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仕事の技法


あまりビジネス書籍を読まずに生きてきた私。だがそうもやってられなくなってきた。特に平成29年度は取りたいkintoneの案件をことごとく取りこぼし、スランプといっても良い状態に。

しかし、これをスランプの一言で片付けて良いはずはない。しかもkintoneではない案件では比較的順調に受注できていたのだからなおさら。それは弊社の作業分とkintone保守料の二重保守料を払ってもなお、お客様にメリットが出るだけの提案ができなかった私の提案ミスだと思っている。

だが、それで終わらせてはならない。私に、そして弊社に足りないところは他にもたくさんあるはず。なんといっても私は技術からビジネスマナーにいたるまでほぼ独学でやってきたのだから。

今まではそれでもなんとかやって来られた。だが、私の追い求めるライフスタイルを実現するためには、商談の取りこぼしで失う時間がもったいない。もう私には時間が余り残されていないのだから。そこでビジネス本だ。まず、本書を手に取ってみた。

本書が私のビジネスの蒙を啓いてくれた点はいくつもあった。やはり独学では取りこぼしがあること、そして俺流の限界を痛感させられる。

中でも本書をよんで一番自分に足りないと感じたこと。それは集団でチームワークで臨む商談のノウハウだ。そのノウハウが私にはほとんどない。勤め人時代を含めても、私がチームで商談に臨んだ経験は、両手の指に余る程しかない。個人で事業を営んでいた時期が長く、法人化した今でもほぼ一人でやりくりしている私。当然、商談は独りで客先に赴く。もちろん、常駐先での定例会議には数えきれないほど出た。その意味ではチームで臨む商談の経験は積んでいる。だが、そういった会議において、私が主役になることはあまりなかった。

私が主役であるべき商談の場で頼れるのはおのれだけ。そこには本書で著者の説く「小さなエゴ」を補正するパートナーがいない。小さなエゴとは、誰の心にも潜み、自分の心を正当化し、甘えを許す心の動きだ。私にももちろんそのエゴがある。そのエゴは私の心が健康な時は自分で意識し制御できるが、疲れていると途端に暴れだす。そして私の心を悪しき方向へと惑わせる。

本書では、小さなエゴは無理に制御するのではなく、そのエコの動きを見極めることを薦める。私心を捨てたと過信し、悦に入ったところで、私心を捨てた自分は偉いという心の動きもまたエゴ。徹底的に自分を客観化し、エゴを客観的に見ることを著者は薦める。客観化すること。それは自分を外から見つめるだけではない。他者からの視点も考慮し、なおかつ己でも見つめることだ。

打ち合わせや商談。それは言葉のやりとりで構成される。それは音、そして聴覚。だが、著者はその他の部分、すなわち非言語コミュニケーションの部分にこそ仕事の要点があるという。実際、意思決定に関する判断基準の八割は非言語コミュニケーションに拠っているという。その大切さを読者にこれでもかと説く本書は、出だしから中盤までは、非言語コミュニケーションを意識し反省する大切さを述べることで費やされている。その中で表層対話と深層対話の二つの言葉が頻繁に出てくる。それはつまり、言葉に出ないしぐさや視線、表情によって伝わるメッセージ、つまり非言語コミュニケーションが全てのコミュニケーションの八割を占めるという論点に通じる。

だいぶ以前、私はNLP(神経言語プログラミング)の講座を受けたことがある。もっともNLPの手法自体はすでに主流ではなくなりつつあるようだ。だが、NLPも煎じ詰めれば非言語のコミュニケーションの一種だろう。そして私は非言語コミュニケーションの大切さは、本作を読む前から無意識に感じていたように思う。そして自分なりに商談の場で意識するように励んでいた。本書によって非言語コミュニケーションの重要性が語られることによって、私が経験則として持っていたノウハウが裏付られたように思う。さらに日々の非言語コミュニケーションで相手の反応がどうだったかを反省する必要を説かれると、さらに意識して実践しようという気になる。

冒頭に書いた、昨年の失注の数々。それは、私が商談の途中でお客様の発する無意識の反応を見逃していたからに他ならない。その反応から柔軟に提案内容を変えるだけの観察も反省も足りなかったのが私の失敗だったと思う。

本稿の冒頭でも書いた通り、私だけで臨む商談ともなると小さなエゴを見張る第三者はいない。小さなエゴが希望に満ちた観測で私の目を曇らせるのであればなおさら危ない。多分、集団で商談に臨めば、さらに受注率は上がったのだろう。

そしてさらに思うことがある。それは、本作が強く推奨する商談後の反省が思ったより難しいことだ。これを習慣づけることの重要性を本書は何度も繰り返す。それは、この習慣づけが本を読んだだけでは難しいからに違いない。商談後の反省が受注率の上昇に与える効果は、自分の具体的な経験に重ね合わせるとさらに強まると著者は説く。

NLPの表面的な狙いとは、相手の反応を操作することにある。同じように、著者も深層対話によって相手の思考を掴み取り、うまくこちらに有利なように持ちこむための方法を紹介する。ただし著者は、相手を操作することが目的に陥ってしまうことを厳しく戒める。

「操作主義に流される人間は、それが見抜かれていることに気がつかない」と147ページで述べている通りだ。著者は本書で一度もNLPという言葉を使わない。そのかわり心理学という言葉を使う。ところが心理学を学ぶだけでは深層対話の技法は身につかないとも言う。

著者は操作主義の感性に陥らないようにするための処方箋として、相手への敬意を挙げる。

「相手に、深い「敬意」を持って接する。」(211P)。
「人間であるかぎり、誰もが、未熟な自分を抱え、人生と仕事の問題に直面し、他人との関係に苦しみ、自分の中の「小さなエゴ」に悩まされながら、生きている。それでも、誰もが、懸命に生きている。一度かぎりの人生を、かけがえの無い人生を、良き人生にしたいと願い、誰もが、懸命に生きている。

その姿を「尊い姿」と思えること。
それが「敬意」ということの、真の意味であろう。」(211P)

ここは本書の勘所であると思う。
本書は深層対話によるコミュニケーションを薦める。それは商売を、ビジネスを有利にすることだろう。だが、その際に相手への敬意を忘れてはいけないのだ。

それは、ビジネスだけを、金もうけだけを考えて人は生きるべきではないということだ。心を豊かにもち、人間力を養いつつ生きる。それをおろそかにして得た金は、いくら金額が大きかろうが中身が空っぽなのだ。その真実を著者はきっちりと指摘する。

すばらしい。

‘2018/03/03-2018/03/08