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相撲の歴史


2016年ごろから両国に行く機会が増えた。仕事では十数回。プライベートでも数回。そのうち、プライベートで訪れた一回には相撲博物館も訪れた。

2018年になってからは、伊勢ヶ濱部屋とのご縁もいただくようになった。ちゃんこ会にお呼ばれし、初場所の打ち上げ会にもお招きいただいた。

私の中で相撲とのご縁が増してきたこともあり、相撲そのものをより知ってみたいと思った。それが本書を手に取った理由だ。

今までの私は正直なところ、相撲にはあまり興味を持っていなかった。私がスポーツをよく観ていた小学生の頃は、千代の富士関が全盛期。スポーツニュースでも大相撲の取り組みがかならず放映されていた。小学生の頃から野球史には興味津々だった私なのに、なぜ相撲にはあまり興味を持てずにいたのか。わからない。

だが、年齢を重ねてくるにつれ、日本文化の深層や成り立ちに興味が湧いてきた。それはつまり、民俗学への興味にもつながる。友人たちと何度もミシャクヂや神社巡りをし、今の私たちの生活に民俗学や、日本の歴史が根付いているのを知るにつけ、民俗学が日常のあれこれに痕跡を残していることがわかる。なので民俗学も深く学びたいと思うようになってきた。

本書を読んで知ったこと。それは相撲が成り立ちの時点から日本の民俗学と深くつながっていることだ。両国の辺りを歩けば野見宿禰神社が目に入る。境内には二基の顕彰碑が立っている。顕彰碑には歴代の横綱の名が刻まれており、歴史を感じる。その神社にも名を残す野見宿禰とは、当麻蹴速との相撲対決で今に名を残す人物だ。私は本書を読むまで、相撲の由来についての知識はそれぐらいしか持っていなかった。

本書ではより深い観点で相撲が語られる。そもそも「スモウ」は「すまう」からきていること。それは格闘技の総称であることなど。各国の相撲をモンゴル相撲(ボフ)、韓国相撲(シルム)、セネガル相撲(ブレ)と呼ぶのは、それらが格闘技という共通のフォーマットで認識しているためだ。相撲とは特殊な格闘技を指すのではなく、格闘技のそのものを指す。我が国のいわゆる相撲は、我が国で発展した格闘技に過ぎないのだ。「序章 相撲の起源」で語られる内容がすでに知識と発見に満ちている。

また、序章では日本書紀のあちこちに相撲が登場していることも教えてくれる。例えば、アマテラスがスサノオの乱暴に悲しみ天岩戸に閉じこもった挿話はよく知られている。アマテラスを外に出すため、天岩戸の外でアメノウズメが舞い踊り、それに興味を持ったアマテラスがほんの少し戸を開けて様子を見る。そのすき間を逃さず広げたのはタヂカラヲ。彼は剛力の者だ。国譲り神話の中でタケミナカタとタケミカヅチの戦いにも相撲が登場する。彼らは一対一で力比べをするが、この争いの形こそ相撲の原型だ。この戦いに敗れたタケミナカタが諏訪に逃げ、そこで諏訪大社の祭神となったことはよく知られている。もう一つは先にも書いた野見宿禰と当麻蹴速の争いだ。私は今まで神々たちの争いを漠然とした争いや野の決闘のような物と捉えていた。しかしその争いこそが相撲の源流に他ならないのだ。だからこそ今も相撲のあちこちに、現代日本にない古代文化の痕跡が残っているのだ。

もちろんその装いやしきたりの全てが神話の時代に定まったわけはない。それぞれの時代に採られたしきたりを後の世の人が取捨選択して伝えてきたのが現代の相撲なのだから。

続いての第一章は「神事と相撲」と題して、相撲が民衆の生活にどう取り入れられたかが詳述されている。当時は今とは比べものにならないほど、農耕が生活に直接結びついていた。そして祭りやしきたりが今とは比べ物にならないほど日常で重んじられていた。それは、季節のめぐりが農作物の出来を深刻に左右していたからだ。そしてしきたりや祭りの主役として、神事や奉納物の一つとして相撲が発展する。本章では、なぜ俳句の季語で「相撲」が秋に設定されているかについても教えてくれる。そこには相撲と七夕の密なつながりがあり、七夕は秋に属するから。本章だけでも得られる知識が多すぎて満足。だがまだ第一章に過ぎないのだ。

