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本書を読んでいて、私が台湾を扱った小説をほとんど読んだことがないことに気づいた。本書は私にとって台湾を扱った初めての小説かもしれない。本書を読んで台湾がとても懐かしくなった。

台湾は私にとって思い出の深い島だ。かつて、民国84年の夏に台湾を訪れたことがある。この夏、私は自転車で台湾を一周した。その経験は若い日の私に鮮烈な印象を与えた。あれから年以上たった今もなお、台湾には再訪したいと願っている。なお、民国84年とは台湾で使われている民国歴のことだ。西暦では1995年、和暦では平成七年を指す。

本書は台北に住む葉秋生が主人公だ。時代は民国64年。つまり1975年だ。この年、台湾の蒋介石総統が死去した。本書はその出来事で幕を開ける。その年、葉秋生は17才。まだ世間と自分との折り合いをつけられず、真面目に学業を送っていた秋生が描かれる。

本書はそこからいろいろな出来事が葉秋生に起こる。本書は成長した秋生が民国64年から民国70年代までの自らを振り返り、かつての自分を振り返る文体で描かれている。その中で秋生は人生の現実に振り回されつつ、成長を遂げていく。そのきっかけとなったのは、秋生をかわいがってくれた祖父が殺された現場を目撃したことだ。その経験が秋生の人生を大きく変えてゆく。秋生が成長しつつ、祖父の歴史を探りながら、自分の中にある中華と台湾の血を深めてゆくのが本書の趣向だ。

本書のタイトル「流」とは彼の人生の流れゆくさまを描いた言葉だ。それは国民党と共産党の争い、日本軍との争いに翻弄された人々の運命にも通じている。本書に登場する台湾と中国本土の人々は、大きな意味で中華民族に属している。だが、正確には近代の歴史の変転が中華民族を台湾海峡を隔てた溝を作ってしまった。本書の扉にもそれを思わせる言葉が描かれている。

  魚が言いました・・わたしは水のなかで暮らしているのだから
  あなたにはわたしの涙が見えません
             王璇「魚問」より

ここでいう水とは、中華民族を大きく包む文化を指すのだろう。涙とは同じ中華民族が国民党と共産党に分かれて争うことを余儀なくされた悲しみを指すのだろうか。それとは別の解釈として、海に囲まれた台湾に追いやられた悲しみは中国大陸には理解できないとも読める。また、この一節は別の読み方もできる。それは関係が近ければ近いほど、かえってお互いが抱える苦しみが見えなくなることへの比喩だ。本書は結ばれることのない恋愛も描いている。その恋愛のゆくえに上の一節が投影されているとも取れる。

本書が描こうとしているのは、共通した文化がありながら、台湾と中国本土の間に横たわる微妙な差異だ。だが、その前に台湾の人々の気性をしっかりと書く。台湾の中にも本省人や外省人といった違いはある。例えば本省人が日本人に対して持つ感情と、外省人が日本人に対して持つ感情は当然違う。それは私も訪問して感じたことだ。外省人は、国共内戦で敗れた国民党が台湾に本拠を求めた時期と前後して台湾に住んだ人々の事だ。一方の本省人は、それ以前から台湾に住んでいた人々だ。日清戦争で日本が台湾を領有した時期も知っている。本書の中でも岳さんが日本統治時代のすべてが悪いわけではなかったと述懐するシーンがあり、そこにも本省人と外省人の考え方の違いがにじみ出ている。

著者は台湾で生まれ、五歳までそこで過ごしたという。その経験は、著者にしか書き分けられない台湾と日本と中国の微妙な違いを本書に与えていることだろう。とはいえ、私には本書から台湾人の感性を読み取ることは難しかった。しょせん、二週間訪れただけでは分かるはずがないのだ。だが、本書には細かいエピソードや会話があちこちにちりばめられ、台湾の日常の感性がよく描かれている。また、全編を通して感じられるのは洗練とは遠い台湾の日常だ。それは粗野といってもよいくらいだ。 例えば秋生が軍隊でしごかれるシーンなどはそれに当たるのと思うだろうか。ドラム缶に入れられ、斜面に転がり落とされる軍隊流の仕打ちなどは、常に中国大陸からの侵攻におびえる台湾の現状を端的に表しているといえるのかもしれない。

