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アクアビット航海記 vol.39〜航海記 その24


あらためまして、合同会社アクアビットの長井です。
弊社の起業までの航海記を書いていきます。以下の文は2018/3/29にアップした当時の文章が喪われたので、一部を修正しています。
今回も家の処分について語ってみます。この経験を通して私をとても強くしてくれた家のことを。

家の防犯に取り掛かる


家の処分に着手した私。まず取り掛かったのは、家の防犯でした

当時、私たち夫婦と幼い長女が住んでいたのは、鉄筋三階建ての家屋でした。
その裏には木造二階建ての家が建っていました。本連載の第十九回にも書きましたが、私が初めて妻と出会った旅で泊めてもらった家です。

この家は空き家だったので、種々のリスクの温床となっていました。
たとえば、本連載の三十四回で登場した泥棒を稼業とする方にとって、裏の家は格好の獲物でした。
さらに本連載の第三十八回に書いたとおり、道路拡張を邪魔していると誤認した誰かの嫌がらせの標的になる恐れがありました。
裏の家が空き家で有り続ける限り、わが家は必ずならず者のターゲットになったことでしょう

もう一つの理由として、裏の家を片付ける必要を感じていました。いずれ訪れるはずの引っ越しの際、四代にわたって二軒の家にためこまれたモノの処分に難儀することは確実。今のうちに取り掛かっておかなければ。

初めて自分で契約書を作成する


私の手元に、弁護士のIさん向けに家の流れを説明した年表があります。弁護士のIさんは後の連載に登場していただきます。
その中の2002/12/29の出来事としてこう書かれています。
「友人「山下さん」に現住所木造2階建て家屋を貸す」
これは文字通り、私たち夫婦が住んでいた二軒のうちの木造2階建て(つまり裏の家)を山下さんに貸したことを示しています。

山下さんは私の大学の先輩にあたります。私が山下さんと知り合ったのは大学時代ではなく、私が東京に住んでからでした。
それ以来20年ほどは親しくさせてもらっています。私たち夫婦の結婚式では二次会の受付も引き受けていただきました。
当時、山下さんが住んでいたのは、私たち夫婦の家から車で20分ほど離れた賃貸マンションに住んでおられました。近くだったこともあって山下さんに裏の家に住んでもらえないか、と頼んでみたのです。

空き家であるから問題が生じる。それならば、人に住んでもらえばよい。人の気配がすればその家には活気が生じます。そして悪い輩を引き寄せなくなります。その結果、家の敷地全体が私たち家族にとって安全な場所になる。
さらに、山下さんに住んでもらっている間に荷物の片付けを少しずつ進められれば一石二鳥です。
もちろん山下さんのお手間を考慮し、家賃は破格の値段に設定しました。月二万円で町田の駅近一軒家なら、山下さんにとっても悪くない話のはず。つまりこの賃貸契約はどちらにもメリットのあるWin-Winになるに違いない。そう考えて山下さんに話を持っていきました。

この契約は不動産業者を介さずに締結しました。それどころか、契約内容の文言も一から私が練り上げました。おそらくその条文は法的には穴だらけだったはず。そりゃそうです。私は法律の専門家じゃありませんから。
この契約は、契約書の体裁はとったとはいえ、友人の間で交わされる信義に基づいた紳士協定に近かったかもしれません。破ろうと思えば、ほごにさえできたはず。それにもかかわらず最後まで契約に従ってくださった山下さんには感謝です。おかげで泥棒に襲われたのは本連載の三十四回に書いた時の一度だけで済みました。また、引っ越しまでの間に致命的な嫌がらせを受けることもありませんでした。

この時、契約の文章を自分で作ったことは後々の財産になりました。なぜなら、いずれ来る地主との交渉で、契約をめぐって一悶着が起こることは確実だったからです。
そればかりか、“起業”してからもこの時の経験は糧になりました
弊社では基本契約や機密保持契約をひと月に一度は交わしています。その際、契約内容は必ず熟読します。法的文書を読むセンスは、自分で契約書を一から作ったことによって身に付きました

プロの師匠にご助言をいただけた幸運


同じころ、私はもう一人の方とコンタクトを取り始めました。その方の名はHさんといいます。
本連載の第十九回で社会と接点を持とうとした私がいくつかのオフライン会に出ていたことは書きました。Hさんとはその中で知り合いました。
Hさんは私の結婚式の二次会にも来てくださり、乾杯の発声も引き受けてくださいました。
私が勝手にわが酒飲みの、そして人生の師匠としているHさんは、補償コンサルタントとして早いうちから独立しておられました。補償コンサルタントとはHさん曰く「国が定めた基準に基づいて、建物などの立ち退きに必要な移転の費用を算定する仕事」です。
つまり、わが家のような土地の一部が都市計画の一部に引っかかるようなケースの専門家です。もちろん、わが家のような借地権が絡んだケースも豊富に手がけていらっしゃったことでしょう。これぞまさにご縁のありがたみです

私はこのHさんからたくさんの貴重なご助言をいただきました。
私が関西の実家に帰った折、うちの母を連れてHさんの構える大阪市内の事務所にお邪魔したこともあります。Hさんは私が住んでいた町田の家にまでわざわざ足を運び、家の状況を確認することまでしてくださいました。

前回の連載で私が採るべき七つの案について列挙しました。私は、地主との交渉にあたって、それらの案の中から徐々に方向性を定めていきました。その際にHさんからいただいたご助言がどれだけ役に立ったか。
なお、Hさんは私たち夫婦と町田市や地主との契約には絡んでいません。そもそも大阪にお住まいですし。
その立場でありながら、いろいろとご尽力くださったことに感謝の念は尽きません
人生や酒の師匠であり、私が苦しめられていた家の処分にあたっての恩人だと今も今後も思っています。
Hさんは私が関西に帰省する度、時間を見つけてお会いする方の一人です。コロナがまん延し始めてからはお会いできていませんが、また関西に返ったらお会いしたいと思っています。

私はこうした行動をおそらく2002年の夏過ぎに始めていた記憶があります。2002年の夏。その時、わが国ではとあるイベントが開かれていました。日本のみならず世界を沸かせたイベント。
なんだかわかりますか? そう、日韓共催サッカーワールドカップです。
当時、私はスカパーのカスタマーセンターに勤めていました。そしてスカパーのカスタマセンターはワールドカップ景気に沸いていました。全試合をスカパー加入者であれば無料放映したためです。加入申し込みの殺到で猛烈に忙しい状態が続いたのを覚えています。
そのワールドカップが終わり、一息つけたことでようやく家の処分に着手できたのでしょう。

スカパーカスタマーセンターの仕事に一つの区切りがつき、ようやく家の処分に向けて本腰を入れ始める。それは私にとって一つの転換点でした。
その話はまた次回で。ゆるく永くお願いします。


アクアビット航海記 vol.38〜航海記 その23


あらためまして、合同会社アクアビットの長井です。
弊社の起業までの航海記を書いていきます。以下の文は2018/3/22にアップした当時の文章が喪われたので、一部を修正しています。
今回から、家の処分について語ってみます。この経験を通して私をとても強くしてくれた家のことを。作:長井、監修:妻でお送りします。