第二章は「相撲節」と題し、八世紀から十二世紀まで朝廷の年中行事だった相撲節を採り上げる。著者はこの相撲節が今の相撲の様式に大きな影響を与えた事を指摘する。私は本書を読むまで相撲節の存在すら知らなかった。服属儀礼と農耕儀礼の2つの性格を持つという相撲節。本章は相撲節の内容を詳しく紹介しつつ、服属儀礼としての相撲に着目する。それによると、相撲節の起源には、大和朝廷の創成期にあった隼人族との争いで隼人族を服属させたことの象徴、つまり「地方の服属種族による相撲奉仕と、王族臣下による行事奉仕という、二重の奉仕関係があらわされている」(90P)という。

また、相撲節で相撲を披露する当時の様子が紹介される中で、相撲人がどのように専門化されたかについても語る。専門化されていく中で、相撲自体が力比べから技芸の1つへと次第に様式化していった様子が本書からうかがえる。儀式としての戦いだけでなく、鑑賞の対象へ。相撲節が今の相撲に与えた影響の大きさ。本章で初めて知った知識であり、本書でも肝となる部分だと思う。

そんな相撲人が徐々に専門化されるまでに至る経緯を描いたのが第三章「祭礼と相撲」。本章では、京の都に呼び集められた相撲人が、地方に帰らず京都で相撲を芸として糧を得ていく姿が描かれる。寺社や村落で開かれる祭礼で相撲人は奉納相撲を披露し、それによって相撲節が廃れてしまっても相撲人が生計を立てていける道筋ができた。

第四章の「武家と相撲」では、鎌倉、室町、安土桃山の各時代を通して、相撲人が武家に抱えられ、剛力と武芸で活躍する様子が描かれる。特に権力者、源頼朝や織田信長、豊臣秀吉といった武士たちが相撲を好んだ事は象徴的だ。相撲という格闘技を好み、なおかつ、武士自身は相撲を取らずに専門の相撲人を抱えた事実。それは高度に組織化されつつあった武家社会のあり方として印象に残る。そして、相撲人だけが抱えられた存在であったことこそ、なぜ相撲だけが柔道、剣道、弓道などと違って、職業化や興行化が進んだのかの答えとなる。その事情について著者は細かく考察を加える。

第五章「職業相撲の萌芽」は、職としての相撲人の成立を勧進相撲の成立に絡めて描く。他の分野の芸能でも興行による発展が見られた中世だが、相撲も当初は寺社の費用調達のための勧進相撲から始まったという。さらに、興行形態や行司の成立など、さまざまな点で相撲が今の私たちが知る相撲に近づいていく。

第六章では「三都相撲集団の成立」と題し、江戸、京都、大坂の三都の相撲興行の盛衰を取り上げる。なぜ三都で盛んになったのか。その理由は戦国が終わり、徳川幕府による統一がなされたことがある大きい。統治と治安維持が為政者にとって重要な仕事になる中、民衆のはけ口の1つとして相撲が利用されるようになった。そしてそれは公許相撲の成立にもつながった。ここまでくると、もはや一時の稼業として相撲に取り組むのではなく、生涯をかけて相撲で糧を得られる人も現れる。それによって、本章で紹介される年寄制度や、土俵による勝敗の明確化など、今の相撲の興行にさらに近づいていく。