そうした台湾の日常は、秋生が中国大陸を訪ねるシーンで台湾と大陸の感性の違いとしてクローズアップされる。プロローグで秋生が山東省の沙河庄の碑を訪れるシーンから、その微妙な違いが随所に表現される。その地は秋生の祖父が日中戦争中に馬賊として犯した殺戮の事実を記す碑が建っている。その地を訪れた秋生が野ざらしでトイレを探す秋生に、タクシーの運転手がぽつんと荒野に立つ壁を指さすシーンなどにその広さやゆとりが感じられる。本書の表紙の写真がまさにその地のイメージをよく伝えているが、そこに見える茫洋とした地平は台湾では見られない光景のはず。本書の終盤にも秋生は中国大陸を訪れるが、そのシーンでは大陸と台湾の違いはより色濃く描かれている。

そのような違いにもかかわらず、同じ中華民族として共通する部分もある。例えば秋生が大陸で言葉を交わすシーンなどは、同じ言語を持つ民族の利点だろう。共通する文化があるのに、微妙な細かいところで違う。その文化の距離感が本書は絶妙なのだ。長じた秋生は日本で仕事を得ることになるが、日本という異郷を通すことで中国と台湾の違いを客観的に眺める。そうした設定も本書の文化的な描写の違いを際立たせている。

秋生が結婚することになる夏美玲が秋生にいうセリフ。「わたしたちはみんな、いつでもだれかのかわりなんだもん」。このセリフこそ、悠久の中華の歴史を一言で語っているのではないか。そこにあるのは台湾と中国の間にある共通の文化が培ってきた長い年月の重みだ。その悠長な歴史観は、台湾と中国の溝すらもいつかは埋まると楽観的に構えているに違いない。そうではないか。

私もまた近々、台湾に戻ろうと思う。台湾の今を知るために。悠久の歴史を知るために。私たちに親切にしてくれた人々の思い出に浸るために。これからも親日であり続けてほしいと願うために。そして大陸との統一の可能性を知るために。私にとっての20年の空白など、中国の長い歴史に比べるとちっぽけに過ぎないという卑小さを噛みしめるために。


ひかりふる路~革命家、マクシミリアン・ロベスピエール/SUPER VOYAGER!


事前に本作を観ていた妻子から言われていたこと。それは「ロベピッピはパパも気に入ると思うよ」だった。なぜ本作をロベピッピと呼ぶのかはさておき、パパ向きの作品と太鼓判を押されていた本作。確かにおっしゃる通り見応えある作品だった。

本作の何がよかったか。それは、フランス革命にそれほど明るくない私に革命の流れを思い出させてくれたことだ。実のところ、本作を観るまで私がフランス革命について知っていた知識とは高校の世界史でならう程度。歴史は得意だったので、大まかな流れは覚えていたとはいえ、寄る年波がだんだん私の記憶を薄れさせていた。だが、年のせいにしていつまでも若いころの知識を更新しないのはさすがにまずい。なんといっても宝塚歌劇団とフランス革命は切っても切れない関係なのだから。ヅカファンの妻子とこれから仲良くやっていく以上、私もフランス革命の知識くらい持っておかないと。それぐらいは夫として父としての責務ではないか?

