
これまでのCLS道東では、一度も人前で登壇したことがありませんでした。それまでは、ただの観客の一人でしかなかったのです。ところが、応援し隊の特典で一分間PRタイムをいただき、人前で話したことで、私という人間が皆様の中で認知されたのではないかと思います。


登壇の効果は漠然と理解していたものの、私の中では顕著な効果としてはっきりとは認識していませんでした。皆さんからの認知度の上昇が顕著だったので、自分の中で学びとして記憶し、今後に活かしたいと思います。登壇という営みの重要性について。


それは、二次会に訪れたカラオケでも感じられました。夜の末広町を八人ほどで歩き、訪れた「萌芽」さんでカラオケを楽しみました。いやあ、羽目を外しました。楽しかったです。ちなみにご一緒した方々は、一人だけ以前のCLS道東で顔を見知っていましたが、あとの方々は全員この日が初めて出会った方々でした。LINEを交換するまでに仲良くなりました。
これはまさに登壇した意義だと感じました。

最後に、参加してくださった皆さん、登壇してくださった皆さん、プレゼンターの皆さん、運営スタッフの946BANYAの皆さんありがとうございました。
そして私が946BANYAに忘れてしまったライトダウンジャケットを届けていただいたジョイゾーの皆さん、心から感謝しています。


輝け!!第5回地域クラウド交流会全国グランプリ in 郡山に参加してきました



9/7に郡山で開かれた「輝け!! 第5回 地域クラウド交流会  全国グランプリ大会2024」に参加しました。
告知サイトはこちら

弊社は地域クラウド交流会(以下ちいクラ)のオーガナイザーを擁しています。オーガナイザーとは、弊社の役員である代表の妻のことです。

昨年の釧路で開かれた「輝け!! 第4回 地域クラウド交流会  全国グランプリ大会2023」にも夫婦で参加しました。
ただし、その時の妻はオーガナイザーと言っても見習いでした。
なぜなら、その時の弊社はちいクラの開催は未経験だったからです。

実は昨年も、年末の12/2に甲府ちいクラを予定していました。
ところが、釧路のちいクラ全国グランプリに参加した時点で、開催を断念し、6/29に延ばす判断を下していました。つまり、約八ヶ月先までちいクラをやる予定がない状態で釧路にいたのです。
予定していた12/2に何をすれば良いか分からず、迷走状態にありました。ですが、ちいクラをやるからには、ちいクラ全国グランプリは見ておかなければならない。特に全国大会は!そんな想いで参加しました。

それから約一年。今年の6/29に甲府ちいクラは無事に開催できました。そして98名の参加者を集めました。その成功を受け、妻もちいクラ認定オーガナイザーとしてようやく仲間になれました。
第1回甲府地域クラウド交流会を主催しました(準備編)。
第1回甲府地域クラウド交流会を主催しました(当日編)。

今年は昨年と違い、認定のお墨付きと開催実績、そしてプレゼンターを引っ提げての参加です。甲府ちいクラでグランプリになったプレゼンター「とび.chan」こと飛田さんをお連れし、郡山に参加しました。

今回、「輝け!! 第5回 地域クラウド交流会  全国グランプリ大会2024」(以下ちいクラ全国大会)が開催される郡山は、私にとって思い出深い場所です。
私がkintoneエバンジェリストとして首都圏から初めて外に出て登壇したのが郡山でした。kintone Café 福島 vol.1に登壇。その前日には郡山市商工会議所でもkintoneセミナーを開く機会をいただき、郡山市や県庁やそのほか福島県の各地から来られた皆さんの前でkintoneについてお話をしました。その数ヶ月あとにも、Connect in Koriyamaというハッカソンイベントにkintone技術講師としてお招きされました。
それから約8年。私も全国のあちこちでkintoneについて登壇の機会を重ねてきました。が、まだ未熟だった自分の語りも含め、この時に訪れた郡山の思い出はいまだに鮮烈です。
弊社は、福島を応援します。(まとめ版)
弊社は、福島を応援します。(9/30版)
kintoneセミナーで気をつけるべき点
弊社は、福島を応援します。(10/1版)
kintone Café 福島 Vol.1 ではkintone愛を語りました
弊社は、福島を応援します。(10/2版)

上に掲げたブログの中でも書いている通り、郡山で受けた人の暖かさは、訪れた私を感動させました。そんな出会いが多くありました。すっかり私は郡山が好きになりました。
いつか妻を連れてこようと思っていましたが、今回、ようやくそれが叶いました。

前夜祭が開かれたのはco-ba koriyama。この場所こそ、私がkintone Café 福島 vol.1で登壇した場所です。時計を見ずに30分きっかりで話を終わらせた思い出の場所。
私はその後も一度、co-ba koriyamaには訪問したことがあります。コロナが世の中をかき乱す直前に催された猪苗代町と磐梯町のワーケーションイベントの中で。

その2回のco-ba koriyamaへの訪問の際にお会いしたのは、今回ちいクラ全国大会を主催する一般社団法人グロウイングクラウドの三部さんです。三部さんは先日の甲府ちいクラにも駆けつけてくださいました。
初めて郡山でお会いした時から、三部さんの行動力には一目も二目も置いていました。
三部さんはコロナ禍でちいクラが思うように開催できなかった苦しい時期にも、zoomやメタバースを用いたちいクラ開催を実現しました。私もそれらに参加し、こんなことができてしまうんだと驚いた覚えがあります。

今回、郡山のオーガナイザーとして、新たに郡山市役所の深谷さんが就任されました。前夜祭と本編は三部さんと深谷さんとスタッフの皆さんが協力して作り上げたと伺っております。

私にとってとてもなじみのある場所での前夜祭は、とても楽しい時間でした。

米どころ酒どころ福島の様々な銘酒が振る舞われ、ここでしか飲めないお酒もいただきました。まさに福島のお酒の粋が集められた垂涎のラインナップです。

また、並べられた料理も数々がとてもおいしかったことも印象に残っています。郡山の豊かな農産物や名物が選りすぐって並べられ、これだけでもう私の中で郡山に来た目的が達成できたと思えたほどです。

前夜祭で印象に残った事は2つあります。
一つ目は島根から来ている人たちの多さです。
それもそのはず。島根は来年度のちいクラ全国大会の開催地に名乗りを挙げているからです。
その視察もかねて、島根からは10名の方が来られていました。島根銀行さんを始め、登壇者の方や島根の企業の方々など、まさにオールスターのごとく。

皆さんからは、島根の産業事情や県勢を伺いました。私からも、来年の全国グランプリにはぜひ伺わせてくださいと参加を確約しました。

島根の皆さんから私が伺ったのは、ちいクラを一年間で三回開催したその行動力です。
そして、一回目は周りからの評価もいまいちだったのが、三回目のちいクラでは周りからの評価も見る目も全く違ったと言う言葉です。

弊社も私たちもまだ甲府ちいクラは一度しかできていません。ようやくこれからというところでしょうか。これからが楽しみです。
これからが楽しみと思えた理由は、この前夜祭でとび.chanが覚醒したからです。これが二つ目の印象的な出来事。

前夜祭では各地のオーガナイザーとグランプリを獲ったプレゼンターが、それぞれ皆さんの前で自己紹介と明日への抱負を聞かせてくれました。
そこでなんと、甲府からの飛び道具こととび.chanは即席ラップを披露してくれたのです。さらに人前では初披露だと言うボイスパーカッションもぶちかましてくれました。



最初、皆の前で登壇したときのとび.chanは、ちょっとダウナーな雰囲気を漂わせて、見守る私も大丈夫かと思いました。
しかし、その後に披露したラップで、場の空気を一気に引き寄せたのがお見事でした。場の空気を一瞬でつかむとは、まさにこの時のとび.chanのことを指すのでしょう。
持ってる人の力を感じさせた一瞬でした。


他の多くの方ともこの場でお知り合いになれました。私としてもとても楽しい前夜祭になりました。改めて三部さんや深谷さんを始め、スタッフの皆さんには感謝です。



実はこの日、夫婦共に体調が良くありませんでした。奮発して新幹線はグランクラスを使いましたが、正直なところ、前夜祭にも行けるかどうかと言う状態でした。
駅に着いてからすぐホテルに歩いて向かい、そこから近くの会場まで歩いて向かった私たち。会場の場所を完全に勘違いしていました。そこからタクシーを拾って慌ててco-ba koriyamaに向かい、ぎりぎり乾杯に間に合った出来事などを経て、夫婦のテンションが少しずつ復活しました。

私は妻とco-ba koriyamaから駅前のホテルまで歩いて帰りました。
ホテル近くのコンビニエンスストアでさまざまな物資を買い込み、私は部屋で仕事をこなしていましたが、そう遅くならない時間に寝ました。

翌朝、妻はオーガナイザーとして早めに会場に入る必要があり、別々に出ました。私は少しだけ作業をし、そこから歩いて会場に向かいました。
私の記憶が定かであれば、郡山に来るのは今回が6回目のはず。レンタサイクルやレンタカーを駆使して、郡山の街中はかなり動き回りました。しかし、如宝寺は訪れた事がなく、麗山公園は少しだけしか訪れていません。今回は良い機会なのでそれらをじっくりと歩き回りました。ただし、お目当てだった麓山の滝の水がたまたま止まっていたのは残念。


さらに私は会場近くにある郡山市中央図書館にも訪れました。
ここの図書館、福島や原発、郡山を取り上げた本が充実していたこと。郡山出身の作家である古川日出男さんのコーナーがあり、首都圏の図書館で私が探していた「13」と言う小説も置いてあったことで、私の印象に残りました。つい立ち読みしてしまいました。

さて、しばらくして会場に行きました。


今回会場となる、郡山市立中央公民館もきちんと訪れるのは初めてのはずです。
明らかに趣きのある洋風建築が立っています。郡山市公会堂です。最初そちらが会場かと思いましたが、中央公民館は、その横にある新しい建物です。


建物の前には10店舗ほどの屋台が並んでいます。なかなかコンパクトな立地にちょうどいい感じにお店が並んでいて、とても良いと感じました。


妻やとび.chanにはすぐお会いできました。他にも、ちいクラ全国大会でよく会う方々、前夜祭でお会いできなかった方々、サイボウズの青野社長と息子さんにもご挨拶ができました。


ちいクラ全国大会が始まるまでの間、私はお腹が空いていたこともあって、屋台に立ち寄って空腹を満たしていました。
郡山と言えばクリームボックス。初めて郡山に来た時、わざわざ買いに行った大友パンさんの屋台はありませんが、別のお店がクリームボックスを売っていました。私も最後の一つをゲットし、さっそく食らいつきました。
さらにその横では巨大マッシュルームが売られていました。私はそれが面白そうなので、妻を呼んでみて、お買い上げを打診してみました。すると、マッシュルームが好物の妻は即決で購入。さらに売られていたきのこセットまでもその場でお買い上げです。

とび.chanとはマッシュルーム屋台の横で立ち話をしました。私なりの激励の言葉を送りました。


さて、そうこうしている間に、いよいよ本編が始まりました。
まずは総勢100名以上の方々が舞台狭しと歌い踊るど迫力のオープニング。
いきなり、度肝を抜く演出が炸裂しましたよ。すごいなぁ。皆さん。


そして、郡山市長からの挨拶に続いては、サイボウズの青野社長からの基調講演です。

昨年の釧路でも、青野社長の基調講演は拝見しました。
ただ、今年は私の中での意味合いが違っています。サイボウズさんがこれからも変わらずに地域や地方に目を向けてもらえるのか、社会貢献的な活動を続けてもらえるのか。それが知りたかったのです。
というのも、サイボウズ様の規模が大きくなるとともに、よりエンタープライズな顧客、より大規模顧客志向に移っています。この秋にはkintoneの値上げや最低契約数の変更もありました。それだけに、私の中では青野社長が地域を盛り上げるちいクラに対してどういう話をされるのかに関心がありました。結論としては安心しました。