高額な地代以外にも問題が


家をどうするのか。それが私と妻に突き付けられた現実でした。
その現実は、他人に肩代わりしてもらうものでもなければ、晴れ間を待ってしのぐものでもありません。それなのに、私も妻も何をどう進めればよいのかわかっていませんでした。

前回の連載でこのように書きました。「家を処分した大きな理由は、四年後に地代が支払えなくなるため」と。ところが、私たちが家を処分した理由は地代だけではありませんでした。
地代さえ支払っていれば、家に住み続けられるかもしれない。そんな甘い期待を打ち砕くには、私たち夫婦に突き付けられた現実はあまりにも苦しかった

前回の連載で、私たちが住んでいた家の問題点を列挙しました。しかし、その中で書かなかったことはまだあります。
一つは、わが家に対する風当たりの強さです。
わが家の敷地が市の都市計画で拡張される道路予定地に含まれていたことは書きました。その道路の沿道には拡張予定であることを示すための柵がずらりと並んでいました。そしてその柵は、わが家の庭の手前で止まっていました。
つまり、何も知らない人が見ると、まるでわが家が道路拡張を邪魔する元凶に見えるのです。そのためわが家は、世間からの風当たりに耐えねばなりませんでした。庭に嫌がらせのゴミを放り込まれ、罵声を浴びることさえありました。

もう一つは、平成七年に妻の祖父母が亡くなった後、妻の母が診療室部分を改築しようとしたことです。
診療室を一新するにあたり、妻の母は業者に依頼して既存の診療室の内装をいったん取り払ってもらっていました。ところが、妻の母は内装を取り払ってもらった時点で病に倒れ、そのまま亡くなってしまいました。そのため、診療室は見るも無残な状態で遺されたのです。打ちっぱなしのコンクリート、地がむき出しになった床。ほこりっぽい室内には、歯科器具が乱雑に置かれ、数台の歯科ユニットが無言でたたずんでいました。私が初めてこの家の中に入った時、かつて米田歯科として栄えていた診療室はただの廃虚になっていました。
本来ならば、妻の母がこの部屋を一新し、診療室として新たな命を与えるはずだったのです。ところが、妻の母が平成九年に亡くなったことで、この場所がかつての栄華を取り戻す可能性は断たれました。よどんでほこりが積もったこの場所は、かつての栄華を知らない私にとって死んだも同然でした。
二度と生き返ることのない部屋。その部屋を生き返らせることができるのは、かつての生き生きとした姿を知っている妻や妻の父でした。が、妻の父が徒歩数分の場所で歯科診療室を開き、そこで妻と妻の父が診療を行っている以上、死んだ診療室を新たに生まれ変わらせる理由はありません。

地代を払う、払わないを議論する以前に、この家はすでに息の根を止められていたのです。
そして、たとえ地代を払い続けたとしても、家が拡張予定の道路の一部である事実は動きません。

対応案を基に弁護士の先生に相談


その現実が変わらない以上、私と妻はそれを踏まえた対応を考えなければなりませんでした。
この時、私と妻が取りうる選択肢は何だったのでしょう。今の私の立場から挙げてみました。

1案:毎年275万の地代を妻に遺された遺産から四年間地主に払い続け、尽きたらその時に考える。
2案:毎年275万の地代を賄えるだけの額を稼ぎ続け、ずっと地主に払い続ける。
3案:地代契約を見直すための交渉に持ち込み、現実的な地代に変えてもらった上で地代を支払い続ける。
4案:土地を地主から買い取り、土地も含めて所有する。その後で町田市との交渉に入る。
5案:地主と協力して町田市との交渉に臨み、先に拡張道路分を町田市に売却する。残りの140坪はそこから地主との再交渉に臨む。
6案:道路拡張分の売却と同時に、140坪分の借地権を地主に売却する。
7案:借地権を第三者に売却し、その売却益で新たに家を得る。

私がまずやろうとしたこと。それは、弁護士の先生に相談することでした。
妻と一緒に麹町に行き、弁護士の先生に相談しました。その先生を紹介してくださったのが誰だったのか、どういうつてだったのか、今となっては先生のお名前も含めて全く覚えていません。ですが、家を処分して十年ほど経過した後、私が常駐した現場のすぐ近くの景色と、このとき先生の事務所の光景がフラッシュバックしたことは覚えています。
その時に相談したのは、今の地主との借地権契約は法的に有効なのか、そして有効だとすればこの借地権契約を元にどう話を進ればよいか、だったと思います。
ところが、先生に相談したところで、私と妻の目論見通りに行くはずはありません。
借地権契約は毎年の支払い実績がある以上は有効。そして借地権契約の原本がなく、現状の契約に至ったいきさつが分からない。そうである以上、弁護士としても再交渉の手がかりをつかむのは難しいという回答でした。

この先生さんにお会いしたのは、結婚して一、二年目の頃だったように思います。
私たち夫婦はこの後も数年にわたり、多くの士業の方にお会いしました。ところが、その皆さんの見解は一様に同じでした。

私も妻も、それまでの人生で士業の方とのご縁はなく過ごしてきました。そのため、私も妻も士業の先生とどう付き合えばよいかについての知識がありません。どの弁護士に相談すればよいのかも分からない。上に挙げた七つの案が正しいのかも分からない。そもそも、上に挙げた七つの案を相談する先として弁護士がふさわしいのかすらも分かりません。まさに五里霧中。

“起業”した今はこう言えます。やるべき作業、向かうべきゴールが見えている作業はまだ楽だと。
何を行えばよいか、どこに進めばよいかが分からない仕事ほど苦しいものはないと。

対応案のどれもが暗雲含み


ここで上に挙げた七つの案について、今の私からツッコミを入れてみましょう。
1案:毎年275万の地代を妻に遺された遺産から四年間地主に払い続け、尽きたらその時に考える。
↑ありえない。と、切り捨てたいところです。が、私と結婚した時点で妻と妻の父はずるずるとなし崩しで地代を払っていました。
2案:毎年275万の地代を賄えるだけの額を稼ぎ続け、ずっと地主に払い続ける。
↑結婚当初の思惑どおり夫婦で働けていたらあるいは可能だったかもしれない案。でも妻が子育てに入ってしまい、当時の私にはそれだけの実力がありませんでした。
3案:地代契約を見直すための交渉に持ち込み、現実的な地代に変えてもらった上で地代を支払い続ける。
↑契約の根拠が見当たらず、それでいて支払い実績がある以上、難しいという弁護士の先生の見解からもムリ目な案です。
4案:土地を地主から買い取り、土地も含めて所有する。その後で町田市との交渉に入る。
↑180坪の土地代を支払うだけの資金がない以上、当時は机上の空論でした。ですが本来は一番理想の案でしょう。なお、今の私の目標は、この案を実現させることにあります。この土地を買い戻せるだけの資力を得ること
5案:地主と協力して町田市との交渉に臨み、先に拡張道路分を町田市に売却する。残りの140坪はそこから地主との再交渉に臨む。
↑一番堅実に見えますが、その分、難儀な案です。こちらに一切の思惑を読ませまいとする地主と私の間には、毎回の交渉の度に無言の火花が散っていました。
6案:道路拡張分の売却と同時に、140坪分の借地権を地主に売却する。
↑表面だけをいえば、最終的にこの案に落ち着きました。ですが、当時はこの案が一番難儀に思えました。この案で落とし込むのは難しいだろうというのが、当時の私の肚づもりだったように記憶しています。
7案:借地権を第三者に売却し、その売却益で新たに家を得る。
↑この案は魅力的でした。実際、私たち夫婦には第三者の心当たりがありました。ところが、この案はこの後の連載で書きますが、頓挫しました。

