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夜の国のクーパー


著者の新境地を拓くのが本書である。全くの異世界を創造し、その中で推理小説や冒険小説といった軛から逃れ、著者の軽妙な語り口すら排している。描かれるのは人と猫が会話をし、何かが何かを象徴する世界。

著者の作品のほとんどは読んでいるが、本書は著者の新たな挑戦として受け入れたい。ただ、著者の他の作品ほどには私の心には響かなかったところがある。なぜかというと初期設定が既出の有名作品によく似ているから。それは漫画の「進撃の巨人」である。外部の強大な敵から壁を作って閉じこもる人類と、それをたまに迎撃に向かう兵士たち、という設定。両者ともにほとんど同じである。それで、興を削がれてしまった。本書の刊行時と進撃の巨人の連載開始のタイミングが微妙に似通っていて、どちらが盗作といった失礼かつ無礼なことはないと思う。おそらくは偶然の一致が為したものだろう。が、その雑音が私の頭の中を乱反射し、どうにも本書に集中できなかった。

そういった雑音さえうまくシャットアウトできれば、本書は面白く読めるのではないかと思う。本書の導入部で、その独特の世界観を速やかに把握できるかどうかで本作の評価は変わるのではないか。後半になると提示されていた世界観がガラッと転換する瞬間があり、種が明かされる。こういったどんでん返しは、著者の作品ではあまり見かけなかったような気がする。そういったテクニックにもなおさら著者の挑戦を感じた。

他の作品では言葉の本質を探るパラグラフを随所に挟み、そこから人生の機微を切り取るのが得意な著者である。本書はもっと大きな単位、つまり人としての視点から人生を俯瞰し、機微を探っている。上に挙げたテクニックが開示される瞬間、本書から人は普段自分が観ている光景について、疑いを持つような仕掛けになっている。著者なりの哲学や人生観、世界観を、このような方法で提示することができるのも、小説家冥利に尽きるのかもしれない。

’14/06/08-‘14/06/13


すべての美しい馬


少年と青年を隔てるものがなにか、という主題について近代文学では、幾多の作家が採り上げてきた。

大部分の人は少年から青年への移り変わりに気付かず、青年になって初めて自分が何を失い何を背負ったかを知る。そして、社会に囲われ時代に追われる自分を突き付けられる度に、こんなはずではなかったと精進を誓い、そこから逃れるために少年期の自分が何者だったかもう一度思い返そうと文章に表したり、読み返したりすることで、失われた過去を取り戻そうとする。

私などがそのいい見本である。

本書は少年から青年への通過儀礼を描く試みに成功しているばかりか、国境越えと恋愛、そして荒野と都会との対比など、重層的なテーマを詩的な文体の中に散りばめることで、見事な文学作品として体をなしている。

広がる荒野、夜空に瞬く星々、素朴な人々、そして生命力の象徴である馬。それら描写は少年のまっさらな人生のこれからの可能性を想像させて余りある。

逆に、少年の農場が工場になる将来、粗暴な人々、新たな出会い、そして別れは青年に降りかかる試練を暗示しているように思える。

本書では重要な分岐点として、主人公の燃えるような恋と、それがもたらす新たな苦難についても残酷なまでに筆を揮っている。人生にとって恋が分岐点となる展開は、通俗的ではあるが、外せない点ではないか。

読み終えた後、読者は主人公たちが少年から青年へと成長を遂げ、これから彼らがどんな人生を歩んでいくのだろうと思わずにはいられない。子供の時にあれほど憧れていた大人の世界を、大人になった今どう思っているか、読者の想像力に委ねられる部分であり、読書の醍醐味もここにあるのではないだろうか。

大方の人がこういった分かり易い通過儀礼を経ている訳ではないけれど、自分の過ぎ去った成長の跡を思い返すきっかけには相応しい作品である。

’12/02/24-’12/02/29