Articles tagged with: データ

BLOCKCHAIN REVOLUTION


本書は仲良くしている技術者にお薦めされて購入した。その技術者さんは仮想通貨(暗号通貨)の案件に携わっていて、技術者の観点から本書を推奨してくれたようだ。投資目的ではなく。

ブロックチェーン技術が失敗したこと。それは最初に投機の側面で脚光を浴びすぎたことだろう。ブロックチェーン技術は、データそれ自体に過去の取引の歴史と今の持ち主の情報を暗号化して格納したことが肝だ。さらに、取引の度にランダムに選ばれた周囲の複数のブロックチェーンアカウントが相互に認証するため、取引の承認が特定の個人や組織に依存しないことも画期的だ。それによって堅牢かつトレーサビリティなデータの流れを実現させたことが革命的だ。何が革命的か。それはこの考えを通貨に適用した時、今までの通貨の概念を変えることにある。

例えば私が近所の駄菓子屋で紙幣を出し、アメちゃんを買ったとする。私が支払った紙幣は駄菓子屋のおばちゃんの貯金箱にしまわれる。そのやりとりの記録は私とおばちゃんの記憶以外には残らない。取引の記録が紙幣に記されることもない。当たり前だ。取引の都度、紙幣に双方の情報を記していたら紙幣が真っ黒けになってしまう。そもそも、現金授受の都度、紙幣に取引の情報を書く暇などあるはずがない。仮に書いたとしても筆跡は乱雑になり、後で読み取るのに難儀することだろう。例え無理やり紙幣に履歴を書き込めたとしても、硬貨に書き込むのはさすがに無理だ。

だから今の貨幣をベースとした資本主義は、貨幣の持ち主を管理する考えを排除したまま発展してきた。最初から概念になかったと言い換えてもいい。そして、今までの取引の歴史では持ち主が都度管理されなくても特段の不自由はなかった。それゆえ、その貨幣が今までのどういう持ち主の元を転々としてきたかは誰にもわからず、金の出どころが追求できないことが暗黙の了解となっていた。

ところが、ブロックチェーン技術を使った暗号通貨の場合、持ち主の履歴が全て保存される。それでいて、データ改ざんができない。そんな仕組みになっているため、本体と履歴が確かなデータとして利用できるのだ。そのような仕様を持つブロックチェーン技術は、まさに通貨にふさわしい。

一方で上に書いた通り、ブロックチェーン技術は投機の対象になりやすい。なぜか。ブロック単位の核となるデータに取引ごとの情報を格納するデータをチェーンのように追加するのがブロックチェーン技術の肝。では、取引データが付与される前のまっさらのデータの所有権は、ブロック単位の核となるユニークなデータの組み合わせを最初に生成したものに与えられる。つまり、先行者利益が認められる仕組みなのだ。さらに、既存の貨幣との交換レートを設定したことにより、為替差益のような変動利益を許してしまった。

その堅さと手軽さが受け、幅広く使われるようになって来たブロックチェーン。だが、生成者に所有権が与えられる仕様は、先行者に富が集まる状況を作ってしまった。さらに変動するレートはブロックチェーンに投機の付け入る余地を与えてしまった。また、生成データは上限が決まっているだけで生成される通貨単位を制御する主体がない。各国政府の中央銀行に対応する統制者がいない中、便利さと先行者利益を求める人が押しかける様は、ブロックチェーン=仮想通貨=暗号通貨=投機のイメージを世間に広めた。そして、ブロックチェーン技術それ自体への疑いを世に与えてしまった。それはMt.Goxの破綻や、続出したビットコイン盗難など、ブロックチェーンのデータを管理する側のセキュリティの甘さが露呈したことにより、その風潮に拍車がかかった。私が先に失敗したと書いたのはそういうことだ。

だが、それを差し引いてもブロックチェーン技術には可能性があると思う。投機の暗黒面を排し、先行者利益の不公平さに目をつぶり、ブロックチェーン技術の本質を見据える。すると、そこに表れるのは新しい概念だ。データそれ自体が価値であり、履歴を兼ねるという。

ただし、本書が扱う主なテーマは暗号通貨ではない。むしろ暗号通貨の先だ。ブロックチェーン技術の特性であるデータと履歴の保持。そして相互認証による分散技術。その技術が活用できる可能性はなにも通貨だけにとどまらない。さまざまな取引データに活用できるのだ。私はむしろ、その可能性が知りたい。それは技術者にとって、既存のデータの管理手法を一変させるからだ。その可能性が知りたくて本書を読んだ。

