Articles tagged with: 総務

労働基準法と就業規則


平成三十一年を迎えた新年、令和の時代を間近に控え、私は自分の経営する会社に社員を雇う事を真剣に検討していた。

人を雇うといっても簡単なことではない。ましてや、十数年の間を一人でやっていく事に慣れてしまった私にとって、雇用にまつわる諸々の責任を引き受ける決断を下す事は、とても大きなハードルとなっていた。

ただ単に人に仕事を教え、ともに案件をこなしていく。それだけなら話は簡単だ。
だがそうはいかない。
人を雇う事によってさまざまに組織としての縛りが発生する。給与の定期的な支払いも欠かせない。だから営業上の努力も一層必要となる。そして会社として法律を全体で守っていかねばならない。そのために社員を統括し、不正が起きないよう管理する責任もある。
そうした会社として活動の基準として、就業規則の策定が求められる。

雇用とそれにまつわる諸作業の準備が必要なことは分かっていた。
そのため、前年の秋ごろから税理士の先生や社労士の先生に相談し、少しずつ雇用に向けた準備を始めていた。

本書は、その作業の一環として書店で購入した。

先に十数年にわたって一人での作業に慣れていた、と書いた。
一人で作業するのは楽だ。
何しろ、就業ルールについては自分が守っていればいいのだから。だから長きにわたって一人の楽な作業から抜け出す決断もくださずにいた。

もちろん、就業ルールは自分の勝手なルールで良いはずがない。
私の場合、常駐の現場で働く期間が比較的長かった。そのため、参画した現場に応じたルールは守るようにしていた。
例えば、労働時間は定められていた。遅刻や早退があっても、そこには契約上の勤務時間が定められていた。休日や休暇についても同じ。

ところが、私は二年半まえに常駐先から独立した。
完全に自由な立場になってからは、労働時間や休日ルールからは完全に自由な身となった。好きなときに働き、好きなときに休む。
その自由はもちろん心地よく、その自由を求めて独立したような私にとっては願ったものだった。それ以来、私はその特権を大いに享受している。

ところが人を雇用する立場になると、完全に自由と言うわけにはいかない。私がようやく手に入れた働き方の自由を再び手放さなければならないのだ。
なぜなら、仕事を確実にこなすためには完全な放任はあり得ないからだ。
私は自分自身が統制や管理を好まないため、人に働いてもらうにあたっても自由にやってもらいたいと思っている。もちろんリモートワークで。

業務を回すため、かなりの管理を省けるはずだ。だが、たとえわずかでも統制や管理は発生する。
だが、それだけではない。
就業規則の策定は企業として必要になってくる。
もし弊社が自由な働き方を標榜する場合も、その旨を就業規則に明記しなければならない。
リモートワークやフレックスタイムを採用するのなら、その枠組みを設けている事を就業規則として宣言しなければならない。

たとえ私と雇用した従業員の間に完璧な信頼関係が成り立っていたとしても。紳士協定に甘えた暗黙の雇用関係は許されない。ましてや自由な放任主義などは。

仮に社員の数が少ない間、すべての社員を管理できていたとする。でも、将来はそんなわけにはいかなくなるはずだ。もし人を雇用し、会社を成長させていくのであれば、一人で全ての社員の勤務を管理することなど不可能になってくるに違いない。
将来、弊社が多くの社員を雇用できたとする。その時、私がすべての社員の勤務状況を把握できているだろうか。多分無理だろう。
つまり、いつかは人に管理を任せなければならない。その時、私の考えを口頭だけでその管理者に伝えられると考えるのは論外だと思う。
だからこそ、管理者の人がきちんと部下を統括できるよう、就業規則は必要となるのだ。

だからこそ、本書に書かれた内容は把握しておかねば。多様な労働と、それを支える法律をきちんと押さえた本は。それは経営者としての務めだ。

本書は8つの章からなっている。

第1章 労働基準法の基礎知識
第2章 雇用のルール
第3章 賃金のルール
第4章 労働時間のルール
第5章 休日・休暇のルール
第6章 安全衛生と災害補償のルール
第7章 解雇・退職のルール
第8章 就業規則の作成

本書がありがたいのは、CD-ROMもついており、書類のテンプレートも豊富に使えることだ。

もう一つ、本書を読んでいくと感じるのは、労働者の権利擁護がなされている事だ。
労働者の権利とは、会社という形態が生まれた17世紀から、長い時間をかけて整備されてきた
年端もいかない子供を遅くまで劣悪な環境で働かせていた産業革命の勃興期。
だが、劣悪な状況は17世紀に限った話ではない。つい最近の日本でもまかり通っていた。

私自身、若い頃にブラック企業で過酷な状況に置かれていた。

働く現場は、労働者側が声を上げないかぎり、働かせる側にとってはしたいようにできる空間だ。
容易に上下関係は成立し、ノルマや規則という名の統制も、経営側の意志一つで労働者側は奴隷状態におかれてしまう。