さて、その後はアイスブレイク。大人の本気のラジオ体操です。私も皆さんとともに疲れた体をほぐしました。
そして、いよいよ各地域からのプレゼンターによる発表です。今回は、11の地域からの登壇がありました。多士済々です。
私もなるべくXで各組ごとにポストするように努めました。ただ、何組かは写真も撮れませんでした。なぜかというと、今回はとび.chanが登壇する様子を動画で撮影するよう妻から厳命されていたためです。
そのため、本稿でも一組一組に詳しく触れることはしていません。

皆さんからの地域色は意外なことにあまり感じませんでした。むしろ、登壇する方々が独自に趣向を凝らして着ぐるみを着たり、頭に被り物をかぶったりして地域色を出していたのが印象に残ったほどです。皆さんが話す内容はそれぞれの方が抱えている事業課題でありながら、全国に共通するものが多かったように思います。そこがかえって面白かったです。
それを日本が均一化していると負の側面で捉えるよりも、むしろ、日本中に起業家たちが広がったことの表れだと考えるべきでしょう。都会や地方に関係なく、起業の形が各地でも活発に行われるようになってきた証しではないかと。

その中でも目を惹いたのは、エネルギー問題に着目した二組です。お一人は「地中熱」というあまり耳になじみのない概念を引っ提げて地元郡山から登壇された田村さんです。
地熱ではなく、地中熱。地中熱というエネルギーの可能性に着目し、その事業化に携わっておられる田村さんのお話しする内容はとても新鮮でした。
実は、私が屋台で見かけた巨大なマッシュルームこそ、この地中熱を活かして育成したものだというから驚きです。
持ち帰った後、妻に料理してもらいましたが、実に肉厚でおいしかったです。
プレゼンター紹介①【福島県郡山市】リンクエフ株式会社の田村 慎太朗さん!


もう一組は、手前みそですが、甲府からの刺客こと、とび.chanです。前夜祭でも即席ボイスパーカッションで皆さんに強烈な印象を残しました。とび.chanのフィーチャーするエネルギーとは水素。水素のエバンジェリスト。水素のお兄さんの本領発揮です。
プレゼンター紹介⑧【山梨県甲府市】飛田サイエンスクリエーション 飛田 仰喜さん!
そして本番。妻の紹介が若干緊張で固いかなと思いましたが、きちんとまとめるあたりはさすがです。
そしてとび.chanのラップ。あとで妻から聞いたところでは、リハーサルの時点で音響がうまくいかず、スタッフの方々が尽力してくださったと聞いています。スタッフの皆さん、ありがとうございました。

妻からはとび.chanのラップ完成までの苦労のよもやま話も聞いています。
スタッフの皆心の尽力や本番直前のハプニング、そしてオーガナイザーのからのダメ出しもバネにして、とび.chanのラップが郡山で華開きました。見事な出来栄えでした。
準備段階で何があろうとも、やり遂げるあたりが素晴らしい。持っている人は、本番でもやり遂げるのです。大したものです。

とび.chanの登壇の直後、観客席の近くの方々の会話が聞こえてきました。それによると、何を伝えているのかメッセージがよくわからなかった。でも、グルーヴはあったということです。とび.chanの伝えたい水素をもっと世の中に認知させたいという課題意識とメッセージは完全に理解されていなかったかもしれませんが、それでもエンタメ性では強烈なインパクトを与えていたようです。

他の9組の皆さんも見事でした。上にも書いた通り、全国にこういう起業家の皆さんがいらっしゃること。課題を解決するために日夜の努力をされていること。皆さんの登壇からはそうしたメッセージを存分に感じました。
プレゼンター紹介②【北海道札幌市・東代表】NPO法人あえりあ 高橋 亜由美さん!
プレゼンター紹介③【北海道函館市】SMALLFIELD小野 和貴さん!
プレゼンター紹介④【北海道 千歳市】あいのごはん・あいの味噌 板垣 愛さん!
プレゼンター紹介⑤【滋賀県 甲賀市】マイベリーファーム 勝井 麻有美さん!
プレゼンター紹介⑥【北海道釧路市】英会話教室 Dee’s English デイビス みなこさん!
プレゼンター紹介⑦【島根県松江市】株式会社FoodMarico上田 まり子さん!
プレゼンター紹介⑨【兵庫県 豊岡市】キミボク 杉本絵里奈さん!
プレゼンター紹介⑩【北海道 札幌市】Cafe SHE鷹田 唯依さん!
プレゼンター紹介⑪【千葉県千葉市】米粉のお菓子工房 CHAINON(シェノン)牧野 千絵さん!

投票が集計されている間、舞台上では過去の郡山ちいクラでグランプリに輝いた方々とサイボウズの青野社長と三部さんを交えたパネルディスカッションがありました。
皆さん、個人の抱える事業課題や地域課題を解決するため、起業や登壇に踏み切った方々です。そして、ちいクラをきっかけに事業を大きくし、成果を挙げておられます。
皆さんから学ぶのは、まず行動することの大切さです。まず行動した方々が、この場で登壇できるのです。「商圏が」とか「資金が」とか考えるのは二の次。まずは行動することです。「時期が」「資金が」とかは論外。まず行動しなければ。行動さえすれば商圏や資金の問題にはすぐぶち当たります。ですが、それから解決していけばよいのです。まず行動してから課題に向き合う姿勢こそが大切だと思います。
行動し、地域や自分を変える。それは上にも書いた通り、地域性など関係ありません。起業する方にとって共通の志のはずです。


投票の結果、グランプリに選ばれたのは田村さん。購入したマッシュルームがよりおいしく食べられそうです。実際に美味しくいただきました。おめでとうございます!




驚いたのは、講評の場のあとにとび.chanがステージに呼ばれて皆さんの前でラップとボイスパーカッションを披露する機会をもらえたことです。
あらためて大きなインパクトを皆さんに与えたのだなあと感じ入りました。司会の方や青野社長からのコメントでもとび.chanへの言及があったり。大したものです。
その後もとび.chanは皆さんからインタビュー攻め、名刺交換攻めに遭って、手ごたえを感じていたようです。
来てもらってよかったと思いました。実は郡山や福島は水素研究で山梨と国内では双璧を成す地だとか。そうしたご縁をつかんだとび.chanの運のつかみ方をまざまざと見せてもらいました。





夜の懇親会はホテルの宴会場でした。そこでも各組のオーガナイザーとプレゼンターがあらためて紹介をする機会がありました。そこでもとび.chanは妻と二人で皆さんの前でインパクトを与えてくれました。


ここでも様々な見せ場がありました。各地からの皆さんも場を大きく盛り上げていただき、おいしい料理が出ました。さらにはサプライズとしてこの日が誕生日だった四宮琴絵さんのお祝いまで。おめでとうございます!

さて、興奮も覚めやらぬ中、会場もお開きに。奇遇にも懇親会場と同じホテルに泊まっていた私たち夫婦の部屋にとび.chanの荷物を預かっていたので、まずは部屋でとび.chanを労いつつ、ホテルの前までとび.chanをお見送り。
その後も妻は興奮醒めやらなかったようで、私が二人に渡した動画を何度も見返していました。とび.chanに至っては、その晩に早速YouTubeとSNSに動画をアップしていたようです。

私たち夫婦にとっても、会社として初めて認定オーガナイザーを擁したちいクラ全国大会に参加できました。そして、そこで輩出したプレゼンターが皆さんに印象を残してもらえたことで、面目が立ちました。
弊社としても、今後の山梨で楽しみなご縁と展開が拓けました。

翌日は遠足です。郡山駅に行くとすでに皆さんが待っていました。本番前日は寝なかったというとび.chanもしっかり寝られたようで、遅れずに参加です。

今日は私にとって楽しみにしていた遠足。まだまだ安積地域には私の行ったことのない場所があります。
バスに乗って初めて今日のツアーのテーマを知りましたが、早速胸がワクワクしました。
安積疏水を巡り、ぶどう農園でぶどう狩りを楽しみ、美味しい地元の料理を楽しむのがテーマです。

今まで五回、郡山に訪れ、そのうちの三回は猪苗代にも訪れている私。ところが今回の場所は私にとってどこも初訪問。素晴らしい。
「Roots猪苗代 Lake Area グランピング&サウナリゾート」
「上戸浜」
「上戸頭首工」
「安積疏水大谷一号水路橋」
「橋本農園」
「BestTable」

今回も、そして八年前も、豊穣な稲穂に囲まれた印象が残る安積の地。ところが明治政府による安積開拓が始まる前は、安積の地は荒地が広がっていたそうです。今となっては想像できませんが。
安積の地が豊穣な地に変わったのも、こうした先人たちの慧眼と苦労があったからこそ。
今回、「孫の手トラベル」のガイドの方と、日本遺産「一本の水路」を紹介する活動をされておられる「がんばっぺチャリンコ」の鈴木さんからは、疎水について様々なことを教わりました。
安積開拓にあたって全国のあちこちから志を持った開拓者が集まったため、郡山固有の方言に加えて、多様な地方の方言が混ざっているのが郡山弁の特徴だそうです。そんなにたくさんの人が来ていた事は私も忘れてました。初めて来たときに郡山市開成館で学んだはずなのに。

安積開拓と疎水の物語を学ぶだけで、郡山の街への理解がぐっと進みます。
郡山とは開拓され、地方から志ある方々の集まった地です。そのため、外からきた人に親切にする文化が自然と培われていったのでしょうね。
あらためて私が初めて郡山を訪れた時に感じた感動がよみがえるとともに、その秘密が肚落ちしました。

他にも郡山は合唱が有名です。それは、以前に来た時にも知っていました。ただ、私の中ではあまりピンと来ていませんでした。
今回、合唱部の活動がとても盛んで、あちこちの公民館や学校からも、合唱が絶えず聞こえてくる事情もお伺いしたことで、少しは理解できました。
遠からず郡山に訪問する機会がありそうです。その時は、楽都郡山の秘密も探ってみたいと思いました。
こういうバスツアーもいいものですね。

橋本農園さんでいただいたぶどう「あづましずく」は大粒で、しかも種がなくて、とてもおいしかったです。
橋本農園さんサイト
孫の手トラベルさんが営むBestTableも美味しい料理が次々と。
孫の手トラベルさんサイト

今回の遠足で訪れたありとあらゆる場所で良い思い出と体験と学びができました。また、三日間の行程の中で様々な方と会話することもできました。
サイボウズの青野社長、永岡さんをはじめとした皆さん、孫の手トラベルの山口社長を始めとした皆さん、三部さんご夫妻、深谷さんや前夜祭でお酒をふるまってくださった小笠原さんや大泉さん、疎水について教えてくださった鈴木さん。登壇者や参加者の皆さん。

私も妻もまた郡山に来る機会があるはずです。
その時も、郡山の思い出を積み重ねるためにも、あちこちを回ってみたいと思います。

今回ご縁のあった皆様、本当にありがとうございました。














第1回甲府地域クラウド交流会を主催しました(当日編)。


2024/6/29に甲府駅北口の山梨県立図書館にて、第1回 甲府地域クラウド交流会(ちいクラ)を主催しました。

さて、準備編に続いて、ちいクラの当日編の記事です。

前日、私はジョイゾーさん主催のシステム39 十周年記念パーティーにお招きされ、白金の八芳園にいました。(記事:システム39 十周年記念パーティーに参加しました。)。