果たしてブロックチェーン技術は、今後の技術者が身につけねばならない素養の一つなのか。それともアーリーアダプターになる必要はないのか。今のインターネットを支えるIPプロトコルのように、技術者が意識しなくてもよい技術になりうるのなら、ブロックチェーンを技術の側面から考えなくてもよいかもしれない。だが、ブロックチェーン技術はデータや端末のあり方を根本的に変える可能性もある。技術者としてはどちらに移ってもよいように概念だけでも押さえておきたい。

本書は分厚い。だが、ブロックチェーン技術の詳細には踏み込んでいない。社会にどうブロックチェーン技術が活用できるかについての考察。それが本書の主な内容だ。

だが、技術の紹介にそれほど紙数を割いていないにもかかわらず、本書のボリュームは厚い。これは何を意味するのか。私は、その理由をアナログな運用が依然としてビジネスの現場を支配しているためだと考えている。アナログな運用とは、パソコンがビジネスの現場を席巻する前の時代の運用を指す。信じられないことに、インターネットがこれほどまでに世界を狭くした今でも、旧態依然とした運用はビジネスの現場にはびこっている。技術の進展が世の中のアナログな運用を変えない原因の一つ。それは、インターネットの技術革新のスピードが、人間の運用整備の速度をはるかに上回ったためだと思う。運用や制度の整備が技術の速度に追いついていないのだ。また、技術の進展はいまだに人間の五感や指先の運動を置き換えるには至っていない。少なくとも人間の脳が認識する動きを瞬時に代替するまでには。

本書が推奨するブロックチェーン技術は、人間の感覚や手足を利用する技術ではない。それどころか、日常の物と同じ感覚で扱える。なぜならば、ブロックチェーン技術はデータで成り立っている。データである以上、記録できる磁気の容量だけ確保すればいい。簡単に扱えるのだ。そして、そこには人間の感覚に関係なくデータが追記されてゆく。取引の履歴も持ち主の情報も。例えば上に挙げた硬貨にブロックチェーン技術を組み込む。つまり授受の際に持ち主がIrDAやBluetoothなどの無線で記録する仕組みを使うのだ。そうすると記録は容易だ。

そうした技術革新が何をもたらすのか、既存のビジネスにどう影響を与えるのか。そこに本書はフォーカスする。同時に、発展したインターネットに何が欠けていたのか。本書は記す。

本書によると、インターネットに欠けていたのは「信頼」の考えだという。信頼がないため、個人のアイデンティティを託す基盤に成り得ていない。それが、これまでのインターネットだった。データを管理するのは企業や政府といった中央集権型の組織が担っていた。そこに統制や支配はあれど、双方向の信頼は醸成されない。ブロックチェーン技術は分散型の技術であり、任意の複数の端末が双方向でランダムに互いの取引トランザクションを承認しあう仕組みだ。だから特定の組織の意向に縛られもしないし、データを握られることもない。それでいて、データ自体には信頼性が担保されている。

分散型の技術であればデータを誰かに握られることなく、自分のデータとして扱える。それは政府を過去の遺物とする考えにもつながる。つまり、世の中の仕組みがガラッと切り替わる可能性を秘めているのだ。
その可能性は、個人と政府の関係を変えるだけにとどまらないはず。既存のビジネスの仕組みを変える可能性がある。まず金融だ。金融業界の仕組みは、紙幣や硬貨といった物理的な貨幣を前提として作り上げられている。それはATMやネットバンキングや電子送金が当たり前になった今も変わらない。そもそも、会計や簿記の考えが物理貨幣をベースに作られている以上、それをベースに発達した金融業界もその影響からは逃れられない。

企業もそう。財務や経理といった企業活動の根幹は物理貨幣をベースに構築されている。契約もそう。信頼のベースを署名や印鑑に置いている限り、データを基礎にしたブロックチェーンの考え方とは相いれない。契約の同一性、信頼性、改定履歴が完全に記録され、改ざんは不可能に。あらゆる経営コストは下がり、マネジメントすら不要となるだろう。人事データも給与支払いデータも全てはデータとして記録される。研修履歴や教育履歴も企業の境目を超えて保存され、活用される。それは雇用のあり方を根本的に変えるに違いない。そして、あらゆる企業活動の変革は、企業自身の境界すら曖昧にする。企業とは何かという概念すら初めから構築が求められる。本書はそのような時期が程なくやってくることを確信をもって予言する。

