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国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて


「広島 昭和二十年」のレビューで、淡路島の学園祭のバザーでたくさんの本を入手したことは書いた。本書もそのうちの一冊だ。そして本来なら、私に読まれるまで本書は積ん読状態になっていたはずだ。ところが、本書が読まれる日は案外早く訪れた。

そのきっかけはプーチンロシア大統領の来日である。来日したプーチン大統領は、安倍首相との首脳会談に臨んだ。当然、首脳会談で焦点となるのは北方領土問題だ。プーチン大統領は、日露間に領土問題は存在しないと豪語する。だが、われわれから見ると領土問題が横たわっていることは明白で、プーチン大統領の一流の駆け引きがそう言わせていることも承知している。そして、その駆け引きを読み解けるわが国の第一人者が著者であることは今さら言うまでもない。私は少し前に入手した本書を手に取った。

プーチン大統領が駆け引きを駆使するように、日本政府も本音と建前を使い分ける。あくまで北方領土は日本のものであると主張しつつ、ロシアによる統治が敷かれている現実も直視しなければならない。ただ、北方領土におけるロシアの主権を認めては全てが水の泡になってしまう。だから慎重にことを進めるのだ。国際法の観点で、外交の観点で、条約の観点で。ロシアによる実質の統治を認識しつつ、その正統性は承認しないよう腐心しつつ。だからビザなし交流といった裏技があるわけだ。ビザの手続きを認めると北方領土がロシアの統治下にあると認めたことになるため。

その日本政府による苦心はムネオハウスにも現れている。ムネオハウスとは、元島民が国後島を訪問した時のための現ロシア住民との友好施設だ。ムネオハウスは、実質的なロシアの領土となっている北方領土に援助する物証とならぬよう、また、ロシアの建築法に抵触して余計な政治的問題を招かぬよう、あえて簡素に作られているという。

こういった配慮や施策はすべて鈴木宗男議員の手によるものだ。外務省に隠然たる力を及ぼしていた鈴木議員は、外務省への影響力を持ちすぎたがゆえに排除される。その排除の過程で最初に血祭りに挙げられたのが著者だ。本書は著者が被った逮捕の一部始終が収められている。

当時の報道を思い返すと、あれは一体なんだったのか、と思える騒動だった。あれから十年以上が過ぎたが、鈴木氏は新党大地を立ち上げた。党を立ち上げる前後にはテレビのバラエティー番組でも露出を増やした。タレントとしても人気を得た。著者はすっかり論客として地位を得ている。結果として、検察による逮捕は彼らの議員生命や外交官生命を断った。だが、社会的地位は奪ってはいない。それもそのはずで、逮捕自体が国策によるもの。言い換えると鈴木氏が持っていた外務省への影響力排除のための逮捕だったからだ。

著者は本書で国策捜査の本質を詳しく書く。

と著者の取り調べを担当した西村検事とのやり取りは、とてもスリリング。国策捜査であることを早々に明かした西村検事と著者の駆け引きが赤裸々に描かれている。とても面白いのだ、これが。

例えていうなら完全に舞台を自分のコントロールにおきたい演出家と、急きょ裏方から役者に引っ張り出されたにわか役者の対決。双方とも自らの解釈こそがこの舞台に相応しいと舞台上で争うような。舞台上とは取調室を指し、演出家は西村検事を指す。そして舞台に引っ張り出されたにわか役者とは著者を指す。演出家とにわか役者はけんかしているのだけれども、ともに協力して舞台を作り上げることには一致している。当然、普通の刑事事件の取調べだとこうはいかない。容疑者と刑事の利害が一致していないからだ。本書で描かれるのはそんな不思議な関係だ。

それにしても著者の記憶力は大したものだ。逮捕に至るまでの行動や、取調室での取調の内容、法廷での駆け引きの一部始終など、良く覚えていられると思うくらい再現している。著者は記憶のコツも本書で開かしている。イメージ連想による手法らしいが圧巻だ。

もうひとつ見習うべきは、著者がご自身を徹底的に客観的に見つめていることだ。自分の好悪の感情、官僚としての組織内のバランス、分析官としての職能、個人的な目標、カウンターパートである検察官への配慮。それら全てを著者は客観視し、冷静に見据えて筆を進める。

著者の強靭な記憶力と、文筆で生きたいとの思い。それが著者を駆り立て、本書を産んだのだろう。それに著者の日本国への思いと、鈴木氏への思い。これも忘れてはならない。

結果として本書は、あらゆる意味で優れた一冊となった。多分、ロシアとの北方領土問題は今後も長く尾をひくことだろう。そしてその度に本書が引用されるに違いない。そして私も交渉ごとのたびに、本書を思い返すようにしたいと思う。

