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弁論の力


先日、一人で相模原の旧津久井町にある尾崎咢堂記念館に行ってきました。

尾崎咢堂翁は、またの名を尾崎行雄ともいい、明治から昭和にかけ政界で重きをなした方です。「憲政の神様」の異名も持ち、憲政記念館の中庭には銅像も立っています。憲政記念館自体、もともと尾崎咢堂を記念して建てられた建物。国家議事堂のそばに建つ憲政記念館を訪れるとすぐに翁の銅像に出会えます。私は昨年、二度ほどセミナーで憲政記念館を訪れました。そして中庭に立つ咢堂翁の銅像と対峙し、手前にある碑に刻まれた翁の言葉を心に刻みました。その言葉とは、
「人生の本舞台は常に将来にあり」
これは、私が常々思っていることです。



尾崎咢堂記念館は、私が結婚して町田に住みはじめてすぐの頃に一度行ったことがあります。自転車で寄り道しながら十数キロ走って記念館にたどり着いたのは夕方。すでに記念館は閉まっていました。以来、18年の月日が流れました。記念館の付近は橋本から相模湖や道志へ向かう交通の要です。18年の間には何度も通りかかる機会もありました。それなのに行く機会を逸し続けていました。しかし、憲政記念館で尾崎翁のまなざしに接したことがきっかけで、私の中で記念館を一度訪れなければとの思いが再燃。この度、良い機会があったので訪れました。

翁の生涯については近代史が好きな私はある程度知っていました。憲政記念館の展示でも振り返りましたし。少しの知識を持っていても、翁の生誕地でもある記念館に訪れて良かったです。なぜなら、生涯をたどったビデオと、展示室で館長さんから説明いただきながら振り返った翁の生涯は、私い新しい知識を教えてくれたからです。翁の生涯には幾度もの起伏があり、その度に翁はそれらを乗り越えました。その中で学んだことは、翁が憲政の神様と呼ばれるようになった理由です。その理由とは、弁論の力。

尾崎咢堂翁の生涯を追うと、幾度かのターニングポイントと呼べる時期があります。そこで翁の人生を変えたのは、文章の力です。若き日に慶應義塾で学んだ翁が福沢諭吉に認められたのも論文なら、福沢諭吉の紹介で入社した新潟新報でも論説の力で台頭します。

ただ、そこからが違う。翁が神様と呼ばれるまでになったゆえん。そこには弁論の力がありました。まず、翁が認められ、新潟から東京に官僚に取り立てられたきっかけは講演です。政治の世界に入ってからも、桂首相弾劾演説や、普通選挙法の決議を訴える翁の遊説は全国に尾崎行雄の名を轟かせました。国が右傾化する中、翁は議会の壇上で弁論によって軍に反抗し、議会制民主主義の良心を訴え続けます。


世界に類をみない63年もの議員生活。それを支えたのは文章力に加え、弁論の力だった。特に後者の力が翁を世界的な影響力を持たせた。その影響力は、戦争中に米軍が巻いたビラの中で翁は日本における自由人の代表として挙げられています。私は、記念館でそのことを教えられました。そしてその気づきを心にしっかりと刻みました。

ひるがえって今、です。

いまは誰もがライター、誰もがジャーナリスト、誰もがインフルエンサーの時代です。しかもほとんどが志望者。バズれば当たるが、ライバルは無数。いつでもどこでも誰もが世界に向けて文章を発信でき、匿名と実名を問わず意見を問えます。ですが、誰もが意見を発信するため、情報の奔流の中に埋もれてしまうのがオチ。あまりの情報量の多さに、私はSNSからの情報収集をやめてしまいました。最近は論壇メディア(左右を問わず)や書籍から情報を絞って取り込むようにしています。

そんな今、無数の発信者の中で一頭地を抜く方々がいます。それらの方々に共通するのは、弁論の力、です。

例えば、経営者がプレゼンの達人である会社。いわゆるトップ営業を得意とする企業には活気が漲っている印象を受けます。代表的な人物は米アップル社の故スティーヴ・ジョブズ氏でしょう。また、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる方々は、ブログやツイートだけでなく、イベントでのトークがもてはやされます。また、文章での表現に秀でた方は、講演にも秀でている方が多い。そんな印象を受けます。

実際、彼らのトークを聞くと、何かしら心が高揚します。そして、高揚した気持ちとトーク内容が積極的に記憶されます。正直なところ、トーク自体に含まれる情報量は、文章よりも少ないことがほとんどです。しかし、記憶に残っているのは文章よりもトークの内容。そんな経験をされた方もいるのではないでしょうか。