当然、今とは違う概念のビジネスモデルが世の中の大勢を占めることだろう。シェアリング・エコノミーがようやく世の中に広まりつつある今。だが、さらに多様な経済観念が世に広まっていくはずだ。インターネットは時間と空間の制約を取っ払った。だが、ブロックチェーンは契約にまつわる履歴の確認、人物の確認に費やす手間を取っ払う。

今やIoTは市民権を得た。本書ではBoT(Blockchain of Things)の概念を提示する。モノ自体に通信を持たせるのがIoT(Internet of Things)。その上に価値や履歴を内包する考えがBoTだ。それは暗号通貨にも通ずる考えだ。服や本や貴金属にデータを持たせても良い。本書では剰余電力や水道やガスといったインフラの基盤にまでBoTの可能性を説く。本書が提案する発想の広がりに限界はない。

そうなると、資本主義それ自体のあり方にも新たなパラダイムが投げかけられる。読者は驚いていてはならない。富の偏在や、不公平さといった資本主義の限界をブロックチェーン技術で突破する。その可能性すら絵空事ではなく思えてくる。かつて、共産主義は資本主義の限界を凌駕しようとした。そして壮大に失敗した。ところが資本主義に変わる新たな経済政策をブロックチェーンが実現するかもしれないのだ。

また、行政や司法、市民へのサービスなど行政が担う国の運営のあり方すらも、ブロックチェーン技術は一新する。非効率な事務は一掃され、公務員は激減してゆくはずだ。公務員が減れば税金も減らせる。市民は生活する上での雑事から逃れ、余暇に時間を費やせる。人類から労働は軽減され、可能性はさらに広がる。

そして余暇や文化のあり方もブロックチェーン技術は変えてゆくことだろう。その一つは本書が提案する音楽流通のあり方だ。もはや、既存の音楽ビジネスは旧弊になっている。レコードやCDなどのメディア流通が大きな割合を占めていた音楽業界は、今やデータによるダウンロードやストリーミングに取って代わられている。そこにレコード会社やCDショップ、著作権管理団体の付け入る隙はない。出版業界でも出版社や取次、書店が存続の危機を迎えていることは周知の通り。今やクリエイターと消費者は直結する時代なのだ。文化の創造者は権利で保護され、透明で公正なデータによって生活が保証される。その流れはブロックチェーンがさらに拍車をかけるはず。

続いて著者は、ブロックチェーン技術の短所も述べる。ブロックチェーンは必ずしも良いことずくめではない。まだまだ理想の未来の前途には、高い壁がふさいでいる。著者は10の課題を挙げ、詳細に論じている。
課題1、未成熟な技術
課題2、エネルギーの過剰な消費
課題3、政府による規制や妨害
課題4、既存の業界からの圧力
課題5、持続的なインセンティブの必要性
課題6、ブロックチェーンが人間の雇用を奪う
課題7、自由な分散型プロトコルをどう制御するか
課題8、自律エージェントが人類を征服する
課題9、監視社会の可能性
課題10、犯罪や反社会的行為への利用
ここで提示された懸念は全くその通り。これから技術者や識者、人類が解決して行かねばならない。そして、ここで挙げられた課題の多くはインターネットの黎明期にも挙がったものだ。今も人工知能をめぐる議論の中で提示されている。私は人工知能の脅威について恐れを抱いている。いくらブロックチェーンが人類の制度を劇的に変えようとも、それを運用する主体が人間から人工知能に成り代わられたら意味がない。

著者はそうならないために、適切なガバナンスの必要を訴える。ガバナンスを利かせる主体をある企業や政府や機関が担うのではなく、適切に分散された組織が連合で担うのがふさわしい、と著者は言う。ブロックチェーンが自由なプロトコルであり、可能性を秘めた技術であるといっても、無法状態に放置するのがふさわしいとは思わない。だが、その合意の形成にはかなりかかるはず。人類の英知が旧来のような組織でお茶を濁してしまうのか、それとも全く斬新で機能的な組織体を生み出せるのか。人類が地球の支配者でなくなっている未来もあり得るのだから。