私たち夫婦の部屋は前日から甲府のドーミーインで予約していました。
そのため、パーティから甲府に直行するつもりでした。朝から横浜、そして浜松町のお客様を大雨の中トランクをガラガラと引きずって巡礼し、最後に八芳園に向かいました。
八芳園さんではたくさんのお酒をいただき、良い気分で新宿駅に向かおうとした時です、まだ町田の家にいるから一緒に行かないか、と妻から連絡がありました。

お酒をかなり飲んでいるから運転できないけど、と言ったところ、それでもいいと言うのです。そこで、今日の相棒であるずぶ濡れトランクを小田急に乗せ、家まで一度戻りました。最初から家においておけばよかったのにというツッコミは不要です。
そして、妻の運転で出発しました。すでに午前0時近かったと思います。

かなりお酒を飲んでいたので、私はナビゲーターとして全く役に立ちませんでした。そもそも、妻は甲府へのドライブについては私よりも慣れています。
つまり、私はちいクラを控えた妻の不安を和らげるための話し相手として助手席に座りました。

今となっては妻の気持ちもわかります。
果たしてこの猛烈な雨は止むのか。本当に80人が来てくれるのか。予期せぬトラブルがあって、ちいクラ自身が中止にならないか。そしてもっとも肝心な皆さんからの評価は及第点をもらえるのだろうか?
そうした不安を和らげるために助手席に座った私の受け答えはかなり怪しかったと思います。何せ、へべれけ状態だったので。

それでも無事に夜中の2時頃に甲府に着きました。


そして翌朝、甲府の空は完全に晴れ上がっていました。
地面も空気も前夜の雨の湿気をふんだんに含み、武田神社のお堀の水は濁っていましたが、梅雨時期とは思えないほどの軽やかな晴天でした。

妻はサイボウズの永岡さんから『天気を晴れさせるのもオーガナイザーの仕事だからね』と釘を刺されていたようです。つまり、ちいクラの成功不成功を天候のせいにするなということです。
その通り。そこも含めて責任を取るのがオーガナイザーの心得です。オーガナイザーに限らずイベント主催者の全般に言えることですが。

ただし、当日晴れたからよいものの、前日のような土砂降りだと大変なことになっていたかもしれません。


私たちはまず、朝の武田神社に参拝に行きました。
もうここまで来たら、後は人事を尽くして天命を待つというお馴染みのフレーズで乗り切るしかありません。
参拝の結果、「中止!」という信玄公の天の声は聞こえてきませんでした。

空は晴れ、会場は予約済み。
ついでに書くと、2回目の会場もすでに予約済みでした。準備編の記事には書きませんでしたが、6月21日に開催された「よっちゃばれっ kintone 無尽」に参加する前、私は山梨県立図書館に立ち寄って2回目の甲府ちいクラの会場を予約していたのです。(この日はスケジュールを空けておいてください。2025/3/22)
準備編に書いた通り、来場者が80人を下回り、参加者からの評価が80%を切ると、2回目の開催は許可されないのです。つまり、今日はそもそも成功して、2回目を開催する以外の選択肢はあり得ません。
あとは人が集まり、評価をいただける内容にするだけです。

12時過ぎから会場の部屋で設営の準備を行う予定でしたが、山梨県立図書館内に併設されているカフェに先に入って準備を始めました。

私たちがカフェに入った時、既にジョイゾー社の小渡さんがいました。
小渡さんは前日のシステム39 十周年記念パーティーの仕事を終え、休む間もなく甲府にまで駆けつけてくださっています。本当に頭が下がります。
それだけではなく、今回のちいクラ開催にあたっては頼れるオーガナイザーの先輩として本当にいろいろとお世話になっています。もちろんスナックジョイゾーでも。
私は前々日の夜に、当日に投影するスライドの大部分は作り上げ、小渡さんに渡していました。

サイボウズの永岡さん(同じく昨晩のパーティー仲間)もやってきたところで、お二人(永岡さんと小渡さん)に対してスライドの内容を説明し、チェックしてもらいました。結果はオッケー。

そうしているうちに勉強会の講師として登壇してくださるサイボウズの中村龍太さんや、今回協賛として活躍してくださるGoodway社の藤野さんも到着。さらには妻の同期のオーガナイザーとしてお手伝いしてくださる新田さんが千葉から到着。さらに私の長女も町田から到着。
役者が揃ってきました。


会場設営はすでに始まっていました。もう応援し隊の方やスタッフの方もいつの間にかカフェを通り過ぎて会場に行っています。


かつてホテルの配膳の仕事をやっていたことがある私ですが、正直に言うと、こういう会場設営のような仕切力が必要とされる仕事は不得手です。
それでも、私もその中で可能な限り指示を出したり、質問に答えたりしました。もちろん、永岡さんや妻や先輩/同期オーガナイザーがいるから私が指示する場面はそうはありません。会場は順調に設営されていきました。


ここで身内ながら特記しておきたいのは娘です。ちいクラでは参加者や応援し隊の皆さんが配布したいチラシやパンフレットを参加者の皆さんに配ります。その紙媒体をビニール袋に封入する作業が当日の準備の段階で必要です。この仕切りを娘がやりました。
少し前まで、若者ならではの悩みに苦しんでいた娘の活躍に、親としては胸が熱くなった瞬間でした。


また、今回応援に来てくれた弊社メンバーも、ジョイゾー社の小渡さんから、ちいクラの配信投影担当としての心構えを教わっています。登壇される方の横で投影や配信の行う重要な役割です。
次回以降はこうした作業も弊社だけでやり切ることが必要です。普段はkintone開発が本業のメンバーですが、動いてくれてありがたい。


椅子が並び、チラシが封入され、受付も設営されました。

私は、投票所の設営を行うとともに、投票所担当の皆さんに投票で使うkintoneの使い方を説明しました。今回はあかねさんに投票所の仕切りを担っていただきます。


ここで特筆しておかなければならないのはジョイゾー社の矢地さんです。
なにしろ、今回のちいクラのために演奏をお願いしていたのですが、自分が弾き慣れている電子ピアノが良いと、わざわざレンタカーを借りてまで馳せ参じてくださったのですから。しかも矢地さんも昨日のジョイゾーさんのイベントでスタッフとして活躍されているにもかかわらずです。
本当にそのご好意には感謝です。会場が設営されている間に、ピアノの位置も設営し、小渡さんと2人で音響周りの設定を一生懸命されていました。
お二人には本当に頭が下がります。界隈のピアノマンと呼ばせてください。ありがとうございました。


会場設営も順調に進むうちに、徐々に参加者の方も来場してきてくださいました。
そして、勉強会が始まりました。サイボウズの中村龍太さんによる「エフェクチュエーションという考え方を学ぼう」というタイトルです。
私は龍太さんが共著者として名を連ねておられるエフェクシュエーションの本を持ち、すでに読了済みです。龍太さんがエフェクチュエーションを題材に登壇されている様子も拝見したことがあります。



ただ、この言葉を知らない会場の方にとっては少し難しく思われたかもしれません。
エフェクチュエーションとは、要するに事前に計画を立てて、予測に沿って事業を行うのではなく、臨機応変に着想やご縁を活かしながら事業を行うことが起業の成功には適しているよ、という考えです。
実はこの考えは、私にとってとても受け入れやすい考えです。私が好きな旅でも、事前に綿密に予定をたてて行動するより、その場のひらめきと直感に従って動く方を好みます。
あらためてエフェクチュエーションは好きな考え方だなあと思いました。龍太さん、ありがとうございました。

龍太さんが話している間にも着々と人数が増えていき、既に参加者の数は70人を超えました。80人を越えるのは間近です。

今回、第1回甲府ちいクラにあたっては、たくさんの方が多くの地域から来てくださいました。私が把握している範囲では、北海道、福島、千葉、東京、神奈川、埼玉、長野、静岡。もちろん山梨も。ある神奈川在住の方は、前日の名古屋のイベントに参加した後、塩尻経由で甲府に駆けつけてくださいました。湘南からスーパーカブに二人乗りで来られた猛者もいます。たまたま、アメリカから数日間、山梨に来られていた方にも参加してもらいました。その方は甲府ちいクラの翌々日にはアメリカに帰られたとか。

本当に皆様には感謝です。

さて、中村龍太さんによる45分間の講演の後は、15分の休憩を挟んでいよいよちいクラ本編が始まります。


まずは、ちいクラ本編にあたってオーガナイザーの妻からの挨拶。
今までに全国のちいクラは(25都道府県・70市町村)で185回開催されたそうです。累計参加者数24,983名様!
ということで、今回の甲府ちいクラをもって、参加者が25,000名を突破しました。パチパチパチ。


妻からの開会の挨拶とちいクラの説明に続いては、今回の山梨でのちいクラ開催にあたり、多大な貢献をしてくださった共催の株式会社Goodwayの藤野さんからの応援メッセージです。
金融機関に長年勤めておられ、新興企業が融資を受ける必要性とその審査の厳しさを知る藤野さんだからこそ、お話しくださる内容に重みがあります。

その後は、アイスブレイクとして、ちいクラ恒例の大人の本気のラジオ体操が始まります。



ここで登場したのは、山梨県のゆるキャラとして人気の「とりもっちゃん」です。さらに皆さんの前に立って、ラジオ体操はこう舞え!という見本を見せてくださるのは、先日まで星組のタカラジェンヌで活躍されていた大輝真琴さんです。そして、ラジオ体操の音源は、なんと矢地さんによる電子ピアノの生演奏。私、今まで生きてきて、ラジオ体操をあの音源以外で踊るのは初めてです。もちろんタカラヅカ仕込み(?)のラジオ体操を見るのも。
何と言う素晴らしい布陣でしょう。手前味噌ながら、この取り合わせは他のイベントでもなかなか見られない組み合わせですよ、と自画自賛してしまいます。


そして、いよいよ、5名の登壇者によるプレゼンタイムが始まりました。
準備編にも書いた通り、6月9日になってようやく最後の1人のプレゼンターが決まりました。今回も出場する順番は登壇が決まった順になります。


MIZUNONEプロジェクトを主宰する「水素のお兄さん とびchan.」こと飛田仰喜さん、

一般社団法人「ヒトナリ」代表の上田潤さん、

家守家山梨代表家守の酒井大介さん、

任意団体トップファンの山口泰暉さん、

NPO法人「まちづくり法人山梨タンク」代表理事の河西和奈さん

皆さん、山梨で志をもって活動していらっしゃる方です。
それぞれの思いをこの3分間にぶつけ、来場者からの共感の声をいかにして集めるか。
ちいクラの3分間は短いという声も受けました。が、逆に言うと、この3分間で来場者に印象を残せるような事業計画やプレゼンであることが重要なのです。

こういう場を活かし、どんどんと登壇の回数を重ねていくと、より魅力的なプレゼンが届けられるようになるはずです。
ちいクラはそうした意味でも、どんどん地域の方がステップアップするための登竜門としての役割も担っているはずです。そうなることを願っています。
ちなみに偉そうにいっていますが、私はちいクラをはじめ、事業計画のプレゼンテーションは未経験です。成り行きで今までやってきましたので。

そして、プレゼンターの方々の熱意に、参加者による投票で応えるのがちいクラのしきたりです。その投票にはkintoneを使います。皆さんからの清き一票を確実に結果に反映するためには、kintoneの操作に熟達している方が必要です。


妻から依頼した方はこちらの六名です。


皆さん、本当にありがとうございました。

続いては交流&投票タイムです。
投票所で投票したり、来られている方同士で交流や名刺交換を行ったりの時間です。
私はあつかましくも、この時間のBGMも矢地さんにお願いしてしまいました。すると快く引き受けてくださった矢地さんは、即興でジブリなどの曲で会場内を快適にしてくださいました。
本当に感謝しきれないほど感謝しています。

私はこの時、独りぼっちで所在なさげに立っている方を見つけては、積極的に挨拶しに行きました。が、それでも何人か、独りぼっちだったと思われる方がアンケートにもっと交流したかったと書いているのをみて反省しました。これは弊社内でも作ったGood & Badという振り返りにも書きました。

そして、プレゼンターからの登壇時点で、会場の人数は100名にほぼ近づいていました。もう集計外の人を含めれば100名超えができたかもしれません!

