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神去なあなあ日常


このところ、本書のような構想の小説をよく目にする。

社会問題を小説の形で読みやすくし、読者に届ける。政治や産業経済に関わる問題をうまく小説の形に噛み砕き、わかりやすい形として世に訴える。有川浩さんや黒野伸一さんの作品など、何回か当ブログでも取り上げた。
地方創生と若者の就職難の問題は、現在の日本の問題点であり、社会のあり方の変化を組み合わせた小説は取り上げる価値がある。それは一つのやり方だと思うし、教化になることだろう。

課題を抱えた組織が、課題解決の方法として広報を目的として小説家に執筆依頼があるともいう。
私は、そうした試みは全く否定しない。むしろ、それが小説家の題材となり、世の中の役にたつのであればどんどん出すべきだと思う。

本書が誕生した背景にどのようなやりとりがあったのかは知らない。
だが、本書もそのような地方と都会、そこに産業の課題を組み合わせた構成で成り立っている。

本書は、林業を題材にとっている。
横浜で暮らしていた主人公の平野勇気。かれは高校を中途半端に卒業したが、進学もせず就職もしないままで未来に何の展望も感じずにいた。
そんな勇気を見かねた担任の先生と母親が結託し、勇気をいきなり三重県の山中の場所に送り込む。本書はそのような出だしから始まる。

何も知らぬまま、林業の現場に送り込まれた勇気。最初は慣れない世界に戸惑い、逃げることを考えていた。だが、徐々に、勇気は林業の面白さに目覚める。そして村の文化や暮らしの素朴さに惹かれていく。

本書の巻末には、謝辞としていくつもの組織の名前が掲げられている。
三重県環境森林部
尾鷲市水産農林課
松坂飯南森林組合
森林組合おわせ
林野庁
など。

日本の林業は、過去の忘れ去られた産業として認識されている。かつて植林したスギのまき散らす花粉は、花粉症の元凶としてよく知られている。そして、先人たちが日本の林業の将来を期待して森に植えた木材は、今や中国産の材木に押されており、ほぼ放置されている状態だそうだ。

だが、近年になって林業に新たな光も差し始めている。バイオチップの燃料として木材を使う構想や、新たな建材としての加工した木材を活用する取り組みなど。
そうした取り組みが地方の期待を背負って行われつつあり、また林業に脚光が当たりつつあるのが今だ。

だが、林業に脚光が当たったとしても、林業の現場を詳しく知っている人はどれほどいるだろう。もちろん私もよく知らない。
私自身は、山が好きだ。山を歩いていると心が落ち着く。だが、山の中で働く人々の姿を見た事はほぼない。
そもそも、私たちが歩く山道とは安全なハイキングコースに過ぎない。
だが、林業のプロはそうした守られた道ではなく、獣道を歩む。そして下生えや雑木を伐採しながら道を切り開く。さらに、計画に従って一本一本の木を切り倒す。

切り倒す木は重い。倒し方を間違うと命にかかわる。
それだけでない危険もある。たとえば天候による命の危険。野生動物との遭遇。ヒルやアブといった昆虫による被害も無視できない。
加えて本書には、山火事の危険も描かれている。

今の私が楽しんでいる山とは、山の中でもほんの一部に過ぎず、さまざまな危険から守られた安全地帯なのだろう。

わが国の文化を考える時、日本の国土の大半を占める山や谷や林や森が生活や文化の源であることはあらためて認識しなければならないはず。日本列島の周りに広がる海と同じく、山も私たちの文化を育んでくれたはずだ。
それなのに、わが国の山地の大半は人の手が入ることもなく、荒れるがままになっている。
日本人が育んできた生活や文化の多くは、確かに現代の都市部にも移植されているが、わずかな土地しかない平野部に人が密集し、それがさまざまな問題の温床ともなっている。

だからこそ、林業や漁業に再び脚光を当てようとしているのだ。例えば本書のように。
生身の自然が相手だからこそ、林業には人生を賭けるべき価値はある。
林業や山の暮らしに焦点を当てた本書はとても参考になる。

本書を読むと、著者が林業の現場の取材をくまなく行ったことが感じられる。
そして、林業には都会の住人が決して知ることのないさまざまな技術や伝統に守られている事も知ることができる。

本書では神去村の日常が描かれる。村祭りや何十年に一度しか行われない神事。
都会に比べて娯楽もなく、不便な村ではあるが、そこにはそこで楽しみが多い。
何よりも、人間関係が限定されているため、陰湿ないじめやパワハラセクハラといったものとは無縁だ。
狭い社会の中でそのようなことをしでかしたとたん、村の人間関係から弾かれてしまうからだ。
彼らの人間関係は、長年の間に育まれてきたルールに沿っている。本人の目の前で言うべきことを言う。仲間として受け入れたら、すぐに一員として扱う。

一方で、都会から地方に行った人が田舎の閉鎖性に閉口し、都会に戻ってしまうと言う話はよく聞く。
事例やケースによって、一概には言えないと思うが、それらはお互いの問題であるはずだ。そうした事例を聞くだけで、だから田舎は閉鎖的なんだ、と決めつけるのは良くないと思う。

まずは本書を楽しみながら読むのが良い。
そして林業っていいなぁとほのかに憧れ、地方で生きる事について考えを巡らせるのはどうだろう。
週末に近場の山に行ってみるのも一興だ。
その時、運良くそこで林業に携わる人を見かけたら、本書で得た知識をにわかに動員し、声をかけてみるとよいかもしれない。
私も声をかけてみようと思う。