私はそういう目にあってきたからこそ、雇う人にはきちんとした待遇を与えたいと思っている。
だからこそ、今のような脆弱な財務状況は早く脱しないと。

結局、弊社が人を雇う話は一年以上たった今もまとまっていない。業務委託や外注先を使い、これからもやっていく選択肢もあるだろう。だが、雇用することで一つ大きな成長が見込めることも確かだ。そのことは忘れないでおきたい。

本書を読んだことが無駄にならぬよう、引き続きご縁を求めたいと思う。

‘2019/01/13-2019/01/17


銀行総務特命


タイトルだけみると、駅のキオスクに売られている廉価な文庫本が想像できてしまう。お色気満載の。しかし、タイトルだけ見て判断するのは早計だ。著者が量産型作家に堕したと考えることもあわせて慎みたい。

本書は短編集である。どれも主人公は指宿。彼の肩書きは帝都銀行総務部特命担当。タイトル通り、特命部署に任じられた指宿の活躍を描いている。

金を扱う銀行はその裏に隠す顔がなんであれ、公正で清潔な印象を保たねばならない。一方で銀行は、おおぜいの行員の働く組織だ。多様な考えを持つさまざまな立場の人々が集って仕事をするわけだから過ちも悪行も起きる。しかし、銀行にとって信用こそが全て。過ちを人間のやることだからと看過するのはご法度。過ちは二度と起きないように原因から断つ。悪行は早めに芽をつむ。そのままにしておけば、やがては組織をむしばみ取り返しのつかない事態につながる。指宿の役目とは、そのような銀行内のスキャンダルを未然に防ぐことにある。

スキャンダルにもいろいろある。顧客情報の漏洩。裏金の処理。行員のAV出演。行員家族の誘拐・脅迫。行員によるストーキング行為。行内の権力争い。パワハラ。他行の不正指摘。これらスキャンダルはなにも銀行だけの問題ではない。どの組織にも起こりうる話だ。しかしそれらはどれも組織に深刻なダメージを与えかねないもの。ましてやそれが銀行であればなおさら。

本書は8章からなっている。そして各章は、それぞれがテーマに沿って書かれている。上に挙げたスキャンダルのあれこれが、各章のテーマとして取り上げられている。

本書の強みは、著者が銀行出身者であることだ。そのため、短編でありながら、各編で書かれる内容は深い知識の裏打ちに基づいている。行内の組織、情報伝達経路、用語など、本書に登場する専門用語は少なくない。おそらくは著者が銀行在職中に日常的に使っていた用語なのだろう。それらを自由に使いこなし、本書にさりげなく組み込めるのは著者ならではといえる。私にとってはむしろ、著者がここまで書いても許されるということが興味深い。機密保持契約には通常、在職中に知った情報は退職後も開示できないとの条項があり、銀行退職後も有効であるはずだから。

実在する特定顧客を連想させなければよいのだろうか。また、本書で書かれた行内の情報もこの程度であれば公知の情報と見なされるのだろうか。

例えば指宿の役職は調査役と設定されている。私は以前、某銀行本店で働いていたことがある。その際、調査役という役職名はよく耳にしていた。なお、私がいた銀行は著者の出身行ではないのだが、調査役という役職名が登場したことにちょっとした驚きをもった。つまり調査役とは銀行業界に共通する役職ということなのだろうか。私は他業界で調査役という役職があることは聞いたことがない。特命という役職もそう。これは私も聞いたことがない。だがいかにもありそうな名前にも思える。こういった役職名は公知情報という認識でよいのだろうか。とても興味がある。

著者の作品は今までにも何冊か読んできた。それで思ったのが、著者は銀行という組織に対して問題意識を持ち続けていたのだろうな、ということ。多分変えられるものなら変えたかったのかもしれない。著者は本書で総務という視点から銀行を見つめ直したいと試みたのだろう。

そこから見えたものとは、銀行もまた組織のひとつにすぎないこと。銀行だからといって組織的に他の企業と違うことはない。ただ、銀行は業務上、多額の金を扱う。つまり欲望が増幅されやすい現場なのかもしれない。そういった現場に身を置きながら、信用が全てという建前を貫かねばならないのが銀行だ。行員によっては表に見せる顔の裏側で欲望を沈殿させ、蓄えてゆく。そして奇妙にねじれた形で噴出させてしまう。

噴出した欲望の形を、読みやすい短編の形で提示したのが本書なのだろう。短編形態であるためそれぞれの話はさらっと終わる。しかし、銀行のような多忙な職場を舞台にすると、むしろこれぐらいで終わるのが実情に合っていると思う。著者の銀行観や組織観が伺える本書は、銀行を知る上で一つの参考になると思われる。

‘2015/12/09-2015/12/11