相撲が職業として成立した事で、有力な相撲取りは何年も続けて興行に参加することで名を売れるようになる。次第に興行元が寺社ではなく、相撲取り自身が行う流れが主になる。そして、それとともに各地から相撲取りが参加し、今の相撲にも見られる〇〇県出身と出身地をことさらに強調するしきたりにつながる。また、重要なことは京都で開催された場合は京坂出身の力士は善で江戸出身の力士は悪、逆に江戸で開催された場合は江戸出身の力士が善となるような地域ごとにひいきされる力士が生まれ、それが興行を栄えさせたことだ。それは八百長ではなく、単に力と力の勝負だけでない色合いを相撲に帯びさせる。こういう相撲の由来を知ることができるのが本章だ。

ところが、三都による相撲興行の拮抗は、次第に京坂が衰退していくにつれ、江戸に中心が移ってゆく。それは幕府が江戸にあったためという理由も大きいはずだ。江戸に相撲の中心が移った後の相撲の隆盛を描くのが第七章「江戸相撲の隆盛」だ。この章もまた本書の中では核となる。なぜなら今の相撲興行の制度がほぼ整ったのがこの時期だからだ。そしてその時に権力の庇護を得て相撲興行を盤石のものにしようとした当時の人々の努力を感じるのも本章だ。そこにはエタの人々を相撲観覧から排除したことや、相撲の有職故実をことさらに強調するような方向性も含まれる。その方向性は天覧相撲をへて相撲の権威が確立した後もやまない。当時の相撲はまだ卑しめられる風潮があり、その払拭に当時の相撲関係者が躍起になっていたことが事情がうかがえる。それが、相撲の精神性や伝統性に権威付けしようとしたさまざまの取り組みにつながる。本章にはそうした事情が書かれる。

精神性を強調したがる風潮が引き起こす相撲にまつわる騒動。それは現代でも相変わらずだ。昨今の貴乃花親方と相撲協会のいざこざもそう。大相撲舞鶴場所の土俵であいさつした舞鶴市長が倒れた際、女性が土俵に上がって心臓マッサージを行ったことから騒ぎになった女人禁制についての論議もそう。

女人禁制が問題となった際、相撲協会は「相撲は神事が起源」「大相撲の伝統文化を守りたい」「大相撲の土俵は男が上がる神聖な戦いの場、鍛錬の場」の三つを挙げたという。これは本章の232-233Pにある「相撲は武道である」「朝廷の相撲節の故実を伝える」「相撲取は力士つまり武士である」の記述に対応している。

それらについて、232-235Pにかけて著者が分析した結果と主張は見逃せない。それを引用する。
「精神性を過度に強調したり、「見世物」をおとしめる必要が、どこにあろう。楽しむべき娯楽、鍛えあげられた肉体と技量を誇る「見世物」の最高峰としての矜恃で、何が悪いというのだろうか。相撲こそは、興行としての長い伝統を持ち、高度に完成された技術と美しい様式を誇る、すばらしい「見世物」なのである。「見世物」を卑下し「武道」にすりよろうとするなどは、歴史を誤り、「相撲」そのものの価値をおとしめることにしかならない。」

第八章は「相撲故実と吉田司家」とし、相撲の様式美や伝統を推し進める一連の動きを追う。相撲の伝統には、相撲節から始まる伝統を古来から伝えてきた家があるという。その家こそが吉田司家。吉田司家こそが相撲の正しい姿を伝えてきた、とする主張だ。南部家や五条家など並みいるライバルを退けつつ、吉田司家が権威として成り立ってきた。その権威は横綱免許の交付においてより世間一般に示される。横綱はそもそも相撲の番付において、新しい格付だ。大関の上にさらに格付けを与える。その権限を持つ家こそが吉田司家であるとの主張。さしずめ当代で言うところの横綱審議委員会といえば良いだろうか。本章では「横綱」の名の由来についても各論併記で紹介しており、とても興味深い。

第九章は「近代社会と相撲」と題されている。明治維新の動乱は、江戸で繁栄していた相撲興行をも揺るがした。そして社会が近代化に向けて進む中、封建性の香りを色濃く残す相撲興行がそれにどう対処したかが紹介される。

まずは国技館。国技館の名は板垣退助が命名したとの話が流布しているが、本書では違う説が採られている。また、いったんは維新によって大阪に流れた相撲興行も、国技館の落成が決定的となって東京が名実共に唯一の本拠地になる。

