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俳句の上達法


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私が俳句に手を染め始めたのはいつからだろうか。覚えているのは、23の頃。当時、芦屋市役所にアルバイトとして勤めていた際、当時の所属課の課長さん以下、全員へ違う句を書いて年賀状を送付したことがある。

その後は、暫く俳句からは遠ざかった。二十代半ばからの浮き沈みの激しい生活に、俳句の入り込む余地などなかった。友人と二人で白神山地を旅し、そこで詠んだ句が本に載った事もあったが、継続的に詠むようになったのは、ここ三四年のことだろう。

旅を共にする友人が新たに増えたこと、四十の声を聞き、もはや若くない自分を自覚したこと。などがあって、ふと旅先で一句詠もうと興が湧いた。

SNSの流行に乗った私は、写真を毎日一枚載せることを己に課し、少しでも気を抜くと客先と家の往復に終わりかねない自分の生に、変化を付けることに励んだ。その習慣は、今でも続けている。

それに飽きたらず、写真以外の彩りを自分の生の記録に加えたくなった。それは、自分の見た景色を写真に固定するだけでなく、自分の感じた想いを言葉に固定すること。写真には写らない空気の匂い、風の流れ、陽射しのきらめき、辺りをさざめく音の移ろい。それを受け止める私の感性、体調、立場、関心のまとまりが、感情となって脳裏にあふれでる。あふれでた想いを言葉にするには、俳句がよかろう、ということで何年振りかに俳句に手を染めることとなった。

今までと違うのは、俳句に対して体系的に学ぼうとする姿勢。まずは俳聖と称される松尾芭蕉のおくのほそみち。これを読み通した。読み終えた思いは読ん読くhttps://www.akvabit.jp/%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%81%9D%E9%81%93/に記したが、ますます俳句の寂びた世界観に惹かれた。デジタルな詰め込み生活、痛勤と予実管理の生活に心底倦んでいた私は、その簡素な漂泊生活に惹かれた。立場上、芭蕉翁のような長旅は望めないにしろ、俳句を詠むことに一筋の光を見た。自分の終の趣味として相応しい何か。それを俳句に感じた。

そこで本書である。おくのほそみちを読むだけではなく、きちんと俳句に向き合わねば。そう思い、本書を手に取った。著者の名は、新聞の文化欄の俳評で目にしていたし、教科書でも著者近影や文章に触れている。子規や虚子といった近代俳句の巨人には時代が違うし到底及ぶこともできない。そもそも古文の素養のない私には、現代文を通して昭和の空気を共有した方がよい。そう思って本書を選んだ。

本書の構成は至ってシンプル。テーマに沿って著者が膨大な数の句を選び、それに評をつける。そのため、いわゆる高名な俳人の句は本書には登場しない。一般に投句された素人の句をまな板に乗せ、著者が違う料理に仕立てる。そんな構図だ。もちろん全てをくさしている訳ではなく、よい句はよい句として誉めている。

各章ごとに指摘点が分かれているため、欠点や添削内容は分かりやすい。だが、なにぶんにも、単調なQ&Aのみの構成である。そのためか、読後に添削のコツが頭に残りにくかった。それが本書の難点といえる。本書は多様な俳句の世界の入門書として、理論ではなく実践に徹したところを評価したい。しかし、私の句を矯めるには、私の理解が少し及ばなかった。添削には用途がまだ少し高度だったのだろう。それは本書の責任ではもちろんなく、私の心構えや技巧の問題に過ぎない。いつの日か、本書の添削例を読みながら、うなづく自分を見たいものだ。

‘2014/11/8-2014/11/13


おくのほそ道


旅。大人にとって魅惑的な響きである。旅を愛する私には尚のこと響く。名勝に感嘆し、名物に舌を肥やし、異文化に身を置く。私にとって旅とは、心を養い、精神を癒す大切な営みである。

しかし、この夏休みは、残念なことに旅に出られそうになかった。参画するプロジェクトの状況がそれを許さない事情もあった。また、私も妻も個人の仕事を飛躍させるためにも、この夏頑張らねばとの覚悟もあった。

旅立てないのなら、せめて旅の紀行に浸りたい。先人の道を想像に任せて追い、先人の宿を夢の中で同じくする。からだは仕事の日々に甘んじても、こころは自由に枯野を駆け巡りたい。それが本書を手に取った理由である。

また、私にとって俳諧とは、縁遠い物ではない。かつて一度だけ、100枚ほど出した年賀状全てに違う俳句を詠んで記したことがある。10年ほど前には、旅先で投句した句が本に載ったこともある。昨夏からは、旅先でその情景を一句詠み、旅の楽しみとして再開したこともある。たとえ駄句であっても、句を詠むことで、写真や散文には収めきれない、こころが感じた情景を残すことができたように思う。

そのような嗜好を持つ者にとって、本書は、一度はきちんと読み通さねばならない。ひと夏の読書として、本書は申し分ない伴侶になってくれるはずである。それもあって、本書のページを繰った。

おくのほそ道。云うまでもなく、本書は日本が誇る紀行文学の最高峰である。中学の古文で、必ず本書は取り上げられ、その俳諧の精神を学ばせられる。

しかし、教科書に取り上げられる際、本書の中で取り上げられる箇所はほんの僅かである。せいぜいが「月日は百代の過客にして、、」で始まる一章と、平泉、山寺、最上川下りの部分が紹介されるのが関の山か。つまり、日本人の大半は、教科書で取り上げられた僅かな部分しか、奥の細道を味わっていないといえる。偉そうにこのような文を綴っている私からして、その大半の中の一人である。古文の教科書でつまみ食いのように本書に目を通して以来、本書をじっくり読むのは四半世紀ぶりであり、通読するのは無論初めてである。

