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2020年上半期個人の抱負(実践版)


 ウイスキー検定二級の取得、唎酒師に向けて勉強開始

昨年、二級に向けて勉強するはずが、仕事が忙しくて全く手が回りませんでした。
昨年は仕事で複数の資格を取得したので、個人的な資格にも再度チャレンジしたいと思います。

 トランクルームの棚設置

こちらも仕事の忙しさの中ですっかり後手に回っていました。
本が大量にたまっているので、読んだ本から順次移せるよう、棚を作成したいと思います。

 東京オリンピック・パラリンピック

今のところチケットは取れていません。
ですが、パラリンピックも見たい試合が多々あります。
チケット取得へあきらめずに努力したいと思います。

 海外1国、国内12都道府県の旅行

ここでいう旅行とは、その地を足で歩くことです。
日本の滝百選の滝は8カ所を目指します。
近畿/中部/関東/東北の駅百選は20カ所を目指します。
日本の城百選、続日本の城百選の城は10カ所を目指します。
酒蔵は3カ所、ウイスキー蒸留所は3カ所訪問します。
日本百名山、続日本百名山の登頂は三座は目指したいです。
去年はほとんど未達だったので、今年は時間の配分を考えて。

 毎月一度の一人のみの実施

これは昨年、実現できました。
酒の種類、場所は問いません。毎月一度は一人で反省する時間を作ります。

 毎月一度の一人旅の実施

上に書いた12都道府県の旅は、この一人旅で実現していきたいです。
仕事で地方を訪問する機会を増やすことで実現できるはずだと思っています。
ワーケーションが実現できる自信もつきましたし。
三泊は車中泊をしながらの遠距離の旅がしたいですね。

 SNS

SNSは毎日のFacebookへの投稿は続けます。人生360度を表現するため、投稿内容をなるべく雑多にする方針は変えるつもりはありません。
また、Twitterも同様に不定期で続けます。俳句や雑感や仕事も交えながら。
さらにInstagramも同様に不定期で続けます。よく撮れた写真の公開場所として。

ここ二年、私自身の投稿へのいいねやメンションが減ることは承知で、あえて他人様のSNSには無反応でした。昨年後半から、仕事をこなしながらの余裕が出てきたので、今年はまた他人様の投稿に反応する時間を増やすつもりです。ただし自分からフレンドリクエスト申請をしないポリシーは変えませんが。

 レビュー執筆にあたっての音声入力の勉強

読書量が少し減ってきているのが昨年の反省です。
また、読書レビューをアップするスピードも落ちてきています。
これを両立するために引き続き音声入力の可能性を追求します。

 娘たちのフォロー

家族との融和を大切に、締めるところはきっちりと。

 両親と関西の友人への感謝

昨年は関西の友人に数度しか会えていません。
今年はその機会を増やします。
また、両親に会いに帰る機会も増やします。
今年は私の人生に強烈なインパクトを残した阪神・淡路大震災から25年たった年なので。

 体のケア

いくつか、私の肉体に衰えが出てきています。
早いタイミングで基本健診を受けに行きます。
仕事と個人と地域の三方よしの両立はまず体から。

 人に会って感謝する

SNSでできないこと。それは、対面で会っての感謝です。
忙しい毎日で、すべての人にお会いすることが次第に難しくなってきています。
が、折を見て伺ったりしながら、交流と感謝の基礎は対面にあり、を実践したいと思います。

 家計をきっちり

だいぶ家計には統制が効いてきたように思います。
ですが、まだまだです。引き続き長女と協力していきたいと思います。

 当抱負のアラート表示

昨年は下半期の抱負をアップし忘れたので、この抱負が書きっぱなしにならぬようにします。
毎月末に通知やアラートで自分にリマインドを投げます。
なおかつ、毎月末に書くまとめでは、計画の進捗も含めて書きます。
また、下半期に入る前に、下半期用の抱負(実践版)を書きます。


アクアビット航海記 vol.15〜航海記 その4


あらためまして、合同会社アクアビットの長井です。前回にも書きましたが、弊社の起業物語をこちらに転載させて頂くことになりました。前々回からタイトルにそって弊社の航海記を書いていきます。以下の文は2017/11/16にアップした当時の文章が喪われたので、一部修正しています。

大学は出たけれど

さて、1996年の4月です。大学は出たけれど、という昭和初期に封切られた映画があります。この時の私はまさにその状態でした。この時から約3年。私にとっての低迷期、いや雌伏の時が続きます。この3年間についての私の記憶は曖昧です。日記もつけていなければ、当時はSNSもありませんでしたから。なので、私の3年間をきちんと時系列に沿って書くことはできないでしょう。多分記憶違いもあるはず。ともあれ、なるべく再構築して紹介したいと思っています。

妙に開き直った、それでいてせいせいするほどでもない気持ち。世の中の流れに取り残されたほんの少しの不安、それでいて焦りや諦めとも無縁な境地。あの頃の私の心中をおもんばかるとすればこんな感じでしょうか。新卒というレールから外れた私は具体的な将来への展望もない中、まだどうにかなるわという楽観と、自由さを味わっていました