なぜか。考えてみました。

多分、感情と理性がうまく脳内で混ざり合った時にこそ、情報は記憶されるから、というのが私の素人なりの考えです。文章を読む時、人の脳は理性が勝る。そこには感情の関わりが薄い。その一方、手練れの講演者は間に笑いを挟み、聴衆の注意を引きつける。笑うことは感情を刺激し、聞いた内容を脳内に刻む。そのため、講演内容が記憶され、肚に落ちる。私はそんな風に考えています。また、講演をじかに聞く時、私たちは視覚と聴覚を使います。文章を読むときは視覚だけ。その差もあると思います。

つまり、今や文章をアップするだけではだめなのです。もちろん発信することは大切です。ただそれだけでは無数のネット上の文章に埋もれます。文章に加え、人前で弁論をふるい、視覚と聴覚で訴えるスキルが求められると思うのです。それは私のように普段から商談に臨む者にとってみればスキルの延長です。もちろん、提案書だけで一度も会わずに受注いただくこともあります。でもそれはレアケース。一対一の商談に加え、一対多でも表現して、発信するスキル。人前でしゃべる機会を持ち、スキルを磨くことで受注ばかりか、引き合いの機会も増えてゆく。その取り組みが大切なのだと思います。それは私のように経営者だけに限りません。勤め人の方だって同じです。日々の業務とは自己発信のよい機会なのですから。

私は三年前に法人化しました。それからというもの、文章でアピールするだけでは今の時代、生き延びられないと考えていました。それでおととしはしゃべる機会を増やしました。人前でしゃべる技術。それは一朝一夕には得られません。とくに私のようにプログラミングをしていたらプログラマーに、システムの構成を考えていたらシステムエンジニアに、文章を書いていたらライターになってしまう要領の悪い脳を持っている人にとっては切実に欲しいスキルです。

ところが昨年の私は年末に総括した通り、開発やブログを書くことに集中してしまいました。人前で発信する機会は一、二度とほど。サッパリでした。失敗しました。売り上げこそかろうじて前年比増を達成したとはいえ、それでは今後、生き残れません。去年の失敗を挽回するため、今年は人前で話す機会を増やしています。ここ数日も人前で二、三度しゃべりました。その一度目の成果として、明日5/16にサイボウズ社本社で行われるセミナーに登壇します。リンク

明日に向けてリハーサルも何回か行い、内容は練りつつあります。が、まだまだ私のトークスキルには向上の余地があるはず。少なくとも尾崎咢堂翁のように人に影響を与えるには、さらなる研鑽が必要です。そのためにも今回に限らず、今年は積極的にお話しする機会に手を挙げるつもりです。私の知己にも、紙芝居形式のプレゼンを行う方や人前で話すことに長けた方がいます。そういった方の教えを請いつつ、少しでも尾崎翁に追いつきたいと決意を新たにしました。

弁論の力こそ、ポストA.I.時代を生きるすべではないか。そんな風に思った尾崎咢堂記念館でのひと時でした。


冷血(上)


著者の執拗かつ克明な描写には読むたびに感心させられる。行間から生活感が臭い立つとでも云えばよいか。実在の建物や店舗が登場し、ちょっとした細かい風景は現実をそのまま映したかのよう。街の描写がリアルなあまり、道行く人の動きが見え、車の通過音が聞こえ、路面店の食材の匂いが漂うのが著者の文章だ。

ましてや、その場所が読者にとって良く知る場所だったら猶更である。著者の出世作「黄金を抱いて翔べ」では、吹田や大阪のあちこちが登場した。「黄金を抱いて翔べ」を読んでから数年後、私は吹田に引っ越すことになる。「黄金を抱いて翔べ」の舞台を巡るような気持ちで自転車を漕いだのを覚えている。

本書では、町田や相模原が多数登場する。登場する交差点、パチンコ、通りなど、全てリアルに映像が思い浮かぶ場所ばかり。本書に登場する二人の男が衝動のままにATM破壊やコンビニ強盗や空き巣物色を行う場所が、私や家族の行動する範囲と重なる。それは、読んでいて背筋に戦慄を感じる経験だった。本書で犯人達が移動した軌跡は、おそらく我が家から20メートルも離れていない場所を通っている。つまりは私の妻子が短絡的で刹那的な男たちに遭遇する可能性があるということ。それが本書では現実のものとして感じられた。今まで様々な本を読んできた私だが、虚構の小説からリアルな慄きを感じたのは本書が初めてだ。