そもそも私は宝塚歌劇団の歴史を語る上で欠かせない『ベルサイユのバラ』を観劇していない。原作も読んだことがない。『ベルサイユのバラ』はフランス革命を真っ正面から扱っていたはず。なのにそれを見ていない。これはまずいかも。『ベルサイユのバラ』だけではない。私には舞台、小説、映画のどれかでフランス革命を真っ正面から扱った作品に触れた経験がないのだ。たとえば、私がおととし観た『スカーレット・ピンパーネル』やかつて読んだディケンズの『二都物語』。これらも側面からしかフランス革命を描いていない。また、かつてテレビで放映されていた『ラ・セーヌの星』も内容をろくに覚えていない始末。つまり私はフランス革命の最も熱い時期を扱った作品を知らない。目まぐるしく変わる情勢に人々が翻弄された時期こそフランス革命の肝だというのに。そう、本作こそは、私にとって「はじめてのフランス革命」となったのだ。

もう一つ、本作が私を引きつけた要素がある。それは、革命家の挫折をテーマとしていることだ。本作の主人公は、タイトルにもあるとおり、マクシミリアン・ロベスピエール。私の高校生と同じレベルの知識でもフランス革命の立役者として記憶に刻まれている人物だ。本作のパンフレットで作・演出の生田大和氏が語っている。「彼の人生を想う時、ごくシンプルな疑問として「理想に燃える青年」がなぜ「恐怖政治の独裁者」に堕していったのか」。このテーマは、理想主義にはまりかけた青年期を経験した私にとって身に覚えのあるものだ。

私のような凡人を例に出すまでもなく、歴史とは革命家の挫折の積み重ねだ。旧体制を打倒することに全精力を使い果たし、そのあとの国の仕組み構築に失敗する人物のいかに多かったことか。古くは項羽。彼は秦を倒したのち、ライバルの劉邦を戦いでこそ圧倒したが、人望に秀で内政に長けた劉邦に敗れた。ロシア革命は確かにロマノフ王朝を打倒した。が、レーニン亡き後、スターリンによる大粛清の時代が待ち受けている。中国共産党もそう。国共内戦の結果、国民党を台湾に追いやったはよいが、大躍進政策の失敗で幾千万人もの餓死者をだし、文化大革命では国内の文化を破壊せずにはいられなかった。キューバ革命も、革命のアイコンであるチェ・ゲバラが革命後どういう生涯を送ったか。彼は革命当初はカストロの右腕として内政を担当した。それはまさに孤軍奮闘が相応しい活躍だった。革命の理想に現実を近づける事業に疲弊した彼は、キューバを出奔してしまう。内政を諦めたゲバラはコンゴやボリビアでの革命闘争に自らの天命を捧げることになる。我が国でも同様の例はある。日本赤軍があさま山荘事件で破滅するまでの間、凄惨なリンチと自己批判の末に内部崩壊したことは記憶に新しい。革命後に国を運営することに成功したまれな例である我が国の明治維新ですら、維新後十年もたたずに内乱と暗殺によって維新の三傑のうち二人を失っているのだ。

乱世の梟雄でありながら、治世の能臣たり得ること。それが困難なことは上に挙げたように今までの歴史でも明らかだ。ロベスピエールもその困難を克服できなかった。彼は体制のクラッシャーとしては名をはせた。しかし、体制のクリエイターとしては失格の烙印を押されている。

そもそも、革命を軌道に乗せるためには、革命を支持した者への利害の調整が求められる。ただ旧体制の打倒とスローガンを掲げておけばよかった革命期とちがうのはそこだ。革命そのものよりも、革命後の治世こそ格段に難しい。そして、革命に掲げた自らの理想が高ければ高いほど、革命後の利害の調整にがんじがらめになってしまう。その結果、ロベスピエールが採ったような極端な恐怖政治の路線に舵を切ってしまうのだ。追い込まれれば追い込まれるほど、自分の理想こそが唯一無二であると殻をまとってしまう。そして視野は絶望的に狭くなる。本作はそのような状態に陥ってゆく人物の典型が描かれる。徐々に追い詰められ、自らの理想で首が絞まってゆくロベスピエールを通じて。