ここ数回の連載で書いた通り、私と妻の結婚生活には最初からさまざまなトラブルがついて回りました。
妻が子を産めないかもと告げられ、妊娠してからも強盗に襲われて切迫流産の危機に見舞われました。妻は大学病院を静養のため休み、私は正社員に登用されました。そして、長女が生まれてからは子育てに忙しい日々が始まりました。
結局、娘が生まれてから二年ほどは、家の現状を把握することで精一杯でした。
私は毎年末に地主のところに訪れて、地代を手渡し、領収書を受け取り、雑談に過ごしていました。決して内心の苦境を表さず、ポーカーフェースを保ちながら。

ところが、私もただ無策で過ごしていたのではありません。
この頃から次の一手を探り始めます。この時、うちら夫婦を助けてくれたお二人の方がいます。
次回の連載でご紹介したいと思います。ゆるく永くお願いします。


アメリカの高校生が学んでいるお金の教科書


経済学の本をもう一度読み直さなければ、と集中的に読んだ何冊かの本。本書はそのうちの一冊だ。
新刊本でまとめて購入した。

前から書いている通り、私には経済的なセンスがあまりない。これは経営者としてかなりハンディキャップになっている。

私だけでなく妻も同じ。お金持ちになるチャンスは何度もあったが、そのために浪費に走ってしまった。だからこそ長年私も常駐作業から抜け出せなかった。その影響は今もなお尾を引いている。

私は若い考えのまま、お金に使われない人生を目指そうとした。金儲けに走ることを罪悪のようにも考えていた時期もある。
二十代前半は、金儲けに走ることを罪悪のように考えていた。

妻は妻で、生まれが裕福だった。そのために、浪費の癖が抜けるのに時間がかかった。
幸いなことに夫婦ともまとまったお金を稼ぐだけの能力があった。そのため、家計は破綻せずに済んだ。だが、実際に破綻しかけた危機を何度も経験した。

私たち夫婦のようなケースはあまりないだろう。だが、私たちに限らず、わが国の終身雇用を前提とした働き方は、お金について考える必要を人々に与えなかった。
一つの企業で新卒から定年まで勤めあげるキャリアの中で、組織が求める仕事をこなしていけばよかった。お金や老後のことも含めた金の知識は蓄える必要がなかった。それらは企業や国が年金や保険といった社会保障で用意していたからだ。

私もその社会の中で育ってきた。そのため、金についての教育は受けてこなかった。風潮の申し子だったといってもよい。
だが、私はそうした生き方から脱落し、自分なりの生き方を追求することにした。ところが、お金の知識もなしに独立したツケが回り、会社を立ち上げ法人化した後に苦労している。もっと早く本書のような知識に触れておけば。

世間はようやく終身雇用の限界を知り、それに紐付いた考えも少しずつ改まりつつある。
私も自分の経験を子どもやメンバーに教えてやらねばならない。また、そうした年齢に達している。

本書は、アメリカの高校生が学ぶお金についての本だ。
アメリカは今もまだ世界でトップクラスの裕福な国だ。経済観念も発達している。貧富の差が激しいとはいえ、トップクラスのビジネスマンともなると、わが国とは比べ物にならないほどの金を稼ぐことが可能だ。

それには、社会の仕組みを知り尽くすことだ。金が社会を巡り、人々の生活を成り立たせる。
人が日々の糧を得て、衣服に身を包み、家に住まう。結婚して子を育て、老後に安閑とした日々を送る。
そのために人類は貨幣を介して価値を交換させる体系を育ててきた。会社や税金を発明し、労働と経済を生活の豊かさに転換させる制度を育ててきた。
金の動きを理解すること。どのようなルートで金が流れるのか。どのような法則で流れの速度が変わり、どの部分に滞るのか。それを理解すれば、自らを金の動きの流れに沿って動かさせる。そして、自らの財布や口座に金を集めることができる。

その制度は人が作ったものだ。人智を超えた仕組みではない。根本の原理を理解することは難しい。だが、人間が作った仕組みの概要は理解できるはずだ。
本書で学べることとはそれだ。

第1章 お金の計画の基本
第2章 お金とキャリア設計の基本
第3章 就職、転職、起業の基本
第4章 貯金と銀行の基本
第5章 予算と支出の基本
第6章 信用と借金の基本
第7章 破産の基本
第8章 投資の基本
第9章 金融詐欺の基本
第10章 保険の基本
第11章 税金の基本
第12章 社会福祉の基本
第13章 法律と契約の基本
第14章 老後資産の基本

各章はラインマーカーで重要な点が強調されている。
それらを読み込んでいくだけでも理解できる。さらに、末尾には付録として絶対に覚えておきたいお金のヒントと、人生における三つのイベント(最初の仕事、大学生活、新社会人)にあたって把握すべきヒントが載っている。
それらを読むだけでも本書は読んだ甲斐がある。私も若い時期に本書を読んでおけばよかったと思う。

376-378ページに載っている「絶対に覚えておきたいお金のヒント10」だけは全文を載せておく。

絶対に覚えておきたいお金のヒント10
この本ではお金についていろいろなことを学んだが、いちばん大切なのは次の10項目だ。

1、シンプルに
お金の管理はシンプルがいちばんだ。複雑にすると管理するのが面倒になり、自分でも理解できなくなってしまう。

2、質素に暮らす
お金は無限にあるわけではなく、そして将来何が起こるかは誰にもわからない。つねに倹約を心がけていれば、いざというときもあわてることはない。

3、借金をしない
個人にとっても家計にとっても、代表的なお金の問題は借金だ。借金は大きな心の負担になり、人生が破壊されてしまうこともある。ときには借金で助かることもあるが、必要最小限に抑えること。

4、ひたすら貯金
いくら稼いでいるかに関係なく、稼いだ額よりも少なく使うのが鉄則だ。早いうちから貯金を始めれば、後になって複利効果の恩恵を存分に受けることができる。

5、うまい話は疑う
儲け話を持ちかけられたけれど、中身がよく理解できない場合は、その場で断って絶対にふり返らない。うまい話には必ず裏がある。

6、投資の多様化
多様な資産に分散投資をしていれば、何かで損失が出ても他のもので埋め合わせができる。これがローリスクで確実なリターンが期待できる投資法だ。

7、すべてのものには税金がかかる
お金が入ってくるときも税金がかかり、お金を使うときも税金がかかる。商売や投資の儲けを計算するときは、税金を引いた額で考えること。

8、長期で考える
今の若い人たちは、おそらくかなり長生きすることになるだろう。人生100年時代に備え、長い目で見たお金の計画を立てなければならない。

9、自分を知る
お金との付き合い方には、個人の性格や生き方が表れる。将来の夢や、自分のリスク許容度を知り、それに合わせてお金の計画を立てよう。万人に適した方法は存在しない。

10、お金のことを真剣に考える
お金は大切だ。お金の基本をきちんと学び、大きなお金の決断をするときは入念に下調べをすること。お金に詳しい人から話を聞くことも役に立つ。