いずれも私が生きている間に目にできるかどうかはわからない。だが、一つだけ言えるのは、ブロックチェーンも人工知能と同じく人類の叡智が生み出したことだ。その可能性にふたをしてはならない。もう、引き返すことはできないほど文明は進歩してしまったのだから。もう、今の現状に安穏としている場合ではない。うかうかしているといつの間にか経済のあり方は一新されていることもありうる。その時、旧い考えに凝り固まったまま、老残の身をさらすことだけは避けたい。そのためにもブロックチェーン技術を投機という括りで片付け、目をそらす愚に陥ってはならない。それだけは確かだと思う。

著者によるあとがきには、かなりの数の取材協力者のリスト、そして膨大な参考文献が並んでいる。WIRED日本版の若林編集長による自作自演の解説とあわせると、すでに世の趨勢はブロックチェーンを決して軽んじてはならない時点にあるがわかる。必読だ。

‘2018/03/09-2018/03/25


SFを実現する 3Dプリンタの想像力


今、世を騒がせている情報技術に関する言葉たちをあげてみる。クラウド、ビッグデータ、暗号(仮想)通貨、ブロックチェーン、人工知能、シンギュラリティ、ナノロボット、IoT。このほとんどは、実は目には見えない仕組みで動いている。目に見えない仕組みとはロジックやデータのこと。IoTにせよ、pepperで分かりやすい人工知能にせよ、裏側はロジックとデータの支配する世界。データ集約と分散の繰り返しからなっている。

そんな中、本書で扱う3Dプリンタのみが少し異彩を放っている。どう異彩を放っているかというと、動作の時間軸が人間の感覚に近いことだ。3次元のモデリングや、それを形にするロジックは人間など比ではなく速い。だが、それを形にするスピードにおいて、人間の感覚に近いのだ。それは、上にあげたキーワードでいうと、人工知能の一部に近い。人工知能の中には絵を描いたり歩いたりする物があり、そのスピードはヒトの動作に近いのだ。つまり、言い方を変えれば、すでに情報処理の発展は人類の動作に近づきつつあるのだ。

長らく、情報処理の入出力は二次元の地平に閉じ込められてきた。二次元とはディスプレイやプリンタ上の出力を想像してもらえれば容易に思い起こせる。ディスプレイも10年ほどでポリゴンから3Dの質感を持つ動きや姿の再現が可能になってきた。が、それらもスクリーンやディスプレイで表現されているうちは、二次元のかべをやぶれなかった。あくまでも陰影や色相で立体感を表現していただけだ。一方、プリンタも伝票をひたすら破り続けるような音を立てるドットインパクトプリンタから、インクジェットに至るまで、紙の平面に出力することがせいぜいだった。

入力もそう。キーボードも二次元の産物。QRコードやEAN、CODE39なども全て二次元。音声入力ですら波長に還元すれば二次元となる。平面スキャンされた画像も二次元でOCRで読み取ってテキストデータに変えるのも二次元。つまり、情報処理の入出力とは二次元の縦横の中で発展してきた技術なのだ。

ところが本書で紹介される3Dプリンタは違う。もはや入出力ともに3次元の空間を自在になぞる。縦横奥行き。それは大多数のヒトが持つ視覚に近い。一流の工芸作家が生み出す工芸品は、私も去年、超絶技巧の世界展で目にしてきた。空間の座標から質感を含めて再現する技には感嘆の言葉すらむなしく聞こえるばかりだ。ところが、3Dプリンタのスキャニング能力と再現能力は、すでに一流工芸作家の技に近づき、追い越し、凌駕しつつある。

本書が扱う概念は、それだけではない。そもそもデータが目に見えないと書いた先の指摘すら今や古い。3Dプリンタとは、データを物質に変えられるのだから。つまり触れられるデータを具現化するのが3Dプリンタなのだ。ということは3Dプリンタは、机を工場にできる。そして、物質のデータさえ完全に手に入れれば、データを転送して離れた場所で再構成も可能。つまり、すでに実験室ではSFの世界が実現されつつあるのだ。

3Dプリンタはまだあまり市販されていない。市販はされているが、一家に一台どころか、好事家でもない限り普及もしていない。なので一般的には3Dプリンタがどこまで進化しているのか知らない方も多いはずだ。本書は、大学で研究生活を送る著者が、最先端の3Dプリンタ事情を紹介してくれる。