‘2020/07/01-2020/07/02


労働基準法と就業規則


平成三十一年を迎えた新年、令和の時代を間近に控え、私は自分の経営する会社に社員を雇う事を真剣に検討していた。

人を雇うといっても簡単なことではない。ましてや、十数年の間を一人でやっていく事に慣れてしまった私にとって、雇用にまつわる諸々の責任を引き受ける決断を下す事は、とても大きなハードルとなっていた。

ただ単に人に仕事を教え、ともに案件をこなしていく。それだけなら話は簡単だ。
だがそうはいかない。
人を雇う事によってさまざまに組織としての縛りが発生する。給与の定期的な支払いも欠かせない。だから営業上の努力も一層必要となる。そして会社として法律を全体で守っていかねばならない。そのために社員を統括し、不正が起きないよう管理する責任もある。
そうした会社として活動の基準として、就業規則の策定が求められる。

雇用とそれにまつわる諸作業の準備が必要なことは分かっていた。
そのため、前年の秋ごろから税理士の先生や社労士の先生に相談し、少しずつ雇用に向けた準備を始めていた。

本書は、その作業の一環として書店で購入した。

先に十数年にわたって一人での作業に慣れていた、と書いた。
一人で作業するのは楽だ。
何しろ、就業ルールについては自分が守っていればいいのだから。だから長きにわたって一人の楽な作業から抜け出す決断もくださずにいた。

もちろん、就業ルールは自分の勝手なルールで良いはずがない。
私の場合、常駐の現場で働く期間が比較的長かった。そのため、参画した現場に応じたルールは守るようにしていた。
例えば、労働時間は定められていた。遅刻や早退があっても、そこには契約上の勤務時間が定められていた。休日や休暇についても同じ。

ところが、私は二年半まえに常駐先から独立した。
完全に自由な立場になってからは、労働時間や休日ルールからは完全に自由な身となった。好きなときに働き、好きなときに休む。
その自由はもちろん心地よく、その自由を求めて独立したような私にとっては願ったものだった。それ以来、私はその特権を大いに享受している。

ところが人を雇用する立場になると、完全に自由と言うわけにはいかない。私がようやく手に入れた働き方の自由を再び手放さなければならないのだ。
なぜなら、仕事を確実にこなすためには完全な放任はあり得ないからだ。
私は自分自身が統制や管理を好まないため、人に働いてもらうにあたっても自由にやってもらいたいと思っている。もちろんリモートワークで。

業務を回すため、かなりの管理を省けるはずだ。だが、たとえわずかでも統制や管理は発生する。
だが、それだけではない。
就業規則の策定は企業として必要になってくる。
もし弊社が自由な働き方を標榜する場合も、その旨を就業規則に明記しなければならない。
リモートワークやフレックスタイムを採用するのなら、その枠組みを設けている事を就業規則として宣言しなければならない。

たとえ私と雇用した従業員の間に完璧な信頼関係が成り立っていたとしても。紳士協定に甘えた暗黙の雇用関係は許されない。ましてや自由な放任主義などは。

仮に社員の数が少ない間、すべての社員を管理できていたとする。でも、将来はそんなわけにはいかなくなるはずだ。もし人を雇用し、会社を成長させていくのであれば、一人で全ての社員の勤務を管理することなど不可能になってくるに違いない。
将来、弊社が多くの社員を雇用できたとする。その時、私がすべての社員の勤務状況を把握できているだろうか。多分無理だろう。
つまり、いつかは人に管理を任せなければならない。その時、私の考えを口頭だけでその管理者に伝えられると考えるのは論外だと思う。
だからこそ、管理者の人がきちんと部下を統括できるよう、就業規則は必要となるのだ。

だからこそ、本書に書かれた内容は把握しておかねば。多様な労働と、それを支える法律をきちんと押さえた本は。それは経営者としての務めだ。

本書は8つの章からなっている。

第1章 労働基準法の基礎知識
第2章 雇用のルール
第3章 賃金のルール
第4章 労働時間のルール
第5章 休日・休暇のルール
第6章 安全衛生と災害補償のルール
第7章 解雇・退職のルール
第8章 就業規則の作成

本書がありがたいのは、CD-ROMもついており、書類のテンプレートも豊富に使えることだ。

もう一つ、本書を読んでいくと感じるのは、労働者の権利擁護がなされている事だ。
労働者の権利とは、会社という形態が生まれた17世紀から、長い時間をかけて整備されてきた
年端もいかない子供を遅くまで劣悪な環境で働かせていた産業革命の勃興期。
だが、劣悪な状況は17世紀に限った話ではない。つい最近の日本でもまかり通っていた。

私自身、若い頃にブラック企業で過酷な状況に置かれていた。

働く現場は、労働者側が声を上げないかぎり、働かせる側にとってはしたいようにできる空間だ。
容易に上下関係は成立し、ノルマや規則という名の統制も、経営側の意志一つで労働者側は奴隷状態におかれてしまう。

私はそういう目にあってきたからこそ、雇う人にはきちんとした待遇を与えたいと思っている。
だからこそ、今のような脆弱な財務状況は早く脱しないと。

結局、弊社が人を雇う話は一年以上たった今もまとまっていない。業務委託や外注先を使い、これからもやっていく選択肢もあるだろう。だが、雇用することで一つ大きな成長が見込めることも確かだ。そのことは忘れないでおきたい。

本書を読んだことが無駄にならぬよう、引き続きご縁を求めたいと思う。

‘2019/01/13-2019/01/17