‘2020/05/01-2020/05/11


アクアビット航海記 vol.37〜航海記 その22


あらためまして、合同会社アクアビットの長井です。
弊社の起業までの航海記を書いていきます。以下の文は2018/3/15にアップした当時の文章が喪われたので、一部を修正しています。
今回から、家の処分について語ってみます。この経験を通して私をとても強くしてくれた家のことを。作:長井、監修:妻でお送りします。

巨大な家の重み


本連載の中で何度か、思わせぶりに触れてきた家のこと。ようやく家のことを語り始めたいと思います。

この家については連載第27回でも触れました。
町田の中心部に位置する180坪の敷地と、そこに建つ二棟の家屋です。結婚前、私がこの家に住むことをとても嫌がったことは書いた通りです。
新婚生活を送るにあたり、二人でまっさらな状態から生活を築きたいと願った私の思いをくじいた家。結果、そこで私と妻は新婚生活をはじめました。妻の妊娠が発覚したばかりのころ、強盗に襲われたのもこの家です。

この家は今、影も形もありません。本稿を書いている今、180坪の土地はコンビニエンスストアと公道の一部に姿を変えています。

なぜ住み続けられなかったのか。
180坪の土地ゆえ、固定資産税がかかりすぎた?いえいえ。
相続税が払えなかった?いえいえ。
家が老朽化して住めなくなった?いえいえ。

答えは地代。地代が払えなかったのです。つまりこの家は借地でした。
妻の曽祖父母から祖父母、両親に至るまで四代が住み、歯医者を営んでいた家。それなのに所有していたのはウワモノだけ。家屋は所有していたものの、土地は地主のもの。そして毎年、地主に地代を払っていました。
その額、年額で275万円。普通のサラリーマンの給料では到底払えない額です。

契約を見直すことはできなかったのか?
その地代の根拠はどこにあるのか?
私が住むまで誰も何も手を打たなかったのか?
本稿を読まれた方の脳裏に疑問が湧く様子が思い浮かびます。

危機的な家の状況


まず、契約。
借地権契約は昭和42年に締結されたわら半紙にガリ版刷りの条文のみ。私の手元に今もありますが、信じられないことに他の文書は何も残されていませんでした。
その契約書とすら呼ぶのも躊躇われる文書には、「土地賃貸借基本取極め事項」とタイトルが記されているのみ。覚え書きにすらなりません。なぜならそこには印鑑すらも押されていないのですから。
書面の冒頭にはその場にいた当事者の名前は書かれています。ですが、契約の当事者としてはどこにも定義がありません。たとえば甲乙のような。そのため、法的な書類としてはあまりにも不備が多く、この文書を基に権利を主張するのが相当に困難であることは、法律に疎い私でも分かりました。
登記を調べたところ、昭和23年に借地権が登記された旨は記されていました。ですが、その時に取り交わされたはずの借地権契約の書類はどこにも残っていません。

次に、275万の納付。これは銀行振込ではなく、手で持参する決まりでした。しかも、その場で切られる領収書の額面は250万。残りの25万はどこに消えたのでしょう。わざわざ銀行振込ではなく現金をじかに持参させる意図はどこにあるのでしょう。
不審に思った私が過去の情報を追うと、昭和50年の時点で支払っていた地代は年額28万。28万がいつの間にか275万に変わっており、そしてその根拠は妻も妻の親も誰も知らない。

そんな契約をまかり通させている地主のI氏。これがまた、手ごわい。
後年、家探しの途中でたくさんの不動産業者の方とお会いました。彼らは皆、I氏のことを知っていました。やり手の手ごわい地主として。町田だけでなく、横浜方面にもその名は鳴り響いていたようです。この方を知らない町田近辺の不動産屋はもぐり、とすらいわれたことがあります。

連載第27回で義父がこの180坪の家から歩いて数分の場所に家と歯科診療所を建てたと書きました。なぜ同居せず、わざわざ徒歩数分のところに家を建てたのか。それは明らかに家の処分から逃れるためだったはずです。
ここで義父を非難するつもりは毛頭ありません。むしろ私はこの問題では義父に同情すらしていました。
妻から聞いたところでは、義父もこの家と土地の不透明すぎる契約を何とか見直そうと義父母に働きかけていたのだとか。ところが結局、ムコにしか過ぎない義父にはどうしようもなく、ついにはサジを投げたのでしょう。そしてその近くに家を建て、診療所も設けた。こういうことだったのだと思います。
そもそも私の義父、つまり妻の父からして、この土地の契約にはあまり携わっていなかったようです。

ここで少しだけ、この家の歴史をお話しします。
まず、妻の曽祖父母のY夫妻が借地権をI氏と結びます(昭和23年。借地権契約書は行方不明)。
その娘、つまり妻の祖母はひとり娘。そこに婿養子に入った妻の祖父との間に生まれたのが妻の母。
妻の曽祖父母のY夫妻と、妻の祖父母のY夫妻。妻の母と義父S氏が結婚するにあたっては、婿養子に入ってY夫妻にはなりませんでした。ですが義父は目白の実家を出て、町田に来ました。ということは、ほとんど入り婿に近い状態でしょう。
名字は義父のS氏を名乗っていたのですが、そうするとY家が絶えてしまいます。そのため、子供の一人を養子に出し、Y家を継がせる約束があったようです。その子供こそが私の妻。
実際、妻は昭和62年に養子縁組でSからYへと改姓しました。

この家はそのような複雑な歴史を抱えていました。
あるいは、私と妻がもっと以前に出会っていれば、私も長井を名のることは許されなかったかもしれません。そしてYの名字を名乗っていたかもしれません。入り婿として妻の名を名乗る。つまりマス夫さんのようなものです(苗字はフグ田なので違うのですが)。

しかし、私と妻が知り合う数年前に、妻の祖父母(平成7年)と母(平成9年)が相次いで世を去りました。
そして慌ただしい日々の中で、家と土地の契約のいきさつも伝承されずにどこかに消えたのでしょう。そして義父も、誰もいない空き家となった二軒の家の処分どころではなくなったと思われます。
誰も住んでいないのに、年間275万も払い続けなければならない家。妻の家にとっては巨大な債務でしかない180坪の土地と家。その地代は義父が支払っていたのではなく、私の妻に祖母が残してくれた遺産を取り崩して支払っていました。
私が妻と結婚した時点で、妻が祖母から受け継いでいた遺産は一千万円超が残っていました。その残額から逆算して、地代を支払えるのは残り四年。わりと危うい状態。
そんなところに、妻の結婚相手として名乗りを挙げたのが何も知らない私でした。
ものすごく意地悪に考えれば、私は家の処分担当として見込まれたわけです。私が結婚を許されたのも、家の処分をコミとしてだったのかもしれません。
義父がサジを投げ、どうしようもなくなった二軒の家と土地をなんとかしてくれるムコとして。良い方に考えれば、義父の目には私が家の処分を成し遂げられる男と映ったのかもしれませんが

実際、その後の3年半、家を売却して立ち退くまでの一連の交渉にあたっては、私がほぼ一人で担当しました。義父からも義弟からも何の助けも得られませんでした。
妻も、私が初めて訪れた地代の納付の時だけ、私を紹介するために同行してくれました。ですが、妻は最後の契約締結の場に同席してくれた以外は、地主I氏との交渉は私に任せきりでした。
毎年、私が地代を納付し、交渉にも携わっていました。借地権にも所有権にも私の名は登記されておらず、契約の当事者でもないのに。
その交渉の席では、さまざまなことがありました。そのいきさつはこの後の連載でおいおい触れていこうと思います。