本書は何がいいかというと、技術と社会の関わり方を紹介していることだ。それは、研究室の中で産まれる概念でもある。その概念とは実生活と遊離し、役に立たないのでは。そんな懸念もあるはずだ。たしかに、本書で紹介されているほとんどは、実生活であまり見かけないからだ。ところが本書が紹介する事のほとんどは、FABスペースと呼ばれる街中の工房で体験も見学もできるのだ。

例えば、コワーキングスペースという言葉がある。私のような技術者が作業したり仕様を打ち合わせたり、黙々と作業する場だ。各地にそうしたスペースがあり、私も十数カ所は訪れた。FABスペースとはこのスペースに工具を置き、自由に工作し、実験を行える場所だ。私が訪れたコワーキングスペースでもそうした工具を設置しているところがあった。だがFABスペースはさらに工具や実験精神に溢れている。コーディングや打ち合わせよりも手を動かしたい人のための場所だ。私はFABスペースをまだ訪れた事はない。だが、本書の記述からはそのような創造精神にあふれる場所であることがわかる。

創造とは、一人から産まれることもあるが、協働によってさらに膨らんでゆく。本書で紹介されるたくさんのアイデア。それはこういうFABスペースや著者の研究室での共同研究から産まれている。本書を読むまで、自走する3Dプリンタの存在は知らなかった。エルサレムの嘆きの壁の前で壁をスキャンし、その模様を再現した木の机をつくる試みも。また、自己を複製する3Dプリンタがあることすらも。本書にちりばめられた膨大な知見は、目に見えないデータの連動が多くを占めている今の技術の流れに確実に一石を投じている。そして、本書の至る所で太字で記されているキーワードの多彩さは、私たちが気づくべきパラダイムの変化について注意を喚起している。

地方創生どころか、インドの片田舎には工場がないのに、3Dプリンタだけで日常の道具を作る村があること。グローカルとはここ数年聞く言葉だが、もはやグローカルはそこまで進んでいるのだ。それは、データでモノを転送できる3Dプリンタがなし得る奇跡なのだ。

パラダイムの変化。グローバルからグローカルへ。いわゆる情報技術の発展とは違う何か。3Dプリンタが成し遂げる変化には何かがある。おそらくそれは、人工知能が人間をはるか後方に置いていってしまった後に、人類の救いとなる何かではないだろうか。本書を読んでいると著者もその部分に期待しているように思えてならない。著者はその究極の状態を「情報と物質が等価になる世界」226Pと表現している。違う言い方では「フィジカルなものが、デジタルの特徴を吸収してしまう、という反転」(226P)ともいう。

IoTの開発では感じられないその境地への接近。私は何やらこちらのフィジタルの世界に惹かれているようだ。早いうちに著者も参画しているというファブラボ鎌倉に行って見て試してみたいと思う。

‘2017/04/24-2017/04/29


プランク・ダイブ


本書を読む前、無性にSFが読みたくなった。その理由は分かっている。本書を読む少し前からワークスタイルを変えたからだ。常駐先での統括部門でのフル稼動から、月の半分を自分で営業し仕事を請けるスタイルへ。それは技術者としてプログラマとして第一線に立つことを意味する。その自覚が私をSFへと向かわせたのだろう。

また、SFジャンルの今を知りたくなったのも本書を手に取った理由だ。今は現実がかつてないほどSFに近づいた時代。A.Iを取り上げた記事が紙面やサイトを賑わせ、実生活でもお世話になる事が多くなりつつある。ドローンは空を飛び交う機を静かに伺い、Googleが世に出したAlphaGoはついに現役の囲碁世界チャンピオンを破った。今やサイエンス・フィクションと名乗るには、中途半端なホラ=フィクションだと現実の前に太刀打ちできない。

そのような現実を前に最前線のSF作家はどのような作品で答えるのか。そのことにとても興味があった。著者の作品を読むのは初めてだが、現代SF作家の最高峰として名前は知っていた。著者ならば私の期待に応えてくれるはずだ。

本書に納められた作品は直近で2007年に発表されたものだ。そのため、ここ数年の爆発的ともいえるIT技術の発展こそ本書には反映されていない。だが、本書は人々が当たり前のようにネットを使い、人工知能を現実のものとして語る時代に産み落とされている。

果たして著者の産み出す未来世界は現実を凌駕し得るか。

私の問いに対し、著者は想像力と科学知見の全てを駆使して応えてくれた。私の懸念は著者の紡ぐ新鮮なSFによって解消されたといっていい。サイエンス・フィクションの存在意義が科学を通して読者に夢を見させることにあるとすれば、本書はそれを満たしている。私にとって本書は、科学が発達した未来の姿だけでなく科学がもたらす希望も与えてくれた作品となった。