‘2016/12/17-2016/12/22


真相・杉原ビザ


本書を読む少し前、2015年の大晦日に『杉原千畝』を観劇した。唐沢寿明さんが杉原千畝氏に扮した一作だ。作中では現地語ではなく英語が主に使われていたのが惜しかった。でも、誠実に杉原千畝氏を描こうとの配慮が見えたことに好感を持った。(レビュー)

千畝氏の業績はとかく誤解されがちだ。ユダヤ問題の視点。日独伊三国同盟の視点。外交官の職業意識の視点。組織統制からの視点。様々な問題がからむ。

スクリーンで唐沢さんが演じた杉原千畝が、どこまで本人を再現していたのか。それを確認するには本を読むことしかない。偶然本書を選んでみたのだが、著者は杉原家のご遺族から資料の管理を任されるなど全幅の信頼を置かれている方だとか。期せずしてふさわしい本を選べた。そして、著者が本書のタイトルに真相と名付けたのも、これをもって杉原評伝の決定版とし、杉原ビザを巡る論争に終止符を打ちたい、という決意の表れかと思う。

本書の内容は千畝氏の生い立ちから、満州時代、そしてカウナスの副領事を務めた日々を描いている。一方で戦後外務省を追われてからの日々はあまり取り上げていない。だがそれを脇に置いても本書は杉原千畝の評伝として決定版と言えるのではないだろうか。

私は組織に服し、命令に盲従するのが好きではない。なので、千畝氏が外務省の訓令を無視し、個人の信念でユダヤ難民にビザを発行した行動に反感はない。むしろ喝采を惜しまない気持ちだ。

だが、千畝氏の行動を無邪気に賛美するだけでは意味がない。領事館に押し寄せるユダヤ難民の群れを前に、組織人につきもののしがらみを断ち切ってまで、個人の信念を優先させたのはなぜか。それには当時のカウナスのユダヤ難民がおかれた状況を理解することももちろんだが、そのような行動を起こさせた千畝氏の生い立ちからも理解する必要がありそうだ。

著者のアプローチはその考えに沿っている。けれども、著者はその前に千畝氏のビザ無断発給についてまわる誤解を冒頭で解く。その誤解とはビザを無断発給したのは、ユダヤ人社会から金が出ていたからというものだ。著者はその噂を根拠なしと片付けている。それは、戦後イスラエルの宗教大臣を務めたバルファフティク氏からの証言による。バルファフティク氏はカウナスでビザ発給陳情に訪れた五人の代表者のうちの一人だ。バルファフティク氏は戦後イスラエル政府の要職に就き、千畝氏の名誉回復に並々ならぬ役割を果たした。バルファフティク氏の尽力もあって千畝氏のビザ発給の事実が世に知られることになった。著者はイスラエルにバルファフティク氏を訪れ、本人からの証言をテープに収めている。本書冒頭で著者はユダヤマネーが背後にあったとの誤解を解き、杉原ビザが外務省の訓令に背いてまで千畝氏個人の信念に基づいた無私の行為であったことを明らかにする。

第一部は「イスラエル・エジプト紀行」と題され、イスラエルと日本の関係に紙数が割かれている。イスラエルの建国にあたってはパレスチナ問題、つまり元々その地に住んでいたアラブ人との関係が複雑だ。今に至るまで火種の絶えない地となっている。だからこそイスラエルの人々は自国やユダヤ民族のために尽くしてくれた人々への感謝は忘れない。日本とイスラエルの関係の中で千畝氏が少なくない役割を果たしたことなど、本書から得られる情報は多い。

続いての第二部「杉原ビザの真相を探る」では、生い立ちから千畝氏のビザ発給とそれが日独伊三国同盟に与えた影響までを語る。

実は本章では千畝氏の少年時代はそれほど触れない。そういう意味では、本書からは千畝氏の生い立ちはよく分からず、本書を読んだ目的の一部は果たせなかった。でも、税務署の父好水氏の任地に従って転々とした少年時代だったことが書かれている。私の個人的な意見だが、往々にして転校が多かった人物は、人生や世間や社会に多様性が必要なことを学んでいるような気がする。と言いつつ、私は転校知らずの少年時代を送ったのだが。

本書はむしろ早稲田大学入学後の千畝氏について紙数を費やす。医者を望む父に反抗し、早稲田大学に進学。そのことで千畝氏は学費がもらえず苦学生の道を歩む。学費を稼ぐためあらゆる職に就き、遂には退学してノンキャリア外交官の道を進むことになる。色んな職を経験した事は、千畝氏の視野を広げたことだろう。外交官には欠かせないスキルの糧となったはずだし、多分ビザを発給する上で氏の行動を妨げなかったはずだ。それどころか、ビザ発給が元で外務省をクビになっても、自分には家族を養う自信がある、と組織を恃まぬ自信を千畝氏に植えつけたのではないか。実際、戦後は外務省退官を余儀なくされ、職を転々とすることになる。