交渉に乗り出す私


私が相手にしなければならなかったのは、地主だけではありません。町田市当局との交渉も必要でした。
先に、180坪の土地は今、公道の一部になっていると書きました。どういうことかというと、土地の一部が町田市の都市計画に組み込まれ、拡張される道路の一部に引っかかっていたのです。
そして、その都市計画は、戦後からかれこれ、数十年にわたって施行されずに滞っていました。
町田市役所の立場からは、何十年も進まない都市計画は怠慢でしかありません。速やかに執行せねば、税金泥棒と市民から非難を受けます。だから担当者も必死です。

私たち夫婦にとっては、都市計画の実施にあたっては公道に土地を供出するわけです。だから、市の公金から補償額が支出されます。つまり市からお金をもらえるのです。
公道として供出する土地の広さは40坪。地価評価額にして約四千万円。その四千万円は土地の所有権者と借地権者で任意の割合で案分します。この任意の割合とは、市が定めるのではなく借地権者と所有権者の話し合いによって決まります。
つまり、私たち夫婦と地主I氏の間で、四千万円の金を巡って駆け引きが発生するのです。
さらにその上に、契約の状態があいまいな残り140坪の土地の借地権とウワモノの家屋所有権がからむからややこしい。
市役所も必死です。そして、地主I氏も必死です。それ以上に何も知らないのに巻き込まれた私は無我夢中です。

私は当事者でもなければ、契約の上でなんの義務もありません。にもかかわらず、妻と結婚してその家に住んだがために、その駆け引きの中心に巻き込まれました。
仮に結婚の当初から夫婦で心機一転し、違う家に住んでいたとしたら、私には家の処分の義務は発生しなかったのではないかと思います。たとえ、妻の持ち物を処分するため、私もそれなりの苦労はしただろうとはいえ。

結局、私は若干20代の半ばにして重い責任を背負う羽目に陥りました。

連載第34回で妻が妊娠するまでのいきさつと、妊娠中のトラブル、そして娘の誕生を書きました。その日々の中、私は正社員として身を固められました。
ところが娘が生まれた私の両肩には家をどう処分するのか、という問題が重く重くのしかかっていたのです。

次回も引き続き、家のことを書いてみます。ゆるく永くお願いします。


動物農場


『1984』と言えば著者の代表作として知られている。その世界観と風刺の精神は、現代でも色褪せていない。むしろその名声は増すばかりだ。
権力による支配の本質を描いた内容は、人間社会の本質をえぐっており、情報社会の只中に生きる現代の私たちにとってこそ、『1984』の価値は真に実感できるのではないだろうか。
今でも読む価値がある本であることは間違いない。実際に昨今の言論界でも『1984』についてたびたび言及されているようだ。

本書も風刺の鋭さにおいては、『1984』には劣らない。むしろ、本書こそ、著者の代表作だと説く向きもある。
私は今回、本書を初めて読んだ。
本書のサブタイトルに「おとぎばなし」と付されている通り、本書はあくまでもファンタジーの世界の物語として描かれている。

ジョーンズさんの農場でこき使われている動物たちが、言葉を発し、ジョーンズさんに反乱を起こし、農場を経営する。
そう聞かされると、たわいもない話と思うかもしれない。

だが、動物たちのそれぞれのキャラクターや出来事は、現実世界を確実に模している。模しているどころか、あからさまに対象がわかるような書き方になっている。
本書が風刺する対象は、社会主義国ソビエト連邦だ。しかも、本書が書かれたのは第二次世界大戦末期だと言う。
著者はイギリス人だが、第二次世界大戦末期と言えば、ヤルタ会談、カイロ会談など、ソビエトとイギリスは連邦国の一員として戦っていた。
そのため、当時、著者が持ち込んだ原稿は、あちこちの出版社に断られたという。盟友であるはずのソビエトを風刺した本書の出版に出版社が恐れをなしたのだろう。

それを知ってもなお、著者が抱く社会主義への疑いは根強いものがあった。それが本書の執筆動機になったと思われる。
当時はまだ、共産主義の恐ろしさを人々はよくわかっていなかったはずだ。
粛清の嵐が吹き荒れたスターリン体制の内情を知る者もおらず、何よりもファシズムを打倒することが何よりも優先されていた時期なのだから。
だから今の私たちが思う以上に、本書が描かれた時代背景にもかかわらず本書が出版されたことがすごいことなのだ。

もちろん、現代の私たちから見ると、共産主義はもはや歴史に敗北した過去の遺物でしかない。
ソ連はとうに解体され、共産主義を掲げているはずの中国は、世界でも最先端の資本主義国家といってよいほど資本主義を取り入れている。
地球上を見渡しても共産主義を掲げているのは、北朝鮮のほかに数か国ぐらいではないだろうか。

そんな今の視点から見て、本書は古びた過去を風刺しているだけの書物なのだろうか。
いや、とんでもない。
古びているどころか、本書の内容は今も有効に読者に響く。なぜなら、本書が風刺する対象は組織だからだ。
そもそも共産主義とは国家が経済を計画し、万人への平等を目指した理想があった。だからこそ、組織だって狂いもなく経済を運営していかねばならない建前があった。
だからこそ、組織が陥りやすい落とし穴や、組織を運営することの困難さは共産主義国家において鮮明な矛盾として現れたのだと思う。そのことが本書では描かれている。

理想を掲げて立ち上がったはずの組織が次第に硬直し、かえって人民を苦しめるだけの存在に堕ちてゆく。
われわれはそうした例を今まで嫌というほど見てきた。上に挙げた共産主義を標榜した諸国において。
その多くは、共産主義の理想を奉じた革命者が理想を信じて立ち上げたはずだった。だが、理想の実現に燃えていたはずの革命家たちが、いざ統治する側に入った途端、自らが結成した組織に縛られていく。
それを皮肉と言わずして何と呼ぼう。

それにしても、本書に登場する動物達の愚かさよ。
アルファベットを覚えることがやっとで、指導者である豚たちが定めた政策の矛盾に全く気付かない。
何しろ少し前に出された法令の事などまるで覚えちゃいないのだから。
その無知に乗じて、統治する豚たちは次々と自らに都合の良いスローガンを発表していく。朝令暮改どころではない速さで。

柔軟といえば都合はいいが、その変わり身の早さには笑いがこみあげてくるしかない。

だが、本書を読んでいると、私たちも決して動物たちのことを笑えないはずだ。
先に本書が風刺する対象は共産主義国家だと書いた。が、実はあらゆる組織に対して本書の内容は当てはめられる。
ましてや、本書が描かれた当時とは比べ物にならないほどの情報量が飛び交っている今。

組織を担うべき人間の処理能力を上回るほどの判断が求められるため、組織の判断も無難にならざるを得ない。または、朝令暮改に近い形で混乱するしか。
私たちはその実例をコロナウィルスに席巻された世界で、飽きるほど見させられたのではないだろうか。

そして、そんな組織の構成員である私たちも、娯楽がふんだんに与えられているため、本書が描かれた当時よりも衆愚の度が増しているようにも思える。
人々に行き渡る情報量はけた違いに豊かになっているというのに。