本書の内容は難解だ。だが、面白い。本書に登場するのは人類の未来。その未来では人工知能によって人類が滅ぼされておらず、人類が技術を乗りこなしている。遠い遠い未来の話だ。その未来には私の実存は無くなっていることだろう。だがもしかするとデータとして残っているかもしれない。あわよくば、私という実存はデータとしてだけではなく、意識して思考する主体として活動しているかもしれない。そんな希望が本書には描かれている。

ここまで書いて気づいた。私が自分の死を恐れていることに。人類が絶滅し、私の意識が無限の闇の中に沈んでいくことに。

本書には、未来の人類が登場する。そして彼らは意識をデータ化し事実上の不死を実現している。

その技術の恩恵を今の世代が受けることはおそらくないだろう。不死を手に入れる特権は、さらに未来の世代まで待たねばならない。私たちは果たして死した後に何を残せるのだろうか。本書のとある一節では、既に亡くなった死者をデータ化して復活させることは難しいと宣告される。今の私たちが実存者として意識し思考する事はおそらくないだろう。それでも、本書からは人類の未来に差すいく筋かの光が感じられた。

それは私にとって何よりの喜びであり救いだ。

本書には、難しい宇宙論を駆使した一編が収められている。芸術や物語という、今の我々が依って立ち、救いとしている伝承や伝統を突き放し、否定するような一編もある。

それでもなお、本書に収められた科学の行く末は、我々に取っての希望だ。

囲碁が人工知能に負ける時代を共有している私たち。この中でどれほどの人々の生きた証が後世に残されるのか。そんな技術の恩恵に与れるのは一握りなのかもしれない。でも、本書には書かれていないとはいえ、あらゆる社会的な矛盾が技術によって一掃された未来。本書からはそのような希望すら汲み取れる。

‘2016/04/10-2016/04/14


プラチナデータ


4151W64kxVL

ビッグデータ。ここ数年、IT業界で話題に上ることの多いキーワードである。どういうデータなのか?一言で表すと、個人の購買、行動履歴を含んだ大量のデータ、とでも言えばよいか。ビッグデータを分析することで、マクロ・マイクロを含めた経済動向や、消費者の購買傾向を読み解ける。そう識者は謳う。政府・日銀による経済政策策定の基礎データとして、又は、企業が自社製品の開発やマーケティング戦略に活用できるとの触れ込みで、脚光を浴びた言葉である。

しかしデータ活用など、以前から普通に云われ続けたこと。ビッグデータといっても所詮はキャッチコピーでしかない。だが、データ分析と活用の重要度は廃れるどころか今後も増すと思われる。

著者の元エンジニアとしての嗅覚は、大分前からこの事を察知していたに違いない。世の中のIT技術が小説の小道具として違和感なく使えるようになるまで、本書のアイデアを小説化する機会を伺っていたのではないだろうか。

今から二十年ほど前に流行った言葉にプロファイリングがある。犯罪者が現場に残した証拠から、犯罪者本人の性格や性別といった個人情報を類推する技術である。これまた、19世紀から、ロンドン、ベーカー街の高名な探偵が用いていた技術の焼き直しである。

このプロファイリングを膨大なビッグデータを活用して行うのが、本書のアイデアの肝となる。犯罪現場の状況を大量のデータに突き合わせることで、該当する人物像を即座に呼び出せるシステム。このシステムをめぐり、謎がなぞを呼ぶ。

ある事件の現場データを主任技術者が分析にかけると、該当する人物像として導かれた結果は、主任技術者本人。それは何故か。高性能な情報監視技術を狙う他国の謀略か、はたまた、ある事件の犯人による高度な細工か、または分析システムのバグに過ぎないのか。

このような基本プロットが、著者のストーリーテリングの腕にかかるとどうなるか。一級のサスペンスとしての本書は約束されたようなもの。するすると読めてしまう。

だが、惜しむらくは筋書きがスパイ小説の定石に陥ったことだろうか。真相解明にも奇抜な発想への驚きはなく、真犯人を知った時の驚愕が待っている訳でもなかった。そのような読後のカタルシスには残念ながら出会えなかった。