彼の抱く理想は、決して荒唐無稽なものではなかった。例えば、
 ロベスピエール「人にはそれぞれの心がある。そして心で憎み合い、争い、奪いあう。その連鎖を止める手立てを探している。その理を見つける事ができるなら、私は私の命を差し出しても惜しくない」
 マリー=アンヌ「それがあなたの理想なの?」
  ロベスピエール「いや、願いだ。願いは未来だ。理想は思い出と共にある」
第7場のこのやりとりで、ロベスピエールは自らの理想が過去にあることを図らずも吐露している。過去にあったことは、実現できた経験に等しい。「未来へ~」と合唱するマリー=アンヌとロベスピエールの願いは美しく響く。それはロベスピエールの理想が過去に実現されたもの、すなわち未来にかなうはずの願いだからこそ美しいのだ。

しかし、彼の理想は現実の前に色あせてゆく。第10場で盟友だったはずのダントンから投げられる言葉がそれを象徴している。
 ダントン「これだけは覚えておけ、俺たちは理想のために革命を始めた。だが、政治ってやつは俺たちが思っている以上に現実なんだ。現実の前では理想なんて無力なもんだ」
 ロベスピエール「無力だと」
このセリフなどは、先にも紹介した歴史上の革命家がたどった挫折そのままだ。

第13場Bの場面では、ダントンが最後にロベスピエールを説得しようとして、ロベスピエールの理想主義者としての致命的な弱点を暴く。
 ダントン「わかってないのはお前の方だ。理想だ、徳だと口では言うが、おまえが与えているのは血と生首と恐怖だ」
 ロベスピエール「今はそう見えるかもしれない。だが、革命が達成されればいずれ」
 ダントン「いいや、そんな日は来ない」
 ロベスピエール「なぜ、そう言いきれる」
 ダントン「おまえが喜びを知らないからだよ。どういうわけか、お前は喜びを遠ざける」
結局、人は理想よりも、目の前の美食や美酒、美女に目移りする生き物なのだ。清廉であろうとすればするほど、潔白であろうとすればするほど、それを人に強要した時に思い通りに動いてくれない他人と自分の思惑にずれが生じてゆく。上のダントンとの会話などまさにその事実を証明している。

なお、今回はこれらのセリフを本レビューで再現すべきだと思ったので、妻にお願いしてLe CINQという劇の詳しいパンフレットを買ってもらった。その中には全セリフが収められており、上記もそこから引用させてもらっている。

本作の何がよいかといえば、場面転換のメリハリだ。本作はセットとライトアップがうまく組み合わされており、場面が転換する瞬間と、前後の場面の主役が誰なのかを観客に明確に伝えることに成功している。今まで見た観劇よりも本作で場面転換の鮮やかさが印象に残った理由は何か。私が思うにそれは、本作のいたるところに描かれていたギロチンをかたどった斜めの線だと思う。開幕前に上がった緞帳の裏には、幕に銀色の筋が右上へと伸びていた。20度ほどの角度で右上に伸びる線がギロチンをかたどっていることはすぐにわかった。そしてこの線は建物のひさし、橋に映る影など、本作を通して舞台のあちこちで存在感を主張する。中でも印象に残るのは、上に紹介したロベスピエールとマリー=アンヌが語らうシーンだ。このシーンで二人が語らう橋に映る影として。それはロベスピエールの目指す革命がギロチンによって断ち切られることを予期しているのと同時に、二人の目指す未来が右肩上がりの線上にあることも示しているのだと思う。つまり、彼の目指す革命とは、この時点では実現が見込めており、二人の未来と表裏一体だったのだ。本作では場面ごとの主人公の心理が斜めによぎる線の色や輝きで表現されている。そのため、場面ごとに何に感情を移入すればよいのか、観客には絶妙なガイドになっているのだ。私はそう受け取った。私が本作の場面転換のメリハリが効いていたと思うのは、そういうところにある。

あと、本作で良かったのは声の通りだ。私が座ったのは1階22列。結構後ろのほうだ。それなのに出演者が発するセリフも、そして何十人もの合唱の言葉も比較的聞き取れた。実は私はあまり耳の聞こえが良くない。今までも観劇をしていて聞き取りにくいことなどしょっちゅうだった。が、本作のセリフはよく聞き取れた。これはとても珍しくそしてうれしい。上でLe Cinqからセリフを引用したのも、本作のセリフがよく聞き取れるがゆえにかえって覚えきれなかったことが理由だ。トップの二人の歌声も素晴らしく、それに加えてセリフもよく聞こえる本作は、私にとって気持ちのよい一作となった。