私自身、日々の仕事に揉まれ、ろくにニュースすら読めていない。
少なくとも私は本書に出てくる動物たちを笑えない自分を自覚している。もう日々の仕事だけで精いっぱいで、政治や社会のニュースに関心を持つ暇などない状態だ。
そんな情報の弱者に成り下がった自分を自覚しているけど、走らねばこの巨大な世の中の動きに乗りおくれてしまう。私だけでなく、あらゆる人が。

本書の最後は豚と人間がまじりあい、どちらがどちらか分からなくなって終わりを迎える。
もう、そんな慄然とした未来すら来ているのかもしれない。
せめて、自分を保ち、客観的に世の中を見るすべを身に着けたいと思う。

‘2019/8/1-2019/8/6


未成年


好きな海外の作家を五人挙げろと言われれば、私はそのうちの一人に著者の名を挙げる。本邦で翻訳された著者の作品はほとんど読んでいるはず。だが、私が読読ブログで著者を取り上げるのは実は初めて。というのも本作より前に出版された著者の作品は、本ブログを始める前に読んでしまっていたからだ。ちなみに、あとの四人はStephen King、John Irving、Gabriel García Márquez、Mario Vargas Llosaだ。

久々に読んだ著者の作品は、これぞ小説の見本といえる読み応えがあった。簡潔な文体でありながら内容は深く、そして展開も飽きさせない。

まず文体。簡潔でありながら、描写は怠りない。主人公のフィオーナ・メイの視点だけでなく、彼女の心のうちもきっちりと描く。ただ、心理を描くことは大切だが、凝りすぎるのもよくないと思う。特に今の文学は、心理に深入りした描写が主流ではないと思う。しかし、時には心理を描くことも必要だ。特に本書の場合はそう思う。なぜならフィオーナの職業は高等法院の裁判官だから。

本書は詳しくフィオーナの心の動きを描く。心理に深入りしているようであるが、さほど気にならなかった。むしろ必要な描写だと思う。言うまでもなく、裁判官とは人を裁く公正さが求められる。天秤のイメージでもおなじみの職業だ。原告と被告。弁護人と検事。真実と嘘。裁判官には法の深い理解と経験、そして絶妙な公平さが不可欠だ。法的には慎重な判断で定評を得た彼女。だが、私生活では判断を慎重にしすぎるあまり、ジャックとの結婚生活で子どもを作る機会を逃してしまう。

子供を持つことを犠牲にしてフィオーナが得た経験。つまり司法の徒としての経験もまた得難いものだ。例えばフィオーナが判決を下した事件はとても複雑で難しい。たとえばシャム双生児のように融合した双子のどちらを救うかの判断。宗教と倫理の間で慎重な判断が求められる中、彼女の判断は法的に適法であり、かつ倫理的にも人を納得させるものだ。著者はそれらのいきさつを冗長でなく簡潔に、それでいて納得させて描く。お見事だ。

そして本書のメインプロットだ。この内容がとても深い。シャム双生児の一件はフィオーナの賢明さを紹介するためのエピソードに過ぎない。だが、エホバの証人の信仰を法的にどうやって解釈するか。その問題はさらに深い。フィオーナが判断を下す対象は、未成年のアダム・ヘンリ。敬虔なエホバの証人の信者である両親のもと生まれた彼は、自らの信仰のもと輸血を拒否し、死を選ぶ。ただ、問題なのはその判断は未成年ゆえに法的には無効だ。彼が成人を迎えるまでには2,3カ月の時間が必要だ。そのため、信仰のもとに死を選ぶ彼の判断よりも両親の判断が優先される。さらに、医師の立場では両親の判断を差し置いても優先すべきはアダムの命だ。エホバの証人といえばその宗教的信念の強さは日本の私たちもよく知っている。そして信教の自由は保証されることが必須だ。少年の生命と信教の自由をどう判断するか。その判断はフィオーナだけでなく、読者の私たちにも信仰と法解釈の問題として迫ってくる。

現代とは、複雑な利害が絡み合う時代だ。それをジャッジする裁判官の苦労はとうてい素人には計り知れない。中でも法は社会の基盤であり最後の砦だといえる。その一方で、個人の基盤として最後の砦は信仰だ。その感覚は日本よりも欧米の方が切実なのだろう。そのような公と私の対立を、著者は簡潔な文体で、しかも説得力ある描写を交えて読者に提示する。著者は問題をよく理解し、深くかみ砕いて文章に抽出している。なので、私のような日本人にもその問題の奥深さとエッセンスがしっくりと染み込んでくる。ただ、理解できるが結論はつけられないだけで。だからこそ、フィオーナの下す判決が何なのかに興味を持って読み進められるのだ。内容に深みを持ちながら、読者を置き去りにせずしっかりと読ませる。しかも面白く読ませる。それはただ事ではない。それが本書が傑作である理由だ。

本書はまず、フィオーナとジャックの何十年目かの結婚生活に亀裂が入るところから始まる。そんなスリリングな出来事に動揺しながら、フィオーナはシャム双生児の件やその他の裁判の一切を遅滞なく進めていく。そしてジャックは愛人のもとへと行ってしまう。裁判官としての務めを全うしながら、一人きりの生活を過ごすフィオーナ。そんなところにアダム・ヘンリの審理を抱え込んでしまう。アダム・ヘンリの審理に時間の余裕はなく、審理を中断してフィオーナ自身が入院中のアダム・ヘンリのもとへと赴く。

親子以上に、場合によっては孫と祖母ほどに年の離れた二人。アダムはフィオーナの訪問によって心を動かされる。法的な立場を守りながら、法の型にはまらないフィオーナの判断にいたる心の動きが丹念につづられてゆく。実に読み応えのあるシーンだ。生命は信仰にまつわる尊厳より優先されるという彼女の判決と、その判決に至る文章。それは本書の最初のクライマックスを作り上げる。そのシーンは法に携わる人々がどのような思いで日々の職務を全うし、法を解釈しているのかを私たちのような一般人が知る上でとても参考になるはずだ。全ての裁判が公正・無私に行われているのかどうかはわからない。でも、多くの判決はフィオーナのような厳密かつ公正に検討された判断のもと、くだされているのではないだろうか。

しかし、本書はまだ終わらない。裁判は次々と続き、フィオーナの人生にはいろいろな起伏がやってくる。ジャックとの結婚生活。裁判官としての日々。そしてアダムとのかかわり。本稿を読んでくださった方の興を削ぐことになるのでこれ以上の展開は書かない。だが、本書の余韻は、とても深く永く響いたことは書いておかねば。とくに私の場合は親だ。しかもまだ未成年の娘の。親としてこれから大人になる子供をどう導くのか。どこまでが過保護でどこからが放任なのか。その判断はとても難しい。そして法の最後の判定者であるフィオーナであっても、完全な過ちなく下せる判断ではないのだ。

思えば、生きるということは絶え間ない判断、そして判決の繰り返しなのだろう。仕事として判決を下すフィオーナだけでない。私たち、一般人にしても、毎日が判決と判断を迫られつつ生きている。そして、そのことに責任を担わされているのが大人だと思う。つまり、本書のタイトルである『未成年』とは、その判断の重さが段違いに変わる境目でもあるのだ。最近でこそ成人式とはやんちゃな新成人の自己主張の場になりつつある。そんな中、成年の年齢も18歳に引き下げられるとか。しかし他の民族では通過儀礼をへなければ成人として認められなかったという。我が国にも古くから元服という儀式があった。それだけに成人になることは、ある儀式を通過したものだけが許された境目でもあるのだ。成人になって初めてその判断は尊重され、大人として認められる。