しかし、だからと言って本書を読むに値しないと決めるのは早計だ。本書はビッグデータの可能性を世に問うことを目的としているのかもしれない。IT技術者の端くれとして書くと、このような技術はとっくに運用されていても驚かない。先年もアメリカでNSAの存在がリークされ、世界を覆う監視網の存在が明らかになった。安易な陰謀論には与しない事を信条とする私だが、データ分析によるプロファイリングという本書の提起は、あり得ることと考えている。

‘2014/9/16~’2014/9/18


国民ID制度が日本を救う


構想がマスコミで取り上げられる前から、私は国民ID制度には賛成であった。国民ID制度が世の話題に上り始めた頃、制度に対し国民総背番号制云々といった揶揄が横行していた。私はそのような、本質とは違った世論を醒めた眼で眺めていた。

データ管理を行う上で、ユニークな番号、つまりIDを抜きにすることはあり得ない。データの集まりであるテーブルとテーブルを結びつける上で、ユニークなキーがあって初めて、テーブル間のデータに一貫性が保たれる。好むと好まざるにかかわらず、IDはデータ管理の上で欠かせないものである。言うまでもなく、国民ID制度が始まる前から、官公庁では国民のデータ管理が行われていた。データ管理を行う以上、IDはデータそれぞれに振られ、テーブル・システム間を結び付ける。実質的には国民ID制度が施行以前から行われていたといってよい。統一したIDがなく、当局の担当者毎の恣意によって割り振られたIDが国民公開されていなかっただけのことである。

私も国民ID制度をくまなく見た上で賛成した訳ではない。むしろ、感情的に反対したい気持ちも理解できる。しかし、IT技術者の端くれから見て、賛成以外の選択肢はありえない。データ管理を行う以上、各データテーブルを結びつけるキー項目となる、IDは避けては通れない。なお、私はIT技術で飯を食っているとはいえ、仕事上では国民ID制度に関する作業に携わったことはない。一利用者として、年に一回、e-taxでお世話になる程度の関わりである。

今は上に挙げたような感情的な反対意見は影を潜め、運用やセキュリティといった観点からの反対論が主流になっているようである。それら懸念については、私も理解する。国がその点について十分な説明を国民に尽くしたかと聞かれれば、疑問である。よりわかりやすく、より簡潔な国民ID制度についての書物は必須である。

本書の著者は、国民ID制度を推進する団体の方である。本書の内容も国民啓蒙書として、国民ID制度を推進する意図で書かれている。本来は国がなすべき国民への説明を、本書が替わりに担っているとも取れる。

啓蒙を目的としただけあり、本書の内容には参考になる点が多い。IT技術に疎い読者層に配慮し、記述は出来るだけ易しく、技術的な内容には深く触れない。暗号化やネットワークのルーティングの仕組みなど、IT門外漢を惑わせるような技術の説明も避けている。唯一技術面な説明がされているのは、IDのリレーションについての記述くらいだろうか。冒頭に、IDはデータ管理上必須と書いた。私が思うに、ID制度について反対した人々の真意は、ID管理そのものではなかろう。一意のIDで管理することで、そのIDが漏れるとすべての個人データにアクセス可能となる、そのことについての不安ではないかと思う。ただ、IDをキーとしたデータ間の連結は、制度の肝となる部分であり、逆にいうと不安を与えかねない部分である。果たして個人IDが漏れるだけで、全ての個人情報が漏れることはあるのだろうか。本書では日本以外の諸外国の事例も挙げており、それによると様々な考え方や運用方法があることが分かる。日本では内部で各データ間を関連させるためのIDが別に設けられており、そういった事例は考えにくいとのことである。このような説明こそ国によってもっと広く分かりやすく行われるべきなのである。

本書の主な構成は、ID制度が深く浸透したエストニアなどのID制度先進国の事例を参考に、ID制度で遅れをとった我が国の行政上の問題点の種々から、翻ってその利点を述べるものである。目次の各章を以下に挙げる。

第1章 あたりまえのことができていない国
第2章 国民ID制度は世界の常識
第3章 IT戦略の「失われた10年」
第4章 国民IDの不在が生み出す深刻な問題
第5章 行政システムを一気に変える起爆剤
第6章 情報漏洩はこうして防ぐ
第7章 便利で公平で安心な社会を目指して

東日本大震災での被災者対応の混乱、役所での手続きの煩雑さ。ID制度が整備されていれば、と思わされる点である。また、エストニアで実現した電子投票による投票率の向上と開票作業の迅速化などが長所として挙げられている。