なお、トップ娘役の真彩希帆さんの演ずるマリー=アンヌは、作・演出の生田大和氏がパンフレットで語った言葉によると本作において唯一の架空の人物のようだ。何の不自由もない貴族の暮らしが革命の勃発によって婚約者ともども奪われ、その復讐のために革命の立役者として著名なロベスピエールを狙って近づくうちに恋に落ちるという設定だ。まさに絶妙な設定であり配役だと思う。上に挙げたシーンでは、ロベスピエールの望む理想の暮らしが、マリー=アンヌの失った日々にシンクロするという演出が施され、彼らの掲げる理想が実現する可能性が説得力をもって観客に迫ってきた。

本作は二幕物が好きな私にとって、一幕でも尺の短さが気にならないほど、起承転結がしっかりとまとまった作品として記憶に残ると思う。

さて、レビューである。私がこのところ宝塚を観劇する上で心がけていること。それはレビューの魅力に開眼することである。凄惨な処刑のシーンや悩み苦しむ主人公を見るだけでは観客のカタルシスが得られない。それは私もわかっているつもりだ。だからこそ一幕物の後にはレビューが配され、華麗なラインダンスや目まぐるしく切り替わるきらびやかなシーンで観客の目を奪わねばならない。それも理解しているつもりだ。

正直なところ、まだ舞台に物語性を求める私にとって「SUPER VOYAGER!」と名付けられた本作の魅力がつかみ取れたとは言えない。だが、私は本作を観る前から肝に銘じていたことがある。すなわちレビューに物語性を追うのが徒労だということだ。そういう物語性を排した視点から見ると、本作は二カ所が記憶に残った。一つ目はシーン17,18で披露された白燕尾の群舞のシーンだ。大階段を上り下りしながら、斜めに交差する動き。実に見事だったと思う。あと一つ印象に残ったこと。それはオーケストラボックスの演奏だ。本作で惹かれたのはここだ。リズム隊やギターなど、オーケストラボックスから流れる演奏にビートと切れがみなぎっていた。

私は演奏する姿を見るのが好きだ。ロックコンサートでもついついドラマーの一挙手一投足に目が行ってしまうくらいに。そんな私なので、キレっキレの本作の演奏が流れてくるオーケストラボックスの中をついのぞいてみたくなった。そしてオーケストラボックスの中の人々を表に出せないのだろうか、と妄想をたくましくしてしまった。もちろんオーケストラが表に出れば、舞台のジェンヌさんは隠れてしまう。それはほとんどの観客にとって不本意なことに違いない。多分、圧倒的多数の方に反対されるだろう。でも、オーケストラボックスを底上げするなどして、オーケストラの皆さんを表に出す演出もあってもいいではないか。一度くらい、舞台の華麗な群舞と歌、そして楽器を奏でる皆さんが一堂に集まる様を眺めてみたいと思うのだが。どうだろうか?

‘2018/02/01 東京宝塚劇場 開演 13:30~

https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2017/hikarifurumichi/index.html


落第坊主の履歴書


阪神間で生まれ育ち、町田で生活を営む私。同じような軌跡を辿った白洲次郎、遠藤周作の二氏に常々親近感を抱いていることは、何度かこの場でも書いた。特に後者は、その飄々とした生き様と、真摯に信教について追及する瞬発力との落差に惹かれる。目標とすべき人生の型の一つといっても過言ではない。

その飄々とした生きざまは、著者の前半生の経験から来ているように思える。エリートコースから落ちこぼれ続けた幼少期。優秀な兄と何かと比較される学生生活。著者にとって、それらの有形無形の圧力から逃れるには、ある種の達観を持たねばやり切れなかったのかもしれない。そんな著者の幼い目には、阪神間の風景がどう映っていたのだろうか。甲山や六甲山地に抱かれ、海を間近に暮らし、瀟洒な家々に育まれた阪神間の風景が。