明治から昭和に掛けての我が国が富国強兵をもっぱらとし、その国策に利用されるように相撲も取り込まれていく。そこで著者が着目するのが双葉山だ。六十九連勝は今も歴代の最多として残っている。そしてその偉業は双葉山の神格化につながった。言うまでもなくそこには世間の雰囲気を国策に合わせ醸成させようとする思惑があった。著者はそう評価した上で糾弾する。
「双葉山が偉大な強豪力士であったことは疑いない。だが、双葉山の偉大さがその精神性のゆえをもって語られ、それを尺度として他の力士をも評価しようという傾向が、いまなお跡を絶たないことほ、相撲にとって、また双葉山自身にとっても、むしろ不幸なことであると思う。
~中略~
戦前の国家御用達の日本精神論を丸のみにしたような空論をふりかざすのは、益あることとは思われない。そんなあやしげな粉飾を凝らすまでもなく、双葉山は、史上にに稀なすぐれた力量と技術をもって昭和初期の土俵に君臨した、偉大な力士なのである。」(298P)

第十章は「アマチュア相撲の変貌」と題されている。これまでは職業相撲の発展を描いてきた。が、相撲の歴史にとって文士相撲や学生相撲を見逃すわけにいかない。著書は東大相撲部の監督であるからなおさらだろう。ただ、著書は本章でアマチュア相撲の危機を訴える。
「学生相撲からは大相撲の人気力士がつぎつぎと生まれており、技術的なレベルも高く、隆盛を誇っているかのように見えなくもなかろうが、ひとたび内部に分けいってみると、学生相撲は相当に深刻な危機に直面している。」(314P)

アマチュア相撲の層の薄さは私たちにも想像がたやすい。とくに小学生のわんぱく相撲体験者は多数いるのに、中学生の思春期の恥じらいや学校体育の構造で、相撲体験が途切れてしまうことに問題があるというちょしゃの指摘は核心をついていると思う。そしてスポーツとしての、世界競技としての相撲にも当然、著書の視線は及んでいる。さらに柔道がオリンピックの正式競技になるいきさつと、どのように国際的な認知を得るに至ったかにも触れている。

終章は「現代の相撲」と題されている。興行の観点。マスコミと力士の観点。そしてスポーツと相撲のギャップをファンや好角家がどう見るかの観点。さらに世界における相撲の広まり。ここでは多様な視点から相撲を見る著者の視野の広さが感じられる。もちろん外国人力士の問題にも多少触れている。

とくに「二十一世紀の相撲「学術文庫版あとがき」にかえて」では、力士の品格の問題や、国際化する力士のアマチュアリズムとプロフェッショナルの観点、そしてますます国際化する相撲についても取り上げており興味深い。本編ではまったく触れられなかった女子相撲についてもここで触れている。土俵の女人禁制については、先にも触れたとおりだ。しばらく相撲の興行について回る問題だろう。ただ、私が読んだ限りでは神事の観点からの女人禁制には本書は触れていない。

私としては女人禁制は今回のような緊急時には認めるとしても、神事を装飾とする限り、相撲の興行からはなくならないと思う。多分相撲と神事の結びつきは、相撲が国際化されるタイミングて髷やまわし、土俵や塩などと一緒に撤廃されるはず。その時に合わせて女人禁制も解けていくことだろう。

そしてそのタイミングで競技としての相撲と、神事としての相撲は分かれていくはずだ。競技としての相撲は国や民族、性別を超えた様式に収まっていき、神事としての相撲は神事の様式や女人禁制を残していくのではないか。

著書は法制史の専門家らしい。だが、本書は私のような相撲の素人にも興味深く、それでいて相撲を網羅している。まさに素晴らしい一冊だと思う。興行相撲だけでなく、文化や民俗の地点から相撲を語り切ったことで、本書は相撲史の決定版として読み継がれていくはずだ。