ただし、本書でメインの犯行現場となるのは東京都北区の西が丘だ。町田と相模原をさまよった男たちは、空き巣物色で意に沿う家が見つからず、その挙句、ふとした思いつきから赤羽へと向かう。犯行現場となった歯科医家族の住む家は、本書で番地はおろか号まで出される。伏字ではなく。実際にWebマップで調べたところ、番地こそ実在しないものだったが、そのひとつ前の番地までは実在している。つまり限りなくリアルに近い犯行現場。しかも、その近隣にはいくつか歯科医院が建っている。その歯科医は、ひょっとすると著者の中で犯行現場のモデルとして対象になったのかもしれない。現実にある当の歯科医さんにとっては心穏やかではない話だ。もし本書の犯行現場が町田の歯科医であれば、私は果たして本書を最後まで読み通せたか心許ない。きっと動揺なしには読めなかったことだろう。

場所描写の緻密さもさることながら、本書は犯人二人の心中の描写にもかなりの語彙を費やす。冷血というタイトルに相応しく、著者は犯罪者の内面を念入りに追い詰める。風景描写以上に執拗に。何故犯罪に手を染めるのか。何故衝動に駆られるのか。動機が復讐や金、名誉といった分かりやすいものならまだいい。しかし本書の二人の犯罪者は、金がない訳でもない。復讐する相手がいる訳でもない。ただ偶然にネットで連絡を取り、そのまま犯罪へと突き進む。その行動は支離滅裂で破天荒。目的もないままの行きあたりばったりの犯罪。だが、著者の筆さばきは冷静極まりない。パチスロの音や虫歯の痛みなど、犯罪者たちの脳内にうごめく意味不明な音また音が紙面に垂れ流される。著者はそういった意味不明な部分まで計算しきったかのように描く。その冷徹さには凄味を感じるほかない。冷血とは著者の紡ぎだす筆致を指すのではないかと思いたくなるほどだ。

そのような異常な世界とは対比させるように、著者は本書の冒頭から被害者となる歯医者一家の日常を淡々と詳細に描写する。犯罪者二人の狂気一歩手前の描写に比べ、よくある小金持ち一家の、幸せそうな日常。幸せそうでいて、内面は家族それぞれが別々の方向を向いているよくある一家の日常。その日常が、中学生の長女の視点から描かれる。おとなの判断力を身に付けつつある中学生女子の突き放しながらも家族あっての視点。それと脳内に意味不明な音を反響させる狂気一歩手前の男二人の視点。その正反対の描写が交互に描かれるのが本書前半である。読者は中学生女子を被害者として連想することは出来るものの、二人の男の行動があまりにも無軌道なため、筋書き次第では町田・相模原での惨劇も畏れつつ、ページをめくる。歯科医一家の住む地区が北区西が丘であることが分かっていながらも、交互に描かれる加害者と被害者の心理描写がじわじわと読者を不安に陥れる。私のような町田市民にとってはその効果は猶更である。北区の読者にとってもおそらく同じような緊張感をもたらすに違いない。

惨劇が起こった後は、被害者の視点はもちろんのこと、二人の犯罪者による視点も本書からは退く。替わって登場するのは合田雄一郎の視点だ。合田雄一郎といえば、著者の長編小説にとって欠かせない探偵役として知られる。探偵役といっても、合田雄一郎が快刀乱麻を断つがごとく解決する訳ではない。むしろ合田雄一郎は組織には逆らわない。人情味や酷薄さ、アウトローといった性格付けもされていない。癖がないキャラクターとして設定されているのが合田なのである。組織に忠実なのが却って個性と言えるぐらいに。

本作では、合田雄一郎が係長として捜査本部の仕切りを担当する。仕切りとは、どの刑事を何の操作に割り当て、といった仕事だ。通常の警察モノのドラマや小説では取り上げられることも少なく、脚光を浴びにくい仕事だが、実は捜査には欠かせないキーマンだったりする。捜査一課長が訓示を垂れる裏側では、合田係長のような体制づくりのプロが必ず捜査本部の仕切りを行っているのだ。

そして合田係長の仕切りは無難にこなされ、優秀な日本警察の捜査網によって犯人像は絞り込まれ、あえなく二人の男は逮捕となる。それが本書上巻の幕切れである。通常の警察小説だと、犯罪が起き、捜査の過程を描き、追う警察と追われる犯人の息詰まる攻防を描くのが定石だ。しかし本書ではどのように犯罪者たちを追うのかに焦点を当てると思いきや、呆気なく犯人逮捕に至らせてしまう。いったい著者の意図はどこにあるのか、と思われるかもしれない。私もそうだった。

しかしこの後、本書には下巻がある。物語はまだ半分しか進んでいないのだ。下巻に至り、著者の凄味はますます冴えわたることになる。冷血という題を付けた著者の意図も明らかになる。

‘2015/8/11-2015/8/15