私の場合、優秀な兄に対する劣等感もなく、エリートコースへの期待もさほどなかった。とはいえ、著者と50年ほど時代は違うとはいえ、私も同じ風景を観てきたはず。著者の幼少期にみた景色が、私の見た阪神間のそれとどう違うのか、については常々関心を持ち続けてきた。

本書は、題名通り、著者の自叙伝である。落第坊主という題名からあるとおり、楽しくもほろりと哀しい少年時代を送られていたようである。長じてからも悪戯好きで知られる著者の、狐狸庵の片鱗が本書の至る所に満ち溢れている。灘中に入学するも授業をさぼり、試験から逃避し、映画にうつつを抜かす。立て続けに受験に失敗し、浪人生活も逃避続き。順風満帆とは言い難い幼少期を過ごしたことは知っていたけれど、信教を真摯に考える後年の作品とはかけ離れたエピソードの数々は実に楽しい。哀しみさえ感じる程に。

だが、読み進めるうちに、本書が単なる落ちこぼれの幼少期を語っただけのエッセイでないことに気付く。著者の視線は、落第坊主の日々であっても自分を実力以上の高みに昇らせない。自分自身の欲求を持て余していた著者だが、だからといって他人と比べた視点がほとんど感じられることもない。初恋の相手や近所の人々、灘中の同窓生とのエピソードなど、著者の視線の先にある人々は活き活きとしている。それはなぜかというと、著者の文章からは彼らに対する妬みや嫉みが感じられないからである。落第坊主であってもなお、著者が自分の領分を弁えていたからではないだろうか。その視線は温かく、同時に落第坊主とは程遠いレベルで物事を見つめていたことに気付かされる。

靴みがきという章(62頁)では、このように書かれている。

 「私の履歴書」という題だから、過去のそれぞれの出来事を書いているわけだが、実はそうした表面的な出来事の底に私をある方向にむけてくれた眼にみえぬ働きを探っているのである。
       中略
 眼にみえぬ働き-それを神といってもいい。なぜなら神とは普通に言われているように存在というよりはむしろその働きを我々に感じさせるものだからだ。
 それに気付いたのは自分の人生をいささか俯瞰できる年齢になってからである。神は直接的ではなく間接的に、友人や邂逅や離別や、いや犬のぬれた眼や死んでいく小鳥の眼を通して働いていたことがやっと私にもわかったのだ

著者の中で落第坊主の日々が、全く価値のないものどころか、むしろ無上の価値としてとらえられているのがわかる。そしてそれらの価値は、成功者である著者が後付で考えたことではない。落第坊主の頃から無意識に力となって蓄えられていたこと、そこに著者の心の働きがあり、それを神として著者は捉えている。

軍事教練など、学業どころではない中、慶応大に何とか受かった著者は、徐々に大器晩成の風格を表す。戦争が終わり、慶応本科に進んだ著者は、先生に手紙を書き、遊びに伺ってそこで初めて面白い本を紹介される。その本の題名は「カトリック作家の問題」といい、仏語で書かれたものである。この本があまりに面白く、初めて勉強に目覚めたということである。このあたり、おそらく著者の人生にとって重大な転換点と思われる。落第坊主から、真摯な文学者へ。著者の飛躍がどれだけ凄かったかが分かろうというものである。運もあるが、先生に手紙を書いたという行動があってこその飛躍であることに、気づかなければならない。そして、本書を読むと、落第坊主としての著者の幼少期にも、すでに飛躍の種はまかれていたことがわかるのである。