‘2018/02/13-2018/03/02


日本の難点


社会学とは、なかなか歯ごたえのある学問。「大人のための社会科」(レビュー)を読んでそう思った。社会学とは、実は他の学問とも密接につながるばかりか、それらを橋渡す学問でもある。

さらに言うと、社会学とは、これからの不透明な社会を解き明かせる学問ではないか。この複雑な社会は、もはや学問の枠を設けていては解き明かせない。そんな気にもなってくる。

そう思った私が次に手を出したのが本書。著者はずいぶん前から著名な論客だ。私がかつてSPAを毎週購読していた時も連載を拝見していた。本書は、著者にとって初の新書書き下ろしの一冊だという。日本の論点をもじって「日本の難点」。スパイスの効いたタイトルだが、中身も刺激的だった。

「どんな社会も「底が抜けて」いること」が本書のキーワードだ。「はじめに」で何度も強調されるこの言葉。底とはつまり、私たちの生きる社会を下支えする基盤のこと。例えば文化だったり、法制度だったり、宗教だったり。そうした私たちの判断の基準となる軸がないことに、学者ではない一般人が気づいてしまった時代が現代だと著者は言う。

私のような高度経済成長の終わりに生まれた者は、少年期から青年期に至るまで、底が何かを自覚せずに生きて来られた。ところが大人になってからは生活の必要に迫られる。そして、何かの制度に頼らずにはいられない。例えばビジネスに携わっていれば経済制度を底に見立て、頼る。訪日外国人から日本の良さを教えられれば、日本的な曖昧な文化を底とみなし、頼る。それに頼り、それを守らねばと決意する。行きすぎて突っ走ればネトウヨになるし、逆に振り切れて全てを否定すればアナーキストになる。

「第一章 人間関係はどうなるのか コミュニケーション論・メディア論」で著者は人の関係が平板となり、短絡になった事を指摘する。つまりは生きるのが楽になったということだ。経済の成長や技術の進化は、誰もが労せずに快楽も得られ、人との関係をやり過ごす手段を与えた。本章はまさに著者の主なフィールドであるはずが、あまり深く踏み込んでいない。多分、他の著作で論じ尽くしたからだろうか。

私としては諸外国の、しかも底の抜けていない社会では人と人との関係がどのようなものかに興味がある。もしそうした社会があるとすればだが。部族の掟が生活全般を支配するような社会であれば、底が抜けていない、と言えるのだろうか。

「第二章 教育をどうするのか 若者論・教育論」は、著者の教育論が垣間見えて興味深い。よく年齢を重ねると、教育を語るようになる、という。だが祖父が教育学者だった私にしてみれば、教育を語らずして国の未来はないと思う。著者も大学教授の立場から学生の質の低下を語る。それだけでなく、子を持つ親の立場で胎教も語る。どれも説得力がある。とても参考になる。

例えばいじめをなくすには、著者は方法論を否定する。そして、形のない「感染」こそが処方箋と指摘する。「スゴイ奴はいじめなんかしない」と「感染」させること。昔ながらの子供の世界が解体されたいま、子供の世界に感染させられる機会も方法も失われた。人が人に感染するためには、「本気」が必要だと著者は強調する。そして感染の機会は大人が「本気」で語り、それを子供が「本気」で聞く機会を作ってやらねばならぬ、と著者は説く。至極、まっとうな意見だと思う。

そして、「本気」で話し、「本気」で聞く関係が薄れてきた背景に社会の底が抜けた事と、それに皆が気づいてしまったことを挙げる。著者がとらえるインターネットの問題とは「オフラインとオンラインとにコミュニケーションが二重化することによる疑心暗鬼」ということだが、私も匿名文化については以前から問題だと思っている。そして、ずいぶん前から実名での発信に変えた。実名で発信しない限り、責任は伴わないし、本気と受け取られない。だから著者の言うことはよくわかる。そして著者は学校の問題にも切り込む。モンスター・ペアレントの問題もそう。先生が生徒を「感染」させる場でなければ、学校の抱える諸問題は解決されないという。そして邪魔されずに感染させられる環境が世の中から薄れていることが問題だと主張する。