皆さんもまちまちに交流を深めてくれているようで何よりです。









続いては応援し隊の皆さんによる一人1分の自己紹介です。








こうやって、甲府の方々がたくさん応援し隊に手を挙げてくださった様子をみると、本当にありがたいなと思います。山梨の今後は大丈夫ではないかと。

応援し隊の皆さんは、応援のためだけに来てくださった方々で、当日の参加も可能です。そのため、こちらには名前は挙げません。でも、皆さん、本当にありがたいです。
さらに妻が何度も通って仲良くさせてもらっているcafé terroirの飯島さんやそしてトップファンの高村さんも応援し隊に名を連ねていただきました。併せて大感謝です。

続いて挨拶してくださったオーガナイザーの皆さんにも本当に感謝です。
三部さんは、私がkintone エバンジェリストとして初めて首都圏の外で登壇した時から郡山でお世話になっています。私のkintone エバンジェリストの節目に現れる方です。今回もまさに。また9月には郡山で全国グランプリを開催されるとか。お伺いします。
そして琴絵さんは準備編でも書いた通り、妻をオーガナイザーに導いてくださった立役者です。超多忙な日々の中、甲府にまで駆けつけてくださったことに感謝です。今後もジョイゾーさんとともにいろいろとお世話になります。よろしくお願します。
瀬川さんは札幌から来てくださった妻のオーガナイザー同期。私も釧路と千葉でお会いしましたが、これからのオーガナイザーを背負って立つ好青年。本稿をアップする直前に札幌ちいクラでオーガナイザーの大役を担って見事に成功させました。素晴らしい。
新田さんは、先日の千葉ちいクラで頑張っている姿を拝見しました。妻のオーガナイザーとしての同期でもあり、すでにもう二回もちいクラを実現されているすごい方です。妻にとってよい仲間になってくださるようです。今後ともよろしくお願いいたします。また千葉も行きます。
小渡さんは、釧路、東陽町、高知、鎌倉と今までお世話になりすぎた方。もう頭が上がりません。今回のちいクラにおいても、矢地さんが持参したピアノのセッティングから、プレゼン資料投影の制御、そして弊社メンバーへのご教授など、八面六臂の活躍でした。もう本当に大感謝です。

そして、いよいよ結果発表です。若干、発表のタイミングがずれてしまいましたが、飛田さんに決定しました。


飛田さんには水素のお兄さんというキャラづくりに磨きをかけ、9月に郡山で行われる全国グランプリにも飛田さんに出場してもらいます。おめでとうございます。ほかのプレゼンターの皆さんもありがとうございました。


そして、そのまま大輝真琴さんから副賞として1年分のkintoneの利用ライセンスをプレゼント。
いやぁ、ほんまにおめでとうございます。

あれ?事前の準備では、これって俺が渡す役ではなかったっけ?そしてそのまま講評をやるって話では?
頭の中に?が並び、あれ?俺、喋らなくてもよいのかな?と私の中でスピーカーモードが解けていきました。

そして、そのまま飛田さんの挨拶とプレゼンターの皆さんからの一言ずつ挨拶があり、ちいクラは大団円に向かいつつあります。
いやぁ、よかった。
これで集合写真を撮って、撤収したら夜の街に繰り出すんや!と私の脳内は早くも愉快な時間へと跳躍。
と思っていましたが、まだちいクラにはやることがありました。


アンケートです。来場者からのアンケートで8割を超えないと、ちいクラオーガナイザーとしては一人前ではないのでした。
そして出されたアンケートの結果は、見事に98%超え。


すると、そこで、サイボウズの永岡さんからサプライズが。なんと、妻がサイボウズ社から地域クラウド交流会の認定オーガナイザーとして認定されることが。この結果を受けて決まり、その証明書授与が行われたのです。


思わぬタイミングで重圧から解き放たれ、涙する妻。感動ですね。
準備編に書いた通り、私にとっては、今までの妻がもやもやから解かれ、ようやく妻が認められた瞬間だったのですから。


妻の挨拶をカメラに収めようと撮影していた私。すると急に不穏な空気が。
永岡さんのマイクがこうささやくのです。「そしてあづささんを二人三脚で・・・」
ン?俺?みんな俺見てるの?


ということで私も壇上に。


完全にスピーカーモードが解けていた私。油断していました。
あまつさえ、私に話せとおっしゃるのです。いやいや、もう頭は飲み会モードが発動してるから。

請われれば、ということで即興で話しましたが、プレゼンターへの講評なのか、山梨県へのエールなのかよくわからない内容を話したような気がします。

でも、こうやって最後にオーガナイザーの妻を立ててくださり、ついでに相方の私までも立ててくださるのが永岡さんの素晴らしさ。
本当に今回、最後まで導いてくださってありがとうございました!

さて、そんなわけでちいクラも終わりました。
最後に全員で集合写真の撮影です。


後で集計した結果、おしくも98人でした。確実に超えられると思っていた100名には届きませんでした。
あの方が来ていたら。うちの娘がシフトを入れてしまわなければ・・と届かなかった100名を悔いても申し方ありません。これは次回への反省です。

ですが、私がスピーチで話したとおり、うちの会社主催のイベントでここまでの人数を集めたのは初めてなのです。しかもkintoneを題材としたイベントではないにも関わらず。
私にも弊社にも一つのマイルストーンになったイベントになりました。何よりも妻がいろんなブロックや呪縛から解き放たれた記念すべき一日になったように思います。
本当に皆さま、お集まりいただきましてありがとうございました。

続いて撤収作業です。
開催地にお金を落としてもらうこともちいクラの内容の一つです。なので、各自でグループを引率していただき、皆さんには夜の甲府に繰り出してもらいました。
私達は撤収作業の後、車に荷物を詰め込み、それを宿に持ち帰らねばなりません。さらにうちのメンバーにも宿をとっていて、彼も送りつつチェックインしてもらい、どこかで合流する必要がありました。





そのため、皆さんにはだいぶ合流が遅れました。それでも、café terroir、FOUR HEARTS CAFE、炙と顔を出すことができました。炙の皆さんが九十九に移動するというので、café terroirに向かった妻とは別にメンバーを連れてそこでがっつりと飲んで語って。さらには河西さんからお誘いが来たので、そこにいたメンバーを誘って味魅へと移動し、そこでも夜中まで。

楽しい夜の時間を過ごしました。

これで準備編、当日編と二つに分けた第1回甲府地域クラウド交流会のレポートは終わりです。

まずは皆さん、本当にありがとうございました。

なお、参加された皆さんからのブログを以下に列挙しておきます。
甲府経済新聞様:県立図書館で「地域クラウド交流会」 起業家応援で地域活性化
甲府経済新聞様:県立図書館で「甲府地域クラウド交流会」 とりもっちゃんも起業家を応援
ノベルワークス社上村様:【イベント参加レポ】第1回甲府『地域クラウド交流会』
まちづくり法人山梨タンク様:「第1回 甲府 地域クラウド交流会」に代表河西が登壇いたします
サイボウズ様:第1回 甲府 地域クラウド交流会 開催報告


第1回甲府地域クラウド交流会を主催しました(準備編)。


2024/6/29に甲府駅北口の山梨県立図書館にて、第1回甲府地域クラウド交流会(ちいクラ)を主催しました。

満を持してという表現がふさわしいほどの時間をかけましたが、ようやく実現できました。
まずは皆様に感謝です。なお、レポートを書き始めたら長くなってしまいましたので、準備編と当日編に分けます。準備編だけでも長い内容になったので、先に謝っておきます。

地域クラウド交流会オーガナイザー研修

思えば1年2カ月前、ジョイゾー社の四宮琴絵さんから頂いた以下のメッセージがちいクラへの道の第一歩でした。

私はこの時点でちいクラに3回参加していました。
 ・2018/10/19に「第5回墨田区地域クラウド交流会」にリアルで。
 ・2021/6/26に「第3回郡山地域クラウド交流会@オンライン」にZoomで。
 ・2022/9/17に「第4回 郡山 地域クラウド交流会@メタバース」にOculus Questで。

これらは全て一参加者としての関わりでした。そのため、ちいクラの準備から当日の運営全般を仕切るオーガナイザーの制度についてはほとんど知りませんでした。
<ドS研修>というそれはそれは辛い試練があることも。

「オーガナイザー何するものぞ?」とよく知らなかった私ですが、琴絵さんからのお誘いを受け、私はすぐにオーガナイザーの候補が思い浮かびました。琴絵さんが誰を念頭に置いてお誘いいただいたのかも。
それは弊社の役員である妻でした。
琴絵さんからのメッセージにあった44万という金額も、私のひらめきと着想の実現には何の妨げにもなりませんでした。

そのひらめきと着想とは、「妻をkintoneエコシステムの世界に巻き込むチャンス」でした。

先日のブログ(リンク)にも書きましたが、ジョイゾーさんにおける琴絵さんの役割を妻が担ってくれれば、弊社は壁を越えられるはずです。

私には、今まで様々なコミュニティに関わりながら、とうとう報われなかった妻の能力を活かしたいとの思いがありました。もう、黒子として鬱々とする姿は見たくありません。

ちいクラであれば、私よりはるかに高いコミュニケーション能力を活かせるはず。やり遂げて、しかもより成長してくれるはずとの期待がありました。
それに加えてサイボウズさんが協賛するちいクラであれば、妻の活動がすなわち弊社の成長と認知度に直結するとの目論見もありました。

このひらめきを実現させるため、まず妻に働きかけ、説得しました。論破するのは厳禁です。無理強いもしてはなりません。逆ギレして意固地になってしますから。そうせず、ちいクラに興味を持ってもらえるように良き夫を演じつつ。
首尾よく、琴絵さんからサイボウズの永岡さんへ。さらに私を交えて永岡さんとの三者ミーティング(2023/5/23)へ。そこまで行けば、私の役目は一旦終わりです。あとは妻の自走を永岡さんが伴走して下さいます。

妻も上に書いたようなモヤモヤを何年も抱えていたはずです。
参加費や商品代だけとられて、いいように使われるコミュニティ。妻がその当時務めていたタカラヅカ歌劇団のジェンヌさんのファンクラブ代表(付き人)では、無償労働で相当の負担を強いられたばかりか、その活動自体を外に公言できませんでした。

そうした背景があったからか、妻は私の期待以上にちいクラの理念に共感し、やりがいを感じるようになりました。いやあ、めっちゃよかった!

2023/6/8-9の研修を経て、妻にはオーガナイザーとしての同期もできました(お二人とも北海道と千葉から甲府ちいクラの当日に駆けつけてくださいました。感謝!)。
さらに妻は宇治(2023/7/15)や札幌(2023/9/7)でのちいクラにも参加し、着々とちいクラ執行人としてのスキルを貯めていきます。
私は研修や他のちいクラには参加できませんでしたが、妻からの報告を聞いていると、妻は新たに舞い込んできたちいクラオーガナイザーとしての活動に本気で取り組んでいる様子が見え、とてもうれしかったです。
それらは全て、サイボウズ社の永岡さんのメンターコーチとしての導きによるものです。とても私には務まらないと思いました。素晴らしいです。

山梨でちいクラを開いた理由

妻はちいクラオーガナイザーとしてどこで開催したいかを問われ、研修を受ける前から山梨の甲府でやると決めていました。
それと同時に妻の中では、山梨に弊社の拠点を拡張したい。また、住居も山梨に構えたいという希望が芽生えました。目指せ!セカンドライフ!