本書を読むと、私たちは成人の意味についてなにか取り返しのつかない見当違いをしつつあるのでは。本書を読んでそんな印象を受けた。

傑作である。

‘2018/01/28-2018/02/05


悟浄出立


本書によって著者は正統な作家の仲間入りを果たしたのではないか。

のっけからこう書いたはよいが、正統な作家とは曖昧な呼び方だ。そして誤解を招きかねない。何をもって正統な作家と呼べばよいのか。そもそも正統な作家など存在するのか。正当な作家とは、あえていうなら奇をてらわない小説を書く作家とでもいえばよいかもしれない。では本書はどうなのか、といえばまさに奇をてらわない小説なのだ。そう言って差し支えないほど本書の語り口や筋書きには正統な一本の芯が通っている。

今まで私は著者が世に問うてきた著作のほとんど読んできた。そして作品ごとに凝らされた奇想天外なプロットに親しんできた。その奇想は著者の作風である。そして私が著者の新作に期待する理由でもある。ところが本書の内容はいたって正統だ。それは私を落胆させるどころか驚かせ、そして喜ばせた。

文体には今までの著者の作風がにじんでいる。だが、その文体から紡ぎだされる物語は簡潔であり、起承転結の形を備えている。驚くほど真っ当な内容だ。そして正統な歴史小説や時代小説作家が書くような品格に満ちている。例えば井上靖のような。または中島敦のような。

著者の持ち味を損なわず、本書のような作品を生み出したことを、著者の新たなステージとして喜びたいと思う。

本書に収められた五編は、いずれも中国の古典小説や故事に題材を採っている。「悟浄出立」は西遊記。「趙雲西行」は三国志演義。「虞姫寂静」は史記の項羽伝。「法家孤憤」は史記に収められた荊軻の挿話。「父司馬遷」は司馬遷の挿話。

それぞれは単に有名小説を範としただけの内容ではない。著者による独自の解釈と、そこに由来する独自の翻案が施されている。それらは本書に優れた短編小説から読者が得られる人生の糧を与えている。

「悟浄出立」は沙悟浄の視点で描かれる。沙悟浄は知っての通り河童の妖怪だ。三蔵法師を師父と崇め、孫悟空と猪八戒と共に天竺へと旅している。活発で短気だが滅法強い孫悟空に、対極的な怠け癖を持つ猪八戒。個性的な二人の間で沙悟浄は傍観者の立場を堅持し、目立たぬ従者のように個性の薄い妖怪であることを意識している。ただ従者としてついて歩くだけの存在。そのことを自覚しているがそれを積極的に直そうともしない。

そんな沙悟浄は、怠け癖の極致にある猪八戒がかつて無敵の天蓬元帥として尊敬されていたことを知る。なにが彼をそこまで堕落させたのか。沙悟浄は問わず語りに猪八戒から聞き出してみる。それに対して猪八戒から返ってきた答えが沙悟浄に自覚をもたらす。猪八戒はかつて天蓬元帥だった頃、天神地仙とは完成された存在であることを当たり前と思い込んでいた。ところが過ちがもとで天から追放された人間界では、すでに完成されていることではなく、完成に至るまでの過程に尊さがあることを知る。猪八戒の怠け癖やぐうたらな態度も全ては過程を存分に味わうための姿。

そんな猪八戒の人生観に感化された沙悟浄は、自ら進んで完成までの経過を歩みたいと思う。そして従者であることをやめ、一団を先導する一歩を踏み出す。それはまさに「出立」である。

「趙雲西航」は、趙雲が主人公だ。趙雲といえば三国志の蜀の五虎将軍の一人としてあまりにも有名だ。蜀を建国したのは劉備。だが、劉備率いる軍勢は魏の曹操や呉の孫権と比べて基盤が未熟で国力も定まっていない流浪の時期が長かった。劉備玄徳の人徳の下、関羽や張飛と共に各地を転戦する中、諸葛亮孔明という稀有の人物を軍師に迎え、運が開ける。諸葛亮の献策により、劉備の軍勢は蜀の地に活路を見いだす。本編は蜀へと向かって長江を遡上する舟の上が舞台だ。

慣れぬ舟の上で船酔いに苦しむ趙雲は、自らの心が晴れぬことを気にしていた。それは間も無く50に手が届く自らの年齢によるものか、それとも心が弱くなったからか。冷静沈着を旨とする趙雲子龍の心からは迷いが去らない。

先行していた諸葛亮孔明より招きを受け、陸に上がった趙雲は、陸に上がったにもかかわらず、気が一向に晴れない心をいぶかしく思う。なぜなのか。理由は模糊としてつかみ取れない。

そんな趙雲の心の曇りが晴れるきっかけは、諸葛亮孔明が発した言葉によって得られた。諸葛亮が言外ににおわせたそれは、郷愁。趙雲は中原でも北東にある沛県の出身だ。そこから各地を転戦し、今は中原でも真逆の南西にある蜀へ向かいつつある。名声はそれなりに得てきたが、逐電してきた故郷にはいまだ錦が飾れずにいる。それが今でも残念に思っていた。そしてこのまま蜀の地に向かうことは、故郷の母と永遠に別れることを意味する。天下に轟かせた自らの名声も、親不孝をなした自らの両親に届かなければ何の意味があろうか。そんな真面目な英雄の迷いと孝心からくる悔いが描かれる。これまた味わい深い一篇だ。私のような故郷から出てきた者にとってはなおさら。

「虞姫寂静」は、虞美人草の由来ともなった虞姫と項羽の関係を描いている。虞姫は項羽の寵愛を一身に受けていた。だが項羽は劉邦に敗れて形勢不利となり、ついには垓下において四面楚歌の故事で知られるとおり劉邦軍に包囲されてしまう。

自らの死期を悟った項羽は、虞姫を逃がすために暇を申しつける。項羽と共に最期を遂げたいと泣いて願う虞姫に対し、項羽は虞の名を召し上げる。そうすることで、虞姫を項羽の所有物でなくし、自由にしようとする。意味が解らず呆然とする彼女の前に表れたのは范賈。項羽の軍師として有名な范増の甥に当たる人物だ。そもそも虞姫を項羽に娶わせたのも范増だ。その甥の范賈が虞姫に対し、なぜ項羽がここまで虞姫を寵愛したのか理由を明かす。

その理由とは、虞姫が項羽の殺された正妃に瓜二つだったから。誰よりも項羽に愛されていた自らの驕りに恥じ入り、その愚かさに絶望する虞姫。やがて死地に赴こうとする項羽の前に再び現れた虞姫は渾身の舞を披露し、再び項羽から信頼と虞の名を取り戻すと、その場で自死し果てる。虞美人草の逸話の陰にこのような女の誇りが隠れていたなど、私は著者が詳らかにするまでは想像すらできなかった。これまた愛の業を堪能できる一篇だ。

「法家孤憤」は、荊軻の話だ。荊軻とは秦の始皇帝の暗殺に後一歩のところまで迫った男。燕の高官に短期間で上り詰め、正規の使者として始皇帝の下に近づく機会を得る。だが、後ほんのわずかなところで暗殺に失敗する。

