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小暮写眞館


人生の各情景を切り取って、小説の形に世界を形作るのが小説家の使命だとすれば、仮想世界が徐々に幅を利かせつつある現状について、彼らはペンでどう対峙し、どの視点から情景を切り取っていくのだろうか。

そんな疑問に対する一つの答えが本書である。

小暮写真館という閉店した事務所兼住居に引っ越してきた一家の日常が描かれていくのだが、どこにでもいるような一家であるはずなのに、主人公一家を応援せずにはいられなくなる。主人公だけではなく、出てくる登場人物や彼らが住む街についても、愛着が湧くに違いない。

なぜか。それは現実としっかり向き合い、それを自力で乗り越えていく意思に共感を覚えるからではないだろうか。

書かれている内容は、大事件でもなければ謎めいた出来事で満ち満ちているわけでもない。だが、それら一つ一つが実に丁寧に描かれている。心霊現象の解明や人形劇に興味を持ち、町の様子を老人たちに聞き込みに行き、鉄道に乗っては写真を撮り・・・

心霊現象は仮想世界にはそぐわないものだし、人形劇はデジタルではできない生の演劇。老人たちに聞きこむ街の様子はネットの口コミ情報とは対極をなしているし、鉄道に乗る臨場感はシミュレーターでは味わえない。キーボード越しに悪態をつくのではなく、相手に対面で啖呵を切る。

上に挙げた内容はほんの一例だが、現実世界と真摯に向き合う登場人物たちの姿、そして著者が書きたかった主張がそこかしこにみられる。

だからといって本書がアンチデジタル、アンチインターネットを訴えるような底の浅い作品でないことは、登場人物がSNSやネット検索も駆使する様が活写されていることで明らかで、その辺に対する著者の配慮もきちんとなされているところにも好感が持てる。

全編を通して仮想世界が徐々に幅を利かせつつある現状に対する著者の回答がこめられているのが容易にわかるのだが、実はそれを表現することは至難の業ではないかと思う。改めて著者の凄味を見せつけられた作品となった。

’12/03/03-12/03/09