なぜ山梨でやるのか。縁があったのか。当日も準備段階でも終わった後でも、何人もの方にそのことを聞かれました。
理由は、私と妻が結婚当初から休日に山梨に出かける頻度が多かったからです。私はウイスキーが好き。また滝や山が好き。妻はウイスキーだけでなく、山梨のワインやぶどう、中でも石の街と言う点が個人嗜好にハマっていました。
次のセカンドライフを山梨で選ぶとしても、おそらく東京や神奈川にはお客様も歯科診療所も仕事も残されています。山梨であれば中央線を使っての交通の便が良いです。すぐに東京に帰れる事は必須でした。
先日、リニアの開通時期は延期が決定してしまいましたが、中央道も小仏トンネルの拡幅が控えています。休日の悩みであった帰りの大渋滞もまもなく解消されることでしょう。山梨であれば首都圏にいながらの二拠点生活は可能だと考えました。
それに加えて富士山が噴火した際にも、偏西風の影響で甲府は火山灰の影響を多摩や神奈川に比べて受けにくいということも想定しています。これが私たちが山梨を選んだ理由です。

私による山梨つながり創出への取り組み

それを受け、私も山梨で人脈を作らなければと思いました。
以下の画像は、私が琴絵さんからオーガナイザーの話をいただく少し前、家族で山梨のいちご農園で胃拡張の訓練をしていた中、akaneさんから頂いたメンションから始まったX上のやりとりです。


このやりとりの中にも出ていますが、妻からのkintone Café 山梨やらないの?という問いかけが二ヶ月後の2023/6/3のkintone Café 山梨に結実しました(補足するとすでにakaneさんと小林さんがkintone Café開催の企画を始めていたところに、私が乗っかった感じです)。
kintone Café 山梨 Vol.1に運営参加しました

さらに、kintone Café 山梨からは、山梨県内のkintoneユーザーだけが参加できる「よっちゃばれっ kintone 無尽」というコミュニティが派生しました。(甲府ちいクラ開催までの間にkintone Café 山梨は二回。よっちゃばれっ kintone 無尽は五回実施しました)。
それらの活動は全てakaneさんと小林さんが中心となって活動してくださっています(akaneさんには甲府ちいクラ当日の投票所の仕切りをお願いしました。また、小林さんは、甲府ちいクラ当日にカメラマンとして活動してくださいました。「よっちゃばれっ kintone 無尽」の皆さんには投票所の3箇所をお願いしたり、富士吉田市からのプレゼンターのご紹介もいただきました。みなさん愛してる!)。



他にも私は「よっちゃばれっ kintone 無尽」のご縁から山梨DXエンジンと言う山梨県内の企業向けのDXコミュニティーでkintoneを題材にした登壇も行っています(2024/1/24)。斉藤さん、ありがとうございます。

他にもやまなしワーケーションツアーにも2024/2/28-3/1にかけて参加し、山梨県庁や山梨県内の有力プレーヤーの皆さんと綱がることもできました。

日時と場所決定までのバタバタ

それらが全て相乗効果を生んで、一気に甲府ちいクラまで至った、わけではありません。


実は当初の甲府ちいクラの開催予定日は、2024/6/29ではなく、その半年前の2023/12/2でした。会場は甲府の繁華街にある歴史を感じさせるジャズライブハウス「コットンクラブ」さん。


ジャズライブハウスでちいクラ開催とは、手前味噌ながらユニークな着想でした。
手元の記録によると、初めてこちらを訪れたのは妻とでした。日付は2023/6/23。つまりkintone Café 山梨 Vol.1の当日です。コットンクラブのすぐそばにある澤田屋さんは、くろ玉で知られる菓子の銘店です。澤田屋さんにも今回の準備で足繁く通い、季節ごとの限定玉を食べに来る食いしん坊家族として顔馴染みとなりましたが、この時も澤田屋さんを訪れた後、ランチを食べないか、とふらりと立ち寄りました(スイーツの後にランチを食するあたりが食いしん坊です)。
次にコットンクラブを訪れたのは2023/7/16。多分この日にちいクラの予約をしたはずです。12月2日には、たくさん人を呼ぶからねぇと。

今から思えば、妻も少し勇み足だったのでしょう。結論から言うと、2023/12/2のイベントはちいクラではなく「おいでなって! ビルド山梨」という名前のちいクラプレイベントとして行いました。この時に集まってくださった人数は15名。
そして、この時来てくださった方のほとんどが、甲府ちいクラの当日にも駆けつけてくださいました。

ではなぜ12月2日に甲府ちいクラができなかったのでしょうか。それには複数の理由があります。

一つ目は、妻が当時務めていた宝塚のファンクラブ代表の状況です。
妻は一度引き受けたからには、妻が担当するジェンヌさんの退団まではやり遂げると決めていました。そのジェンヌさんの退団時期が決まらぬままに何年も過ぎていたのですが、ようやく退団日が決まりました。2024年4月上旬。
宝塚の世界を知らない人にはわからない話ですが、ジェンヌさんが退団するにあたってはたくさんの準備が要ります。挨拶用封筒や当日のグッズ、フェアウェルパーティー、etc.。それらの準備は、全て代表の妻の仕事です。無償の。
その影響はあまりにも甚大なので、12月2日のちいクラの準備は不可能という結論が出ました。退団公演の一つ前の公演が夏にあり、その準備で忙殺されます。それも含めて、12月2日にちいクラを実施するのは無理だろうと。

2つ目は、コットンクラブの広さです。各地のちいクラに出るにつれ、妻の中ではコットンクラブでは80人の入場が厳しいかもしれないと思うようになりました。
大人の本気のラジオ体操と言うアイスブレイクのコンテンツがあります。80人がラジオ体操するにはコットンクラブの会場ではちょっと厳しい。他にも投票所の設置や演壇、甲府のゆるキャラの着替え場所は?などなど。


妻が当初の希望通りである山梨県立図書館の申し込みを済ませ、6月29日に開催日時をを決めたたのは、2023/11/3に訪れた際でした。

その時点で12月2日のコットンクラブの予約が完全に宙に浮いてしまいました。が、予約は取り消さず、何かで活かそうと考えました。それが「おいでなって! ビルド山梨」です。
ところが、妻がまったく準備をしている様子が見えません。さすがに十日前に何も準備できていない状況にたまりかね、私が声をかけて登壇者を募り、皆さんにいろいろ喋ってもらう体裁をとりました。
そのため、「おいでなって! ビルド山梨」も何とかイベントとしては最低限成り立ちましたが、ちいクラ本編に向けて、私の中には不安が残りました。このペースでちいクラの準備は大丈夫か?このままいけばまずいかも、という不安が。それとも、タカラヅカが終わればすべてはうまくいくのだろうか、と。結果として私の不安は的中します。
「おいでなって! ビルド山梨」についての詳細は以下の記事に書いています。「おいでなって! ビルド山梨」に運営・参加してきました

妻による山梨つながり創出への取り組み

さて、いかにして全くご縁のない場所で、妻が新たなつながりを作り上げたのかについて書きます。読んでくださっているみなさんも気になることでしょう。
今回、私から見て妻が最もよくやり切ったと思えるのはここです。
今までのちいクラの歴史でも、縁もゆかりもない地域で開催したオーガナイザーはいなかったと聞いています。

山梨県は周囲を山に囲まれた盆地であり、大規模イベントの開催が難しい土地である事は、今回の準備の中でいろんな方から聞きました。30人集められたらイベントとして成功だとも。

上にも書いた通り、私にはkintoneと言う共通言語と武器がありました。
ところが妻にはそれすらありません。
全く知り合いのいない中から、いかにして甲府ちいクラに98人の参加者を呼べるまでに人脈を広げていったのか。

私の方ではkintoneコミュニティを軸に山梨での人脈を増やしていきましたが、それだけでは到底、甲府ちいクラの開催には足りません。


妻が山梨県活性化プロジェクトの54回目の月例会に参加したのは2023/6/21のことです。
今回、共催として甲府ちいクラの当日にも応援メッセージをくださった株式会社Goodwayの藤野さんよりお招きいただいてです。
翌月の55回目の月例会には私も遅れてですが参加しました。
ここでは、大学生や大学を卒業して数年以内の若い人たちが山梨をよりよくしようと取り組んでおられました。この熱気こそがちいクラには必要です。
そして、妻がいくら外からちいクラの主催を言ったとしても、地元に住む人がの賛同を得られないと、イベント自体が成り立たないはずです。妻が熱意を込めて、皆さんにちいクラのプレゼンをし、それがちいクラの成功につながったのではないかと思っています。
もちろん、それまでに妻がちいクラの理念に共感し、研修の成果を頭に叩き込んでおいたことも良かったのでしょう


妻が藤野さんとどのようにして縁をつなぎ、当初はちいクラの理念に若干懐疑的だった藤野さんの心をいかにして動かしたのか。
まず、ちいクラオーガナイザーとして先輩の福井瞳さんから、もと日銀にお勤めされていた山口省蔵さんを紹介いただきました。そして、山口さんから金融関連のつながりで藤野さんを紹介していただきました。
各地のちいクラの参加者や主催者も金融機関の割合が高いです。ところが、妻や私には金融機関への伝手がありませんでした。ここで福井さんからとっかかりをいただいたことが助かりました。ありがとうございました。

ちいくらは、5名のプレゼンターなしでは成り立ちません。藤野さんにお招きいただいた山梨県活性化プロジェクトからは、三名のプレゼンターが妻からの声掛けによって登壇を快諾していただきました。
また、甲府ちいクラ本編では全部で六名の投票所の方に活躍していただきましたが、三名はこの山梨県活性化プロジェクトからのご参加です。感謝です。
4Uというスペースの良さは、妻にとっての山梨県内の拠点となったことです。山梨県活性化プロジェクトが開かれる4Uを拠点に、妻が足掛かりを作っていきました。それがすばらしかった。


そして山梨県活性化プロジェクトの例会は毎月一度、夜の18時半からです。そして終わるのは22時過ぎ。22時をだいぶ過ぎてから、甲府を車で出発し、夜中に町田に到着する。
タカラヅカの代表や歯科医としての勤務の合間を縫って、妻は足しげく山梨に通いました。
山梨の皆さんが妻のやるちいクラに協力しようと思ってくださったのは、そうした妻の一生懸命さに心を打たれたからと、何人もの方から聞きました。
オンライン越しだけのやりとりだけでは決して人の心は動きません。
私が素晴らしいと思ったのは、このリアルでの妻の努力です。これこそが甲府ちいクラの成功の最大の理由だと思います。

福井さん、山口さん、藤野さんにはご縁を繋いでいただき感謝です。

また、妻は甲府で足掛かりを作ろうとまずお馴染みのお店を作りました。
甲州夢小路にあるCafé terroirさん、澤田屋さんです。武田神社も併せて、この3か所はほぼ毎回甲府を訪れるたびに足を延ばしていました。(20号沿いのかつ玄さんが最近の妻のヘビロテです。)

人のサガとして、何度も足を運んでくれる方には心を許します。
そして、何かと便宜を図ってくださいます。
妻もその大切さを知っているからこそ、まずコミュニティとなじみのお店を作ったのです。これは新たな場所でイベントを行う上で大切なことだと思います。

参加表明者を増やさないと!