本書はこの後、文学者として頭角を現す著者の経歴が描かれる。落第坊主としての描写はどんどん薄れ、エッセイ風、同輩の士の紹介などの章が続く。本書は履歴書なので、功成った後のエピソードも必要であろうが、本書の肝は落第坊主から文士への飛躍と、その下地となった落第坊主の頃のエピソードに尽きるのではないか。本書はおそらくは日経新聞で連載される「私の履歴書」が元になったと思われる。本文中にも、いよいよ後半生を書こうとしたところ、連載の最終回であることを編集者より通告されたという記述がある。そのため、本書の後半部は書ききれなかった後半生のエピソードを書籍化するにあたり付け足したと思しき構成になっている。後半生のエピソードやエッセイも面白いのだが、少し後付けの観がぬぐえない。

狐狸庵先生には、まだまだ生きていて、完全版として描き下ろしの履歴書を書いてほしかったと思わずにはいられない。そこには幼き日に見た阪神間の光景も含めて書かれていれば、と氏に到底至らない私は思うのである。

’14/07/12-‘14/07/12


僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由


悩み深き20代前半。私もどっぷりとその深みにはまりこんだ口である。

強烈な揺れと、その後の混乱を乗り切った冬。内定をもらったと勘違いし、就職活動を止めてしまった初夏。西日本のかなりを旅行し、台湾自転車一周や沖縄旅行など、遊びに遊びまくった夏。吹っ切れて関西一円のあちこちに旅行し続けた秋。大学は卒業したけれど、内定社のない春。

その反動からか、どっぷりと鬱になり、本を読みまくって何かを探し続けた次の年。この時期に読みまくった本と、身に付けたITスキル。そして今に至るまで付き合いの続く年上の友人達との新たな出会い。この時期に助けられた友人たちへの恩。

後悔していないばかりか、人生で輝けた2年間を過ごせたと思っている。22~24歳の私である。

本書に登場する人物達は、あるいは引きこもり、あるいはコミュ障を患い、あるいはゲームの世界に埋没し、あるいは挫折から夢を追う人生に転じ、あるいは奇抜な塾経営から生徒たちの心をつかむ。多くは当時の20代の若者たちである。真っ当な社会生活を送る者からすると、何とも歯がゆく、張り倒してやりたくなる人物がほとんどではないだろうか。

おそらくは当時の私も周囲からこのように見られていたことだろう。人生で何を成し遂げたいのか、「自分さがし」という名の陥穽は、青年にとってあまりにも魅力的で避けがたいものである。

私はその後、上京し、結婚もして家も買い、娘達にも恵まれ、曲がりなりにも個人事業主として8年ほど生計を立てている。世間的には陥穽を避け、順風満帆な生を歩む人間として映っているのかもしれない。しかし、そうではない。私の根底にあるのは20代の頃と同じく、自分への探求心である。40になっても不惑とは程遠く、未完成な自分を少しでも納得の行く完成形へと引き上げようとする人に過ぎない。

おそらくは私の人生観は、一般的な社会人のそれよりも、本書の登場人物達に近いのだろう。だからこそ、彼らの生き方に共感する部分は強い。歯がゆくもないし、張り倒す理由もない。むしろ応援したい気持ちになる。

ただ、彼らに、現代の彼らのような若者たちに会ったとして、私に出来ることは実はそれほどない。月並みだけれど、人生とはその人の生である。他人が肩代わりすることはできない。ただ前向きに、他人を傷つけず、陰口も言わず、己の決断に、与えられた機会に飛び込んでいくのみである。本稿の冒頭で「人生で輝けた2年間を過ごせた」と書いたが、それも過ぎた者だけがいえる台詞。過ぎて初めて人の生は語るに値する。

著者も本書の登場人物達に近いニートのような生活を送ったことがあるとか。著者は下手な同情も記さない代わりに、突き放すこともしない。ただ傍らでその人の人生を見つめるのみである。その視線は温かい。おそらくは著者も、登場人物の生は肩代わりできないことを知っていることだろう。替わりに出来ることとして、その生を描くことで、自らの探究心を満たしたかっただけなのだろう。それでいい。人生とは結局は自らを納得させるためにあるようなものなのだから。

’14/04/16-’14/04/17