徒歩で江戸を立ち、みちのくへと向け北行し、仙台、松島、平泉へ。鳴子から出羽の国へ抜け、山寺によりながら、最上川を下って酒田へ。象潟を鑑賞し、一路南へ。親知らずの難所を超え、越中、越前を過ぎ大垣へ。今の余裕のない社会人には、同じ行程を電車や車で旅するだけでも、贅沢といえる。ましてやじっくりと徒歩で巡ることなど、見果てぬ夢である。当時の旅の辛さを知らぬ私は、ただ羨ましいと思うのみである。

本書は紀行文学であり、俳句がつらつらと並べられた句集ではない。旅先毎に、一章一章が割り当てられ、そこでの行程の苦難や、旅情を親しみ、受けた恩恵を懐かしむ。本書は一章一章の紀行文の積み重ねであり、そこにこそ、素晴らしさがある。いかに名吟名句が並べられていようとも、それらが無味乾燥に並べられている句集であるならば、本書は数世紀に亘って語り継がれることはなかっただろう。本書のかなめは紀行文にあるといってもよく、肝心の俳句は、それぞれの章に1,2句、心象風景を顕す句が添えられて、アクセントとして働いているのみである。章によっては句すら載っていない。あくまで本書は紀行文が主で、俳句は脇である。

本書の中で、人口に膾炙した有名な句として、
 夏草や 兵どもが 夢の跡
が登場する箇所がある。平泉訪問である。しかし平泉の章は、この句だけが載っている訳ではない。その前後を平泉訪問の紀行文が挟む体裁をとっている。要は松尾芭蕉と同行する弟子の河合曽良の平泉観光日記である。他の旅先では、それぞれの紀行文が章を埋める。尿前の関では馬小屋に泊まったり、酒田では地元の名士の歓待を受けたり、親不知では遊女に身をやつした女と同宿になったり、福井では同行の河合曽良と別れたり。名所旧跡をただ回るだけでなく、これぞ旅の醍醐味とも云うべき変化に富んだ紀行の内容が章ごとに展開し、飽きることを知らない。

また、本書は松尾芭蕉が主役かと思いきや、そうではない。同行の河合曽良の句も多数掲載されている。例えば日本三景の一つ、松島を訪問した際は、あまりの風光明媚な様子に、芭蕉翁からは発句できず、河合曽良の一句が替わりに載っている。これも意外な発見であった。

また、他にも私にとっての発見があった。本書はその場の即興で詠んだ句がそのまま載っている訳ではない。おくのほそ道の旅は大垣で終わるのだが、本書が江戸で出版されたのは、旅が終わって数年後のことであり、その間、芭蕉翁は詠んだ句を何度も推敲している。それは紀行文も同じである。あの芭蕉翁にして、その場で詠んだだけでは後世に残る名句を産み出しえなかったということである。これは、新鮮な発見であった。私は本書を読むまで恥ずかしながら、俳句とは即興性に妙味があると勘違いしていた。即興であれだけの句を産み出しえたことに芭蕉翁の偉大さがあると。しかしそうではない。むしろ旅から帰ってきた後の反省と反芻こそが、本書を日本文学史上に遺したのだということを教えられた。

まだ学ばされたことはある。同行する弟子の河合曽良が、曽良旅日記なる書物を出版している。その内容は本書の道程を忠実になぞったものである。その日記と本書の記述を照らし合わせると、行程に矛盾する箇所が幾多もあるとか。つまり、芭蕉翁は、あえて文学的効果を出すために、本書の章立てを入れ替えたことを示している。これも紀行文の書き方として、目から鱗が落ちた点である。ともすれば我々は、紀行文を書く際、律義に時系列で旅程を追ってしまいがちである。しかし、紀行文として、旅程を入れ替えるのもありなのだ、ということを学べたのは、本書を読んだ成果の一つである。

そして、私が旅日記を書く際の悪癖として自覚しているのが、旅程の一々をくどくどと書かねば気が済まないことである。しかし、本書の筆運びは簡潔にして要を得ている。紀行文が簡潔ならば、添えられた句はさらに簡潔である。読者は本書の最小限の記述から、読者それぞれの想像力を羽ばたかせ、芭蕉翁の旅路を追うことになる。無論、そこには読者にもある程度の時代背景や文化を読み解く力が求められる。

そのため、本書は久富哲雄氏の詳細な注釈と現代語訳が各章に亘って付されている。注釈だらけの本は、構成によっては巻末にまとめて並べられていることが多い。そのような本は、毎回ページを繰り戻すことになるので、得てして読書の興を削ぎがちである。しかし本書は章ごとに原文と現代語訳と注釈が添えられ、理解しながら読み進められるようになっている。

また、これは巻末になるが、旅程の地図も詳細なものが付けられている。地図を見るのが好きな私にとり、嬉しい配慮である。ましてや本書をひと夏の旅の替わりとして使いたいといった私の目的に合致しており、読みながら道中のイメージを膨らませることができた。

この夏は、幸いなことに実家の両親を共にし、丹後方面に旅をすることができた。日本三景の一つ、天橋立を自転車で往復することもできた。芭蕉翁は確か天橋立には訪れていないとか。私が本書を読んだ成果を句に残したことは云うまでもない。本書から受け継いだ俳諧の精神を込めたつもりだったが、推敲したからといって、その域には遠く及ばぬものだったのは云うまでもない。芭蕉翁は未だに遠い。

’14/07/24-‘14/08/10