2023/10/21の時点では、ちいクラの開催時期は延期せざるを得ないと考えていました。
それでも、私と妻で「第4回地域クラウド交流会全国グランプリ in 釧路」に参加しました(2023/10/21)。
参加レポート

私にとっては、ちいクラ本編とは別の全国グランプリは初参加です。
妻もオーガナイザーとしてはちいクラ開催未経験ながら、一緒に大人の本気のラジオ体操のお手本役として壇上に立ちました。




ただ、私にとっては、全国グランプリは普段のちいクラとはやり方が違うと思っていました。
そこで、私も参加者として通常のちいクラに参加するつもりでした。それが第四回千葉地域クラウド交流会です(2024/5/19)。

そこで私は受付やその他の準備も手伝いましたが、主に全体の動きをよく見るようにしていました。
その結果、甲府ちいクラの本番でも準備不足を補うだけの臨機応変な対応ができるかな、という希望を持つことができました。

ところが、肝心の準備は補っても足りないほど、全く進んでいませんでした。
私は5/31〜6/6まで名古屋から西日本に出張に行っていました。そして、戻ってきた時点でやばそうなら、本格的に手伝おうと思っていました。「ビルド山梨」の時と同じ轍を踏むわけにはいきませんから。
6/6に東京に戻ってきた時点で、Facebook上での参加表明者は50数名。しかも、プレゼンターは4名しか決まっていません。
山梨県活性化プロジェクトのご縁で地元のゆるキャラ「とりもっちゃん」の参戦は早い時期からご参加の確約をいただいていたものの、甲府市からの後援は2024/2/9に申請した後、甲府市役所内で妻が通い詰めて仲良くなっていた方が春の人事異動で別部署に異動したことなどもあって、2024/5/21になるまで決まりませんでした。当然、市長のご登壇も断念しました。
山梨県庁には私が掛け合い、後援の申請を直接県庁にまで提出しに行きましたが、ちいクラが公益性に欠けるとの判断でいただけませんでした。

上に書いた通り、ちいクラオーガナイザーには身の毛もよだつ<ドS研修>というものがあるそうです。
妻はタカラヅカの代表の仕事に比べたら<ドS研修>も楽、と楽観視していました。ところが、準備の遅れに加え、デジタル難民ぎりぎりの妻のkintone操作のもたつきが永岡さんをいらだたせたのでしょうか。お叱りを受けてしまいました。「今なら開催も辞められますよ?」という沸点ギリギリの言葉を添えて。
ちいクラは、開催時に最低80名の参加者を集め、しかもその参加者からのアンケート結果で満足度が80%を下回れば、再研修を受ける必要があります。オーガナイザー界隈では「おしおき部屋」と呼ばれる恐怖の再研修が。もちろん、その研修を受けなければ次回以降のちいクラ開催はできません。弊社にとって44万円は決して安くない金額。再研修?なにそれ?です。

妻にも言い分はあって、4/6のタカラヅカの退団公演の後も残務処理が相当あり、しかも疲弊しきっている心身を癒やし、潔斎して禊を済ませるには1カ月半ほどかかりました。
ようやくまともにちいクラの準備に取り掛かれたのは5月末ごろだったのです。でも、そんなものはなんの免罪符にもなりません。やるか、やられるか?

果たして残り3週間で50数名の参加表明者から、確実に80名来てもらうだけの人数に増やせるのか?
また、残り1人のプレゼンターは決められるのか?

タイミングが悪かったのが、2024/6/29は前日から当日に掛けて名古屋でイベントが相次いでいたことです。
CHALLenGERS、CMC_Central、kintone Café 名古屋。
私は5月末に名古屋で参加した「kintone NIGHT NAGOYA」でちいクラを宣伝しましたが、ものの見事に空振りしました。それもバッターボックスで尻もちをつくほどの大空振りです。なぜなら私が宣伝した後で上の諸イベントの告知がなされたから。
そこで、そのイベントに参加するであろう界隈の方々はあきらめ、他のFacebook上の知り合いに声をかけまくりました。当日来れなくなることも見込んでも参加表明をお願いします!と。参加依頼の乱射です。普段あまりFacebookにログインせず、他の方の投稿に反応することもない私の依頼に、どれだけの方がご快諾いただけるか。


その結果、以下のように参加表明者が増えました。
 2024/6/6・・・50前半
 2024/6/7・・・62
 2024/6/9・・・78
 2024/6/18・・・99
その後も徐々に参加表明者は増え、ちいクラ当日の時点では参加表明者は119名に増えました。興味ありは71名に。皆さん本当にありがとうございました。

当日まで参加表明者が倍近くに増えたのには理由があります。一つは、妻がオーガナイザーとしてイベントサイトから定期的に発信を始めたためです。プレゼンターや勉強会の登壇者の紹介なども含め、当日のイベントの予定を徐々に紹介していったから増えたのです。また、当日に大人の本気のラジオ体操のお手本として妻が代表としてついていた大輝真琴さんが来てくださることもアップしました。
これらの発信は、オーガナイザーの運営マニュアルにも書かれているそうですが、大切なことです。

頑張ったラストスパート

ただ、この発信もかなりの綱渡りを強いられました。
というのも、肝心のプレゼンターが5人そろわないと、5人のプレゼンターから一日一人ずつ発信してもらえないからです。それができるのは5人そろってから。
5人そろわないとそもそもイベントが成り立ちません。2024/6/9の昼の時点では、まだ4人のプレゼンターしか決まっていませんでした。

ここで2024/6/9-10にかけ、妻とサイボウズの永岡さんと私で甲府に滞在し、集中的にあいさつ回りをしました。
そして、ここで巻き返すことに成功しました。

特に初日。私たち夫婦は早朝に町田を出発し、武田神社で成功祈願の参拝を。その後、永岡さんと甲府駅で落ちあい行動開始。



この日だけで何件の場所に立ち寄ったか。
Starbucks/山梨県立図書館/Cross Be/生涯学習推進センター/ファミリーマート/澤田屋 本店/印傳屋/山梨県ボランティアセンター/丸十山梨製パン 本店/Chami Sandwich/九十九/Cafe&Dining Cu-Suke/ワインズ 新富屋/甲府市観光案内所/café terroir/葡萄屋kofu 甲州夢小路店/WOODSHED
これらのお店のすべてでチラシを置かせてもらうようにお願いし、一軒一軒でちいクラの説明をしていきます。
妻も必死ですが、永岡さんも全て付き添ってくださっていました。まさにメンターコーチとしてこうあるべき鑑です。
そして私はそんな二人をパパラッチしていました。まさに足を棒にして歩くとはこの日のお二人のことでしょう。

そして、最後に訪れたWOODSHEDにおいて、この日のクライマックスが待っていました。

実はこの日の朝、甲府までの中央道の車内で、私から提案しました。甲府経済新聞にアポ取ったほうがいいよって。
甲府経済新聞が入っているWOODSHEDは、よっちゃばれっ kintone 無尽で2回ほど訪れたことがあります。そして雰囲気がよかったので、妻も連れてきていました(2023/9/24)。その後、まさか甲府経済新聞が立ち上がり、しかもWOODSHEDを拠点にされるとは想像もしていませんでした。
甲府経済新聞さんとは夕方に訪問するアポが取れました。私の中ではひょっとしたら甲府経済新聞さんにはちいクラの取材や5人目のプレゼンターのご紹介もお願いできるかもしれないと思って妻に提案しました。
そんな思いで最後に訪れたWOODSHED。この時、紹介ではなく、甲府経済新聞さんご自身にプレゼンターとして登壇してもらえないかとの妻と永岡さんからの熱いお願いが通じ、5人目をご快諾いただきました。
この瞬間、ようやく甲府ちいクラが開催できることが確定しました。

それだけではありません。ここでは、もう一つ妻にとって運命的な出会いがありました。

妻は毎回、甲府に来るたびに武田神社に参拝に行っていました。そして何度目かの参拝の中で、富士山をかたどり、20個限定のCrossfor NewYorkとコラボした目標達成お守り(10,000円)を購入していました。そして、WOODSHEDに訪れた時、襟元にそれをつけていました。たまたま。

すると、後からやってきた親子連れとお話をする中で、そのお子さんが妻が襟元につけていたそのお守りを見つけました。
なんと、そのお守りはそのお子さんが武田神社に奉納したものだったのです。キリマンジャロに登頂した記念に。
そのお子さんはあちこちの山を登るすごい人でした。伴野嶺さん。日本の山だけではなく、キリマンジャロまで登ってしまうような。そして、そのお守りこそ、キリマンジャロに登った記念で奉納したものだったそうなのです。
なんと言うご縁。嶺さんには甲府ちいクラの「応援し隊」に参加してもらいました。本番で、嶺さんからの1分間の発表でキリマンジャロを登頂したと話をした時の皆さんからの反響と言ったら!

それにしても、土壇場になってなんという引きの強さか。この時の訪問によって、甲府経済新聞さんからはちいクラ紹介の取材も行っていただき、その記事がアップされたことで参加予定者の人数がさらに増えました。

Yahoo!ニュースの記事
甲府経済新聞の記事

翌日の6/10にも夫婦でいろんなお店を回り、甲府市役所や山梨県庁にもあいさつ回りをしました。



最大の危機を乗り越えられたので、残りは準備だけです。初めてのちいクラ開催なので、当日使用するさまざまの切り物・貼り物・ラミネート加工が必要です。SNSの発信や当日投票で使用するkintoneの準備や招待。それ以外にもスタッフが動くためのタイムラインの作成や、オーガナイザーが進行するためのトークスクリプトの作成、それらのすべてを永岡さんにチェックしてもらう時間。ほんとうにたくさんの準備が必要でした。そんな合間には妻がスタッフが着用するTシャツのデザインから発注を山梨県活性化プロジェクトの皆さんと決めて行うなど。

さらには、当日投影するスライドの資料は前々日から作り始め、当日に間に合わせました。
また、当日の投票で使用するkintoneは、アプリの構成としてはシンプルなので、当日教えれば間に合うと判断し、ゲストスペースへの招待だけ、10日ほど前から行いました。

この状態で、前日を迎えました。あとはもう、当日に乗り切るのみ。

さて、これが地域クラウド交流会の準備のあらましです。

これからちいクラのオーガナイザーになろうと言う方にも、そして、これから新たな地域でコミュニティーを立ち上げたいと言う方にも、この記事が役に立てば幸いです。


地域クラウド交流会 in 甲府を開催します



第1回 甲府 地域クラウド交流会
つながる。広がる。うまれる。
~起業家の応援を通じて地域活性化~
甲州”初”開催!

顔の見えるビジネスマッチングの機会と、山梨で起業する起業家の方をクラウドシステムを使い応援する交流会型のイベントです。

【日時】2024年6月29日(土) 15:00~18:00 (開場14:45)
【会場】山梨県立図書館1Fイベントスペース(東)
  〒400-0024 山梨県甲府市北口2丁目8番1号
  電話:055-255-1040
  https://www.lib.pref.yamanashi.jp/sp.html
【会費】1,000円 ※事前お申し込み不要
(但し人数把握のためFacebookのイベントページへの参加表明を頂けますと幸いです)
【定員】100名

【内容】
■15:00-クラウド勉強会(勉強会のみの参加は無料)
 講師:サイボウズ株式会社 執行役員 ソーシャルデザインラボ 所長 中村龍太氏
■16:00ー 地域クラウド交流会(参加費:1,000円)
 ・アイスブレイク「大人の本気の」ラジオ体操第1
 ・起業家プレゼン+クラウド交流タイム+応援投票
 ・「応援し隊」のご紹介・PR
 ・応援投票結果発表、賞品授与式など
■18:00ー アフター交流会(自由開催・自由参加※会費別)
※その日出会って意気投合したメンバーと甲府の街へ繰り出しましょう!