もうひとつ、ゆとり教育の推進が失敗に終わった理由も著者は語る。また、胎教から子育てにいたる親の気構えも。子育てを終えようとしている今、その当時に著者の説に触れて起きたかったと思う。この章で著者の語ることに私はほぼ同意する。そして、著者の教育論が世にもっと広まれば良いのにと思う。そして、著者のいう事を鵜呑みにするのではなく、著者の意見をベースに、人々は考えなければならないと思う。私を含めて。

「第三章 「幸福」とは、どういうことなのか 幸福論」は、より深い内容が語られる。「「何が人にとっての幸せなのか」についての回答と、社会システムの存続とが、ちゃんと両立するように、人々の感情や感覚の幅を、社会システムが制御していかなければならない。」(111P)。その上で著者は社会設計は都度更新され続けなければならないと主張する。常に現実は設計を超えていくのだから。

著者はここで諸国のさまざまな例を引っ張る。普通の生活を送る私たちは、視野も行動範囲も狭い。だから経験も乏しい。そこをベースに幸福や人生を考えても、結論の広がりは限られる。著者は現代とは相対主義の限界が訪れた時代だともいう。つまり、相対化する対象が多すぎるため、普通の生活に埋没しているとまずついていけないということなのだろう。もはや、幸福の基準すら曖昧になってしまったのが、底の抜けた現代ということだろう。その基準が社会システムを設計すべき担当者にも見えなくなっているのが「日本の難点」ということなのだろう。

ただし、基準は見えにくくなっても手がかりはある。著者は日本の自殺率の高い地域が、かつてフィールドワークで調べた援助交際が横行する地域に共通していることに整合性を読み取る。それは工場の城下町。経済の停滞が地域の絆を弱めたというのだ。金の切れ目は縁の切れ目という残酷な結論。そして価値の多様化を認めない視野の狭い人が個人の価値観を社会に押し付けてしまう問題。この二つが著者の主張する手がかりだと受け止めた。

「第四章 アメリカはどうなっているのか 米国論」は、アメリカのオバマ大統領の誕生という事実の分析から、日本との政治制度の違いにまで筆を及ぼす。本章で取り上げられるのは、どちらかといえば政治論だ。ここで特に興味深かったのは、大統領選がアメリカにとって南北戦争の「分断」と「再統合」の模擬再演だという指摘だ。私はかつてニューズウィークを毎週必ず買っていて、大統領選の特集も読んでいた。だが、こうした視点は目にした覚えがない。私の当時の理解が浅かったからだろうが、本章で読んで、アメリカは政治家のイメージ戦略が重視される理由に得心した。大統領選とはつまり儀式。そしてそれを勝ち抜くためにも政治家の資質がアメリカでは重視されるということ。そこには日本とは比べものにならぬほど厳しい競争があることも著者は書く。アメリカが古い伝統から解き放たれた新大陸の国であること。だからこそ、選挙による信任手続きが求められる。著者のアメリカの分析は、とても参考になる。私には新鮮に映った。

さらに著者は、日本の対米関係が追従であるべきかと問う。著者の意見は「米国を敵に回す必要はもとよりないが『重武装×対米中立』を 目指せ」(179P)である。私が前々から思っていた考えにも合致する。『軽武装×対米依存』から『重武装×対米中立』への移行。そこに日本の外交の未来が開けているのだと。

著者はそこから日本の政治制度が陥ってしまった袋小路の原因を解き明かしに行く。それによると、アメリカは民意の反映が行政(大統領選)と立法(連邦議員選)の並行で行われる。日本の場合、首相(行政の長)の選挙は議員が行うため民意が間接的にしか反映されない。つまり直列。それでいて、日本の場合は官僚(行政)の意志が立法に反映されてしまうようになった。そのため、ますます民意が反映されづらい。この下りを読んでいて、そういえばアメリカ連邦議員の選挙についてはよく理解できていないことに気づいた。本書にはその部分が自明のように書かれていたので慌ててサイトで調べた次第だ。