だが、本編が主題とするのは暗殺失敗の様子ではない。しかも主人公は荊軻ですらない。荊軻と同じ読みを持つ京科が主人公だ。同じ読みであるため官吏の試験で一緒になった二人。しかも試験官の間違いから京科だけが官吏に受かってしまう。望みを絶たれた荊軻は京科に法家の竹簡を託すといずこともなく姿を消してしまう。

数年後、暗殺者として姿を現した荊軻は、始皇帝暗殺の挙に出る。そして失敗する。一方、荊軻より劣っていたはずの京科は官吏として実務経験を積み、今や秦が歩もうとする法治国家の担い手の一員だ。京科は、かつて己に法家の竹簡を託した荊軻は法家の徒ではなく、己こそが正統な法家の徒であることを宣言する。

歴史とはその時代を生きた人の織りなすドラマだ。そこに主義を実現するための手段の優劣はなく、個人と組織の相克もない。そこにあるのは、歴史が後世の読者に諭す人として生きる道の複雑さと滋味だけだ。

「父司馬遷」。これは末尾を飾る一編である。そして印象的な一編だ。あえて漢の武帝に逆らい、匈奴に囚われの身となった友人の李陵をかばったことで宮刑に処された司馬遷。宮刑とは、宦官と同じく男を男でなくする刑だ。腐刑ともいわれ、当時の男子にとっては死にも勝る屈辱だった。本編の主人公は司馬遷の娘だ。兄たちや母が宮刑を受けた父から遠ざかる中、彼女は父に近づく。そして生きる意味を失いかけていた父に対して「士は、己を知る者のため、死す」と啖呵を切る。娘から投げられた厳しい言葉は、司馬遷を絶望から救いだす。今なお中国の史書として不朽の名声を得ている史記が知られるようになったきっかけは、司馬遷の娘の子供が当時の帝に祖父の遺した書を伝えてことによるという。

娘が父の心を救う。それは封建的な考えが支配的だった当時では考えにくい。だが、それをあえて成し、父の心を奮い立たせた娘の行いこそ父を思いやる強さがある。そんなことを味わいながら読みたい一編だ。

五編のどれもが正統で味わい深い。まさに本書は著者にとって転機となる一冊だと思う。

‘2017/03/16-2017/03/16


骨の袋 下


上巻でマイクはマッティとカイラ親子に出会う。その出会いからほどなく、マイクとマッティは男と女として惹かれ合い、カイラはマイクに実の父のように懐いてくる。しかしそんな三人に、IT業界の立志伝中の人物、老いぼれたマックス・デヴォアの魔の手が迫る。マックスは死んだ息子が残した一粒種のカイラをわが手に得るためならどんな手を使うことも厭わない。マックスの莫大な財産がカイラの親権を奪うためだけに使われる。権力と資金に物を言わせたマックスの妨害はマッティの生活を脅かす。それだけではなく、マッティとの絆を深めるマイクにも妨害として牙を剥く。

一方でセーラ・ラフスに住むマイクにも怪異がつきまとう。それは正体の分からぬ幽霊の仕業。マイクの夢の中を跳梁し、現実の世界にも侵食してマイクにメッセージを知らせようとする幽霊。それは果たして、あの世からジョアンナが伝えるメッセージなのか。そのメッセージはマッティ親子を助けようとする。それによってマイクはマッティとカイラ親子とますます離れがたくなってゆく。義理の父娘として、そして男と女として。

下巻ではカイラの監護権をめぐってマイクとマックス・デヴォアの間に起こる争いが書かれる。本書に法廷場面はあまり登場しないが、法的な話がたくさんでてくる。法律だけでない。歴史までもが登場する。マイクの知らぬうちにジョアンナが何度も一人でセーラ・ラフスにやってきては何事かを調べていた。果たしてジョアンナは何を調べていたのか。

本書は、過去の出来事の謎が作中の鍵となる。謎を探ってゆく過程で置かれてきた布石や伏線。それらが謎の解明に大きな貢献を果たす。著者が布石や伏線の使い方に長けていることはいうまでもない。著者の作品には、こうした伏線が後々効いてくることがとても多い。本書の謎とは「TR-90」で20世紀初めに起こったとされる悲劇に端を発している。かつてジョアンナが探ったという謎を、今マイクが探る。時間を超えた謎解きの過程は、ある種のミステリーを読んでいる気分にさせられる。本書を発表した後、著者は「ミスター・メルセデス」でミステリーの最高賞となるエドガー賞を受賞し、ミステリーの分野でも評価を得ている。著者が培ったミステリーを書く上でのノウハウは、ひょっとすると本書をものにしたことで会得したのではないか。そう思える。

ただでさえ、ホラー作品において他の作家の追随を許さない著者がミステリーの手法を身につければ鬼に金棒だ。その上、本書は、ゴーストラブストーリーと帯に書かれている。つまり、ホラーにミステリー、さらには恋愛まで盛り込まれているのが本書なのだ。付け加えればそこに歴史探訪と法律、文学史が味付けされている。なんとぜいたくな作品だろう。

もう一つ下巻で加わるのは音楽史だ。アメリカがロックを生んだ地であることは今さら言うまでもない。著者の今までの作品には、さまざまなロックの有名な曲が効果的に使われる。本書でもそれは同じだ。特にマッティがドン・ヘンリーの「All she wants to do is dance」に乗って踊るシーンは、本書の中でも一つのクライマックスとなっている。ドン・ヘンリーの同曲が収められているアルバム「Building The Perfect Beast」は私の愛聴盤の一つなので、本書で同曲が出てきたときは驚きながらもうれしさがこみあげてきた。

そしてロックといえば、そのルーツに黒人によるゴスペルやブルースが大きく寄与していることは有名だ。ロックに影響を与えた頃のそれらの音楽の音源はいまや残っていない。音源が残っていない分、野卑でありながらエネルギーに満ち溢れていたはずだ。本書で著者はその猥雑な音楽の魅力を存分に描き出す。

抑圧された黒人のエネルギー。それがロックを産み出し、さらに本書の物語を産んだ。著者は黒人が差別されてきた歴史も臆せずに書く。それはこの「TR-90」の地に暗さを投げ掛ける。マイクは夢と現実の両方でジョアンナと思われる幽霊に導かれ、過去を幻視させられる。果たしてジョアンナの幽霊は何からマイクを護ろうとするのか。そもそもマイクやマッティやカイラを襲おうとするのはマックスだけでなく他にもいるのか。

その過去からの抑圧されたエネルギーが解き放たれた時、何がおこるのか。本書のクライマックスの凄まじさは著者の多くの作品の中でも有数ではないか。たとえば「ニードフル・シングス」のがキャッスル・ロックの町を壊滅させたように。

上巻のレビューで、本書を読んでいると著者の他の作品を読んだ気になったと書いた。とんでもない。私が間違っていた。やはり本書も傑作だった。

基本的なプロットは似通っているかもしれない。だが、その上に物語を肉づけることにおいて、著者の筆力はもはや神業にも思える。本書でも今までの著者の作品にはそれほど出てこなかった文学や歴史、法律といった要素で肉付けをしつつ、起伏に富んだ物語を編んでいるのだから。

‘2017/02/27-2017/02/27