では、千畝氏は優秀な外交官だったのか、との疑問が湧く。そして読者は、千畝氏が優秀な外交官であったことを満州時代の氏の実績を通して知ることになる。それは北満鉄道譲渡交渉である。外務省から満州国外交部に出向の形で配属された千畝氏の交渉相手はソビエト。ソビエトから北満鉄道を譲渡するにあたって、価格面を含めたあらゆる交渉が必要となった。千畝氏は交渉担当者として得意のロシア語を駆使し辣腕ぶりを発揮する。当初ソ連側の希望価格は六億五千万円で日本側は五千万円。それを最終的には一億八千万円で譲渡交渉を成立させた。その能力は、後年杉原氏がモスクワ日本大使館の二等通訳官に任じられるにあたり、ソ連から拒否されたことでも明らかだ。この経緯は本書では詳細に触れられている。

私は理念や理想を求める姿勢は重んじたい。だが、それは実力があってこそと思っている。だからこそ千畝氏のビザ発給の美談は、それだけで片付けると本質を見失う。本書でもこのように書かれている。「外交官杉原千畝を語るに当って、ナチスからの人命救助というリトアニアでの人道問題だけでは、杉原の真価を理解したことにはならない」(154ページ)

それほどまでに評価された千畝氏だが、交渉妥結から間も無く満州国を去ることになる。それは何故か。映画『杉原千畝』の冒頭でも印象的にそのシーンが描かれていた。満州国を牛耳る関東軍の存在だ。本書には晩年の千畝氏がチラシの裏に認めた通称「千畝手記」が写真付きで紹介され、引用も頻繁にされる。「千畝手記」には関東軍のやり方に我慢ならなかったことが書かれている。その経緯も本書で紹介されている。

多分、千畝氏がビザ発給に踏み切ったのも背景に軍人への反発があったためだろう。多分、後ろに組織を控えた圧力にはとことん反発する性質だったように思う。

本書は続いてカウナスでの日々を描く。著者はユダヤ難民が生じた背景をきっちりと説明する。ナチスの台頭とユダヤ人迫害の事情を理解することなしにビザ発給が美談であったことは理解できない。特にこの章で見逃せないのは、千畝氏のビザ発給がナチスドイツの対日政策に影響を与えたのではないか、との著者の分析だ。

つまり、千畝氏のビザ発給によってアメリカの対日政策に変化が生じることをナチスドイツが恐れたのが、日独同盟の急展開を招いた。それが著者の読みだ。日独同盟はすんなり決まったわけではない。二転三転の末に決まったことはよく知られている。その過程では、最終的にドイツ側が歩み寄ったことが日本の姿勢を和らげ、なし崩しに日独伊三国同盟は成った。交渉の中でドイツ側の最後の歩み寄りがあった背景に、千畝氏のビザ発給があったのではないか。その説は私には新鮮に聞こえた。あの当時の日米英ソ独の微妙で複雑な関係は、カウナスの副領事の行いによっても揺らいでしまったのかもしれない。

それにしても本書は真相と名乗るだけあってかなりの事実が書かれている。大正9年の雑誌『受験と學生』で千畝氏が寄稿した「雪のハルピンより」の全文を載せている。さらに第三部の「杉原テーマへの責任」では、既存の杉原千畝を取り上げた記事や書籍で間違っている記述に徹底的に反駁を加える。それはまるで千畝氏の代弁者のようだ。

生前の千畝氏は、自らの外交官生活に終止符を打ったカウナスでのビザ発給について何も語らずを通した。結局は自らが助けた人によってその行為は広く知られることになり、それとともにその行為を曲解しようとする人々によって誤った風説がまかれることにもなった。晩年の千畝氏がチラシの裏に「千畝手記」を書かざるを得なかった気持ちもわかる。

千畝氏の一生はどうだったのか。それを評価するのは我々でなければ当時の人々でもない。ましてや千畝氏に救われたユダヤ難民でもない。千畝氏当人が評価することだ。私のような他人が千畝氏の一生を語るなどおこがましい。だが、私は千畝氏が組織に媚びず一生を自分の信念に生きた事を後悔することなく逝ったと信じたい。

あとは、氏の業績が正しく後世に伝えられる事だろうか。当初本書は図書館の書架に並んでいた。ところが一年後、本稿を書くために借りようと図書館に訪れたところ、なんと書庫に入ってしまっていた。それが残念だ。

‘2016/02/18-2016/03/02