大学を出たとはいえ、私の心はまだ大学に留まったままでした。なぜかというと家が大学のすぐ近くだったからです。アクアビット航海記 vol.12〜航海記 その1にも書きましたが、わが家は阪神・淡路大地震で全壊しました。そこで家族で住む家を探したのが私でした。家は大学の友人たちに手分けして探してもらいました。そしてほどなく、私の一家は関西大学の近くに引っ越しました。この時家を見つけてくれた友人には20年以上会えていません。N原君、覚えていたら連絡をください。
さて、家の近くに大学があったので、卒業したはずの私は在学生のようにぬけぬけと政治学研究部や大学の図書館に入り浸っていました。

その時の私は多分、光画部における鳥坂先輩のような迷惑至極な先輩だったことでしょう。鳥坂先輩と同じく大義名分として公務員試験を受ける、という御旗を立てて。それは、私自身でも本当に信じていたのか定かではない御旗でした。ちなみに鳥坂先輩が何者かはネットで検索してください。

1996年の10月。西宮に新しい家が完成し、西宮に戻ることになりました。引っ越す前には幾度も西宮に赴き、引っ越し作業に勤しんでいた記憶があります。なにせ、時間はたっぷりありますから。

孤独な日々

そう、時間だけは自由。何にも責任を負わず、親のスネをかじるだけの日々。この半年、逆の意味で時間の貴重さを噛みしめられたように思います。なぜなら、何も覚えていないから。インプットばかりでアウトプットがないと、時間は早く過ぎ去ってゆく。責任がないと、ストレスがないと、何も記憶に残らない。私が得た教訓です。

ですが、1996年の4月から1999年の3月までの3年間はとてもかけがえのない日々でした。なぜならこの3年間も大学の4年間に劣らず私の起業に影響を与えているからです。この3年間に起こったさまざまなこと、例えば読書の習慣の定着、パソコンとの出会い、妻との出会い、ブラック企業での試練は、起業に至るまでの私の人生を語る上で欠かせません。

この三年で、私が得たもの。それは人生の多様性です。小中高大と順調に過ごしてきた私が、会社に入社せず宙ぶらりんになる。それもまた、人生という価値観。その価値観を得たことはとても大きかった。大学を卒業しそのまま社会に出てしまうと宙ぶらりんの状態は味わえません。そして、それが長ければ長いほど、組織から飛び出して“起業“する時のハードルは上がっていきます。人によってそれぞれでしょうが、組織にいる時間が続けば、それだけ組織の中で勤めるという価値観が心の中で重みを増していきます。
誤解のないように何度も言い添えますが、その価値観を否定するつもりは毛頭ありません。なのに私は23の時、すでに宙ぶらりんの気持ちをいやというほど味わってしまいました。そして、宙ぶらりんの状態もまた人生、という免疫を得ることができました。それは後年、私の起業へのハードルを下げてくれました。
起業とは、既存の組織からの脱却です。つまりどこにも属しません。起業とは多様性を認め、孤独を自分のものにし、それを引き受けることでもあります。卒業してからの半年、私の内面はとても孤独でした。表面上はお付き合いの相手がいて、政治学研究部の後輩たちがいて、家族がいました。でも、当時の私は、あっけらかんとした外面とは裏腹に、とても孤独感を抱えていたと思います。

本に救いをもとめる

その孤独感は、私を読書に向かわせました。本に救いを求めたのです。その頃から今に至るまで、読んだ本のリストを記録する習慣をはじめました。
当時の記録によると、私の読む本の傾向がわが国、そして海外の純文学の名作などに変わったことが読み取れます。
それまでの私はそれなりに本を読んでいました。推理小説を主に、時代小説、SF小説など、いわゆるエンタメ系の本をたくさん。ですが、私の孤独感を癒やすにはエンタメでは物足りませんでした。純文学の内面的な描写、人と人の関係の綾が描かれ、人生の酸いも甘いも含まれた小説世界。そこに私は引き寄せられていきました。私はそれらの本から人生とはなんぞや、という問題に折り合いをつけようとし始めました。

もちろん、それを人は現実逃避と呼びます。当時の私が本に逃げていた。それは間違いありません。でも、この時期に読書の習慣を身に着けたことは、その後の私の人生にとても大切な潤いを与えてくれました。おそらく、これからも与えて続けてくれることでしょう。

この時、私が孤独感を競馬、パチンコなどのギャンブル、またはテレビゲームなどで紛らわそうとしていたら、おそらく私がここで連載を持つ機会はなかったはずです。
とはいえ、私はギャンブルやゲームを一概に否定するつもりはありません。きちんと社会で働く方が、レクリエーションの一環で楽しむのなら有益だと思います。ですが、時間を持て余す若者-当時の私のような-がこういった一過性のインプットにハマったら、後に残るものは極めて少ないと言わざるをえません。
私の中の何が一過性の娯楽に流れることを留めたのか、今となっては思い出せません。自分の将来を諦めないため、私なりに本からのインプットに将来を賭けたのでしょうか。いずれにせよ、本から得られたものはとても大きかった。私もこういうクリエイティブな方向に進みたいと思わせるほどに。

次回も、引き続き私の日々を書きます。