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起業家、起業を目指す方、起業家を応援したい方、地域を活性化させたい方など、老若男女、お子様連れもOK!どなたでもお気軽にご参加を頂けます。甲府で初の試みです、あなたもぜひ参加してみませんか。
【問合せ先】合同会社アクアビット
 担当:長井 あづさ
 TEL:090-5816-7077
【主催】合同会社アクアビット
【共催】株式会社Good Way
【後援】(調整中)
【協力】(調整中)
【協賛】サイボウズ株式会社 
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※ご注意
過度な営業・セールスや特定の政治・宗教活動の勧誘を目的とした方のご参加はお断りさせて頂きます。参加者よりクレーム等があった場合はご参加をお断りさせていただく場合がございますのでご了承願います。
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*地域クラウド交流会は、サイボウズ株式会社の登録商標です。
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全国の「地域クラウド交流会」の情報はコチラから!
https://chiiki-cloud.qloba.com/


おいでなって! ビルド山梨に運営・参加してきました



2023/12/2に甲府において『おいでなって! ビルド山梨』というイベントを開催しました。
運営メンバーは、私(代表)、妻(役員)、そして長女(総務・経理担当)でした。
告知ページ

1.総括


このイベントは弊社が催しました。企画から会場確保、さらに告知や当日の進行まで。
すべてが弊社の責任の下にありました。

『ビルド山梨』の開催目的は、最低限の目標を達成できたと考えています。
むしろ、10日前までほとんど動いていなかったことを考えると、上出来だったと思います。

ところが、うちの家族の中でこのイベントの総括が全くできていません。私もnoteでもブログでもこの総括は妻に任せようと思い、何も書かずにいました。
ところが、妻はFacebookに投稿した内容で満足し、総括は終わったと考えている節があります。あれでは総括になっていません。それはよくないので、本稿としてアップします。

『ビルド山梨』の開催目的とは、2024年6月29日に予定している地域クラウド交流会(ちいクラ)のキックオフです。

そもそも、この12月2日こそが、本来のちいクラの開催予定日でした。ところが妻の判断で延期し、新たに山梨県立図書館で予約し直しました。
ちいクラの参加予定人数から考えると、この日の会場であるコットンクラブさんがではキャパシティが足りないこと。そもそも妻のスケジュールから、12月開催が厳しいこと。

せっかく予約を取って押さえていたコットンクラブさんの場を活かすため、初めはkintone Café 山梨の開催も検討しました。
kintone Café 山梨は時期尚早という判断が運営メンバーの皆さんとの打ち合わせでなされました。であるなら、弊社主催でイベントを開催し、そこにちいクラに関わってほしいと思う方々に集ってもらい、交流を深めよう。それが今回の目的でした

前の日に突貫で資料を作り、当日、それを見事に説明しきったこと。
次のちいクラに向け必要となる方に来ていただき、その方々にきちんと説明ができたこと。今後の主要なメンバーの交流が図れ、信頼感も向上できたこと。
本当に上々な出来だったと思います。

が、ここでダメ出しをしておく必要があります。まず、上のような上出来の結果になったのは、妻の個の能力があったこと。参加者の皆さんの登壇協力とプレゼン能力があったことです。
これがなかったらかなりグダグダだったはず。ちいクラ山梨の開催にも悪影響を及ぼしかねないところでした。

2.悪かった点

最大の欠点は10日前まで事前の準備が全くできていなかったことです。

『ビルド山梨』は弊社で催したイベントなので、最終的な責任は代表である私にあります。
が、イベントの仕切りは全部妻に任せようと思ってました。なにしろ、ちいクラのオーガナイザーは妻ですから。

ところが11月になっても妻は動く気配がありません。たまりかねた私は、11月19日に家族で山梨の八ヶ岳に行く車中でその話を振りました。ところが芳しい反応がありません。娘たちとの話に興じている妻。おそらく、開催のイメージがつかめず、どうしたら良いかわからないので、イベント開催から逃避しているようにすら見えました。

これはまずい、このままでは間違いなく12月2日のイベントは失敗すると思いました。
そのため、その日から翌日にかけ、私から皆さんに登壇依頼を送りました。そして、相談内容をまとめ、当日のタイムスケジュールの素案も私の方で考えました。
信じられないことに開催の12日前まで誰になんの話をしてもらうのか、イベントの内容も含めて何も決まってなかったんです。


妻の個人的な能力はさすがです。前日から夜中までかけてちいクラの説明資料を突貫で作りました。そして、当日も見事にそれを話し、演じ切りました。参加された皆さんからも妻の話す能力の高さに印象を持ってもらえたと思います。

が、ちいクラは個人能力を出す場ではありません。全員で作り上げていくイベントのはずです。今回のやり方だと、当日に手伝ってくれるスタッフが準備不足で臨み、右往左往することになるのは必至。まず間違いなくやばいことになるでしょう。ここは猛省を促したい。

3.当日の様子

さて、当日の様子です。
私が登壇をお願いした方々の出番も含め、妻には開催の前日にスケジュールを再調整してもらいました。

会場のコットンクラブは80人は入れるキャバだったので、集まった15人は少し寂しい気もしましたが、それでもキーとなる皆さんが集って下さったと思います。
本当に皆さんには感謝です。


まずは妻から開催開始のご挨拶。


そして続いて藤野さんに一言ご挨拶をその場でお願いしました。
妻がちいクラ山梨を開催するにあたり、藤野さんと出会ったことから山梨での人脈つくりがスタートしました。藤野さんにはいろんな方を紹介してくださり、感謝しています。今後もちいクラ山梨には関わっていただきたいと願っています。

続いて会場にいらっしゃる方々に自己紹介をお願いしました。座っている場所の順番に。
山梨の大企業で活躍されている方、kintone Café 山梨の主催者、山梨の自治体にお勤めの方、サイボウズ社の社員、山梨に移住し起業されている方、山梨中央銀行に勤めつつ、地元の若手支援や山梨経済活性化をしている方、山梨に移住と会社移転を検討している方。山梨のこれからを担っていただく志のある方々です。


そして、妻によるちいクラの説明。
上にも書きましたが、話すことについては妻はさすがです。資料も前日に突貫で作ったにしては起承転結も備わっていました。


皆さんにもちいクラが何か、については伝わったのではないかと思います。
できる限り地域(山梨)の経済を回し、しかもそれを新たに起業したい、または起業して間もない方や企業が発展するための仕組み。
決して一企業(アクアビット)の利益のためではないもの。
妻からはなぜ町田に住むのに山梨で開催しようと思ったかについても話してもらいました。


続いて代表の私からは、kintone Café 山梨の開催から、よっちゃばれっ kintone 無尽の紹介に至るまで、この半年の山梨とkintoneコミュニティのかかわりを話しました。
ちいクラは主催は地域のオーガナイザー、つまり妻や弊社が主催するのイベントです。が、サイボウズ社がちいクラの仕組みを立ち上げ、協賛としても参加してくださっています。

そのkintoneのエコシステムについては会場に来られた方にも説明しておく必要があります。またどの程度山梨で活動を拡げているかについても。
ここで私からkintone Café 山梨の主催者であるあかねさんにバトンたっち。よっちゃばれっ kintone 無尽を立ちあげておられるあかねさんからそのあたりについて補足してもらいました。
続いて同じく主催者の小林さんにも。
お二人のお話から、山梨にkintoneエコシステムを拡げたい思いは伝わったのではないかと思います。あかねさん、小林さんありがとうございました。


続いては富士吉田市の小俣さんから「Cybozu Daysに登壇して」というタイトルで話していただきました。

私から登壇を依頼した狙いは、サイボウズさんの活動を知ってもらうことです。それにはそこに登壇した方に話してもらうのが一番。
皆さんにサイボウズ社が何をしている会社なのか、さらに情報を持ってもらえたのではないかと思います。

そして小俣さん自身が学んだ
アウトプットの大切さ
コミュニティの大切さ
は、ちいクラ山梨にも通ずる点があります。

小俣さんからは富士吉田市で行われる布の芸術祭のチケットを皆さんにご提供いただきました。私は残念ながらいかれませんでしたが、小俣さんありがとうございました。


続いては、富士吉田市に移住された西見さんから「山梨に移住してみて」というタイトルで語っていただきました。
夏の真鶴でのkintone Café 神奈川で初めてお会いしてから、Cybozu Days 2023の弊社ブースの懇親会にも来ていただいたり、他のkintone技術者コミュニティでもご一緒するなど、ご縁が深まっています。

私から登壇を依頼した狙いは、山梨の地域を活性化することがちいクラ山梨のミッションなら、外から流入する経済効果も考えておかねばなりません。それには実際に山梨に移住した方にその体験を話していただくのが一番です。実は弊社も我が家も山梨移住に向けて準備を進めています。
我が家の場合、甲府を念頭に置いていたのですが、西見さんには完全にロックオンされてしまいました。西見さんからはネタも交えて富士吉田への移住を何度も話中でいじっていただきました。甲府市役所の方もいる前というのに(笑)。
でも、西見さんの思いもわかるほど、富士吉田が住みよい場所だということは伝わってきました。本当に検討しています。実はこのイベントの二週間ほど後に実際に富士吉田に泊まりました。西見さんありがとうございました。


続いては、山口さんから。「外から見た山梨」というタイトルで語っていただきました。
山口さんと初めてお会いしたのも夏の真鶴のkintone Café 神奈川です。そこではワールドカフェのファシリテーターを務めていただきました。
その後、山口さんが山梨中央銀行にお招きされ、山梨でも何度も講師として招かれていることを知り、ぜひ外からの視点を話していただこうと思ったのでした。藤野さんともそこですでに知己であることも知っていたので、ここで話してもらうにふさわしいと。

ところが、私が想像する以上に山口さんは山梨にご縁がある方でした。藤野さんだけでなく、来ていただいていた甲府市役所のお二方ともすでに知己であったとは。
それもそのはず。山口さんは甲府市役所やCROSS BEでも講師を務められたとか。ほかにもさまざまな甲府の企業での研修ファシリテーターの経験をお持ちでした。私の期待以上に山口さんを今回お招きしたことがはまったことがとてもうれしかったです。

山梨の印象を「せまっ!」と一言でまとめ、その真意を「関係人口が多くてせまい → 「それ、やってみよう!」がたくさん生まれる」と覆して見せたあたりはさすが!