アメリカといえば、良くも悪くも日本の資本主義の見本だ。実際は日本には導入される中で変質はしてしまったものの、昨今のアメリカで起きた金融システムに関わる不祥事が日本の将来の金融システムのあり方に影響を与えない、とは考えにくい。アメリカが風邪を引けば日本は肺炎に罹るという事態をくりかえさないためにも。

「第五章 日本をどうするのか 日本論」は、本書のまとめだ。今の日本には課題が積みあがっている。後期高齢者医療制度の問題、裁判員制度、環境問題、日本企業の地位喪失、若者の大量殺傷沙汰。それらに著者はメスを入れていく。どれもが、社会の底が抜け、どこに正統性を求めればよいかわからず右往左往しているというのが著者の診断だ。それらに共通するのはポピュリズムの問題だ。情報があまりにも多く、相対化できる価値観の基準が定められない。だから絶対多数の意見のように勘違いしやすい声の大きな意見に流されてゆく。おそらく私も多かれ少なかれ流されているはず。それはもはや民主主義とはなにか、という疑いが頭をもたげる段階にあるのだという。

著者はここであらためて社会学とは何か、を語る。「「みんなという想像」と「価値コミットメント」についての学問。それが社会学だと」(254P)。そしてここで意外なことに柳田国男が登場する。著者がいうには 「みんなという想像」と「価値コミットメント」 は柳田国男がすでに先行して提唱していたのだと。いまでも私は柳田国男の著作をたまに読むし、数年前は神奈川県立文学館で催されていた柳田国男展を観、その後柳田国男の故郷福崎にも訪れた。だからこそ意外でもあったし、ここまでの本書で著者が論じてきた説が、私にとってとても納得できた理由がわかった気がする。それは地に足がついていることだ。言い換えると日本の国土そのものに根ざした論ということ。著者はこう書く。「我々に可能なのは、国土や風景の回復を通じた<生活世界>の再帰的な再構築だけなのです」(260P)。

ここにきて、それまで著者の作品を読んだことがなく、なんとなくラディカルな左寄りの言論人だと思っていた私の考えは覆された。実は著者こそ日本の伝統を守らんとしている人ではないか、と。先に本書の教育論についても触れたが、著者の教育に関する主張はどれも真っ当でうなづけるものばかり。

そこが理解できると、続いて取り上げられる農協がダメにした日本の農業や、沖縄に関する問題も、主張の核を成すのが「反対することだけ」のようなあまり賛同のしにくい反対運動からも著者が一線も二線も下がった立場なのが理解できる。

それら全てを解消する道筋とは「本当にスゴイ奴に利己的な輩はいない」(280P)と断ずる著者の言葉しかない。それに引き換え私は利他を貫けているのだろうか。そう思うと赤面するしかない。あらゆる意味で精進しなければ。

‘2018/02/06-2018/02/13


神様のパズル


人生で最後のモラトリアム。扶養される立場を享受する日々。もはや取り戻せない貴重な時間。懐かしく愛おしい。本書を読んでそんな自分の大学四回生の日々を思い出した。

私の四回生の日々は、今思うと躁状態すれすれな日々だった。一月の阪神・淡路大震災の影響も甚大な上に、オウム真理教によるサリン事件の衝撃もある中で始まった就活の日々。デタラメな就活をとっとと切り上げ旅行三昧の夏をへて、内定なしのまま卒論を出して卒業。将来のことなど何も考えていなかった。とても懐かしい。

本書は四回生が所属するゼミが決まる三月末から幕を開ける。本書の主人公綿貫は大学の四回生。物理学部に在籍している。彼が入ることにした鳩村ゼミは素粒子物理研究室という名が付いている。鳩村ゼミを選んだのは、保積さんがそのゼミを選んだから。まったく脈がないのに思いだけを募らせている保積さんに告白する勇気も持てぬまま、ズルズルと四回生へ。ところが、物理学部に属しているわりに物理の素養がない綿貫は、何を見込まれたのか鳩村教授よりある頼み事をされる。それは早熟の天才美少女ともてはやされたのに最近学校に姿を見せない穂瑞をゼミに連れてくること。