だが、本書で取り上げた問題点や長所の事例によって恩恵を受けるのは誰か。それは行政である。行政内部での効率化に、ID制度は絶大な効果を発揮することであろう。本書でもその試算額を年間3兆円以上と謳っている。しかし、その恩恵を納税者たる我々国民はどれだけ享受できるのか。それこそが国民ID制度の問題点であり、わが国で頑強な導入反対論が勢力を保つ理由である。国民ID制度は、国民を直接的に幸せにできるのか。それこそが国民ID制度の構想当初から付いて回る問題である。この問題を解決せずして、ただでさえ実名開示が理解されづらく、プライバシーに敏感な日本では、国民ID制度は普及しないといっても過言ではない。残念ながら、本書の中で、その点については明快な解決案は提示されていない。間接的な、どこか奥歯に物が挟まったような長所しか述べられていない。たまにしか行かない役所での待ち時間短縮や、稀にしか起きない大災害での復旧速度アップだけだと長所としては弱い。

技術が生まれ、それが世に行き渡るための要因として、食欲・睡眠欲・性欲の俗にいう3大欲求が言われる。また、時間・空間・人間関係といった三つの「間」を埋めることのできる技術は、浸透も速い。

国民ID制度の場合、導入効果として行政内部の時間を埋めることに効果のほとんどが集中している。他のどのような「間」を国民ID制度は埋めることができるのだろうか。ただでさえ効率化が諸国に比べて突出している我が国で、国民ID制度の利点をどこまで提唱できるのだろうか。難しい問題である。年間3兆円以上の効果が国防に回るのか、福祉に回るのか、それとも建設業者を潤すだけに終わるのか。国民にはお金ではなく、上に挙げた「間」を埋めるだけの利便性を示したほうがよいように思える。

私個人の案としては、さらにネットワーク基盤が整備され、端末を通じた遠隔での諸作業が実現した際に、ID制度が威力を発揮するのではないかと考えている。例えば遠隔医療。例えば窓口対応。日常で遭遇する行列に着目すれば、自ずと利用分野も見つかることだろう。

しかし、それまではIDを利用したサービスの適用範囲を拡大していき、時間・空間を埋める基盤記述としてのID制度の利便性を訴えていくしかない。まず制度を見切り発車させ、その後で浸透させようとした総務省の判断も分からなくもない。が、その後の展開にこれといったブレークスルーが生まれなかったのが痛い。

本書では、そのための一つとして興味深い提案がされている。ID発行を免許更新センターに任せようというものである。日本での身分証明書として、自動車運転免許証はもはや欠かせないものになっている。免許情報の漏洩といった話も聞いたことがない。面白い提案だと思う。

いささか楽観的ではあるが、ID制度は、反対論がどう吹こうとも、ゆくゆくは当たり前のインフラとなっていくことと思う。私もIT技術に関わる者として、何か手伝えるように努力を続けたいと思う。

’14/05/23-‘14/05/27


マルドゥック・スクランブル〈改訂新版〉


SFを読まなくなってだいぶ経つのだが、面白い作品に巡り会えず読まなくなったのではない。むしろSFこそは想像力の限りを尽くして世界観を構築する刺激的なジャンルだと思っている。それゆえに読者にもその技術に裏打ちされた世界観を理解することが求められ、私の未熟さでは太刀打ちできずに読まなくなったのが本当のところである。

なので、独自の世界観の上に載る技術や環境を創造し、なおかつその環境に溶け込んだ登場人物の行動や心中を描ききった作品、つまり読みやすい作品に出合えた時の喜びは格別である。

本書は上の条件を兼ね備えた、日本SF史に残る作品だと思う。

また、本書に現れる登場人物には、世界観にあった性格や状況設定だけでなく、その設定の中でもさらに数捻り加えた巧みな人物造形を施しており、世界観だけに頼りがちなSFとは一線を画した複雑な筋運びが楽しめる。

私のようにSFを読まなくなったり、読まず嫌いな人は技術や世界観の説明だけで読む気を失った人が多いと思うが、本書はそのあたりの配慮も行き届いている。筋運びに停滞を感じさせない工夫
がある。

見せ場であるギャンブルの場面などは、SF設定だからこそできる圧巻の描写であり、SFであることの有利さを最大限に活かしている傑作場面ではないかと思う。

’12/02/16-’12/02/22