4.まとめと今後の交流


というわけで、無事にイベントも終わりました。ここで集合写真を一枚。

続いての、懇親会ですが、実は全く予定を決めていませんでした。
が、コットンクラブさんについてから急遽お店の方とお話をし、参加希望者を募ってある程度人数が集まるようでしたら、お店で簡単な懇親会の開催をお願いできないか聞いてみました。
すると、ご快諾していただいたので、皆さんに募ってみたところ、上の集合写真に登場した方は全員問題ないとのこと。

そこで13人で楽しくお話しさせていただきました。

コットンクラブさんには本当に急なお願いに対応していただき感謝です。素晴らしい音響と設備など、キックオフには十分すぎるほどの会場でした。
またライブでもお伺いさせていただきたいと考えています。

結果として、『おいでなって! ビルド山梨』は甲府市役所からこられたお二方が途中でご用事があるとのことで集合写真には写っていませんが、遅れてこられた方も含めて15名で楽しくやれました。

本日来られた皆さんは、ちいクラに何らかの形で関わっていただければと願っています。

そして、妻も4月の上旬が過ぎれば、縛られていたものから自由になるはずです。おそらく、ちいクラの準備にもまい進できることでしょう。
そうすれば、今回のように直前まで準備を全くやらない、といった状態からは改善されるはず。

そうすれば、きっとちいクラ山梨は成功するはずです。今日、妻が話している姿とそれを聞き入る皆さんの姿からそれを確信しました。

この先、kintone Café 山梨やよっちゃばれっ kintone 無尽などのイベントが予定されています。そして2024年6月29日は山梨県立図書館の1階交流スペースで地域クラウド交流会 in 山梨を開催予定です。
さっそくこのコットンクラブでのご縁をきっかけに次の展開につながったといううれしいお知らせもいただいております。この勢いで今後ともよろしくお願いいたします。


輝け!!第4回地域クラウド交流会全国グランプリ in 釧路に参加してきました


前夜祭の楽しさから一夜明け、本日はいよいよちいクラの全国大会です。
オーガナイザーは9時に集合という指示を受け、私も妻と共に9時前に会場に入りました。

私は立場上、9時に入る義務はありません。
とはいえ、弊社も甲府で開催する予定のちいクラ山梨を企画運営します。
もちろん、ちいクラ山梨の運営は妻の役割です。しかし、私も当日はサポートをする必要があると予想しています。
それもあって、雰囲気や準備などを見ておかねばと思いました。


釧路市観光国際交流センターは、いつも釧路を訪れる際に必ず立ち寄るMOOフィッシャーマンズワーフのすぐそばにあります。
広い会場では設営がほぼ終わり、次々とマルシェの店舗を出す方々がお店の飾り付けや設営準備に勤しんでいました。妻もオーガナイザーの一員として朝礼に出席し、朝礼の後もそれぞれの役割を果たして行きます。

私自身も、この日の夕方、ちいクラ全国大会が終わった直後に、別のイベントでオンラインでLT登壇する予定がありました。そのため、どの場所であれば接続ができるか、どの場所であれば音声がクリアになるのかを把握する必要がありました。そこで会場の中だけでなく、建物の外も歩きまわりながら、ロケーションハンティングに勤しんでいました。

場所のめどがつき、作業していたところに妻からの連絡があったので、会場に戻りました。

すると、妻はマルシェでお店番の役割を与えられていました。そして、何やら楽しそうにお店の店番をしていました。マリモデザインファクトリーさんのショップです。

こちらでは、オーガニックな素材や鮭が美味しく食べられるお皿などユニークな商品が展示されています。同じオーガナイザー仲間として妻とも仲良くしてくださっていると言うことで、私もいろいろなご縁を結ばさせていただきました。

他のショップもいくつか覗かせていただきました。

中でもCLS道東で私に日本酒と山椒のコラボレーションを教えてくださった佐藤さんのブースでは変わり種日本酒もいただきました。
さすがにこの日は夕方に登壇の予定があったので一杯だけにしましたが。


他にも会場にkintoneがいたことも書いておかないと。サイボウズ災害支援プログラムです。
サイボウズ災害支援プログラムサイト

ここ数年の日本は、明らかに災害が増えています。そうした災害の際にkintoneなどのツールを活用し、ボランティアの受け入れや指示、災害場所の迅速な把握などに使ってもらう取り組みです。

私もkintone Café 神奈川でスタッフがサイボウズ災害支援プログラムについて話しているのを聞いていました。そのため、内容についてはおおよそは知っていましたが、きちんと聞くのは今回が初めて。代表の柴田さんとも初めてきちんとご挨拶ができましたし、驚いたのはあっとクリエーションの黒木さんまでが釧路に駆けつけてくださっていたことです。だいぶ前に黒木さんとは、神戸でお会いしたことがありますが、まさか、こういう出会いに恵まれるのも、このちいクラの良さでしょうね。
そうしているうちにいよいよ本編のプログラムが始まりました。


まずは地元の釧路鳥取傘踊り保存会による傘踊りの演舞披露から始まりました。
私は釧路に鳥取という地名があることを知っていましたし、それが鳥取からの開拓者にちなんでいることも推測していましたが、この傘踊りについては知りませんでした。
開拓の志に燃えた当時の人々の思いを、今もこうやって受け継いていることは素晴らしい。


続いて、サイボウズの青野社長による講演です。
私は初めて大塚商会のセミナーで青野社長の講演を聞いてから、今までに何度も青野社長の講演は聞いてきました。ただ、地域をテーマにした講演は聞いた記憶がありません。

東京などの大都市と地方の格差は埋まるどころかますます開いています。
衰えていく一方の地方を活性化するにはどうするか。その地の産業の力を育てるしかない。
ただ、わが国の場合、地方どころか都市にすらIT人材が枯渇しており、諸外国に比べてもIT技術者の割合が少ない状況にあります。

kintoneのようなローコードツールを使えば、地方にもITの力を導入できるはず。

ちいクラの開始にあたっての思いも含め、あらためてサイボウズさんの理念は一貫していると思いました。

そして、最前列で青野社長の講演を聞いていた妻にもその理念は伝わったはず。
なぜ私が地方に肩入れするのか、という理由も含めて。


続いてはちいクラの本編がスタートです。
ちいクラといえばアイスブレイクに必ず設けられている大人の本気のラジオ体操。
会場に集った皆さんにラジオ体操の手本を示すため、壇上に五人のオーガナイザーが現れます。
ん?その中に見知った顔が。なんとうちの妻が混じっているではありませんか!

まだ一度もちいクラを開催していないにもかかわらず、いきなりオーガナイザーデビューを果たしてしまった妻。
まずはおめでとうです。

そしていつもの音楽に乗って体を動かす皆さん。ところが私はラジオ体操が久しぶりすぎて、周りの人と右左を逆に踊っていました。
あれ?さては壇上の妻を見つめすぎたかな?

さて、いよいよ本編が始まります。
ここからは全国各地の地域クラウド交流会で選ばれた方々が、それぞれの思いを発表する場です。
プレゼンターご本人と一緒に登壇するのは各地のオーガナイザーの皆さん。

さすがというべきか、皆さんの思いがそれぞれ熱い。
特筆すべきは、ほとんどのプレゼンターの方が個人の思いだけで登壇までされていることです。
何かの企業の後ろ盾や組織ぐるみでの登壇ではなく、個人の思いだけで発表までしてしまうこの熱量。

同じ時刻、はるか高知ではCLS高知が催されています。
そちらではさまざまなコミュニティのあり方や運営が議論されているはず。既存のコミュニティも含めて、多くは他の企業に所属されている方が運営しています。
その一方、ちいクラでは個人の方がそれぞれの思いを聴衆に問い、支援を求めています。

いうまでもなく、どちらにも優劣は付けられません。
ただ、ちいクラは個人の思いがダイレクトに表出されるので、私たちの感情に響くかもしれません。

実際、皆さんのプレゼンによって私も感情を揺り動かされました。
cocoスペースの今野さんの壇上で感情をあふれさせる姿。前夜祭でもお隣で話させてもらった釧路の秋田さんの苦しみを乗り越えた姿。秋田さんは見事に優勝しました。おめでとうございます。
甲賀で馬と人の居場所に取り組む稲増さんの内容には興味を持ちましたし、仙台で高校生向けのオンライン学習サービスを立ち上げた佐々木さんの取り組みはこれからのわが国に直結するはずです。
豊岡の守本さんの取り組みは同じ地元としてとても共感し、社会的処方という言葉も教わりました。豊岡の久保さんは懇親会でお話し、同じ阪神間にご縁があることと、私の次女のキャリア形成に参考になりそうな取り組みをされているのでとても共感しました。
郡山の相樂さんの助産師としての取り組みは、まさにこれから少子化と戦っていかなければならない希望そのものです。


さて、続いては、これまた地元釧路の昭和小学校の金管バンドによる演奏です。
これがまた、とても上手かった!
私の次女も中学校の頃、吹奏楽部でユーフォニアムを担当していたので、私も何度も演奏会を聴きに行きました。
なので、最初は小学生の演奏ということが信じられませんでした。お見事!


続いては、オーガナイザーの四宮琴絵さんによるファシリテーションのもと、サイボウズの青野社長、蝦名釧路市長、漫画家の最上うみみさんによるトークセッション。
なかなか意表を突く人選ですが、これが面白かったし、参考になりました。
青野社長は著書や講演、サイボウズさんの社風として私もなじんでいます。そして、蝦名市長は毎回CLS道東に必ず顔を出してくださるばかりか、懇親会にも登場し、私も何度かお話しさせていただいた方。その政治家らしからぬフランクでオープンな人当たりに好感を持っていました。そこに最上さんのアーチストとしての感性が入ることで、セッションの内容が予測できなくなりました。
まさにセッションの中に登場した通り、掛け算が生み出す予想できない変化が期待できそうです。アドベンチャーと地域の力と漫画が何かを生み出せるのではないか。そんな期待を持たせてくれるセッションでした。

私はまだ、ファシリテーターを行った経験はあまりありません。未経験者からの意見からではありますが、見事なコラボレーションを生み出した琴絵さんのファシリテーションには感心しました。春先のCLS高知でもかすがい製菓の原さんのファシリテーションに感心した時と同じ感覚です。
いつかは私や妻もこういう場でもファシリテーターとしてトークセッションを切り回せるようにならないと、と思わされました。


さて、これをもってちいクラ全国大会も終了です。
そして皆さんで集合写真の撮影。
この時の私の心は少し焦っていました。なぜならこの後、SORACOM UG ExplorerのLT登壇が控えていたからです。朝の時点で登壇する場所のめどはつけておいたので、接続や音声障害の懸念はなかったのですが、そもそも時間に間に合わなかったらどうしよう。

結論からいうと、登壇は無事に終わりました。登壇については別ブログで取り上げたいと思います。

さて、会場を移動し、946BANYAでの懇親会です。
この懇親会もとても楽しい時間を過ごすことができました。
いちいち皆さんとの会話は繰り返しません。

例えば、
サイボウズのソーシャルデザインラボの皆さんと会話ができました。
但馬信金の皆さんとも会話ができました。
蝦名釧路市長とは結構長い時間お話をさせていただきました。前後半の二部制に分かれ、後半は妻も交えて。
5月のkintone hive sendaiのアフターhiveの場で一緒に業務改善のワークショップに取り組んだ宮城第一信金の皆さんからは先方から気づいてお声がけいただきました。
久保さんとは同じ阪神間にご縁があったことで盛り上がりました。
札幌と和歌山を結ぶ活動をされているさとうさんともご縁がつながりました。ほかにも皆さんとの貴重な時間がとてもうれしかったです。

最後の挨拶でジョイゾーの小渡さんが男泣きを見せる姿に私ももらい泣きしてしまいました。地域のご縁から採用につながり、しかも今や八面六臂の活躍をなされている小渡さんと、小渡さんに活躍の場を与えられたジョイゾーさんにうらやましさを感じると同時に、弊社も同じような方に入ってもらうようにならなければ、という決意が沸きました。

妻もまた、皆さんとの交流のパイプを太くしていたようです。
そこで、その後の二次会は妻と私は別々の行動をしました。
私は、デジラポを見学させてもらえるというので、そちらの皆さんと行動を共にし、妻はオーガナイザー仲間と釧路の夜に繰り出しました。


デジラポは釧路市役所の目の前のビルに位置しています。
ここがすごい内容でした。コワーキングスペースとしての機能はもちろんですが、子供が情報技術に興味を持ってもらえるような設備が充実しています。
ロボット、IoT、メタバース、3Dプリンター、カッティングマシーン、ドローン。なんとこれらのツールがたくさん使えるとのこと。
まさに技術者にとっては垂涎の場所。釧路に高専があることは上にも書きましたが、釧路はジョイゾーさんの拠点でもあるし、今後はデジタルの街として名をはせるかもしれません。
デジラポサイト

さて、ここで三々五々、散会した私たち。
私もせっかくなので、ここ1年半で釧路を三回訪れていながら、まだいけていなかった場所を巡りました。
モシリヤチャシ跡と、Whisky Bar 高森さんです。
うーん、厚岸おいしかった!!! 見事に釧路の夜が締まりました。

本日も皆さん、ありがとうございました!

翌日もちいクラツーリズムで釧路湿原、鶴居村、摩周湖、硫黄山を巡りましたが、それはいずれ別ブログで取り上げたいと思います。