穂瑞家に訪問するも、天才にありがちな穂瑞の剣もホロロな対応で追い返される綿貫。ところが、物理学部の名物聴講老人の橋詰から「宇宙が無から生まれたというのは本当か」という問いをぶつけられる。困った綿貫が橋詰老人を連れて穂瑞のもとに伺ったところ、老人の問いに何かを感じた穂瑞がゼミに訪れて、、、というのが序盤だ。

鳩村教授より卒論に加えて評価の材料にするから、と言われて付けた日記がそのまま本書になっている。この辺りの設定と展開の流れはとても自然だ。

素粒子物理研究室は、穂瑞の提案で宇宙は人間に作れるかというディベートを行う場となる。作れる側には綿貫と穂瑞。反対側には保積さん。ますます片思いが実る可能性は遠のいて行く。折しも鳩村教授は責任者である大型加速器「むげん」の稼働開始に向けて忙しい時。しかもむげんの稼働テストが思わしくなく、むげんの素のアイデアを提案した穂瑞の立場も危うい。

ループ状になっているむげんの中心部には棚田があり、そこには婆さんが独りでほそぼそと農家を営んでいる。むげんの設置でお世話になった事から、鳩村ゼミでは毎年農作業のボランティアをしている。綿貫は農作業にも駆り出される毎日を送っている。

本書は綿貫の日記の体を取っている。綿貫の日々の暮らしと心情がつづられていく日記には、ゼミのディベートの様子、保積さんに振り向いてもらえず話すことすらままならない切なさ、穂瑞がむげん問題でスケープゴートに祭りあげられてゆくさま、農作業の手伝いの大変さ、内定が決まらない焦り、そして卒論が書けない悩みが記される。

本書は主人公の日記の体をなっている。物理学部の学生でありながら物理を知らない綿貫の書く日記が本書にある効果を与えている。それは、穂瑞の考える難解な素粒子論を綿貫の脳内のフィルターを通し、グッとわかりやすく読者に伝えることだ。難解なテーマを扱いながらも、わかりやすく理論を読者に伝える。それはなかなか難しいことだ。物理学部の学生の日記の体を取ったのは絶妙な設定だと思う。

さらに本書は農作業をスパイスに配する事で、複数の対立軸を生み出している。深遠な宇宙と地道な農作業。天才美少女とぼくとつな農婆。就職活動と研究活動。それらは本書に天才たちが繰り広げる理論小説ではなく、生活と未来に悩む若者の青春小説の体を与えている。そこがいい。SFでありながら理論やロジックの世界ばかりを描いていたら、本書は全く別の色合いを帯びていただろう。しかし本書は青春の悩みという、論理とは対立するものを取り上げている。それが本書に単なるSFではない違う魅力を与えているのだ。

また、本書で見逃せないことはもう一つある。それは対人コミュニケーションによって小説の筋が進むことだ。技術者といえばコミュニケーション障害の人物の集まり。そんなステレオタイプの登場人物だったら私は本書を途中で放り投げていたかもしれない。もちろん本書にも研究に閉じこもる学生も登場する。実際の技術者にもコミュニケーションが不得手な方が多い。だが、そうでない人物もいる。技術者や物理屋にもコミュニケーションに長けた人は当然いる。本書は会話によって話が展開していくのだから。そして、本書がコミュニケーションを描いたとすれば、それはとにかくコミュニケーションに不足が取り沙汰される技術者にとって培うべきスキルのヒントとなる。なぜなら、研究も成果もコミュニケーションあってこそ世に出るものだから。

技術者の方には、庭いじりを趣味とする方もいるという。私もたまに行う。同じように宇宙論も物理学も全ては農作業から始まっている。私はそのつながりを本書から教えられた。そのつながりをわかりやすく小説に表現した本書は秀作だと思う。

‘2017/04/22-2017/04/23